第十六話 Summer Days
=夏休み=
「ウ~ン、心地いいねぇ……さすが北海道!」
七月に入ってから暖かいというよりも暑いという日が続き出すが、有希はいたって元気一杯の顔をして校庭に向かう窓の前で大きく伸びをする。
夏とは思えないよなぁこの天気! 東京みたいな蒸し暑さはないし、暑いといっても吹いてくる風は心地がいい。
有希は肺一杯に吸い込んだそんな心地いい風をもったいぶるように吐き出す。
「ちょっと有希、そんな所で伸びをしないの!」
慌てた様子で鮎美がその有希の背後に立ち視線を回りに配らせると、数人の女子生徒がつまらなそうにその視線をそらせている。
「なんでぇ~、だって七月だよ? もう夏だって言うのにこんなに風が心地良いなんて、信じられないよぉ~、ホント最高っの気分! 気持ちがいいよぉ~」
まるで全身でその心地良い風を浴びるかのように体を大の字にする有希、それに反応するかのように教室の一部から歓声のようなものが上がる。
「有希! 夏服なんだからそんな所でそんな事をしないの!」
きつい語調の鮎美に思わず首をすくめるのは既に条件反射のようになっており、有希は怒られた子犬のような表情で鮎美の顔を仰ぎ見ると、なぜか鮎美はそんな視線に少し頬を赤らめながらその顔をそらせる。
「何で?」
有希が小首を傾げると、再び教室の一部からため息が洩れる。
な、何だこの不穏な空気は? そういえばその昔にそんな場面に自分も参加していたような気がするけれども、それと今とではシチュエーションが違うと思うけれど……。
男時代の勇気のクラスに美少女と呼ぶにはちょっとかけ離れている女の子がいた。しかしその娘のする仕草の一つ一つがいわゆる男心をクスグルと言うのだろうか、無防備な色気に対して男子が一喜一憂していた事を思い出されるが、共学とはいえ、今のこの教室にいるのは少なくとも自分と同じ性別の人間しかいないはず、同性にそんな感情が芽生えるのかまではまだ有希にはわからない。
んなわけないよな?
「何でって……夏の制服って、そのぉ……」
言い難そうに言う鮎美の顔をさらに有希が覗き込むと、さらに顔を赤らめて鮎美はその視線から逃れるように顔をそらせる。
これがどうかしたのか?
「夏服?」
有希はそう言いながら今にもおへそが出てしまいそうな丈の上着の裾を引っ張り、その様相を不思議そうな顔をして見るが、その格好に問題点があるようには見えない。
「――透けやすいのよ……生地が薄いせいなのか、光に対してその……そのラインが出ちゃうの、まるで裸を見ているみたいに身体のラインがばっちり出ちゃうの!」
顔を真っ赤にしながら言う鮎美に対して有希は不思議そうな顔をして膝丈の濃紺のプリーツスカートを見る。
確かにちょっと薄いかもしれないかな? 間近で見てもうっすらと太ももが透けるということは光にかざされると……かなり色っぽいラインを皆様に提供する事になるかも……。
ハッとして有希が視線をさっきから不穏な空気の漂っている一角に視線を向けると、慌てたように一気にその視線がありとあらゆる方向に向くが、その格好はみんな有希と同じセーラー服姿しかない。
――おいおい、俺の記憶が確かなら、お互いに同じ性別だよな? 俺はそんなアブノーマルな世界に足を踏み入れたくないぜ?
「だから気をつけた方がいいよ? 男子がいる前とか特に……」
「いや男子だけではないような気がしますが……」
トホホな顔をしながら力なく首を振る有希に対して今度は鮎美が首をかしげている。
「というわけで夏休みの注意点は以上でぇっす、みんな体調管理に注意して八月二十日の始業式には元気な顔を見せてね!」
教壇には幼い郁美先生が一番喜んでいるような顔をしながら夏休みの注意事項を話しているが、ちょっと待ってくれ、今始業式が八月二十日といわなかったか?
〈そうだよ、なんか変だった?〉
有希が意識の中で答えてくる。
だって夏休みが何で八月二十日までなんだよ……。
〈いつもと同じじゃない〉
同じって、同じなの?
〈そうよ?〉
何でだ? 夏休みというのは八月三十一日までじゃないのか?
