第三十一話 憧れ



=T=

「エヘへ、いっぱい買ったよ?」

 みやげ物売り場で一番時間を費やした琴音は、同じフットタウンと呼ばれる東京タワー内にある『タワーレストラン』で満面の笑みを浮かべる。

「それだけ買えば満足か?」

 昭和の雰囲気を残しているレストラン内は昼時というのに客の姿はまばらで、六人は座れるテーブルを二人で占有し、琴音の隣の席には大きめの紙袋が一つ置かれている。

「まだまだ、由衣や花織先輩にも頼まれているし……エヘヘェ」

 満足そうな顔をした琴音は戦利品(?)を袋から取り出すとさらに笑顔を膨らませ、そんな様子に健斗は思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 下手をすれば往復の交通費よりもお土産物代の方が高いかもしれないな? まぁ、交通費はオヤジ持ちだからかまわないけれど……。

「なぁ琴音。お前そんなにいっぱい友達がいるのか? その袋ひとつだけで十分クラス全員に行渡るほどの量が入っているような気がするけれど……」

 黒地に金文字で『東京(Tokio)』と書かれている麻のような袋には既にかなりの量のお土産物が入っており、小袋に分ければクラスだけではなく学年全員に行渡りそうな量だ。

「半分はクラスの友達で、もう半分は自分用かな? エヘ、実は東京タワーの置物が欲しかったのよぉ、ほらぁ『根性』って入っているのよ? なんでなんだろうね?」

 ……たぶんオヤジがまだ小学校の時も、同じお土産が展示されていたと思うよ……誰が買うんだろうと不思議に思っていたが、こういう娘が買うのか……俺にはわからん……。

 破かないように慎重に包装紙を剥がすと、そこからはリアルに東京タワーを再現した模型に、なぜか『根性』の文字の入っている置物。それを見た健斗は再び苦笑いを浮かべる。

「お待たせいたしましたぁ」

 そんな二人の間に、店員がこれまた昭和を感じさせるような容器に盛り付けられた『カツカレー』と、ボリュームのある『ハンバーグランチ』が置かれる。

「おいしそぉ〜」

 ハンバーグランチをチョイスした琴音は、ナイフとフォークを取ると、まるでとろけてしまいそうな笑顔を浮かべながらそれに向ける。

 うん、見た目と同じで、どことなく懐かしさを感じる味だな? 美味しいと騒ぎ立てるほどではないけれど、口に馴染んでいる味でホッとするかも……庶民的なデパートの大食堂のカレーライスの味というのかな? たぶんオヤジはこの味が好きだと思うよ……。

 値段の割にボリュームのあるそれに、健斗と琴音はしばし会話を無くす。



「それで? これからどこに連れて行ってくれるのかな?」

 東京タワーのマスコット『ノッポン』に見送られながら東京タワーを後にした二人は、少し名残惜しそうにその高い鉄塔を見上げる。

「そうだなぁ……意外に知られていないけれど、東京って海上交通も発達しているんだよね? ここからなら『日の出桟橋』という乗り場があるから、水上バスに乗って東京観光のもう一つの名所である『浅草』に行って見るかと思っているけれど、どうかな?」

 恐らく喜ぶであろうと思っていた琴音に視線を向けるが、意外にもその顔は少し戸惑ったように視線を泳がせていた。

 琴音?

「浅草……かぁ」

「何か問題でも?」

 自分がそんな困惑した顔をしているとは思っていなかったのだろう、ハッと我に返った琴音は慌てて両手を顔の前で振り、作ったような笑顔を浮かべる。

「ウウン、なんでもないよ? 良いじゃない浅草。東京の下町風情が感じられる街よね?」

 なんだかヘンだなぁ琴音の奴……浅草に何かあるのか?

 取り繕うような琴音はキュッと健斗の手を握りながら、行き先も知らないだろうに足を進めはじめ、その様子に健斗はしきりに首を傾がせながらもそれについて行く。



「ヘェ、すごいね?」

 東京見物には欠かせない黄色いボディーの『はとバス』が幾重にも止まっている駐車場を抜けると、水上バス乗り場の看板が見え、その先には東京タワーからはまるでオモチャのように見えたレインボーブリッジが今度は大きく聳え立って見える。

「この『日の出桟橋』は水上バスの要衝になっていて、これから行く浅草だけではなく、晴海やお台場方面に行く便もあるんだ」

 既に桟橋には船にしては薄いシルエットの船が止まっており、時間的に見てこれから二人が乗船する船という事がわかる。

「屋形船……なのかな?」

 小首を傾げた琴音は、赤が基調になっている船を見つめる。

「ハハ、確かにそんなイメージではあるよね? でも、立派な交通手段として地域の人たちが使っている足代わりなんだよ……ちょっと観光船っぽい雰囲気でもあるけれどね?」

 フェリーなどと違って揺れる桟橋を渡り天井の低い船内に入り込むと、アーリーアメリカンな雰囲気で思わず感嘆の声を上げてしまう。

 考えてみれば俺も水上バスの乗るのって初めてかもしれないな?



