第二十話 鮎美Vs



=Shiori=

「落ち着いたかな?」

 三人は函館駅の中にある喫茶店に場所を移す、そうでもしないと周囲からの視線が突き刺さって痛いから……それに落ち着いてゆっくり話もできないしね?

「エヘへ、そうだね、いつも落ち着いているんだけれど、今日はどうしたんだろう、なんだか涙腺が緩んでいるみたい」

 コーヒーをオーダーする二人に対し、有希だけミルクティーというのは、恐らく有希の味覚のせいであろう、最近ではこういう甘い方が好きになってきている。

「そうなのか?」

 拓海はそう言いながら有希の顔をチラリと見る。

「ウフ、拓海に再会できたからなのかしらね? あの時の事を無意識に思い出したのかもしれないなぁ……あたしに拓海、そして広川君……楽しかったよ」

 微笑む詩織に対し、拓海は沈痛な表情を浮かべながら下を向く。

「あぁ、あの時はみんなはしゃぎまわっていたよな? みんなで盆踊り行ったり、花火大会行ったり、海に行ったり……楽しかったな」

 拓海も思い出すように虚空を見上げながら、感慨深げにそう言う。

 覚えている、近所の神社のお祭り、学校の校庭でやった盆踊り大会に臨海学校、それは本当に楽しかった。

 有希も思わずうなずいていた。

「また、あんな時代にならないかな……拓海と……広川君」

 再び詩織の小さな肩が小刻みに震えだす。

「詩織……さん」

 思わず口を開いてしまう、でも、これ以上こんな詩織の姿は見たくない……きっと詩織は俺の事を思ってこんなになってしまったんだ、俺の知っている詩織は明るく元気で……笑顔が一番似合っていた、そんな娘にこんな顔をさせている自分が憎い。

「あの、こんな事を言っては大変失礼かと思いますが、きっとその勇気……広川さんは、きっと悲しんでいると思います」

「有希?」

 話し出す有希に拓海はキョトンとした表情でその顔を見つめる。

「確かに彼はあなたの目の前からいなくなってしまったかも知れませんが、でも、あなたの心の中にいつまでも生きていると思います、悲しんであげるのが一番の供養なんですかね? それは違うと思います!」

 はっきりと言い切る有希に対し、驚きの表情を浮かべている詩織。

「確かに想っていてくれるのは嬉しいけれど、でも、それがその人に対してカセになっているのなら、それは逆に辛いと思います。自分の好きな女の子の悲しい顔を見たいと思う男はいないからね? だから、ずっと笑顔でいてもらいたい……」

 途中から有希から完全に離れ、飛び出す台詞は完全に勇気のものに変わっていた。

「だから、忘れてあげるのも供養になるんじゃないかな?」

 ニッコリと微笑む有希の顔を詩織はジッと見つめている。

 いけね、つい……。

「な、なぁんて……ゴメンなさい、ちょっとでしゃばりでしたね?」

 ごまかす様に言う有希の顔を、詩織は変わらずに、ずっとジッと見つめていた。

 ばれちゃったかな?

〈もぉ、なに熱くなっているんだろうねぇ、この男は〉

 呆れたような有希の意識、しかし、どこと無く嬉しそうな感覚もある。

 だってよ……こんな詩織の顔見たくないし、だから……つい。

〈ふぅ……あたしも生きている勇気に会ってみたかったかも〉

 有希はため息をつきそう言いながら消えてゆく。

 なんのこっちゃ?

「有希ちゃん……」

 気がつくと詩織はテーブルに視線を落としている。

 やべ、怒らしちゃったかな?

「詩織、こいつはたまに……」

「……びっくりしたよ、今の有希ちゃんの話し方、まるで広川君が話しているみたいだった、ちょっと感動的だったかも……もしかして有希ちゃんも広川君の事知っているの?」

 ――忘れていたぜぇ、この娘はこんな天然だったんだ、良い言い方をすれば、スレていないというのか、何事に対しても真摯に受け止める、悪い言い方をすれば世間慣れしていないというか、サギに合いやすい信じやすいタイプ。

「アッ、いや、有希にはよく勇気の事を話していたから……だからだよな?」

 その場を取り繕うように拓海が慌ててフォローに入る。

 それで本人みたいな話し方ができるかよ……あり得ないぜ?

