第十七話 Seaside



=かがりのお誘い=

「夏ですよ!」

 港まつりも終わり、お盆に向かう八月の半ば青葉家の夕食の場にかがりの悲痛な声が上がるが、有希と茜はいつもの事のように食を進める。

 今日は忙しかったみたいだからなぁ……ビールの酔いが一気にまわったんだろう。

 ヤレヤレ顔の有希の事をかがりがジッと見つめてくるが完全に無視を決め込んでいる有希は、我関せずの顔をして箸を動かす。

「有希ちゃぁ〜ん夏なんだよ? 夏! こんなまぶしい季節にバイトや家に引きこもっているなんて不健康だと思わない? 若さが腐っちゃうわよ?」

 夏に家にいるのが俺の通年のライフスタイルなんだけれども……。

 矛先になった有希は苦笑いのままイカの塩辛に箸を向ける。

 鮎美の親父さんにもらったこれ美味しいよなぁ……自分で作ったって言っていたし、今度作り方を教えてもらおう。

 頭の中では既に否決して終わっていたのだが、

「有希ちゃぁ〜ん……一緒に海に行かない? 今度のお休みの時にでも……」

 かがりのその一言にそれまで適当に受け流していた有希だったが、新たに提案された案に対して箸がぴたりと止めてしまう。

 ――海ですか?

 その意見に対して最初に食いついたのは茜だった。

「海ぃ〜! 行きたい!」

 椅子から立ち上がり全身を使ってその案に対して賛成の意向を表している茜の顔には満面の笑みを浮かべているが、その頬にはご飯粒がついている。

「茜、ちゃんと座って食べなきゃダメだろ……それに、ほっぺにご飯粒がついているよ?」

 有希はそう言いながら茜の頬からそのご飯粒を取りそれを口に運ぶと、少し頬を膨らませながらもそこは赤みを帯びている。

 大人びた事を言うわりにはまだまだお子様なんだから茜は……まぁだから可愛いと言うのもあるのかもしれないけれどね?

〈勇気あなたもしかして……ロリ?〉

 有希の意地悪い意識が頭の中に聞こえてくる。

 をい! んなわけないだろ? 可愛いといってもそう言う変なものじゃないよ……もしそうならただの変な人になっちゃうぜ。

〈変な人なの?〉

 ――あのねぇ……。

 有希の意識と掛け合っていると、いつの間にかかがりが怪訝な顔をして有希の顔を覗き込んできている事に気がつく。

「な、なに? かがりさん……」

 戸惑いながらそんなかがりの顔を見る有希のこめかみにはキラリと汗が光る。

 たまにこの人鋭いところを突いてくるからなぁ……うかうか出来ないよ。

「何かいま違う事を考えていなかった? たまぁに有希ちゃん違う事考えている事があるでしょ? なんか心ここに在らず見たいな時……まぁそんな事よりもぉ、有希ちゃんわぁ……行かない? 一緒に海ぃ……」

 す、鋭い……。

 潤んだ瞳で有希の顔を覗き込んでくるかがりの表情に有希は頷くしかできないでいた。

 頷くしかないだろうに……、ここで反対なんかした日には、茜とかがりさんから集中砲火を浴びるのが目に浮かぶぜ。

「やったぁ〜、じゃあみんなで一緒に行こうよ……そうだ、鮎美姉ちゃんも一緒に誘って、ミーナお姉ちゃんの水着姿も見たいかも……」

 茜の無垢な一言にかがりの目が光る。

「ウン、わたしもそう思っていたところなのよねぇ? ミーナちゃんの水着姿は絶対に見ておかないといけないような気がするわね、この前着付けの時に見たあのボディーが水着になったらどんな事になるか……す、すごいかも……」

 あのぉ〜かがりさん? まかりなりにもあなたはミーナと同じ性別ですよねぇ……どうすればそんなスケベオヤジみたいな顔をする事ができるのでしょうか?

 今にも涎を垂らしそうにだらしなく開いた口と、目尻を垂らしながら不敵な笑みを浮かべるかがりのその顔は、海辺で若い女の子に対して視線を向けているスケベオヤジの様な顔をしており、その顔に有希は嘆息する。

「という事はボクにみんなを誘えと?」

 有希の言葉に首がもげそうな勢いでかがりは首を縦にブンブンと振り、懇願するような目つきで見つめてくる。

 ハァ……かがりさんが犯罪に走らない事をここは祈るしかないのかな?

