無力さに打ちひしがれながら、ロイはエドワードが消えた門を睨み付けていた。
大切なものが、待ち続けた者が、ようやくこの手に帰ってきたのだと、思っていたのに。
「…兄さん…」
嗚咽が聞こえる。足下に蹲ったままのアルフォンスが、小さく肩を震わせている。それが哀れでロイは彼の肩にそっと手を置いた。しかしそれ以上に宥める術を持たず、途方に暮れる。
…エドワード…
君は残酷な子だね。あんな風になんの前触れもなく唐突に現れて、ほんの束の間、私たちを喜ばせて…
そしてまた、消えてしまった。
アルフォンスの肩をひとつ叩いて手を離し、大切な人を掴み損ねたそれを見つめる。
エドワード。
一体何を等価交換すれば、君はこの腕の中に戻ってきてくれるのだろうか。
その時だった。
ひときわまばゆい光が当たりを包み込む。はっと顔を上げれば、その光の中からゆっくりとなにかが落ちてくるのが見えた。
…あれは…!
弾かれるようにロイが走り出す。遅れて顔を上げたアルフォンスもそれに気づき、慌てて立ち上がるとロイの後を追う。
それは、ゆっくりと像を結んで人の形になる。
強く望んだ、人の形に。
「…兄さん!」
ふわりと中空に浮かぶように、エドワードが仰向けのままゆっくりと降りてくる。ロイはその真下に辿り着くと、めいっぱい両腕を伸ばした。
その身体が手に触れた途端に、ずしりと重みが加わる。咄嗟に力を込めて落とさないように抱きかかえた。
その瞬間、ロイの全身に歓喜が走り抜けた。その存在を確かめようと顔を覗き込めば、無防備に目を閉じたままエドワードがロイの腕の中に収まっている。
「鋼の!」
「兄さん!!」
しかし、呼びかけてもエドワードはぴくりともしない。慌てて脈を確認すると、わずかではあるが確認できた。そのことにほっとする。
「大丈夫だ。生きている」
ロイは、エドワードを抱いたまま、安心させるようにアルフォンスに微笑みかけた。彼もほっとしたのか、今にも泣き出しそうに顔を歪める。
「よかった…兄さん」
意識を失ったままのエドワードの手を取り、アルフォンスは両手で強く握りしめる。ロイも、抱いた両腕に力を込めた。
次の瞬間。
先程とは比べものにならない程の光が、三人の上に覆い被さってきた。ロイは咄嗟にエドワードとアルフォンスを庇うが、圧倒的な光の圧力に意識すら遠のきかける。
しかし、二人を守るために今ここで意識を失うわけにはいかない。ロイは歯を食いしばって耐えた。
そして、永遠に続くかと思われた光が少しずつ収縮していき…
何事もなかったかのように静寂が訪れた。
ゆっくりと身を起こし、辺りを窺う。先程と変わらぬ周囲の状況を確認すると、次いでエルリック兄弟を確認する。
「アルフォンス、大丈夫か?」
強く肩を揺さぶると、アルフォンスはゆっくりと覚醒した。
「…あ…たい…さ…?」
ロイの姿を認めると、はっとして身を起こす。
「兄さんは?!」
「安心したまえ。鋼のは無事だ」
ほっとするアルフォンスにロイは笑いかけた。
アルフォンスは彼の腕に収まったままの兄を覗き込み、その存在を確かめるようにじっと見つめる。頬に指を伸ばすものの、もし触れた途端に消えてしまったらどうしようかと迷う。
「大丈夫だよ。鋼のは、ここにいる。消えたりはしない」
それを察したロイの言葉に、アルフォンスははっとして彼を見つめた。視線を受け止め、安心させるように頷くロイに、アルフォンスもようやくにっこり笑いかえす。そして再び兄に視線を戻すと、解れて頬にかかっている金糸の髪をそっと払ってやった。
「…兄さん…」
小さな呼びかけにエドワードが応えることはなかったけれど、触れた頬の暖かさはアルフォンスをようやく安堵させた。
「兄さん…兄さん、兄さん…」
溢れる涙を拭いもせず、その言葉以外忘れてしまったかのように何度も兄を呼ぶアルフォンスを宥めるように、ロイは彼の肩をひとつ叩いた。
「さあ、取り戻すべきものは取り戻した。こんなところに長居は無用だ。行くぞ」
涙を拭って立ち上がったアルフォンスを認め、ロイは軽々とエドワードを抱き上げる。
ここまで降りてきた道は、エドワードを抱えて行くには足場が悪いからと、アルフォンスはラースが教えてくれた道を使った方が良いと提案した。
「あの、大丈夫ですか?兄さん、機械鎧をつけてるから…」
重いだろうと案ずるアルフォンスに、ロイはにっこりと笑い返す。
「こう見えても軍人だからね、鍛えているのだよ」
それ以上に、抱いているのはエドワードなのだ。例え意識がなかろうと、彼の前で無様な真似は出来ない。
そんなロイの心情を察したのか、アルフォンスはそうですかと、それ以上なにも言わなかった。
アルフォンスが先導する形で街をぬけ、ふたりは道に通じる高台に立った。一度振りかえり、感慨深く街を見下ろす。
「では行こうか。アルフォンス」
「はい」
大切なものを取り返した二人は、皆の待つ地上を目指した。
生者の消えた街は、静けさを湛え。
世界を結ぶ門は、跡形もなく消えた。
その5へつづく⇒