雪の石畳の路……

第七話 School Memory

=高校での再会=

「今日からマネージャーとして手伝ってくれる事になった飯島さんだ」

 男臭い柔道場に不意にシャンプーの香りが漂ったような気がする。女の子は恥ずかしそうにうつむき、肩にかからない程度のショートカットの髪の毛を顔に垂らしている。道場内には動揺したようなざわめきが起こる。

「飯島さん自己紹介してくれるかな?」

 ちょっとデレッとした表情の部長は、彼女の顔を覗き込む。

「ハイ……今日からこの柔道部で皆さんのお世話を焼かせていただきます飯島穂波と言います、一年生です、よろしくお願いします……押忍」

 彼女は精一杯頑張ったのであろう、腰の横で握り拳をぐっと引く動作をするが……それじゃあ空手だよ……道場に失笑が起こる。

「エッ?」

 彼女はよくわかっていないようだ、きょとんとした表情で周りを見回し、苦笑いの表情で彼女を見ている幸作と視線が合う。すると途端に彼女は真っ赤な顔をしてうつむいてしまう。

「まぁ……初心者だから、仕方が無いよ……じゃあ飯島さんは、とりあえずその辺で稽古を見学していてくれるかな?」

 まぁ妥当な線だろう。部長はそう言いながら道場の片隅にある唯一の隙間といってもいい所を指差す。それ以外の場所は、何年前から置かれているのか分からないような道着や、既にごみといってもおかしくない様なシャツなどが置かれ、この道場の香りを作り出している。

 あそこに座らせるのはきっといじめに近いものがあるような気がするけれど。

 幸作はちょっと同情するような目で彼女を見る、すると再び彼女と視線が合い、彼女はさっきと同じようにうつむく。



「よし、今日はここまで、当番!」

 一日のメニューが終わる。当番というのは部活の締めを執り行う係りの事をさし、今日の当番は勇斗だった。

「ハイ! 全員整列!」

 勇斗の号令に一同が整列する。そこには彼女まで混じっているが……まぁいいか。

「正座! 黙祷!」

 全員が正座をして目をつぶる。

「直れ、正面に向って礼!」

 一斉に目が開かれ、全員が背筋を伸ばしながらきちんと礼をする……一名を除いて。



「フゥ〜」

 まだため息が白く濁る学校帰り、お疲れ様と声をかけるがその本人も疲れておりあまり説得力のある台詞にはなっていない。

「先輩、お疲れ様でしたぁ」

 部室を出る勇斗のその目の前にちょっとおどおどした様子で、疲れの原因が立っている。

「なんだ、どうした? 忘れ物か?」

 既に校舎に差し込む光は茜色に染まりその光が作り出す影が長く伸びている。

「いえぁ……ウゥ〜……」

 彼女は日本語と思えないようなことを言いながらうなだれている。

「早くしないと暗くなるからな、気をつけて帰れよ」

 勇斗はその脇をすり抜け昇降口に向おうと歩き出す。

「アッ、あの!」

 横を通り抜けようとした瞬間彼女はちょっと大きめの声で勇斗を呼び止める。

「ん?」

 勇斗がその声に反応し振り向くと、差し込む茜色の光のせいなのか、顔を赤くしたその娘が珍しく顔をあげ勇斗のことを見ている。

「あのですね……途中……」

 再びうつむく。

「……途中?」

 忘れ物捜している途中という意味か?