〈ヘ? あぁそうかぁ、勇気は東京だったからね? 北海道は八月二十日までなの、その分冬休みが長いのよ〉
冬休みが長いのは嬉しいけれど、夏休みが短いのは悲しいなぁ……。
〈仕方が無いでしょ? それが教育要項とか言う奴なんじゃないの、よくわからないけれど、でも夏休みは夏休み、思いっきり羽伸ばさないと〉
まぁそうだな?
有希と話しているうちにウキウキ顔の郁美は手を振りながらホームルームを散会させてめでたく夏休みが開始された。
「有希、かえろ」
カバンに荷物を詰め込んでいると鮎美と都が声をかけてくる。
「ウン、ちょっと待って……」
色々とカバンに詰め込み、そのカバンはかなりパンパンに膨れ上がり、金具を止めるのにかなり困難を極める。
こまめに持って帰ればよかったかな?
教科書を中心とした荷物はカバンの許容量を超えているようにも見えるが奇跡的にその中に収納することができた。
「――青葉さん、あまり学校に教材を置いておくのは感心しないなぁ」
苦笑いを浮かべながら都はそんな様子を見つめる。
ハハ……家に帰ってもあまりそう言うものを開かないもので……。
誤魔化すような笑顔を浮かべる有希の顔は助けを請うように鮎美を見るが、その鮎美はバツが悪そうに視線をそらせる。
――鮎美も同類だ……きっと前もって持ち帰っていたに違いない!
「有希は夏休みどうするの? どこかに行ったりするの?」
昇降口まで降り、下駄箱でローファーに足を入れていると先に履き終えた鮎美が何気なく声をかけてくる。
「ウウン特に何も……たぶんバイト三昧になるかも……」
うんざり顔を作りながら有希が答えると、つま先をコンクリに当てながら苦笑いを浮かべ都がその顔を軽く睨みつけてくる。
「青葉さん、夏休みの宿題もお忘れなくね?」
クラス委員長らしい台詞を吐きながら昇降口を出て行く都の後姿に有希と鮎美はお互いに一つため息をついてそれについてゆく。
なんとなく都が委員長に選ばれたのがわかるような気がするよ……。
〈でしょ?〉
あぁ、普段はあまり感じないけれど根が真面目なんだな……。
〈そっ、普段はそんな事ないんだけれど、提出物とかは結構うるさかったりするのよねぇ〉
意識の中の有希は間違いなく苦笑している。
俺も気をつけるようにしよ……特に宿題は。
〈できるの?〉
――わからん。
「有希ちゃんはお祭に行くの?」
グランマの休憩室で賄いのサンドイッチを口に運んでいると、ミーナがその金髪を揺らしながら有希の顔を覗き込んでくる。
「まつり?」
カフェオレで口の中に入っていたそれを流し込み、その質問をしてきた碧眼の娘の顔を見ると、何かワクワクしたように目を輝かせている。
「そう! 夏の風物詩『函館港まつり』よぉ」
まれで恋焦がれた人に再会するかのように身体をクネらせるミーナのその姿はそれだけ見れば妖艶にも見えるが、内容が伴っていない。
「港まつり?」
初めて聞くその名に有希は首をかしげる。
「毎年八月一日からやっているお祭で、函館の夏の一大イベント! 初日に花火が上がって次の日からは待ちに待った『いか踊り』……あぁ~楽しみぃ~」
相変わらず体をクネクネさせるミーナに対して有希は曖昧な笑顔で答える。
有希ぃ、なんなんだその『函館港まつり』って言うのは。
〈それはね、昭和九年の函館大火で打ちひしがれた市民の心を奮い立たせようと、翌年の昭和十年から開催されているのが『函館港まつり』なの、今ではミーナが言うとおり函館の夏の一大イベントなっていて、道内だけじゃなくって道外からも参加しに来る人がいるぐらいなのよ〉
へぇ、でも『いか踊り』って一体何なの?
〈エッと『いか踊り』は酒飲み仲間で話していたのがきっかけでできたらしいの、何でも『函館はイカの街だからいか踊りにするべ』って酔っぱらった勢いでできたという噂、八月に行われる『港まつり』を盛り上げるのが目的だったみたいね?〉
酔っぱらった勢いでできるというのもすごい話だと思うけれど、それが市民の間に浸透しちゃうと言うのもすごい話だな。
〈ウ~ン、まぁ堅苦しさがないから子供から大人まで踊れると言うところで浸透していったみたいね? 勇気も一度見ればすぐに憶えちゃうわよ〉
そんなもんですかね?
