第二十五話 繋がる気持ち



=T=

「俺、お前の事が好きなんだ……」

 何の脈絡も無く、いきなり告白をされた琴音は、その感情を表情に出す事ができず、ただボンヤリとした顔をするしかできなかった。

 いま健斗はなんて言ったの? オマエノコトガスキ? お前って、あたしの事? 誰があたしの事が好き? 健斗? 健斗があたしの事が好き?

 渦巻くような感情はあっという間に琴音の思考能力を奪い去り、自分の置かれている立場がまるでテレビの向こう側で演じられているドラマの一場面のように感じる。

 嬉しい? あたし嬉しいの? ウウン、困っている、嬉しいのに困っている。なんで? こんな感情が人間に生まれるはずが無いじゃない……。

 困ったような表情と嬉しいような表情が入り混じっている琴音の事を、健斗は怪訝な顔をして覗きこんでくる。

「エッと……琴音さん?」

 ピクッと肩を反応させるも、複雑な表情はそのままの琴音。

 わからない……なんて答えていいのかわからない……たぶんあたしの気持ちは健斗と同じだと思う、でも、あたしには健斗に好かれる資格はない……。

「おにいちゃんっ!」

 真意を伝えようと口を開きかけると、血相を変えて知果が部屋に飛び込んでくる。

「ち、知果? どうしたんだ?」

「お父さんが……倒れたって……」

 目に涙を浮かべる知果はそう言いながらも、どうしていいのわからず、かなり動揺しているようで健斗に抱きついてくる。

「倒れたって……深雪さんは知っているの?」

 あまりにも突然の事に隣で琴音も見守るように知果の顔を覗き込むが、その小さな頭は横に振られ、健斗は知果を連れ部屋を出てゆき、それに遅れて琴音もついてゆく。

 倒れた? 知果ちゃんのお父さんという事は深雪さんの旦那さん……出張ばかりで、あたしも数回しか会った事はないけれど、優しい顔をしている人という印象がある。

「深雪さん!」

 リビングに駆け込んだ健斗は、まだその事を知らずキッチンで夕食の支度をしている深雪に声をかけ話しだすと、いつもはホンワカとした顔をしている深雪の表情が徐々に強張ってゆく。

 自分の旦那さんがそんな事になっていれば心穏やかなはずないわよね?

「琴音っ! 深雪さんと知果の荷造りを一緒に手伝ってあげてくれ、俺はネットで飛行機の空席状況を調べてくる! それが終わったら連絡先を把握しておいてくれ」

「ハ、ハイ!」

 テキパキと指示を出す健斗に気圧されするように琴音は、右往左往している深雪と知果を促しながら荷造りをはじめる。

 すごいなぁ健斗って、こんな状況でもきちんと指示を出す事ができるなんて。きっとあたしだったら二人と同じように慌てふためいちゃって何もできなくなるかもしれない。

 目の前で着替えをカバンにつめる深雪と知果はその顔色を無くしており、どこか手元も震えているようにも見える。

「大丈夫ですよ深雪さん、きっとおじ様も出張の疲れが出たんですよ、だからそんなに心配をしなくっても大丈夫です!」

 根拠はない、でも、あたしはこう言うしかない。せっかく健斗が一生懸命色々としているのに、あたしまで心配をしちゃったら二人はもっと不安になってしまう。

「ありがとう琴ちゃん……」

 励ますように言う琴音に、深雪は力ないながらも笑みをこぼす。

「函館発東京行きの最終便のチケットをキープした、いまからなら間に合う」

 ドタドタという音を立てながら階段を降りてくる健斗は、そう言いながら踵を返してリビングを出ると、窓の外からエンジンの掛かる音がする。



「これがチケットの予約番号だ、カウンターに行ってこの番号を伝えればチケットを受け取る事ができる。俺は車を駐車場に入れてくるから」

 函館空港の前に車を寄せ健斗からメモを預かるとその中を確認し、コクリと首を縦に振る。

「そんな顔をするな、一番心配をしているのは深雪さんと知果なんだ、周りにいる俺たちがしっかりしていないと余計パニックになる、だから頼んだぞ? 俺も車を入れたらすぐに向かうからそれまで何とか凌いでいてくる」

 励ますように健斗は琴音の肩をポンと叩き車を発進させ、まだ緊張した色が取れきっていない琴音は深雪と知果に歩み寄る。

 そうよね? あたしがしっかりしないと……。

 既に出発便が残り少ないため、空港内は閑散とした雰囲気が漂っており、出発カウンターに並んでいる人も無く、琴音は心の奥でホッとため息を吐く。

「スミマセン、東京までの最終便をこの番号で予約してあるんですけれど」

 少し息を切らせながら健斗に言われたとおりカウンター嬢にメモを見せる琴音。その横では心配したようにその様子を伺っている深雪と知果。

「ハイ、既に機内への案内をはじめておりますので、お急ぎ二階にお越し下さい」

 発券された二枚の搭乗券を受け取ると、慌ててエスカレーターに乗り、既に一行だけしか掲載されていない電光掲示板の元を小走りに手荷物検査場に向かう。

「じゃあ琴ちゃん、後で状況をきちんと連絡をするから。本当に助かったって健斗クンにも伝えてあげてね? じゃあいってきます」

 東京までの道ができた事によってなのか、深雪の表情にはいくらか余裕が見えるようになり、その言葉に琴音もコクリとうなずき、いまだに不安そうな表情を浮かべている知果の頭をクシャッと撫で、腰を曲げて顔を覗き込む。

