黒川橋(Kurokawa bridge)
                                                                   2004.11.6
阿蘇郡長陽村大字河陽字戸下
架設:明治33年(1900) 石工:不明  長さ:25.30m 幅:4.85m 高さ:16.3m 
径間17.7m 拱矢:7.1m

雄大な阿蘇山を登り下りしながら、午後2時48分、黒川橋に通じる道路は通行止めのため、国道325号線上の阿蘇長陽大橋の西側から黒川橋を見下ろす。黒川の緩やかな蛇行が美しい。次回は近くで見たいもの                         2004.12.18
黒川橋再探訪は珍道中!                                       2005年3月20日
 の日、昨年に続いて2度目の探訪であったが、前回はbmh氏の案内でやってきたためか、どこにあったかさえも覚えずで、前日宿泊した赤水駅近くの「阿蘇百姓村」希望すれば農業体験もできるという一泊3500円の食事無し山小屋風ペンションに泊まったが、広々とした庭に、ヤギさんたちが思い思いに草を食む姿は、まさに牧場、といった佇まいで、朝はヤギさんを相手にしばし、おっかけっこや、鬼ごっこをして遊びました。阿蘇地方ならではの安らぎの宿の一つ−を午前7時半に出発し、ナビでおおざっぱに黒川と白川の合流地点を目指し、国道57号線を大津方面に向かった。立野の手前から旧道に下る道が分からなくて、立野を2度も行き過ぎてしまう。こうなれば人に聞くしかないので、人がいそうなレストランや、車販売店の看板を目印に車を停めてはみたが、なぜかこの日は閉店が多く途方に暮れてしまった。ラーメン屋なら早朝から店は開かないのも仕方がないとは後で気づいたことだったが、工務店の前では中に人がいてもお仕事中のところを邪魔だてするのも忍びなく、諦めてまた車を走らせた。2往復した後、やっと「ヒライの弁当」のお店で、お弁当を買ったついでというか、黒川橋を訊ねるついでにお弁当を買って、店員の方に石橋を訊ねることにした。こうした所では、店員さんでも若いおにいちゃんより、地元のおばさまに聞くがいい、とは、けだし名言!亀の甲より年の功でした。
 「ヒライの弁当」屋のおばさま曰く、「この店の前を左に行けば、すぐトンネルがありますから下って行って、道なりに進んでいけば橋が見えてきますよ」とのこと。「そうか、そうだったのか、ここから左を下りて行けば黒川橋へ行けるんだな」と、やっと黒川橋行きの道が見つかったことで、何度も頭を下げつつ「ヒライの弁当」屋を後にしたことでした。
 れから、ややあってついに橋が見えてきました!と言っても大きな橋で、石橋ではありません。残念!この橋が阿蘇大橋だということは後に知ったことでしたが、渡ったところが公園になっていて、ここから見下ろす景観のなんと素晴らしいこと!しばらく周りの景色を楽しみながら、「ここから下りる道は?」と見れば、左右に細い道が2つ下っている。「はて、どっちへ行くべきか?」、看板も無いこととて、ともかくどっちでも行ってみるしかない。最初は左手の道を下りていった。途中行き止まりのフェンスがあり、引き返す。次に右を下りて行くと集落があり、犬連れで散歩をしていたおじさまに出会った。すかさず黒川橋を訊ねると、「ああ、黒川橋、今、通行止めになっとですか。でも、あん人なら役場に勤めとったから、もしかして鍵を持ってるかもしれん、ちょっと待ってて。電話して聞いみよ」と、言って、ポケットからケータイを取り出し、電話をかけてくださった。それによると鍵は無くてもフェンスの横から下へ下りられるとのこと。ここまで来てやっと目当ての黒川橋がさっきの道を下りたところだと分かり、狂喜する。
 もかく、フェンスの所まで引き返し、車を停める。はて、このフェンスからまたまた道は左右に分かれている。どちらも下って行けそうだが、またまた迷い子になった気分でまいってしまった。見た感じ、右方面は下ったところに山小屋らしきものがあって、そっちの方が断然楽しそうな雰囲気で、「右を下りるべし!」と、一瞬雰囲気で選んではみたものの、フェンスを突破する破れ目が見つからない。さては左かと見ると、こちらにも破れ目なるものは見当たらない。どちらも3m以上はあるフェンスを前に、もはやこれしかないか、とよじ上ろうと思った矢先、手元の2台のカメラに引き止められる。万が一、カメラが壊れるようなことがあっては、やはり無理というもの。万策尽きたかという思いで、足元見やれば、な、な、なんと、左側のフェンスの端の裏側に一足分の足場が見えるではないか!「ははぁー、ここか、ここから下りるんだぁー」と、やっとのことで活路を見出した時は、まさに天にも上ったような気分になったものでした!!!
 代はまさに2005年、古きを訪ねること、今や難しいものと、実感した次第でありました。     2005.6.15
 
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