1945年、アメリカのヴァネヴァー・ブッシュVanever Bushは「わたしたちが考えるかのようにAs We May Think」という論文の中で、メメックスmemexという装置を提案した。メメックスは
書籍や資料、通信の個人的な記録の詳細を本人に代わって記憶するものであり、同時に、それらを高速かつ柔軟に調べあげることができるように機械化した装置
A memex is a device in which an individual stores all his books, records, and communications, and which is mechanized so that it may be consulted with exceeding speed and flexibility. It is an enlarged intimate supplement to his memory.
である。
メメックスは、人間の脳が連想に基づいて動くことをモデルにするもので、基本的な特徴は
どの項目からも思いのままに他の項目を直接かつ自動的に選択できることを基本的なアイディアとする
...the basic idea of which[memex] is a provision whereby any item may be caused at will to select immediately and automatically another. This is the essential feature of the memex.[bracket mine]
ところにある。
1960年ころ、ブッシュのアイディアに触発され、ザナドゥXanaduと呼ばれるシステム(あらゆる権力から自由な汎用の電子情報ネットワーク)を構想しはじめたテッド・ネルソンTed Nelson (Theodor Holm Nelson)は、1965年の論文の中で「ハイパーテクストHyperText」という語を提案した。
「ハイパーテクスト」とは、
順序通りに書かなくても良い文章、つまりひとつの文章がいくつかに分かれていて、対話的な画面上で読者が読みたいところを自由に選択できるようなもの…いくつかの違った道筋を読者に提示するために『リンク』された文章が並んだもの(ネルソン 1994: 42)
と説明される。
「ハイパーテクスト」とは言っても、文章(テクストtext)だけに限るものではなく、画像(イメージ)・音声(サウンド)・動画(ムービー)などあらゆる情報(=マルチメディア情報)が「リンク」の対象となる。このとき、ある情報から別の情報へ自由に移動していく仕組みは「ハイパーリンク」HyperLinkと呼ばれる。
ネルソンがいう「ハイパーテクスト」は、世界のすべてのものごとやアイディア(つまり、人間が五感で把捉するすべての情報)が互いにつながりあう(あるいは、本質的につながりあっている)というイメージであり、それがコンピュータ化されているという点を除けば、ブッシュの考えと基本的に同じだということができる。
しかし、政治的立場においては、ブッシュとネルソンはかなり異なっているように見える。権力の中にいて軍事目的での研究・開発を続けたブッシュに対し、『市民の自由と価値観の多様性を守り・日常生活の煩雑さを代替する』というのがコンピュータに対するネルソンの理想である。
ネルソンの理想は、パソコンpersonal computerの基本思想ともつながりあうものである。1977年に発売されたアップルⅡApple IIは、世界初の「パソコン」だったが、それはカウンターカルチャー(権力への抵抗、自由な思想、創造的な価値観など)を象徴するものでもあった。実際に、アップルコンピュータApple Computerは〈技術は民衆に力を与えるためのものだ〉という理念を掲げ、その製品は人間味があり親しみやすいことを基本思想としてきた。もちろん、それは企業のブランドイメージを確立し、あるいは高めるための戦略の一部であり、ネルソンの理想と必ずしも同じわけではない。ただ、パソコンのユーザの一部が、そのようなイメージを熱狂的に支持してきたことは事実である。