雪の石畳の路……

第六話 (有)有川商店

=ゴールデンウィーク=

『ここ五稜郭公園の桜も満開になり……』

 テレビのレポーターが五稜郭公園の桜の下で晴れやかな表情を浮かべながらその様子を視聴者に向け伝えている。

「ゴールデンウィーク突入ですね?」

 そのテレビを見ながら穂波が勇斗の手元にトーストを運んでくる。

「あぁ、勝負だな……この一週間でどれだけ客を呼び込むか」

 勇斗はそのトーストをかじりながらも目は真剣そのものだ。

 観光客が増えるこの時期に稼がない手はない、内地からの人間も増えるこの時期、合わせて桜が満開、これほど条件がそろうことはまずない。

「頑張ってくださいね先輩」

 そう言いながらも穂波の表情はちょっと曇っている。

「勇斗兄ちゃん、せっかくのゴールデンウィークなのに……」

 休みにかこつけて昨夜から泊まりに来ている夏穂が顔を出している。

「稼ぎ時を逃して何になるぅ〜!」

 勇斗はこぶしを握り締める。

「お兄ちゃん、そんなに力入れなくっても……」

 呆れ顔で夏穂が勇斗の顔を見る。

「勇斗さんは、そういう性格なんですよ、だから旦那さんは勇斗さんにこのお店を任せたんじゃないかしら」

 一葉はそう言いながら勇斗の腕をそっと触れる。

「そんなカッコのいいものかねぇ?」

 勇斗はトーストをかじりながら苦笑いを浮かべる。

「そんなものかもしれないですよ」

 一葉がそう言いながら勇斗のこぼしたトーストのカスをそっとひざから取り除く。

「……なんだかいい感じぃ……お姉ちゃん!」

 夏穂が今にも噛み付きそうな勢いで穂波に抗議の視線を向ける。

「ホント……何かあったのかしら」

 穂波は心中穏やかではない。



「かいてぇーん」

 夏穂が元気よくお店のシャッターを開ける。

「よぉーし、頑張るぞぉー」

 勇斗は、店の前に出ると胸いっぱい深呼吸する。

「はい、頑張りましょう、先輩」

 穂波も打ち水用にバケツを持ち、店先に顔を出す。

「ウン、夏穂ちゃんもお手伝いよろしくね」

「まかせて頂戴、この夏穂ちゃんの色気でお客さんわんさか来るわよぉ」

 夏穂はそう言い、制服のスカートを少し持ち上げる。

「なに言っているの、そんなことをしては駄目!」

 穂波は慌ててあらわになった夏穂の太ももを隠すように両手をかざし、ちょっと軽蔑したような目で勇斗を見る。

 俺は別にみたくて見ていたわけじゃないぞ?



