第三話 封筒



「さて、これから何すっかな」

すでに習慣となった高原さんの練習の見学が終わると相変わらず暇だった。

しばらくの間、ぶらぶらと街を歩いていると、

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携帯が鳴り出した。

携帯を取り出し、液晶に表示された内容を見て、

「なんだ、親父からか」

こっちに来てから大体一カ月おきにこうして親父から電話があり、面倒臭そうに出てみると、

「ハロー、翔!元気にしておるか?」

こんな風に今、親父達がいる国の挨拶をしながらいつものセリフを言うのが月刊になっていた。どうやら今度はアメリカにいるようだ。

「はいはい一応元気ですよ」

俺もいつものように答えると、

「なんじゃつまらん。その様子だと進展はないようじゃな」

またもやいつものように親父が残念そうに言い、続けて、

「今、わしらはハリウッドにいるのじゃが。お前くらいの年の女性が住み込みで映画の勉強に来ておったぞ。お前も少しは見習ったらどうじゃ」

「そんなの俺には関係ないだろ。俺は自分のペースでやるだけだっつの」

毎度のごとく説教を言う親父に適当な返事を返す。

「そうか、まったく、情けのないやつじゃの。恵もそう思わんか?」

親父が隣にいるであろうお袋に同意を求める声が聞こえ、

「ええ、そうですわねぇ」

かすかにお袋の声が聞こえた。

「仕方がないのぉ。まあ、何か変化があったらいつでもわしらに連絡するんじゃな。それでは、シーユーアゲインじゃ」

またいつものセリフとその国の別れの言葉を言って、ブッツリと通話が途切れた。

俺は携帯を手に握り締めながら、

「そんなこと・・・わかってるよ」

前よりもバイトの時間を増やしてみても依然としてぬぐうことの出来ない情けなさに自然と気分も沈んでいった。

「ふぅ・・・さて、これからどうしますかね?」

いつまでもこうしていても何も変わらないことだけはわかっている俺は、一度のため息で気分を切り替え、どうしようかと思索しているうちに一人の人物の姿が思い浮かんだ。

「ああ、そうだ。久しぶりにオッサンのところにでも行ってみるかな」

一年前に旭川に強制的に送られたばかりの頃、今まで贅沢していた俺に節約など出来るはずもなく、助けを求めて何度も訪れた場所に向かって歩き出した。



俺は一件の建物の前で足を止め、看板を見上げて、

「土産屋木工堂・・ここだな、久しぶりだったから危うく迷うところだったぜ」

確認を取り、シャッターが下りている店の裏手に回り、玄関口の呼び鈴を鳴らす。

しばらく待っていると扉が開き、

「なにかようですか?・・・って、なんだ翔か」

大学時代によくつるんだ悪友の小嶋堅が出て、そう言った。

「なんだ?最近は姿を見せなかったがまた死にそうにでもなってるのか?」

「うっせぇ、オッサン!もうお前の助けなんか必要ねえっての!」

「まあ、それならいいがな・・・っていうかオッサン言うな!」

「わりぃわりぃ、でもお前のその顔・・・どころか格好までオッサンになってるじゃねか」

実際、堅の顔は同い年であるにもかかわらず、所帯でも持っていそうな貫禄のある顔に加え、紺の半袖と膝の位置より少し下のズボンの和服がますます年食ったオッサンのような風体を醸し出していた。ちなみに奴は未婚だ。

「日本人が甚平(じんべい)着て何が悪いんだよ!・・・まあ、いいわ。それよりあがってくんだろ?それなら早くあがれ、茶ぐらいだすぞ」

短い黒髪を仕様がないといった風にガシガシと掻きながら家の中に入っていき、俺もその後に続いて中に入っていった。

二階にあるリビングに向かい階段を上りながら、

「この店は観光客が大勢いる書入時に休んでいても平気なのかよ?」

堅に聞くと、堅は気楽に、

「うちは代々マイペースでいくことになってるんだよ」

そんなことでこの店の経営は大丈夫なのか?

「それに土産屋とはいっても観光客以外にも客は来るしな」

確かに木工堂はアクセサリー、食器、置物、その他の全ての商品が木で出来ていて、その全てが手作りなために観光客じゃなくても買いに来る人がいると、以前、堅が言っていた。