「知果ちゃん、そんな不安そうな顔をしないの。向こうに着いたらお父さんに甘えて来れば? そうすればお父さんだってすぐに良くなると思うぞ?」

 ウィンクする琴音に、やっと知果は表情を和らげる。

『東京行きはまもなく搭乗締め切りになります、ご利用の方は……』

 ガランとした出発ロビーにアナウンスが響き渡り、その声に促されるよう二人は手荷物検査場を抜けてゆき、それと入れ替わるようにエスカレーターから健斗が姿を現す。

「間に合ったみたいだな?」

 息を切らしている健斗に琴音はコクリとうなずき、大きな窓の向こうで飛行機に乗り込む深雪と知果を見送る。

「おじ様、たいした事が無いといいね」

 二人の姿が消えた瞬間、それまでずっと心の中でくすぶっていた言葉をやっとの思いで吐き出す事ができた。

「あぁ、会社で倒れたらしい……詳細は良くわからないけれど、でも、たいした事が無い事を祈るよ……しかし、最終便に間に合ってよかったよ、そうでないと明日まで不安な気持ちのままでいなければいけないからな?」

 なんだ、健斗も同じだったのね? 不安なのにそれを臆面も見せないなんて……ウフ。

 思わず笑みがこぼれてしまう琴音に首を傾げる健斗だが、やがてそれまでの慌しさを落ち着けるようにゆっくりと駐車場に向かう。



「さて、夕飯をどうしようかな?」

 運転席でやっと落ち着きを取り戻したのか、健斗がため息混じりにそう言うと、琴音もそれまでの慌しさに忘れていた空腹感を思い出す。

「そうね、深雪さんはまだ夕飯の支度をしている真っ最中だったみたいだから、きっと帰っても何も無いと思うわね? なにか途中で買って行く?」

 深雪さんの後をついで作るのもいいけれど、なんだか疲れちゃってそんな気分にもなれないわよね? であれば何かを買って帰るのがベストだと思う。

「賛成だ……落ち着いたら腹が減ってきたぜ……食って帰るもよし、弁当を買って帰るもよし、ここは琴音に任せるよ」

 運転席で首をポキポキと鳴らす健斗に、助手席に座る琴音はクスッと微笑む。

「食べて帰るとなるとちょっと遅くなっちゃうから、お弁当を買っていこうよ」

 そう言いながら琴音は現在地を把握するよう助手席で身を乗り出し、頭の中に浮かんでいる目的地と現在地をマッチングさせる。

「いいけれど、どこかお勧めのお店でもあるの?」

「任せて、まだ健斗も食べた事が無いと思うから。あそこの弁当はなまら美味しいんだから」

 ポンと胸を叩く琴音に、健斗は納得したような表情を浮かべる。

「らじゃ、琴音がそう言うのならよほど美味しいんでしょ? 期待させてもらうよ。それではナビをよろしくお願いします」

 ハンドルを握り直し、おどけたように言う健斗に琴音も笑みを浮かべる。

「アハ、したら……その信号を斜め左に入ってくれる? して突き当たりを右」

 琴音がバイトをしている『ふうりん』のある信号を細い道に入るよう琴音から指示が出され、怪訝な顔をしながらも健斗はハンドルをさばく。

「こんな道良く知っているなぁ、俺も知らなかったぜ」

 幹線道路とは違って所々アスファルトが剥げているようなデコボコの細い道を走らせながら、関心顔をする健斗に対し、琴音は少し自慢げな表情を浮かべる。

「エヘへ、この辺りの道はほとんど自転車で走り尽くした感があるからね? 任せておいて」



「ヘェ、ここがそうなんだぁ」

 まだ多くの車が止まっている駐車場に車を止めた健斗は、大きく『やきとり弁当』と書かれている看板を見上げる。

「そう、知っている? 『ハセガワストアー』って」

 助手席から降りた琴音は、関心顔をしている健斗の顔を覗き込む。

「あぁ、前に知果ちゃんに聞いた事はある。確か鶏肉じゃなくって豚肉を使っているお弁当を売っている店でしょ? 聞いた事はあるけれどまだ食べていないなぁ」

「ダメだなぁ、もう函館に来て半年になるんでしょ? コレを食べずして函館を語るになかれよ、早く行こうよ、もぉお腹がペコペコだよぉ」

 車を降りた時から既に二人の空腹を刺激するような香りが漂っており、琴音は我慢ができないと言うような顔をして健斗を促す。

「わかったよ」

 苦笑いを浮かべながら琴音の後をついてゆく健斗は、店内に通じる扉を抜けるとさらに良い香りが二人を包み、思わず健斗のお腹はグゥッと反応してしまう。

 良い匂いだなぁ、へぇ『やきとり弁当』以外にも色々な種類のお弁当があるんだな?