 ため息をつきながらかうなだれる有希ではあるが、その心の奥底ではかがりと同じ事を考えていた事は誰にも内緒の話。

〈有希のえっち! でも、久しぶりに海に行けるのはあたしも賛成かな? 小学校以来行っていなかったからちょっと楽しみかも……〉

 有希にはバレバレかぁ……。

 しかし有希の意識はどこか楽しそうで、勇気もホッとする。



『ふ〜ん、みんな一緒なんでしょ? だったらあたしも行く』

 風呂あがり、麦茶を片手に自分の部屋に戻り、携帯で鮎美にさっきのかがり達の提案を伝えると呆気ないほどに賛成の意向を示してくる。

「ミーナたちも誘うかなと思っているんだけれども……」

 有希の一言に電話の向こうの鮎美は少し憮然とした雰囲気を漂わせる。

『そっか……だったら都と拓海君も誘う?』

 都はわかるけれどもなんだって拓海の名前まで挙がるんだ?

 妥協案のように言う鮎美に首をかしげる有希だったが、一蓮托生知り合いを誘い合いながら行くのも結構面白いかもしれない。

「そうだね? みんな誘っていこうよ、どうせ海に行くなんてそんな長い間あるわけじゃないだろうし、もしかしたら今シーズンこれが最後になっちゃうかもしれないしね?」

 そうだ、いくら夏とはいえここは北海道、すぐに夏が終わってしまう……でも……。

『そうね? 夏といったらやっぱり海よね?』

 吹っ切れたように言う鮎美に対して有希は一つ浮かび上がった疑問を口にする。

「鮎美、そういえば海水浴場ってあるの?」

 有希の一言に絶句しているのが電話を通じてもよくわかる。

『――あなたねぇ、そんな道民を敵にするような事を言わないでよ……いくら寒い地域だからって言っても海水浴場ぐらいあるわよ』

 怒った様にいう鮎美に有希は苦笑する。

「そうなんだぁ……あまり聞いた事なかったから……ハハ」

 誤魔化すように言うが、事実あまり海水浴場があるという話を聴いたことがなかったし、俺の知っているような海水浴場があるようにも見えない。

『確かにみんな遊泳禁止の所で泳いでいる人もいるかもしれないけれど、ちゃんとあるわよ? この辺りだったら湯川海水浴場とかもあるし、セブンビーチだってあるよぉ』

 恐らく諦めたきったような顔をしているであろう鮎美の顔を想像しながら有希は曖昧な笑顔を浮かべる。

「セブンビーチって?」

 やけにハイカラな名前に有希は首をかしげる。

『セブンビーチって言うのは通称名で、正式には七重浜海水浴場なの、広くはないけれどもあそこがこの辺りだと一番のお勧めスポットかしらね?』

 七重浜という名前に有希の頭の中にはこの辺りの地図が浮かび上がり何とかその場所を特定する事ができる。

「でもかがりさんが言っていたのはそんな所じゃなかったよなぁ……確かげん……何とかって言っていたよ?」

 あまり聞き覚えのないその名前は有希の記憶に引っかかる事なかった。

『もしかして元和台海浜公園の事?』

 鮎美の声のトーンが一段と高くなる。それは恐らく喜んでいるのであろう、嬉々とした雰囲気が受話器越しに伝わってくる。

「そうそう、そこだよ、ボクもどこにあるのかわからないけれどね?」

 聞き覚えのない土地の名前に、有希の頭の中にある地図はぐるぐると回るだけだったが、鮎美はすぐにそこに行き着いたようだった。

『乙部にある海水浴場で、日本の水浴場九十八選にも選ばれた所なのよ、別名が海のプールといって多少波が荒くっても入れる海なの……やったね! 行ってみたかったんだぁ』

 なにやら憧れたようにいう鮎美に対して有希は苦笑いを浮かべる。

「という事は鮎美も来るという事でいいよね?」

 自分でもあまり気にしていないが、有希の心の中にはホッとした気持ちが広がる。

『でもあそこは車じゃないといけないわよ? どうするの?』

「車はうちの車で行くって、運転手は真澄ちゃんの予定だけれど、たぶんかがりさんが運転する事になると思うよ?」

 真澄も息抜きにはいいかもしれないといって、来週のお店の休みの日に照準を合わせているが、恐らく帰りは免許を持っているかがりが運転する事になるだろう、絶対に向こうでは飲んでしまう事が予想できる。