「やっぱり、さすが拓海君、広川君の事をよく知っているね?」

 はは、信じているよ……でも、やっぱりって一体どういう意味なんだ?

「あぁ〜、それはそれ、ねぇ……アハハハ」

 有希の視線からよけるように拓海は顔を背けるが、明らかのその行動は怪しく、有希の疑念を帯びた視線を浴びるには十分すぎるほどだった。

「エヘ、有希ちゃん」

 詩織はさっきまでの表情とは打って変わって、満面の笑みを浮かべながら有希の顔を見つめる、それは昔の詩織をほうふつとさせる様な笑顔だった。

「確かにその人を忘れる事が供養かもしれないよね? そうしないと広川君も安心して眠れないかもしれない……」

 詩織……。

「でもね、忘れちゃいけないんだよ、忘れちゃったら、あの人を好きだった事を否定しちゃう、そんな事はできないでしょ? だからあたしは忘れないの」

 決心したような表情の詩織はそう言いながら有希、拓海の順に視線を向ける。

「詩織……さん」

 好きだった気持ちを否定する、かぁ、俺はこんな素敵な女の子に好かれていたんだな……幸せもんだよ、勇気君は……。

パァ〜ラパパパララァ〜……。

 それまでの良い雰囲気をぶち壊すかのように有希の携帯が演歌を奏でる。

 ――やっぱり代えようかな? この着メロ……。

「し、渋いわね……有希ちゃんの趣味なのかしら?」

 苦笑いを浮かべる詩織に対し、何も言えないというような呆れ顔の拓海に愛想笑いを浮かべ携帯を見ると、その相手は鮎美だった。

「ちょっとゴメンなさい」

 有希はそう言いながら席を立ち、レジ近くにあるホールへと向かう。

「鮎美かぁ? どうしたんだ?」

 有希がそう言いながら電話に出ると、半ベソをかいたような鮎美の声が返ってくる。

『どうしたんだぁじゃないでしょ? ミーナから有希の具合が悪いって聞いたから心配していたのに、一体あなたはどこでなにやっているのよ!』

 受話器を通さなくとも聞こえそうな声で鮎美が怒鳴り付け、それに有希は携帯を耳から離して受け止める。

 やばい、電話の向こうの鮎美は本気になって怒っている。

「いや、そのぉ〜……エヘ?」

 携帯に対してこんな態度をとるのは自分でもどうかと思いますが、とりあえず話題を違う所にそらせる事が重要な気になって思わずぶりっ子してしまうのが情けない。

『可愛娘ぶっていないで早く帰っていらっしゃい!』

 やっぱり鮎美にこんなごまかしが効く訳ないよな?

「ハイッ! すぐに帰ります!」

 我ながら情けないぜぇ……。



「ふーん、詩織さんが来ているんだ」

 やっと頭から出ている湯気が収まってきた鮎美は、有希の部屋でオレンジジュースを飲み干している、相対する有希はぐったりとした様子でそんな鮎美を上目遣いで見つめている。

「うん……」

 怒られた、泣きながら怒られた……家に帰ってくるなり、鮎美は怒りながら泣いていた、すごく心配していた顔をして涙を流していた……。

「そっか……勇気君の彼女がねぇ……それで?」

 鮎美はそう言いながら、まるで観察するようにジッと有希の顔を見つめる。

「それでと言われても、別になんでもないよ……」

 彼女は俺に気が付かなかった、それは当たり前、目の前にいるのは勇気とは全く違う赤の他人、青葉有希なのだから、そう、広川勇気はもうこの世に存在しないのだから。でも、彼女は忘れないと言ってくれた、そうしないと好きだった気持ちが嘘になるとも……。

 有希はさっき詩織が言っていた言葉を頭の中にリフレインさせる。

「本当に? 有希は詩織さんの事がそんなに簡単に割り切れるわけ?」

 鮎美はちょっと頬を膨らませながら有希の顔をまっすぐに見つめる。

 割り切れるか?

