第七話 Let Cooking



=女子高生のお買い物?=

「ハァ……えらい目にあった」

 学校帰り、石畳の坂道を鮎美と二人でゆっくりと歩くとちょうど海からの風が吹き上がってきて、ただでさえ寒い空気がさらに冷たさを倍増して二人の身体を包む。

「ウン、何であんなことをしなければいけないんだろう明日の部紹介……矢野先輩の隣であの格好をしていなければいけないと思うと……明日休みたいわよ」

 鮎美はそう言いながら視線をその石畳に落とす。

 俺だって同じ心境だぁ……まさか女になってあんなネコミミを付けられるとは思ってもいなかった、自分自身が悲しくなってきたよ。

「でも休んだりしたら、きっとあの先生の事だ、いきなりの家庭訪問をしそうだよな?」

 今日はじめて会ったけれど、あの先生ならきっとそういう行動をとるであろう。

「ありえるかも……郁美先生ならやりかねないわね……家に来てあの顔で泣かれた日には、お父さんが何を言い出すか……想像しただけで怖いわ」

 鮎美はそう言いながらコートの襟を閉めなおす。

「ということは、ボクたちには迷う余地はないわけだよね? とりあえず明日のそのイベントに恥を偲んで参加して、後は野となれ山となれと言うことか……」

 有希の吐くため息が白く濁り周囲を濁す。

そうだ、とりあえず明日のそのイベントを乗り切って、後は通常の生活を取り戻す事が最優先だろう、人の噂もなんとやらだしね?

「ウン、そうかも……でも有希と一緒というところがせめてもの救いかもしれないなぁ」

 鮎美はそう言いながら有希の腕に絡み付いてくる。

「な、何だよ、なになついてきているんだよぉ」

 腕から鮎美の体温が伝わってきて、その腕に抱きついている鮎美からはフワッとシトラス系の柔らかい香りがする。

「エヘなんとなくだよ、こうやると温かいから……ホント有希って温かいなぁ」

 なんだかいい感じかも、女の子とこうやって腕を組むなんていうことは今までしたこと無いし、女の子の体温をこうやって感じたことのない……って、俺も女の子だったっけ?

 なんとなく顔の周りの気温だけが上がってきているような感じがする。それは鮎美も同じなのか頬を紅潮させているように見える。

「おいおい、これじゃあ百合じゃないのか?」

 有希は恥ずかしさを紛らわせるかのようにそう言うと、腕に抱きついたまま鮎美は有希の顔を見上げてプクッと頬を膨らませながら怒ったような表情を作るが、その頬は赤みを帯びたままで、それが寒さのせいだけでは無いという事がわかる。

