第二十一話 海辺で。



=T=

「海ぃ〜〜〜〜っ!」

 まるでプライベートビーチのように別荘の裏に広がる浜辺に、ライムグリーンのセパレートビキニ姿の知果が嬉々とした顔をして飛び出してゆくと、それを追うように花柄のタンキニ姿の遥が負けじと駆け出してゆく。

「ちょっとぉ、ちゃんと準備運動してから海に入らないと危ないからねぇ!」

 そんな浜辺を走る小柄な二人に声をかけるのは、ホルターネックのビキニに、同じ水色のパレオという格好をした莉奈で、見かけによらないナイスボディーを披露している。

 し、刺激が強すぎるぜ……幼いボディーの二人はともかくとして、幼い顔をしているのに、意外に色っぽい身体をしているんだなぁ……莉奈さんって。

 波打ち際から声をかけてくる小柄な二人組みに対して、莉奈も我慢が出来なくなったのだろう、荷物を健斗に押し付けると追いかけるように駆け出してゆくが、その胸の揺れ方が、先に走って行った二人のそれとは比べ物にならないほどの激しさを見せている。

「この辺でいいんじゃないの?」

 不意に隣から声に振り向くと、大きく盛り上がったグラデーションカラーのビキニだけを身にまとった深雪が、いつものようなニコニコ顔を浮かべながら立っており、その溢れ出している大人の色香に、健斗は鼻の奥にツンとした痛みを感じ、視線をあらぬ方に向ける。

「は、はい……」

 動揺しながらも、健斗はビーチパラソルを砂に突き刺し、レジャーシートを敷いたり、莉奈が置いていったサマーベッドをセットしたりをはじめる。

 ヤベェ、深雪さんって胸が大きいとは思っていたけれど、こんなに大きいとは思っていなかったぜ……しかも、人妻とは思えないようなナイスボディー……理性よ……。

「――健斗先輩……」

 祈るような気持ちでいた健斗の耳に、聞いただけでもわかるような照れた美音の声が聞こえてきて、思わず心の中で舌打ちしてしまう。

 しまった……美音ちゃんもいたんだっけ……確か知果や深雪さんたちと一緒に急遽水着を買いに行っていたけれど……これ以上俺の事を刺激すると……大変な事になってしまうかも……。

 嬉しいような気持ちが大半を占めながらも、青少年ならではの変化を異常なまでに気にしてしまう健斗は、恐る恐るその声のする方に顔を向ける。

「や、やぁ……美音ちゃん……」

 モジモジとしている美音の姿はTシャツにショートパンツと言う姿で、いつもに比べると露出度は多いものの、健斗が予想していたような刺激の強い格好では無い。

 ホッとしたような、ちょっと残念なような……複雑な心境かも……。

「なにをそんなにガッカリしたような顔をしているのかな?」

 思わず感情が表情に浮かび上がってしまった健斗は、どこかトゲのある声に、無意識に背筋を伸ばし、その声の主に振り向くと、そこにはカーキ色のタンクトップにデニムのミニスカートという格好をした琴音が腰に手を当てながら目を眇めて健斗の顔を睨みつけている。

「が、ガッカリって、そんな事ないぞ? って、それより大丈夫なのか?」

 図星をつかれたような格好になっている健斗ではあるが、それ以上に驚いたのは、昨日までついていた松葉杖を使わずに、立っているその姿だった。

 ギプスは海に来る前に取れたのだが、まだ完全に完治したわけじゃないから松葉杖を使っていたのに、なんで今日は使っていないんだ?

 遠慮なくその姿を見つめる健斗の視線に、琴音はやがて恥ずかしそうにその顔を背ける。

「下が……砂浜だから、足首に余り負担にならないから大丈夫、でも、泳いだりは出来ないよ」

 みんなから見えないように顔を背けている琴音の顔は、日差しによるものとは違う赤みが差しており、その声も尻すぼみになる。

「そっか。ウン、よかった、早く良くなるといいよな?」

 しかし、そんな表情を浮かべているとは知らない健斗は、心の底から嬉しそうな顔をして、顔を背けている琴音の頭をポフポフと撫でる。

 ウン、もう怪我をして一ヶ月以上経つからな? 早く良くなってくれるといいよ。

 どこか満足げな顔をしている健斗の事を見つめていた美音は寂しそうに顔を曇らせ、頭を撫でられた琴音はその顔から湯気を噴出しそうな勢いで赤くなっていた。

「琴姉ちゃん泳げないの?」

 さっきまで波打ち際で遥と共に波に戯れていたはずの知果が、いきなり健斗の背中に抱きつくように顔を見せ、その唐突さに矢面に立った琴音は一瞬目を白黒させるが、少し残念そうな顔をしながらまだ包帯の巻かれている自分の足首に向ける。

