第十五話 大会にかける青春?



=人気者はつらいよ=

「というわけでぇ〜、恒例の球技大会のメンバーを今週末に提出しなければいけないからそこんとこヨロシクゥ〜!」

 教壇の陰に隠れ、恐らく教室の最後部の人間からはその姿が見えないであろう郁美先生が声だけは元気に張り上げるが、その表情は少しあまり芳しくないように見える。

 なんだか郁美先生いつもと様子が違うかな?

 しかしそんな有希の疑問はお構いないようにクラス委員の都たちはそのメンバーを決めるべくウダウダと退く郁美と交代に教壇に立ち次々にそのメンバーを決めてゆく。

「球技大会?」

 首をかしげていると有希の頭にコツンと何かが当たる感覚とともに、手元に紙屑のようなものが落ち、無意識にそれを手に取ると、そこには『有希へ』という文字が見て取る事ができる。

 鮎美か?

『有希は何をやるの? やっぱりバスケなのかな? あたしは何もできないからなぁ……』

 鮎美の文字はいわゆる『漫画字』というのだろうか、独特の丸っこい文字で書かれているその紙切れを見ると思わず顔がほころぶ。

 バスケかぁ……今年はワールドカップがあるし、やっぱりサッカーもやってみたいけれど、やっぱりバスケかな?

「それではまず競技種目ですが……」

 都は教壇に立ち、よく通る声でクラスメートに語りかけると、それまでざわめいていた教室内が静かになる。どうやら都はそういうカリスマ性があるようだ。

「このクラスは女子しかいないから、参加できる種目は……サッカーとバスケ、バレーボールにテニス……なぜだかバトミントン……ってこれって球技になるの?」

 都はそう言いながら隣にいる女の子の顔を見るが、その女の子も首を傾げるだけだった。

「まぁいいわ、それではまず自分のやりたい競技があったら立候補して」

 都の一言に我先にと、体育会系のクラブに所属している娘が挙手して参加を表明するが、帰宅部の多いこのクラスはそれだけで定員に達する事はない。

「有希!」

 教室の後方から声がかかると有希は首をすくめる。

 やっぱりお声がかかったよ……神宮寺舞だったっけ?

 そっとその顔をみると、ニパっと顔をほころばせている長身の女の子が、まるでこっちに来いといわんばかりに手招きしている。

〈そう、女子バスケ部部員で、ここ数年に一人の逸材と呼ばれている女の子、確か身長百八十センチ近くあるらしいわよ?〉

 だろうね? 昔の俺と同じぐらいの身長だもん、女の子であの背は結構きついものがあるかもしれないよな?

