You May Dream

第一話 夢と現実



=プロローグ=

「お帰りぃー」

「Welcome To The Japan」

 日本語と、英語、韓国語もあるのかしら? さまざまな国の言葉が行きかう成田空港に、長い髪を翻らせる一人の女性。

「……久しぶりの日本、そしてあたしの行くところは一つだけ!」

 彼女はそう言いながらスーツケースを引く。かけたメガネの奥の瞳は、帰ってきた喜びが満ち溢れている。

 それにしても、日本という国は小さいのね? アメリカに行って痛感したわ、そんな狭い国にこれだけの人間がいるんだ……息苦しささえ感じるだろう、でも、だからこそ彼と出会う事ができたのかもしれないけれどね?

 彼女はそう思いながら少し大またに歩き、空港を後にする。

「オイ、あれ朝比奈京子じゃないか?」

 ロビーにいる若い男性二人が髪をたなびかせながら颯爽と歩く女性をチラッと見ながらコソッと話している。

「朝比奈京子? 誰だそれ」

 もう一人の男性は女性を見て首をかしげる。

「知らないのかよ、この前ハリウッドでドキュメント映画を撮って、何とかって言う賞を日本人では初めて取った監督だよ、綺麗な人だから覚えていたんだ」

 へぇ、あたしも結構有名人なのかしら? まぁあたしの腕を持ってすればあれぐらいの賞は楽勝なんだけれどね? 綺麗な人というところにはちょっと照れるけれど

 京子はその話を聞かないフリをして二人の前を通り過ぎるが、その頬はちょっと赤く染まっていた。

「そんな有名人が一人で歩いている訳ないだろ?」

 男性たちはそう言いながら二人で話を完結させていた。

 ところが歩いているのよね? ひとりで。

京子は含み笑いを浮かべながら、JR乗り場に進路を向ける。



「えぇっと、確か新浦安に引っ越したといっていたわね? メモメモ……あった、ここに行くには……」

 切符の販売機の前でうろうろしていると男性が背後から声をかけてくる。

「どこに行きたいの?」

 振り向くとメガネをかけた男性が京子を見て微笑んでいる。

 ちょっと彼に似ているかな? ウウン、彼のほうがもっとカッコいいよ……多分。

「ええ、ここに行くにはどうやって行ったらいいのか分からなくって」

 京子はにっこりと微笑みながら男性を見ると、その彼はちょっと頬を赤らめる。

「……だったら、えっと、途中の『蘇我』まで一緒ですからご案内しましょうか?」

 男性は人懐っこい笑顔で京子の事を見る。

「お願いできるかしら?」

 京子のその笑顔に負けないように微笑を返す。



「ここから京葉線に乗ってください、快速も止まりますから……じゃあ」

 蘇我駅のホームで男性……横田とさっき名乗っていた、が示す先に『京葉線のりば』の看板がかかっている。

「ありがとう助かったわ」

 京子は素直に横田に頭を下げると、一瞬顔を赤らめ、再び人懐っこい笑顔を見せる。

「いえ、道中気を付けてくださいね?」

 横田はそう言いながら手をあげ改札口に向かって歩いてゆく。

 まだ大学生と言っていたわね? 確かはじめて彼とであったのもその頃だったわね……それからもう五年かぁ。

 京子はふっと自嘲気味なため息をつきながら、彼の示した乗り場に足を向ける。

「親切な人がいるのも日本のいいところよね!」

 京子はそう言いながら再びスーツケースを引く。

『お待たせいたしました、海浜幕張、新浦安方面に参ります京葉線快速東京行きです』

 車内のアナウンスが彼の住んでいる街の駅名を告げると京子の胸の中にツーンとした感覚が生まれる。



=再会と戸惑い=

「ここね?」

 既に夜の帳が下りた新浦安駅を降りて、人に聞きながら歩くこと二十分、公団住宅が立ち並ぶ一角に比較的大きなマンションが京子の目前にそびえ立つ。

