最終話 Snow Crystal(前編)



=冬のある日=

「陽平、飲みにいこう!」

自席のパソコンの電源を落としフッと一息ついた時、後ろの席から不意に声をかけられる。声の主は同期である朝倉弥生(あさくらやよい)だ。

「……弥生、そんな事をしていて良いのか? 旦那はどうしたんだ不良妻」

陽平は、呆れた表情で弥生を見る。

この前も飲みに行ったばかりだろ? そんなしょっちゅう飲みに行っていて、家庭がうまくいっているのか他人事ながらも心配になってくるよ。

「いいの! 昨日あいつだって遅くなったんだから」

弥生は膨れ面をして陽平に言う。

「ということは、お前の怒りの捌け口に俺はなるのかな?」

おいおい、頼むよ、何で、俺がお前の愚痴を聞かなければいけないんだ? いつも俺を愚痴の捌け口にするのはやめてもらいたいんですが……。

「エヘヘ、よくおわかりで……おごるからさ、ねっ?」

うんざり顔をする陽平に手を合わせて懇願するような表情を見せていた弥生だが、すぐにその顔を意地悪そうなものに変える。

「もしかして、あんたこの後なにか用事があるとか?」

「そんなもんないけれど……」

 人に会う事はないけれど、電話をする用事があったりするんだよねぇ……。

 陽平はあれから毎日、函館にいる雪音に電話をしてお互いの近状報告を行っている。電話ができない時などはメールを送ったりして、まるで高校生の遠距離恋愛を思い起こす。

 ハァ、今日もメールだけかな? この前弥生と飲みに行った時は、雪音ちょっと不機嫌そうだったし、ちょっとヤバいかなぁ。

「もしかして女だったりして……」

 ギクゥ〜ッ!

 別に秘密にしているわけじゃないけれども、なんとなく言いそびれているというか、雪音の気持ちに対して自信がないせいなのか、まだ誰にも話していないというのが実情だ。

「へぇ……陽平にねぇ……その辺も併せてよく聞かせてもらわないといけないわね? これは愚痴をこぼしている場合じゃないかも……」

 キヒヒといやらしい笑い方をする弥生に、苦笑を浮かべる陽平に飲み仲間から声が掛かる。

「沢井課長お供しまぁっす!」

弥生の直属の部下でもある佐々木尚子(ささきなおこ)だった。



「カンパ〜イ」

馴染みにしている居酒屋で四つのグラスがカチンと音を立てる。その席にいるのは、陽平に弥生、尚子、そして招かざるというか、陽平との同期である赤坂が同席している。

「いやぁ〜ラッキーだったな、たまたま玄関先で考え事をしていたから……」

軽いノリの赤坂は、陽平や弥生たちの顔を交互に見ながら笑顔を振りまいている。

嘘をつけ、考え事をしている人間があんなにニコニコしながら俺たちが出てくる事を待っているわけがないじゃないか。

「待っていた、の間違いじゃないの?」

弥生は苦笑いを浮かべながら赤坂を軽く睨む。

お前の魂胆はみんなわかっているんだよ、尚子ちゃんの事をだろう?

陽平も苦笑いを浮かべながら赤坂を見る。

こいつのお気に入りというかご執心は、いま俺の隣に座っている佐々木尚子だ、入社して五年目の彼女は仕事もよくできるし、周りの受けが非常によい。何より、美人というより可愛らしい顔立ちをしており、赤坂の心をくすぐっているようだが、可哀想な事に尚子本人にはそんな気はまったくなさそうだ。

陽平の隣に座る尚子は困ったような、曖昧な笑みを浮かべている。



「それにしても、陽平は最近どうしたんだ? なんだか妙に晴れやかな顔をしやがって」

既に飲み始めて一時間以上経過し皆程好く酔いが回ってきたようで口が滑らかになる。

「なっ、なんだよ、何でそこで俺なんだよ」

上手く弥生からの質問をかわしていたところに、赤坂から直球の質問が飛んでくる。

「いや、うちの課の女の子達が『沢井課長って最近いい感じじゃない』なんて言っているのをよく耳にするからな、それに俺から見ても最近お前変わったような気がするんだ、生き生きしているというか、なんだか張り切っているというか」

