You May Dream
第二話 あなたと芽衣
=彼の生活=
「おはよ〜」
時差ボケには慣れているつもりだったが……目が開かないかも。
京子はメガネをかけ直しながら大きなあくびをする。
「アッ、お姉ちゃん、おはよ〜」
真っ先に京子を出迎えたのは彼の愛娘……芽衣だった。
「芽衣ちゃん、おはよ」
京子はにっこりと微笑みながら芽衣の頭を撫でる。
「お姉ちゃん、アメリカだとおはようのことを『ぐっともーにんぐ』って言うんですよね?」
芽衣は嬉しそうな顔をして京子の顔を見上げる。
「そうよ『Good morning』ってね?」
京子が流暢にそう言うと、芽衣の大きな瞳がさらに大きくなる。
「すごぉ〜い、お姉ちゃんアメリカ人みたいです」
ハハ、アメリカ人って昨日まで向こうにいたんだから当たり前なんだけれどね。
「アハ、ありがと……ところで芽衣ちゃん、その……パパは?」
どうも彼のことを『パパ』と呼ぶのにはちょっと抵抗があるわね。
「ウン、お仕事みたいです……さっき電話がかかってきて慌てて出て行ったから」
芽衣は申し訳なさそうな表情を浮かべ京子の顔を見る。
会社では情報処理という仕事をしているらしい彼は、今日休みといっていたが、会社からの呼び出しでは仕方がないわね?
「芽衣ちゃんが気にすることないわよ、ほら早くしないと遅刻しちゃうよ?」
京子はそう言いながらランドセルを背負っている芽衣の背中を押す。
「でも、お姉ちゃんパパの事嫌いになっちゃいませんか? 約束やぶるから」
芽衣ちゃん……。
「ウフ、大丈夫、嫌ったりなんてしないわよ」
京子の笑顔に芽衣はホッとした表情を浮かべる。
「よかった……じゃあ行ってきます」
赤いランドセルを京子は見送る。
懐かしいな、あたしもあんな赤いランドセルを躍らせながら学校に通ったわよね? それを今見送る立場になっている……大好きな人の子供を。
「ふう……さて主のいなくなったこの部屋をどうしようか」
部屋を見渡すと恐らく彼と芽衣の二人で片付けているのであろう、京子が片づけをする隙を見せないかのように綺麗に整頓されている。
きっとあっちのあたしの部屋の方が散らかっているかもしれないな……。
京子はアメリカのアパートの部屋を思い出し苦笑いを浮かべる。
「そうだ、洗濯物」
京子はそう言いながら洗濯機に向う。
「フーン、最近の小学生は……」
洗い終えたものを洗濯機から取り出すと、彼のシャツや……まぁ、当然よね? それと一緒にイチゴ模様の可愛らしい女の子用のショーツが出てくる、それを京子は感心しながら見る。
あたしの時代にはこんな可愛らしいのは無かったと思うけれど……。
「それにしても、洗濯物ためすぎじゃない?」
京子は洗濯機のキャパを越えたものを空になった洗濯機に投入し、第二ラウンドを開始する。
「良い天気、あぁ、これは海ね?」
ベランダに出ながら京子は外を眺めると、そこにはキラキラと光る海が広がる。
「北へ〜行こうランララン……」
京子は鼻歌交じりにさっきの芽衣のショーツや彼のシャツを干してゆく、海から吹いてくる風は心地よく京子の頬を撫ぜて行き、つい京子の頬が緩んでしまう。
なんだか奥さんになったみたい……ウフ、嫌いな家事だけれど、彼がこれを見たらなんていうかすごく楽しみかもしれないな。
京子は近くにあった布を握り締める。
あたしってこんな一面があったのね? 奥さんかぁ……ウフフフ。
一人クネクネしている京子はハッと自分の持っているものを広げてみると、それは彼のパンツだった。
「もぉ!」
京子はそう言いながら頬を膨らませつつもそれを干してゆく。
「やっと終わったかも……」
朝から始めた洗濯が終了したのはお昼になるところだった。
そろそろ芽衣ちゃんが帰ってくる頃ね? 何か作っておかなければいけないかな?