「……割り切れるわけないじゃないか、割り切れているのならあいつの事でこんなに動揺するわけがない、でも割り切るしかないんだよ、ボクは女で、彼女も女」

 そうだ、割り切るしかない。

「関係ないんじゃないの? 好きな気持ちがそんなに簡単に変わっちゃうのかな、あたしだったら嫌だな、男だろうが女だろうが『好き』という気持ちは同じはず、ただその好きという気持ちが友達として好きなのか、それとも……恋人として好きなのかの違いだけじゃない」

 鮎美の表情は落ち着いたものの、ちょっと寂しそうな笑顔もそれに混ざっているようだった。

「好きな気持ち……」

 さっき詩織が言っていた事と同じ言葉、変わるわけがない……忘れるわけがない……かぁ。

「そっ! 好きな気持ちなんて変わらないよ、その行き着くところが違うだけ、その相手が異性か……同性かって言うのもあるけれど、でも自分の気持ちにウソをつきたくないでしょ?」

 鮎美はちょっと思いつめたような表情で有希の顔を見つめる。

「だから、あたしの気持ちは変わらない……あたしの気持ちは、前と同じ……」

 鮎美の視線がちょっと熱を帯びた様な気がする。

「好きという気持ちは変わらない……かぁ、そうかもしれないね? 好きな気持ちなんていうもの、そう簡単に変わる訳ないよね?」

 有希はその雰囲気を払拭するように、ガバッと立ち上がり、大きく伸びをする。



=想う憂げな旅人=

「くはぁ〜」

 朝のホームルームが終わり、次に続く授業につながるちょっとした休み時間、有希は大きな欠伸をしながら窓の外から校庭を眺める。そこには慌てて校門に飛び込んでくる男子たちが数人……その中には見知った顔が……。

 ハハ、拓海の奴今日も遅刻かよ、また留年しちゃうぜ?

「眠そうね?」

 都はそう言いながら、苦笑いを浮かべている有希の顔を微笑みながら見つめる。

「うん、ちょっと寝不足かも……アハハ」

 昨夜は何となく眠ることができなかった、詩織の事を思い出しているのだが、気がつけば鮎美に言われた事が気になって仕方がなくって、詩織の存在に入れ替わるように、その存在は鮎美に代わっていた、そうして、やっと眠くなってきた頃には空が白みだし、茜が起き出す時間になっていた。

「ウフ、もしかして、有希も恋の悩みだったりして」

 都が意地の悪い顔をしながら有希の顔を覗き込んでくる。

 も? いま都は『有希も』って言わなかったか?

「ううん、なんでもないよ、有希が恋ねぇ……相手は誰なんだろうなぁ」

 ちょっと頬を赤らめている都の視線は相変わらず校庭を見つめている。

「――都?」

 キョトンとした顔の有希が都の顔を覗き込むと、それを慌てて否定するように都は両手両足をバタつかせる。

 珍しいなぁ、都がこんなに動揺するなんて。

「なんでもないよ……でも、有希も女の子になったんだね? 恋をするなんて」

 都は赤い顔のまま有希に顔を近づける、その短い髪の毛からはフワッとシャンプーの香りが漂い、男の有希を刺激する。

「うっ、うん、だったら、都に手解きをお願いしようかな?」

「あら? あたしなんかよりも有希の方がよく知っているんじゃない?」

 都は意地の悪い顔をしながらそう言いながら、自分の席に戻ってゆく。気が付けば一時間目のチャイムが鳴っていた。

 ボクの方が? 何の事だぁ?

「青葉! チャイムは鳴ったぞ、早く席につけ!」

 野太い声の英語教諭はそう言いながら有希の顔を睨んでいる、ハッと気が付きまわりを見渡すと席についていないのはどうやら俺だけみたいだ……みんなすばやいのね?

「すみませぇ〜ん」

 ペロッと舌を出し、野太い声の教諭(二十八歳独身男)に微笑むと、なんだか頬を赤らめているみたいだが……まさか、ロリ?

 有希のその微笑みはいつの間にか引きつっていた。

「まっ、まぁ、気をつけるように……日直!」

 英語教諭はその場を取り繕うかのように視線を有希から離し、やり場の無い憤りを日直にぶつけるようにするが、その日直はまたベビーフェイスな女の子だった。

「ハッ、はぁいぃ〜」

 大きな瞳をウルウルと浮かべる女の子に対し英語教諭はおろおろした表情を浮かべている。

 間違いない……こいつはロリだな?