 所狭しに並べられているお弁当は種類が豊富で、それがどれも美味しそうに見える。

「健斗、こっちだよ」

 手招きをする琴音に向くと、そこにある厨房では香ばしい匂いと共にモクモクと煙が立ち昇っており、既に数人がその前で列を成している。

「ヘェ、『やきとり弁当』でも何種類かあるんだね? どれも美味そうだなぁ」

「そっ、最近増えてきたわね? サイズもそれぞれあるし、味付けも『塩』や『タレ』など色々あって甘辛い『タレ』が一番人気あるみたいだけれど、あたしは『塩』が一番好きかな? どっちも食べたいという人は『シオダレ』や裏技で『ミックス』というのもあるの。ねぇ、健斗は何にするの? あたしは『中の塩』かな?」

 待ちきれないというような顔をする琴音に健斗は苦笑いを浮かべる。

「じゃあ、俺は『大の塩』にしようかな? 琴音のお勧めに間違いはないだろうから」

 満面の笑みを浮かべる琴音は、少し背伸びをして厨房にいる店員さんにオーダーをし、健斗は店内を見て回る。

 本当にコンビニみたいだな? 雑誌が置かれていたり、生活用品が置かれたり、お酒も置かれている……名前の通り『スーパー』だな?

 商品が豊富に置かれている店内を見て回っていると、いきなり背後から声が掛けられる。

「健斗さん?」

 振り向くとそこには、三つ編みおさげにメガネをかけた由衣がキョトンとした顔をして健斗の事を見上げている。

「やぁ由衣ちゃん、どうしたの? こんな時間にこんな所で」

 買い物カゴを持っている由衣は恥ずかしそうにそれを背後に隠すと、キョロキョロと辺りを見回し、やがて琴音の姿を見つけたのか少しガッカリしたような顔をする。

「ハイ、ちょっと買い物に……あたしの家ここから近いんですよ……健斗さんは……そのぉ、琴音と一緒にお買い物ですか?」

 チラッと琴音に視線を向けながら言う由衣に、健斗は苦笑いを浮かべながら答える。

「まぁね、ちょっと色々とあって弁当の買い出しだよ」

「エッ? だって深雪さんは?」

 驚いた顔をする由衣はまるで健斗に掴みかかるような勢いで顔を向けると、その勢いに気圧されたように身を反らしてしまう。

「いや……ちょっと旦那さんの具合が悪くって東京に行ったんだ。それを空港まで送ってきた帰りが今という事なんだけれど……」

「知果ちゃんは?」

「深雪さんと一緒だけれど……」

 さらに詰め寄ってくるような由衣の勢いに健斗は思わず後退りしてしまう。

 すげぇ迫力……由衣ちゃんってこんなに迫力があったっけか? さすが琴音の友達を長くやっているだけあるよ。

 苦笑いを浮かべる健斗だが、しかし由衣の表情は相反してあっという間に曇る。

「茅沼様ぁ、お弁当二つでお待ちの茅沼様、おまたせいたしました」

 厨房からの声に反応したのは健斗だけではなく、その前で待っていた琴音と、健斗の目の前で顔色を失っている由衣も激しく反応する。

「茅沼様? お弁当二つぅ? 琴音ぇ?」

 単語しか発しない由衣に対して首を傾げる健斗の元に、『ハセガワストアー』のマスコットなのか豚のイラストが描かれている弁当を持った琴音が近寄ってくる。

「健斗おまたせ……って、由衣?」

 嬉しそうにほころばせていた表情を、由衣がそこにいるという事に驚き引きつらせる。

「何よ……あたしがこの近くに住んでいるのは琴音だって知っているでしょ?」

「そ、そうよね……うかつだったわ」

「なにっ? 何か言った?」

 眉間にシワを寄せ、いまにも噛み付きそうな勢いの由衣に、さすがの琴音もタジタジの表情を浮かべる。

「なんで琴音が健斗さんの苗字を語って『とり弁』を買っているの?」

「べ、別に語ってなんか無いわよ……ここまでつれて来てくれたのが健斗だったから……」

 シドロモドロになりながら返答する琴音の顔を、疑い深く覗き込む由衣、その視線を正面から見る事ができなくなり逸らしてしまうと、さらい疑い深い視線が由衣から発せられる。

「な、何よぉ、別にやましい事なんて無いわよ?」

「フーン……健斗さんと二人っきりでも?」

 クイッとかけているメガネを上げ、その奥にある目を眇め、疑い深そうな視線を向ける由衣の言葉に、健斗と琴音は思わず顔を見合わせてしまい、すぐにその顔をお互い違う方に向ける。

 そうだ、さっきまでバタバタしていたせいで気がつかなかったけれど、深雪さんと知果がいないという事は、あの家で俺は琴音の二人っきりという事になる……喜ぶべき事なのか、それとも困るべき事なのか……非常に微妙だ……。

