◆理想の山岳耐久レース−U
長谷川カップで覚えた物足りなさは、実はもうひとつある。
自分の走り方とメンタルに対する不満だ。今回はペースダウンせずに走ることがトータルでもっとも速くなることだと考え、ほぼそのとおりに走ることができた。そして、その結果感じたものは、ひと言でいうと「つまらない走りをしてしまった」ということだった。
極端な話、ただ淡々と走るだけなら、1時間でも8時間でも同じことなのだと感じた。山岳耐久レースの醍醐味は、その長時間に渡る走りのなかで、疲労し、精神的にも挫けそうになるところから盛り返していくこと、余力を持って走ってきたなら最後に爆発力をもって心身ともに振り絞るような走りをすることなど、精神と肉体の起伏にあるのではないか。
私の走りは、その対極にあった。その原因のひとつに、力を一点に集中するような走りができないことがある。「ペースダウンせずに走る」という、いわば守備意識は、そのことと無縁ではない。今年の私は、どうやってもこの走りしかできなかったかもしれない。しかし、もう一度この一年をやり直せるとしたら、もっと攻撃的な走りをできるように心身をもっていきたいと思う。
前半とばしてペースダウン、それでもいいじゃないかと思う。そこでしぼんでしまわず盛り返す。疲労の極限に達し、やめてしまいたいと思う気持ちに負けず最後まで走りきる。それが山岳耐久レースなのだ。
おそらく上位の選手たちは、攻めの走りをし、途中で高いレベルでの心身の葛藤を乗り越えて、すばらしいタイムを出してきているのだろうと思う。
自分の限界に挑戦する―それは単にタイムだけの話ではない。タイムは結果だ。良いときもあれば悪いときもある。それよりも守りの意識や怖れ、そして肉体の疲労を乗り越えて限界の走りにチャレンジする、それがレースならではの面白さなのではないか。
タイムや順位よりずっと大切なものがある、というようなことを今になって考えている―そのことが今回の一番の収穫だったのかもしれない。
それにしても、後ろを気にして走ってもだめ、一定ペースの走りに徹してもだめ。なんと欲深いことかねー。
(2007.11.02)
◆理想の山岳耐久レース
理想の山岳耐久レースとはどんなものだろうか。こんなことをぼんやりと考えているのも、長谷川カップに3度目の参戦となった今回、コースに対する物足りなさを覚えたからだ。最も疲労がでるCP2―CP3の御前山と大岳山、ここの標高差が足りず、特に大岳山はなだらかすぎる。
私のようなゆっくりペースですら耐えられなくなるくらいの登りが、この二つの山にあったらおもしろいだろうと思うのだ。
今や強い選手が全国から集まる、トレイルランニングの日本選手権と言っても過言ではない大会であるが、日本選手権というには奥多摩の山々はなだらか過ぎ、全体の所要時間も短いように思う。
コース自体は稜線をたどる自然な設定で、私はとても好きだ。北丹沢のような「苦渋の選択(これはこれでおもしろいのだが)」は感じられない。
これにくわえて御前山と大岳山に1000mの標高差があったなら、どんなにおもしろかっただろう。
日本でこの規模のアップダウンを無理のないコース設定で確保できるのは、日本アルプスしかない。
こんなのはどうだろう。
場所は南アルプス。
竹宇神社スタート―黒戸尾根―甲斐駒―北沢峠―仙丈岳―野呂川乗越―両俣―北岳―間ノ岳―農鳥岳―奈良田ゴール。
甲斐駒、仙丈岳、北岳の登りの標高差はそれぞれ約2200m、1000m、1200m。とくに3つ目の北岳は、両手を使いたくなるほどの急登で、強烈なものになることは間違いない。これで優勝タイムはだいたい12時間くらいだろうか。
