第十三話 函館コミックサミット



=T=

「イベント?」

 暑さを感じるような日差しが差し込んでいるmasの部室内に健斗の素っ頓狂な声が響き渡ると、集中して小説を書いていた冬花が少し驚いたような顔をしてその顔に視線を向けてくる。

 わりぃ、つい……。

 目で冬花に詫びながら、その素っ頓狂な声を上げる原因を発した愛美に顔を向ける。

「なんなんだ? イベントって」

 ミントグリーンのAラインワンピースに荒縫いニットのカーディガンを羽織っている愛美は、健斗の質問自体がわからないように首を傾げる。

 あのなぁ、君の知っている事が、万人が知っているというわけでは無いんだぞ?

「聞いていないの? 六月十六日に『函館市民会館』で行なわれる道南最大の同人誌即売会『函館コミックサミット』通称『H・C・S』、このサークルの春を告げるイベントだよ?」

 当然といった顔をしている愛美に軽くめまいを覚えながらも、何とかその場所に踏みとどまると、当然次に浮かび上がる疑問を健斗は口にする。

「もしかして、俺たちも参加するのか? そのHCSとかいうのに……」

 俺の知っている限りでは、そういう同人誌即売会と言うイベントは、いわゆる『オタク』が集まりその存在をアピールする場であり、わけのわからない格好(コスプレ)を披露する場というイメージがあるのだが、そこに俺も参加をしなければいけないのか? 全力でそれは拒否をしたいのだが……。

「そんなのあったり前じゃん! そのイベントはいわゆる『新人戦』みたいなものなんだから、今年の新入部員が参加しないでどうするのよぉ」

 ――そんな空気が地球上にあるのは当たり前みたいな言い方をしないでくれ。少なくとも俺の中では意識を一瞬失うには十分な破壊力を持つ言葉なのだから……いま、俺はこのサークル(mas)に入った事をモーレツに反省している。

 隣でそれまでカタカタと軽やかなキータッチ音がしていたパソコンからも、その音が鳴り止み、その音を奏でていた冬花も困惑した表情を浮かべながら健斗の顔を見据えている。

 いや、そんな恨みがましい目をして俺を見られても困るんですが……その視線は、俺たちの目の前でデートに着て行く(いや見た感じ遠足に着て行くの方が当てはまっている?)服に悩んだような顔をしている愛美にその視線を向けた方が手っ取り早いと思うのですが。

「やっほぉ〜健ちゃん!」

 能天気な顔をした花織がそこに加わってくると、そこはまるでバーゲンセールで洋服を選ぶ女の子の中に男一人放り出されたような気分になってくる。

「花織先輩は何をヤるんですか? やっぱり……」

「ウ〜ン、それもありかなって思っているけれど、ちょっと今年は趣向を凝らしてぇ……」

 イヤイヤ、そんな事に趣向を凝らさなくともいいと思いますが……。

 そんな会話に脱力しっぱなしの健斗は、ついに力尽きたように冬花の座る席の隣に置かれていたパイプ椅子に座り込んでしまう。

「あたしはネコミミにチャレンジしてみようかなって思っているんですよぉ〜」

「あっ、いいかも。愛美ちゃんのその姿にネコミミ……萌よね?」

 萌って……。

「健ちゃんはやっぱりバトラーかな?」

「ヘッ?」

「ウンいいと思う。健斗サマのバトラー姿…………萌えるかもしれない」

 どこかウットリとした顔をしている愛美は、キラキラとした目をしながら健斗の事を祈るように手を合わせながら見上げてくる。

「バトラーって……何?」

 今この部室内にいる中で、限りなく自分の神経と近い冬花に救いを求めるように視線を向けると、冬花も困ったように眉毛をハの字にして力なく首を横に振る。

「バトラーっていうのは、イギリスの家事使用人の中でも最上級の職種なの。いわゆる男のメイドさんみたいなものなのかしらね?」

 男のメイドって……頭にあの得体の知れないカチューシャをつけた……俺がそんな格好をするというのか?