 クラスの中で頭一つ抜きん出ている彼女は、このクラスの中で目立つ方だ。

〈勇気もそんなにあったんだぁ……ちょっと憧れるかもしれないなぁ、人を見下ろすような視線になるのって……〉

 そんないいものじゃないよ? 電車に乗れば頭をぶつけるし、扉に頭をぶつけたりしてあまりいい記憶ないよ。

〈そうかなぁ……あたしはやっぱり憧れるよ〉

 有希の意識はそう呟きながらため息とともに消えてゆく。

 確かにそうかもしれないな? たぶん女の子の中でもこの身長は低い方であろう。

 有希の身長はこの前の身体検査で百五十センチちょっとしかなく、背の順番で並ぶ時は必ずといっていいほど一番前に立つ。

「あんたのバスケのセンスは見逃す事ができないよ? あんたはバスケをやるために生まれてきたんだ!」

 いや、そんなに熱く語られても困るんですけれど……。

「ちょっと待って!」

 舞の一言に待ったをかけたのは、女子サッカー部の次期キャプテンの呼び声が高い山崎慧子(やまざきけいこ)が般若のような顔をして舞の事を睨みつけている。

「――なによ慧子……」

 舞もその勢いに押されないように慧子の事を睨みつけ、なにやら教室の中に不穏な空気が流れ始める。

「有希はサッカーがいいんじゃない? バスケのセンスがあることは認めるけれど、やはり体格的にきついと思う、だったらサッカーの方がその機動力を生かせるわ」

「ちょっとまって! 機動力ならこっちの方が生かすことができるわよ!」

 ちょうど郁美先生の座る席の前から声が上がる。

「未来瑠までぇ〜?」

 女子ソフト部のエースピッチャーの本間未来瑠(ほんまみくる)が、腰に手をやりながら有希や舞、慧子の顔を睨みつけている。

「その小柄な身体に瞬発力は我がクラスの切り込み体調としては申し訳ないわよ、そう二年B組の赤い彗星と呼ぶにふさわしい人材だわ!」

 俺は角付きか? それともセリーグの盗塁王?

「ハハ……どうしようかなぁ……」

 まさかこんなにみんなから期待されるなんて思わなかったよ……さて、どうしたものかな?

「いっそうの事全部に参加しちゃったら?」

 郁美先生? そんな無責任な事を言わないでくださいよ、いくら俺でもそんなにいくつもこなせるわけないじゃないですか……。

 苦笑いを浮かべる有希に対して郁美の表情は真剣だ。

「そうすれば各競技にポイントゲッターが増える、すれば我がクラスの勝機は増えると言うもの、そうすれば……青葉さん、そうしなさい!」

 なんだかさっきまでに意気消沈した様子とは打って変わって、なにやら目が血走っているようだけれども……。

「そうしなさいって……」

「西園寺さん問題はある?」

 ピッと指差された都はルールや資格などが書かれているであろうプリントに視線を落としながらフルフルと首を横に振る。

「問題ないですね? 試合がブッキングしない限りは……」

 都ぉ〜、そんな事をあっさりといわないでくれよぉ〜。

「では決まり、青葉さんは全科目に出場、ブッキングした場合などは控えで時間を稼いで青葉さんが合流するのを待つ……いいわね、今年こそ勝つわよぉ、打倒C組!」

「「ハァ〜イ!」」

 一致団結したその様子を客観的に見るしかできない有希は、キョトキョトとその光景に視線を巡らせる事しかできないでいた。



「打倒C組ってどういうことなの?」

 それまで長袖だった制服は半袖に変わり、海から吹き上がってくる潮風が心地良く感じるほどまでに気温が上がりはじめた函館の街は十分に夏を感じるようになった。

「ウ〜ン、因縁なのかな? 郁美先生とC組の小田中先生は……」

 悩んだように首をかしげる鮎美。

「小田中先生って、現国の?」

 有希の頭の中に郁美とはまったく正反対のタイプの一人の先生の姿が頭に浮かぶ。

「そう、郁美先生と同期で、大学こそ違うものの、高校まで同級生だったらしいわよ、それで何かに付けると対立していたみたいね? まぁ詳しくはわからないでもないけれど……」

 苦笑いを浮かべる鮎美につられて有希も苦笑いを浮かべる。

 確かに……まるっきり正反対だよなぁあの二人……郁美先生の雰囲気とは正反対に小田中先生はフェロモン全開といった感じだもんなぁ……男ならあんな女教師に教わりたいと思うよ。

〈勇気のえっち〉

 えっちって、これは男の子の素直な気持ちだと思うけれど? 有希だって憧れないかあんなナイスボディーな先生に。

〈ウ〜ン、憧れるのはそうだし、気さくで良い先生だから好きなんだけれど、郁美先生は敵意むき出しなのよね?〉

 確かにそうかもしれないな、自分に無いものに対する嫉妬みたいなものなのかな?

〈――そんな事を郁美先生に聴かれたら酷い目に合うわよ?〉

 ハハ、有希との会話は誰にも聞かれないから大丈夫でしょ?

「有希、あなた今変な事考えていたでしょ……郁美先生に怒られるよ?」

 やっぱり鮎美はエスパーだろ、俺たちの会話聞いているんじゃないか?