「ば、馬鹿な事言わないでよ、こうやって女の子同士で腕を組むなんて良くあることなの! 変な事言わないでよね? 意識しちゃうじゃない……」

 その仕草も可愛らしいかも知れない……。

「アハハ、そうなの? まぁいいかぁ、さて、買い物をしてから帰るけれど鮎美も付き合ってくれるかな?」

「買い物?」

 鮎美がポニーテールを揺らしながら有希の顔を覗き込む。

「そっ! ちょっとホームセンターみたいなところがいいかな? 木材なんて置いてあると嬉しいんだけれど、知っている? そんなお店」

 有希のそんな質問に対して鮎美は顎に指を当て該当するお店を検索しているような様子だ。

「うーん……あそこのお店なら扱っているかな?」

 鮎美は思い当たったお店があったのか、ニッコリと微笑みながら有希の事を見る。

「行ってみましょうか?」

 有希がそう言うと、鮎美は満面の笑顔を浮かべてその問いに答える。

「ウン!」

 楽しそうだな……でも、鮎美のこの笑顔は何よりだよ。



「いらっしゃいませ……って」

 どの街にもある普通の金物屋さんに有希が足を踏み入れるとその店の店主らしい人は、あからさまに『何だ、冷やかしかぁ』というような表情で有希を見る。

「おじさん、久しぶり!」

 後ろから入ってきた鮎美がレジに座り新聞を見ている店主に声をかけると、それまで浮べていた怪訝な表情が消える。

「なんだい、『しおん』の鮎美ちゃんじゃないか……こんな時間にどうしたんだ? このお店に女の子二人で来るような店にした覚えはないけれどな」

 鮎美とは馴染みらしい店主はそう言いながら座っていたレジから立ち上がる。

「ううん、あたしじゃなくって、彼……彼女が、用事があるみたいで」

 愛想笑いを浮かべながら鮎美は有希を見ると、その当人はお構いなしに店内を巡って資材を物色し始めている。

 うーんと、確かあそこの幅は……これぐらいかな? 茜の体重はまだ軽いとはいえ、安定性を考えるのであれば……。

 ゴチャッとした店内で有希は思案顔を浮べながらその一つ一つを手にとっては戻すという行動を繰り返している。

「なんだい、お嬢ちゃんがまるで日曜大工始めるみたいだなぁ、何をお探しですか?」

 まるで相手にしていないように店主は有希に声をかける。

「ハイ……端切れでもいいんですけれど五十センチ幅ぐらいのコンパネに、ちょうど足踏み台になるような縁台……そう、こんな感じのやつを二つ、それにスクリューネジ……うーんコンパネからこの縁台を貫けるぐらいのがあるといいかな? それに、ラチェット式の安いドライバーがあるとか弱い女の子の手でもネジをもむ事できるよね?」

 有希のその口から出てくる単語に店主は驚いた表情を浮かべながらその顔を覗き込み、最後は感心した表情を浮かべる。

「これは驚いたなぁ……お嬢ちゃんの口から出てくる台詞じゃないよ……どれ、おじさんに任せてみな、まずコンパネはこれが……」

 店主はそう言いながら、店内にある資材を有希に見せながら歩き出す。

「いや、おじさん、踏み台にするんだからラワンみたいな柔らかい材料じゃなくって……」

 その素材に有希は一つ一つ注文をつけるとその都度おじさんは、参ったといった表情を浮かべながらもどこか楽しそうな顔をしている。

「ハハ、おじさんの負けだぁ、このコンパネはどうせ端物だからただでくれてやるよ、それにこのネジはおじさんの負けた証にサービスする、御代はこの踏み台とドライバーだけでいいよ」

 レジに戻って来た時にはおじさんは潔く負けを認めていた。

「うれしぃ〜、ありがと〜、おじさん! あと、そこにある壁紙は捨てちゃうのかな?」

 ニッコリと微笑む有希は怖いもの知らずなのだろうか、店の隅に置かれていた壁紙に視線を向けて懇願するような表情を作りながら店主を見つめると、店主は頬を赤らめながら参ったというような表情で、それを丸めて有希に手渡す。

「ありがとうおじさん!」

ニコニコ顔で店を後にする有希たちに向かって、店主は手をヒラヒラと振ってその後姿を見送っていた。

イヤァ儲けたぞ、これだけ買うとなると結構かかると思ったけれど、予算の半分で済んじゃった、エヘヘ得したぜ。

満足げに微笑みを浮べる有希の顔を呆れ顔で鮎美が見つめてくる。

「あたしちょっとあなたが怖くなってきたわ……」

 帰り道、嬉しそうに歩く有希の手には木材やら、角材やら……挙句の果ては、微笑みにかこつけてもらった壁紙の端物まで持たれている、それは絶対的にセーラー服の女子高生が持つグッズではないもの。