ぴんぽぉ〜ん。
重厚な呼び鈴が鳴り響く。
「お姉ちゃんただいまぁ」
玄関先から元気な芽衣の声が聞こえてくる。
あちゃ〜、何にも作っていないよ……。
「お帰り」
京子が声をかけると芽衣の笑顔が膨らむ。
「うん! ただいまっ!」
芽衣はそう言いながら京子に抱きつく。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ芽衣ちゃん」
不意をつかれ驚きながらその芽衣の小さな身体を受け止める。
「ううん、なんだか嬉しいんです、家に帰ってきて誰かにこうやって向い入れてもらうのが」
そういう芽衣がやけに可愛く見える、きっと彼女なりに寂しい思いもしていたんだろう、でも、彼にはそんな事を言わずに明るくしていたのだと思う、京子はつい芽衣に小さい頃の自分を重ねる。
「芽衣ちゃん……」
そっと芽衣を抱きしめようとした瞬間芽衣が京子から離れる。
「お昼何にしますか?」
芽衣はそう言いながらランドセルをソファーに放り出し、冷蔵庫にかけてあったエプロンを手にする。
「エッ? 芽衣ちゃんが作るの?」
京子は呆気にとられながら冷蔵庫を覗き込む芽衣に視線を送る。
「うーん、ベーコンあるし、お姉ちゃんはピーマン大丈夫ですか?」
まさか小学四年生に好き嫌いを聞かれるとは思わなかった。
「大丈夫よ」
そう答える京子に芽衣は笑顔を浮かべながらうなずく。
「だったらナポリタンにしましょう、パスタもあるし」
そう言いながら芽衣は手馴れた様子で鍋を取り出し、使い慣れているようにガスコンロ前においてある踏み台に乗る。
「あぁ、芽衣ちゃんやるよ」
呆気にとられながらも京子は芽衣の手伝いに入る。
「美味しい……芽衣ちゃんって料理の天才かもしれないわね?」
目の前にあるナポリタンをパクつきながら京子は感嘆の声を上げる。
本当に美味しいかも……変な喫茶店で食べるより全然美味しい……たかが生まれて十年の女の子の料理にまさかここまで感銘を受けるとは思っていなかったわよ……完全にあたしの負け。
「そんな事無いですよぉ……」
芽衣は頬を赤らめながらうつむく。
可愛いなぁ……。
「アッ、洗濯!」
芽衣はそう言いながら立ち上がるとベランダに干されている洗濯物のはためきに気がついたようだった。
「あぁ、暇だったから洗っておいたよ……ゴメンねかってに」
京子がそういうと芽衣の顔がほころぶ。
「そんな事ありません、よかったぁ朝忘れちゃったから帰ってきて来てすぐにやらなきゃって思っていたんです、助かりました」
ペコリと頭をさげる芽衣は、十歳の女の子には見えないしっかりした女の子という感じだ。
「ウフ、まるで主婦みたいね? 芽衣ちゃんって」
本当に主婦のような会話ね。
「エヘ、よく友達にも言われます『お母さんみたい』って、そんなですかねぇ?」
芽衣は照れたように京子の顔を見る。その顔はやはり十歳の女の子と言う幼い顔だった。
「ううん、気にすることないと思うわよ、あたしから見れば十分可愛いと思う」
そうだ、十分すぎるほど芽衣は可愛いと思う。
「エヘ、そんな事言われると照れちゃいます」
芽衣は照れたように指を胸の前でモジモジさせている、その仕草もやはり可愛い……やっぱりこういう女の子だから許される仕草よね?
「ウフフ、さて、お父上はいつになったら帰ってくるかしらね?」
京子はそう言いながらテーブルの上にある空になったお皿をキッチンに運ぶ。
「ハイ、いつもなら七時ごろには帰ってくるんですが、今日は休日出勤になりますから、早く帰ってくるかもしれないです……」
芽衣はそう言いながら着替えを開始する。
「そうなんだ……」
京子はケチャップで赤く染まっているお皿に洗剤をかけスポンジで擦りだす。
「お姉ちゃんごめんなさい、洗い物……」
芽衣は着替えの途中なのか、長袖のTシャツの袖がまだ通っていない状態で京子の前に姿を現す。
「気にしないで、そうだ、芽衣ちゃん着替え終わったらお買い物行かない? この辺のことも知りたいし。」
そう、彼の生活しているこの街のことをもっと知っておきたい。
「ウン、案内するよ」
芽衣はそう言いながら大きくうなずく。
=親子?=
「いつもパパと来るのはここです……今日の安売りは……」
芽衣はそう言いながらかかっているポスターをチェックする。
ハハ、もしかしたらあたしよりもしっかりしているかもしれないよ、この娘。
京子は苦笑いを浮かべながら辺りを見わたす。そこは郊外によくある大型のチェーン店で、近くに住んでいる主婦だろうが大勢話をしている。
「お姉ちゃん、ちょっと上にいってもいいかな……本屋さんに行きたいの」
芽衣はちょっと遠慮がちに京子の顔を見上げる。
「喜んでお付き合いするわよ、もしなんだったらしたから上まで全部のフロア見てみる?」
もちろん冗談よ、でも、婦人服売り場にはちょっと魅力を感じるかもしれない。
「アハ、お姉ちゃんも好きみたい、あたしもこうやってお店を見てまわるのは大好きなんです」
にっこりと微笑む芽衣……もしかして本気にしちゃった?
