第五話 mas
=T=
「ここかぁ、この大学の名物サークルは……随分とでかいな?」
様々な部員勧誘の看板が並んでいる大学のサークル棟に、緊張した面持ちで現われた健斗は、事前に調べていた情報を元に、他のサークルの部室よりも大きな部屋を占有しているサークルの看板を見上げる。
確か、サークル活動としては日本でも有数の部員を擁し、お台場辺りでもこのサークルの名前を知らない人間がいないとまで言われた所だ……当然といえば当然なんだが、ちょっと気になる事柄があるんだよね?
高校時代から『同人誌』には慣れ親しんでいた健斗だが、それはあくまでも文章を元にしたものであって、このサークルが発行しているようなイラストを中心にした『同人誌』はいわゆる『オタク』のイメージが強い。しかし、聞いた話しによれば、この大学には健斗と同じ夢を研究するようなサークルは他に無く、致し方がないと言うのが現状だったりする。
一般の人から見れば、『アニメオタク』も『漫画オタク』も『小説オタク』もたいして代わらない様に見られがちなんだけれど、それぞれが互いをけん制しあっているのと同じなんだよね? それが同じサークルとしてやっていけるのかな?
部室の前で、明らかに挙動不審な動きをする健斗の背後に、誰かが近付いているのだが、その存在にまで気がつかないでいる。
「あのぉ〜……」
そもそも小説同好会とアニメ研究会と、漫画研究会が一緒になったってどういう事なんだ? 確かに紙を媒体にしたという所では同じかもしれないけれど、根本的に違うような気がするんだよな? ってそんな事にこだわっている事自体がオタクなのかな?
「すみません?」
別に同人誌が出したいわけじゃないんだ。俺は小説を書いて多くの人に見てもらいたい、それだけなんだ……まぁ、でもだ、あわよくばそのまま商業誌に掲載なんてされたら嬉しいんだけれど……やめよう、そんな淡い期待をするのは……。
「わぁっ!」
いきなり(その前からもなのだが、健斗が気づいていなかっただけ)声をかけられた健斗は、まるでイエティーと遭遇した探険家のように驚いてその場から数メートル飛びのき、押さえておかないと飛び出してしまいそうな心臓を胸の上から押さえつける。
「ビッ、ビックリしたぁ……」
振り向いた先には、恐らく健斗に声をかけた(と言うよりも、健斗にしてみれば驚かされた)人物であろうが立ち、驚いた顔をしている健斗の顔を、さらに驚いたような顔をして立ち尽くし、口をポカンと開けてその顔を見つめている。
だ、誰だぁ?
飛びのいた形で立ち止まっている健斗は、目の前に立っている人物の分析に入る。
まず、性別は女の子で間違いが無いよな? もしもこれで男だったりしたらそれは神への冒とくだと判断させていただく。背は(当然ながら)俺よりも低く、髪の毛は少し明るい色をしていて肩よりも少し長い程度の長さで、両耳の上で髪の毛をゴムでまとめている。体型は深雪さんと同じ感じか? それよりももう少しボリュームがありそうだけれど、決して太っているわけでは無い。いわゆるナイスボディーなのが、冬の厚手の洋服からもわかる。
健斗の視線に戸惑ったような顔をしているその女の子(と思われる人物)は、動きが完全に沈黙している健斗の顔を、恐る恐るといった表情で覗き込んでくる。
「チョットイイデスカ?」
……何かヘンだぞ? この娘……。
怪しい外人のような言い回しに、健斗のこめかみはヒクッと脈動し、ようやく浮かび上がってきた彼女(?)の笑顔を見据える。
「――俺は宗教にはあまり興味ないから……」
「いえ……」
「居候だから、ツボを置く場所も無いし」
「あたしもいりません……」
「確かに彼女もいなくってウジウジしているかも知れないけれど、一生懸命生きているつもりはありますし、他人の手助けはいまの所は必要ないから……」
「ハァ、あたしも彼氏はいませんし、一生懸命生きているつもりです?」
「えと…………俺の気のせいかもしれませんが、お互いに激しく話がすれ違っているような気がするんですが? それは俺の気のせいなのでしょうか?」
「あは、奇遇ですね? あたしも今そう思っていた所なんですぅ」
「なんだぁ〜、アハハハ」
「ウフフ……」
いや、そんなに簡単に済ませてしまっていいのか? 二人で笑っている場合じゃないだろ?