〈ひ、否定できないかも……〉

 隠れるように有希の意識が消えたかと思うと、鮎美は頬を膨らませながら有希の顔を覗き込んでくる。

「あは、あはは?」

「郁美先生って普段は小田中先生と仲がいいけれど、こういう勝負事になると真剣になるのよね? ちなみに去年は郁美クラスが小田中クラスに僅差で負けて、一週間テストが続いたわ」

「ちょ、ちょっと待って、なんだってテストにまで発展するんだ?」

「悔しかったからじゃない?」

「それって横暴といわないか?」

 有希の顔が蒼ざめてゆく。

「そうかも……だから今年はあなたの責任重大よ? 負けたら個人攻撃されたりして……」

 ――怖い事をさらっと言わんでくれ。

「あら? 青葉さんと高宮さん」

 無意識に背筋が伸びるのは有希だけではなく鮎美もそうらしく、二人は立ち止まって背後からかけられた声に対して恐る恐る振り返る。

「郁美……先生?」

 既に条件反射だよな? この先生に呼ばれると絶対によからぬ事が起きると言う事がこの身体に摺り込まれている様だ。

「あは、途中まで一緒に帰ろ?」

 ――やはりこの先生は十歳位サバをよんでいるんじゃないか? 肩から提げているトートバックよりもランドセルの方が似合いそうだぜ、またそれを強調させるようにその正反対なのが小田中先生……。

「青葉さんと高宮さんはいつも一緒なのね?」

 大人の魅力満載の小田中先生は、赤いルージュの塗られた少し厚ぼったい唇を半開きにしてニッコリと俺たちの顔を覗き込んでくるが……ウ〜ン、やっぱり大人だよな? 百人いたら百二十人はこの二人が同い年とは見ないだろうし、納得しているはずの俺でさえみれば見るほど信じられない。

「ハイ、家が隣同士ですし幼馴染ですから」

 どこか照れたような表情を浮かべている鮎美は、うつむきながら答える。

「ダメよさぁや、青葉さんに唾つけようとしてもぉ」

 郁美先生が頬を膨らませながら有希に抱きついてきて、小さな娘がダダをこねるような仕草を見せる。

「さぁや?」

 郁美に抱きつかれながら有希が首を傾げる。

「そっ、小田中冴子(おだなかさえこ)だから『さぁや』なの、高校時代のあだ名よね?」

「そうやって呼んでいるのは郁美だけじゃない」

 クスクスと微笑みながら冴子は郁美の顔を見つめるその表情は、普段のような大人っぽいものではなく、その砕けた表情からもこの二人が仲良い事がわかる。

 小田中先生もこんな可愛らしく笑うんだぁ……ちょっと意外かも。

「青葉さんは郁美のクラスのポイントゲッターなんですってね?」

 冴子はそう言いながら有希の顔に顔を近づけると、香水の香りが有希の周りに漂うが、それは決して嫌な香りではなく、有希にとって大人を感じさせる香りだった。

「もぉ、さぁや青葉さんを誘惑しないでよね? 今年こそあなたのクラスに勝って見せるから、そうしたら、約束忘れないでよぉ」

 プンプクリンという擬音が郁美先生の頭の上に見えそうだ、幼子がお姉さんに文句を言っているという構図が出来上がっているような気がする。

「約束?」

 鮎美は首をかしげながら冴子の顔を見ると、郁美の頭を押さえながら苦笑いを浮かべる。

「他の先生には内緒よ? クラス対抗戦で負けた方が夕食をおごるの、去年はあたしがおごってもらったのよね?」

 ペロッと舌を出しながら冴子が言うと、悔しそうな顔をして郁美が睨み返す。

「そうよ、『ラ・ステラ』でイタリアンをおごったのをあたしは昨日のように覚えているわ、でも今年はそうは行かない、この青葉さんがいる限り!」

 ギュッと有希を抱きしめる郁美の力は普段のそれよりも力強く感じられる。

 邪な闘志だよなぁ……いいのか教師がそんな賭け事をして……。

「ウフフ、受けて立つわよ、今年は『ル・プティ・コション』のディナーだったわよね?」

 不敵な笑みを冴子は郁美に向けると、意外なところから声が上がる。

「わぁ『ル・プティ・コション』って、梁川町にあるお店ですよね? 昔はロシア料理のお店の『カチューシャ』のあったところでやっているお店、いいなぁ美味しいらしいですよね?」