何で営業部の女の子達が、仕入の俺の事を知っているんだよ。

「いや……何もないと思うけれど」

「本当ですかぁ? あたし達の間でも評判ですよ『沢井課長に女ができた』って」

おいおい、否定はしないけれど、何で俺に女ができたら評判になるんだよ。

「アハハ、さすが陽平だねぇ、女の子に大人気じゃないか」

「はぁ?」

陽平はキョトンとした表情で三人の顔を見る。

「なぁに、あんた知らなかったの? あんたって、意外に社内のOL達の間で人気があるのよ? 独身だし、顔だって結構いいし」

 呆れ顔の弥生に視線を向けているが、その意味をいまいち理解できない。

「はぁ……」

再び陽平はキョトンとした顔をして今度は尚子の顔を見る。

「そうですよ、課長は結構優しいですしね、結構ファンの娘が多いですよ?」

 アルコールのせいなのか、尚子は少し頬を赤らめながら陽平の顔を見つめる。

「はぁ」

「なにを呆けた顔をしているのよ……なんでこんな男がモテるのかねぇ?」

呆れ顔の弥生は、なぜか少し恨みがましい顔で陽平を見る。

「それで、本当に女ができたのかよ?」

嬉々とした表情で赤坂が陽平の顔を覗き込む、それに合わせて弥生と尚子も顔をくっつける。

「いや……その、まだ……何でもないんだよ」

雪音とは毎日電話やメールでやり取りしているだけで、クリスマスもお互い仕事だったからプレゼントの交換をしただけで、夏からの進展はほとんどない。

「ということは、やっぱり課長に女ができたんですねぇ……ちょっとショックぅ」

尚子ががっくりとうなだれると、その隣では赤坂がちょっとほくそ笑んだように見える。

「なに? もしかして尚子は本気だったのか?」

弥生が素直に驚いたといった表情で尚子を見る。

「はい、ちょっと本気でした、見事にフラれてしまいましたねぇ」

 残念そうな顔をしているものの、そんなに強いショックではなかったのだろう。冗談交じりに弥生と共に微笑んでいる。



「ところで、例の展示会の件はどうなった?」

さすが酔っているとはいえ営業部の課長様だな、仕事の事も忘れていないようだ。

「ああ、任せておけ、あと数メーカーから協賛して貰えそうなんだ、そうしたら報告するよ」

 グラスを傾けながら思い出すように首を上げる陽平の顔は、それまでのだらしない顔から一転してビジネスマンの顔に代わる。

「助かる、今度の展示会はチョッと力が入っているんだ」

 赤坂もそれまでの陽気な顔を一転させて、ビジネスモードに入っている。

一月に函館で開催される自社の展示会は、年間スケジュールで毎年行われている。本当は俺も行きたいぐらいなのだが、まさか仕入部の人間がそういった行事に参加する事はない。

「講習会のゲストが北沢妙子なんだ」

講習会とは、美容室の技術者を集めて行う勉強会みたいなもので、講師によってその来場者が左右されるほどに好評なのだが、それの講師が妙子さん? これは驚いた。

「よく承諾してくれたな?」

妙子は今アメリカに滞在しており、講習会とかにはあまり出ない事でも有名だったが。

「俺も驚いたよ、オファーを入れたら二つ返事だったらしいぜ、『お宅が主催ならやるわ』って、たまたまその時に日本に帰ってきているらしいし……」

はは、そうか、確かその日は雪音の誕生日だからかな?