 勇斗がボケらーっと彼女を見ると決心したように再び顔を上げる。

「途中まで一緒に帰っていいですか?」

 スカートを握り締めながら彼女は言う。

「別にかまわないが、忘れ物はあったのか?」

「ハイ、大丈夫です」

 彼女はその一言に顔をほころばせながら顔を上げる。

 おっ、近くで見ると可愛い娘だな、しかしどこかで見た事のあるような娘だが、まぁ、お店にいれば同じような娘はいくらでもくるし、気のせいであろう。

「初めてで疲れただろ? えぇっと、何さんだったっけ?」

 昇降口で靴を履き替え、足を強引といってもいいようにねじ込む勇斗の目の前でにっこりと微笑むその少女は勇斗の顔を見つめている。

「穂波です……飯島穂波」

 穂波はそう言いながら勇斗の行動を見ている。

「ゴメン、人の名前を覚えるの得意じゃないから……あんな男くさいところにいるのは辛いんじゃないか?」

 ようやく靴に足をねじ込んだ勇斗はスクッと立ち上がる。

「いえ、あたしなら大丈夫です! お世話を焼くのがきっと好きなんです」

 彼女はそう言いながらニッコリと勇斗の顔を見る。

「ハハ、それは頼もしいことだ……任せてもいいかな?」

「いいともぉ、です!」

 二人は微笑みながら家路を急ぐ。

「家はどこなの?」

 校門を出るとさっきの茜色は既に赤といってもいいほど色濃くなってきており、学校前の石畳の坂道に並ぶ二人の影は長く後ろにのびている。

「ハイ、電車で『五稜郭公園』まで言ってそこから五分ぐらいです、先輩は『魚市場通』ですか?」

「あぁ、そうだ……って何で知っているんだ?」

 驚いた、確かこの娘と会ったのはさっき部活が初めてのはず、しかも自己紹介もしていないし、仮にしたとしても住所までは普通は教えない。

「エヘ、やっぱり先輩忘れていますね? まあ当然ですけれど、あたしはしっかりと覚えていますよ、先輩のこと……雪の日のこと」

 その後の穂波の説明でおぼろげではあるが思い出した。あのお店の前で転んでいたあの少女が彼女だったとは思っていなかった。



=夏休み=

「明日から夏休みに入るわけだが……」

 夏休み前の注意点を担任が話しているのをボーと聞いている勇斗は視線を校庭に向ける。既にそこにはHRが終わったのであろう生徒がわらわらと歩いているのが見える。

「以上!」

 そして多分にもれずうちのクラスも終了し夏休みに突入した。

「勇斗は部活なのか?」

 カバンに荷物を詰め込んでいるとこのクラスで一番の美形である日田信也が勇斗を見下ろしている。

 なぜだかわからないがこの男とは話が合い、このクラスの七不思議の一つとされている、俺にしてもそうだ、こいつがきっと俺の近くにいるせいで俺がもてないのだろう。きっとそうだ、そうに決まっている!