 うっとりとした顔をしているのは隣にいる鮎美で、その表情は心底うらやましそうな顔をしており、今にもよだれをたらしそうな顔をしている。

「高宮さん知っているんだ、そう昔の『カチューシャ』時代にも何度も行ったけれど、今もいいわよぉ、静かなフレンチのお店と言った感じで……」

 おいおい……話の本筋が変わってきているような気がするんですが……。



=球技大会=

「いけぇ〜! 真弓ぃ〜ホォ〜ムランをかっとばせぇ〜!」

 黄色い歓声が、グラウンドに響き渡り、金属バットの音にその歓声が一つ一つ反応する。

『商業科二年B組の攻撃は、一番ライト青葉さん』

 校庭にアナウンスが響き渡ると、黄色い歓声がいっそう大きくなる。

「有希ぃ〜、がんばれぇ〜!」

 嫌が負うにもこの雰囲気に燃えちゃうよねぇ……ヘヘへ、嫌いじゃないよこの雰囲気。

 バッターボックスに立つ有希は、それまで嫌がっていたブルマー姿でバットを構え、相手ピッチャーを睨みつける。

「おねぇさまぁ〜」

 さっきから歓声の中にそんなものが聞こえるけれど、とりあえず今はこの一球にかける。

 相手ピッチャーは大きく振りかぶり、ソフトボール特有の下手からボールが投げ放たれると、それに反応した有希のバットは手ごたえ十分にそのボールを叩く。

 カキィ〜ン!

 小気味いい金属音とともに、その白球はセンターの頭上を遥かに高く越えてゆき、歓声がピークに差し掛かる。

「やったぁ〜! ダメ押しのホームラン!」

 ホームでは未来瑠が先頭になって有希の事を出迎え、他の選手からも頭を叩かれながらベンチに戻り、汗を拭くまもなく声がかけられる。

「有希、今度はこっちの試合が始まるよ」

 有希より少し背の高い慧子が、座っている有希の手を引くと未来瑠が少し頬を膨らませて慧子の事を見つめる。

「何よぉ、いいところなのにぃ〜」

「いいじゃないのよ、もうソフトボールの優勝は決まったようなものでしょ? サッカーはこれから決勝戦、相手は二年C組なのよ?」

 慧子の一言にスコアーボードに眼をやると確かにそうだな? 既に点差は二桁近くあるし、よほどの事が無い限りは逆転される事はないだろう。

「わかったわよ……有希ありがとう、やっぱりあなたが殊勲賞よ」

 未来瑠に一礼して第二グラウンドに向かうと、そこには郁美先生を中心にした円陣が組まれて盛り上がっている。

「いいわね、絶対に勝つのよ!」

「「ハイ!」」

 みんなの顔は完全にスポコン根性サッカーアニメのような目をしている。

 ハハ、ツバサ君とかミサキ君が出てきそうだ……。

「青葉さん頼んだわよ!」

 郁美の険しい視線が有希の顔を捉えると、周囲からも頼み込むような視線が向けられ、それに対して有希は苦笑いで答えることしかできなかった。

 ピピィ〜ッ!