北アルプスと違い、コース全般にわたって危険箇所はない。が、それ以前にロードと違って山ではすべての場所で事故が起きる可能性のあることをきちんと認識しておかなければならないのは、南アルプスでも奥多摩でも同じことである。山の事故はえてして「え、ここで?」というような何でもない場所で起こるものだ。滑落は危険箇所を過ぎてほっとした時に発生するし、スピードを制御しきれずに転倒して頭部を強打したら致命傷になりそうな箇所はそこらじゅうにある。それが山の事故だ。危険箇所には柵を設置せよなどというのは、岩場にはカーペットを敷きつめよ、参加者は頭部保護のためヘルメット着用すべし、と言っているのと同じだ。山岳耐久レースは幼稚園の運動会ではない。本質的に山に潜む危険を承知の上で、それでも挑戦しようとする大人のためのレースであるべきだ。
これは、自己責任万能論ではない。自己責任というのは当たり前の話で、選手たちは自分たちの安全を他者にゆだねることなく自分たちで確保しようとする、そして主催者側はそれでも何か起きてしまったときのための救出策には万全を期そうとする、それが自己責任の理念に基づく選手と主催者の健全な姿であると思っている。
ただ、日本アルプスでの開催には、常に天候の問題がつきまとう。
山の天候には人智を超えた恐ろしさがある。気候の変わりやすい日本の山々、とくに3000mの稜線で、疲労の極限にあるときに冷たい風雨にさらされると、あっという間に体温が低下する危険な状況が容易に予想される。おそらくこのリスクは、参加者が100人を越えたあたりから飛躍的に高まっていくような気がする。
そうなると、日本における長時間レースは、やっぱり森の中で行うということになるだろうか。
こんなのはどうだろう。
場所は奥秩父。
奥多摩駅スタート―石尾根―雲取山―雁峠―雁坂峠―西沢渓谷―甲武信ヶ岳―国師岳―金峰山―ミズガキ山荘―増富温泉ゴール。
稜線伝いだけでも12時間くらいのタイムは確保できるが、これでは標高差が足りない。終盤に大きな登りをもってくるため、不自然ではあるが雁坂峠から一度西沢渓谷に降りて、戸渡尾根の標高差1300mを甲武信ヶ岳まで登り返してから国師岳への長いアップダウンに突入する。西沢渓谷では給水もかねることができる。
これも相当タフなコースになるだろう。コースのほとんどが森林限界以下なので、悪天時にも風雨による危険性をほとんど感じずにすむ。
ところで、こんなレースを運営する主体はあるだろうか。
都岳連がやったから日本山岳連盟がやるかというと、それは絶対にない。仮にあったとしても、一律15キロもしくは体重の20%の荷物を義務付けるなどと、ナンセンスなことを言い出すにきまっている。
日本トレイルランニング協会設立か?なんて。OSJやノースフェイスは偉いなあ。
(2007.10.31)
◆レースに向けて
日本山岳耐久レースが目前に迫ってきた。7月に北丹沢を走り、9月にコースの試走を行ってみてひとつはっきりしたことがある。走力が去年とほとんど変わっていないということだ。年齢による体力の下降をなんとか押しとどめたというべきか、トレーニング不足か、結局のところ体力的な限界なのか、いろいろな見方ができるところであるが、どっちにしろ走力に進歩がないことはほぼ間違いないところだ。
このような場合、どのようにレースを走るべきだろうか。
タイムは、普通に考えると、体調や気象条件によって8:40から9:10くらいの幅の中に納まるのだろうと思う。
・・・と、予定どおり走ったところで、何もおもしろくない。レースに出るからには、何か工夫をして、突き抜けたと思える走りをしてみたい。
ただ、私は長所をみがいて武器にできるタイプではない。平坦地はもちろん登りも下りも、これが得意だと言えるような技術、スピードともにあるとはいえない。心肺機能はごく人並み、身体は軽量級だがその分筋肉もない。
一級品ではない素材を使ってどう料理するか。考えようによっては、これぞシェフの腕の見せ所というわけだ。