「あぁ、少なくとも今月中はずっと部活だ、来月はインターハイもあるし」

 勇斗は六月に行われたインターハイ予選で見事に優勝し、八月から行われるインターハイに出場する事になっていた。

 校舎には『祝高校総体出場 有川勇斗(柔道)』ののぼりがさげられており、毎日それを見ると照れくさくって仕方がなかった。

「アッ、せんぱぁ〜い、まだいたんですか? 今日は取材の人が来るって言っていましたよ、早く道場に行きましょうよ」

 教室の入口から穂波が声をかけてくる。予選会のときにはあいつのおかげで力いっぱいできた、あいつの声援や、作ってくれたスタミナジュースなどで支えてくれたのは事実だ。

「穂波ちゃん、この頃可愛くなってきたな? お前にべったりだけれど」

 信也が冷やかすように勇斗のわき腹を突っつく。

「……あぁ、生き生きしている彼女は可愛いよ」

「フゥ〜ン、勇斗にも春がきたか?」

 そう言いながらポンと背中を押す信也、それに向けた勇斗の顔はちょっと火照っていた。



「先輩明日から向こうに行くんでしたよね?」

 顧問の先生と共に今後の日程の打合せを終わらせた頃、既に日は傾き街灯がつきはじめている学校帰りの石畳の坂道、穂波はずっと待っていてくれた。

「あぁ、明日札幌に出て北海道の選手団と合流してから岐阜に飛ぶらしい一日が開会式だからな」

 わざわざ札幌まで行かなくってもいいのではないかとも思うが、やはり北海道の代表というのであろう、その代表の一言に勇斗はちょっと緊張を覚える。

「先輩は九日に出るんですよね? 応援に行きますから」

 穂波はにっこりと微笑み勇斗の事を見るがその目はちょっと寂しそうだった。

「お前が応援に来てくれないと俺は負けてしまうな」

 本音だった、穂波がマネージャーとして柔道部にきてくれてからずっと調子がいい、試合の時にもらう穂波の声援が何よりも俺のことを後押ししてくれている。

「それは責任重大ですねぇ……絶対に行かなければ……」

 穂波はそう言いながら顎に手をやり、ちょっと思案顔にうつむく。

「……あの、先輩」

 うつむきながら穂波が声をかけてくる。

「ん?」

 勇斗はその穂波の頭を見る。身長差は恐らく三十センチ近くあるだろう。

「あのですね? 約束……したいんですけれど」

「約束?」

 顔を上げる穂波の顔は心なしか紅潮している。

「ハイ……あの、大会が終わったらお買い物に付き合ってくれませんか?」

 恥ずかしそうな表情で穂波は勇斗の顔を見る。

「あぁ、俺なんかでよかったら付き合せてもらうよ」

 勇斗はそう言いながらもちょっと照れた表情が浮かぶ。

「ハイ、約束です」

 穂波はそう言い白く細い小指を勇斗に対し突き出す。

「指きりです」

 勇斗はちょっとテレながらもその温かい小指に自分の小指を絡ませる。



=高校総体=

「一本! それまで」

 勇斗は審判の顔を見上げ小さくガッツポーズを作る。

「ヨッシャー、有川いいぞ!」

 会場の一部から歓声が上がる。そこには『がんばれ道産子勇斗』という横断幕が張られている。昨日の夜にわざわざ応援に来てくれた有志達だった。

「先輩、これで決勝トーナメント進出ですね?」

 道場を後にする勇斗に穂波がタオルと水筒を渡してくれる。水筒の中身は穂波特製のスタミナジュースだ。

「あぁ、お前のおかげだよ」

 汗を拭きながら勇斗は水筒に口をつけ、穂波の頭をぽんぽんと叩くその動作を行うことによって勇斗はなんだかリラックスできるような気がする。

「そんな事ありません、先輩がすごいんです!」

穂波はそういうと、勇斗の前で小さくガッツポーズを作る。

「ハハ、でもお前がいてくれると優勝ができそうな気がするよ」

 勇斗は鼻先をポリポリとかくとちょっと照れくさい台詞を放った自分に照れる。

「ハイ! 約束です、先輩なら優勝できます!」

 にっこりと微笑む穂波に対して勇斗は得もいえない力がわいてくるような気がした。

「あぁ、約束だ、お前のその首に金色のメダルをかけてやるよ」

「約束です! 絶対ですよ」

 不思議とこの娘がそういうとできそうな気がしてくる、力がみなぎってくるというのか、こいつのためにメダルが取りたいと思うよ。

「有川、トーナメント始まるぞ!」

 緊張した面持ちの顧問が勇斗に声をかけてくる。

「いってくる」

 勇斗は軽く穂波に手を上げ再び会場に向かって歩いてゆく、その後姿を穂波はジッと見送っている。



「決勝戦をはじめる、両方前へ!」

 審判が呼ぶ、後にも先にもこれが最後だ、試合会場では他の試合は行われていない、観客の視線はこれから上がる試合会場だけに注がれている。

 勇斗が立ち上がり畳に足を乗せると大きな歓声が上がる。

「ふぅ」

 開始線に向かう前に一息つく、そして観客席を見ると穂波と視線があう。この試合が終わったらゆっくりしよう。穂波と約束どおりに買い物に行こう。

 勇斗の視線の先にいる穂波は声を張り上げているであろう大きな口をあけている。

「はじめぇ!」

 試合が始まる、勇斗の耳には今までの歓声が聞こえなくなった、聞こえるのは相手選手の息遣いと、畳をする足音だけだった。

 互いに技を掛け合いポイントはほぼイーブン、残り時間が一分を切ったことを掲示板が示しているが勇斗の目にはそんな事は関係なかった。

 相手を倒す、勝つんだ!

 必死に相手に足を掛け倒そうとするがなかなか相手は思うように崩れてくれない、まるで足に根っこでも生えているのではないかと思うぐらいにびくともしない。

 一瞬勇斗の体制が崩れる、その瞬間に相手の姿が消える。

 ヤバイ!