 結構いいところね? 一人で暮らすにはもったいないかもしれない。もしかして二人で暮らすために借りているとか……なぁんてね。

 京子は一人で頬を赤らめながら再び住所の書かれているメモに視線を落とす。日本に上陸して何度も見たメモは大分くたびれた様子になっている。

「えっと、八階の……っと」

 京子は浮かれた様子でオートロックに部屋の番号を入力する。

 ここに彼がいる……声だけはほぼ毎日のように聞いているけれど、会うのは一年ぶりになるのかしら? 彼はどんな顔をするかしら、いきなりだからきっと驚くだろうな……。

 彼には京子の来日を知らせていない、平日である今日、夜の七時を過ぎたとからといっても帰ってきているか疑問ではあるが、でも自分で出した決心を鈍らせるわけには行かない。

 ぴんぽぉーん。

 少し重厚な音のする呼び鈴がなる、が、返答の様子が無い。

「やっぱりまだ帰ってきていないのかしら?」

 京子がその場を立ち去ろうとすると、インターホンに雑音が入る。

「……はい」

 京子はその声に目を真ん丸くする。

 女? いや、というよりはもっと幼い感じ……少女といってもいいかもしれないわね?

「もしもし?」

 あきらかに幼い声が再びインターホン越しに聞こえる。

「ごめんなさい……そちらは……」

 念のために彼の名前を挙げながらもメモとのにらめっこを開始する。おかしい、ちゃんと部屋の番号は確認したし、入力も間違えていないはず……彼にこんな幼い妹がいるとも聞いたことが無いし。

「えっと、ハイそうですけれど……どなたさんでしょうか?」

 今この幼子は『そう』と言ったわよね? 彼女のポジションがあたしには理解できないんだけれど。

 京子はしきりに首を傾げる、しかし、その疑問点を放置しておくわけにはいかない。

「……芽衣、だれだぁ」

 インターホンの向こう、かなり遠い位置であろうがはっきりと京子の耳に入ってきた声は、いつもと同じ声。

 彼の声がすると言う事は間違えたわけではない、だったらこの声の主は一体誰なの?

「ちょっと、あなたいるんだったらここ開けなさい!」

 京子の声が張りあがり、マンション郡の空に響きわたる。



「ハチカイデス」

「分かっているわよ!」

 京子は険しい顔を維持しながらもエレベーターの一言に文句を言う。

 なにが起きているか分からない、少なくとも今あたしがこの階に足を踏み入れた事は彼にはわかっているはず。

 京子一言の後インターホンは切れ、正面玄関の鍵がガチャンと開いた。

 笑顔で会おうと思っていたのに、きっとあたしは今怖い顔をしているだろうな?

 その通りだった、京子の目はつりあがり、風にあおられたせいで乱れている髪の毛はまるで逆立っているようだし、なによりも足取りが重みを持っている。

 ぴんぽぉーん。

 再び重厚な呼び鈴の音がし、玄関の鍵が開く気配がある。

 落ち着け、とりあえず笑顔を……。

 京子は口の端を両手の中指で上に吊り上げるが、むしろ迫力が増しただけのような気が……。

「……ハァイ」

 京子の目の前の扉が恐る恐ると言った感じで開かれ、そこから顔を出したのは小学生ぐらいの女の子。京子のお腹位までしかないであろうその身長と、背中まであるつやのある長い髪の毛、そしてパンパンに張っている肌は間違いなく子供に与えられた特権だ。

「えぇっと……あなたは?」

 愛らしい顔をしたその女の子の目にはちょっとおびえた色が浮んでいたが、京子が腰をかがめにっこりと微笑むと少し緊張が取れたようだった。

「……芽衣です」

 苗字は彼と同じ……、顔の造りもなんだか彼に似ているみたいだし……まさかね?