「それで? 俺に何か用なの?」
二人和やかに笑っていながらも我に返った健斗は、一番の疑問点をその女の子(たぶん)に問いかけると、その娘はニッコリとした微笑を湛えながら健斗に向き直る。
「ハイ、『mas』というサークルはここでいいのかなと思って声をかけさせていただきました」
天然そうなその娘は、その髪型や表情から、琴音と同じ高校生と言っても語弊はまったく無さそうだが、その冬服でもわかる(ここ重要!)そのボディーラインは、十分に大人のそれを醸し出し、隠れ見える色香と言うものが、その娘の周りを取り巻いているような気もする。
「じゃあキミも『mas』に?」
健斗の事を驚かせるように現われた女の子(確定)は、健斗と同じ『mas』と呼ばれるサークルに入部を希望していると言う事があの後の話しでわかった。
「ハイ、あたしは高校の時からそういう活動に興味があっったんですけれど恥ずかしくって、どうしてもできなくて……でも、大学に入って心機一転でやってみようと思っていました」
目を細めながら微笑む彼女を見て、そのイメージが高校時代の美音とダブル。
まぁ、彼女が小説派なのか、それ以外なのかはよくわからないけれど、こういうのを掃き溜めに鶴って言うのかな? こんなサークルに似合う人物のようには見えないんだけれど……。
「ん? キミたちは?」
背後から聞こえる腹の底に響き渡るような声に、二人は無意識に振り返ると、そこには長身の健斗でさえ見上げるほどで、ただ背が高いだけではなく、ガッシリとした体つきは見事なまでに逆三角形を形成し、その四角い顔をよく見れば、右眉には戦跡を残したような傷跡があり、どう見ても文化系の人間では無いように思えるが、その傷跡付きの右眉尻はわずかに上げられ、怪訝そうな顔をして健斗たちを見下ろしている。
デ、デカイ……アメフトか、ラグビー部の選手なのか?
「エト、あたしたちは『mas』に入部希望と言うのか……」
恐れを知らないのか、女の子はさっきまで健斗に向けていたのと同じ笑顔を、そのデカイ図体の男に向ける。
「ほぉ、『mas』に入部希望か……ならばこっちだ、ついて来てくれ」
男は再び二人の腹を揺するような声を上げたかと思うと、『mas』と書かれた部室の扉をおもむろに開けて、体を小さく折りたたみながらその中に消えてゆく。
誰なんだ? あの人は……『mas』の関係者なのか?
後に引く事ができなくなった健斗は、なんの躊躇いも無くその扉をくぐる女の子の後ろについて、恐る恐るとその中に入り込んでゆくと、そこにはそのサークルの方向性を象徴するような物が壁一面に張りつくされ、健斗は軽い眩暈を感じる。
やっぱり失敗だったのかなぁ……やっぱり俺が思い描いていたサークルとは違う……いや、違った意味では思った通りなのだが……。
壁一面に張られているのは、ピンク色の髪の毛をした幼女が得体の知れない棒を持ってポーズを取っているイラストがあったり、金髪でセーラー服を着た女の子がポーズを決めたイラストが描かれているポスターがあったりと、様々なイラストポスターが所狭しに張り出されており、その中には半裸姿の女の子の物もあったりして、目のやり場に困ってしまうが、一緒にここに足を踏み入れた女の子はまったく動じないで、その景色をまるで楽しむかのようにキョロキョロと見渡している。
すごすぎる……俺が想像していたよりもはるかにここは上をいっている……まるで秋葉原にあるそのテの店の中にいるようで、自分がそこにいる事が恥ずかしくなってくる。
「おぉ、みんな集まっていたか」
そんなサイケデリックな色が漂っている部室に野太い声が響き渡り、そちらに視線を向けると、緑色の髪の毛をした女の子がセクシーポーズを取るイラストポスターの下に、デカイ図体の男がドッシリと座り、その横にまるで携帯のアンテナレベルのように大中小のヒョロッとした男が三人立っており、その視線は健斗たちに向けられている。
「ホレ、そんな所に立っていないでこっちに来い」
踵を返そうとしていた健斗であったが、野太い声に促されると、それに従うしかできないように、足がゆっくりとそれに向かって歩き出す。
「ようこそ『mas』へ俺がこのサークルの総合部長を勤めている小田倉(おだくら)だ」
小田倉と名乗るそのデカイ図体の男は、傷跡付きの右眉を垂らしながら小さなその目を細めているが、それが笑顔なのかどうなのかが健斗にはわからない。
総合部長って……その図体で?
