雪の石畳の路……
第十二話 慰安旅行のススメ
=道の駅『YOU・遊・もり』=
「う〜ん、桜が満開! 気持ちいいなぁ」
車から降りた千草がストレッチするように身体を伸ばす。駐車場のいたるところに植えられている桜の木はピンク色に染まっている。
「春満開っていう感じですね?」
一葉も窮屈な車内から出て大きく伸びをする。
「ホントに気持ちいいなぁ、そういえば『YOU・遊・もり』って言うことはここがあのイカ飯で有名な森なのかしら?」
千草が目を細めながら一葉の顔を見る。
「はい、内地の皆さんは森といったらイカ飯ですよね? 東京等の駅弁フェアーではいつもトップという話を聞きますね、ちなみにこっちではイカ飯のことを『いかぽっぽ』といいます」
一葉がニッコリと微笑みながら説明をする。
「イカ飯発祥の地かぁ……なんだか食べたくなっちゃったな」
千草はペロッと舌を出しながら微笑む。
「美味いぞぉー、本場だからな……個人的には炊き立てのほうが美味いと思うよ、どうしても冷えてしまうとイカが硬くなりがちだからね? 森駅の前に行けば確か駅弁と同じものが売っているはずだが今日は時間が無いのでその意見は却下だ」
勇斗はそう言いながら意地の悪い目で千草を見る。千草はいじけたように頬を膨らませている。
「ぶぅ……」
「先輩、あっちに『オニウシ公園』というのがありますよ、行ってみませんか?」
洗面所から帰ってきた穂波と夏穂が勇斗を引っ張る。
「おおぅ」
勇斗は、いわれるがままに二人について歩く。その後ろでは千草の膨れた顔と複雑な表情を浮かべた一葉がついてくる。
「駒ケ岳!」
広い公園の敷地から異形な形をした駒ケ岳が見える。
「あの左側の尖っているのが剣ヶ峰ですよね? 頂上が吹き飛ばなかったらきっと綺麗な山だったんでしょうね?」
穂波が山を見ながらつぶやく。
「あぁ、渡島富士といわれるぐらいだからな、富士山と同じ型の綺麗な山だっただろうよ」
勇斗も穂波の隣で山を見つめる。
「なんだかちょっと勿体無いですよね、あんな形になってしまって……綺麗なままでいられればもっと違っていたのかもしれない」
感慨深げな表情を見せながら穂波がつぶやく。
「かも知れんな、しかし、あの形のおかげで『駒ケ岳』と呼ばれているのだろうよ、もし綺麗な山だと『渡島富士』とか『北海富士』とか通称名のほうが通って、本名の『駒ケ岳』は忘れられてしまったかもしれないな、それに噴火でできた大沼なんかもできていなかっただろうよ、変わってしまったことを考えていても仕方がない」
勇斗はそう言いながら背筋を伸ばす。
そう、たとえ変わってしまってもそれを受け入れなければいけない、以前のことを悔やんでいたら先に進む事などできない、いかにその現状を受け入れるかなんだ。
「……先輩?」
穂波が隣でぼんやりと勇斗の顔を見ている。
「あぁ、わりぃ……考え事していたよ」
勇斗が頭を掻きながら微笑むと、穂波の顔がほころぶ。
「そうですね、ポジティブに考えた方が良いですよね? 変わって良かったこととか、変わらなければこうなっていなかったとか良い方を見つめればいいんですよね?」
穂波はニッコリと微笑む。
「お兄ちゃん、展望台に行ってみようよ」
夏穂が勇斗の腕を取ると、それまで柔らかかった穂波の顔が一瞬険しくなる。
「う、うん……」
その表情に勇斗は遠慮がちに答える。
「あの海は津軽海峡?」
おいおい、地理が無茶苦茶だな……。
勇斗は展望台から見える海を指差す千草に苦笑いを浮かべるしかなかった。
「違うよ、あれは……日本海?」
途中まで威勢のよかった夏穂も自信なさげに勇斗の顔をチラッと見る。
帰ったら地理の勉強を見てやらないといけないかもしれないな、あれが日本海だと北海道がひっくり返ってしまうよ。
「あれは『内浦湾』ようは太平洋だ! 通称『噴火湾』とも言うんだ」
勇斗の一言に千草と夏穂は二人顔を見合わせて苦笑いを浮かべている。
「そういえばなんで『噴火湾』って言うんですかね?」
穂波は首をかしげながらキラキラと瞬く海面を見つめている。
「あぁ、由来は十八世紀末にさかのぼるけれど、イギリスの探検船プロヴィデンス号の船長ブロートンが記載した航海日誌に『ボルガノベイ』と記載されていたのが初めらしい、なぜそう呼ばれたかは諸説色々あるけれど、一番有力なのは駒ケ岳と……」
「……有珠山が同時に噴火しているのを見たためらしいわ」
「ふ〜ん、それは凄い光景だっただろうね?」
「凄いなんてものじゃないでしょうね? 前に有珠山が噴火しただけだって大騒ぎだったのに、それに加えて駒ケ岳が噴火している光景なんて……」
隣にいたカップルの彼女が彼に向かって説明している。
ハハ、お株を奪われたな……それにしてもどこかで見たようなカップルだな、女の子はショートカットで魚の髪飾りをしているし、男はメガネをかけて……まさかね?