 健斗の頭に浮かんだのは、メイド喫茶にいるような女の子の格好をした自分の姿。それはかなりセンセーショナルな姿で、打ち消しては浮かび上がるその姿を何度も首を振って追いやるがなかなかその姿は頭の中から消えてくれない。

 ドンヨリとした顔になる健斗に気がついたのか、花織は慌てて健斗の浮びあげたその姿を打ち消すように手を振ると説明する。

「きっと健ちゃんが想像しているのと違うと思うよ? バトラーって言うのは……そうねぇ、ちょうど健ちゃんが『おんぷ』でバイトしている時と同じ格好よ? 黒服にベスト、蝶ネクタイという……あぁ、思い出しちゃったぁ」

 徐々にその表情を恍惚としたものに変える花織に、愛美が面白いように食いついてくる。

「花織先輩、健斗サマのそんな姿を見た事があるんですか? あたしも見たいぃ〜っ!」

 地団駄を踏む愛美に、花織はどこか勝ち誇ったような顔をしている。

「ヘヘェ、しかも、この間なんて健ちゃんがドラム叩いている所見ちゃったんだからぁ、本当に格好良かったんだよ? もお、それだけであたし……キュンとしちゃったぁ」

 熱い視線を向けてくる花織に、健斗は曖昧な笑みを浮かべて取り繕うが、やがてフトした疑問がその頭の中に浮かび上がる。

「ちょ、ちょっと質問です」

 恐る恐ると花織に声をかける健斗に、花織は待っていましたと言わんばかりの勢いで指をピッと健斗に向けると、その勢いに気圧されしたようにちょっと身を仰け反らす。

「ハイ、健ちゃんどうぞっ!」

 満面に笑みを浮かべる花織に、健斗は苦笑いを浮かべる。

「エッと、オレの気のせいかもしれませんが、もしかして俺もそのぉ……そんな格好をしなければいけないのでしょうか?」

 その健斗の疑問に同意しているのか、冬花もコクコクと首を縦に振っているが、その質問を受けた花織と愛美はその意味がわからないというようにキョトンとした顔をしている。

 俺の常識が通用するのであれば、当然の質問をしたはずだよな? イベントに参加するのは新入部員の揺ぎ無い掟という事は何となくわかったが、なぜ、俺がバトラーの格好をそのイベントで俺がしなければいけないんだ? それに、なんだって二人はそんなに不思議な生物を見るような顔をして俺の事を見ているんだ?