「ウン、ちょっと残念だけれど仕方が無いよね? その分知果ちゃんは楽しんできてよね?」

 力ない笑みながらも、琴音はそう言いながら知果の顔を覗き込むが、知果は納得がいかないように頬を膨らませる。

「えぇ〜? 琴姉ちゃんだってせっかく新しい水着を買ったのにぃ……」

 プクゥーと頬を膨らませた知果に対して、琴音は少し慌てながら知果のその台詞を打ち消すように両手を振り、一瞬であるが健斗の目尻が垂れる。

 み、水着を買ったって、その足でどうやって着替えるんだよ……てか、なんで泳げないのがわかっていた新しい水着を買ったりするんだ?

「でも、しっかりと着ているんじゃないの?」

 既に全身ずぶ濡れになっている遥の首筋を掴みあげるように、着ているタンキニのヒモを直しながら莉奈が戻ってくると、琴音は慌てたように胸を隠すように腕を交差させる。

「そっ、そんな……」

「だってぇ、琴ちゃんのタンクトップの肩から見えるブラの肩紐って、下着のじゃないでしょ? って言うか、恥ずかしくって肩紐が見えるような格好をしないでしょ? という事は、別に見えても平気なやつよね? ゆえに下は水着姿と言う事を推測するがいかに?」

 名探偵のような口ぶりで言う莉奈の言葉に琴音は、グウの音も出ないような顔をして口をつぐむと、僅かに見える肩紐に知果が気づく。

「あぁ、それって昨日一緒に買った水着でしょ? 胸の所にヤシの木のイラストが入っていてすっごく可愛いやつ。琴姉ちゃんが気に入って買ったやつだぁ」

 まるで琴音の着ているタンクトップをはがしてしまいそうな勢いの知果に、琴音は必死に抵抗しており、本当にその下に着ているのが水着なのか疑問に思う。

 傍目から見ると隠微な光景だよな? 幼い娘(実年齢は中学生だが)が、同性の洋服を脱がそうとしている光景って……違った意味で刺激されるかも。

 既に知果は、琴音の着ているタンクトップを捲りあげ、白いお腹を露にしている。

「ちょっとぉ、知果ちゃんやめてよぉ。泳げないけれど、みんなが海に入っているのを普通の格好をして見ているのもつまらないでしょ? だから着替えたの」

 琴音は観念したように知果の手から離れると、少し息を乱しながらタンクトップを捲り上げ、ライトグリーンの水着を露にし、その光景に健斗は顔を真っ赤に染める。

「でも残念よね? せっかく海に来たというのに泳げないなんて」

 タオルを手に取り、顔についていた水滴を拭いながら莉奈が言うと、その隣で幼い体型を惜しげもなくあらわにしている遥がコクコクとうなずく。

 ――この二人が同い年とは絶対に信じられない……姉妹と言ってもおかしくないぜ?

「ちゃんと準備は出来たようだな? 坊主」

 背後から聞こえるマスターの声に振り向くと、そこには白のワンピース水着の格好のマキが、マスターと腕を組んで立っている。

 すげぇ……さすが元アイドルだ、出る所は出て引っ込む所は引っ込んで……まるでグラビアモデルのようだぜ……。

 白のワンピースは単色で、腰の部分が大きく前に切り込まれていて、胸もその豊満さを強調するようなデザインになっており、まさにマキのためにデザインされたものでは無いかと思ってしまうぐらいに似合っている。

「マキさん……すごい……」

「ハイ……モデルさんみたいですね?」

 年頃の娘二名(琴音と美音)は、まるで神々しいものでも見るようにポケッとマキの姿を見据えており、既に見慣れているのか莉奈と遥はニコニコしている。

「アハハ! それは褒めすぎよぉ、なにも出ないぞぉ?」

 そう言いながらもマキはまんざらでは無いという顔をしていたが、その隣で腕を組んでいる人物(マスター)は呆気にとられたような顔で深雪の事を見つめており、それに気がついたマキはその表情を一気に険しくさせ、まるで般若のような顔を作り上げる。

