雪の石畳の路……

第四話 雪の街

=雪の想い出=


「いらっしゃい、どんどんとお土産見て行ってね! 見るだけならサービスだ、ただにしておくよ、ヘイ、いらっしゃい」

「いやねぇ、お兄さんたら、見るだけでお金取られたらたまらないわよ、オホホ」

勇斗はエプロンをしながら中年女性に声をかける。勇斗は良くお客に声をかける、そのしゃべり口は嫌味がなく、さらっと通り過ぎながら言うものだから押し付けがましくは思われない、お客が悩んでいるようだとすぐその近くに行きちょっと声をかける。

「先輩って商売上手ですよね?」

レジ担当の穂波が勇斗のその動きを見ながら感心したようにつぶやく。その隣には商品を補充して一息ついた一葉が同じように見つめている。

「えぇ、あの人が始めてこのお店に来たときびっくりしたわ、いきなり旦那さんに『今日からお前が店長だからやれ』といわれてもきちんと動いていた。かゆいところに手が届くというか、あたしが気付いたときにはもう動いているんだもの、あたしの方がまだまだって言う感じ」

勇斗は相変わらずにお店の中を飛び回っている。

「小学校の頃からやっているんですよ、先輩は」

穂波がつぶやくように一葉に言うと、一葉はちょっと驚いた表情で穂波をみる。

「あたし小学校のときに函館に越してきたんです、それまではずっと札幌に住んでいたんですけれど、お父さんの事でちょっとあって……」

穂波は言葉尻を濁す。

「あぁ、確か奥さん離婚したって……ごめん、へんなこと聞いちゃった?」

一葉が思わず口にしてしまいあわててその口を手で覆う。

「いえ、いいんですよ、もう十年以上も前のことですから」

穂波はにっこりと一葉に笑顔を向け、再び勇斗の事を見る。

「その時小さかったあたしは、まだよくわからなくって、この辺りをうろうろしていたんです……雪が降っているにもかかわらずに」

穂波は視線をお店の中に移しながらそれを懐かしむように話し出す。


「そんなところにいたら風邪をひいちゃうよ」

お店の前で男の子が小さい穂波に声をかける。

引っ越してきたばかりでどこをどう歩いたのかわからなくなっている自分に気が付いたのはその時だった。目に涙が浮かぶのがよくわかる。

「どっ、どうしたの、どこかいたいの?」

男の子はその表情を見るなり狼狽する。

「ここはどこ?」

穂波はしゃくりあげながらやっとその言葉を発することが出来た。

「何だ、迷子かぁ……ちょっとこっちにおいで」

男の子はそういいながら穂波の手をとりお店の中に引きずり込む。

「お母さん、この娘迷子だって、あーあ、こんなに手が冷たくなっちゃって、寒かったんでしょ? ほら、これもって、大丈夫だよ、すぐにわかるって」

携帯カイロを穂波の手に強引に持たせると自分の着ていたジャンバーを脱ぎ、それを肩にかけてくれる。

「これ……あなたが寒くなっちゃうよ?」

穂波はちょっと落ち着きを取り戻し、その男の子の顔を見ると、その顔には照れたような笑顔が浮かんでいる。

「大丈夫、お店で動いていると暑いくらいなんだ!」

そういい男の子は再び店先に出て道行く人に声をかける。

「お嬢ちゃんちょっとカバンを見せてね? ウン、電話がわかるから大丈夫よ」

そういいながら電話元に歩いていく女性を見送り、再び店先で働いている男の子を見つめる。歳はきっとあたしより上かな? 小学校四年生ぐらいかな? お店の中と外を行ったりきたりしてよく働くな、ちょっと大人っぽい感じがするのはそのせいなのかな?

気が付くと穂波の頬は赤く染まっていた。

「大丈夫だって、今お母さんが迎えに来てくれるって」

気が付くと女性が穂波の横に立ちにっこりと微笑んでいる。

「ありがとうございます……」

穂波はペコリと頭を下げる。その頭を男の子のお母さんが優しく撫ぜる。

「何、いいって言うこと、困ったときはお互い様だからね? それにしても雪がまた酷くなってきたね……勇斗、ちょっと店先の雪掻きしておいて」

勇斗と呼ばれた男の子はその言葉に渋々といった表情を浮かべながら店先の雪を近くにあったほうきではきはじめる。

「あっ!」

穂波が声を上げる。その視線の先には、真っ赤にかじかんだ手をしている勇斗の手。

さっきあたしがカイロをもらっちゃったから、手があんなに真っ赤になっている。ジャンバーを着ていない彼は、耳も真っ赤にしている、さっきはあんな事言っていたけれど、きっと寒いはず。肩や頭にもちょっと雪が積もっているみたい。

思わず穂波は彼の元にかけてゆく。

「これ返す、寒いでしょ?」

手で握り締めていたカイロを渡そうとするが勇斗はそれを拒否する。

「ヘヘ、大丈夫だよ、それにこんなのを持っていたら雪掻きできないし」

にっこりと微笑むその顔は照れくさそうに顔を赤らめていた。


「それがあたしの初恋だったのかな?」

穂波は優しい目を勇斗に向ける。

「フゥーン、穂波ちゃんって結構健気なのね」

勇斗を見つめる穂波の横顔を見つめながら一葉は笑みをこぼす。

「け、健気なんて……あはは、そんなんじゃないですよぉー、ハハハ」

穂波は一葉の一言に大慌てで手を振りそれを否定するが、顔は真っ赤になり今にも湯気が出てきそうなほどである。

「だってそうじゃない、初恋の人をずっと想っているんでしょ? なかなか出来るものじゃないわよ……恋はいつも壊れて終わってしまう」

そういう一葉の横顔はすごく寂しそうで、まるで、今までの自分の恋をすべて否定するような表情を浮かべている。

一葉さん?