 助けを請うような視線を冬花に向けるが、当の冬花は既に腹を括ったように諦めたような顔をして健斗の事を見ている。

「当たり前じゃん? 健斗サマはどんな格好をして会報を売るつもりでいたの?」

 まるで外国人を見るような顔をする愛美に、健斗は全てを悟り(いや、本当は悟りたくないのだが)深いため息を吐き出す。

 ――やっぱり入るんじゃなかった、このサークルに……徐々に常人の常識が通用しなくなりつつあるような気がする……さようなら、まともな俺……。

「大丈夫! 恥ずかしいのは最初だけよ? 徐々にその快感を身体が求めてくるようになってきて、気が付いたらコスプレしなければいけない身体になっているからぁ」

 いや、花織さん……それって常習者(しかも、かなりの重症患者)の意見じゃないでしょうか? というよりも、そんな身体に俺はなりたくないんですけれど……。

「健斗サマはバトラーに決定した所で、冬花ちゃんはどうしますか? そのないすばでぃーを生かしたコスプレという選択肢もありますが?」

 まるで時代劇に出てくる悪い庄屋のような顔をする愛美に、これまた悪代官のような顔をした花織が、舐め回すような視線を冬花に向ける。

「そうね? 禁断の『バニーガール』でもやっちゃおうか? 冬花ちゃんのようなロリ顔に、その大きな胸で、絶対に男連中は悩殺よ?」

 確かにっ! その顔にその胸は男からするとたまらないものがあるぞ? その顔とそのボディーのギャップがなんともいえずに……。

 小さくガッツポーズを作る健斗の事を、恨めしそうな顔をして冬花が睨みつけてくる。



=U=

「ハァ……なんだかなぁ……」

 湯の川に近い函館市民会館の駐車場に車を止めて、運転席から降り立った健斗は、開口一番、深いため息を吐き出す。

「そんなため息を吐かないでよぉ、茅沼クンがそんなため息をつくとあたしまで滅入っちゃうじゃないのよぉ……ここまで来たら『まな板の上の鯉』の気分よ」

 同じ車のセカンドシートから降りる冬花は、ほのかな笑みを浮かべているものの、その顔には諦めの色が浮かんでいる。

 まな板の上の鯉かぁ、うまい事を言うなぁ。確かにそんな感じかも知れないかもしれないよな? 俺だってこの日が来なければいいと思ったよ……予防接種を受ける前日のような気持ちをこの歳になってまで味わうなんて思わなかったぜぇ。

「へぇ、ここがそうなんだぁ。ここって小学校の授業の時にクラッシックのコンサートを見に来た事があるよ? 内容はほとんど記憶が無いけれど……」

 助手席から降りてきたのは、どうしても同席したいと涙ながらに訴えてきた知果で、その表情は興味津々で辺りを見回している。

 果たしてこのテのイベントに十八歳未満、しかも中学一年生という純情な女の子を連れて来ていいのかという疑問がさっきから俺の頭の中にこびりついて仕方がない。

「やぁ、おはよう茅沼君、浪岡さん」

 大きな荷物(コスプレ道具や即売会用の小物在中)を車から降ろしていると、背後からこの会場では珍しい爽やかな声が聞こえてくる。

「おはようございます、辻川さん」

 その声の通り爽やかな笑顔を浮かべた辻川は、健斗と冬花に視線を向け、健斗の隣にいるツインテール娘の知果の事を、メガネをクイッと上げながら見る。

「ん? 彼女は?」

「はじめまして、黒石知果です! いつもおにいちゃんがお世話になっています!」

 ペコッと頭を下げる知果に、辻川もつられるように頭を下げる。

「はい、はじめまして、ボクは辻川といいます。よろしくね……って」

 元気一杯な挨拶をする知果に、辻川は少し呆気に取られたような顔をしているが、フッと何かを疑問に感じたのだろう、その視線を健斗に向ける。

「茅沼君、いま彼女は『おにいちゃん』と言っていたが……」

 疑惑を持ったような目で見つめてくる辻川に、健斗は慌てて手を振りその疑惑を否定する。

「ご、誤解ですよ辻川さん。彼女は小さい頃から知っている親戚で、いつの間にかそういう呼び方が固着しているんです。決して俺が呼ばせているわけじゃありませんからぁ!」



「アハ、おにいちゃんカッコいいよ!」

 開場を目前に控え、健斗はバトラー姿(愛美作)に着替え、販売を担当する小説班の販売ブースに入ると、待っていた知果が少し頬を赤らめながらその姿を見上げる。

「ハハ、褒められるのは嬉しいけれどちょっと恥ずかしいなぁ、なんでこんな格好をしなければいけないんだろうか……」

 どこでどう採寸したのかわからないが、愛美の作ったこのバトラー服は健斗の体型にピッタリで、動き難い事もなく、むしろおんぷの制服よりもフィットしている感じである。

「や、やっぱり恥ずかしいですよぉ〜、愛美さん」

 背後から聞こえてくる冬花の声に、嬉々とした顔をして視線を向ける健斗は若干鼻息を荒くしているようにも見える。

 た、確か、バニーちゃんだったよな?