「さぁ、お姉ちゃん行こうよ!」
芽衣は京子の腕を引く。
「チョ、ちょっと芽衣ちゃん」
引きずられるように京子は芽衣について行くしか出来なかった。
「これ可愛いわね、芽衣ちゃんに似合いそうよ」
子供服売り場、ここに足を運ぶなんていうことは自分が子供の時以外は記憶にない、まあ、普通は子供か、もしくは自分に子供がいない限り寄る事はないスポットよね。それにしても本当に最近の子供服と言うのは可愛いものが多いわね、大人顔負けかもしれない。
京子は芽衣と共に子供服売り場ではしゃぐ。
「ホント? でもこれも可愛くない?」
芽衣も一緒になって服を胸に当てている。それはこれからの春に向けてのものだろう肩にフリルがついて可愛らしいデザインのものだ。
「可愛い可愛い、いいなぁ芽衣ちゃんみたいな娘がいたらなぁ、可愛いカッコいっぱいさせちゃうかも……」
あたしってこんなキャラだったかしら? 自分でも首を傾げてしまうわ、でも着せ替え人形じゃないけれど可愛い洋服を着てもらいたいな、芽衣ちゃんには。
「お姉ちゃんとあたしって趣味があうのかしら?」
芽衣も嬉しそうな顔で京子を見つめる。
「ウン、素敵ですよ、お嬢さん可愛いから今年流行のピンクなんて似合うかもしれませんね?」
お、お嬢さん?
京子は驚いた表情で振り向くとそこには人の良さそうなちょっと年の重ねた店員さんがにっこりと微笑み二人を見つめている。
「ウン、可愛いわ、きっとこっちの方が似合うかも」
店員は違う場所からワンピースを持ち出すと芽衣の胸に当てる。
「わっ、可愛いピンク色!」
そのワンピースに芽衣は惚れ込んだようだった。顔には満面の笑みが浮かんでいる。
幼くてもも女は同じね? 気に入った洋服を見ると他のものが見えなくなってしまう、まぁ、あたしも人の事をいえないけれどもね?
京子は苦笑いを浮かべながらそのワンピースを見る、値段も手ごろだし、芽衣との出会いの記念にちょうどいいかもしれない。
「すみません、じゃぁそれを」
京子がそういうと芽衣は驚いた表情で、店員は申し訳なさそうな表情で京子の事を見る。
「すみません、あたしそんなつもりじゃあ」
店員は頭を下げる、きっと本当に芽衣に似合うと思ってくれたのね? かえってそのほうが好感を持てるかもしれないわ。
「気にしないでください、あたしもこの娘にこれが似合うと思ったからです、それにさっきあたしが見ていたものより安いからかえってこっちの方が申し訳ないかもしれないです」
店員が進めてくれたのはセールと大きく書かれた商品だった。
「有り難うございます、お嬢ちゃん優しいお母さんで良かったわね?」
だからそれは勘違いだって!
しかし、その一言に芽衣は嬉しそうな表情で大きくうなずく。
『電話だよ! 電話だよ! 早く出ないと切れちゃうよ!』
芽衣の持っているポシェットの中からそんな声が聞こえる。
「パパからかなぁ」
芽衣はもどかしげにポシェットからピンク色の携帯を取り出す。
こんな小さい娘が携帯を持っているなんて、ちょっと感心しないけれど……。
「アッ、パパ! ウン、今お姉ちゃんと一緒に買い物にきているの……そう、わかった、待っているよ、お姉ちゃんにも言っておくよ」
芽衣はそう言いながら携帯を切りパタンとそれを折りたたむ。
「お姉ちゃん、パパ今帰ってきたって、今から来るから待っていてくれって……本屋に行こうよ」
そうだった、最初の目的はそこだったわよね?