 有希はそう心の中で断言し、自分の席に戻る。

「なにをやっているのよ」

 隣の席に座っている鮎美はコソッと有希に声をかけてくる。

 何って……お前のせいだよと言いたいが、変な誤解を生んでも仕方が無いし、この場はとりあえず曖昧な笑顔を浮かべておこう。

「テヘヘヘ……」

 有希のその曖昧な笑顔に鮎美は首をかしげていた。



「有希、今日バイト休みでしょ? 帰りにちょっと寄り道しない?」

 カバンに教科書やら、いろいろ詰め込んでいる有希に対し鮎美は早々に帰り支度を済ませ、涼しげな表情を浮かべて有希を見下ろしている。

 君はそう言うところは要領がいいようで……なんで俺のカバンはこんなに太っちょなんだろうか、今度鮎美に詳しく聞いてみよう。

 カバンの止め金具をやっとの事で止め、ホッとため息をつく有希。

「寄り道って、この期に及んでどこに寄るんだというのかな?」

 既に鮎美の寄り道ポイントは把握しているつもりでいる。

「エヘへ、ベイエリアのラッピで、新メニューが出たんだって、ちょっと食べてみたくない?」

 ベイエリアにあるハンバーガー屋さんである『ラッキーピエロ』は地元の人間は『ラッピ』と呼ばれており、函館限定のハンバーガー屋ではあるが、最近では観光ガイドに掲載されるほど有名で本当に美味い!

「新メニューですか?」

「ハイ、新メニューです、しかも限定発売だそうで……ククク」

 越後屋、お前も悪よのぉ〜、と言いたくなるようなシチュエーション。

「……フム、ちょっと気になるかもしれないな……」

 有希の目もきらりと光る。

「でしょ? 悪い話じゃないと思うけれど……」

 鮎美の瞳はどことなく意地悪そうな感じで有希の顔を見つめる。彼女がこういう顔をした時というのは本当に意地の悪い事を考えている時という事を、この数ヶ月の彼女との付き合いで有希は悟っている、そして今日のこの流れで行くと……。