「さて、ちょっと待ってろ。今、お茶を淹れるから」

リビングに着くと堅はそう言ってお茶を淹れに台所に向かった。

「堅、そういえばお前、ここに一人で暮らしてるんだっけ?」

台所にいる堅に少し声を大きくして言った。

「ああ、そうだぞ。店を担当する奴が店番もかねてここで暮らすことになってるんだ。だから親父は実家で商品作りに専念してる」

「じゃあ、堅もいずれはなんか作ったりすんのか?」

そう質問すると、片手に湯のみをのせたおぼんを持ってこちらにむかってくる堅が何かを投げてよこした。

手にしたそれをよく見ると、手のひらサイズの木彫りの梟?のようないびつなものがあった。

それを見た俺はお茶をテーブルに置く堅に茶化して、

「なんだよこれ?もしかしてお前が作ったのか?」

すると堅は恥ずかしそうに顔をそむけ、

「そうだよ!でもそれは単に失敗作ってだけで、ちゃんとしたのは売り物になってんだよ!」

ふ〜ん、そうなのか。以外に器用なんだな。

感心しながらお茶をすすり、あたりを見回すと、俺が座っているソファの俺が座っているすぐそばにA4サイズの封筒が置かれていた。

「ん?なんだこれ?」

おもむろに封筒を手に取ると、堅が慌てて、

「ちょっと待った!その封筒は大事なものが入っているから触らんでくれ」

「まったく、そんな大事なものをこんなところに置くなよな」

封筒をテーブルにそっと置いた。

「ところで翔。しばらくこなかったが何か進展したことでもあったのか?」

堅がそう切り出し、俺はその問いにさらっと、

「いや、なんにも」

「お前はなぁ・・・じゃあ、今はどうやって生活してるんだよ?」

堅が呆れるように言ってから続けた質問に、

「それなら問題ないぞ!テレビでやってた芸能人が一ヶ月を一万円で生活する、とかいう番組をまねてやりくりしてるからよ」

俺はどうだ!と言わんばかりに胸をはって答えた。

堅はさらに呆れた様子で、

「そうかそうか。こっちにしても面倒はないにこした事はないからな」

俺はリアクションの薄い堅に対してつまらんといった具合に、

「ああ、そうですか。ならそろそろおいとましましょうかね」

そう言って席を立つと、堅がソファに座ったままひらひらと手を振りながら、

「こっちもほどほどに暇だから来たくなったらまた来いよな」

見送る気はなしかよ!などど思いながらも玄関に向かい、木工堂を後にした。



翔がいなくなって静かになったリビングでテーブルに置かれた封筒を見つめて、

「ふぅ・・・」

安堵のため息をつき、封筒を手にする。

「まったく・・・いつになったら渡せる日がくるのやら」

封筒を裏返すと、のりで封をされた封筒の口には実沼と書かれた判子で封印されていた。



あれは翔が旭川に送られて来る数日前、俺の携帯に電話がかかってきた。

「君が翔の大学時代の友人だった小嶋堅くんかね?」

電話に出ると、しわがれてはいるがまだ元気さが残っている老人のような声がそう言った。

「そうですけど、そういうあなたは誰ですか?」

不信に思いながらも答え、質問を返すと、

「おおっ!悪かったな。わしは翔の親の亮じゃ」

「はぁ、そうですか。それで翔の親父が俺になんのようですか?」

そう言うと翔の親父は困ったような口調で、

「それがじゃな、翔の奴がいつまで経っても何もせずだらだらとしておるから、ちょっと灸を据えてやろうと思うて、小嶋くんの住んでいる旭川に送り出して強制的に一人暮らしでもさせてやろうと思っておるのじゃ」

翔の奴そんなことになってるのかよ・・・いいかげんなあいつらしいというかなんというか・・・ってか翔の親父もまた無茶なことしようとしてるな。

「それと俺になんの関係があるんですか?」

なんとなく嫌な予感はしていたが、一応、聞いてみると、

「さすがに餓死されても困るからのぅ。小嶋くんには翔がそっちでも暮らせるように必要なことを教えて、食うに困っているようならぎりぎりまで待ってから助けてやって欲しいんじゃ。あくまでもぎりぎりまでの」

翔の親父は最後の部分を強調して言った。

まあ、そんなところだろう。

なんとなく予想がついていた俺は、

「わかりました。ぎりぎりまでですね」

とくに断る理由もないからな。

そう思って了承した。

「それと最後にもう一つ。翔に変化があったらじゃが、そのときに渡して欲しいものがあるんじゃ」

「なんですか、それは?」

「中身は秘密じゃが、そんなにかさばるもんじゃないからよろしく頼むぞ」

「はぁ、わかりました」



そうしてこの封筒が送られてきた。

「あの様子じゃ、まだまだだよなぁ」

俺の目には翔は相変わらず、お気楽でいい加減に見えた。

「俺も似たようなもんだけどな」

俺には実家の仕事を継ぐという逃げ道・・・今はそんなに嫌ではないが、それがあったからこうしていられる。

翔はそれがなかったから苦労・・・しているようには見えないが、見てないところで苦労くらいはしているだろう・・・

「たまには飯でもおごってやるかな」

似たもの同士の翔をなんだか放って置けない俺は、翔がまともに働く気になるまで少しは助けてやろうかな、と思いながら、封筒を机の引出しにしまった。

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