「そうね、芽衣ちゃんは本が好きなの?」
エスカレーターに乗りながら京子は芽衣に声をかける。
「ウン、大好き! よく小説とか読むの……今度は自分で書いてみたいなぁ、小説」
芽衣は目をキラキラさせながら京子の質問に答える、よほど好きなようだ。
「あぁ、新刊が出ている……パパにねだっちゃおうかな」
新刊コーナーに置かれているのはいわゆるライトノベル、古い言い方をすればジュニア小説が山積になっている、その中に芽衣の好きな作家の新刊があったようだ。
「どれ?」
京子が芽衣の隣から顔を覗かせる。
「ウン、この作家さん……あたし大好きなの」
芽衣が指差すその作家は……どこかで聞いた事のある名前。
「自身は軽井沢で喫茶店を開いているんですって、今あたしが読んでいる作品は函館の女の子と東京の男の子が遠距離恋愛の末ゴールインするって言う話なの、途中まで呼んだけれどすごくいいの」
やっぱり聞いた事のある話のような気もするけれど……。
「この作者さんの息子さんの実話らしいの、いいなぁ……こんな恋をあたしもしてみたいなぁ」
芽衣の表情は夢見る少女のような目になっている。
遠距離恋愛かぁ……芽衣ちゃん、そんなにロマンティックなものでは無いのよ遠距離恋愛は、辛いのよ、会えないという事は……。
つい、京子の顔は厳しくなる。
「……お姉ちゃん?」
その顔に芽衣はちょっと困惑したような表情になっている。
「あぁ、ゴメンね? 遅いなぁ……あなたのパパは」
京子はそう言いながら芽衣の頭を撫ぜるが、芽衣はそんな京子の顔を怪訝な顔で見ていた。
「うぉ〜い、お待たせ」
そんな二人の間に彼が息を切らせながら登場する。
「おそ……い」
京子はそんな彼の姿にちょっと絶句する。
「パパ! お帰り」
芽衣は嬉しそうに彼の胸に飛び込むが、京子はその場に立ち尽くすばかりだった。
「ただいま芽衣、悪かったな」
彼の顔は京子が今まで見た事のない顔、優しいというよりも頼れるお父さんという表情で、それに対しドキッと胸の鼓動が高鳴る。
「ただいま、京子」
不意に彼の顔が京子の顔を捉える。
「アッ、ウン、お……お帰りなさい」
彼のその姿に対し京子は頬を染める。
ちょっとずるくない? そんな格好で来るなんて意表をつかれたわよ……。
京子の目前に立っている彼の姿はきっと会社から帰ってきてそのまま出来たのであろう、ネクタイをして、スーツを着ている姿は京子にとってすごく新鮮であり、違った印象を持つには十分だった。
「どうかした?」
ぼんやりと眺めている京子に対し彼は首をかしげる。
「えっ? ううん、なんでもない……わ」
それは嘘ね? なんでもないはずが無い、背広を着せられているような新入社員とは違いあなたのその姿はすっかりとその格好が似合っている。その姿に京子の胸の動悸はさっきから治まることがない。
「ねぇ、パパ、今日の夕飯はパパの好きなあそこに行かない?」
芽衣はさっきから彼の腕に抱きつきながら彼の顔を見上げる。
「ん? あぁ、あそこか……いいねぇ、行こうか?」
ちょっと、何を二人で話を進めているのよ。
京子はぽかんとしながら二人のやり取りを見つめている。
「京子、久しぶりに郷の味を楽しみに行かないか?」
彼は京子に対しにっこりと微笑みながら嬉しそうに言う。
「郷の味?」
首を傾げる京子に対して彼と芽衣はニコニコと微笑んでいた。
「ここ?」
彼が自慢げに連れてきてくれたのは駅に付随するデパートの中にある普通の居酒屋だった。
ちょっと十歳の女の子ときているの? こんな所に……しかもよく? ある意味ほっとするけれど、ある意味寂しいかな?