 おっかねぇ……。

「いや、すばらしいですね……プギャァ?」

 フラフラと深雪に近寄ろうとしたマスターは、マキの足によってその足が砂にめり込む。

 すっげぇ痛そうかも……意外にマキさんってヤキモチ妬きだったりするのかな? ちょっと意外な一面を見たかもしれない。

「おにいちゃん! 一緒に泳ぎに行こうよ!」

 キャンキャンと大人の会話をしているマスターたちはさておき、まだその意味をよくわからない知果は健斗の腕を引っ張り上げようとしている。

「うん! 一緒に泳ごうよ坊ちゃん!」

 反対の腕には遥が引っ付いてきて、構図としては妹二人にせがまれているようだが、その内の一人は立派な成人だと言う事を忘れてしまいそうな時があるよ。しかしここでジッとしているというのも確かに若さを腐らせてしまいそうだ。

「そうだな? ちょっと泳ぐか」

 二人に引かれるがままに立ち上がった健斗は、上に着ていたTシャツを一気に脱ぐ。

「キャッ!」

 きゃ?

 そんな声に健斗が振り返ると、完熟したトマトのように赤い顔をした美音と、頬を染めながらも少し呆れたような琴音の顔があった。

「――あのねぇ、一応ここにはお年頃の女の子が二人いるという事を忘れないでよね?」

 呆れたように嘆息しながら言う琴音の肩を、まるで抱しめるようにし、嬉しそうな顔をした莉奈が顔を向けてくる。

「ケンちゃんって結構良い身体しているのね? 何かスポーツでもしていたの?」

 どこか鼻息の荒い莉奈は琴音の首筋に抱きつきながら、健斗の姿を見つめており、抱きつかれている琴音は、迷惑そうな顔をしている。

「いや、特に何もやっていないですよ?」

「でも、その身体って結構鍛えられていない? ケンちゃんって着痩せするみたい……その厚い胸板に、広い肩幅……ちょっと惚れ直しちゃったかも……」

 どこか熱く潤んでいるような瞳を健斗に向けてくる莉奈の視線に、健斗は照れ臭くなり背を向けてしまい、そんな莉奈に抱きつかれている琴音も、その声にちょっと恥ずかしそうながらも健斗に視線を向けている。



=U=

「なにを読んでいるの?」

 レジャーシートに座り、文庫本を開いている琴音の事を美音が覗き込む。

「ん? あぁ、これ? 小説」

 波打ち際からは健斗や遥、知果と深雪の四人の元気な声が聞こえ、隣のレジャーシートではマキとマスターが気持ち良さそうに甲羅干しをしている。

「ヘェ、琴音ちゃんも小説好きなんだぁ」

 同胞を得たように嬉しそうな顔をしている美音に、琴音は少し気圧されたような顔をする。

 そっか、確か彼女も健斗と同じで小説を書いているんだったわね?

「読むようになったのは最近よ。それまではあまり読まなかった……」

 そう、あたしが小説に興味を持ち始めたのはアイツのせいなのかもしれない……それまでは全然興味なかったのに、付き合い程度に借りた小説が面白くって、いつの間にか読みふけっていたのがきっかけなのかもしれないな?