 京子は一瞬浮んだ疑惑に頭を振って取り除く。

「京子!」

 部屋の中から彼の声……今まで電話のスピーカー越しにしか聞けなかったその声があたしの鼓膜を心地よく響かせる。そう、あたしを呼び捨てに出来るのは彼だけ。

 腰をあげ芽衣の肩越しに彼の姿を見つける、その表情は驚きを隠せない。

 ウフ、やっぱり可愛いわね?

「ただいま」

 京子はさっきまで持っていた疑念をすべて忘れ、今目前にいる彼との再会に喜んだ。

「……おかえり」

 彼もそんな京子ににっこりと微笑み返す。



「いきなりだったからびっくりしたよ、インターホン越しに京子の声がしたから」

 彼はパジャマ代わりなのだろうか、スエットを着てリビングにくつろいでいる、風呂上りのその髪の毛はまだ乾いていない。

「作戦成功、あなたを驚かせようと思ってね?」

 意地の悪い笑顔を見せる京子に彼は苦笑いで答える。

 しかし、ふっと京子の脳裏にさっきの違和感がよみがえる、そしてその違和感が可愛らしいパジャマを着て彼の隣に座ると彼は無意識なのだろう、彼女の肩にかかっていたタオルを取りその頭をごしごしと拭き始める。

 なんだか親子みたい……。

「……ふにゅぅー、ねぇパパ、この人はだぁれ?」

「!」

 京子の思考回路が一瞬停止する。

 今この娘はなんていったの? パパ? パパと言ったような気がするけど、きっと気のせい、長旅で疲れているから、それにきっと時差ボケのせいよ……、パパ? ということはきっと父親という意味よね、だとすると次にママと呼ばれる存在がいるのでは? 誰がママなの? 少なくともあたしではない事だけは確かだわ。

「……子、京子」

 彼の呼ぶ声ではっと我に返る京子。

「……エッ?」

 動揺している……このあたしが動揺している。視線はさっきから部屋の中を意味もなく見回している、彼の目を正面から見ることが出来ない……いや、怖くて見られない。

 京子は同様を悟られないようにうつむく。

「な、なんでもないわ……気にしないで」

 目の前に置かれビールに注がれたグラスを一気にあおる。

「なんでもないこと無いだろう、顔色悪いよ、疲れたんだろう、久しぶりに日本式のお風呂に入っていけば?」

 彼はそう言いながら微笑む。

「……エッ、この家の?」

 京子は子供でも疑問に思わないことを口にして、しまったといった表情を作る。

「ハハ、ホテルのもいいけれど、この家の風呂も気持ちいいよ、入ってごらん」

 彼は無邪気に笑う、さっきから京子が疑問を抱いている事をまったく否定するような笑顔に京子は首をかしげる。

 彼は昔とまったく変わっていない、札幌で出会ったあの時と同じ、ただ違うのは彼の隣にいる子供。

「……遠慮なくいただくわ……疲れているみたい」

 京子はそう言い、ため息をついてリビングを立つ。



「ハァ……」

 京子は着ているものを脱ぎ捨て風呂場に入る、そこは普通の風呂場に変わりは無いが……。

「あら?」

 浴槽の横にある窓を見ると、東京の夜景が見える。それはちょうどお湯に浸かりながらも見えるようになっている。

 これのことを言っているのかしら、彼は? それにしては綺麗ではあるけれど平凡な景色だと思うけれど……。

 ザパァー

 京子はそんなことを思いつつも、身体にお湯をかけ、湯船につかる。

「ハァ……やっぱりこういう日本風呂はいいわよね? 日本人である事を痛感するわぁ」

 京子はどっぷりと身体を湯船に沈め、その窓から外を眺める。

 日本の景色……そして彼の暮らしているこのマンションのお風呂に今あたしが入っている、ちょっと不思議な感覚。そして彼が毎日眺めているであろうこの景色を今あたしが見ている。