陽平しか知りえない理由に、つい苦笑いを浮かべていると、それに気がついた赤坂は、不思議そうな顔をして見つめていた。

「なんだよ、そんないやらしい笑い方をして……何かあるのか?」

 怪訝な顔をした赤坂に、陽平はあわてて顔の前で手を振り、疑惑を払拭する。

 まさか北沢妙子と知り合いで、しかも、その娘と付き合っているなんて言ったら、目の前にいるこいつらのいい餌食になるぜ。

「いやなんでもないよ……まっ、まぁ、そういう事なら俺もがんばるよ」

 シドロモドロになっている陽平の態度に、トロンとした目をした弥生は何かに気がついたような顔をして、冷やかすように陽平の顔を覗き込んでくる。

「実は、陽平ってその展示会に行きたいんじゃないの?」

 口の端をあげて、いやらしく笑う弥生に対して、陽平はその動揺をはっきりと顔に出してしまい、尚子や赤坂もそれに気がついてしまう。

「なっ、なに言っているんだよ」

「だぁって、函館の人なんでしょ? あんたの彼女」

精一杯誤魔化そうとしている陽平に、弥生は小指を立てそれを突きつける。

おいおい、お前は、中年の親父かって、それ以前に、なんでお前が知っているんだ?

既に、表情を隠す事をしない陽平は、その小指を見据えながら小さく嘆息すると、納得したように弥生が口を開く。

「へへ、あたしがまったく知らないわけがないじゃないのよぉ。実際にあんたの口から聞くまでは俄かに信じられなかっただけ」

 自慢げに鼻をひくつかせる弥生は、手元のグラスを傾ける。

「なんで? なんで弥生がその事を知っているんだ?」

 酔いが一気に冷めたような顔をしている陽平は素直にその理由を弥生に問う。

「あんた夏休みに北海道に行ったでしょ? その時、あたしの担当しているお客さんが亡くなってお葬式に行ったのよ……」

 弥生の一言に、ニカニカと笑う北沢の赤ら顔が陽平の脳裏に浮かび上がる。

 あの時の……。

「うふふ、どうやらわかったような顔をしているわね? そう、たまたまその時に北沢さんに会って話を聞いたのよ。あんたが北沢さんの家に泊まっていると言う事を……そうして、北沢さんの姪っ子と仲が良いという事もね?」

 弥生の白く細い指が、陽平の鼻先に突きつけられると、既に二の句が告げられなくなる。

 まいったね、まさか、そんな所でばれるなんて思っていなかったぜ。しかし、弥生も意地が悪いぜ、知っているなら何か言ってくれればいいじゃねぇかよ。

 恨みがましく弥生の顔を睨みつける陽平に、弥生は意地悪く微笑んでいる。

「えぇっ! そうなんですかぁ? という事は、東京と函館で遠距離恋愛をしているって言う事ですよね? いいなぁ、遠く離れた恋人を思う……ちょっと憧れるかも……」

ウットリとしたような顔をしている尚子もだいぶ酔っ払っているようで、陽平に向けてくる視線は、いまいち定まっていないように見える。

「ヘヘへ、そっか、そういう事があったんだぁ……キヒヒそれは残念だったな、でも今回は営業部が仕切らせてもらうし、函館営業所の連中も手伝うから、仕入部の出番はなしだな、悪く思わないでくれよ?」