 しかし、そんな淡い期待を浮かべていた健斗の目の前に登場した冬花の格好は、長い耳を付けるかわりに純白のフリルをあしらったカチューシャが装着され、期待していたようなレオタードに網タイツではなく、胸を強調したようなシルエットのメイド服を着ている。

「そんな事無いよぉ、冬花ちゃんがどうしてもバニーちゃんがイヤだって言うからこれに路線変更したんだからぁ、健斗さまぁ、可愛いでしょ?」

 嫌がる冬花を引っ張る愛美は、奇天烈なデザインの服を着ていて、健斗は曖昧な笑みを浮かべるが、隣にいた知果は目をキラキラさせながらその格好を見つめている。

「わぁ、もしかして、この格好は『あいあんれでぃ〜らむね』の『浄瑠璃萌(じょうるりもえ)』の格好ですよね? それにこっちのメイド服は『夏野らむね(なつのらむね)』の格好だぁ!」

 あいあんれでぃ〜らむね? なんじゃそれ?

「あら? この娘は?」

 はじめて知果の存在に気がついた愛美に、知果はペコッと頭を下げる。

「はじめまして、黒石知果です。おにいちゃんがいつもお世話になっています!」

 ――また誤解を解かなければいけないな?

 小さくため息を吐く健斗は覚悟を決めるが、その点に愛美はまったく気にした様子も無く、簡単にそれをスルーすると、ニッコリと微笑み知果に顔を近づける。

「はじめまして、あたしは津花愛美。知果ちゃんはよく知っているね?」

「はい、『あいあんれでぃ〜らむね』は毎週欠かさず見ていますからぁ。可愛いなぁ、その格好」

 まるで憧れの人に出会ったような顔をする知果に、愛美は少し考えたような顔をしているが、やがて何か結論に達したのだろう、知果のその手をとる。

「じゃあやってみる? あたしのコスの予備があるから」

 愛美の申し出に、知果は最初こそ戸惑っていたが、すぐにその顔を笑顔に変えて愛美について更衣室に向かって駆けて行く。

「――いったいなんなんだ?」

「さぁ……」

 取り残されたような格好の健斗と冬花は、二人して首を傾げお互いの格好を見る。

 いや……デカイかなとは思っていたけれど、そこが強調されているデザインのせいなのかも知れないけれど、やっぱりデカイよなぁ。

 健斗の視線は、冬花の顔から徐々に下がり、遠慮無くメイド服を盛り上がっているその胸でつい止まってしまう。

「茅沼クン?」

 怪訝な冬花の声に、健斗は慌てて視線をそらしピンと背筋を伸ばすと、冬花は少し驚いたようにキョトンとした顔をしている。

「な、なんでもないぞ……さぁ、陳列を終わらせちゃおうよ、辻川さんもいつの間にかいなくなっているし、早く終わらせないと開場になっちゃうぜ」

 明らかに動揺している健斗の事を、冬花はキョトンとした顔のまま見つめているが、動きはじめた健斗に促されるように陳列を開始する。

 なんだか変な感じかも……あいあん何とかのコスプレ(メイド姿)をした女の子と一緒に机の上に本を並べている姿って何となく間が抜けているような気がするかも……。



「スミマセン……一緒に写真を取らせていただけませんでしょうか?」

 開場直後の慌しさが落ち着いた頃、ようやく健斗たちの販売するブース(会場内の片隅)にも客が訪れるようになるが、徐々にとその人数が増えてきて、写真を撮りたがる人数もそれに比例するように増えはじめている。

「いったいなんなんだ? 人は増えるけれどちっとも会報は売れていないような気がするんだけれど……俺の気のせいなのかなぁ」

 既に何人と一緒に写真を撮ったかわからなくなりはじめている健斗は、疲れたような顔をしながら隣で同じような疲れ顔の冬花に声をかけると、冬花からも疲れたように引きつった笑顔が返されてくる。

「気のせいじゃないと思うよぉ、さっきから本の山が少なくなっていないもん、なんだか写真ばかり撮られているような気がするよぉ」

「エヘ、でも楽しいじゃん! 色々な人が一緒に写真を撮ってくれとか、ポーズを作ってくれとか。ボク写真のモデルになったような気持ちになってきたよ」

 一人ハイテンションな知果は、普段ツインテールにしている髪の毛を下ろし、着ているのはやはりメイド服(知果曰く、『未里(みさと)』のコスプレらしいが、よくわからん)という姿をしており、保護者代わりである健斗としては気が気ではない。

「……ヘンな人にはついて行かないようにしろよ」

 どうもこの会場にいる人種(特に知果ちゃんの写真を撮りたがる奴)に、ヘンじゃない人がいるようには思えない、チラッと見た瞬間にその足を止める奴が多く感じるぜ?