「あっ?」

 京子は窓の外に見える景色に身を乗り出して見つめる。

「花火……こんな時期に?」

 窓の外には丸く広がる花火、それはさまざまな色を光らせながら広がっては消えてゆく。

「お姉ちゃん、花火見える?」

 京子は反射的に身を隠すが、その声はさっき彼に紹介された芽衣の声だった。

「えぇ、綺麗ね」

 京子は再び窓の外に視線を移す。

 本当に綺麗、多分あの花火はこの近くにあるディズニーランドの花火だろう、丸以外にもさまざまな形に広がったりしている。

「エヘ、よかった、タイミングよかったです、バスタオルをここにおいておきますから使ってください」

 風呂場の扉の向こう側から芽衣の去ってゆく気配が感じられる、耳を澄ますと花火の音が遠くに聞こえてくる。

「彼女は一体誰なの? 彼のことを『パパ』なんて呼んでいたわ……まさかと思うけれど、でも彼もあたしも既に適齢期……」

 そう、既に彼と出会ってから五年の歳月が経っている、その間、彼との付き合いは長距離恋愛だけと言っても過言ではない、きっと彼と顔を合わせている時間は五年の内一年、三百六十五日もないだろう。でも、彼はいつもあたしを思っていてくれた……はず……でも。

 京子は湯船にもぐる。

 もしかしたら、遅かった決意だったかな?

 京子は顔を上げると顔に付いた水滴をぬぐうのと動じに目からこぼれた物も一緒に拭い去る。



=夢=

「どうだった?」

 風呂上りの京子を迎えたのは、出会ったときとずっと変わらない彼の笑顔だった。

「……まぁまぁかな? 花火にはちょっと感動したけれど」

 京子が腰掛けると芽衣が、かいがしく京子の元にビールの缶とグラスを持ってくる。

「ありがとう、芽衣ちゃん」

 京子がニコッと微笑むと芽衣は恥ずかしそうに頬を染め、彼の隣に寄り添うように座る。

「さて、再会の乾杯をしようか、芽衣はジュースね」

 ハァイと大げさに手をあげる芽衣の行動に京子は目を細める。

「カンパァーイ」

 ウグウグ……プハァ。

 ゴクゴク……うーん!

 コクコク……ハァ。

 三人はそれぞれの表情でグラスに注がれた物を飲み干す。

「かぁぁ、うまい!」

 彼は一気にグラスに入っているビールを飲み干す。

「う〜ん、しみるわぁ」

 京子もグラスを置きながら満足げな表情を浮かべる。

「おいし」

 芽衣は二人のまねをするようにグラスを置く、その姿に京子は思わず笑顔がこぼれる。

 これぐらいのときって何でも大人の真似をしたがるものなのよね?

「芽衣、美味しいだろうけれど寝る前にちゃんと歯みがきしないと虫歯になっちゃうぞ?」

 彼が意地悪い顔で言うと、面倒くさそうな顔で芽衣は洗面所に向かう。

「……ねぇ、ひとつ確認させて」

 京子が意を決したように口を開く。それに彼は顔をちょっと曇らせながら振り向く。

「……芽衣の事だろ?」

 京子の一番質問したかった事を彼は言い当てる、そして京子はそれに対し言葉無く首だけをコクリと縦に振る。

「……パパってどういうこと?」

 京子の目が厳しくなる。

「話せば長くなるが、簡単に言えばあの娘は俺の子供じゃない……正確に言えばあの娘は俺の姪っ子になるんだ」

 姪っ子? 姪っ子だったら、おじさんか、お兄ちゃんと呼ばせればいいはずなのに、なんでわざわざパパなのかしら? まさかそんな趣味があるとか……。

 京子の目に軽蔑した色が浮かび上がり、彼はそれに気が付いたのか慌てたように手を振り、京子の浮かべた疑惑を否定する。

「……あの娘は俺の兄貴の子供なんだ」

 あなたの……お兄さん? 確かこの間亡くなったって……確か新聞記者で、紛争の取材をしている時に銃撃戦に巻き込まれ亡くなったとアメリカのニュースでも大きく報道されていたことを思い出す。