「せんぱぁーいぃ……」

 その瞬間に穂波の声が聞こえた。他の声は聞こえなかったのになぜかあいつの声だけは俺の鼓膜に響いた。

 思うが早いか勇斗は腰をかがめるが、次の瞬間に宙を舞い気がつくと畳の上に仰向けに倒されていた。

「一本! それまで!」

 無常な審判の声が勇斗の耳に入ってきて、相手選手が大きくガッツポーズを作っているのが見える、勇斗は天井からさがっている照明を見ていた。

 負けちゃった……。

 歓声がひときわ大きく会場内に響き渡る。

「礼!」

 二人向き合いながらお辞儀をする。そして儀式的に握手を交わす相手の顔は満面の笑顔を浮かべている、それに対し勇斗の表情は沈んでいた。

「有川、惜しかったな」

 会場から降りると顧問が同情するような目をしながら声をかけるが、勇斗はそれに反応しない。会場を後にする勇斗に対し拍手が送られるが勇斗は沈痛な面持ちを崩さなかった。

「勇斗、銀メダルだ、おめでとう」

 何人かの北海道代表の仲間が声をかけてくるが、勇斗には苦笑いを返すしかなかった。

「先輩!」

 会場を出ると穂波が勇斗に声をかけてくる、きっと今まで泣いていたのであろう、目を真っ赤にはらしている。

「穂波……わりぃ、約束やぶっちまったな……すまん」

 勇斗はそう言いながら穂波に対して頭をペコリとさげる。

「そんな事無いです、先輩凄くかっこよかったです、結果は残念だけれどあたしの中では先輩が優勝です!」

 穂波はそういうと両目から大粒の涙をこぼす。

「穂波……」

 勇斗の目からも堪えていたものが零れ落ちる。今まで耐えてきたのに、穂波の顔を見たとたんに堪えきれなくなった。

「……ありがとう、穂波」



=SummerDays=

「先輩、こっちです」

 函館駅の改札口で穂波が大きく手を振っている。

「おいおい、恥ずかしいなぁ」

 その様子を周りの観光客がクスクスと微笑みながら見ている。

「エヘヘ、いいじゃないですか、さ、いきましょう」

 穂波はそう言いながら街に足を向ける。

「行くって、どこに行くつもりなんだ?」

 勇斗は苦笑いを浮かべながら穂波の後について歩き出す。

「お買い物です、楽しみにしていたんですよ?」

 大会が終わり、函館に帰ってきたのは数日前、帰ってくるなり地元の新聞社から取材を受けたりタウン誌の取材を受けたりしてなかなか時間が取れなかったがやっと昨日穂波と連絡が取れ今に至っている。