「アハ、健斗先輩の影響なんですかね?」

「そうかも……」

 おもわず間髪いれずに答えてしまった琴音の言葉に対して、美音の表情が強張った事に気がついた琴音は、誤解を解くように慌てて手を振る。

「か、勘違いしないでね? あたしはただ、小説を買わないで済むからという意味よ? ヘンな誤解をしないでよね? 誰があんな小説オタクの事を……」

 慌てたようにパタパタと手を振る琴音だが、それによって美音の表情から疑念の色が払拭される事がないのは、オンナの勘というものなのかもしれない。

「そう……なの?」

 疑りぶかい美音の視線から逃れるように顔を背けると、膝の上に置かれていた文庫本が砂浜の上に落ち、海からの風にその表紙が捲れる。

「あれ? その小説……」

 先にその本に手を伸ばしたのは美音で、その表情は少し強張っているようにも見える。

「エッ? あぁ、ちょっと恥ずかしいなぁ、少女趣味っぽいでしょ?」

 捲れたページにはちょうど可愛らしい女の子のイラストが描かれており、見た感じだけでは少女マンガっぽくも見え、琴音は隠すようにそれを拾い上げる。

「ん? あっ、いや……そ、そんな事ないよ……」

 明らかに動揺しているような美音に対して、琴音は首を傾げる。

「そう? でも、このお話ちょっといいお話なのよね? って、美音ちゃんはもう読んでいるかな? 『Long Distance』という本で、長距離恋愛のお話なの」

 嬉々と話す琴音に対して、美音は困ったように視線を宙に向けている。

「そ、そうなんだ……ハハハ」

 視線を合わせようとしない美音に、琴音は怪訝な顔を浮かべる。

「うぉ〜い琴音ぇ、ちょっとタオルをとってくれぇ」

 全身ずぶ濡れになっている健斗が上がってくると、琴音は再び頬を赤く染めながらも近くにあったタオルを取り上げ、乱暴に健斗に対して投げつける。

「あたしはあんたの小間使いじゃないのよ? ったく、ゆっくりと本を読む事すら出来ない」

 投げつけられたタオルは見事に健斗の顔面に巻きつき、ワタワタとそれを剥ぎ取ると、膨れっ面をした健斗の顔があらわになる。

「何も投げつける事ねぇだろ?」

 髪の毛から水を滴らせながら、健斗はその膨れっ面を琴音に突きつけると、ポタリとその水滴が琴音の腕に落ちる。

「ちょっとぉ、本が濡れちゃうでしょ!」

 慌てて本を健斗の体から離すと、さすがに申し訳無さそうに健斗は顔を離すが、どこか腑に落ちないような顔をする。

「わりぃ……って、だったら海岸になんて持ってこなければいいべ?」

「だって、みんなが楽しそうに遊んでいるのを見ているだけじゃあつまらないじゃない」

 ベェッと舌を出し琴音に、気圧されたような顔をする健斗、そんな二人のやり取りを、美音は少しつまらなそうに見つめ、

「すごく仲良さそう……健斗先輩と琴音ちゃん……」

 小さな声でボソッと呟くが、その台詞はしっかりと健斗と琴音の耳に届き、一瞬二人は見つめ合ったかと思うと、息を合わせたようにその顔を同時に真っ赤に染める。

「な、なに言っているの? あたしと健斗が仲良いだなんて……ねぇ」

「あ、あぁ、これで仲が良く見えるのなら、世の中から紛争というものが無くなると思うよ」

 二人の口からは否定の言葉しか出てこないものの、その顔はお互いに真っ赤になったままで、その言葉の説得力を弱めている。

「そうですか?」

 首を傾げる美音に対し二人は、

「「そうですっ!」」

 まさに息を合わせたように言い、美音は気がつかれないように小さく嘆息し、琴音の手元に置かれている文庫本に視線を向ける。

『――あの人は遠くに行ってしまったのか? 物理的だけではなく……』

 呟くように言う美音のその台詞は、周囲の波音に消されてしまい、健斗や琴音の耳に届く事はなく、キョトンとした二人の顔だけが美音に向けられていた。



=V=

「おなかいっぱぁ〜い」

 海辺でのバーベキューを終えると、幸せそうな顔をした知果と遥は水着という事を忘れているのか、それとも健斗が男であるという事を忘れてしまったのか、自分のお腹の辺りをさすりながら満足そうな顔をしている。

 おいおい、知果はともかくとして、遥さんの場合、そうは見えないけれども俺よりも年上なんだろ? お年頃の女の人のそういう姿を見たくないかも……。

 鉄板を片付けるマスターをよそに、大人の女性(深雪とマキ)は既に缶ビールを片手に、日焼けしたのとは違う赤ら顔を見せており、健斗はその様子に少しマスターに同情してしまう。