「えぇ、なんでぇ?」

 有希はそう言いながら、戦利品というか、その物を大きく揺らしながら歩いているが、鮎美はそんな満悦の顔をした有希を見て、ただ、ため息をつくだけだった。



「ただいまぁ」

 美容室『はる』の玄関を元気良く開くと、お店の中にはお客さんがいっぱいで、その店内をかがりが忙しそうに動き回っている。

「有希、お帰り……ゴメンねちょっと立て込んでいて、夕食の支度していないのよ、もしなんだったら隣で食べてきてくれない?」

 真澄は忙しそうにロットを巻く手を動かしながら有希にそう言うが、その顔には疲れが見え隠れし、かがりにおいてはまるで目がぐるぐる回っているようだ。

「……何とかするよ」

 美容師の免許を持っていない以上お店の手伝いをするには、会計をするか、お客さんを店内に案内するしか出来ない、そのため夕食の準備ができていない時は隣の鮎美の所――『しおん』で夕食を取る事が常になりつつあった、これも有希の日常だったらしい。

「アッ、お姉ちゃんお帰り〜」

 店から部屋に入ると、台所で思案顔を浮べていた茜が有希に気がつき、ニッコリと有希の事を見る。

「ただいま、どうしたんだ? そんな難しい顔をして」

 茜は冷蔵庫を開けたり、流しの下を開けたりして難しい顔をしている。

「ウン、食材がどうもいまいちなのよね?」

 茜はそう言いながらため息を吐き、助けを請うような目で有希の顔を見上げてくる。

「だったら隣に行くか? 真澄ちゃんもそう言っていたよ?」

 食材が揃っていないのであれば料理ができない、という事は選択肢は簡単である、しかし、茜の思案顔はそれにも増して深いものになる。

「駄目だよ……エンゲル係数が上がるわよぉ……収入はお店しかないんだから、結構パツパツなのよ、我が家の財政は……」

 小学生が、家のエンゲル係数を気にするとは出来た娘だこと……しかし笑い事ではないよな? 俺が入院していたということもあることだし、少し負い目を感じているのも事実だ。

「どら……ボクに見せて見な……ハハァン、これは見事に何もないねぇ」

 茜に変わってみる冷蔵庫の中にあるものは、玉ねぎとバターに贈答品ぽいベーコンに卵、所を変えて流しの下には非常食の定番であろうレトルトのカレーになぜだか普通のカレールーが入っている。

「真澄ちゃんが忙しくってお買い物に行けなかったみたいなのよ……どぉしようかぁ」

 有希の隣から茜が顔を覗き込ませてくる、その顔には絶望的な色が浮かんでいるが、そんな顔に有希は微笑む。

「これなら立派なカレーライスが出来るよ?」

有希はそう言いながらセーラー服の袖を捲り上げる。

「ホント? お姉ちゃん!」

 目を輝かす茜に対し、有希はウィンクを送る。

「ホントだよ、の〜ぷろぶれむだ、ボクに任せて、美味しいカレーを進呈してあげよう」

 有希はそう言いながら、冷蔵庫の脇にかけられていたエプロンに袖を通す。

「うん! じゃあお姉ちゃんに任せた、じゃあ、あたしはお風呂の掃除をしてくるね? って、お姉ちゃん、この木はいったい何?」

 茜は、有希のカバンと一緒に置かれている材木に気がつき首をかしげる。

「それは日曜日のお楽しみだ、それよりも茜、早く風呂掃除をして手伝ってくれる?」

 有希は手馴れた様子で、冷蔵庫の素材を取り出し料理の下準備に取り掛かり、材料を珍しそうに見ている茜に声をかける。

「アッ、ハイ」

 茜はなんとなく嬉しそうな表情で風呂場に姿を消す。

 人の家の台所で料理するのは慣れていないからちょっと難しいかな? でも、有希の身体が覚えているだろう。

〈無理言わないでよ……あたしあまりこの家の台所に立った事ないもん〉

 ――おいおい……。



「……さて、確かジャガイモが裏口に置いてあるって言っていたよな、まずそれの皮を剥いて、それから……ニンジンかぁ」

 確か『厚沢部』の親戚から貰ったジャガイモが裏口のダンボールに入っていると茜が言っていたよな? ニンジンもあったような気がするとも……。

 有希は鼻歌を交えながら裏口に向かい扉を開けると、そこにはジャガイモのダンボールが置かれており、適量をそこから取り出す。

「誰?」

 ニンジンを探しながら暗い中をゴソゴソとしていると、不意に隣の窓に人の気配を感じる。

「……鮎美……か?」

 暗い中に鮎美のシルエットを認めると有希はホッと胸をなでおろす。

 女の子の姿だから別に変には思われないだろうけれど、この暗い中を裏口でゴソゴソしていれば誰だって不審人物に思うよな?