「着いたよ、浅草だ」

 隅田川に架かる低い橋をいくつも抜け、ちょっとしたクルーズを感じながら二人は次の目的地である浅草に到着する。

「ワァ、なんとなく下町っていう感じがするかも……」

 東京だけではなく、日本の観光地と言っても過言ではないのだろう。すれ違う人は金髪碧眼のナイスボディーなお姉さんだけではなく、がっちりした体格の外人さんや、日本人かと思うとまったく違う言葉で話している人など千差万別で、当然おのぼりさんのような団体客も多数いるのは今も昔も変わらないし……ハハ、琴音もしかりだな?

 物珍しそうにキョロキョロする琴音は、さっき健斗に一瞬感じさせた不安を払拭させるほど喜んでいるようで、健斗は胸の内でホッとため息を吐く。

「さて、まずは浅草のランドマークと言ってもいいであろう『雷門』だよ」

 二人の目の前には、大きな赤いちょうちんに『雷門』と書かれている。

「意外に大きいのね? テレビとかで見るよりも大きく見えるかも」

 ニコニコ顔をする琴音は、いつの間にか用意した観光ガイドの写真と実物を見比べている。

「ハハ、そんなもんかもしれないよな? ここ雷門は正式には『風雷神門』と呼ばれ、門の左側に『雷神』、右側に『風神』が奉られているんだ」

 他の観光客のカメラの邪魔にならないように二人は朱色の門に近付く。

「ちょっとおっかない顔をしているかも……」

「琴音が怒った時はこんな感じだぜ?」

「えぇ、そんな事無いよぉ」

 ぷうっと頬を膨らませる琴音に、健斗は微笑みながらその朱色の門を見上げる。

「この雷門は何度か焼失をしているんだけれど、慶応元年の1896年に焼失をしてから九十五年間は地名だけしか残っておらず、明治、大正、昭和と何度も再建の話が出ても頓挫し、幻の門とまで呼ばれていて、昭和三十五年の1960年にやっと再建されたという事らしい」

 記憶をさかのぼり説明をするが、既にキャパシティーを超えてしまっている健斗は、琴音からガイドブックを借り受け、新たな知識を頭の中にインプットする。

 琴音のように上手に観光案内をするのは、俺には無理だな?

「エッと、浅草といえば思い出すのは『三社祭』だよね? その時このちょうちんは上に上げられるらしいね? ちょっと縮んでいるちょうちんも見て見たいかも……」

 大きなちょうちんを真下から見つつ門をくぐった琴音は、健斗の声によって振り返る。

「振り返ってみな? 意外に見落としがちなんだけれど、ちょうちんの裏にはちゃんと『風雷神門』と書かれているでしょ? そしてこれが『天竜像』と『金竜像』で昭和五十三年に観音像ご示現1350年記念事業として建立されたものだ。意外に知られていないんだよ?」

 その通り振り返る人は数少なく、立ち止まって見ているのは健斗と琴音だけぐらいだ。

「そしてここから『浅草寺(せんそうじ)』に続くのが有名な『仲見世通り』。日本で最も古い商店街の一つで、歴史をさかのぼれば徳川家康が江戸に幕府を開いた頃までさかのぼるらしい」

 参道らしい通りには、様々な観光客がその軒先を冷かしながら歩いており、二人も多分にもれずに軒に並んだ土産物などを眺める。

「Discount Please……」

「ん〜、Yes……」

 店には外国人がお土産を買い求める姿が多く見え、それを応対する店員さんのほとんどは英語で対応しており、中にはおばあちゃんと言ってもおかしくない白髪の老女が流暢な英語で対応していたりする。

 商売とはいえ、すごいなぁ……さっきあっちのお店で聞いたのはドイツ語だったし、もしかして国によってお店が別れていたりして……って、そんな事はありえないか?