「ネネ、そこでお願いがあるんだけれど……」
気が付くとミーナの顔がかなり有希に接近しており、思わず身をそらす。
ビックリしたぁ、ミーナにキスされるのかと思ったよ……。
〈そんなわけないじゃない……でも勇気相変わらず隙があるんじゃない?〉
意地悪な有希の感情が頭の中に流れ込んでくる。
確かにそうかもしれないけれど、相手はミーナだぜ? 気にする事ないでしょうに。
「んで? お願いって何なの?」
咳払いを一つして平静を装う。
「ウン、今年は浴衣を着ようかなって思っているんだけれど、うちには着付けができる人間いないのよねぇ……」
「なんだって着付けができないのに浴衣を持っているんだよ」
「だってお父さんが、浴衣を見て『一目惚れした』って言って即買しちゃったんだもん、確かに可愛いからあたしも欲しいかななんて思ったのは事実だけれど」
膨れ面をしながら上目遣いに有希を見つめるミーナの顔は、いつもと違って可愛く見える。
〈ミーナったらそれだけなのかしらね?〉
有希は意識の中で意地悪い笑い方をしている。
それだけってどういう事なんだよ……。
〈勇気にはわからないかな? 複雑な乙女の気持ちが〉
乙女の気持ち?
有希が首をさらに傾けるとミーナは目の前で手を合わせる。
「有希のお母さんならできるでしょ着付け、友達のよしみで安くやってくれないかな?」
なぁるほど、とどのつまりはそこに行き着くという事なんだな、しっかりしているぜ。
「――ということなんだけれど」
夕食の片付けをしながら真澄に声をかけると、真澄は快く承諾してくれた。
「でも午後になると混むから……朝一番で来るように言っておいてよ、それだったらなんとか大丈夫だから」
真澄がビールを煽りながらそう言うと、風呂から上がった茜がその話に食いついてくる。
「なになに、お姉ちゃん浴衣着るの?」
「有希ちゃん去年着ていないから今年こそ着ればいいじゃない」
そんな茜に援護射撃をするのは真澄と一緒になってビールを煽っているかがりだった。
おいおい、なんだって俺が浴衣を着なければいけないんだよ……。
〈いいかもしれないなぁ……去年はちょっと都合で着られなかったけれど、今年は大丈夫そうだしいいかも……〉
都合ってなんだよ……。
勇気が有希の意識に問いかけると顔だけ体温が上がる。
〈勇気のえっち〉
頭に響き渡るガンッとした衝撃に一瞬有希の表情が歪む。
――よくわかりました、そんな時も着る事ができないのね? やっぱり女って大変だ。
「お姉ちゃんが着るんだったらあたしも着る!」
茜はそう言いながら冷蔵庫から出してきたアイスを口に頬張り有希の隣に座る。
「だったらかがりちゃん着付けやってみなさいよ、アップセットも一緒に、有希なんかちょうどいい実験材料よ?」
ちょっとお母様? 実験材料というのは聞き捨てならないんですけれども……って、なにかがりさんも嬉しそうな顔をしているんですか?
「ヘヘ、じゃあ遠慮なくやらさせていただきます……茜ちゃんも可愛く結ってあげるからね」
何か危険を感じるんですけれども……。
「わぁ~い、お姉ちゃんと一緒に浴衣だぁ、そうだ、鮎美お姉ちゃんも一緒に着ようよ、みんなで浴衣を着てお祭に行こう!」
くもりのない瞳で茜に見上げられたら俺は頷く事しかできないじゃないか……。
〈いいお姉ちゃんね?〉
有希ぃ、お前他人事だろう。
〈あら、そんな事ないわよその体あたしのものだもの、確かに心配は心配だけれどかがりさんの腕は良いからそんなに心配する事無いわよ〉
――本当か?