勇斗は苦笑いを浮かべながらそのカップルの背中を見送る。
「お兄ちゃん、何か飲み物買って行こうよ……色々あるよ」
自動販売機の前で夏穂が勇斗の腕を取る。
「はいはい、なにがいい?」
勇斗は夏穂に笑顔を向けると、その頬がちょっと赤らむ。
「エッ……エッと、オレンジジュースかな?」
動揺したような表情の夏穂はうつむきながら勇斗のことを上目遣いで見る。
「運転代わりますね?」
勇斗から車の鍵を受け取り穂波が運転席に座る。
「あの、もしなんだったらあたしが……」
遠慮がちに一葉が勇斗に声をかけるが、その台詞に和也と勇斗が同時に反応する。
「大丈夫でしょ? 一葉さんはゆっくりとドライブをお楽しみください」
こういうときは和也と兄弟だと思う、二人の口から出た台詞はほぼ同じだった。
「そ、そうですか?」
怪訝な表情を浮かべながらも一葉は車の中に消えてゆき、和也と勇斗はほっと胸をなでおろす。
申し訳ないけれど、一葉さんの運転で無事に目的地につける気がしないよ。
「それでは出発」
穂波はシートを動かしながら正面を見据える。助手席には勇斗が座る。
=ようこそ登別温泉へ!=
「お疲れ様でした」
車から降りるとホテルのドアボーイというか、従業員が荷物を持ってくれる。
「お車お預かりいたします」
もう一人の従業員は勇斗を運転席から降りるように何気なくナビゲートする、いやみが無くって印象がよい。
「御客様の御名前を頂いてよろしいでしょうか?」
物腰柔らかく黒服のボーイが勇斗に声をかける。
「有川です、有川勇斗で予約が入っていると思います」
ボーイにクーポン券を渡す、その宿泊クーポン券の代表者名は勇斗の名前になっていた、鉄平は最初から勇斗たちのためにこのホテルを予約していたようだ。
「ハイ、承っております、えぇっと、六名様ですね?」
ボーイはニッコリと微笑みながら勇斗といつの間にか隣にいる一葉を見回す。和也と夏穂は近くにある売店を眺め、千草と穂波はポスターを眺めたり、吹き抜けになっているロビーを珍しそうに眺めたりしている。
「ではこちらにどうぞ」
女中さんが勇斗たちの荷物を台車に積みゆっくりと歩き出す。
「それではごゆっくりおくつろぎください」
女中さんが案内してくれたのは広々とした和室で、部屋の中心に多分にもれなくお出迎えのお茶とお茶菓子が置かれている。
「お茶入れますね?」
穂波がそそくさと部屋に上がり、お茶器を開く。
「あっ、あたしやりますよ?」
一葉が後れを取ったような表情で穂波に続く。
「お兄ちゃん、ここから噴煙が見える……でも、くさぁいぃ」
夏穂が窓を開けると硫黄の香りが部屋の中に流れ込んでくる。
「夏穂、開けないの」
穂波はお茶を入れながら夏穂の顔を睨みつける。
「でも、いい景色よ?」
千草も窓辺から勇斗に振り向き見ながら笑顔を浮かべる。
「近くに『地獄谷』というところがあるんだ、その昔、笠山という山の噴火によってできた爆裂火口のひとつらしい」
勇斗は穂波の入れたお茶をすすりながら言う。
「そもそも北海道は有名無名の温泉を合わせて二百二十六もの温泉地があるらしいです、それほどの温泉天国の中でもっとも有名なのがこの登別温泉ですね」
一葉もお茶菓子を座卓に配りながら言う。
「あぁ、確か世界でも珍しく一箇所で十一種類の泉質が沸いているらしいだから別名『温泉のデパート』とも呼ばれているらしいよ、今では日本有数の温泉街だな」
勇斗はほっと一息つき、お茶をすすりながら館内の案内に目を通す。
「お兄ちゃん、プール行こうよ!」
座っている勇斗を夏穂が引く。
「そうよ! わたしこのために昨日水着買ってきたんだから」
千草はそう言いながら既に荷物の中から水着を取り出そうとしている。
「お姉ちゃんも行くでしょ? 昨日あれだけ迷って買った水着なんだもん着なきゃ損だよ?」
夏穂も荷物をごそごそと引っかきまわす。
「う、うん……」
穂波はそう言いながらも照れくさそうに勇斗の顔を見る。その表情に勇斗はなんとなく頬を赤らめながら腰を上げる。
「う〜ん、常夏だね?」