気を配るべきは煮込み時間や火加減のタイミング。レースでいうならば、ペース配分。今年はここに意識を集中するしかないと思っている。そして、このペース配分というやつには、やり残したことがある。去年は、横山さんをはじめとするトップ集団についていった結果、浅間峠から月夜見まで大幅にペースダウンしてしまった。その後回復したものの、自分でコントロールしきったというのとは程遠い展開だった。
他人のスピードに惑わされることなくベストなペース配分ができたなら、調子がよいからといって上げすぎず、悪いからといって落としすぎず、トータルで最も速くなるように走ることができたなら、もう少しよいタイムを出せるのではないか。
とはいっても、これが難しい。疲労は突然にやってくるし、その疲労がどのくらいで回復するものかも判然としない。希望的観測はともかく、長いレース時間中に次々とやってくる疲労の波と質を読みきり、ペースの上下動を最小限にとどめることは至難の業だと思う。そして、それ以前にペースダウンしないというのは単なる走力の有無の問題であるという可能性すらある。だが、工夫を凝らす余地だってまだあるように感じる。
どういうペースでいくか、どこでスピードを切り替えるか、どんな歩き方を選択するか、疲れたときの対応方法、さらには食糧補給の仕方や給水がペースに与える影響など、考えていると楽しくなってくる。考えるポイントが多いことも長距離レースの楽しさのひとつかもしれない。
自分の限界点で勝負する以上、結果的にペースダウンしてしまうこともあるかもしれない。その時はその時だ。秋の夜長を駆ける年に一度の大レースを、今年も思う存分楽しんでみたい。
(2007.10.08)
◆トレイルランニングレースの面白さ
2005年にトレイルランニングレースに初出場してから2シーズン、北丹沢、富士登山競走、長谷川カップに参加した。各レースにはそれぞれ強烈な個性があって面白いのだが、この中で富士登山競走だけは、私にとって決定的に異質だった。3776mの日本最高峰めがけて登り一辺倒のコースは、強靭な心肺機能と脚筋力が要求されるが、そのどちらも持ち合わせない私は、2回走って苦手意識を確認しにいったようなものだった。
ただ、レース自体は非常にシンプルで面白い。単純な力比べで明快に結論が出るというのは、いつだって魅力的だ。
富士登山競走をトレイルランニングレースと言っていいのかは微妙なところかもしれないが、半分がロードであるとはいえ、山道を走ることがレースの大きな魅力になっているのだから、含めてしまっていいように思う。もっとも、歴史ある登山競走の側から、「トレイルランなどという後発のジャンルには入れてくれるな」、と言われるかもしれないが。
そんな後発のレース、北丹沢と長谷川カップのレースとしての面白さは、心肺と脚筋力に秀でてなくても、なんとなく勝負ができてしまうところにあると思う。もちろん、心肺も筋力も強いほど有利なことは間違いない。ただ、コースが長くなればなるほど、単純な力だけではなく、どれだけ無駄な力を使わないで進めるか、ということの重要性が増してくる。人間の力はどんなに強い人でも限られている。そこで、歩き方やペース配分を工夫し、コースを見極め、力の無駄遣いをなくそうとすることによって、自分より強い身体能力を持った人たちと何とか伍してやっていくことができるように思う。それは大人のレースと言ってもいいような面白さがある。
それと、1000m前後の低山ゆえの、雄大さとは程遠い、日本ならではの愛すべき景観。アメリカから参戦したトレイルランナーの目には、どのように映るのだろうか。
(2007.04.21)
◆フォームとムーヴ
「マラソンの真髄」という、瀬古利彦氏の本を読んでいて、つくづく感心したことがある。それは、写真にうつる彼のランニングフォームの美しさだ。どの写真も、上半身が左右にぶれることなくまっすぐ安定し、体全体がしっかりと前方へのみ向いている様子がうかがえる。ランニングとは、力をいたずらに左右に散らすことなく、前方へと向かう推進力に纏め上げることなのだということを、日本最強ランナーの写真は改めて気づかせてくれた。