「そ、そんなことないですよ、あたしだって中学まで忘れていたし、中学のときに付き合っていた男の子いたし、でも久しぶりにこのお店の前を通ったときに想い出したんです、彼のことを……やっぱり雪が降っていたなぁ……」

そういい穂波は再び店先に視線を向ける。


「はぁ……」

コートを着込み雪の中を歩く穂波。さっきまで彼氏と一緒に歩いていたのに……つい一時間前にその彼から別れを告げられた。

数時間前ここを歩いていた時は彼と一緒だったのに、帰りは一人……もう受験だっていうのに、こんなのじゃあきっといい結果にならないわよね。

空からは、まだ冬は終わらないんだといわんばかりに白いものが落ちてくる。気がつけば手袋は何処かに落としてしまったようでその手は真っ赤に凍えている。

「はぁ」

手を温めようと吐く穂波のため息は白くその周辺を濁す。そして、

「きゃあぁー」

ドスン……根雪に足をとらわれ見事にしりもちをつく。

もぉ、踏んだりけったりだ、情けなくって涙が出てくるよ……本当に情けない、もうどうにでもなって!

やけ気味に見上げる穂波の頬には雪が当たる冷たい感覚のほかに暖かいものが伝って足元の雪を溶かしている。

「ほら……泣くほど痛かったのか? たたねぇとケツから風邪ひいちまうぞ?」

穂波の視界に手袋をはめた大きな手が差し出される。その手を穂波は見上げる、そこには鼻の奥がツーンとするようなすごく懐かしい感覚にとらわれる。

「あっ……」

きょとんとした表情でいると、その手は次に穂波の腕を掴み驚くほどの力で引き上げる。

「あっ……どうも……ありが……」

穂波が礼を言おうとするが、その手は腕を離そうとはせずに、近くにあったお土産物店に引きずり込む。

ちょ、ちょっと、何? ってこのお店は……たしかあの時の……。

そのお店には覚えがある、そうあの時連れ込まれたのと同じお店。

「ほら、ケツが濡れちまっただろ? 少しここであたっていけばすぐに乾くからゆっくりしていけ」

まるで怒っているような表情を浮かべている手の持ち主は、ずかずかとお店の中に入り込んでゆく。

「親父帰ったぞ!」

その人は無愛想な声で店先から奥に声をかけ、近くにおいてあった椅子をストーブの前に置き穂波に座るように促す。稜西学院高等部の制服を着たその人の横顔に面影はないものの、あのときの男の子と同じ暖かい声、そして何気ない心使いは変わっていない。間違いない、あのときの男の子勇斗君だ。

「何だ、勇斗お前の彼女か?」

店の奥から出てきた男性はニヤっと勇斗の顔を見る。

「うるせぇ! そんなんじゃねえよ、ただ道端で転んでしゃがみ込んで泣いていたから保護しただけだ……ほらタオル、風邪ひかねえようにしろよ」

相変わらずに無愛想な顔で勇斗はタオルを穂波に投げる。

「ありがとうございます」

穂波はそれだけ言うと頭を下げながらその場から立ち去ろうとする。

「まって、これ……まだ寒いから手袋はいて行け」

そういい店の売り物である小さな手袋を穂波に投げる。

「でも……悪いですし……」

穂波はその手袋を胸の前で受け止めて勇斗の顔を見上げる。

「悪いと思うのならちゃんとその日の天気に合わせたような格好をしておけよ、雪の中そんな格好じゃあ寒いのは当然だ」

終始無愛想な対応ではあるが彼の顔には微笑がこぼれ冷やかすような表情で穂波を見ていた。

「ありがとう……」

そういいながら、なんだかさっきまでの寒々とした心の中が一気に暖かくなってきたような気がした。

「ウフフ……そうかぁ、稜西学院なんだぁ」

その瞬間穂波は彼にフラレたことをすっかり忘れていた。


「へぇ、勇斗さんってそんな子だったんだぁ……ちょっと意外かもしれないなぁ」

一葉は穂波の顔を見つめながらニヤっと微笑む。

「エヘヘ、そうですね、ちょっと誤解されそうな風貌ではありますけれどね? でも、それが生まれながらの性格なんでしょうね? 困った人とかいると放っておけない性格なんですよ、だからあたしを二回も救ってくれたんです」

にっこりと微笑む穂波の笑顔に圧倒されたような表情を浮かべる一葉。しかしすぐにその表情は笑顔に変わる。

「確かにそうかもしれないなぁ……彼はそんな事考えてもいないんだろうけれど、でも自然にそういう事をしちゃうんだろうな」

 一葉はそう言いながら店先でお客さんと談笑している勇斗の事を見つめる。

「穂波ちゃんは、本当に彼の事が好きなんだね?」

「……はい」

穂波は戸惑いながらもその台詞に小さくうなずく。

「うーん、穂波ちゃん可愛いなぁ」

一葉はそういいながら穂波のことを抱きしめる。

「ちょっ、ちょっと一葉さん、あたしその趣味はないですからぁ〜」

抱きしめられながら苦しそうにもがく穂波。

「ウフフ、あたしもないけれど、いいかなぁ穂波ちゃんだったら」

いっそうギュッと抱きしめる一葉。

よくないよぉ〜。

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