「すごい国際色豊かね? さすが日本の観光地といった所かしらね?」

 目をぱちくりしながらそんな様子を見ていた琴音は、関心しきりの顔を健斗に向ける。

「確かにそうだよね? 外国人向けのパンフレットには必ずといってもいいほど『雷門』や、この『仲見世』の様子が描かれているようだし、函館でいう所の赤レンガみたいなものなのかもしれないな? この浅草っていうのは」

 ウィンクしながら説明する健斗など既に蚊帳の外のように、琴音は店先に顔を突っ込む。



「アハハ……こんなんなってしまいました……」

 浅草を堪能した琴音の手には、東京タワーの袋に加えて浅草の紙袋までが参入しており、その姿は明らかに誰が見ても地方からの観光客で、その姿を見る他の通行人は気のせいか苦笑いを浮かべているようにも見え、健斗も呆れ顔を浮かべてしまう。

「ま、まぁ、みんなにお土産が買えたのならいいだろ? 由衣ちゃんも喜ぶと思うよ……」

 喜ぶのかなぁ……黒地に赤文字で大きく『浅草』と入っているTシャツや、サンバの格好をした○ィちゃんのシャープペンって……。

「でしょ? 結構ディープなお土産が買えたわよ……やっぱり買うなら地域限定品じゃないと女子高生は喜ばないわよね? 若干心残りな物もあるけれど……」

 言葉の通り残念そうな表情を浮かべている琴音に、健斗は心に浮んだ心配が無意味であることを察知し、思わず苦笑いを浮かべてしまう。

「そりゃよぉござんした……」

 嫌味っぽく言う健斗に、琴音は素直に満面の笑みを浮かべながら力強くコクリとうなずく。

「ウン、よかったよぉ……ねぇ、ところでぇ、まだ時間ってまだあるの?」

 ちょっと遠慮がちな顔をした琴音は、ねだるように健斗の顔を見上げてくる。



=U=

「すごい人……」

 駅前のスクランブル交差点は、信号が変るたびに人がまるで民族大移動のように流れ、うかうかしているとその波にさらわれ流されてしまいそうだ。

「琴音が来たいって言ったんだろ? 渋谷」

 キョロキョロと辺りを見渡す琴音の事を、すれ違う人はクスクスと笑いながら通り過ぎて行き、同行者である健斗は恥ずかしそうに顔をうつむけてしまう。

 確かに笑い種だよな? 東京土産の袋を提げて渋谷の駅前でキョロキョロしていれば……。

「だってぇ、由衣が『女子高生だったら渋谷は外せない! 女子高生の聖地でもある渋谷は絶対に行って来い!』って言うから……でも、本当にすごいね? たまにテレビのニュースでやっているのを見るけれど、本当に同じなんだね?」

 いや……ここを映しているのだから同じなのは当然なんですけれど……。

「ねぇねぇ、この電車は?」

 呆れっぱなしの健斗など関係なく、ちょうど地下に降りる階段の脇に寄り添うような格好で緑色の電車のカットモデルが置かれており、頻繁に人が出入りしているのが見える。

「これは昔東急電鉄で走っていた5000系で通称『青ガエル』と呼ばれた車両だよ。車体を短く切断して、昔の渋谷駅の写真と一緒に公開されているみたいだね?」

 車内に入ると、写真が展示されている反面にその当時のエンジ色のシートが残されており、待ち合わせなのか、数人がそこでくつろいでいる。

「随分と可愛い車両ね? 青ガエルって、なんとなくわかるような気がするかも……」

 緑一色で塗装されたそれの前面窓ガラスは大きく、まるでメガネをかけている『カエル』ようにも見え、下膨れのその形状はどこか愛嬌があるようにも見える。

「そして、これが琴音の御所望の『ハチ公』の像だよ?」

 相変わらず待ち合わせの人混みの中、ハチ公の像は昔も今も変わりなく駅に向いて鎮座しており、思わず健斗の高校時代の事を不意に思い出させる。

 高校の時に同人誌のイベントに行く時の待ち合わせは大抵ここだったよな? 俺が一番最初に着いて美音ちゃんがその後に来るのが常だった……彼女が来ると、周囲の男連中の視線が俺に向いて(若干殺気も伴わせていたが)、ちょっと優越感を覚えていたりして……。

「ねぇ健斗……ちょっと待ち合わせしない?」

 突飛もない琴音の言葉に、健斗は面食らったような顔をしてしまう。

「待ち合わせって?」

「ちょっと憧れているのよ。ハチ公の前で待ち合わせというのに……あたしがここで待っているから、健斗が後から来て? 本当はあたしがここに来るというシチュエーションの方がいいんだけれど、ちょち自信ないから……ネ?」

