科人たちの楽園
(劇場版のエンディングをロイエド風味に勝手に変えてみました)
終わったのだ。
心を持たぬ兵士達に取り囲まれ、恐怖に身を凍らせているデートリンデ・エッカルトを見つめながら、エドワードはようやく肩の力を抜いた。
「兄さん…」
振り返れば、アルフォンスが泣きそうな顔をしている。安心させるように微笑み返して傍らに歩み寄り、優しくその肩を抱きしめる。
「兄さん」
胸に顔を埋めてきた弟の髪を撫でながら、エドワードは静かに瞳を閉じた。
暖かな、身体。
あの日から、足掻き、苦しみ、心の底から求め続けたものがここにあるのだと、取り戻せたのだとようやく実感する。しばらくして、慌てて顔を上げ、照れくさそうに顔を赤らめた弟に思わず笑みがこぼれる。
「アル、大丈夫か?」
「うん。兄さんこそ大丈夫?相変わらず無茶ばっかりするんだから」
「ばーか。俺を誰だと思ってるんだ」
以前のように小言を言い出したアルフォンスの額をこづくと、顔を見合わせ久しぶりに声を立てて笑った。
そこに飛び込んできたもう一つの人影。
「鋼の!無事か?」
二人して振り返ると、ロイ・マスタングはその姿を認め、ほっとしたように溜め息をひとつついた。
「ああ、大佐。こっちは全部片づいたぜ。援護サンキューな!」
面差しは別れた日から比べてだいぶ大人びたものの、記憶の中と変わらぬ笑顔を向けられて、ロイも口元を弛める。そして軍人らしく注意深く周囲を見渡し、蹲ったままの女性に目を留める。
「…あれは?」
「ああ…たしか、デートリンデ・エッカルトって名前で、トゥーレ協会っていう秘密結社のリーダーで、この件の首謀者」
淡々と応えるエドワードに、ロイは眉を寄せた。あいかわらずとんでもないことに巻き込まれていたらしいと彼に視線を戻す。
「成る程。複雑な事情があるようだな。しかし、詳しい話は後回しにしてそろそろここから出た方が良いようだ。じきにこの乗り物は落ちるだろう」
先程より高度が落ちていることを感じ、ロイが促す。エドワードは無言で頷くと、アルフォンスへと振り返る。二人の様子に戸惑いつつもアルフォンスも頷き、出口へと足を向けた。それにロイが続く。
エドワードもその後を追おうとして…ふとエッカルトを見遣る。心神喪失状態でぴくりとも動かない彼女に手を伸ばしかけ…迷う。逡巡の後、横顔を振り払うように、艦橋を後にした。
しかし、その歩みは自然と遅くなる。
…本当にこれでいいのか?
エドワードは自問する。
このまま、こちらの世界に戻っていいのか?
「そうだ、門…!」
こちらとあちら、二つの世界を繋ぐ門。それは、自分をこちらの世界に帰す為に、多くの人の想いが創りだしたもの。
そして同時に、厄災をも渡す門。
人は、己とは異なるモノを恐怖し、否定し、排斥し、抹殺しようとする。
『私にとってはお前も同じ化け物だ。だから…殺せる』
彼女の言葉は、人が誰でも秘めている醜い自己防衛本能だ。
あの門が存在している限り、第二、第三の彼女があちらの世界から現れるとも限らない。まして社会への不満が火種のように燻り、挙げ句オカルティズムで世界が救えると信じているあの国の狂気は、この世界をも脅かしかねない。
ならば、こちら側の門を破壊すれば…?
いや、もう一方の門が存在する限り、再び門が開き世界が通じる可能性がある。
エドワードは、愕然として立ちつくした。
振り返れば、のろのろとした足取りでエドワードがついてくる。その様子に、ロイは一抹の不安を覚えた。
「鋼の?」
己を呼ぶ声に、エドワードは顔を上げる。
こちらを見つめる、ロイとアルフォンス。この世界の、大切な二人。その姿を認めて、胸が締め付けられるように痛んだ。
…もう、充分だ。
アルフォンスが肉体を取り戻したことをちゃんと自分の目で確かめられた。ほんのひとときだったが、ウィンリィにも再会できた。そして。
ロイはあの時の目的を果たし、生きていた。
『私はそのために来たんだ』
二年ぶりとは思えないほど自然な、彼とのいつものやりとり。そして、その応酬の中に秘められた、ずっと変わらぬ想い。
彼もまた、自分が生きていると信じていてくれたのだと。
ああ、もう充分だ。
俺は、それだけでこれから先、生きていける。
「こいつらをみんな…門の向こうに帰す。…門を壊さないといけない。二度と通路が開かないように」
スローモーションのように別れていく機体と翼。その中に消えていった小柄な後ろ姿。
泣き叫び、暴れる彼の弟を抑えながら、ロイはその姿を求めた。
また失うのか?
自分のエゴイズムで大切な人を失い、しかしエドワードだけはきっとどこかで生きていてくれていると、一縷の望みを抱いていた。
そして、彼は再び現れた。
しかし、その喜びもほんの束の間の出来事だなどと…
以前と寸分違わぬ、強い意志を宿した瞳に迷いはなかった。彼の選択した答えが、ロイには痛いほど理解できた。
そして、彼はまた自分の前から消えようとしている。
彼のいないこの二年間のような、虚ろな日々に戻れと?
「…行かせない…」
そんなことは、許さない。
お前の意思に相反するものであろうと、その結果、どんな悲劇が起ころうとも。
お前を二度も失う以上に辛いことなど、ない。
その2へつづく⇒