 チラッと琴音に視線を向けると、ちょうど琴音も健斗に視線を向けている所だったらしく慌ててそれを逸らし、うつむいてしまう。

 それに……俺はさっき琴音に告白したんだよな? なんとなく流れで告白しちゃったけれど、はっきりとした回答は琴音に貰っていない。

 二人で押し黙ってしまう様子に、由衣は痺れを切らしたように言う。

「ちょ、ちょっとぉ、なんで二人してそんな良い雰囲気を作っているのよぉ」

「い、良い雰囲気なんかじゃないわよ……どちらかというと気まずい雰囲気?」

 慌てて否定をする琴音の意見に、健斗も思わずうなずいてしまう。



=U=

「ただいまぁ」

 誰も出迎えの無い黒石家は当然の事ながら真っ暗で、さっきまでの慌しさが嘘のように静まりかえり、玄関先で声をかける琴音の声が家の中に響き渡る。

 そうよね? 誰がいるわけでもない、今日からあたしと健斗の二人っきり……。

「だぁ、疲れたぜぇ、とりあえず先に飯を食っちゃおうぜ? せっかく熱々のお弁当なんだからさ。俺はとりあえず風呂を沸かしてくるよ」

 ハセガワストアーでの由衣の一言に少し気まずい雰囲気になりかけたものの、帰りの車の中の健斗はいつもにも増して饒舌になっており、帰ってきてからもその勢いは収まる事無く、弁当をテーブルの上に置くと、一目散にボイラーのある風呂場に向かってゆく。

 たぶん健斗も気を使ってくれているんだと思う。いつもと同じように接してくれているのかもしれないけれど……本当に不器用な男ね? かえって気を使っちゃうよ……ってそれはあたしの気持ちのせいなのかな?

 いそいそと動く健斗を見ながら琴音はクスッと微笑み、お茶の準備をはじめる。

 だって、うやむやになっちゃったけれど、あれは確かに健斗からの告白だったわよね? あたしは? あたしの答えは……。

「あっ、琴音も疲れているんだろ? お茶なんていいからこっちに来て一緒に食べようぜ? 俺はビールでも飲むし、琴音はチューハイでも飲むか?」

 風呂から姿を見せた健斗は、お茶の支度をしている琴音にそう声をかける。

「ちょっとぉ、あたしも未成年だし、健斗だって厳密にはまだ未成年でしょ? 未成年が未成年にお酒を勧めないの、お酒は二十歳を過ぎてから」

 プゥッと頬を膨らませる琴音に健斗は苦笑いを浮かべてリビングに戻ってゆき、琴音もため息を吐きながらそれを追う。

「しかし腹減ったなぁ……それにこの匂いにさっきから腹が反応して仕方が無かったんだよ。車の中で何回鳴ったか、琴音だってそうだろ?」

 待ちきれないようにとり弁のフタをあけ、その中身を見る健斗の表情はまるで子供のような笑顔を浮かべていた。

「失礼ねぇ、あたしは健斗みたいにお腹をグゥグゥ鳴らしなんかしませんよぉ〜だ。こう見えても女の子なんだからね? あまり失礼な事を言わないでもらいたいわ」

 口を尖らせる琴音だが、既に健斗は割箸を割り中身を吟味している。

「うはぁ〜、美味そう。串に刺さった豚精肉がのり弁の上に乗っかっているって感じというのかな? シンプルだけれどこれは美味そうだ」

 フタを開けた事によってリビング中にとり弁の良い匂いが広がり、健斗ではないが琴音もお腹が鳴ってしまいそうになる。

 まったく、どこまで本気なんだかわからないよ、健斗の奴いつもと同じなんだから……でも、お腹が空いたのは間違いない事だし、まずは腹ごしらえね?

「健斗、とり弁には食べ方があるの。教えてあげるね? まずお弁当箱に溝があるでしょ? その溝に串を乗せてフタをするの」

 実践する琴音のやり方を真似るように健斗も串を乗せフタを閉じる。

「したら、フタを押さえながら串をこうやってクリクリってまわすと……ほら、串だけが取れるでしょ? そしてフタを開けると肉だけがご飯の上にのっているという寸法なのよ」

 弁当箱から串だけを抜き去りフタを開けると、ご飯の上に肉とねぎが乗っかり食べやすくなっており、健斗は感心した顔をしている。

「コレを考えた人は天才だね? さてお味は……」

 豪快にご飯とノリ、お肉を口の中にかっ込む健斗の様子を琴音は少し驚いたような顔をするが、自分もすぐに箸を進める。

「美味いっ! ただの塩コショウだけの味付けかと思ったけれど、ほんのりとガーリックの香りがして食欲をそそられるし、肉の味も最高だぁ」

 満面の笑みがその味を物語っており、その表情に琴音もつい顔をほころばせる。

「でしょ? この『やきとり弁当』は函館出身のロックバンド『GLAY』や、テレビ番組で一躍有名になった函館名物なの。さっき行ったお店は『中道店』というお店で、あそこの近くに『やきとりセンター』というのがあるの。そこで玄米で仕入れたお米を精米してお店に出しているみたいね? ネギや精肉もそこで加工して函館にある店舗に送っているの。だからいつでも美味しい『とり弁』が食べられるという事なのね?」

 モゴモゴと口を動かしながら琴音の説明を聞く健斗だが、すぐにその弁当箱の底が見え始め、あっという間に完食してしまう。

 すごい食欲……さすが男の子ね?