「いそがしぃ!」

 夏穂の悲鳴にも似た声がレジ周りでこだまする。さほど広くない店内には観光客がひっきりなしに入ってきては、お土産物を購入してゆく。

「すみません、このキーホルダーはまだありますか?」

 店内を飛び回っている勇斗はお客に呼び止められることしばし、にっこりと対応しているが、表情には疲れが見える。

「勇斗さん、この御菓子まだありますか?」

 一葉も疲れきったような表情ではあるがその対応はやはりプロであろうお客にはそんな表情はまったく見せない。

「ストックヤードにあるはずだ、穂波ちょっと見てきてくれるか?」

「ハイ」

 穂波は言われるがままにストックヤードに姿を消す。

「すみませーん、これを全部小袋に入れてもらってもいいですか?」

 自分でやれ! そんな事は口が裂けてもいえないな……こんな忙しいときに言わないでくれよ、まったくお客というのはわがままなものだ。

「はいはい、全部ですね? 少しお待ちください」

 勇斗はにっこりと微笑みながら夏穂の隣でそれを手早く袋に詰め込んでゆく、その様子を夏穂は驚いた表情で見ている。

「勇斗兄ちゃん早いし上手だね? あっという間に終わっちゃったよ」

 夏穂はレジを打ちながら感心したようにそういう。

「昔からやっているからね、夏穂ちゃんだってレジを打つのが早くなったじゃないか?」

 勇斗はそう言いながら夏穂の頭を撫ぜる。

「ヘヘ、だいぶ慣れたよ、もしレジ打ちの検定があったらきっと一級取れると思うな」

 そんな検定は聞いたこと無いが、その自信は十分なものだきっと俺なんかより早いかもしれないし、レジにあまり人がたまらない、これは大きな戦力だ。

「先輩、これどこにおいておきますか?」

 ストックヤードから穂波がお菓子の山をもって店に顔を出す。

「俺がもらうよ」

 穂波の手からそのお菓子の山を勇斗が引き継ぐ。店の中のお客の波はいまだ引く様子がない。

 忙しいぜぇ……。



「お店を早く開けたのは大正解だったみたいですね?」

 一葉が商品を整理しながら勇斗に声をかける。

「あぁ、読みが当たったよ」

 普段のオープンは九時だが、このシーズンだけでもと思い店を八時に開けた。ちょうど観光客が朝市からホテルに帰る際に店の前を通る、その客が開いていれば立ち寄るのではないかなと思ったが、予想は的中いや、予想以上の効果があった。

「先輩が朝いつも外を眺めていたのはこれを見ていたんですか?」

 朝食を取り終わりいつも二階の窓から外を眺めているのを穂波はいつも見ていた。

「あぁ、人の流れというのはやっぱり把握しておかないといけないからな」

 話をしながらも勇斗は商品を動かしたり、整頓したりと急がしそうに動いている。

「先輩あんまり無理しないでくださいね?」

 穂波は心配そうな表情で勇斗の事を見る。

 先輩はこのお店を任されてからいつも夜遅くまでパソコンとか帳簿を見ている。多分寝ている時間は短いであろう、あたしが寝るときにはまだ起きているのが日常になっている。でもあまり無理をして体を壊さなければいいけれど。

「あぁ、少し落ち着いたらみんなで温泉にでも行こうか、有川商店の慰安旅行にでもな」

 勇斗はそう言いながらにっこりと微笑む。

「夏穂も行きたい!」

 レジから夏穂が背伸びをして手を上げる。

「当然だ、夏穂ちゃんも一緒だよ」

 勇斗のその一言に嬉しそうな表情を浮かべる夏穂、一葉も「いいですね」と言いながらにっこりと微笑んでいる。

「さぁ、温泉に向けて頑張るぞ!」

「お〜!」

 お店で働くみんなが顔をほころばせながら手を上げる、その様子をお客はポカンと眺めていた。



「はい、ちょっと一息ついてコーヒーどうぞ」

 ようやくお客の波が引いた頃、穂波がいい香りと共にコーヒーを運んでくる。その香りにみんなの顔に笑顔が生まれる、店を手伝いに来ている鉄平は穂乃美の隣で、夏穂と和也はレジカウンターの中で、一葉は休憩用のパイプ椅子でそして穂波は二つコーヒーを持ち一つを勇斗に渡す。

「はい先輩、お疲れ様です」

 勇斗は店先で大きく伸びをしてそのコーヒーを眺める。

「さんきゅ、穂波が淹れてくれたのか?」

 勇斗は嬉しそうな顔をして穂波からカップを取り、それを口に含む。

「はい、皆さんも疲れているみたいだったから、コーヒーの方がいいかなって」

 コーヒーを飲む勇斗の顔を穂波はじっと見つめる。高校時代に何回か一緒に喫茶店にいったことがあり、そのときも今と同じく幸せそうな顔で飲んでいた。

「ウフフ……」

 穂波の口が自然と開き声を漏らす。

「どうかした?」

 勇斗はその声に穂波の顔を見つめる。

「ごめんなさい、ちょっと高校時代を思い出して」

 穂波はニッコリと微笑みながら視線を足元に落とす。

「エヘ、高校時代よく先輩と喫茶店に行ったなぁって思って、そのときも先輩は嬉しそうにコーヒーを飲んでいたなって、あたしもコーヒー旨く入れられるようにならなきゃって思っていたんですよ?」

 足元に落ちている紙くずを穂波はしゃがみこみながら取り上げる。

「あぁ、そういえばそうだったな、穂波と一緒のときはよく喫茶店に行ったよな、このコーヒーも旨いよ、ありがとう」

 勇斗も思い出しながらか視線を宙に向け懐かしそうな顔をする。

 部活の帰り、よく一緒に穂波と喫茶店に立ち寄った、いつも寄る喫茶店は俺たちと同じ学校の生徒が立ち寄るお店でもあった。

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