御堂筋とユキちゃんの春夏秋冬



御堂筋とユキちゃんのお正月



御堂筋翔は正月が嫌いだ。
久屋の家には毎年必ず一月一日に親戚中が集まって新年の祝いをするならいがあって、小さい子が来たりすると離れのほうまでナニカを覗きに来たりする。御堂筋は「ピギ」とひとつ身震いし、それきり硬直し、笑いながら離れていく無邪気な声を猫背のうしろできいたりもする。それがおととし。
一応母屋まで出てきて大勢の親戚の中でただただピギピギいって汗をかく御堂筋を思いやって、久屋の兄妹が御堂筋を逃がしてくれたりもした。それが去年。
そして今年、
御堂筋は元旦の朝、床に指をつく丁寧な新年のあいさつを済ませ、両手でお年玉を戴き、封をひらきもせずにもう一度深く頭をさげて朝食をいただくと、離れで冬用の練習着に着替えた。

冷えきった玄関で靴を履いていると、突然引き戸が開き、コートを着込んだユキちゃんが立っていた。

目が真っすぐあってユキちゃんが意志の強い目でいった。
「翔兄ちゃん、練習いくん?」
「おじさんとおばさんには言うたで」
「うちも行く」
「これから親戚くるやろ。手伝いは」
「お母さんいいって」
「そか」
「うそやないよ」
「嘘や言うてへんよ」
御堂筋は立ち上がり、玄関のなかに置いていた自転車をひいてユキちゃんの横を通り過ぎた。
ユキちゃんは玄関の外に自分の自転車を用意していて、慌ててストッパーをあげると、御堂筋の後ろを自転車をひいてついてきた。ふてくされているような顔だが、御堂筋の後頭部を睨むようにじっと見ていた。
ユキちゃんは、親戚の集まりに居ずらい御堂筋をかわいそうに思って、そうしてくれようとしていることはわかった。
キモ、キモッ!
と、この家では言えない御堂筋は振り返らず言った。
「ママチャリやん」
「うちのこれめっちゃ速いもん」
「そか」
「…」
「おいてかれても拾わんで」

そう言い置いてDE ROSAにまたがると、御堂筋はほとんど音もなく走り出した。
後ろをユキちゃんが付いてくる。
学校も練習場も開いていないから、ひと気のない道をはるか遠くまで行くだけの練習だ。ユキちゃんを背中に感じたのは、はじめのほんの数十メートルだけだった。
正月の道は意外に人も車も多い。この道は初詣でに行く道だと気づいて、別の道にそれようとしたとき、はるか後方で長いクラクションを聞いた。振り返ると、視力2.0の目に赤信号の横断歩道で乗用車の運転手に怒鳴られビビっているユキちゃんを、見てしまった。

御堂筋は次の車両用の黄色信号でとまった。
赤信号を待つ間に、ユキちゃんがママチャリを必死にこいで半べそかいておいついてくるのを感じた。もうすこしで追い付きそうというところで、信号が青に変わる。
それからは速度をゆるめた。もう練習できない。練習はあとでする。ユキちゃんを家まで送ってから練習する。
自転車と他のモンがまざるとほんまにキモい。

「う、うち、めっちゃ速いやろ、ひゃ、ひゃやいやろ、な?」
寒さと動揺で歯をガチガチ言わせながら、ユキちゃんはキモい笑顔で御堂筋に並んだ。この道は車がいない。
「ユキちゃんどこいきたいん」
はよ帰すために。
「コ、コンビニ!」
「めちゃ近いやん。…どこの」
「翔兄ちゃんといっぱい走れるところの!」
「そか」
「翔兄ちゃんと自転車走るのたのしいなあ!」
「そか」
だからもっと、遠くまで行こう、ユキはどこまでだって行ける、とユキちゃんは言った。
親戚の集まりに居ずらい御堂筋をかわいそうに思って、守ろうとして、そうしてくれようとしていることはわかった。
キモ、キモッッ!
と、このいとこに言えない御堂筋は振り返らず、京都で一番遠いコンビニを空想した。





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