「有希なの? いったいそんな所で何やっているの?」

 声はすれども姿はシルエットになり、どんな表情を浮かべているのかまではよく見えない。

「何って……これがドジョウすくいに見えるのか?」

 有希は苦笑いを浮かべながら手にしたジャガイモをそのシルエットにむける。

 これがドジョウに見えるのならお前にもメガネをお勧めするよ……。

「ううん、そんな事はないけれど、なんだかまるで料理をしようとしているみたいに見えたから心配になっちゃって……」

 心配って……おいおい、まるで俺が料理をするととても危険なものを作る犯罪者のような言い回しは一体なんなんだ?

 憮然とした顔をする有希。

「悪いか? 生憎と料理をしようと思っているんだけれど?」

 少し長い沈黙が二人の間に流れる……。

「あたしたち……荷物まとめた方がいいかしら?」

 ――有希! お前料理で何したんだ!

〈何って……コロッケを作ったら破裂して、ちょっと火を出したりして……〉

 おいおい、コロッケ作る程度でなぜボヤ騒ぎ?

〈だってぇ、急に破裂するからびっくりして、そのうち焦げだしてきたから温度を下げなきゃって思って水を入れたら、ブウァーって火が広がって……びっくりしたよ、あの時は……〉

 俺もびっくりしたよ……。

「……予定変更、コロッケを作る!」

 有希はそう言いながらジャガイモの箱からさらにジャガイモの個数を増量する。

「有希?」

 鮎美は相変わらず闇の中で心配そうな表情を浮かべている……ようだ。

「ボクに任せなさい、君のそのトラウマをボクが見事に解消して差し上げましょう」

 有希は鼻先を掻きながら自信に満ちた笑みを浮かべる。

「有希本当に作る気なの? 大丈夫なの?」

 なんだか、ものすっごく心配されているみたいなんですけれど……有希はそんなに酷かったのか? じゃなかったら結構へこむリアクションなんですけれど……。

〈うーん、あたしにはよくわからないけれど、真澄ちゃんにも止められることが多かったし、茜は泣き出しちゃったりして……〉

 ハハ……余程だったんだな?

「大丈夫だって……それにしても、鮎美は何をしているんだ?」

 目を凝らしながら有希は鮎美の声のする方を見つめる。

「だ、駄目よ、ちょっと恥ずかしいから……あまりこっち見ないでよ」

 ちょっと色っぽささえ感じるその鮎美の言い回し。

「恥ずかしいって、なんで?」

 有希はそう言いながらその声の方に足を向けるが、そのシルエットの浮かんでいる窓からは湯気が立ち上っているような気がする。

「だからぁ……来ないでって……」

 もしかして……。

〈……そこは鮎美の家のお風呂場よ?〉

 有希の意識が呆れたような感じで呟く。

 風呂場という事と、そこから鮎美の声が聞こえてくるという状況は、やっぱりそういう事なのでしょうか?

「まぁでも、同じ女同士だから別に気にすることないでしょ?」

「気にするわよ!」

 バシャァ〜。

 窓から勢いよく立ち上る湯気と共に、有希にかかったお湯は温かさをすぐに失い元の水と同じ温度まで下がるのにはさほど時間は要さない。

「有希の馬鹿! えっち! 変態!」

ピシャリと閉められた窓の向こうからは、鮎美の人を罵倒するには十分なお言葉たちが投げかけられる。

 ハハ鮎美にもえっちって言われちゃったよ……でも、何もそこまで言わなくってもいいんじゃないか?