「……鮎美、何キロになったんだ?」

「うっ……いつになく早い反応……」

 鮎美は視線を有希からはずし、虚空を見つめている。

「わからいでか、鮎美がそういう態度の時はきっと限界体重を越えた時なんだ、ボクまで一緒に太らせようという魂胆だろ?」

 有希はそう言いながら鮎美の顔を上目遣いで見上げる。

「ふみぃ〜、みんなで仲良く、幸せになろうよぉ」

 口をまるでアヒルのように横に広げ、ウルウルした眼で鮎美はすがりつくように有希の腕に抱きついてくる。

「鮎美は気にしすぎなんだよ、むしろもう少しお肉つけたほうがいいと思うぐらいだ」

 有希のその台詞にも鮎美は首を振り、それを受け入れようとはしない。

「そんなことないって、胸にお肉がつくのならいいけれど、大抵のお肉はお腹に……」

「有希ぃ、まだいるか?」

 ちょうど『胸にお肉……』の辺りで拓海が顔を出す。

「拓海君! いつからそこにいるのよぉ」

「胸にお肉がないというところだろうか? 思わず頷いちゃうところだったよ……ヘグゥ」

 微妙に違っているし……殴られているし……やっぱり間の悪い男だ。

「もぉ〜、有希、こんな男置いてさっさと行こう! デリカシーのかけらもないんだから」

 憤然としている鮎美に対し、有希はちょっと同情の目を拓海に見せつつも席を立つ。

「いや、有希ちょっとお願いがあってきたんだ」

「いやです!」

「即答ですかい? しかも、鮎美からダメ出しされるとは思っていなかったし……ちょっと傷ついたかもしれないよ? 僕の純情」

「そんなものは駒ヶ岳の噴火口に捨ててしまいなさい」

「む、むごい……」

 アハ、ちょっと話だけでも聞いてあげようよ、これじゃあちょっと可哀想過ぎるし。

 有希は苦笑いのまま鮎美に対して目で訴える。

「ぶぅ……今日はあたしが有希と帰るんだからね?」

 頬を思い切り膨らませたまま鮎美は、渋々といった感じで有希との会話を認めるように拓海を睨みつける。

「何か俺は鮎美に恨まれるような事したかなぁ……」

 やれやれという表情の拓海は改めて有希に声をかける。

「拓海のお願いって言うのはあまりロクな事無さそうなんだけれど……」

 有希のその一言に拓海は苦笑いを浮かべるが、やがてその表情は真剣なものに変わる。

「まぁ、一緒に歩きながら話そうか……ここじゃあなんだし」

 拓海は周りをチラリと見る、その視線の先では、物珍しそうな表情を浮かべたギャラリーが、そ知らぬ表情を浮かべながらも、興味津々と言った表情で三人を見つめている。

「そ、そうみたいね? 鮎美もかえろ?」

 有希のその一言に鮎美は頬を膨らませたままカバンを持つ。

 ハハ、よほど気に入らないみたいだなぁ、昨日の一件もあるんだろうし、この前の一件もあるだろうな? そういえば、最近ちょっと拓海に絡む事が多いかも……気をつけよ。

「そこまで怒る事ないだろ? なんだか本当に最近鮎美に嫌われているみたいだなぁ……俺何か悪い事したか?」

 廊下を歩きながら膨れっ面の鮎美を見る拓海、本気で考えているようだ。

「べ、別になにもしていないわよ、ただ拓海君の間が悪いだけ」

「間が悪いって……それもちょっとショックな言い回しだなぁ」

 確かに間が悪いかもしれない、もしかしたら俺の存在が、拓海に対し悪い方に働いているのかもしれないというぐらいに間が悪くなってきたかも……。

「そう? 気にしないで」

 鮎美はそう言いながら昇降口のコンクリートに靴を叩きつけねじり込む。

「――気にするよ」

 しょぼんとした表情の拓海、さすがにちょっと同情するなぁ元男としては……。

「それで、お願いって言うのは何なの? ここまで来ればいいでしょ?」

 校庭を抜けて、校門まであと五メートルぐらいだろうか、ゴールデンウィークが終わった頃に満開になった桜の大木が今では青かった葉を散らしながら数本並んでいる。

「うん、実は俺にじゃなくって、付き合ってもらいたい奴がいるんだ……」

 その台詞に鮎美の大きな目がつりあがる。

「なんですってぇ〜、有希に得体の知れない男を紹介しようというの? 有希にコクろうなんては三万年早いと伝えなさいよ!」

 おいおい、それじゃあ俺は恐竜と同じになっちゃうんじゃないかな?

「違う、男じゃなくって……」

「女なの? じゃあ百年ぐらいかしら」

 憤然極まる鮎美は、目を吊り上げ拓海を睨みつけている。

 ――それでもおばあちゃんだよぉ。

 鮎美と拓海の駆け引きを、いつの間にか傍観者のような視点で見ている有希はそれに気がつき苦笑いを浮かべる。

「まぁ、鮎美もそこまで言わなくっても……」

 このまま放って置いたら、大阪あたりからお笑い事務所のスカウトが飛んで来そうな気がするため、一応仲裁に入る。

 しかし、その意見にいつものような優しい鮎美の視線は返ってこないで、代わりにギロリという効果音が聞こえてきそうな視線が飛んできた。

 ちょっと迫力ありませんか? 鮎美さん?