「ゴチ! はぁ〜美味かったぁ、これなら毎日食べても飽きないぜぇ」

 お腹をさすりながらテレビをつける健斗に、琴音は苦笑いを浮かべる。

「健斗ぉ、なんだかその仕草あたしのお父さんみたいよ? ちょっとオヤジ臭いかも……」

「ヘ? マジ? ヤベェなぁ……一人で住んでいる時はいつもこうだったから……気がつかないうちにやっていたかもしれん、気をつけよ」

 姿勢を正す健斗に、琴音は思わず吹き出してしまう。

 決してルックスは悪くない健斗、でも仕草とのギャップがおかしいなぁ。

「なんだよぉ、笑い事無いだろ? 結構気にしているんだぞ?」

「ごめぇん、別に健斗の事を笑ったわけじゃあないよ、ただお父さんの事を思い出しただけ」

 口を尖らせながら視線を向けてくる健斗に、心の中でホッと胸を撫で下ろす。



「お先だよ」

 大きな柄の入ったルームウェアーに着替えた健斗は、まだ半渇きの髪の毛をタオルで拭いながら風呂が空いた事を琴音に伝えてくる。

「うん、じゃああたしも入ってくるから、健斗は先に寝ていていいよ?」

 手元に置かれていた着替え一式を持った琴音は、健斗の姿を確認するとソファーから立ち上がり、まだ汗を滴らせているその顔を一瞥する。

「待っていなくっていいのか?」

 少し心配そうな顔をする健斗に、琴音はフルフルと首を横に振る。

「あたしって結構長風呂だし、健斗がここにいると覗かれるんじゃないかと心配でゆっくり入っていられないじゃない? あなたが上にあがったのを見届けてからお風呂に入るわよ」

「ちぇ、何だよ、信用ねぇなぁ……わかったよ、オヤスミ」

 そう言いながら健斗はテレビを消し、リビングを出て行く。

 まぁ、仕方がねぇな? 一緒に暮らしているとはいえ二人っきりになるのは初めてだし、アイツは女で俺は男、警戒しない方がおかしいよ……それに、俺は琴音に自分の気持ちを伝えたわけだし、余計に警戒するよな?

 部屋に戻りパソコンの電源を入れる。

 なんだか自然に告白しちゃったよ……琴音の事が好きだって。別に告白をするつもりはなかったんだよな? ただ、美音ちゃんにキスをされて、それがどうしても自分で自分が許せなくって、そうしたら琴音が二瓶と一緒に帰ってきて……アイツが困っている事があるというのを聞いて居ても立ってもいられなくなって、そうしたら、明和大に行かないなんていう話しになって、すごく寂しくなって……それで告白した……告白しながら俺が琴音の事を好きなんだという事に気がついたぐらいだ……。

 起動するパソコンのディスプレーに向けてため息を吐き出し、いつもと同じ動作でメールのチェックを始めると、何通かの新着メールがある事を示すが、内容はほとんど無いに等しいものばかりですぐに削除する。

 琴音の奴、俺が告白した時すごく困ったような顔をしていたな? やっぱりアイツは他に好きな人がいるのかなぁ……でも、あいつと知り合って半年近いけれど、そんな素振りは見た事ないし、本人もその手の話題をしないよな? 美音ちゃんとは何かを話したみたいだけれど、教えてくれないし……そうだ、美音ちゃん……彼女は俺の事が好きだと言ってくれた。でも、俺はその気持ちに答える事ができない……彼女には正直に伝えないといけないなぁ……。

 部屋の中に携帯を探すがそれらしい影はなく、頭の中で最後にいじった時の事を思い出す。

「イケね、リビングに置いて来ちゃったか……いま下りて行って琴音と鉢合わせになったら何を言われるかわからないよな? しかし、メールはあっちに来る方が多いし……」

 嘆息し、健斗はソッと足音を忍ばせて階段を降りる。

 どうかまだ風呂に入っていますように……。

 リビングにつながる扉をソッと開くと、既に無音になっているその部屋の中心で髪の毛をタオルで包み、ピンクのボーダー柄のパジャマを着た琴音がこちらに背を向けている。

 まいったなぁ、どこが長風呂なんだよ……ん?

 しかしよく見ると琴音のその背中は小刻みに震えており、小さくだが嗚咽も聞こえてくる。

 琴音? もしかして泣いているのか? この場合俺はどうすればいいんだ? 声をかけるべきなのか、それとも黙って見逃すべきなのか……。

 しばらくリビングの扉の前で悩む健斗だったが、やがてゆっくりと扉を開く。

「――琴音」

 その声にその小さくなっていた背中は、遠目からもビクッと揺れる事がわかるほどの反応を示し驚いたように顔を向ける琴音は予想通りに両目から涙を流して真っ赤に充血している。

「け、健斗?」

 驚いたような声を上げるも、その声は震えており僅かな言葉の中にも泣いている事がわかる。

「どうしたんだ? 何があったんだ?」

 慌てて近寄る健斗に琴音は必死に涙を拭うが、止め処も無く溢れ出す涙はそれだけで拭いきれるものではなく、溢れたそれは履いているパジャマのズボンを遠慮なく濡らし、尋常では無いその様子に健斗の頭には深雪からの『最悪の連絡』がよぎる。

「な、なんでもない……よ……なんでもぉぉぉぉ」

 ついに泣き崩れてしまう琴音の身体を抱きかかえる健斗は、しゃくりあげる琴音の背中をポンポンと叩きながらなんと言えばいいのか言葉を選ぶ。

 まずは状況把握からだ……現在深雪さんがどこに居るのかという事と、今後の事を……考えなければいけない、ウチの親にも連絡をしないといけないよな?