 鮎美の罵倒に有希はちょっとへこみながらも、料理を再開する。



=Croquette(コロッケ)=

「だから言っただろ?」

 自慢げな表情の有希の手元には、こんがりとキツネ色に揚がったコロッケに、彩を添えるキャベツの千切りが盛り付けられた皿が置かれている。

「これ……有希が作ったの?」

 仕事を終えた真澄が唖然とした表情でそれを見る。

「茜も手伝ってくれたよな?」

 有希はそう言いながら茜の頭をぽんぽんとたたくとその茜の表情は嬉しげである。

「あたしはキャベツの千切りを作っただけだよ、後はお姉ちゃんが全部やったの」

「凄い……」

 なぜか青葉家の夕食の席にいる鮎美も、そのコロッケと有希の顔を何度も見比べてはため息をついている。

「ほら、早く食わないと冷めちゃうよ?」

 その一言に全員が席につく……って、なんで鮎美までここにいるのかが俺にはよくわからないんだが。

「いただきまぁ〜す」

 その全員から元気に声が発せられ、賑やかな夕食がはじまった。

「でも、有希が料理できるようになったのはポイント高いわよね?」

 もごもごと真澄。

「うん、お姉ちゃんにお願いできるというのはあたしも嬉しいかも、全部じゃなくっても手伝ってくれるだけでも大助かり」

 ニッコリと茜。

「……女として負けたかも」

 ブツブツ呟きながらそのコロッケをついばむ鮎美。

「……鮎美ぃ、そもそもなんでここで一緒に夕食を食べているんだ?」

 有希は、さっきからの疑問をやっと鮎美にぶつける事が出来た。

「エッ? それは……有希が料理するって言うから、ちょっと好奇心というか……」

 なるほど……。

「それで? お味の方はいかがでしょうか?」

「美味しいわよ! そりゃあ下手なレストランなんかよりも全然美味しいって……あ……」

 笑顔を浮かべていた鮎美の顔が何かに気がついたのか一気に曇る。

「どした?」

 口をモゴモゴさせながら有希はそんな表情を浮かべている鮎美の顔を覗き込む。

「……有希はもともと男の子なのに、こんなに料理が上手だなんて、ちょっと女としてはショックかもしれない……」

 シュンとしている鮎美を見ると可愛そうになってくる。

「ハハ、ボクの場合は両親が共稼ぎだったし、妹がいたから必要にかられてと言うのが正直なところ、親は夜遅くまで帰ってこなかったから、家事全般大体出来るよ」

 掃除に洗濯お裁縫まで、大体の事はできる自信はあるぜ?

 有希は自慢げに腕に力こぶを作る仕草をする。

「へぇ……あたし、有希のお嫁さんになろうかしら……」

 鮎美はそこまで言うと、不意に顔を赤らめながらうつむく。

「アハ、鮎美がお嫁さんなら、ボクもお嫁さんなのかな?」

「じょ、冗談よぉ……真に受けないでよね?」

 鮎美はそう言いながら頬を膨らませるが、顔は相変わらず赤いままだった。

「ダメ! お姉ちゃんはお姉ちゃんなの、お嫁になんて行かないんだから」

 おいおい、確かに現時点では行く気はないが、一生このままでいろということなのかな? それはそれでちょっと寂しい気もするが……。

 むくれた顔をして茜はそう言い、有希の腕にしがみつく。

「ウフ、やっぱり茜ちゃんも、有希の事大好きなんだぁ……そんな事を言っていると、いつまでたってもお嫁にいけないぞ?」

 鮎美が意地悪な顔をして茜にそう言うと、さらに頬を膨らませながら茜は宣言する。

「いいモン、お姉ちゃんと一緒にずっといるからいいモン!」

 モンモンって、小学生のうちから独身宣言ですか? それはちょっと早すぎるような気もするけれど、それに、茜だって可愛いんだから、十分モテると思うが。

「そんなこといって、茜ちゃんだって好きな男の子ぐらいいるんじゃないの?」

 相変わらず鮎美は意地の悪いというか茜を挑発するような事を続けて言う。

「いないモン!」

 即答ですか?