「そぉいえば、美音ちゃんは泳がないの? 琴音ちゃんが泳げないのは仕方がないとしてぇ」

 既に成人している遥は、缶ビールを持ちながら(傍から見ると未成年が飲酒しているようにしか見えないのだが)、少しトロンとしたような視線を美音に向けている。

「ウン、そうだよ。美音姉ちゃん、一緒に水着を買いにいった時に最後まで一番悩んでいたじゃない? あの水着も可愛かったよね?」

 思い出すように虚空を見上げながら知果が言うと、その小さな知果の身体を抱しめるようにやはりトロンとした顔をしている莉奈が顔を突き出してくる。

「そうなの? 美音ちゃんって結構な巨乳ちゃんだと思うから、生で見て見たいわね?」

 きょ、巨乳って、まるでセクハラ上司みたいな事をいわんで下さいな莉奈さん……なるべく考えないようにしていたのに、そんな事を言われると……ヘンに意識しちゃう。

 顔を赤くしているのは、健斗だけではなくその台詞の矢面に立った美音も同じ事だ。

「莉奈ちゃん良い勘をしているわねぇ、洗濯をした時に美音ちゃんのブラを見てそれはビックリよ、さっき着替えの時にその生乳見て迫力を感じたわぁ」

 な、生乳って深雪さん……確かに大きいかなという感じはしたんだが、そんなに?

 無意識にグビビと生唾を嚥下する健斗に対し、琴音はつまらなそうに口を尖らせる。

「な、何を言っているんですかぁ、あたしは……そのぉ…………」

 対する美音は恥ずかしそうに視線をうつむかせながら、チラリとそっぽを向いている健斗の顔を見つめるが、やがて強引にTシャツをマキの手によって捲り上げられ、反射的に悲鳴をあげてしまい、その声にその場にいる全員の視線を浴びる事になってしまう。

「いいじゃないのよぉ、別に減るもんじゃないんだし、オンナの身体は男に見られて成長していくものなのよ? バンバン見せなさいよぉ」

 既に酔っ払いのオヤジ化しているマキは、遠慮なく美音のTシャツをめくり上げ、その下に隠されていた水着をみんなの前に露にする。

「ちょ、ちょっとマキさん、わかりましたからぁ、そんなに乱暴にめくりあげられちゃうと水着まで取れちゃいますからぁ」

 確かに美音の訴えるとおりに、めくりあげるマキの手は美音の水着までめくりあげてしまいそうな勢いで、現に日に焼けていない美音の白い肌は、普段隠されていなければいけない所まで露になってしまいそうなほどで、グループの中で異性である健斗とマスターの視線は、着痩せしている大きな盛り上がりの一箇所に集中してしまう。

 一瞬マキさんに対して応援をしてしまったぜ……それは仕方がないよね? 俺だって健全な男子なんだからさ。

 僅かながらも自分に対して言い訳をする健斗は、上に羽織っていたTシャツを脱がされ、幾何学模様のセパレートビキニという格好になってしまった美音から、照れ臭そうに視線を外していながらも、視野の片隅では、持ち上がってしまった水着を直す美音の姿を追い続けている。

 色っぽいよなぁ……高校時代には絶対に見る事の出来ない光景だぜ。

「ふえぇ、本当に大きいなぁ、美音姉ちゃんのオッパイ……」

 ため息交じりの知果の声。

「……確かあたしよりも年下だったわよね?」

 いえ、あなたの方が年下のように見えますと健斗が心の中で呟いてしまう遥の声。

「羨ましい……高校三年生でそのボディー……少し分けてもらいたいよ……」

 そんな事ありません、あなたも中々ですよと思うボディーを持つ莉奈の声。

「あらぁ、そうかしらぁ、あたしだってまだまだ若い人には負けていないわよぉ」

 ……色々な意味で出来上がっているボディーを、惜しげもなく晒す深雪の声。

「あたしだって負けないわよ? たかが高校生に負けていられますかって!」

 大人げもなく、完全に出来上がっているボディーをさらに強調するように胸を持ち上げながら、美音に張り合うマキの声。

「確かに…………迫力あるかも……」

 明らかにそれに対して脱帽したように言う琴音の声。

「そんな事を言わないで下さいよぉ、あたしにとってはちょっとコンプレックスになっている所もあるんですからぁ……」

 明らかに動揺したような声をあげる美音の声に、健斗はその視線を上げると、みんなが言うとおりに、迫力のある盛り上がりを見せつける美音の姿があり、普段では見る事のできないその場所に思わず視線が向いてしまう。

「あぁ、ケンちゃんたらぁ、そんな大胆に見つめちゃってぇ、お姉さんのも見てよぉ」

 強引に健斗の視線の間にその身体を割りもませる莉奈は、わざと自らの胸を持ち上げ(こちらも中々なボリュームあり)、それを見せ付けるようにゆらゆらぁんと揺らしており、その光景も健斗の鼻の奥にツンとした感覚を覚えさせる。