 ホイッスルの音で、グラウンドに全員が散らばり、有希も事前に慧子に言われていた左サイドに駆けつける。

 ここで負けたりしたら……考えたくないぜぇ。

 にこやかにテスト用紙を持っている郁美の姿が頭に浮かび上がり、慌ててそれを打ち消すように首を振ると、すぐ目の前にボールが飛んでくる。

「有希、逆サイド空いているよ!」

 慧子の指示に従い、見方と相手の隙を見つけてそこにけり込む。

「ナイス有希!」

 誰もいないところに転がったかと思うと慧子が走り込みそれを取って一気に相手ゴールへシュートを放つ。

「やったぁ〜! 一点目!」

 喜び勇んだ郁美先生の顔と、心底悔しそうな小田中先生……ハハ、本気だよあの二人。



「よぉ〜し、あと二、三点は取っておいたいわよね?」

 前半戦が終了してのハーフタイム、息を切らせながら慧子がそう言うが、既に点差は三点ある、うちのクラスのディフェンス陣を考えればこれだけあれば十分ではないか?

 見ず知らずの女の子が持ってきたタオルで顔を吹くと、歓声を上げながらそのタオルをどこかに持っていってしまった。

 なんなんだ? 一体。

「有希ぃ、がんばっている?」

 フェンスの外から鮎美の声がするが、どこかその声に張りが無い。

「高宮さん? あなたバレーボールはどうしたの?」

 郁美が険しい顔をして鮎美の事を睨みつけると、頭を掻きながらバツの悪そうな顔をする。

「エヘ、一回戦負けです……有希に来てもらうまでも無く……」

 その一言に普段の幼い顔から想像できないような表情を浮かべて近くにいた都に声をかけて、その持っているファイルを覗き込んでいる。

「やっぱりバレーボールはうちのクラスの苦手科目ね? 来年はどこからか優秀な人間をスカウトしてこないといけないわね……と言う事はサッカーでこれだけの点差でいけるとしてあとは……ヤバい、あとバスケと、バトミントンで何とかC組の上を行かなければうちの負けになっちゃう……青葉さん!」

 スカウトって……たかが球技大会じゃないか……。

 ピッと郁美に指差されて有希の背筋が伸びる。

「早くバスケに行ってきなさい! いいわね、負けは許されないわよ」



「有希来てくれの?」

 バスケの試合会場になっている体育館に入り込むと、熱気がこもっており、汗だくの表情で舞が有希の顔を見下ろしてくるが、その表情には余裕は無い。

「どうなんだ?」

 スコアーボードを見る前に、舞の表情から芳しくない試合運びというのはよくわかる。

「よくないね? ワンゴール差で勝ってはいるけれど、いつひっくり返されてもおかしくないわ、有希お願いできる?」

 拝み込むような格好で舞が有希に手を合わすと、有希はコクリと頷く。

 負けたらきっと色々な事をやらされるのは目に見えている、それだけは避けたいからね? ここまで来たらやれるところまでやるだけさ!

「まかせて!」

 気合を入れる意味で有希は自分の太ももをパンパンと叩き、ギュッとコートに視線を向ける。

「タイムアウト、メンバーチェンジ……」

 舞の声がコートに響き渡り、ホイッスルと同時に有希は自分よりも背の高い選手とハイタッチしてコートの中に入る。

 へへ、馬鹿にするなよ? この小さいながらもハイスペックな身体は下手なバスケの選手よりも上手に動く事ができるんだぜぇ。

 相手チームの選手は全員有希よりも背が高く、その数人は馬鹿にしたような視線を有希に向けてくるが、そんな視線にも物怖じしないで試合が再開されるのを待つ。

 ピィ〜ッ!

 ホイッスルがなると同時にボールが有希に回ってくる。

 ヘイヘイ……さてと……。

 ダムダムとボールをバウンドさせながら、相手選手の隙をうかがう。

「そこ!」

 速いチェストパスが、相手の脇の下を通ったかと思うと、味方の選手がキョトンとした顔のままそのボールを受け取っている。

「いけぇ〜っ!」

 有希の一言に我に返ったその選手がゴールしたに駆け込んでいくと、相手選手も慌てふためきながらゴール下を固める。

「いけいけ、速攻だっ! ダメそんな所で止まっちゃ!」

「ディフェンス! 相手のパスをインターセプトして、ボールはみんな有希に回すのよ!」

 コートの外からは監督代わりの舞が声をからしながら指示を出し、否応なしに会場はヒートアップしその歓声の中には鮎美の声が聞こえ、チラリとそっちに視線を向けると、一生懸命に声を上げている鮎美の姿が見える。