それを体現する事がはばかれて、健斗は心の中で首をかしげるが、隣にいた女の子はまったく気にした様子も無く、笑顔を絶やさないでいる。
「はじめまして、あたしは浪岡冬花(なみおかとうか)です、商学部一年です」
女の子は小田倉にペコリと頭を下げながら自己紹介すると、健斗も自己紹介せざるを得ない状況にまで追い込まれる。
――さらば、ノーマルな俺……そうしてこんにちはオタクな俺……。
「情報学部一年茅沼健斗です」
健斗が頭を下げると、小田倉は腕を組み、ウンウンとうなずいている。
「よろしく、それでは早速なのだが紹介をしよう。まずこのサークルの組織なのだが三つに分かれてそれぞれが活動をしている」
ゆっくりと立ち上がる小田倉の姿に、さっきまでセクシーな視線を送ってきていた緑色の髪の毛をした女の子のイラストが隠れる。
「まず『m』である漫画班と『a』であるアニメ・ゲーム班、それと『s』の小説班だ、入部してもらう以上はこのいずれかに所属してもらう」
小説と言う言葉が出てきて健斗はホッと胸をなでおろす。
「それでここにいる三人が各班の班長と言う事だ」
小田倉はそう言いながら、机の脇に立っていた三人に視線をくべる。
「まず漫画班の班長が湯浅(ゆあさ)」
健斗より若干背が低いが、背の高い湯浅は細面の顔を健斗と冬花に向けると会釈をする。
「アニメ班が小汐(おしお)」
三人の中で一番背の低い小汐は、フンといった感じで二人に視線を一瞥させると、会釈も何もしないですぐにそれを逸らせる。
「小説班は辻川(つじかわ)」
三人の中で中肉中背といった雰囲気の辻川は、ニコッと微笑を二人に送り会釈をする。
三人三様とは言うが、みなメガネをかけているし、何となくそれ(オタク)の雰囲気が三人から流れているような気がするよ……。
「その三人と統括するのが俺というわけだが、いわゆる雑用係みたいな物だな? ガハハ」
床を揺らすような豪快な笑い声を上げる小田倉に健斗は苦笑いを浮かべるが、冬花は悩んだような顔をして不気味な笑顔を浮かべている小田倉の顔を見つめている。
「どの班に入るというのは個人の自由なんですよね?」
冬花の一言に、漫画班の湯浅が大きくうなずく。
「そうだ、自分が一番やりたい事をやるのが一番、我々はそれに文句を言う事はないし、各班がそれをお互いに支援するようにしている」
当たり前の事なんだけれどね?