そののれんを芽衣は嬉しそうにくぐる。
「ちょっと、いいの? あんな年端も行かない娘をこんな所につれてきて」
京子は彼の袖を引きながら声を潜める。
「まぁいいんじゃないのかい? 保護者一緒だし、美味いし」
彼はなんていうことないといった顔で京子の顔を見て芽衣に続いてのれんをくぐる。
「へいらっしゃい!」
威勢のいい声がかかる。
「パパこっち!」
既に芽衣はひとつのテーブルを占拠している。
「はいはい」
そう言いながら席につく彼の姿はすっかり父親のようだった。
「ほらぁ、お姉ちゃんも早く座って、ここの料理あたし美味しいから大好きなの、本場北海道に負けていないよね? パパ」
芽衣はそう言いながらメニューとにらめっこを開始する、そして京子の元にもメニューが置かれる。
「京子も好きなのを頼みなよ、まぁ本場のものよりちょっと落ちるかもしれないけれど、でも思い出させてくれるのには十分だと思うよ」
メニューに書かれているのは北海道の食材をふんだんに使われたものばかりだった。
「ヘェ、こんなお店があるのね? 嬉しいなぁ……ジャガバターにトウキビ……あぁ、チャンチャン焼きだって、懐かしいなぁ」
そこに書かれているのは札幌にいた頃当たり前のように見ていた名前ばかりだった、良くシネ研の仲間たちの飲みにいったときに食べたものばかりだ。
「じゃあ、これと、これ……『豚くし』は外せないわね? それにやっぱりジャガバター! 後チャンチャン焼きも食べたいかも」
京子は今までのことを忘れたかのようにそのメニューにあるものをオーダーする。
「美味しい……やっぱり北海道の味よね?」
京子は嬉しそうな表情で目の前にあるそのつまみに箸を進める。
「芽衣ここのお料理大好き、でも、本場の北海道のはもっと美味しいんだろうな」
芽衣も満足そうにその目の前のものをついばむ。
「ウン、美味しいわよ、でも、ここのも美味しいわ」
京子は素直にその味に目を細める。
「すごいよね? チャンチャン焼きって鮭を丸々使うなんて知らなかった」
目の前に置かれたチャンチャン焼きに目をまん丸にしている芽衣につい京子の頬が緩む。
「そうね? こんな豪快な食べ方をするなんてやっぱり北海道は自然の宝庫っていうことなのかしら、それにこんな美味しい食べ方まで発明しちゃうんだものね?」
京子はそう言いながら芽衣に身をほぐした鮭を盛り付ける。そんな二人のやり取りを彼は静かにお酒を飲みながら見つめている。
「どうかした?」
久しぶりに味わい郷の味に舌鼓を打っていると優しい視線を感じる。
「ううん、なんだか京子と芽衣が親子のように見えちゃったよ」
彼のその一言に一気に飲んでいたアルコールが抜けるような気がするが、顔だけはやたらと火照っている気がする。
「な、何を……」
彼は我に返ったような表情を浮かべるがその表情は優しく、京子もなんだかほっとしてしまうような雰囲気だった。
「ゴメン! でも、芽衣もなんだか京子になついているみたいだし……」
彼の顔が真顔になる……もしかしたら、あなたこんな所ですごい事を言おうとしていない?
京子の喉がゴクリとなる。
「主任?」
彼の口が半開きになったとき、近くの席に座っていたグループの一人が彼に声をかけてくる。
「エッ?」
彼は意表をつかれた様にその声の主を見る。そこにいるのは肩まである髪の毛を綺麗にセットした女の子、恐らくあたしたちより若いであろう、その娘の顔には次第に顔に笑顔が生まれてゆく。
「美子ちゃん?」
彼の表情に動揺が生まれ、そして京子の顔には嫉妬が生まれる。
「やっぱり主任だぁ、芽衣ちゃんの声が聞こえたからもしかしたらって思っていたけれど」
美子と呼ばれた女の子は素直に微笑み彼の顔を見つめている。
「あぁ、美子姉ちゃんだ」
芽衣も彼女の事を知っているようで、にっこりと微笑む。
「こんばんは、芽衣ちゃん」
美子はそう言いながら視線を芽衣の高さまで落とす。
「こんばんは、美子姉ちゃん、美子姉ちゃんも飲みに来ているの?」
十歳児がそういう風に言わないほうがいいわよ……。
「アハハ……そ、みんなでね?」
美子が向ける視線の先には出来上がっているようなサラリーマンとOLの姿が見える。
日本ならではの光景よね? 家に帰らないでこうやって飲んでいるのって。
京子は苦笑いを浮かべながらその集団を見つめる。
「美子ちゃんたちも来ていたんだ……ということは落ち着いたのかな?」
彼はそう言いながら美子の顔を見上げる。
「ハイ、無理言って主任にきていただいたおかげで早く終わる事ができました」
そう言いながら美子は京子の事をちらりと見る。
「それは良かったね? 当番とはいえこんな日に残業にならなくってよかったじゃないか」
彼は相変わらずに普段どおりに話を進めるが、美子はあたしの存在が気になって仕方がないようで、その問いに対しても生返事をしているだけだった。
「ハァ……」
「どうしたの? 美子姉ちゃん」
芽衣のその一言に美子は我にかえり、ジッと京子の事を見る。
「あの……主任この方は?」
美子はじっと視線を京子に向けたまま彼に質問をする。
「あぁ、彼女は……その」
彼の言葉が尻すぼみになる。
「お姉ちゃんはパパの……何なの?」
引き続き美子の視線の他に芽衣の視線が二人に注がれる。
「何って……彼女は……」
彼の言葉が固まる……そう、あたしが聞きたかったのはその先の台詞。
「彼女は……俺の……彼女だよ」
断言するように彼は京子の顔を見つめながら言う。