パパニコルの贈り物(前編)
風に吹かれた波が岩場を洗っていた。
青い空は晴れ渡り、水平線に浮かぶ島影もはっきり見えるほどよく晴れている。
それほどよく晴れているのに、人間が乗っている鉄の魚は姿を見せなかった。
ただ、離れた島影には、いつもとは何か違う感が漂っているのがマーニャにはわかった。
「でもまあ、島からここまでは見えないよねぇ」
マーニャは、水面に飛び出た岩に座り、しっぽに波をからませながら青い空とそれにも増して青い海を交互に見つめている。
青い空には、あじさしが飛び交い、鳴きながら魚を探し、青い海へとダイビングしていた。
ふと、あじさしが一羽残らず、鳴き止む。マーニャが顔を上げると遠くの島が燃えている。
その時、突如響きわたった轟音にマーニャは反射的に海へ飛び込んだ。
水中に潜っても轟音は聞こえる。
「何だろう?この音は?」
水中から様子を見ようと空を見上げると、細い何かがすごい勢いでまっすぐに、まるで果てを目指すように飛んでいる。
「あれって、蛇?いや、空飛んでるから龍かしら?」
その龍はまっかな大きい目を見張り、飛んでいても翼はなく、ただ尾に燃えるような紅い羽を付け、雲を出している。
その様を彼女は見えなくなるまで、といってもたいして時間はかからなかったが、じっと見つめていた。
とうとう、その龍は空の果てに行ってしまい、小さく見えなくなってしまった。
「今のは何だったんだろう?ほんと龍かしら?」
マーニャは思った。
「そうだ、姉さんならわかるかも」
マーニャはいつも何でも教えてくれる姉に聞こうと思った。
マーニャの姉のソーニャは人魚族の魔法使いで、今は亡き祖母から高等魔術を受け継いでいた。
マーニャは、その姉のソーニャと2人で近くの島の洞窟に作られた家に住んでいた。
その洞窟の入り口は水中で、家の部屋のほとんどは水中にあったが、ソーニャの部屋といくつかの部屋は、空気が満たされ、地上と同じ環境の部屋だった。
人魚は水中生活に適合しているので、完全に水中でも生活できるのだが、魔法の薬を作ったり、いろいろな実験をするにはどうしても空気が必要だったのだ。
家に帰り着いたマーニャは、水中の居間をのぞいたがソーニャの姿はなかった。
そこでマーニャは居間の水面から顔を出し、姉を呼んだ。
「姉さん、姉さんいるのぉ」
すると、奥の姉の部屋から返事がした。
マーニャは姉の声のする部屋の方に水路を泳いで行った。
姉の部屋はまるで博物館のように、いろいろな器具や魔法の材料が棚に整理され、きれいな色をした真珠や珊瑚、貝殻が所狭しと並んでいた。
中には、管虫が作ったねじ曲がった管のような物や、液体に浸かった海草や人の舌、古い皮で出来た本など、気味の悪い物もあったが、そのほとんどは祖母から受け継いだ物であった。
姉は、その棚の隣の机で筒の付いた不思議な器具をいじっていた。
マーニャは姉の姿を見るなり、話しかけた。
「姉さん、さっきすごい変な龍を見ちゃった。ウナギみたいに細い龍なの!!」
さっき見た龍の様子をマーニャは興奮して姉に伝えた。
しかし、姉は冷静に実験器具をいじりながら、
「それは、日本の龍ね。紅い目と紅い尾を持っていて雲を出していたでしょう?」
と静かに言った。
「人間の姿はなかっただろうから、見つかりはしないだろうけど、水面に出るときは気をつけなさい」
姉はさらにそう言ってマーニャをたしなめる。
だが、マーニャの耳にはそんなことは入らない。
「なぜ、そんな龍のこと知ってるの?姉さんも見たことあるの?」
さらに姉からその龍について詳しく聞こうとするマーニャ。
姉は呆れながら、マーニャの尽きない興味をひとまず止めようとした。
「今度一緒に見に行きましょう。そのときにね」
しかし、マーニャはいろいろと知りたがり、いつまでも止めない。