〈ウン……でもアップははじめてかな?〉
おいおい、そりゃねえぜ……。
苦笑いを浮かべる有希とは正反対に、茜はニコニコと笑顔を周囲に振りまいている。
「あたしがどうかしたって?」
――なんだって間のいい時に来るのかねぇ、この娘は……。
居間の入口にはキョトンとした顔の鮎美が立っている。
「鮎美姉ちゃん、みんな一緒に浴衣着ようよぉ~」
鮎美は抱きつく茜の頭を撫でながら何が起きたのかわからないという顔をしながら有希の顔を見つめてくる。
「浴衣?」
その問いに茜は首がもげるのではないかというほど力強く首を縦に振る。
「うん!お姉ちゃんも着るって言うし、鮎美姉ちゃんも一緒に着ようよ!」
無邪気な顔をして言う茜の勢いに気圧されたような顔をしながら歩みは横目でチラリと有希の顔を見る。
「有希は着るんだぁ……」
悩んだような顔をして鮎美は顎に手をやりながら目を瞑る。
「――だったらあたしも着ようかな? 去年も着たことだし……お父さんも喜ぶし……ね?」
意を決したような顔をして顔を上げる鮎美の視線はなぜか有希の顔を見ていた。
なんなんだその熱い瞳は……。
=まつり=
『はっこだて名物! イカ踊りぃ~ッ!』
お腹に響くような重低音は、様々にデコレーションされた車の上に置かれているライブハウスやコンサート会場で見ることのできる巨大ウーファーから流れており、耳が麻痺してしまいそうな大音量に有希は眼を見張る。
『イッカさっし! しぃおからっ! イカそぉ~めんっ!!』
その車の後からは、おそろいのはっぴ姿の様々な人たちが独特の振り付けで踊り歩いてくる。
『もっ一つオマケにイカポッポ~ォ!』
お祭で踊る踊りだからもう少しこう音頭チックなものだと思ったけれど、どちらかというと今時というのかピコピコ系の音楽にユーモラスな踊りだなぁ……。
呆気に取られている有希の隣では鮎美とミーナが楽しそうにピョンピョン飛び跳ねている。
『イッカイッカイッカイッカイカ踊りぃ~それ!』
「イッカイッカイッカイッカイカ踊りぃ~」
鮮やかな青地に、黄色とピンクの小花を散らした柄の浴衣を着ているミーナは、アメリカ人ならではの血が騒ぐのか、身体を動かしその踊りを見つめている。
「ミーナ、去年みたいに飛び込んじゃダメよ?」
紺色の生地にスミレの花が描かれ落着いた浴衣を着ている都は、苦笑いを浮かべながら今にもそのパレードに飛び込んでいきそうなミーナの袖を引く。
「大丈夫よぉ、今年はちゃんと最後の一般参加に飛び込むつもりだからぁ」
ウ~ム、やっぱり飛び込み参加する気満々だなぁ。
「アハハ、ミーナったら今年も行くのぉ?」
淡いピンク色に大きな花柄があしらわれている浴衣を着る鮎美も苦笑いしているが、その表情はまんざらでもないという顔をしている。
確かにこの熱気にこの雰囲気だったらミーナでなくとも、何か酔わせるものがあるかもしれないなぁ……市民が一体になって参加できるというのはこういうことなんだろうな?
有希が視線を配らせるとそこには人人人、こんなにまで人が集まるとは思わなかった有希は正直度肝を抜かれた。
〈道南では一番大きなお祭だから結構地方から来る人もいるみたいね?〉
いつになくワクワクしている有希の意識。
確かに、昨日の花火大会といい、こっちに来て一番人が集まっているような気がするよ。
〈でしょ? ミーナなんて毎年踊りに飛び込んじゃって、あたしたちが後から追いかけるのが大変なんだからぁ〉
確かにそうかも、あの様子を抑えるのは赤い布に興奮した牛を抑えるのと同じぐらいに大変かもしれないなぁ。
さらっと失礼な事を考える勇気に対して有希も苦笑いだけを返してきた。
「ん?」
気がつくと有希の袖がクイクイッと引かれていることに気がつく。
何だ? これだけの人だからもしかして……痴漢?