「先輩は『金森倉庫』と『はこだて明治館』どっちが好きですか?」

 生き生きした目で穂波は勇斗を見る。

「う〜ん、どちらともいえないな、それに今日は俺が付き合うんだからお前の好きのほうに行けばいいじゃないか」

 勇斗はそう言いながら穂波を見ると真剣に悩みだしたのか穂波は足を止め顎に手をやる。

「うぅ〜、そうなんですよねぇ……やっぱりベイにしようかな」

 そう呟いたかと思うと穂波は足を海辺の方に向ける。どうやら赤レンガ倉庫に決めたようだ。

「涼しいですね?」

 海から漂ってくる風は生暖かいものではなく既に秋を感じさせるようなさわやかな風が吹いている。

「あぁ、あっちは暑くてたまらなかったけれど、ここに帰ってきてホッとしたよ」

 インターハイの行われていた岐阜は夏真っ只中だった、まるで湿気が体中にまとわりつくような感覚が嫌で何度も夜中に目が覚めたことか。

「これは北海道だけの特典ですね?」

 穂波はそう言いながらにっこりと勇斗の事を見る。



「先輩、どこですかぁ」

 金森洋物館の中はシーズン真っ只中で観光客が溢れかえっていて、背の低い穂波を見つけるのになかなか手間がかかる。

「こっちだ」

 何回か穂波は人波にさらわれ遭難しかける。

「すごい人ですね?」

 見回す倉庫の中には普段の倍以上の人間がいるのではと思うぐらいに人がいる。

「観光シーズンだからね」

 勇斗は歩いてゆく人波を見ながら答える。

「先輩そういえばお店は大丈夫なんですか? お手伝いとかしないで」

 穂波は勇斗の顔を覗き込む。

「あぁ、今日は親父に任せてきた。俺たちはゆっくりとお買い物ができるよ」

 勇斗はそう言いウィンクを穂波に投げかけると、不意に穂波の顔が赤らむ。

「アッ……アハハ、そうですか、ありがとうございます……ってぇ、わぁ」

 穂波はそう言いながらも再び人波にさらわれそうになる。

「ほら、ぼっとしていると遭難しちゃうぞ……ここじゃゆっくりと買い物というわけにはいかないな、違う所にいこう」

 勇斗は無意識に穂波の手をとり歩き出す、穂波はその手を見つめながら真っ赤な顔をして付いて歩く。



「さて、この後はどうする?」

 勇斗の手には駅前にあるデパートの紙袋が持たれている。中身はというと穂波の洋服が入っている。

「はい、ちょっとゆっくりしませんか?」

 穂波はそう言いながら『摩周丸』の係留されている方に歩き出す。

「先輩、来年は一緒に『函館港祭り』に行きましょうね?」

 穂波は足元に書いてある絵を見ながらくすっと微笑み勇斗を見る。

「そうだな、来年は一緒に『いか踊り』を踊るか?」

 足元に描かれているのは『いか踊り』の振り付けだった。

「先輩は踊れます? この踊り」

 穂波は微笑みながらその振り付けのまねをする。

「大丈夫だよ、函館市民だもん踊れなければそれはもぐりだよ、ほら『はこだてめいぶつイカおどりぃ……』ってね、上手いもんだろ」

 勇斗は振り付けをしながら踊りだすと、その姿を見ながら穂波が大きな声を上げて笑い出す。

「アハハハ、先輩上手! あたし、その『いかぽっぽ』のところが上手くいかないんですよぉ」

 二人は笑いながらいか広場といわれる場所に来る。



「ハァ気持ちいいなぁ……潮風が心地いいです」

 風になびく髪の毛を押さえながら穂波は勇斗の事を見る。その仕草に勇斗はちょっと胸が高鳴る。

「あ、ああ」

 曖昧な答え方をする勇斗の頬はちょっと紅潮しているようだった。

「あたしこの場所好きなんです……なんだか落ち着く」

 視線を向ける先には函館山に係留されている船、視線を移すと函館どっく、函館らしい景色といえばそうだ。既に日は傾き、西の空が茜色に染まっている。

「静かだよね? さっきまでの喧騒がまるで嘘のようだ」

 桟橋に波が当たるたびにパシャパシャという音を立てている以外は余計な音がしないような気がする。

「あの、先輩今日は付き合ってくれて本当にありがとうございました、すごく楽しかったです、また今度も付き合ってくれますか?」

 穂波はうつむきながらそう言う。

「当然だ、俺でよかったらね?」

 勇斗がそういうと穂波がガバッと顔を上げる。

「あたし先輩じゃないと嫌なんです」

 穂波?

「……先輩、あたし……あたし先輩のことが好き……あたしと付き合ってください」

 真っ赤な顔をした穂波はそれだけ言うとうつむいてしまった。

 心の奥に衝撃がおきる……生まれて初めてといってもいいだろうこの衝撃は決して嫌な感じではなく、むしろ心温まる衝撃だった。今この娘は俺のことが好きだといってくれた。

「……穂波、お前はいつもそうだな、いつも俺を励ましてくれていた、試合の時でも練習のときでも……いつも俺のことをフォローしてくれていた。いつもお前は俺の先回りをする、本当に気が利く娘だよ……今日だって先回りされた」

「先輩?」

 その台詞に穂波がキョトンとした表情を浮かべる。

「俺と同じ気持ちだったとは思わなかったよ、穂波」

 一瞬周りの音が消える。全ての動きがまるでストップモーションのように見える、穂波は涙をこぼしながら俺に向って飛びついてくる。

「……本当は優勝したら言おうと思っていたんだ、大好きだよって」

 抱き合う二人の頭上をかもめが飛び去って行く、函館は短い夏に別れを告げこれから秋に入るが、この二人はこれからが春になるところだった。

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