『じゃあ大丈夫ね? エヘヘェ〜ちょっと楽しみかも』

 鮎美はそう言いながらもうれしいのオーラを惜しげもなく電話を伝わせている。

「ウン、ボクも久しぶりだからちょっと楽しみなんだ……小学校以来行っていないって有希も言っていたし」

『――有希……水着買いに行かないとダメみたいね?』

「何で? 別にいいじゃん、一回しか着ないんだから」

 きっとこのサイズはその当時とあまり変わらないと思われるし……。

〈うるさいわねぇ、ちょっとは胸も大きくなったわよ!〉

 そうでした。

『あなたその歳になってスクール水着で海に行くつもりなの?』

「ハハ、それもいいかも」

『馬鹿!』

〈馬鹿!〉

 受話器の向こう側からと、頭の中の両方から罵る声が聞こえてくる。

 馬鹿のサラウンドだぜぇ……耳イテ……。



「これなんてどうかなぁ……」

 海に行く事が決まった翌々日、駅前にある『棒二デパート』には、有希と鮎美だけではなくミーナと都、それに都の誘いで音子の姿まである。

「鮎美ちゃんは背があるし、足が細いからそういうタイプの方が似合うかもしれないよ」

 ミーナはそう言いながら試着室のカーテンから首だけを突っ込みながら言うが、有希においては顔を赤らめるだけでその場にいるのが恥ずかしくって仕方がない。

〈ほらぁ、あれなんて可愛いじゃないのよぉ〉

 意識の中では嬉々とした有希の意識が周囲にぶら下がっている水着を見ているが、当の有希はそれに目を向ける事ができないでいる。

 確かに色とりどりで華やかなんだけれども、目のやり場に困るというか……。

 普段大人しい都や音子もその華やかな中に入り込みキャイキャイいいながらそれを胸に当てているその姿に有希は鼻の奥にツンとした感覚を憶える。

〈ちょっとぉ、せっかくこんな所に来て変な目で見ないでよね? あっ、あれ可愛ぃ〉

 どれだよ……。

 意識の有希に促された水着はワンピースタイプのもの。

〈ネ、可愛いでしょ? ホルターネックになっていて、腰の所のあるリボンがポイントかも〉

 ライトグリーンに白のストライプのそれを手にしながら嬉々とした感じに見るのは意識の有希、その水着は確かに可愛いのだが……。

ちょっと色気が足りないんじゃないか? もう少しこう露出度が高い奴で……。

〈――別にあたしはかまわないけれど……あなたが着るのよ?〉

 ――ごめんなさい、俺が浅はかでした。

〈ちょぉっとぉ〜ど〜ゆ〜意味よ!〉

 ガインという衝撃が有希を襲う。

「どした有希?」

 怪訝な顔をしながら鮎美が苦笑いを浮かべている有希の顔を覗き込んでくる、その手には、レインボーカラーのビキニが持たれている。

「いやなんでもない……って、鮎美お前それにするのか?」

 顔をしかめながら有希は鮎美の持つその水着を見ると、鮎美は嬉しそうな顔をしてそれを身体に当てる。

「ウ〜ン悩んでいるところ、これなんてどうかなぁ……」

 それ露出度高すぎないか? 鮎美はそんなのを着ちゃダメだ!

 鮎美の持つビキニを憮然とした顔で見る有希の顔を鮎美はどこか嬉しそうな顔をして、それを元あった場所に戻し、有希の腕に自分の腕を絡めつかせる。



=どたばたのシーサイド=

「みんな集まったぁ?」

 引率の先生よろしく、かがりは辺りを見渡す。

「「ハァ〜イ」」

 これまた学生の性なのだろうか、それに元気よく答えてしまうのは……しかし、こんなに人が集まるとは思わなかったよなぁ。

 美容室『はる』の前に集まったのは十人、メンバーは有希に茜と鮎美、都にミーナに拓海とここまではいつもと同じメンバーだがこれに加えて音子となぜか鮎美のお父さんのマスターまでニコニコとそこに集まっている。