「エッと、一緒に写真を撮らせていただけますでしょうか?」

 背後からの声に、健斗はうんざり顔をするが知果はニコニコとそれに応じる。

「はぁ〜い、おにいちゃん出番だよ?」

 出番? なんのこっちゃ?

 知果の呼びかけに、怪訝な顔をして振り向く健斗の前にいるのは、ベリーショートの髪の毛にネコミミを装着し、奇天烈なデザインのセーラー服を着た花織が、満面の笑みを浮かべ、手をパタパタと振りながら立っている。

「花織さん?」

「やっほ〜、健ちゃん売れているかなぁ?」

 今にもパンツが見えてしまいそうな短いスカートを揺らしながら、机の上に並んでいる本を覗き込むが、すぐにその顔に苦笑いが浮かび上がる。

「やぁ、藤宮さん、ご覧の通り惨敗かな?」

 申し訳無さそうな顔をしている辻川に、花織は作ったような笑みを浮かべると、何かを考えるようにアゴに手を当てる。

「仕方が無いですよね? こんな会場の片隅じゃあみんな既に目的を達成してから来るようなものだし……ビジュアル的には人気があるようだけれど……」

 花織の見渡す先には、順番待ちをするように列が出来上がっており、先頭ではノリノリの知果と、恥ずかしそうにしている冬花が写真に納まっている。

「そうだ! いい事考えちゃった!」

 パチンと指を鳴らした花織は、ニィッと口角を広げながら健斗の顔に視線を向けると、その視線に、健斗はとてつもなく嫌な予感に駆られる。

「辻川さん、スケッチブックと太マジックありますか?」

 ニコニコ顔をした花織に、健斗と辻川はこれから何が行なわれるのかわからず、ただキョトンとした顔をしてその経緯を見守る。

 いったい何をしようとしているんだ? 花織さんは……そこはかとなくとなく嫌な予感がして仕方が無いんですけれど……。

「できたぁ、これで売り上げ倍増かもぉ」

 満足げな顔をしている花織の視線の先に置かれているスケッチブックには、

〈ここだけの特別サービス! ここでお買い上げになった方はバトラーと一緒に、好きなポーズで撮影ができまぁ〜す(はぁと)〉

 ――一瞬意識がトンでしまった……。そんなので客が集まるとは思えないのですが?

「ちょっと花織さん、こんなんで……」

 脱力する健斗の意に反し、その広告(?)を机に掲載すると、どこからとも無く女の子が集まり始め、机に積まれていた本の山が低くなってゆく。

 ちょ、ちょっと? なんなの?

 キョトンとしている健斗に、花織は意地悪い顔をしながら耳打ちしてくる。

「ウフ、こういう会場ではメイドさんというのは珍しくないけれど、執事さん、いわゆるバトラーさんというコスプレをしている人って少ないの。女の子がやっている場合もあるけれど、リアルに男の人、しかも健ちゃんのような色男がやっているのは珍しいのよ」

 確かにそこに並んでいるのはほとんど女の子(なぜか数人男もいるが……)で、その瞳はどこか夢見る少女のようにも見える。

「ほら、健ちゃん皆さんのリクエストにお答えしないと!」

 気がつけば、mas小説班のブースの周りには黒山の人だかりができあがっており、バトラーと一緒に写真を撮る女の子に、メイド服姿の元気な女の子(知果)や、モジモジと照れ臭そうにしているメイドさん(冬花)の写真を撮る男が入り乱れ、即席の写真撮影大会のような様相を呈している。