最後にマーニャにこういった。
「それじゃ、龍の名前を教えてあげるわ、あの龍の名前はH2型って言うのよ」
えいちにがた?、変な名前!とマーニャは思った。それにまた今度って言ってたけど、いつ現れるのか、姉さんはわかるのかな?っと思った。
そんなことをマーニャが思っている隙に、姉は次の手を打ってきた。
「さあさあ、食事の時間だし、食事にしましょう。」
興奮して、お腹もすいていたマーニャはこの誘惑には逆らえず、いっしょに食事の用意を始めるのだった。
結局、マーニャの疑問はうやむやになってしまった。
食事も終わり、後片づけをしながら、マーニャは姉に話を持ち出した。
「私も、空を飛んでみたいな」
やっぱりそう来たかっとソーニャは思った。
最近のマーニャはちょっと飛行物体にこだわっていたから。
空に浮かんでいる雲や、泳ぎながら空へ飛び出す飛び魚、優雅に空を飛ぶ鳥、はたまた落ちてくる椰子の実にまで理由を求めていた。
「ねぇ、姉さんの魔法で何とかならないの?」
ソーニャは今までにも何度か同じ言葉を聞いていた。
その度に、王家の小さな姫君の話を持ち出し、なだめていた。
「何度も言ってるけど、王家の小さな姫君は魔法で人間になり、幸せを掴もうとしたけれど、結局は不幸な結果に終わったわ」
「でも、それはお祖母様が意地悪をしたからでしょ」
マーニャはいつもの答えを返す。
そう、確かに人間嫌いだったお祖母様は人間に恋した姫君には、良い魔法はかけなかった。その証拠が、あの舌だ。完璧な魔法もかけられたはずなのに。
ソーニャはいつか罪滅ぼしが出来たらっと思っていたが、姫君は行方不明だった。
「とにかく、他人の魔法で何でもって言うのは良いこととは思えないわ。それより、自分でどこまで実現できるかが大切よ」
ソーニャのいつものお説教だ。
「そうはいっても、どうしろっていうのよ?」
マーニャは食ってかかる。
「そうねぇ、もうそろそろ、奥の本棚の禁も解こうかしら。そうすれば良い方法が見つかるかもしれないわ」
「それを見て自分で研究してみなさい。分からないところは教えてあげるから」
部屋の奥の本棚には魔術書や人間の本などまだマーニャに見せるには早い本などが入っていた。
ソーニャは、それを見せても良い頃合いだと判断した。
「えっ?、・・・見て・いいの?」
マーニャはちょっと歯切れ悪く答えた。実は、もう、本に目を通していたのだが、禁じられていたので、読んでいることがばれないように内容に触れそうなことは話さないようにしていたのだった。
「それじゃあ、さっそく見てみるね」
そう、早速、空を飛ぶための計画を立ててみよう。
マーニャは姉に答えたのとは裏腹のことを考えていた。
「それじゃあ、分からないことや出来ないことがあったら、一声かけてね。」っと言って、ソーニャは自分の部屋に引き込んでしまった。
「さあ、これでやりたい放題だわ」
マーニャは早速、いくつかの方法を思いつき、実際に必要な事をメモにまとめていった。
やはり空を飛ぶためには、いろいろと手間のかかるものだったが、一番簡単なものは箒にまたがって、特殊な呪文と気合いで飛ぶものだったが、正確な呪文が記せられている本が見つからなかった。どの本でも呪文が違うのだ。
また、鳥の羽と小さな介在者だけで空を自由に飛ぶ方法もあった。
「この方法なら、簡単かもしれない、何しろ、大きな岩くらいの生物が飛んでしまうのだから。この生物は大きな耳で飛んでいるけど、私ならヒレで大丈夫ね。」
マーニャは、メモをまとめ、明日にでも姉に見て貰い意見を聞いてみることにした。
次の日、朝からマーニャは姉にメモを見せていた。
「まあ、もう出来たの。よくがんばったわね」
ソーニャは感心しながらそう言った。
実は本棚にある本は、魔術は魔術でも水の魔術だったし、飛行に関するものは、ほとんどが作り話のたぐいだった。