「どうしてもお父さんも行きたいっていうから……お店まで休みにして……」

 苦笑いを浮かべる鮎美は、どこか楽しそうな顔をして真澄とかがりに声をかけているマスターの事を見る。

「まさかこんな大人数になるとは思わなかったよ……まぁ結果的にマスターも車を出してくれたからよかったけれど」

 有希もなぜここまで人が多くなったのかわからないように首を傾げる。

「ハァ〜イ、じゃあ出発しまぁ〜っす、一号車にはママさんとあたし、有希ちゃんに茜ちゃん、ミーナちゃんと拓海クンで、二号車にはマスターと鮎美ちゃんに都ちゃんと音子ちゃんという事ででいいわよね?」

 いつの間に割り振りをしたのかかがりの一言に悲喜交々の声が上がる。

「お姉ちゃんと一緒!」

 嬉しそうな顔をする茜に対してつまらなそうな顔をするのは鮎美だった。

「お父さんが来るなんていうから……」

 口を尖らせながら鮎美はマスターがハンドルを握る車の助手席に身体を滑り込ませる。

「よしっ!」

「よし?」

 茜のさりげない一言に拓海はガッツポーズを作っていたその手を慌てふためいたようにばたつかせてセカンドシートに身体を滑り込ませるが、その隣にはミーナが顔を赤らめながら座っており、それに驚いたように身を翻す。

「――何よ……不満でもあるの?」

 口を尖らせながら拓海の顔を睨みつけるものの、ミーナの頬の赤みが取れることはなかった。

「いや……文句はないよ……」

 拓海はそう言いながらサードシートで茜と一緒に笑顔を浮かべている有希の顔を恨めしそうな顔をして見ており、それを見たミーナが頬を膨らませている。



「ここがそうなの?」

 車に揺られる事二時間弱、国道二百二十七号線から江差に向かい国道二百二十九号線に入ると左手に日本海が広がる、そこから数十分、海水浴場があるように見えないところに車が止まり、有希は首をかしげながら降りる。

「そう、ここが日本の『快水浴百選』に選ばれた『元和台海浜公園』よ」

 助手席を降りて大きく背伸びをするかがりはそう言いながら目の前に広がる海を眺めながら気持ち良さそうに身体を伸ばす。

「なんでもここは、海の水を自然に循環させて綺麗にしているみたいね? 大きな波なんかが入ってこないようにしてあってそれでも綺麗に水を循環させているから『海のプール』って呼ばれているの」

 マスターの車から降りた鮎美はいささかグッタリしたような顔をして有希の顔を見てくる。

 一体あの車の中で何があったんだ? 都と音子ちゃんも同じようにグッタリしているけれど、なぜかマスター一人は生き生きしているような……。

「きたのぉ〜だぁ……久しぶりに力いっぱい歌ったぞぉ〜」

 ――なるほど、そんな事が車の中で繰り広げられていたのね? ちょっと同情するかも。

 生き生きした顔のマスターとは好対照に鮎美と都、音子は疲れきった顔をしていた。



「わぁ〜きもちいぃ〜」

 シーズン中という事もありビーチには家族連れが既に何組もパラソルを広げており、思ったよりも混雑している。

「ががりさぁ〜ん早く行こうよぉ〜」

 更衣室で着替えた茜とかがりが第一陣で海に向かって駆け出すと、それを追うようにゆったりした足取りで真澄が追う。

「ちゃんと身体をほぐしてから入りなさいよ!」

 真澄はピンク色で縁取りされた黒いビキニをつけており、二人の子供がいるようなボディーラインに見えずその年齢を感じさせない。

「アハ怒られちゃったよ」

 茜はペロッと舌を出し、晴れ渡った今日の空と同じような色のボーダーラインのワンピース姿でその場で屈伸を始める。

「ん? 有希たちはどうしたんだ?」

 期待したような顔をしている拓海は、平静を装いながらもその二人が来る事を心待ちにしているようで辺りをキョロキョロと見渡している。

「気になるのぉ〜」

 カラータイルにパラソルを立てる拓海にかがりはニヤニヤしながらみる。

「いや別に……んな事ないです……よ」

 言い難そうに言う拓海の顔をかがりは意地悪い顔で覗き込むが、かがりの着けている水着はセクシー感を漂わせるヒョウ柄のビキニで、その胸元は普段ではわからなかったような大きな盛り上がりを見せている。