「痛い……」

 健康な歯が云々やら、喫煙が身体に毒だというようなポスターが貼られている保健室の壁を眺めながら有希は顔をしかめる。

「そりゃ痛いでしょうよ、捻挫しているんだから……」

 保健の先生はそう言いながら有希の細い足首に湿布を貼ると、仰々しく包帯を巻く。

「試合どうなったんだろう……」

 第四クォーターが始まった途端にチェックに厳しくなり、現役のバスケ部員に倒された有希はそのまま担架に乗せられ保健室に直行した。

「たかが球技大会になにそんなに熱くなっているんだろうねぇ……まぁ、青春という奴は走り出すと止まらなくなっちゃうのが常なんだけれどね……とこれでよし、今日は家に帰ってよし、明日の朝になっても腫れが引いていない様だったら医者に行くように」

 白衣を翻しながら保健の先生は机に向かって何かを書き出し、その背中にペコリとお辞儀をして有希は保健室を出る。

「有希!」

 ガララと保健室の扉を閉めると、その場で待っていたのであろう今にも泣き出しそうな鮎美が有希に駆け寄ってくる。

「ん、鮎美かぁ」

 照れ臭そうに鼻先を掻く有希の顔を見て少しホッとしたような表情をするも、すぐに鮎美の視線は有希の足に巻かれている包帯を見て再びその顔が曇る。

「ちょっと大丈夫? ホラ、あたしの肩につかまって」

 鮎美はそう言いながら有希の脇を抱えるように有希の身体を支えると、有希のその身体に暖かい鮎美の体温が伝わってくる。

「そんな大袈裟だよ……捻挫だ」

 照れくさく身体をよじるが、捻挫のせいなのか思うように身体がうこかす事ができない。

「大袈裟じゃないもん、有希が怪我しちゃった」

 大きな瞳に涙を浮かべている鮎美の顔が、ほんの僅かな近距離にある事に気がつき、有希は思わず顔をそらすが、その顔は真っ赤になっている。

「わりぃ、心配かけちゃったな? それより試合はどうなったんだ?」

 鮎美に抱えられるように歩く有希の質問に、鮎美はニッコリと微笑む。

「有希が退場したあと舞ちゃんたちが奮起して見事に勝ったわよ、みんな『有希の弔い合戦だ!』なんて言っていたわよ?」

――おいおい、俺は死んでいないぞ?

「んで、結果はどうなったんだ? C組との結果は……」

 有希は苦笑いを浮かべながら鮎美の顔をみるが、考えたように視線を宙に向けている。

 これだけ痛い思いをした挙句に宿題の嵐に、テストの舞いだなんてシャレにならんぜ?

「ウン、バスケが勝ったところでC組との差はイーブンだったみたいね? あとはバトミントンの結果次第なんだけれど……」

「有希ちゃん!」

 教室に向かう渡り廊下で背後から声をかけられ振り向くと、そこには体操服姿のミーナの姿があり、その姿にドキッと胸を高鳴らせる。

「ミーナ」

 心配顔をするミーナの姿は有希たちと同じ体操服なのだが、どうも有希たちと違ってセクシー感を醸し出しているのは、その服を大きく持ち上げている胸と、すらっとした白い太もものせいなのだろうか。

 同じ人間なのにこうも造形が違うというのは差別では無いか?