「琴音、お前が辛いのはわかるけれど、とりあえず現状を俺に教えてくれ、まず深雪さんたちはどこの病院にいるのか……」

「――――そんなの知らないよ……」

 涙やら色々なもので顔をグシャグシャにしている琴音は顔を上げ、小首を傾げながら健斗の顔を覗き込んでくる。

「知らないって……連絡があったんだろ?」

「誰から?」

 グスッと鼻をすすりながら涙が浮んでいる瞳を健斗に向けてくる。

「誰からって……深雪さん」

「無いよ?」

 呆気なく否定をする琴音に、今度は健斗がキョトンとした顔をしてその顔を覗き込む。

「無いって……じゃあ、深雪さんの旦那さんが最悪の結果になったわけじゃあ……」

「ヘッ?」

 キョトンとした顔をした二人は、抱き合った状態でお互いの顔を見つめあう。

「だって、琴音の涙の理由って、深雪さんの旦那さんが亡くなったって……」

「違うよ? あたしは……」

 そこまで言うと、琴音はスンと鼻をすすりながら再び顔をうつむかせる。

「違うって、じゃあどうしたんだよ、なんだって琴音が泣いているんだ? どこか痛いのか?」

 肩を掴み心配した顔を見せる健斗の様子に、琴音は少しの間驚いたような顔をし、やがて涙を浮かべたままその顔をほころばせる。

「別にどこかが痛いわけでもないよ?」

「じゃあどうしたんだよ……」

 最悪の結果ではない事にホッとはしたけれど、じゃあなんで琴音はあんなに大泣きをしたんだよ、コイツは滅多に人の前で声を上げて泣くような娘じゃない、何か原因があるはずだ。

 真剣に心配しているような顔をする健斗に琴音はクスッと微笑みながら、コツンとその額を健斗の胸に当て、やがて自分の体重をすべて健斗に預けてくる。

「琴音? どうしたんだよ……何があったんだ?」

「――――健斗のせいだよ」

 消え入るような声の振動が、琴音の身体の温もりと共に伝わってくる。

 俺のせい? 俺が琴音を泣かせた張本人という事なのか? 理由は? 琴音をあんなになるまで泣かせた理由というのが俺にはわからない。

「健斗が…………健斗があんな事を言うから……」

 再び琴音の小さな肩が震え出し、健斗のルームウェアーにジワッと温かい湿り気を感じる。

「俺? 俺があんな事をって、もしかして告白した事なのか? 琴音はそんなに嫌だったのか? 俺がお前に告白をした事が……」

 ヘコむ……そんなに泣くほどまで嫌だなんて、かなりヘコむよ……どうせならはっきりと嫌といわれた方がどれだけ救われるか……。

「違う! それも勘違い! 本当に健斗ってそそっかしいと言うか、超鈍感男ね? あたしが泣いちゃったのはその逆……嬉しかったの……健斗に好きって言われた事に……でも……」

 慌てて顔を上げる琴音だが、すぐに眉間にシワを寄せ悲しそうにその表情を歪める。

 嬉しい? 俺が琴音の事を好きと言って嬉しいという事は……俺は喜んでいいのか? でも? でもってなんだ? なんでそんな切なそうな顔をするんだよ。

「でも……あたしは健斗の気持ちを受け入れる事ができないの……」

 袖を握り締めている琴音の手が震え始めると、それと同じくして大きな琴音の瞳からは大粒の涙が再び溢れ落ちる。

「琴音……お前の本当の気持ちを教えてくれないか? お前の素直な気持ちを……」

 タオルに包まれた琴音の頭しか見る事のできない健斗は、その意味を理解する事ができず、素直に自分の気持ちの中に浮かんだ事を聞くだけしかできなくなっている。

 嬉しいけれど、俺の気持ちを受け入れる事ができないって、美音ちゃんの事を考えての事なのか、それとも琴音自身の事なのか……鈍感といわれようが、何をしようがかまわない、俺はハッキリと琴音の気持ちが知りたい。

