比治山橋 (Hijiyamabashi)
 
広島市南区比治山町(比治山橋電停前)                                                          2005.4.9

架設:昭和14年(1939) 長さ:183歩(82.35m) 幅:31歩(13.95m) 
欄干、親柱、脚立は花崗岩で出来た石造桁橋
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「広島百橋」四国五郎著によりますと、上部鉄筋コンクリートゲルバー桁橋、下部門型橋脚で、原子爆弾が落ちた時、南側の欄干が全部川に落ち、比治山へ非難する人々が続々と渡ったということですが、この橋を渡り切らないうちに息絶えてしまった人たちも多かったと記しておられます。   2005/5/11更新

 朝夕の通勤時、20年以上もこの比治山橋の前を通っているが、この比治山橋について石造りの橋といったイメージが京橋を撮るまで湧かないでいた。この桁橋は外観から見ると、部分的に鋼管も使われていることから厳密には石橋とは言わぬかも知れぬが、敢えて石造橋としてご紹介したい。
 今日の天気は上々、しかも桜のピークの最後の土曜日とあって、京橋川のこの土手沿いは多くの人でにぎわっていた。日ごろ見慣れている比治山橋、今日は車をメーカーに預けた2時間の待ち時間を利用して、比治山橋へと足を向けた。
 この比治山橋は爆心地より1.71kmの至近距離で被災した被爆建造物の一つだが、原爆が投下されて今年で60年を迎えようとしている。60年前のあの時、この辺り一帯を地獄に変えた当時の様子、むろん戦後生まれの私には知る由もないが、両端に立つ茶褐色に変色した4つの親柱は、今も「あの日を二度と繰り返さぬよう」と、行く人、来る人それぞれに祈るよう語り続けているような気がしてならなかった。
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