「どうしたの有希ちゃん、怪我したの?」

 羨望の眼差しで見ている有希の足に巻かれている包帯に、まるで自分が痛い思いをしているような表情を浮かべながらミーナは顔を覗き込ませてくる。

「ウンたいした事ないよ、ちょっとした捻挫かな?」

「有希が怪我したって?」

 再び背後から男子の声がしたかと思うと、心配そうなその顔が有希の目の前に現れる。

「拓海……」

「大丈夫なのか? もしなんだったら俺がおぶってやろうか?」

 拓海はそう言いながら有希の目の前にひざまずくと背中を向けてくる。

「ハハ、大丈夫だよ、そんなに心配する事ないから……」

 苦笑いを浮かべる有希に対して、拓海は寂しそうな表情を浮かべ、その様子にミーナは少し頬を膨らませている。

「そう、あたしが家まで送っていくから心配しないで二人とも……」

 鮎美がそう言うと拓海は渋々と腰を上げ、上目遣いに有希の顔を覗き込む。

 そんな顔をしないでくれよ……。

「ありがと拓海、鮎美の言うとおりだから……気持ちだけはありがたく頂いておくよ」

 鮎美に促されながら有希は再び足を引きずりながら、歩き出すと、

「有希、それじゃあ今日のバイトダメでしょ? あたしから店長にお休みの話しておくから、早く良くしてよね?」

 ミーナの声はどこか弾んだようにも聞こえるが……そうか、今日のシフトは拓海と一緒だったよな? いつもなら三人だけれど今日の帰りは二人きりか……。

「あぁ、頼んだよ」

 微笑みながら言う有希の声に、ミーナは照れたように顔をうつむかせる。



「という事でぇ〜デヘヘェ」

 だらしなく目を垂らしているのは我がクラス担任の郁美先生、それが意味なしている事は周知の通りであろう、ただでさえ垂れている目をさらに垂らしているのだから結果はB組勝利という奴だ。

 とりあえずテストの嵐だけは避けることが出来たようだな……。

「では今日の殊勲賞を発表しまぁす!」

 パラパラとお座なりな拍手がおき、郁美はそれに満足そうに頷く。

「本日の殊勲賞はバトミントンで勝利をもたらしてくれた、川原音子(かわはらねこ)さん!」

 教室内がざわつくと同時にいくつもの視線が有希に向かってくる。

「あ、あたしですか?」

 クラスのほぼ真ん中で立ち上がったショートカットで小柄な女の子は郁美の発表に困惑した様子を見せている。

「はい川原さんが殊勲賞ですよ」

 郁美は当然といった顔をして音子の顔を見るが、当の本人は寝耳に水といった感じで周囲の様子を見ている。

「あたしなんて何もしていません、やっぱり殊勲賞は青葉さんだと思います」

 音子の一言に、みんな頷き俺に視線を向けてくるが、俺だってそんな大したことをした訳じゃないし、結果的には試合の途中で退場してしまったわけで勝敗に貢献したわけでは無い。

「はいはい、わかっているわよ、みんなの意見も同じという事でいいのかな?」

 郁美は笑顔のままで教室を見渡すが、それに対して異論を唱える人間がいないようだ。

「怪我までしてクラスの勝利に大きく貢献したのはやっぱり有希だと思うよ」

 背の高い舞がそう言いながら立ち上がる。

「そうそう、やっぱりムードメーカーって言うか、有希が入るっていうだけでチームの雰囲気がガラッと変わったもん」

 慧子もそう言いながら立ち上がると、それにつられたように郁美の目の前に座っていた未来瑠も立ち上がる。

「そうよ! 誰がなんと言っても有希の殊勲賞はまちがいないと思う……音子には申し訳ないけれど……」

 未来瑠は音子に向かって頭を下げるが、音子はかえって恐縮してように顔の前で手をブンブンと振っている。

「そんな事ない、あたしだって青葉さんががんばっているのを見て奮起したぐらいなんだから、あたしも殊勲賞は青葉さんだと思っている」

 音子はそう言いながらジッと有希の事を見ると、教室内に拍手が沸きあがる。

「じゃあこうしましょう、C組に引導を渡したという事で殊勲賞は川原さんで、全てにおいて活躍した最優秀殊勲賞が青葉さんというのでどうかしら? 川原さんの功績もみんな認めてくれればだけれどね?」

「「さんせぇ〜い」」

 その声に促され郁美は有希と音子を手招きして教壇上に立たせる。

 照れ臭いぜぇ……。

第十六話へ。