 人混みに視線を向けて自信無さそうな笑みを浮かべる琴音。

「ネッ? お願い」

 顔の前で手を合わせる琴音に、健斗は仕方がないというように首をすくめ背を向ける。

「わかったよ、ちょっと離れるからここに絶対にいろよな?」

 そう言いながら健斗は地下に向かう階段を降りてゆくのを、琴音は嬉しそうに見送っていた。

 ったく、一体俺は何をやっているんだろう……待ち合わせの振りか……でも、女の子と二人だけでハチ公の前で待ち合わせというのは今までにないよな?

 引っ切り無しに人が昇り降りする階段を降りる健斗は、そのシチュエーションに思わずにやけてしまい、すれ違う女子高生にヘンな顔をされてしまう。

「てか、どこまで行けばいいんだろう……」

 日本で初めての地下街といわれる『しぶちか』まで降りきってしまった健斗は、派手な色のウィッグや、少しセクシーな洋服を売っている店をチラッと見つつ嘆息する。

「別に本当に待たせる必要はないよな? あくまでも待ち合わせをする振りなんだから」

 一人ごちる健斗はすぐに踵を返し、再び階段を昇ってゆくが、なぜかその胸は高揚しはじめており、顔にも自然と笑みがこぼれてしまう。

 なんだろうこの感覚。さっきまで一緒にいたのに、ただ待ち合わせの振りをしているだけなのに、なぜか気持ちが昂ってきている。早く行きたいという気持ちになっているよ……。

 心なしか足取り軽く階段を昇りきり、さっきまで琴音のいた場所に視線を向けると、そこには琴音の姿は見えず、健斗は周囲を見渡す。

 ここで待っていろって言ったのに……どこに行ったんだ? ヘンに動くと迷子になるぞ?

 背広姿のサラリーマンや、学校の制服を着た女子高生などに視線を向けていると、あまりいい雰囲気ではない二人の男がしきりに誰かに声をかけているのに気がつく。

 チッ、ナンパかよ……見た目あまりいいものじゃねぇな? って、あれ?

 毒づきながら胸の内で舌打ちをしている健斗の視線は、そのナンパ男に囲まれている女の子に見覚えがある事に気がつく。

 ……ったく……なぁにやっているんだか。

 深いため息を吐き出しながら健斗はそのナンパ男の背後から近寄り、

「待たせたな琴音」

 高い身長をさらに高く見せようと胸を張りながら見下ろすように声をかけると、そのナンパ男たちは、舌打ちをしながらスゴスゴと退散してゆき、怯えたような顔をした琴音は、そのまま健斗の顔を見上げてくる。

