艦橋へと戻ったエドワードは、操縦席へと向かうと機体の状態を確かめた。片翼を失ったためバランスを崩してはいるものの、エンジンは無事のようだ。そのことにほっとしながら、流石はアルフォンスが作っただけあると誇らしく思う。
「とりあえず、翼を直すか…」
ぱんっと両手を合わせ、床に触れる。イメージどおり翼をのばし、傾いていた機体が水平に戻ったことを感じた。満足げに笑うと立ち上がり、エッカルトの元へと足を向ける。木偶人形のように崩れた兵士達をどけ、彼女の傍らに膝をついてその顔を覗き込むが、生きてはいるものの焦点を失った瞳にはなにも映さず、ぴくりとも動こうとしない。
暴れるだろうかと頭の片隅に思いながら、さりとてこのままにしておく訳にもいかず、エドワードは彼女を引き上げると、艦長席へと座らせた。
操縦席に着くと、エドワードは計器のひとつひとつを確認する。
「燃料があんまりないな」
門のある地下都市まで出来るだけ燃料を使わず、門の手前まで行ってから全開にすれば何とかなるだろうと判断し、エドワードは操縦桿を握った。
未練を振り払うように、まっすぐ門を目指す。地下都市へと降りていくと、輝く門が見えた。
「秒速十一キロですべての事象を越える…か」
そう呟いて瞳を閉じ、ひとつ、深呼吸する。
この世界の大切な人たちの顔が浮かんでは消える。
「アル、ウィンリィ…」
ごめんな?
でも、俺はこんな選択しか…生き方しかできないんだ。
「…大佐…」
あの男は、きっと解ってくれるだろう。
『お前は何処へ行くんだ?』
俺の行動原理を、あんたは俺以上に理解しているはずだ。だから、俺がこうすることも予想していたんだろう?
「…だから、これでお別れだな…ロイ…」
別れを言葉に乗せた途端に、胸がずきりと痛んだけれど…
黄金色の瞳を開き、しっかりと前を見据え。
この世界を守るためにメインエンジンのレバーを強く引いた。

 

見つめる先に青白い錬成光を認め、ロイははっとした。切り離され、失われた翼は見る間に伸びて、元の姿を取り戻す。
行ってしまう。
ロイは、ぐっと拳に力を込めた。
「アルフォンス、エドワードがどこに向かったか分かるか?」
唐突に問われ、呆然と兄を乗せた飛行機を見つめていたアルフォンスは、戸惑いつつも頷く。
「ならば案内してくれたまえ。エドワードを追う」
「兄さんを?」
その時、初めてアルフォンスは目の前に立つ男の顔を見た。漆黒の隻眼には、迷いのない、強い意志が見える。
「ああ。君とてあんな風に兄と別れるつもりはないだろう?」
四年間分の記憶を失ったままのアルフォンスにしてみれば初対面であるにもかかわらず、まるで自分の心を見透かしたような言葉に面食らったものの、迷わず力強く頷く。
その応えに、ロイは小さく口元を弛めた。
「ならばもう一度取り戻そう。…エドワードを」

 

落下する中、切り取られた翼の一部を地上へと伸ばし、ロイとアルフォンスは瓦礫の上へと降り立った。
「丁度いい。あれを使おう」
乗り捨てられた軍用車を見つけ、ロイが駆ける。遅れまいとアルフォンスもその後を追った。幸い、エンジンはすぐにかかり、車は廃墟と化した市街地を猛スピードで走り出す。
「川沿いに走って下さい。崩れた教会がありますから、そこから…」
アルフォンスの言葉に、ロイは気づく。
「もしかして、地下都市に向かっているのか?」
「はい。ボク、あそこに門を錬成しましたから。…あの、地下都市のこと知ってるんですか?」
「ああ、知っている。…そうか、ならばあちらの方がここから近いな」
しっかり掴まっていなさいと注意を促し、ロイはアクセルを強く踏み込んだ。

 

車は、かつてこの国を支配していた男の屋敷を目指していた。
アルフォンスがどうするつもりなのかと問いかける間もなく、ロイは突然ハンドルを切ると鎖で厳重に戒められた門を彼の焔で破壊し、そのままさらに玄関の扉も爆破する。あまりの派手さに驚くアルフォンスには目もくれず、ロイはそのまま車ごと屋敷に中へと飛び込んだ。
…この人…
一見冷たいとも受け取れる外見とは裏腹の、兄に勝るとも劣らない無謀な行動に、アルフォンスはその端正な横顔をじっと見つめた。
この人、兄さんとはどんな関係だったんだろう?
この二年の間、消えてしまった兄を求めつつ、失った記憶を補おうと兄と旅し続けた四年間のことを尋ね歩く中、必ずといっていいほど出てきたのが、このロイ・マスタングという男の名だった。
『鋼の錬金術師の話なら、マスタング大佐に聞くのが一番いい』
誰しもにそう言われ、アルフォンス自身、是非とも彼に会って話を聞きたいと願っていたのだが、相手は怪我の療養後、いつの間にか北方の国境警備の任に着いてしまい、結局今の今まで会えずじまいだったのだ。
…焔の錬金術師、ロイ・マスタングか…
この世界を守るのだと、兄と二人で戦いを挑もうとした矢先に颯爽と現れた男。離れていた距離や時間など感じさせないような雰囲気で兄と軽口をたたき合い、当然のように背中を預け合う二人に、アルフォンスは何とも言い表せないモヤモヤとしたものを感じていた。
そして今、この人は兄さんを取り戻すためにこんなに必死になっている…
兄を想うひとりの人間としてなんとなく口惜しくなり、アルフォンスは無意識にきつく唇を噛みしめた。

 

これ以上車で進むことは不可能だと判断し、ロイとアルフォンスは車を捨てた。
かつて書斎だったのか、沢山の本が散乱する部屋に飛び込むと、そこの一角の床が抜け落ちている。のぞきこめばなんとか降りて行けそうだった。
「大丈夫か、アルフォンス」
「もちろんです。それよりも早く行かないと兄さんが」
頷くだけで応え、ロイは迷うことなく飛び込んだ。アルフォンスも逸る心を抑えつつそれに続く。闇の中、ロイが灯した焔をたよりにどんどんと下っていくと、やがて視界が開け、眼前に地下都市が姿を現した。
中空に浮かぶ巨大な門からこぼれ落ちる光に照らされて、まるで真昼のような明るさの街。しかし、街の様子には目もくれず、二人は速度を弛めることなく門へと向かう。
「…間に合ったのかな?」
「わからん」
不安げなアルフォンスの問に素っ気なく答え、ロイは中空を仰ぐ。その時だった。
崩れ落ちる瓦礫の音と共に、飛行機が姿を現したのだ。
「兄さん!」
叫ぶ声が届くことはなく、飛行機は真っ直ぐに門を目指す。
「兄さん!!」
血を吐くような悲痛な声に、エドワードが応えることは、ない。
いっそ焔で翼を奪おうかと、ロイが錬成陣を描いた手袋をはめた手を伸ばした瞬間、ひときわ大きな音を立て、エンジンが炎をふいた。そして、エドワード自身の迷いを振り切るかのように一気に加速度を上げ…
飛行機は、門の光の中へと消えた。

 

「…兄さん…」
糸の切れたマリオネットのように、アルフォンスががくりと両膝をつく。ロイもまた、呆然とエドワードを飲み込んだ巨大な門を見つめていた。
「…鋼の…」
…間に合わなかった…
ロイは己の無力さに、ただ、立ちつくす。
「…エド…ワード…」
私はまた、君を失うのか…

 

 

 

 

その3へつづく