「だったらあたしは『小説班』が良いです。あたし小説が書きたいんです」
驚いた表情を浮かべているのは健斗だけではなく、なぜか小説班班長の辻川も、素直に驚いた表情を隠さないでいるが、冬花は真剣な表情のままでいる。
「それはかまわんぞ? 辻川よかったな? それと、茅沼君だったな? 君はどうするんだ?」
小田倉から話を振られた健斗は、少し躊躇しながらも自分の希望を述べる。
「ハハ、今年は二人の新入部員が入ってくるとは思ってもいなかったよ」
辻川は、涙を流さんばかりの表情を浮かべながら、その潤んだ視線を健斗と冬花に向けてきて、その視線を受けた健斗と冬花はお互いに顔を見合わせながら苦笑いを浮かべる。
「にゅ〜ぶきぼぉ〜でぇ〜っす!」
辻川以外のみんなが失笑を浮かべていると、いきなり入口の扉が勢いよく開き、そこから小学生のような小さな影が元気一杯に飛び込んでくる。
な? なんだぁ?
さすがの小田倉も驚いたのか、小さな目を必死に開き(と言っても遠目にはその変化がよくわからないが)その小さな人物を見つめ、辻川はその乱入者に気がついていないのか、感涙の涙を流したままで、小汐は途端に鼻息を荒くしながら見つめており、唯一冷静だった湯浅が理解できないという顔をしながらも、その小さな乱入者に声をかける。
「エッと、ここは大学のサークルだよ?」
極力優しく声をかけているつもりなのだろうが、その声はどこか上ずっている。
「ウン、だからにゅーぶきぼーだよ?」
少女は少しキーの高い声で満面の笑みを浮かべながら湯浅の顔を見据えているが、その視線の矢面に立った湯浅の表情は、完全に困惑を浮かべている。
「入部希望って……」
いくらか復活の小田倉はその体をノシノシといった風に少女の前に持っていくと、その身長差のせいで周囲の遠近感を狂わせる。
「お嬢ちゃん、ここは大学なの、だから……」
腰を器用に曲げ、少女の目線まで自分の視線を落とすと不器用にも微笑んでいる。
よくあの先輩の顔を見て泣き出さないものだな?
ヘンな所に感心している健斗は、その成り行きを固唾を呑んで見つめる。
「大学でしょ? だから……アァッ!」
少女は何かに気がついたように、プクッと頬を膨らませながら小田倉の顔を睨みつけるが、その顔にはまったくといって迫力が無い。
「ぶぅ」
そんな少女の様子に、どことなく小田倉は頬を赤らめているようにも見えるが、過敏な反応を示したのは小汐だった。
「萌ぇ〜〜〜〜っ!」
そう言ったかと思うと、ダダダという乱暴な足音を立てながら部室から飛び出してゆく、と。
「ど、どうしたんですか小汐班長?」
入れ替わりに背の高いスレンダーな女性がキョトンとした顔をしながら入ってくる。
「おぉ、藤宮君」
困り顔の小田倉は、入ってきた女性に助けを請うような顔(たぶんそう表現して間違いないだろう)をしながら、ゴゴゴという音を立てるように立ち上がる。
「ん? どうしたんですか小田倉部長……って?」
スレンダーな女性は、そこではじめて少女の存在に気がついたのであろう、少し猫目がかった目を大きく見開いて、腰をかがめる。
「確かあなたは津花さん……だったわよね?」
お知り合いなんですか?