 そんな刺激的な格好をされると、流血の惨劇になってしまうよ……。

「だったらぁ、あたしもぉ」

 タンキニの胸を持ち上げようとしているのか、遥も盛り上がりにかなり乏しい胸をフリフリと動かしているが、先の二名に比べると明らかにボリュームが足りない。

 あっ、なんとなく収まったかも……。

「あなたのそんな幼児体型のボディーを見て興奮なんてしたら、それで危険だと思うけれど?」

 茶化す様な顔をしてマキはそう言い、遥の顔を見つめる。

「あたしだってもう二十三歳なのよ? ねぇ坊ちゃん……って」

 いじけた様な顔をした遥は、助けを請うような顔で健斗の顔に視線を向けるが、その表情は明らかにそれまでの美音や莉奈に対する反応とは違って、平然としており、その表情に、ガラの悪いハコフグのように目を眇め、その頬は今にも破裂してしまいそうなまでに膨らんでいる。

「ん?」

「やけに平然とした顔をしているように見えるんですけれど? 坊ちゃん……」

 迫力すら感じるような視線を向けてくる遥に対して、健斗は一瞬怯んでしまう。

 へ? ひょっとして何かまずい事でも俺言っちゃったのかな?

「…………あのねぇ、あたしは坊ちゃんよりも年上のレディーなのよ? 確かに莉奈や、美音ちんよりもちょっとボリュームは落ちるかもしれないけれど……莉奈はどうかわからないけれども、少なくとも美音ちんよりは経験はあると自負しているわよ?」

 シナを作りながら、健斗に擦り寄る遥に莉奈は軽く肩をすくめ、美音は真っ赤な顔をして、既に蚊帳の外のようになっている琴音は、どこか不機嫌そうな顔をしてその様子を見守る。

 経験って……何の経験なんだか……聞かないでおこう。

「琴音ちゃんもぉ、一人だけそんな格好をしていないで、みんなと同じようにぱぁ〜っと脱いじゃいなさいよぉ〜」

 既に酔っ払い化している深雪はそう言いながら、琴音の着ているカーキ色のタンクトップの裾を持ち、一気に引き上げると、予想だにしていなかったその暴挙に、無防備だった琴音はいとも簡単にその素肌を健斗の目の前に露にする。

 だぁぁっ! そんな心の準備も出来ていないのに、いきなりそんな刺激的な光景を見せられると、おれ自身が危険な事になってしまうよ?

 何の前触れもなく、いきなり目前に琴音の日焼けの跡がくっきりと付いている素肌を見せられ、健斗は再び鼻の奥に血流が集中する感覚に襲われる。

「ちょっ、ちょっと深雪さんったらぁ!」

 あまりにも突然の事で、琴音は深雪のその行為を抑える事ができず、されるがままだったが、短く切っている深雪の爪が、水着の結び目に引っ掛かったのであろう、首筋で結わかれていたヒモがはらりと解けてしまい、ライトグリーンにヤシの木のワンポイントの入っている水着は、地球の重力の素直に従い落ちてゆき、その水着が防衛しなければいけない白すぎるほどの素肌にワンポイントの入っている場所までも露にしてしまう。

「ヘッ?」

 運がいいのか悪いのか、健斗の視線はまさにスローモーションで落ちてゆくライトグリーンの布に向けられており、その布が消え去ってしまった途端に目に入ってきたものは、何も覆う物が無くなってしまった琴音いわくCカップの胸。

 白い肌に……ピンクのコントラスト……。

 その瞬間、健斗は頭の中がまるで沸騰したような感覚に襲われ、鼻の奥はそれまでに感じていたのとは違った違和感を覚えると、鼻から生暖かい液体が流れ落ちる。

「キャァ〜ッ! って、ちょ、ちょっと、健斗! 鼻から……」

 あられもなく胸を露出してしまった琴音は慌ててそこを押さえ、目に涙を浮かべながら健斗の事を睨みつけるが、その視線の先には流血し、のぼせきっている様な顔をした顔があり、膨れっ面のままで、慌てた声を上げてしまう。