「ふぇ、健斗ぉ……」

「ったく、何をナンパされているんだか……気をつけろよ?」

 ポフッと頭の上に手を乗せる健斗に、琴音はやっとホッとしたのか腕にしがみ付いてくる。

「あれがナンパなの?」

 あれがナンパ以外なら他の何をナンパと言うのかが知りたい……。

「そうだよ、とくにお前みたいなのはナンパされやすいから注意しろよ?」

「なんで?」

「なんでって、そりゃ……お前は……か……」

 それまでの勢いを失った健斗は照れ臭そうに視線を周囲に回しはじめ、琴音は怪訝な顔をしてその顔を覗き込んでくる。

「か?」

 サラッと髪の毛を揺らし小首を傾げる琴音に、思わず健斗は顔を赤らめてしまう。

 んな事は恥ずかしくって言えるかよぉ……俺はナンパ男と俺は違うんだ。

「っと、田舎もの丸出しだから、キャッチとかにも引っかかりやすいから注意をしろという事だよ、わかったら早く行くぞっ!」

 スタスタと歩き出す健斗に、琴音はプクッと頬を膨らませながらもついて歩き出す。

「ブゥ、田舎もんって言わないでよね? あっ!」

 信号に立ち止まった琴音は、いきなり素っ頓狂な声をあげ目の前を走り去ってゆく銀色のボディーに赤いラインの入った東急バスを見送る。

「何をヘンな声を上げているんだよ……」

「だってぇ、本当に函バスと同じバスが渋谷を走っているんだと思って……」

 再び口を尖らせながら見上げてくる琴音に、軽い脱力感を覚えた健斗は肩を落としてしまう。

「それで? これからどこに行くの?」

 しかしそんな様子など気にした感じも無く、琴音は健斗の顔を覗き込んでくる。

「ん、どうせ渋谷まで来たのならちょっと行きたい所があってね? 函館には無いお店で『東急ハンズ』って言うんだ」

 工具からパーティーグッズ、バラエティー商品などの品揃えの豊富な東急ハンズは健斗のお気に入りの場所であり、他にあるハンズの中でもこの渋谷店が一番のお気に入りだ。

「東急ハンズなら知っているよ? 確か札幌の電車通り沿いにあって、中学校の時にお父さんや、同級生と一緒にも行った事あるかな?」

 失礼しましたとばかりに苦笑いを浮かべる健斗の耳に、携帯の着信を告げる音がする。

「ん? 琴音の携帯じゃないか?」

 幾度と無く聞いた事のあるその音に、健斗が琴音に声をかけると、慌ててかばんの中から携帯を取り出し耳に当てる。

「由衣? どうしたのよぉ……エッ? ホント?」

 電話の相手は由衣らしく、ギュッと耳に携帯を押し当てながら話す琴音の顔が一気に赤らみ、困ったような表情を向けてくる。

「もぉ、冷かさないでよね? ウン、ちゃんとお土産は買ったから……」

 携帯を切りカバンに戻す琴音だが、その顔から赤味が取れる事は無く、その照れたような表情は再び健斗に向く。

「由衣ちゃんなんだって?」

「ん、たまたま見ていたニュースでココの映像が流れたんだって……そしたら、ハッキリとはわからないけれど、あたしたちが映っていたって……」

 ハハ、そういえばよくニュースとかで流れるよな? ココの画像って……全国放送に映っちゃたという事か……さすがに恥ずかしいなぁ。

「もぉ、冷かされちゃったよ。腕なんて組んで歩いてって……」

 キョロキョロと用心深そうに辺りに視線を配らせる琴音の姿に、健斗は思わず笑い出してしまうが、当の琴音は真剣だ。

「どこで何があるかわからないからな? ちゃんとしておいた方がいいんじゃないか?」

 茶化すような顔をする健斗を、琴音は頬を膨らませながら見上げてくる。

「ぶぅ、個人情報なんて有って無きが如くよね?」

 その瞬間目の前の信号が青に変り、背後から押されるようにスクランブル交差点に足を踏み出し、戸惑う琴音の手を引く。

「ホレ、うかうかしていると遭難しちゃうぞ?」



「なんだか人波に酔ってしまいそうかも……」

 普段余り慣れない人混みに琴音が思わず弱音を吐いてしまうと、少し心配したような顔をした健斗が顔を覗き込ませてくる。

「どこかで休むか?」

 車道なのか歩道なのかわからない所を歩く二人。しかし、立ち止まると遠慮なく後ろから人が押し寄せてくるため、やむを得ず歩きながらの会話になってしまう。

「ん、大丈夫だよ……それに、ちょっとお茶するにしても東京って物価が高いから、もったいないような気がするのよね?」

 道に掲げられている洒落たカフェのお値段はかなりお高いわよね? ラッピの『THEフトッチョバーガー』よりも全然高いし、ボリュームはその半分以下かもしれない。

「確かに。俺も函館に行って『なんでこんなに安いんだ』って思ったぐらいだからね? 東京の物価の高さは世界に誇れるかもしれないよ」

 呆れ顔を浮かべる健斗に対し、琴音も同意したようにうなずく。

「さて、ついたよ? ここが『東急ハンズ渋谷店』だ」

 二人の目の前には、緑を基調にした東急ハンズの看板があり、お世辞にも広くないエントランスは平日なのに結構な人で賑わっている。

「ちょっとこじんまりしている?」

 予想していたものよりも規模の小さい佇まいに、琴音は素直な感想を漏らしてしまう。

 たしかあたしが行った事のある札幌の東急ハンズの方が、もう少し大きかったような気がするかな? やっぱり土地のせいなのかなぁ。

「間口は狭いかもしれないけど、三棟が連なっているようになっていて、品揃えも豊富だよ?」

 苦笑いの健斗はそう言いながらお店の中に入ってゆき、それについてゆくように琴音も入ってゆくと、そこには所狭しと並んだ商品群が並んでいる。

「すごいね? いろいろな商品が置かれている」

「うん、こっちに住んでいた時は渋谷に来ると必ずと言っていいほどここに来ていたよ。別に何を買うというわけじゃないけれど見ていると面白くってね?」

 照れ臭そうに言う健斗だが、その瞳はまるで子供がオモチャ箱を見るようにキラキラしており、その表情に琴音も顔をほころばせてしまう。

 たまに健斗ってこういう子供みたいな顔をするのよね? 本人に言うと怒るから言わないけれど、ちょっと可愛いのよね?