 どうやら弥生の情報収集力を甘く見ていたようだ。それにしても本当にいやらしい笑い方をするなぁ赤坂、本気でムカついてくるんですけれど……。

『メールだよ……』

突然陽平の携帯がメールの着信を次げると、周りの連中が嬉々とした表情に変わる。

「メールだって、きっと彼女からね?」

「ばっ、馬鹿やめろぉ」

弥生がその携帯を取り上ると、陽平の真っ赤な顔と共に悲鳴に近い声が店に響き渡る。



=遠距離恋愛=

「昨日はごめんね? 会社の連中が飲みに行くって言うから、結局電話できなかった」

携帯を片手に陽平はネクタイをはずして、それをソファーに投げ捨てる。

結局昨日は弥生や赤坂達の尋問を交わすだけで精一杯になり、気がつけば最終電車間際の帰宅になってしまい、電話をする事ができなかった。

『ううん、でも、ちゃんとメールはくれたでしょだから平気だよ、今日はいいの?』

電話の向こうからは雪音の声がする、ただそれだけの事なのだが陽平の顔は、だらしがないというほどまでにニヤケている。

この前、弥生の事はきちんと話しておいたから、今回はそんなに不機嫌そうでは無いが、言葉のどこかにトゲが隠されているかもしれない。

「はは、そんなに毎日飲んでいるわけじゃないよ、それに今日は残業だ、仕事が終わって今やっと帰ってきたばかりだよ」

ようやく函館での展示会の準備を整え終えたのはついさっき、時間にすると九時を回っていたような気がする。しかし、報告した時の赤坂はホッとしたような表情を浮かべながらも満面に笑みを浮かべ喜んでいた。

あれほど喜んでもらえるとがんばった甲斐があるよな?

『ごめん、じゃあ疲れているでしょ? 早く寝た方がいいわね?』

 チラッと時計に目をやり、その時間が日付を変えようとしていることを確認していると、心配そうな声が電話の向こうから聞こえてくる。

「あぁ、大丈夫だよ、いつもはもっと遅くまで起きているから。それに、もうちょっと雪音の声が聞いていたいかな?」

我ながらくさい事がいえるものだと思うぜ、顔が火照るのが自分でもよくわかる。

『アハハ、そんな冗談ばかり言っていると、周りの女の子に嫌われるよ? それとも周りの女の子にも、いつもこんな事を言っているのかな?』

 電話の向こうからは、陽平が想像していたのとは違った雪音の反応が戻ってきて、つい苦笑いを浮かべてしまう。

いや、こんな事は雪音にしか言っていないんですけれど。

「そんな事言っていないよ……」

 慌てて言う陽平に、電話の向こうからクスクスと言う笑い声が聞こえてくる。

『冗談よ。でも、そんなに慌てるという事は、もしかして弥生さん以外にも、仲良く一緒に飲みに行く女の人がいたりしてぇ』

 少しトゲを持った雪音の言葉に、陽平の頭の中では、昨日の酔っぱらっている尚子の顔が浮かび上がり、ちょっと後ろめたい気持ちになる。

『でもいいわよ? 陽平はそういう性格だから、きっと職場の女の子からも好かれているだろうし、そんな人と一緒に仕事が出来る女の子たちがちょっと羨ましかったりして……』

 雪音の一言に、陽平の胸の奥がギュッと握り締められるような気持ちになる。

『そんな陽平の事を、あたし独り占めしたら悪いじゃない?』

「――心配するなよ、俺は雪音だけだから、独り占めにしてかまわないよ」

飲んでもいないのに顔が真っ赤になるが、口から出した台詞を元に戻すことなどできず、なんとなく二人の間に沈黙が流れる。

「と、ところで、今度の展示会、お母さんが講師をやるんだって?」

 間を持て余して陽平は話題を変える。

雪音も美容技術者の一人だ、この情報は既にその耳に入っているであろう。

『アッ、ウンそうなの、珍しいわよね? 何か企んでいるんじゃないかしら?』

 ようやく聞こえてきた雪音の声もどこかホッとしたような感じに聞こえ、わざと場を和ませているようにも感じる。

「そんな事はないでしょ? お母さんだって雪音の誕生日にこっちに来て、たまたまその講習会が同じ時期になったから受けてくれたんだよ」

 妙子さんだって娘の誕生日なんだから、向こうから帰ってきて親子水入らずでゆっくりしたいんじゃないのかなぁ、それが親心と言うものだと思うよ?