「あらあら、健斗クン。やっぱり若いのね?」

「あぁ、ケンちゃんたらぁ、琴音ちゃんのオッパイ見て鼻血を出しているぅ。えっちぃ」

 琴音の水着を直しながら深雪はアルコールによって赤らんでいる顔を、それ以上鼻血が垂れないように空を向く健斗に向け、顔に出ていないだけなのだろうが、その言動は明らかに酔っ払っている莉奈は、ヘラヘラしながらそのわき腹を突っついてくる。

「ちょっと先輩大丈夫ですか? すこし横になった方がいいかもしれませんね? 日射病かもしれないし、横になった方が早く治まると思うので……」

 メンバーの中で唯一健斗の事を心配そうに見ていた美音は、そう言いながらレジャーシートの上に置いてあった荷物を横にどけて、健斗が横になるスペースを作る。

「ったく、仕方がねぇなぁ、つっぺでもかっておけ」

 既にいい色に日焼けしたマスターは、呆れながらも同情したような不思議な表情を浮かべながら、ティッシュを健斗に差し出す。

「つっぺ?」

 聞き慣れない言葉にキョトンとしているのは美音で、その視線に気が付いたマスターは、ちょっと照れたような表情を浮かべる。

「あぁ、そうか、内地ではそういう言い方をしないのかな? 北海道では、鼻血が出た時に使う鼻栓の事を『つっぺ』って言うんだ。こうやって……」

 そう言いながらマスターはティッシュをねじり、それを健斗の鼻から流血している場所に力任せに突っ込むと、悲鳴ともうめき声とも聞けない健斗の声がする。

「フガガガ……」

 格好わりぃなぁ……美音ちゃんにだらしのない所を見せちゃったよ。しかし、琴音の胸を見ただけで鼻血を出すなんて……溜まっているのかな? 俺……。



「落ち着いた?」

 自己診断によって起き上がる健斗に対し、隣で文庫本を読んでいた琴音が、いまだに呆れたような声をかける。

「あぁ……なんとかな……」

 正直言ってバツが悪い……裸を見られた女の子と一緒に、それを見て鼻血を出した男が並んで座っていると言う光景は、かなり滑稽なんじゃないかな?

 開いていた文庫本にしおりを挟み閉じる琴音の視線は、いまだ健斗に向く事はなく、健斗の視線も琴音に向く事は無い。

「…………」

「…………エッと……ゴメン…………」

 鼻に差し込まれていたつっぺ(鼻栓)をはずし、既に垂れてこない事を確認した健斗は、視線を海岸で無邪気に遊んでいる女の子たちに向けたままで声をかけるが、琴音からそれらしい反応は無く、沈黙は鉛のように重く健斗に圧し掛かってくる。

「…………謝る事ないじゃん……事故よ……」

 波音にかき消されそうな琴音の声に、うつむきかけていた健斗の首が持ち上がり、そこで初めて琴音の横顔に視線が向く。

 なんだ? 琴音のやつ絶対に怒っていると思っていたのに……。

 その横顔は、とくに健斗の事を攻めるような事も無く、いつもと同じような穏やかな視線を波まで知果と一緒に遊んでいる美音に向いていた。

「でも、この代償は高くつくわよ? 慰謝料として今度おごってもらわないと……そうねぇ、函館山の麓にある『カフェペルラ』で、ケーキセットなんてどうかしらね?」

 ニコッと微笑みながら琴音の視線が健斗に向くと、その表情に、健斗の表情もやっとの事で和らぎ、完全に身体を起こす。

「ホント、高くつきそうだな? でも、それなりの見返りを貰ったからよしとするかな?」

 冷やかすように言う健斗に、琴音は顔を真っ赤にしてその顔を睨みつける。

「健斗のエッチ! スケベ! 変態! そんな事を言っていると美音ちゃんにある事無い事言っちゃうぞ? ロリコンのオタクだとか……」

「ちょっと待て、誰がロリコンのオタクなんだ?」

「だってぇ、知果ちゃんの事が大好きでしょ? それにコスプレなんてする立派なオタク!」

 いろいろな健斗の負の部分を探るように話す琴音に、健斗は慌ててその口を手で覆う。

「滅多な事を言わないでくれ! それじゃあ本当の変態になっちゃうぜぇ!」

 すっかりいつもと変わらない様子の健斗と琴音の様子を、波打ち際から美音が寂しそうな顔をしてみていた事に二人は気がついていなかった。

第二十二話へ。