いかに力を無駄に使うことなく前方へ進むか、というテーマは、トレイルランニングにもそのままあてはまる。長時間にわたるレースを乗り切るのに、無駄のない動きは必須だ。ただ、トレイルはロードと違い、ひとつのフォームで乗り切ることができない。山道のバリエーションは千変万化だ。木の根があり、草原があったかと思うと岩場があり、急下降ありで、すべてをまかなう絶対的なフォームは存在しない。
そうしたことを考えると、トレイルランニングの動きに必要なのは、ランニングにおける「フォーム」ではなく、フリークライミングにおける「ムーヴ」に近いことがわかる。自然の岩は、ひとつとして同じ形状のものはない。岩にあわせ、瞬時に最適なムーヴを判断しながら登っていく。それと同じく、トレイルランニングに要求されるのは、完璧な「フォーム=型」を見つけ出すことではなく、路面にあわせて最適な「ムーヴ=動き」をとり続ける適応力なのだと思う。
では、トレイルにおける最適なムーヴをみつけるにはどうしたらよいか。
上記と矛盾するようだが、私はひとつの方策として、普段のランニングでもっとも効率の良いフォームを探るようにしている。瀬古氏のような美しいフォームを身につけることが目的なのではない。普段から動きを意識しつづけることで、レースで消耗したときにも自然に最適なムーヴを探ることができるのではないか、という気がしているのだ。
スピードの追求と消耗しない動きの調和点を探りつづけることは、トレイルランニングの、というよりは、身体に正面から向き合い続ける、個人スポーツすべてに共通する面白さだと思う。
(2007.02.23)
◆山岳レースを走るシューズは何がよいか
山を走り始めて以来1年間、モントレイルのレオナディバイドを履いてきたが、なんとなく抱いていた不満感があった。長時間走って脚全体の上がりが悪くなったときに、地面に飛び出た根っこや岩角などにのこぎり状のソールがわずかにひっかかる感じがあり、いつか怪我しそうな気がする点、理由は分からないが、なんとなく平坦地が走りにくい感がある点、である。
ただ、レオナには「足入れの良さ」というすばらしい長所があり、他のトレランシューズを履くぐらいならレオナのままでいい。そこで、物は試しと、GWに訪れた丹沢大倉尾根を、ふだん使っているアシックスのジョギングシューズ・カヤノで登ってみることにした。
濡れた岩の上も、土の露出した斜面も、小丸から二俣への急な下山路もほとんど問題がなかった。それどころか、ソールパターンなどの機能がない分、足裏感覚をフルに発揮して登る楽しさがあったし、登りも下りも、そしてもちろん林道も、レオナより走りやすかった。
ラン用のシューズといえば鏑木さんが浮かぶ。トレランシューズを履かないのはランナー出身者のこだわりなんだろう、くらいにしか思っていなかった自分は愚かだった。山であれロードであれ「走る」という動作においては、ラン用シューズの右に出るものはないということに気づいていなかった。
それ以来長谷川カップもふくめて、山はすべてカヤノで走っている。
結局、どんなシューズを選ぶかは個人の特性によるだろう。私に関していえば、20年以上山を歩き続けてきて、とにかく山道でも沢でも「滑らずに歩く」ということに関してはかなりの自信をもっている。それは、正しい位置に足を置いて正しく体重をかけさえすれば、歩こうが走ろうがすべりはしないという体感と、体勢を崩してまでは走らない、という意識が体に叩き込まれていることからくるものだ。その反面、ロードなどの走る能力はまったく高くない。
このような場合、どんなシューズであれスリップしない自信があるならば、自分の弱点である「走りの遅さ」を少しでも補うものを選ぶのがよいのではないか、と思っている。「トレイルランニングにはトレラン用シューズ」というのは思い込みにすぎない。トレランシューズの長所としてよく言われる、岩などの突き上げからの保護力も、きちんと地面に足が置けてさえいれば必要ない。極論すれば、山歩きには自信があるがロードは遅い山やにはランニングシューズが、ロードには自信があるが山にはそれほど慣れていないランナーにはトレランシューズが、合っているのではないだろうか。