「結婚していたの?」

 お兄さんに奥さんがいたというのは聞いた事がない、ましてやあなたに姪っ子がいたということも知らなかった。

「……正式には結婚していない……俺と同じでだらしのない男だったからね、どこかの女につかまって子供ができたといって押し付けられたらしいよ、それで彼女を兄貴の子供として育ててきたって言うこと、人が良いというかなんと言うか……自分の子じゃないかもしれないのに本当にお人好しだよ」

 彼は呆れたようにそう言いながらも芽衣の消えた方を見るその目は優しいものだった。

 そんな事言って、あなたもあまり変わらないんじゃないの? 面倒ごとを背負い込むタイプなのかもしれないわね、あなたの家系って。

 京子は不意にはじめて彼とであったときを思い出す。

あの時もあたしの証人になるなんて言っていた、客観的に見れば厄介ごとを押し付けられた様なものよね?

「それであなたがお兄さんの代わりに彼女を?」

 あなたらしいというか、本当に人がいいわね?

「ウン、京子には黙っていて申し訳ないけれど、俺はあの子がどこかの育児所に連れて行かれるのが嫌で、無理を承知で兄貴の忘れ形見のあの娘を引き取る事にしたんだ」

 彼はペコリと頭をさげるがその目は真剣そのものだった。

「……ホントお人好しね? あなたって……それで彼女にパパと呼ばせているの?」

 京子は呆れ顔で彼のことを見る。

「あれは自然と芽衣が呼び出したんだ……まぁ、あの歳だったらパパと呼びたいことがいくらでもあるだろうし、彼女なりに兄貴のことは覚えているはず、そんな中でも俺のことをパパと呼んでくれるんだから俺は嬉しいよ」

 彼の顔がとても逞しく見える。出合った時とはまったく違った彼の姿が京子の目の前にある。その顔は大人の、そう頼りがいのある男性の顔に変わっている。

 京子はその表情に思わず自分の顔が赤らむことがわかる。

「それでめでたく一児の子持ちということ?」

 呆れたような顔で京子は彼のことを見るが、それは諦めにも似た表情が浮かんでいる。

「ウン、未婚の父だな……呆れているでしょ」

 彼はちょっとおどおどしたような表情で京子の事を見る。

 本当に呆れて何もいえないわよ……大好きな彼がいきなり一児の父親だなんて洒落にもならないわよね? でも、かえってそれが彼らしいというか……ちょっとホッとしたかもしれない。

「アハハ、あなたらしいわね?」

 京子が高らかに笑い出すと彼はきょとんとした顔で見つめる。

「京子?」

「ゴメンね? あまりにもあなたらしくって……安心した」

 京子は目じりに浮かんだ涙を拭いながら彼の顔を見つめる。

「それがあなたの望んだ夢なんでしょ? お兄さんの後を継いだとしても、あなたは彼女に対して夢を追い続けているんじゃないの? あたしは自分の夢を掴んだ、そして今度は違う夢を掴もうとして今日こうやって来たの」

 京子は緊張した面持ちで彼に向い直す。

「?」

 きょとんとしている彼に向いあたしがこれからベストと思うことを告げようとする。あなたと出会い、そしてあなたは優しくあたしの夢を支えてくれた、その気持ちに応えたい、そして目標を一つクリアした時、なんだか空しい感じに陥った。

「……あたしね…………あたし」

 そう、あたしの空しさの原因はあなただった。あたしの描いていた夢はあなたとの出会いによって変わっていたのかもしれない。

 京子は自分のひざの上に置いた手をじっと見つめる。

 そう、あたしの夢はあなたと出会った事によって変わっていた、ハリウッドへの進出、そしてそれによる名声……でもあたしの中ではそんなものはどうでも良いという感じが生まれていた……そう、あたしはあなたにあ・い・た・い。