中には本当の話も含まれてはいるが、それは、科学技術が必要なものだった。
ソーニャは、マーニャをちょっと試してみたのである。
メモに目を通しながら、どんな事が書いてあるか、わくわくしていた。
……悪い姉である。
案の定、作り話に引っかかっている。
「マーニャ、ちゃんと本は最後まで読まないとだめよ」
メモを示しながら、ソーニャはいった。
「この方法、そう、岩くらい大きい生物の話を参考にしたものね。この生物は地上では象って言うだけど。話をちゃんと読んでないでしょう」
マーニャはぎくっとした。確かにつまみ読みをしていたんで、ちゃんとは読んでない。
「この話は、実は魔法じゃないのよ。象は、自力で飛んでいたのね、耳で」
ソーニャは、オチをばらした。
「地上の生物はそんなことが出来るの!」
マーニャは驚き、そして、うらやましく思ったっが、それはつかの間だった。
「もちろん、出来ないわ、これは作り話だから」
マーニャは、一瞬、意味がつかめなかった。
「作り話って…何?」
ソーニャは本棚に入っている本の説明をした。
「こっちは、お伽話、つまり、作り話ね。っで、こっちは魔法の本、水系だけどね」
「だから作り話ってどういうこと?」
「マーニャはあわてんぼうでよく見ないから、よく勘違いするでしょ。だから、この辺でちゃんと分からせておこうと思ったの」
「よく読めば、引っかかりはしなかったはずよ」
マーニャは腹が立ったが、ほんとうなので反論できなかった。ただ、悔しいので今度からは、ちゃんとすることにしよう。と思った。
そんなわけで、方法は次々減っていった、っと言うより、ほとんどが実現不可能だった。まあ、作り話を基準に考えているので当然の結果ではあるのだが。
そして、残るは1つとなってしまった。
「姉さん、これはどう?やっぱりだめ?」
姉が最後の方法に目を落とし、考え込んでいることに気が付くと、マーニャはせかした。
ソーニャはしばらく考えた後、顔を上げ、微笑んだ。
「よく考えついたわね。この方法ならうまくいくと思うわ」
「この三角凧と窓の透明膜を組み合わせるなんて、つまみ読みだったとしても、かなりあちこち読まないと思いつかないわね」
ソーニャは感心しながら答えた。
「ただ、実現するには、ちょっと日数かかるかも。膜の生育に通常の2,3倍の日数を掛けないと使える厚さにならないだろうし」
ソーニャは実現に向けて細かい検討をしてみた。
「まあ、とりあえず、この方法で進めてみましょう。実際の準備は徐々に始めるとして、今回がんばって考えたご褒美に……」
マーニャは、ご褒美という言葉にもしやっと思った。
「魔法で空飛ばしてくれるの?」
ソーニャはそれを否定する。
「いや、それは出来ないけど、パパニコルに頼んであげましょう」
マーニャは怪訝そうな顔をした。
「……パパニコルって、プレゼント配ってる?」
「そうよ」
パパニコルといえば、地上ではセントニコラスとかサンタクロースとか呼ばれてる子供好きのおじいさんで、人間と一緒に暮らしているとマーニャは聞いたことがある。
「そのパパニコルって魔法が使えるの?」
「魔法じゃないけど、一回だけならきっとかなえてくれるはずよ」
ソーニャは、いわくありげに答えた。
「早く夢が実現するなら、それがいいわ」
マーニャは、もう心あらずという感で答えた。
自分でがんばったかいあって、方法が違っていても夢が実現するのだから。
ソーニャはそんなマーニャの様子を見て言った。
「でも、きっと自分で考えた方法も試したくなるわよ」
だが、その言葉をマーニャは、もう聞いてはいなかった。
中編に続く
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