 一階と表示されているフロアーは、バッグが置かれていたり、携帯グッズが置かれていたりするが、健斗が向かったのはパーティーグッズの置かれているフロアーだった。

「アハ、こういう所は札幌のお店にもあったよ? 中学の学園祭の時に使う道具とか買いに来たのを覚えているよぉ」

 あの時はビンゴに使うカードを買いに行っただけだけれど、面白くってあっちこっち見ていてあっという間に時間が過ぎちゃったのを覚えているよ。

 色とりどりなパッケージに包まれたパーティーグッズや、本格的なバラエティーグッズを見ていると、その当時の事を思い出しつい手に取って見てしまう。

「うん、俺も高校の文化祭の道具をここまで買いに来た事があるよ、ついつい他の所を見ちゃうんだよね? 例えばこんなものとか?」

 ニヤニヤした健斗の視線の先には仮装用品として、様々なコスプレグッズが置かれており、中にはいま流行のメイド服やセーラー服も陳列されている。

「健斗ぉ、もしかして本当にソッチの世界の人間になっちゃったの? なんとなぁく目つきが怪しい男になっているぞ?」

「ば、馬鹿な事を言うなよ、お、俺は別に……」

 目を眇めながら覗き込んでくる琴音に、健斗は慌てて首を横に振るが否定の言葉は尻すぼみになり、モゴモゴと言っているしか聞こえない。

「ヘェ、健斗ってメイドさんが好きだったんだぁ……」

 冷かすように言う琴音の視線の先には、膝より高い位置に白いレースのあしらわれたメイド服を着たマネキンが立っている。

「そ、そんな事は無い……ただ、深雪さんとか知果がこういうのが好きそうだなと思って見ていただけで、他にやましい事は無いぞ……」

 そう言いながらも、健斗の視線は忙しなく周囲に向くが、そこにはセーラー服やキャンペーンガールのコスチュームが並んでいる。

「セーラー服は着た事がないから、ちょっと着てみたいかな?」

 意地悪っぽく言う琴音に、健斗は一瞬その顔を明るくする。

「ホント?」

「もぉ、やっぱり健斗ってばスケベだ。あたしにそんな服を着せてどうするつもりなのよぉ」

 自分で言いながらも浮かび上がってしまったその光景に、琴音は一気に顔を赤らめ、健斗もどこか嬉しそうながらも恥ずかしそうな顔をする。

「やっぱり健斗のエッチィ〜ッ! そんなの知らないっ!」

 プイッと顔をそむける琴音に、健斗はちょっと情けないながらも追いすがる。

「って、何を想像しているんだよぉ、俺は別にだなぁ……」

「別になによぉ……」

 湯気が出そうな勢いで顔を赤らめている琴音は、プゥッと頬を膨らませ口を尖らせながら健斗を睨みつけ、その勢いに気圧されした健斗は再び視線をさ迷わせる。



「さて、そろそろ行くかな?」

 腕時計に視線を落とした健斗は、ようやく機嫌の直った琴音に声をかける。

「うん、そうね? ここから『武道館』ってどれぐらいなの?」

 健斗の父親であるシノブカヤヌマのコンサートが行われるのは、ミュージシャンの憧れの聖地である『日本武道館』で、いまいち土地勘の無い琴音はすがるように健斗の顔を覗き込む。

 日本武道館って、あの『大きな玉ねぎ』の所でしょ? 名前は知っているけれど、それがどこにあるのかよくわからないよぉ。さっき東京タワーから見た時は気がついたけれど、その位置関係が全然わからないよぉ。

「地下鉄の『半蔵門線』に乗って十分ぐらいだから、大体三十分ぐらいかな?」

 そう言われてもその『半蔵門線』がなんだかわからないんですけれど……ハッキリ言って、今健斗とはぐれたら東京で遭難する自信があるかも……。

 困ったように眉毛をハの字にする琴音に、健斗はクスッと微笑みながら、その手を引く。

 け、健斗?

「俺について来いって、大丈夫だから……」

 照れ臭そうな顔をする健斗に手を引かれる琴音は、ちょっと照れたような表情を浮かべながらも、手を引かれるがままについて行く。

第三十二話へ。