勇斗は大きく伸びをする。温泉を使ったプールのために一年中開いているらしい、そして室温も熱気がこもっているのか、かなり暖かい。
「兄貴、親父くさいかも」
勇斗の隣では和也が苦笑いを浮かべ勇斗を見ている。
「勇斗、お待たせ!」
背後から声をかけられる。
「おぉ、っておぉ〜?」
振り向く勇斗の視界には花柄のビキニを着た千草の姿が映る。
「……これは……」
和也は隣で絶句する。
着やせするタイプの千草は、いわゆるナイスボディーというのか大きな胸の類に入るのであろうそれに和也の視線は泳ぎっぱなしになっている。
「お兄ちゃん、おまたせぇ」
対する夏穂はタンクトップタイプのビキニを着ているものの、色気を感じるにはまだまだで千草の引き立て役のようになっている、その小さな身体にマッチしたボディーはこれから発達するのだろうが……。
「勇斗さん、お待たせしました」
一葉をチラッと見るその目は瞬時に驚きのものに変わる。
「か、一葉さん……」
絶句する勇斗の視線の先にいる一葉は、アニマルプリントのハイレグワンピースを事も無げに着ている。
「似合いますかねぇ?」
ちょっと照れたように微笑む一葉の台詞に勇斗は言葉無くコクコクとうなずくだけだった。気のせいか周りの男性陣も一葉のことを見ているようにも見える。
「よかったです」
ほっとした表情を浮かべる一葉に勇斗は頬を赤らめる。
一葉さんってスタイル良いんだなぁ……出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるその姿はまるでモデルさんのようだ。
「ぶぅ」
千草はその勇斗の顔を見て頬を思いっきり膨らませている。
「先輩……」
一葉に見とれている勇斗の背後から声がする。
「穂波?」
背後からの声が穂波であることを確認すると勇斗は嬉々として振り向く。
穂波の水着姿というのは見たことが無いな? 確か付き合っているときも海とかには行かなかったし、ちょっと楽しみかも。
勇斗は微笑をかみ殺すように振り向くがそれが一層いやらしい目つきになっている事に自身気がついていないようだ。
「……お待たせしました」
振り向く勇斗の顔が一瞬にして曇る。その視線の先にいる穂波の姿は水着の上からTシャツを着ている姿、ワンピースの水着は一部しか見えなく、穂波の綺麗な足のラインがあらわになっているだけだった。
「穂波ちゃん恥ずかしがって仕方が無かったのよ、やっと説得してここまでになったんだから」
千草が苦笑いを浮かべながら穂波の肩をたたく。
「お姉ちゃん一番真剣に水着選んでいたのに、今になって恥ずかしいなんて言っているんだもん、可愛い水着なのに勿体無いよ」
夏穂も穂波のTシャツの裾を引っ張る。
「だって……恥ずかしいんだもん」
うつむく穂波の顔は真っ赤になっているであろう。その仕草は高校時代の穂波と変わらないようで勇斗は自然に笑みがこぼれる。
「まぁいいじゃないか、早速泳ぎに行こうか」
勇斗がそう言いながら歩き出すその後ろを穂波は照れくさそうに歩き出す。
「うぁ〜広いお風呂」
そこはさっきまでいたプールよりも広いスペースに様々な趣向を凝らした入浴施設が広がっている。
「あら? 夏穂ちゃんなに照れているのよ」
脱衣所でもじもじしている夏穂の事を千草が覗き込む。
「だって……」
夏穂はそう言いながら周りにいる穂波や一葉の事を見る。
「ん?」
首をかしげる千草の胸を見て夏穂は深いため息をつく。
「お姉ちゃんたちみんなおっぱいが大きい……」
その一言に千草は呆気に取られた顔をするが、すぐに笑顔に変わる。
「なに言っているのよ! まだ十三歳でしょ? あたしが同じ頃はもっとナインちゃんだったわよ! それに穂波ちゃんの妹なら同じように大きくなるんじゃない? 穂波ちゃんのおっぱいもなかなか大きいわよ?」
千草はそう言いながら穂波の胸を見つめると、穂波はその視線から避けるかのように身をよじる。
「なっ、なに言っているんですか……千草さんみたいに大きくないですよ」
穂波は顔を真っ赤にしながら千草の胸の膨らみを見ている。
本当に大きいなぁ……先輩もやっぱり大きい方が好きなのかしら?