「それにしても鮎美姉ちゃん、さっき茜もって言った……もって、他にお姉ちゃんの事好きな人いるの?」

 なんだか話が違う方に逸れてきたような気がするけれど……。

「エッ? そ、それはぁ……仮定よ、仮定形!」

 鮎美はそう言いながら慌てたように顔の前で両手を振るが、やっと落ち着いた顔の赤らみが再発したようだ。

「はいはい、夜も遅くなってきました鮎美ちゃん早く帰って休んだほうがいいわよ? お風呂にも入ったんでしょ?」

 さすが年の功、場の雰囲気を読んで絶妙なタイミングで取り繕ってくれたな?

 会話の最中、微笑みながら真澄が立ち上がり、茜の頭をポンと叩く事によって、その会話が終了した。

「有希も、後片付けはあたしがやるから早くお風呂に入ってきなさい、今日は久しぶりの学校で疲れたでしょ?」

 真澄はそう言いながら有希の顔を見て微笑む。

「ウン、ちょっちね……」

 いけない、忘れていた事を思い出してしまった……ネコミミ……。

 そんな有希の表情を読み取ったのか、鮎美もガックリとうなだれながら、その場を後にする。

「どうかしたの、お姉ちゃん」

 そんな有希の表情に心配そうな顔をした茜が声をかけてくる。

「なんでもないよ、疲れちゃっただけ、さぁ風呂に入って、明日も学校だぁ!」

 茜にはまだ早い世界だよな? 確かあれもコスプレというのだろう、そんな姿をした有希の姿を見せる訳にはいかない。

 キョトンとした顔をしている茜の頭をポンと叩きながら有希は立ち上がる。

 明日は明日、なるようになる……だろうな?

 少し肩を落としながら有希は風呂場に向かって歩き出す。



〈勇気……鮎美の事どう思う?〉

 お風呂上り、濡れた髪の毛をタオルで拭いていると有希の意識が呟いてくる。

 ん? いい娘だと思うよ? 可愛いし。

〈違うの、容姿とかじゃなくって……〉

 だからいい娘だと思うよ、面倒見は言いし、俺の事をなによりも心配してくれているという事がよくわかるよ……ただちょっと怒りっぽいかな?

 有希は鏡に向かいながら苦笑いを浮かべる。

〈……よかった〉

 まぁ、学校でも同じクラスだし、有希もホッとしたんじゃないか?

 鏡に向かって有希は微笑む。既に見慣れたこの顔、嬉しい時はケラケラと笑うし、悲しい時は悲しい顔をする、自分ではよくわからないが、きっと表情がコロコロと変わる娘であろう。

〈前にも話したと思うけれど、鮎美とあたしは幼馴染なの、中学校も同じだったし、小学校、幼稚園……その前からたぶん生まれた時からずっと一緒だったの、だから、勇気にも鮎美の事を好きになって欲しいかな?〉

 好きになるって……俺は鮎美の事を嫌いといった記憶はないが?

〈そ、そうだけれど……ほら、勇気は男の子でしょ? 男の子の感覚とはやっぱり違うじゃない、女の子を見る目って〉

 まあ、そうかもしれないけれどね? でも、男の目から見ても鮎美は可愛いと思うよ? 有希の幼馴染という贔屓目を差し引いても十分すぎるほどね?

鏡に映る自分に対しウィンクを送ると、優しい有希の意識が勇気のそれを刺激する。

〈少し妬けるかな?〉

 妬ける? それはどっちに対してだ?

〈ウフフ……さて、どっちでしょうね?〉

 意地の悪い感覚を残して有希が消えてゆく。

 何なんだ?

 長い髪をタオルで巻いて鏡に写る自分の姿は、紛れもなく女の子だった。

 ……すっかりと女の子をしている俺……かぁ。

第八話へ。