 ジッと見つめていると琴音はゆっくりと顔を上げ、その大きな瞳をさ迷わせながらも健斗に向けてくると、ギュッと閉じられていた唇が開く。

「………………あたしも健斗の事が好き……でも、あたしがあなたの事を好きになる資格はないの……ウウン、なってはいけないの……」

 心痛な面持ちの琴音に理解を示しながらも、健斗はしきりに頭の中でその意味を理解しようとするが、回答を見出す事はできないでいる。

「なんで資格? 人を好きになるのに資格なんて……」

「第三者はそう思うかもしれない……でも、あたしの感情はそれで納得はできないの……聞いてくれる? あたしの今までの事を……」

 言葉を遮るように言う琴音の表情は真剣で、その後に話される事がいかに重要であるかを物語っており、健斗は無意識に息を呑んでしまう。



=V=

「……琴音」

 初めて聞いた琴音の過去に健斗は思わず瞳を潤ませてしまうのと同時に、その相手である男に対して激しい嫌悪感を覚え、顔をしかめさせる。

 話には聞いた事があるが、実際にそういう趣味の男がそんな近くにいるとは思わなかった。しかもその毒牙が自分の惚れた相手にまで及んでいるとも……。

「あたしが健斗の事は好きなのは間違い無いのよ、でも……あたしは健斗に好きになられる資格なんて無いの……」

「資格なんて関係ないだろっ! どんな過去であれ、琴音の気持ちは琴音の気持ちなんだ、それが誰かに否定されるわけが無い! 当然俺もそれを否定するつもりはないし、それによって琴音に対する気持ちが変わる事もない!」

 怒ったような表情を浮かべ琴音の顔を真っ直ぐに見つめる健斗の勢いに、少し気圧されしながらも、その表情から諦めたような色が消える事はない。

「てか、そんな男と俺は同じ土俵に立っているの? その方が俺は怒るよ? そんな最低男と同じ目で俺は見られているの? 俺はその男と同じ分類に属する人間に見えるのかよっ!」

 思わず言葉を荒らげる健斗に、琴音は怯えたように首をすくめ、上目遣いに怒りの形相を浮かべている健斗の顔を見上げてくる。

「確かに同性としてはそんな酷い事をしてしまった琴音に対して詫びるよ……ゴメン。でも、そんな男ばかりでは無いという事を覚えていてもらいたい。少なくともその男は特殊な分類に属すると思うし、世の中の男がみんなそうだと思わないで貰いたいんだ」

 見も知らぬ男のために頭を下げる健斗に、琴音は素直にキョトンとした顔を浮かべてしまい、その気持ちが、今まで心の奥にあった塊を溶かしてしまうような感覚にとらわれる。

「健斗…………」

 再びうつむいてしまう琴音に、健斗は励ますようにその肩を握り締める。

「人の事を好きになるのに理由なんて無いんだ、それが年上だろうが年下だろうが、異性であろうが同性であろうがそれだけが事実なんだから……でも、それを心の枷にしてしまってその気持ちに対して目を背ける方が不憫だと思う。だって、それが自分の持っている気持ちに対して嘘をついてしまう事なんだから」

「そんなの……男の詭弁よ……男は女を求め、女はそれに騙される……それは認めたくないけれど自然の摂理なのよ……わかるでしょ? ここまで言えば……あたしはその人に…………あたしの初めてを捧げたの……どんな事であれ、その事はあたしの中では一生絶対に忘れる事ができない事なの! 健斗ならわかるでしょ? それがどういう意味か……」

 まるで叫ぶように言う琴音の言葉に、健斗は一瞬頭の中が真っ白になってしまい、後になってから徐々にその言葉の意味を理解しはじめる。

 初めてを捧げたというのは……バージンをという意味だよな? という事は、琴音はそいつに心を弄ばれただけじゃなく、身体までも弄んだというのか?

 生々しい琴音の告白に、一瞬躊躇していた健斗だったが、その頭ではその見も知らぬ男に対しての怒りが湧き上がる。

 なんていう奴だ……こんな純粋な娘を騙すようにして弄ぶなんて、男の風上にも置けない外道野郎だな? しかし……。

 既に健斗の胸にもたれかかって号泣している琴音に視線を向ける。

 そういう過去があったからとして、俺は琴音に対する気持ちが変わるのか? バージンではない、既に他の男に遊ばれてしまった琴音に対し……答えは簡単だ、否だ。

 小さく嘆息をし、半ば強引に琴音の身体を引き剥がすと、その力に驚いたのか、琴音はグシャグシャになっている顔を健斗に向ける。

「――だからなんだって言うんだよ。お前が俺の事を好きになれない理由って言うやつはそれなのか? 俺がお前の事を好きになってはいけない理由なのか?」

 涙の溢れている瞳を真っ直ぐに見据えながら肩を揺する健斗に、琴音は力なくうなずく。

「――確かにお前の心の痛みは男である俺にはわからん、一生その思いがついてくるという気持ちも俺にはわからん……だったら、どうやればお前の心を慰める事ができるんだ!」

 肩を握る手に力が込められる。

「……慰めるって……」

 声を震わせながら琴音は健斗の顔を見上げる。

「確かに言葉ではいくらでも慰める事はできるだろうよ、同情すればいいだけだからな? でも、心を慰めるためには誰かがその気持ちを払拭してあげなければいけないんだろ? でも、お前は俺の事を拒む、だったらどうやってお前の事を助けてやれるのさ!」