「……なに穂波ちゃん、そんなに見られたら恥ずかしいよ」
いつの間にかジッと見ている穂波の視線に気が付いた千草は照れくさそうに胸を隠す。
「ご、ごめんなさい、つい……」
再び穂波は顔を赤くしてうつむく。
「本当に大きくなるかなぁ」
夏穂はそう言いながら穂波と千草の胸をかわるがわる見る。
「大丈夫だよ、まだまだ成長期、気が付いたらボインちゃんになっていたりして!」
千草はそう言いながら色々なお風呂に足をつける。
「美人の湯ねぇ……男の美人って一体」
かけられている湯船の案内を見て勇斗は苦笑いを浮かべる。
「男だから美男子じゃないのかね?」
さらっとそういう和也の顔を見てなんとなく勇斗は嫉妬に近い感情に駆られる。
「お前が言うといやみに聞こえるよ」
勇斗はそう言いながら近くにあった癒しの湯に足をつける。
「はぁぁ〜」
言う気はないのだが自然と口を割いて深いため息が漏れる。
「兄貴やっぱり爺くさいよ」
和也は隣に浸かりながら苦笑いを勇斗に向ける。
「うるさい、伊達にお前より歳はとっていないぞ、このため息もお前より長くいきている証だ」
どんな証なんだかは自分でも良くわからないが、つい口をついてしまうため息は癒されている証拠なのだろうか。
「露天風呂に行ってみようよ」
隣で腰を落ち着けていた和也がいきなり立ち上がる。
「そうだな、せっかくの温泉天国だ入れるだけ入ろうか」
勇斗もその台詞にうなずき露天風呂に向う階段を降りる。
「寒ぃなぁい」
肌を露出した勇斗の身体に夜風が包み込む、その風は函館より標高が高いせいなのかひんやりした空気が身体を包み体温を一気に奪ってゆく。
「早く入らないと風邪ひいちゃうよ」
和也も身体を縮み込めながら、暖かそうな湯気を立てている湯船に向かい小走りする。
「はぁぁ〜、極楽だぁ」
湯船につかるとちょっと熱く感じるものの、その温度はどんどんと体内に浸透していくようだ。まさに極楽。
「兄貴、一気に老け込んだな……今の顔を穂波姉さんに見せたら嫌われるぞ」
隣で和也は意地の悪い顔を浮かべるものの、その顔も十分に極楽気分を味わっているようだ。
「やかましい、穂波と一緒に風呂に入るわけが…………」
途中まで言うと勇斗の頬が一気に赤くなる、まるでのぼせたようだ。
「ん? どうした、のぼせたのか?」
その表情を見て和也が怪訝な顔を見せる。
「いやなんでもないよ、一気に温まりすぎたかな?」
そう言いながらも勇斗の頭の中にはさっきプールで見た穂波の水着姿……Tシャツ着用だったが……が脳裏に浮ぶ。
湯船から出られなくなりそうだ……。
それからしばらく勇斗は風呂から出られなくなったようだった。
=湯上りにはやっぱり……=
「だぁぁ〜、温まり過ぎたぁ」
女性陣との集合場所であるエントランスで勇斗はのぼせたような顔をして浴衣をばたつかせる。
「兄貴は欲張りすぎだよ……」
呆れた顔で和也は勇斗の顔を見る。
「うるさい! 根本的に貧乏性なんだろうよ……ガァァ暑いぞぉ」
勇斗は止まらない汗を拭いながらソファーに身体を預ける。
「……兄貴、パンツ見えているぞ?」
浴衣の間からは勇斗の可愛らしいキャラクターの入ったパンツがチラチラと見えている。
「気にすることはない、なぜなら本人が気にしていないからだ」
「ハハハ……」
呆れ返った顔で和也が勇斗を見ると華やかな声が女風呂の方から聞こえてくる。
「あついぃぃ」
「夏穂ちゃんは貧乏性ね」
千草の呆れたような声とともに浴衣姿の夏穂と千草が女湯ののれんをくぐって出てくる。
「あぁ〜、お兄ちゃん……暑いよぉ」
助けを請うように夏穂が勇斗の座っているソファーの隣に座り込む。
「ハハ、夏穂ちゃんもか?」
苦笑いを浮かべる勇斗を千草は小さい子を見るような目で見ている。
「勇斗も同じなの? クス、子供と同じね?」
勇斗を見る目は優しくもちょっと呆れたような表情を千草は浮かべている。
「うるさい……和也ぁ、ちょっと飲物買ってこい」
勇斗は小銭入れを和也に投げつけアゴで自動販売機をさす。
「なんだよ、俺はパシリじゃ無いぞ?」
和也は抗議の目を勇斗に向けるが、諦め顔で既に自動販売機に向っていた。
「和也君、あたしはビールね? やっぱり風呂上りといったらビールでしょ?」
ちょっと待て、何で千草がそこで指令を出すのかな?