『そこなのよ! 今までわたしの誕生日だろうと亜美の誕生日だろうと帰ってこなかった人が、何で今年に限って帰ってくるのかが、わたしにはわからないの!』

どうも雪音は、この事に対して疑念を持っているようだ、何かがあると決め付けている。

「まっ、まあ、何はともあれ、盛大な展示会にするってうちの営業が息巻いていたから、是非行ってあげてよね? 赤坂っていう俺の同期の奴がいるからまけて貰うと良いよ、話はつけておくから気にしないで交渉してよ」

 おとなしい雪音の事だから、値引きの交渉などそんな事はあまりしないだろうけれども、職権を乱用してでも少しでも安く資材を買えば利益が出るはずだ。

『でもあなたは来ないんでしょ? ちょっとつまらないかも……』

電話の向こうの雪音の声がちょっと曇る。うん、本当は俺も行きたいところなんだけれど、平日に開催されるのであれば行くわけにもいかない。

「――この仕事が片付いたらそっちに行くよ、クリスマスも一緒にいられなかったんだ、誕生日ぐらいは、一緒にいようよ、ねっ」

 展示会の次の週、ちょうど休日に当たる雪音の誕生日、かなり強行軍のスケジュールになるけれども少しでも彼女の顔を見ていたい。

『ウン、待っているよ……でも、やっぱり遠いな、函館と東京って』

つぶやくような雪音の声が陽平の心に響き渡った。



「沢井、明日から出張に行ってくれ、行き先は函館だ」

はい? 部長様、あなたは今なんて言いました?

数日後、いきなり部長に呼び出された陽平は、彼の話すその意味を理解出来ずに正面に座っている部長の顔を見つめてしまう。

普段であれば数秒も見ていたくない顔だが……。

「俺がですか? 展示会の手伝いで?」

 キョトンとした顔をしている陽平の事を、部長は明らかに苦々しい顔をして見上げる。

「そうだ、出張の期間は展示会開催中だ、前もって言っておくが、休日がらみでも代休はないからそのつもりでいるように、以上だ」

 プイッと顔を背け、吐き捨てるように言う部長の態度は明らかに機嫌が悪いようで、手に持つボールペンを忙しなく動かし続けている。

正直言って嬉しい、大手を振って函館に行ける、しかも会社の経費で、しかし、

「――理由はなんですか?」

普通の判断はこうなる。仕入担当者が展示会の手伝いに行くというのは、この会社ではまず考えられない、しかも、聞けば社長までが函館に向かうらしい、そんな大きな展示会に俺みたいな一介の課長が出向く事はまず絶対にありえない。

部長の座るちょっと高級そうな両袖机に両手をつき、納得のいかないような顔をしている陽平に、部長は眉間に深々としわを刻み睨み返してくる。

「社長からのご用命だ、お前を名指しでな!」

明らかに部長はイラついている。よほどその事が気に入らないのであろう、手に持っていたボールペンを投げ出し、顔を背ける。

社長の名指し? 俺がか?



「あっ、陽平、部長なんだって?」

部長室から出てそのまま喫煙所に向かうと、そこにはタバコを吸わないはずの弥生が待っていたように立っていた。

「あぁ、出張だってよ、函館に!」

イライラしているのは自分でもよくわかっているし、弥生にこういう態度をとるのもおかしな話だが、こうでもしないと腹の虫が収まらない。

「あら、よかったじゃない?」

 弥生は嫌そうな顔もせず、サラッと聞き流す。

助かる、そういう態度をとってもらえると気がまぎれるよ。

「よかったのかね? 社長からの呼び出しだそうだよ、しかも、部長のしかめ面のオプション付だぜ? あまりいい事は無いと思うけれどな?」

「でも函館に行けるのよ? 彼女の所にぃ、キヒヒ」

「弥生……わりぃ」

頭に上った血の気が徐々に引いてゆく、何もイライラする事はない、いい事だけを考えればいいじゃないか。営業の北野に言った台詞だったな。

「いえいえ、向こうに着いたら、カニでも送ってもらおうかしら、これうちの住所ね」

弥生は紙切れを陽平に渡す。

どこまで本気なんだ、この女は……。

後編へ続く……。