「お姫様抱っこをしてくださぁ〜い」

 本当にえらい事になってしまった……トホホ。



=V=

「こ、ここですか?」

 イベントを終え、辻川のナビで向かったのは、函館の外郭道路『産業道路』沿いにある和風レストラン『ふうりん』。そう、花織のバイト先であり、琴音のバイト先でもある。

「そう、藤宮さんがバイトをしている所で、店長が良くしてくれる馴染みの店なんだ。イベントが終わった後良く打ち上げで来るんだ」

 苦笑いの辻川であるが、運転席に健斗は呆気に取られたような顔をしている。

 まいったなぁ、よりによってなんで『ふうりん』なんだよ……確か今日は琴音の出番だったはずだよな? あとでなんだかんだと文句言われそうだぜぇ。

 渋い顔をしながら車を降りる健斗に、花織が近付いてくる。

「確か今日琴音ちゃんバイトが入っていたはずよね? この時間だったらホールにいると思うから……琴音ちゃん、このお店でも人気ナンバーワンなのよ?」

 そう言いながら花織は慣れたように店の中に入ってゆくが、あまり乗り気でない健斗の足は重く、仲良く話をしながら歩いている知果と愛美の後姿を見るともなく見る。

 何となく同い年の友達のように見えるけれど、片や中学一年生(歳相応?)片や大学一年生(知果よりも下と言っても通用するかも……)なんだよね? 全然不自然さを感じん。



「いらっしゃいませ! ふうりんへようこそお越しくださいました! お客様は……って、藤宮先輩? それに、健斗まで?」

 それまで営業用スマイルを振りまいていたウェートレスは、花織の顔と健斗の顔を見るなり、その笑顔を凍りつかせる。

「やっほぉ琴ちゃん、今日はお客としてきたよぉ」

 満面の笑みを浮かべる花織に対して、健斗と琴音はまるでお見合いをしている男女のように顔を赤らめながらお互いにうつむいている。

 以前知果ちゃんに聞いていたけれど、確かに似合っているじゃないか、琴音の格好……。

 目の前で恥ずかしそうにモジモジしている琴音の格好は、矢絣の着物にエンジ色のはかまという大正時代の女学生のような格好をしており、トレードマークといえるポニーテールにもエンジ色の大きなリボンが巻かれており、まるで『はいからさん』のようだ。

「琴姉ちゃん、早く案内してよぉ」

 そんな二人の様子に、知果は少し頬を膨らませながら着物の袖口をクイクイッと引っ張ると、我に返ったように顔を上げて、再び営業用スマイルを浮かべている。

「は、はい、どうぞこちらに……」

 メニューを持ちながらソソと歩く琴音の姿は、普段家で見るのとは違って新鮮に見え、健斗の目は自然とその姿を見つめてしまっている。

「決まりましたらそちらのボタンを押してお呼び下さい、ごゆっくりどうぞ」

 ペコリと頭を下げる琴音は、一瞬健斗に険しい視線を見せるが、相対的には穏やかな笑みを全員に向け席から離れてゆく。

「フム、今日は客が多いようだな? やっぱりあのテのイベントがあると、みんなの考える事は同じなんだな?」

 辺りを見渡す辻川の視線を追うように健斗が店内に向けると、琴音と同じ格好をしたウェートレスや、詰襟のような格好をしたウェイター数人が忙しそうにホールを飛び回っており、テーブルについている客層は、さっきの会場にいたような怪しげな男連中が多く見える。

 何となくオタク密度が高く感じるが、気のせいじゃないな? うちのサークルの紙袋(サイケデリックな色の髪の毛をした女の子のイラスト付)を持っている人間もいるし……しかし、さっき花織さんが言っていたけれど、確かにこの店の中でも琴音は目立つよな? 他のウェートレスさんには申し訳ないけれど一人目立っているよ。

 それを証明するようにオーダーを一番受けているのは琴音のようで、至る所(主に男)から声をかけられているように見える。

「みんな可愛いけれど、その中でもやっぱり琴姉ちゃんが一番可愛いと思うなぁ、ね? おにいちゃん、そう思わない?」

「あぁ、そうだな」

 笑顔を振りまきながら、オーダーを聞いたり後片付けしたりを一生懸命にこなしている琴音に姿をボンヤリと見つめる健斗が何気なくそう答えると、隣に座った知果と花織の二人の表情は、その頬を同時に膨らませる。