「アハハァ〜、拓海クン照れているぅ〜可愛いぃ〜」

 かがりがそう言うと、更衣室から出てきたミーナが鬼のような形相でかがりに食って掛かる。

「かがりさん! そんな趣味があったんですか? もしかしてショタコン?」

 そのボディーを見せ付けるような大きな花柄の三角ビキニを着るミーナはかがりの目の前に立ちすくむ、その胸の膨らみはほぼ互角といっていいであろう。

「そんな事ないわよぉ〜、わぁやっぱり水着でみると迫力あるわねぇその胸……触っていい?」

 メガネをしていないせいなのか、かがりはその顔をまるでミーナの胸にうずめるのではないかというぐらいにまで接近させて見つめている。

「な、何を言っているんですか、ダメに決まっているでしょ? そう言うかがりさんだって大きいじゃないですか!」

 胸を隠すようにミーナが身体をよじっているが、そんな会話は青少年である拓海には刺激が強すぎたのだろう、茹で上がったカニのように真っ赤な顔をして視線を泳がせている。

「ふえぇ〜日差しが強いよぉ〜」

 音子は小柄な身体をさらに縮込ませながらちょこちょこと歩く。

「夏だからね? おまたせぇ」

 背後から聞こえる有希の声に、拓海が顔を輝かせながら振り返ってくる。

「おぉ〜有希こっち……だぁ……」

 拓海の言葉は尻すぼみになり、最後にはため息が混じる。

「どうした拓海……」

 首をかしげる有希の顔を、まるで睨みつけるような顔をして見つめている拓海その視線の先にいる音子はハイビスカスの模様の入ったワンピース、対して鮎美はセパレートタイプの水着を有希も同じようなキャミソールタイプアウターに身を包んでいるが、ワンピースの音子よりも肌の露出度は低く見えるのはデニム地のショートパンツを履いているせいだろうか。

 フフフ、そう簡単に君に水着姿を見せるほど安くないぞ。

 元々男なので有希は拓海が今考えている事をよくわかっている。

「なんでもないよ……あぁっ! お前わかって言っているな?」

 怒ったような顔をする拓海に有希はペロリと舌を出して身を翻す。

「何の事だかわかりませぇ〜ん」

 視線を変えると恐らく拓海と同じ考えなのだろうマスターも鼻の下を伸ばして真澄の水着姿を覗き見ている。

 まったく男って言うのは単純だよな?

〈あなただってそうだったんでしょ?〉

 悪戯っぽい有希の意識が流れてくる。

まぁね、これは有希たち女の子にはわからない感覚だと思うよ?

〈でも、女の子だって好きな男の子の裸を見るとドキドキしちゃうものよ?〉

 という事はここにはそんな人がいないということになるよな? マスターは当たり前にしても、拓海のを見てもまったくときめかないよ……もっと細かい所まで知っているし……。

〈いやだぁ〜〉

「有希ちゃん、早く一緒に泳ごうよ」

 ヒョウ柄ビキニのかがりが有希と鮎美の手を引くが、鮎美は口を尖らせながらかがりとミーナの胸を交互に見ている。

 なるほどね? ただでさえコンプレックスを持っているのに、憧れのような胸が目の前にドンドンと置かれりゃたまったもんじゃないわな? それにしても……。

 自分の胸と比べる有希はため息をつく。

〈結構大きいのよねぇかがりさんも……ミーナと一緒の所をはじめて見たけれどもなかなかどうして劣っていないわよね?〉

 あぁ、大きいというよりも……デカイ。

 ガイン!

 〜っぅ……、痛いじゃないか!

〈えっちぃ!〉

 んな事言われたって正直な気持ちだよ……。

〈それでもえっちなものはえっちなの!〉

 おいおい、理由になっていないぜ?

 プンプンと言う意識を残したまま有希が消えてゆく。

「あっ……有希……」

 それまでかがりとミーナの水着姿に向いていた拓海の視線が有希に向くと、その拓海の顔は茹で上がったカニのように真っ赤になる。

 ホホ、なんだかんだ言って悩殺しちゃった?

 ゲンッ!

 ――だから痛いって……そうポンポン叩くなって、自分の身体だろ?

〈なにそんな破廉恥な事を言っているのよ!〉

 お前ねぇ……破廉恥って……お前年齢を偽っていないか?

