第二話 空を見上げて



「それじゃあ、やるね」

そう言って、高原さんは両目をおさえ、顔を左右に振りながら体を激しく動かす。

俺は草むらに座り、昨日も見た演技を少し離れたところで見つめていた。高原さんの演技はセリフがなくても、見ているだけで演劇に関して素人の俺でもその痛々しさが伝わってくる見事なものだった。

「実沼くん、どうかな?」

演技を終えた高原さんが不安と期待が入り混じった表情で俺をじっと見つめる。

今日もまた常磐公園の隅の林の中で、今度は劇の内容を教えてもらってから昨日見た演技を再び見せてもらっていた。

「う〜〜〜〜ん・・・ガラスの破片が顔に降りかかったんなら、顔全体を覆うのが普通じゃねえかな?」

演技に圧倒されていた俺は、なんとか一つだけしぼりだせた意見を言うと、

「あっ!そっか!!そうだよね。目だけおさえているのって変だね。全然、気が付かなかった。うっかりしてたよ。ありがと」

一つの発見に大喜びする高原さんを見て、彼女の劇に対して真剣に取り組む姿勢とか思い入れとかがひしひしと伝わってきた。

「いや、まあ、そんなに大したこと言ってないのにあんまし喜ばれると逆に困るんだけど」

大げさに喜ぶ高原さんの姿を見て、発言力のない自分が情けなく思えた。

そんな俺を尻目に彼女は、

「そんなことないよ。実沼くんに言われなかったら本番までそのままだったかもしれなかったんだから」

依然と嬉々しながら言い、続けて、

「そうだなぁ・・お詫びに何かご馳走しちゃおうかな。劇団の練習は午後からだし・・どうかな?」

「う〜ん・・それじゃあ、まあ、お言葉に甘えて」

食費も浮くことだし、と心の中で付け加えて彼女の申し出を受けた。



常磐公園の近くのいつも練習の後に寄っている喫茶店で注文したものがくるのを待ちながら、

「あたしが所属している劇団『Wings』は旭川を中心に近くの市民劇場で公演している裏方の人も含めて十五人位の小さな劇団なの。最大で札幌までいったことがあるかな」

実沼くんの質問に答えていた。

「ふぅ〜〜ん、そうなんだ」

実沼くんは興味があるのかないのかよくわからないような変化のない表情でそう言って、

「高原さんはいつからその劇団に入ってるんだ?」

続けざまに質問をする。

「高校を卒業してすぐに入ったの」

質問するってことは興味があるってことよね。

そう思いながらも答えていた。

「よく決心したなぁ・・・俺にはそんなことできなさそうだな」

感心している実沼くんに今度は私が、

「ねぇ、そういえば実沼くんって何しているの?」

見た目は二十五歳前後ってところだし、学生ではなさそうよね。

質問すると、彼は少し困惑した表情を浮かべて、

「えっと・・まあ、その・・働いていないっていうか、働く気がないというか・・要するにニートというやつです」

言いにくそうな感じでボソッと答えた。

「それなら何で旭川に?さっき東京に住んでいたって言っていたよね?」

喫茶店に向かう途中で実沼くんは確かに東京から来たって言っていたから、仕事の都合でこっちに住んでいると思ったんだけど・・・

「それは親父が無理やり俺を旭川に送りつけやがったんだ!」

実沼くんは怒りをあらわにして答えた。私は続けて、

「じゃあ、ここで仕事を見つけようとしているんだ?」

そう聞くと、実沼くんはさっきとは打って変わって黙り込んで私の方を呆然と見ていた。

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

しばらくの間、無言の気まずい時間が流れていると、

「お待たせしました」

女性店員が注文したコーヒーとサンドイッチを持って来た。

ナイスタイミング!!助かったわぁ・・

「ほら、実沼くん。実沼くんの頼んだサンドイッチがきたよ」

サンドイッチを実沼くんの前に運んで、

「最近はそういう人も多いけど、そういう人たちって、まだ自分を探している途中なんじゃないかなって思うんだ。何が自分にとってふさわしいかなんてすぐに見つかるものじゃないもんね」

励ますようにそう言った。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

またもや無言の時間が流れ、ようやく実沼くんが緩慢とした動きでサンドイッチを一口食べたけど、相変わらず何も言わなかった。

「ごめん・・言いにくいこと聞いちゃったね」

私が謝ると、実沼くんは笑顔を浮かべて、

「言いにくいことって何?・・それにしてもあそこじゃ暗くてよくわからなかったけど高原さんって美人だよなぁ。思わず見とれちゃったよ」

「もぉ・・ずっとだまっていたから私のせいだって思っちゃったじゃない」

「はっはっはっ・・・俺はそんなこと全然気にしてないって、まあ、いずれは何かの職にありつけるんじゃねえの」

陽気に笑いながらサンドイッチをほおばる実沼くんの姿を見て安心した。



「それじゃあ、また明日ね」

「ああ、サンドイッチごちそうさま」

喫茶店での食事を終え、高原さんは劇団の練習のために事務所へ向かって行った。

「自分を探している途中・・・か」

特に何もすることのない俺は平和通買物公園と呼ばれる様々な店と彫刻やオブジェが所々に並ぶ長い通りを歩いていく。

喫茶店では笑ってごまかしたけど、正直なところ自分に情けなさを感じてごまかしの言葉を考えるのにしばらく時間がかかってしまった。

それでも働こうと思うことのない自分によりいっそう情けなさを感じ、タウン情報が絶えず流れる買物公園の人ごみの中で、人に紛れることでこの気持ちも紛れるような気がして、ゆっくりゆっくりとなるべく何も考えないようにして歩いていった。

夏休みのせいか、すれ違う人が多く、子ども連れだったりカップルだったり、中には金髪の女性を連れた人もいたりした。

その多くの人が学生、もしくは就職して働きながらも日々の生活を送っている。最近はフリーターやニートが増加しているといってもこの人ごみの中のほんの一握りくらいだろう。

どうして俺は働こうと思えないのか。ちゃんと働いて収入を得ればもっとましな生活が送れるというのに・・・それがわかっていても何もする気が起きないという事実はどうしようも出来ないことだ。

何も考えないようにしようとすればする程に余計な考えが浮かび、とうとう買物公園の端、旭川駅が見えるところまで歩いてしまい。結局、この気持ちを紛らわすことが出来なかった俺は、

「どうすれば俺はやりたいことをみつけられるんだろう」

まるで途方もなく広く複雑な迷路にいつの間にか迷い込んでいることに気付き、出口を求めるかのように青く広がる大きな空を見上げた。

続く・・・

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