「京子……」

 京子のそんな様子を彼は優しい瞳で見つめる。

「……もう、シネ研時間は終わり……だって……だって、あなたと少しでも長い間一緒にいたいから……だから……」

 不意に京子の視界がぼやける。

 そうあたしの決心した事は……。

「前に言ったわよね? あたしはあなたの事が好き……だからもう離れ離れは嫌……」

 そう、もうあなたと離れているのなんて懲り懲り……あたしがハリウッド以上に求めていた夢は……間違いが無い筈。

 京子は目を伏せ、胸の動悸を押さえるように自分の胸を手で押さえる。

「ぱぁぱ、ちゃんと歯磨きしてきたよ?」

 京子の口が開かれる直前に芽衣がニッコリと部屋に戻ってくる。

「どれぇ? ウン完璧だ、さぁ寝ろ、明日も学校だろ?」

 彼の前で歯をニィッと見せる芽衣に彼は笑顔を向けて寝室に入るように指示する。

「ウン! お姉ちゃんおやすみなさい!」

 芽衣はそう言いながらペコリと頭をさげ寝室であろう部屋に足を向ける。

「……あぁ、うん、お休みなさい」

 京子は呆気にとられたようにうなずきながらも愛らしいパジャマを着た芽衣の後姿を見送る。

「……」

「……」

 重苦しい空気が二人の間に流れる。

『ここ札幌にある『ちざきバラ園』では北海道の春を告げるかのようにバラが満開になっており、訪れている観光客の目得お楽しませています』

 テレビからの一言に二人は息を合わせたかのようにその画像を見る。その画像は初めて二人が出会ったときに見たときと同じアングルで映し出されている。

 あの時と同じ……何の気なしに訪れたときに、あなたはそこにいた……そして、微笑んでくれた。あの時はじめて自分から「ありがとう」ということを言ったような気がする。ううん、違う、照れくさかったけれどあなたの顔を見たときお礼を言わなければと思った……そうあなたは何か違った。

「……懐かしいなぁ」

 彼はその景色を見ながらそう呟く。

 本当に? 本当にそう思ってくれるの? あなたはこの景色を見て懐かしいと思ってくれるの? それは、あたしと会った場所だから? それとも……。

「……覚えている?」

 京子はそう言いながら彼の顔を覗き込む、その顔はちょっと赤らんでいた。

「忘れないよ……ここが全てだったんだから」

 彼は涼しい顔をして京子の顔を見つめる。

 そう……ここからあなたとの想い出がはじまったのは紛れも無い。



「ホテルはどこなの? このあたりだと『オリエンタルホテル』とか『ブライトン』かな」

 彼は照れくさそうな顔をしながら京子の顔を見る。

「ううん……違う」

 京子は首を横に振る。

「フーン……明日迎えに行くよ、時間あるんでしょ? 東京見物に行こうよ」

 彼はにっこりと微笑みながらあたしの顔を見るが、きっとあたしは今頬を赤らめているだろう……だって、ホテルは予約していない。

「……泊めて……くれない?」

 やっと言葉が出る。

「エッ?」

 彼はきょとんとした顔をしている、そういう反応するのが普通よね? あたしだって思い切った事をしていると思うわよ。

「ホテルは取っていないの……」

 京子はつぶやくように言う。

「だって……その……」

 明らかに彼は狼狽している……ウフ、やっぱり可愛いわね? こんな事を言ったら怒られるかもしれないけれど、でもあなたはまったく変わっていない。

 京子はホッとした笑顔を浮かべながら顔を上げる。

「いいからここにあたしを泊めなさい!」

「ハイィ」

 彼は背筋を伸ばしながら立ち上がる。

「ウフ……ウフフ」

「ハ……アハハハ」

 二人の笑い声が部屋の中に響き渡る。そして夜は更けてゆく。

 彼に言おうとした事は言えなかったけれど、彼の顔を見ながら話せるだけでも今日はよしとするかな?

 京子の決意は、まだ彼に話す事ができなかった。

第二話へ。