〈うるさい!〉

「ほら有希ちゃんに鮎美ちゃん、そんなの脱いじゃって早く!」

 かがりはお構いなしにアウターの紐を解こうとする。

「ちょっとかがりさん、ブラの紐まで解けちゃうからやめてよぉ」

 有希の一言に拓海の顔が赤らむ。

「確かにプールサイドの花になるにはまだ早いかな? 鮎美一緒にいこ」

 鮎美の手を引きながら有希はスクッと立ち上がり、上に着ていたキャミソール風のアウターを脱ぎ、デニム地のショートパンツも脱ぐ。

「ウン……」

 照れくさそうに鮎美も履いているショートパンツを脱ぐと、それを見ていた拓海が感嘆の声を上げているのがわかる。

「拓海のエッチ、変な目で見ないでよね?」

 わざとらしく言う有希はさっきまでの姿とはまるで違うサックスブルーのビキニ姿。

 ちょっと胸に詰め物しているけれどね? 目の保養にはなるでしょう拓海クン。

〈ちょっとぉ、やっぱり露出度高すぎなんじゃない?〉

 困ったような有希の意識に勇気はキヒヒといやらしい笑みを浮かべる。

 これぐらいの露出なんて平気だよ、素材が良いと言う事は俺が保障するし、最近引き締まってきたと思うよこの身体。

 運動をするようになってきてからか、身体が引き締まってきている事は意識の有希も認めていることだ。

〈そうかもしれないけれどもぉ……やっぱり恥ずかしいよぉ〉

 有希はまるで身体を隠すように意識を隠す。

「有希早く海に入ろうよ……恥ずかしいから」

 鮎美はそう言うとそそくさと海の中に入り込んでゆく。



「はぁ?」

 何気なく音子と一緒に海に浮かんでいると、どこか軽そうな男がにやけた顔をしながら声をかけてくる。

「だからぁ、一緒に何か飲みに行かないって言っているの」

 音子は助けを請うように有希の腕にしがみついてくるが、有希は気にした様子もなくぼんやりとその軽そうな男連中を見ている……。

 そんな使い古した言い方で女の子をナンパしようとしていると言うこと自体に俺はビックリだぜぇ……でも俺の回答は。

「行かない!」

 きっぱりと言う有希に対し、作った笑顔の口の端を引きつかせる男たちは必死にそれを隠そうとする。

 いやだねぇ……軽い連中だ……。

「そんな事言わないでさぁ……怖い事しないから」

 怖い事って……どんな事なのかしらぁ……ってお前らの下心は見え見えだぜ……。

 キッとその顔を見据え嫌悪感をむき出しにする有希のその様子に男連中は躊躇する。

「ケッ、ちょっと可愛いからっていい気になっているんじゃねぇよ……」

 フム、憎まれ役っぽい言い草でよろしい。

 再びキッと有希が睨みつけると、男たちはその気迫に圧されたように有希の肩に伸ばしかけていたその手を躊躇させながら、捨て台詞を残し有希の元から離れてゆくと、憧れの君を見たような表情を浮かべながら音子は有希の顔をぼおっと見つめている。

「青葉さん……素敵かも」

 おいおい、だんだんと俺には分からない感覚になりつつあるんですけれども……。

 盛り上がりが少し乏しいその胸の前で両手を組んでいる音子は頬を赤らめながら有希の顔を見つめ、その目は熱病にかかったように潤ませている。

 おいおい、何なんだその顔は……まるで惚れちゃいましたみたいな顔をしているのは俺の気のせいなのかな?

 うなだれながら気を振り絞るように有希は声を発する。

「素敵って……」

 困ったような顔で音子の事を見る有希の背後から慌てたように水音を立てながら近寄ってくるのは拓海だった。

「有希! 今変な男が言い寄っていなかったか!」

 慌てたように近づいてくるトランクス姿の拓海に、有希の胸が高鳴り無意識にその胸に向けておもわず……、

 ゲシッ!

 蹴りを入れてしまう。

「――なんだって蹴るんだよ……」

 拓海はそう言いながら海の中に沈んでゆく。

「わりぃ……一瞬身の危険を感じたぜ……」

 足をそのままに、沈んでゆく拓海の様子を見る有希、その腕には音子がしがみついている。

「有希姉さま……す・て・き」

 なんとなく女になってからモテているような気がするのは俺の気のせいなのだろうか? なぜだか同性に……。

第十八話へ。