スレンダー女性はそう言いながら少女の顔を見つめると、少女の頬の膨らみがいくらか納まってゆき、代わりに周囲の視線がその女性に向く。
「藤宮さん、彼女の事を知っているのかい?」
湯浅は冷静そうではあるが、やはり顔をちょっと赤らめながら少女の事を見てから、藤宮と呼ばれるスレンダー女性に視線を向ける。
「ハイ、彼女は今年入学の津花愛美(つばなまなみ)さんですね? あたし今年の入学事務局で手伝いをしていたからよく知っているんです。今年の首席ですよ」
「「エェーッ?」」
その場にいた全員から驚きの声が上がるが、愛美は再び頬を膨らませながらまだ真新しい学生証をポシェットの中から取り出し、印籠のように掲げ上げる。
「津花愛美、社会福祉学科一年ですぅ」
首席入学というのにもビックリしたけれど、その体つきで大学一年生とは……カラオケボックスとかに行ったら、絶対に補導されるだろうよ……世の中には見た目だけでは判断できない事がまだまだあるんだな? 大学に入ってはじめて知ったよ。
健斗の隣にいた冬花もさすがに驚きを隠せないような顔をしている。
「それで? そちらのお二人さんと共に入部希望者という事なのかしら?」
スレンダー女性は腰を上げると、健斗と冬花に視線を向けてくる。
「そうだ、この二人は貴重な小説班のニューフェイスなんだ!」
復活した辻川は、今にもその女性に噛みつかんばかりの勢いで見ると、女性は苦笑いを浮かべながらそんな辻川の事を手で制する。
「わ、わかりましたよ辻川班長……はじめまして、あたしは藤宮花織(ふじみやかおり)アニメ班に所属しているわ? よろしくね?」
ベリーショートの髪の毛から見える耳にはピアスが光っており、自己紹介する彼女がペコリと頭を下げると光の加減でそれがキラリと光る。
「俺、茅沼健斗です」
少し大人っぽいその雰囲気に、健斗は少し胸を高鳴らせながら自己紹介をする。
「あたしは浪岡冬花です」
=U=
「そうなんだぁ、茅沼クンって小説家志望なんだぁ……すごいなぁ」
部室を後にした健斗たちは、大学内にあるしゃれたカフェテラスで一息ついている。
「すごくないよ、すごかったら今頃もっとちゃんとしているはず……投稿してもいつも一時選考で落選するし、ちょっと自分に自信が無くなってきたところ」
自分で言いながら自分の胸にナイフを突き刺したような感じかも……サクって……。
コーヒーを口に含みながら、ちょっと情けない顔をする健斗に、冬花は満面の笑みを浮かべて顔をにじり寄せてくる。
「そんな事ないよ? 夢を追い続けているんだもん、いつかは花開く時が来るよ、あたしみたいに趣味でやろうとしている人間とは違うはずよ」
ニコッ。その冬花の微笑に、健斗の顔は無意識に赤らむ。
「そうだよ! あたしだって声優になるのが夢なんだもん、だから『mas』に入ったんだよ?」
目の前でフルーツパフェをパクつく愛美の姿は、まさに小学生に見える。
「そっかぁ、みんなすごいなぁ、ちゃんと自分の夢を持っているんだぁ、あたしなんてなにも考えていないよぉ……ちょっと心配かも」
困ったように冬花は眉毛を八の字にしながらテーブルの上に置かれている紅茶ポットを見る。
「へっきだよ? 夢なんて見ているから偉いという物じゃないの、それをいかに自分に近づけるかの方が大切だからね? 冬花だってそのうち自分で見つける事が出来る日が来るよ? 例えばお嫁さんだっていいかもしれないし、OLでもいいじゃない?」
パフェを頬張りながら話す愛美に、健斗と冬花は顔を見合わせる。
幼い顔をしているわりには、きちんとした人生ピジョンをお持ちのようで……ナリは小学生だけれど、やっぱり頭は大学首席だなぁ。
関心顔の健斗の目の前では、既に空になったパフェグラスを名残惜しそうな顔で覗き込みながら、チラッと健斗に視線を向けてくる。
「えっとぉ……健斗サマは、太った女の子って嫌いですか?」
け、健斗サマだぁ?