もちろんこれも人それぞれであり、山やもランナーもいろんな特性をもった人がいるだろう。足の置き場など気にせず下りを爆走することこそトレランの醍醐味であるという人もいるだろう。また、トレイルランニング界振興のためにはトレランシューズを勧めるべきかもしれない。ただ、もしも私と同じようなタイプの方がいたら、一度ランニングシューズも試してみても面白いのではないだろうか。
◆トップ選手の走り(日本山岳耐久レースにて)
今熊神社までの道で鏑木毅さんに追いつく。誰もが知る日本のトップ選手で、これまでも何度か同じレースを走っているのだが、スピードが違いすぎ、遠い後姿すら見ることがなかった。
神社から山道に突入。ペースは比較的緩やかで周りを見渡す余裕がある。すぐ前方に横山峰弘さん、石川弘樹さんがいる。その楽しさに心が踊る。憧れ、とは違う。トップ3は山道でいったいどんな走り方をするのか、自分と何が違うのか、ぜひ一度見てみたかったのだ。
いつ置いていかれるか分からないので、こちらの余力のあるうちに彼らの走りを観察させてもらうことにした。鏑木さんは急坂でもランニング姿勢を崩さず、歩きはほんの時折、休憩程度に混ぜるくらい。登りのために鍛えた強靭なふくらはぎがあれば、歩く姿勢でかかとを下げるよりも、走りのほうが楽なのだろう。これまでのレースで抜かされてきた速い選手のうち、ふくらはぎが発達している人はこのスタイルが多かったように思う。
横山さんは上体を前屈み気味にして、重心を前足に前足に乗せて進む早歩きのスタイル。力強さに差はあるものの私はこのスタイルに近い。そして石川さんは、歩きなのだがその姿勢はきわめて安定しており、自然に手を振り平然と進んでいく。周囲が急坂を登っているなか、まるでひとりだけ平地を歩いているかのようで、同じペースで進んでいても筋力を使っていないのではないかと思いたくなるような感じだった。彼のようなスタイルはこれまで目にしたことがない。このあとどんな走りをするのか、しっかり見ておこうと思う。
スタートから27分36秒で今熊山通過。私の予定通りのタイム。と、すぐとなりを歩いていた石川さんが「遅いなー」と呟いたのが聞こえた。と同時に集団を抜け出し、入山峠へ向かってぐんぐんスピードをあげていく。特に得意ときく下りは軽やかに速い。横山さんが引っ張るこの集団にはついていける人も当然いるはずだが誰も追随しない。かくいう私は、第一関門がゴールだったらついていけるけど、という感じで次第に遠ざかる後姿を眺めるのみ。入山峠につくころには姿はどこにもなかった。
これがトレイルランナーなのだ、と思った。ずっと以前、南仏の岩場で、当時の世界最高の女性クライマーであったリン・ヒルがあまりにも簡単そうに前傾壁のルートを何度も何度も登ったり降りたりしているので、さぞかしガバホールドが連続するのだろうと思い私が登ってみたら、ホールドはどれも小さく、体の保持すらできなかった・・・ということがあったのを思い出した。石川さんの走りは、起伏に富んだ序盤のレースコースをあたかも森の静かな散歩道であるかのように見せてくれた。短い時間だったがその走りに接することができて楽しかった。他人の走りを眺めるために参戦しているわけではないが、自分が努力している分野で一流である人の動きに接するのは楽しいことだし、自分に合うかどうかはともかく、そのスタイルは今後に向けたよい指標になるように思った。
ところで私はまもなく集団から脱落したため、その後鏑木さんが集団から風のように抜け出していったであろうシーンは目撃できなかった。それは登りだろうか、平地だろうか。見てみたかった。
(2006.10.20)