「いま即答じゃなかった?」

 膨れ面の花織が知果の顔を覗き込みながら耳打ちをするように(健斗の耳にははっきりと聞こえるが)言うと、同じように膨れ面をしている知果もコクリとうなずく。

「ウン、即答だった……やっぱりおにいちゃん琴姉ちゃんの事が……」

「だぁっ! 何を言っているんだ、別にそんなんじゃないよ、ただ『可愛い』と聞かれたから、俺は素直に答えただけで、他意は無い」

 ――たぶん……だよな?

 言いよどむ健斗は再び琴音に視線を向けると、そこには仲良さそうにウェイターと話をしている姿が見え、以前琴音と話をしていた事を思い出す。

 確か前に琴音の奴、このバイト先に気になる人がいるような事を言っていたよな?

「どうも辻川君。今日はイベントだったらしいですね?」

 モヤモヤした気持ちで健斗がいると、琴音と話をしていたその男は、フレンドリーな笑顔を浮かべながら辻川に声をかけてくる。

「ども、二瓶(にへい)さん」

 声をかけられた辻川は、スクッと立ち上がり敬意を表するようにペコリと頭を下げると、花織を覗いた三人はキョトンとした顔をしてその人物(近くで見ると結構色男)の顔を見上げる。

「今年の新人さんですか?」

 二瓶と呼ばれた男は、みんなの顔を見回すとニコッと微笑み、初対面であろう冬花や愛美はちょっと恥ずかしそうに頬を染めながらペコリと頭を下げている。

「えぇ、今年は粒ぞろいですよ? みんなに紹介しておくよ。二瓶聡(にへいさとし)さん、masの小説班の元班長だよ、みんなの先輩にあたるね? しかも、今では小説家として作家デビューもしている人だよ」

 そう言いながら、辻川はみんなを二瓶に紹介をはじめると、琴音が料理を持って健斗たちのテーブルに顔を出してくる。

「おまたせいたしました……って、なんで健斗がここに来るのよぉ」

 照れ臭そうな顔をした琴音は、健斗の事を睨みつけながらも、その手はいそいそと料理を全員の手元に並べてゆく。

「何でって、俺が知りたいよ……」

 膨れ面をしながら健斗が答えると、周囲から見えないように琴音はプクッと頬を膨らます。

「知りたいって、ここにあなたがいるのは事実でしょ? もぉ恥ずかしいなぁ、来るんだったら前もって言ってよね?」

「言えばどうなんだよ」

「バイトの時間をずらすなりの対応が取れるじゃない」

 おいおい、そこまでするのか?

「アハ、さっきおにいちゃんったら、琴姉ちゃんの事を可愛いって言っていたよ?」

 口を尖らせている健斗の隣から冷かすように言う知果の言葉に、琴音は膨らませていたその顔を一気に赤らめる。

「ちょ、ちょっと知果ちゃん! あくまでもそれは客観的にだな……」

「――フーン、沢村さんがそんな顔をするなんてはじめて見たような気がするな? いつもニコニコしているというイメージなんだけれど」

 モゴモゴと言いよどむ健斗と、真っ赤な顔をして照れたような表情を浮かべている琴音を見ながら、二瓶は楽しそうな顔をして爽やかに微笑むと、琴音は慌てたようにその顔を二瓶から隠すように手で覆う。

「ヤダ、そんな事を言わないでくださいよ、恥ずかしいぃ」

 顔を手で覆いながら、まるで逃げるように琴音はテーブルを離れてゆき、それを健斗たちは見送るが、ただ一人健斗の事をまるで敵のように見ている視線に気がつく。

 な、なんだって二瓶さんにそんな目で見られなければいけないんだ?

「茅沼君……だったよね? これからもよろしく」

 険しい視線のまま、聡はそう言い手を差し出してくると、健斗は訳がわからないながらも、とりあえずその手を握る。

 どういう意味なんだ?

第十四話へ。