「ウン、兄貴は……発泡酒でいいかぁ」
おいおい、何で千草はビールで、資金提供者である俺は発泡酒なんだよ!
勇斗がジトッとした目で自動販売機に向っている和也を睨みつけていると遅れて出てきた一葉と穂波が同じ浴衣を着て勇斗の前に立つ。
「先輩、大丈夫ですか?」
心配そうな顔をする穂波の顔も湯上りのせいか頬をちょっと桜色に染めて色っぽい感じを醸し出している。浴衣を着ているせいなのかちょっとドキッとする。
「勇斗さん大丈夫ですか?」
屈んで勇斗の顔を覗き込む一葉の胸元がちょっとはだけ、その奥が……見えたような気がする。
「先輩顔が真っ赤ですよ? 本当に大丈夫ですか?」
違った意味で顔が赤いんだけれど、ここはそういう事にしておいた方が良さそうな気がするよ。
「あぁ! お兄ちゃん達だけでずるいぃ」
勇斗たちの手に持たれているビールの缶を見てすねたような表情を夏穂が浮かべる。
「ホントだ勇斗さん、あたしもビールがいいな」
一葉も意地の悪い顔を浮かべながら勇斗の顔を見る。
「エェ〜? やっぱり風呂上りはこれよ!」
穂波はそう言いながら自動販売機にある牛乳を指差す。
「やっぱりこれじゃないと『風呂上り』って言う感じがしないですよ」
穂波は自動販売機の牛乳のボタンを押す。
ハハ……好きにして。
「やっぱり飲むときはこうじゃないと」
穂波はそう言い腰に手をやり飲み始める……やめなさいって、親父くさいから……。
「こう? そっか、これでお姉ちゃんのおっぱいの大きさが出来上がったのかな?」
夏穂は穂波の真似をしながら腰に手をやりながら牛乳を飲み干す……って、今夏穂ちゃん穂波の胸がどうのって言わなかった?
「なに言っているのよぉ!」
穂波はその台詞を遮るように言うが、その言葉は勇斗にしっかりと伝わり、真っ赤な顔をしている勇斗をみてうつむく。
そうか、穂波も結構大きかったのか……おっぱい。
嬉しそうな表情を浮かべている勇斗に対し穂波はのぼせきったような顔をしてうつむいたままでいた。
「バイキングゥ〜」
夏穂が嬉しそうにレストランの前で小躍りする。
「何は無くとも食べなきゃ、だわよね?」
千草も腕まくりをしながら既に臨戦態勢に入っている。
「そんなに気合入れるほどの事かよ……」
苦笑いの勇斗の隣でもう一人臨戦態勢に入っている娘がいた……穂波だ。
「いえ、先輩バイキングは常に戦場です」
戦場って……。
「さぁ、行きましょう……」
一葉の目の色も変わっている。
「みんななんだかやけに気合が入っていないか?」
勇斗は隣にいる和也に声をかける……が、その唯一に友軍でもある和也も姿が見えなくなり、気が付けばバイキングの荒波に泳ぎだしている。
「ハァ……」
勇斗の深いため息の奥には黄金色のビールと、その先でワイワイ言っている穂波達だった。
色気より食い気なんだな? この連中は……。
勇斗は苦笑いを浮かべながら大皿に向う穂波たちを眺めつつ、ビールの入ったグラスに口をつける。