周囲にいるミーナや都、鮎美はてんでそれぞれ違う所を見ており、有希の袖を引く事などできないはず、それに一際小柄な有希はさっきから人混みに溺れそうになっている。
「青葉さん!」
今にもその大音量にかき消されそうになりながら声がかけられ、有希がその声に顔を向けると、そこには生成りに淡いピンク色の朝顔の柄の入った浴衣を着る音子と、黒いTシャツにハーフパンツ姿の拓海が立っている。
「あれぇ、音子ちゃんに拓海……珍しい組み合わせだね?」
確かに珍しい組み合わせの二人に有希が眼をまん丸にすると音子は手を振りながら、有希の持った疑問を否定する。
「違う違う、たまたまそこでキョロキョロしている江元君を見つけただけだよ」
頭一つ飛び出している拓海は確かに目立つよなぁ……。
「でも音子ちゃんと拓海が知り合いとは知らなかったなぁ」
接点があるようには思えないこの二人に有希の首が傾く。
「だって江元君って最近うちのクラスに顔を出すじゃない? 男の子なんてそんなに知っている人いないから憶えているのよ」
ハハ、そう言う憶えられ方をしているか拓海の奴、ちょっと可哀想かも……。
拓海の顔を見上げると、その視線に慌てて顔をそらせている。
「でも音子ちゃんよくボクたちの事を見つけたね?」
音子は有希と同じぐらいの身長でこの人混みの中から有希たちを見つけるというのは困難を極めたのではないかと思う。
「江元君が真っ先に青葉さんの事を見つけたの、あたしは慧子ちゃんたちを探していたんだけれど見つからなくって」
苦笑いを浮かべる音子はそっと有希に顔を近づけるとボソッと呟く。
「彼青葉さんの事を探していたんじゃないかな? 青葉さんの姿を見つけたときすごくホッとした顔をしていたよ?」
「なっ!」
一瞬にして有希の顔が赤らむと、音子は意地悪い顔をしながらその顔を離す。
「キヒヒ、モテモテだねぇ青葉さん、あたしも彼氏欲しいよぉ」
音子はそう言いながら慧子を見つけたのだろうか、人混みの中で手を振りながら有希たちから離れてゆく。
なに言っているんだろうねぇ彼女は……多大な誤解をしているみたいだ。
困り顔をしている有希の顔を拓海は遠慮なくジッと見つめている。
「有希……お前……」
少し顔を赤らめている拓海は、いつものように有希を冷やかすようなものではなく、見とれているようにも見える。
「なんだよそんな顔をして……」
無意識に顔が紅潮する有希はその頬に手をやりながら拓海の顔を見上げる。
「あ、いや……そうやって見ると女の子だなぁって……」
「女の子だよボクは!」
有希はそう言いながら意地悪く拓海の顔を睨みつける。
「いや、そう言うわけじゃなくって……なんだぁ……」
拓海がジッと見つめる先の有希は白地に赤い金魚柄の入った浴衣を着ており、普段は長い髪の毛をアップにして、かがりお勧めのかんざしをワンポイントにしている。
「あぁ~わかった、どうせ子供っぽいって言いたいんでしょう! どうせみんなに比べれば子供っぽいよ……自分でも認めちゃうところが悔しいけれど……」
有希は鮎美やミーナ、都を交互に見るが、そんなみんなに比べるとどうも自分が子供ぽっく見えて仕方がない。
もしかしたら茜と同い年ぐらいに見られたりして……。
小学校の友達と一緒に綿菓子を食べている茜はレモン色の生地に桜の花柄の浴衣を着ており、髪の毛は両耳の後ろで結わいているが、その姿も有希とたいして変わらなく見える。
もう少し身長があれば違うのかもしれないけれど……そう鮎美やミーナみたいに……。
羨ましそうな有希の視線の先には、いつもと違って大人っぽい雰囲気の鮎美と、しおらしい雰囲気のミーナたちが楽しそうに話をしている。
「――そんな事ないよ、有希だって可愛いよ……」
大音量にかき消されそうな声で拓海が言うが、しっかりと有希の耳にはその台詞が入り込んでおり、頬が火照る事を感じる。
て、照れくさい事をさらっといいやがるな。
拓海は照れ隠しなのか、わざとらしく沿道にいるミーナたちに駆け寄ってゆく。
「やっぱり拓海君もなのかなぁ……」
有希の隣でその経緯を見ていた鮎美は少し膨れ面をしながら拓海の背中を見ている。
「も?」
鮎美の一言に違和感を覚え有希は鮎美の顔を覗き込むと、その視線に慌てたように手を振りながら顔をそむけるが、アップにしているそのうなじは桜色に染まっていた。