愛美の一言に、健斗は口に含んだコーヒーを危うく吹き出すところだった。
「べ、別に嫌いじゃないよ……程度にもよるけれど……って、なんだってサマ?」
愛美の質問に律儀に答える健斗に、愛美は嬉しそうな顔をして近くを通ったウェイトレスに二杯目のパフェを注文し、長い黒髪を揺らしながら首を傾げて健斗の顔を覗き込む。
「だって、背が高いし、カッコいいからあたしの中では『健斗サマ』なんだけれど?」
カッコいい。この台詞に健斗の頬はだらしなく緩みそうになるが、すんでの所で踏みとどまり、ニコニコ顔の愛美の顔をジッと見つめる。
「言っておくけれど、おだてたっておごらないからな?」
釘をさすような健斗の言葉に、愛美はペロッとチェリーピンクの舌を差し出し、おどけた表情を作る……やはりその表情だけを見ると小学生のようだ。
「ちぇっ! バレちゃった? テヘヘ」
自分の頭をコツンと叩くような素振りを見せて、その視線を冬花に向けると、冬花も楽しそうな笑顔を浮かべながらその様子を見つめている。
「あら? 新入部員三人組でこんな所で何をやっているのかな?」
健斗の背後から女性の声がして振り向くと、そこにはベリーショートの髪の毛にスレンダーボディーな花織が立っており、先のその存在に気がついていた愛美は、半月のような口をしながらパタパタとその姿に手を振っている。
「藤宮先輩? 別に何をやっているわけでは無いんですけれど、ちょっとお茶にしようという事になって……先輩こそどうしたんですか?」
胸元にシワが寄っているレイヤー風のカットソーに、ブラックデニムのパンツという、今までに健斗が接触をした事のある女性の中にはいないような格好をした花織は、柔らかな微笑を浮かべながら愛美の隣に腰掛け、なぜだかジッと健斗の顔を見つめてくると、そんな花織の表情を受けて、健斗はつい顔を袖でゴシっと拭き、その様子に花織はまるでプレゼントを貰った小さな女の子のように顔に笑顔を膨らませる。
「あたしは可愛い後輩たちの監視……なぁんて、嘘よ、帰ろうと思っておもてを歩いていたらあなたたちの姿が見えたから寄っただけ……って、愛美ちゃん? そんな怯えた顔をしないでよぉ、冗談よ、冗談、ジョークだから気にしないで? どんどん食べてかまわないから、愛美ちゃんは全然太っていないし、体型を気にする事はないわよ? モリモリといっぱい食べて元気な子に育つんだよぉ……ね?」
隣でパフェにスプーンを伸ばした状態で固まり、恨めしそうな顔をしながら花織の事を潤んだ瞳で見つめている愛美に気がつき、花織は慌てたように両手を振りながらその場を繕おうとしているが、小さな肩をプルプルと震わせる愛美は、まるでチワワのように怯えた目をして、その目を上目遣いに花織に向けている。
ちょっとブラックが入っていますぜ藤宮先輩……津花さんだけじゃなくっても、ちょっと引いちゃいますよ? ほら、浪岡さんだって驚いたような顔を……していない?
苦笑いを浮かべつつ、健斗は隣に座る冬花をチラッと見ると、意外にも驚いたような顔をせずに飄々とした顔をしながら紅茶をすすっている。
この娘は意外に大物かもしれないな? ちょっと天然が入っているかと思ったけれど、この状況に動じないと言うのはたいしたものだ……。
「ちょっとぉ、健ちゃんもフォローをしてよぉ……この顔で泣かれた日には、あたしゃあどうしていいかわからないよぉ」
助けを請うような顔をした花織は、健斗の顔を見据えてくるが、その台詞の一部に違和感を覚えた健斗は、その顔を花織に向ける。
け、健ちゃんって……。
やたらとフレンドリーな呼び方をしてくる花織に対して、素直に健斗は驚きの表情を提供するが、当の彼女は場を取り繕うのに精一杯のようだ。
「ほらほら、愛美ちゃんここのケーキセットも美味しいんだよ? お腹に余裕があったら食べてみてね? 今日はお姉さんがご馳走してあげるからぁ」
ちょっとイメージが違うかな? 藤宮先輩って……もう少し毅然とした感じの女性かと思っていたけれど、意外に普通の女性だったりする。
花織の一言に目の色を変えた愛美は、それまでの泣き顔を笑顔に一転させて、鼻歌交じりにメニューに顔を向けている。
「楽しそうなサークルね? もうちょっと陰気な感じかと思っていたけれど、少しホッとしたかも……茅沼クン、これからもよろしくね?」
隣に座る冬花はいつの間にか健斗の顔を覗き込み、楽しそうな笑顔を浮かべ、目の前で繰り広げられている花織と愛美のやり取りに耳を傾けている。
「ん? あぁ、こちらこそ」