 徐々に健斗の瞳も赤く充血し始め、目尻には光るものが浮かび上がりはじめており、その真剣な健斗の表情に、琴音は驚いたような表情を浮かべる。

「なぁ、素直になろうよ……なんで自分の心に嘘をつくんだよ、俺がお前の過去を知ったら気持ちが変わるとでも思ったのか? もしもそうならお生憎様だぜ? そんな中途半端な気持ちでお前の事を好きになんてなったりはしない……お前と知合ってからまだ半年しか経っていないかもしれない。まだお前の事を俺はよく知らないかもしれない、でも、この気持ちこそが俺の包み隠さない本当の気持ち……正直な気持ちなんだ」

 一気に言い切ると、健斗は琴音の身体をソッと抱しめる。

「だから、お前も素直になってくれ……正直な気持ちを俺に聞かせてくれよ、頼む」

 びしょ濡れになっている琴音の頬に、自分の涙とは違う温かな感覚が流れ落ちてくる。既に健斗の両目からは涙が溢れ出し、その涙が琴音の頬を伝っている。



「健斗……」

 琴音の頬は既に自分のものなのか、健斗の涙なのかわからなくなるほどに濡れそぼっている。

 なんで……なんで健斗はこんなにも真っ直ぐにあたしを見てくれているの? あたしの事が好きだからなの? ウウン、それだけで涙なんか流すはずがない……あたしの事が心配だからあたしのために泣いてくれている……涙が頬を伝い落ちる、その感覚がやけに心地がいい、なんだか健斗の涙が、あたしの心の中で凍り付いていた本当の気持ちを徐々に融かしてくれているかのよう……意固地になっていたあたしが恥ずかしいぐらいかも……。

「健斗……あたし……」

 顔を離しゆっくりと口を開き、健斗の瞳から溢れている涙を自らの指で拭う。その視線は真っ直ぐに琴音の顔を見据えたまま動かない。

 これがあたしの本当の気持ち……素直な気持ちなの……だからはっきりと聞いて?

「あたしも健斗の事が好き……誰よりもあなたの事が好きなの……」

 男のくせに長いまつげをしている健斗、そのまつげに今流していた涙が残っている。そう、あたしも健斗の事が好き……健斗ならあたしの事を守ってくれる……もう、寂しい恋なんてしないですむ……健斗があたしの事を守ってくれる。

 潤んだ瞳で見つめ合っていた二人の距離が徐々に近付き、やがてお互いの唇同士が触れることによってその距離はゼロになる。

 ちょっとしょっぱいのは健斗の涙のせい? それともあたしの涙のせい? でも、なんだか身体がフワッと浮かんでしまいそうな感じ……健斗……好き。

 ほんの僅かな時間だったが、お互いに長く感じた時間はどちらからか唇を離す事によって終焉が告げられ、完熟したトマトのように赤くした顔をお互い見つめあい、恥じらいもあってなのか、お互いに視線を逸らす。

「…………エッと……俺の願いが叶ったという事なのかな?」

 鼻先を指で掻き、まったく違う方に顔を向けながら言う健斗。しかし見える耳は真っ赤になっており、その様子に琴音はクスッと微笑んでしまう。

 あなたのクセ……照れている時に鼻先を掻くクセは、あたしが一番良く知っているのかもしれないな? あたしの前だけでそのクセを見せてくれるのは、安心しているからでしょ?

「――そうね、あなたの思い通りになってしまったという事かしら?」

 少し意地の悪い表情を浮かべる琴音に、健斗は慌ててその顔を近づける。

「って、もしかして俺って琴音に同情されたの? だから……」

 食い入るように顔を近づける健斗に一瞬気圧されするが、すぐにそのおでこを指で弾く。

「馬鹿…………同情だけであなたに……そのぉ……唇を許すわけが無いじゃない……」

 恥ずかしそうに視線を逸らす琴音に対して、健斗は少しだけその表情を和らげる。

「じゃあ、本気にしていいんだね?」

「………………うん、健斗があたしなんかでいいのなら……」

 顔をうつむけ、健斗の胸に頭を当てると大きくまるで包み込まれてしまいそうな健斗の手が琴音の頭の上に乗り、優しく髪の毛を撫でてくれる。

「ばぁか、言っただろ? 俺は琴音の事が……」

 いきなり言葉を詰まらせる健斗に琴音は驚いて顔を見上げると、再び照れ臭そうに顔をそっぽ向かせている。

 ウフ……健斗。

「なぁに? 健斗はあたしの事がなんなのぉ? ねぇ〜」

 意地悪く言う琴音は健斗の腕をクイクイッと引っ張る。

「だぁ、わかったよ……俺は琴音の事が好き……だからずっと俺の近くにいてくれ……」

 視線を逸らしたままであったが、健斗ははっきりとそう言いきり、その言葉は琴音の胸の奥をギュッと掴むような心地いい感覚を残す。

「ウン! あたしも健斗の事が大好き!」

 そう、もう自分の気持ちに嘘なんてつかない、あたしは彼の事……健斗の事が大好き!

 驚いたような表情を浮かべた健斗が琴音の顔を見入ると、再び二人の視線が交わり、言葉が途切れ、再度二人の唇が重なり合う。

第二十六話へ。