「まぁさかぁ、有希はそんな得体の知れない人と会うつもりじゃないでしょうねぇ?」

 鮎美の台詞にちょっとエコーがかかっていたような気がするし、さっきから彼女の背中には炎のようなものも見えるような気がするのはきっと錯覚であろう。

 まさに『ズゴゴゴ』という擬音が聞こえてきそうな鮎美の剣幕に、気圧されたような表情で曖昧な笑みを浮かべる有希。

「得体が知れない人って……まるでUMAみたいな言われようだが……」

「違うの?」

 瞬時に鮎美の視線はその台詞を放った拓海に向く。

「違うって……鮎美はよく知らないかもしれないけれど……」

 そう言う話をしている時ちょうど校門に差し掛かった、そして、そこですれ違う陸上部であろう、ジャージ姿の男子生徒の会話が耳に入ってくる。

「あの娘はどこの学校の娘だ?」

「さぁ、この辺りの学校じゃないよな? 見た事の無い制服だもん」

「でも、かわいい娘だったよなぁ〜、誰かを待っているのかな?」

 そんな会話が耳の中を素通りしようとした瞬間、可愛らしい女の子の声が周囲に響き渡り、視線を一気に浴びる拓海。

 ――本当に間が悪い男かも。

「アッ! 拓海ぃ」

 ライトブラウンのスカートがフワッと舞い、ニッコリと微笑むセミロングに内巻きヘアーの女の子が拓海の目の前に立ちはだかるように姿を現す。

「し、詩織? 何でお前ここに?」

 ギョッとした顔をしている拓海に対して、懐かしい制服を身にまとった女の子――詩織はしてやったりといった表情を浮かべながらペロッと舌を出す。

「エヘへ、この学校に来る友達がいたから一緒に来ちゃった」

 有希の脳裏に、昨日のダークゾーンのメンバーがフラッシュバックする。

 今一瞬すごく嫌なものを思い出してしまった。

「来ちゃったって……」

 呆気に取られているのは拓海だけではなく、有希の隣にいる鮎美も呆然とした表情を浮かべ、楽しそうに揺れているそのセミロングの髪の毛を見つめている。

「あぁ、有希ちゃん! こんにちは!」

 詩織は有希の姿を発見すると同時に元気よく手を上げて有希に満面の笑顔をプレゼントする。

「……はいぃ、こんにちは……お元気そう……ですね?」

 昨日駅で見た時の詩織とはまるで別人ではないかと思うような様子の詩織に、ちょっと有希は戸惑いながら、その様子を見つめる。

「ウン! なんだかすっごく元気!」

 ニッコリと微笑む詩織は真っ直ぐに有希の顔を見つめる、その顔は満面の笑みと言ってもいいだろう笑顔が浮かんでいる。

「……有希、この人は?」

 鮎美は視線こそ詩織から離す事無く有希に尋ねてくるが、その様子はまさにライバルでも見るようなそんな表情を浮かべている。

「あぁ昨日の夜、話しただろ? 詩織さん……拓海の東京のお友達だよ」

 有希のその一言に、今度は詩織の表情が引きつく。

「昨日の夜? 有希ちゃんと彼女は……そういう仲なの?」

 ――なんだかものすごい勘違いをしていないか? というよりも、一体どういう仲なんだ?

「ちょっと、なんだか違う方向に話が傾いていないかな? というよりも、ものすごい勘違いしていないか? ボクたちはそんなアブノーマルじゃないよ」

 呆れ顔で有希がそう言いながら詩織と鮎美を見るが、共にその顔は不満げだった。

「そうよね……エッとはじめまして、あたし高宮鮎美です、有希の幼馴染です! よろしくお願い致します、詩織さん」

 やたらと幼馴染という所の口調がきつくなかったか? 鮎美の奴……。

「こちらこそはじめまして高宮さん、菅野詩織です」

 詩織もなにやらクールな視線で鮎美を見つめている。

「ゴホン……鮎美、俺の紹介したかったのは彼女だよ……」

 咳払いをしながら拓海は詩織を指差す。

 彼女を? 何でいまさら?

 有希も訳が分からないといった感じで首をかしげる。

「あたしが有希ちゃんを紹介してって拓海にお願いしたのよ、なんだか有希ちゃんの事が気になって……それに……せっかく函館まで来たのに拓海が案内できないなんていうし」

 頬を思いっきり膨らませる詩織の表情は、付き合っていた頃の詩織そのもので、ちょっとホッとした感覚に陥る有希。

「それでボクに観光案内をしろと?」

 四人肩を並べながら坂道を歩く。

「そう言うこと、拓海がこんな日にバイトを入れるから……でも、有希ちゃんに案内してもらうのなら、むしろよかったかも……」

 詩織はニッコリと微笑む。

「で? どこに行くのかしら?」

 仏頂面をした鮎美は、気乗りしないと言った感じで詩織に声をかける。

「あら? あなたも一緒に来るの?」

 シレッとした顔で詩織は鮎美の顔を見つめると、対する鮎美は怒りをこらえるように見えない所で拳を震わせている。

 あのぉ〜、ボクの気のせいなのか、二人の視線が交わって、そこで火花を散らしているようにも見えるんですけれど。

「有希ぃ……なんだかすごい事になっていないか?」

 拓海がその様子を横目で見ながらコソッと有希に声をかけてくるが、その表情は隠しているのかもしれないがなにやら楽しそうだ。

「そう思うのなら、こんな事態にした己を反省しろよな」

 有希はそう言いながら拓海の足を思いっきり踏みつける。

第二十一話へ。