雪の石畳の路……

Autumn Edition

第四話 東京へ。



=ドタバタの出発=

「急いで!」

 いつもはぽやぁっとしている穂乃美の動きが、珍しくきびきびと動き、その周囲では慌てふためきながら穂波が駆け回り、いまいち状況が把握しきれていないというか、寝ぼけ眼の夏穂は大あくびをしている。

「ハハハ、昨日は飲みすぎたなぁ」

 悪びれた様子も見せずに、鉄平は寝癖の付いた頭をガシガシと掻き乱す。

 やはり早いうちにヤッておくんだった……帰って来た時、そのお命頂戴します。

 心の中で物騒な事を呟くものの、その時間すら惜しく、勇斗は昨日穂波と一緒に買ったジャケットに袖を通す、そのとき時計の針は七時になるところだった。

「勇斗、早くバスが来るわよ」

 二日酔いのせいなのか、いつもに比べると声のトーンが低い千草は、勇斗と穂波の事を手招きする。

「二人の荷物は既に和也君がバスの停留所まで運んでくれているわ」

 直子も珍しく真剣な表情で勇斗たちを見ている。

「若旦那、これを持たないと」

 一葉がチケット等々の入っている封筒を勇斗に手渡す。

「わぁ、危なかったぜぇ、サンキュー一葉さん!」

 勇斗がその封筒を受け取り一葉に微笑みかけると、一瞬だがその一葉の表情が曇ったようにも見える。

「お兄ちゃん、お土産よろしくね?」

 熊のイラストの入ったパジャマ姿のまま、眠たそうに目を擦りながら夏穂が勇斗にむけて手を力いっぱいに振る。

「あぁ、いっぱい買ってきてあげるよ」

 勇斗はそう言いながら夏穂に親指をグッと立てると、夏穂も嬉しそうにそれを真似る。

「勇斗、くれぐれも……間違いを起こさないようにね」

 目に涙を浮かべているような表情をしているのは千草。

 間違いって、どんな間違いなんだ……。

 苦笑いのまま勇斗が千草の顔を見つめるが、その顔は……二日酔いに歪んでいる。

 飲みすぎだぜぇ……ハハ。

「そうよ、羽目をはずしたりしたら……承知しないからね」

 猫目をさらにつり上げる直子の表情は二日酔いも無く本気だ。

「いいものを仕入れて来いよ、お前がこの店の主なんだからな」

 さっきまでのふざけた表情がウソのようにまじめな表情で鉄平は勇斗の顔を見る。

「……穂波をよろしくね? 勇斗君……」

 穂乃美もなんだかシンミリした表情を浮かべている。

 ……あのですね、たかが二泊三日で東京に行くというだけで、なんだかえらい騒ぎになっていませんか? まるで、穂波と新婚旅行に行くみたい……。

 そこまで考えた途端に勇斗の顔が音を立てるように真っ赤になり、その隣にいた穂波の顔も同じ事を考えたのか耳たぶまで赤くしてうつむいている。

「うぉ〜い、バス来たぜ」

 和也の一言に全員の目がそのバスに注がれる。

 ぷしゃん!

 まるでくしゃみをするように、白地にオレンジや赤のラインの入ったバスがみんなの目の前に止まり、気の抜けるような音と共に扉が開く。

「それじゃ行ってきます」

 勇斗はそう言いながらみんなに手を軽く上げながらバスに乗り込み、後を追うように穂波も乗り込むと、再び気の抜けたような音と共に扉が閉まり、別れを楽しむまもなくその場から走り出す。



「えっと、勇人さんこの後の予定はどうなっているんですか?」

 走り出したバスは右手に津軽海峡を望む漁火通りを湯の川に向かって走ってゆく。

「あぁ、ちょっと待って……」

 勇斗はそう言いながら、さっき一葉に渡された封筒を取り出し、その中に入っている行程表を見る。

「この後函館空港で、とらべるわーくすのスタッフたちと合流して飛行機で羽田空港に行き、その後東京のホテルにチェックインらしいな……そのほとんどはフリーみたいだ」

 会社の人がツアコンみたいに旗を振っているのを想像していた勇斗からすればちょっと拍子抜けした感じだ。

「という事は、東京で自分のホテルとか探さなければいけないんですか?」

 涙目で穂波は勇斗の事を見つめてくる。

「心配しなくっていいよ、このホテルなら俺も良く知っている……って言うか、昔俺の住んでいた街のホテルだ、目を瞑っていてもつけるよ」

 勇斗の持つ行程表に書かれているホテルには懐かしい地名が印刷され、勇斗の胸の奥には得もいえない感覚が走る。

 自分が四年間住んでいた街に、今度はゲストとして行くのか……なんだかくすぐったいような、不思議な感覚だな。

「勇斗さんが住んでいた街なんですか?」

 穂波はそう言いながらホッとしたような表情を浮かべる。

「あぁ、大学四年間俺が暮らしていた街だから、穂波は心配しなくってもいい」



「勇斗さん、こっちです!」

 新しくなり、開放感のある函館空港の出発ロビー、その吹き抜けに聞き覚えのある青年の声が響き渡る。

「よぉ、直也君」

 見知った顔の中にちょっと疲れきった顔をした直也の顔が、あからさまな作り笑顔で勇斗の事を見つけ、手を振っている。

「朝早くからお疲れ様です、こちらで名簿チェックしますのでどうぞ」

 直也に促されながら向かった先には女の子がコンピューターからはじき出されたリストとにらめっこをしている。

「すばるの有川様……ご夫妻?」

 直也はそのリストを見て、仰天したような顔で勇斗の顔を見つめるが、そう言われた勇斗たちはもっと驚いた表情で直也を見る。

「……ご夫妻って……おいおい、直也君」

「す、すみません……ちょっとリストを見せてくれ……」

 慌てた様子で直也はその女の子の持つリストを見るが、その事実は曲げられないようで、その肩は力なく落ちる。

「……て、手違いがあったようで……すみません」

 ペコリと頭を下げる直也に対し、勇斗は苦笑いを浮かべながら手を振る。

「気にしないでいいよ、よく間違えられるから……同じ苗字だし」

 それは事実だ、お店に来る客のおおよそ七割は勘違いして帰っていく、最近では気にならなくなってきたというよりも、それが現実だったらと思う事もあるよ……って、これは内緒。

 勇斗の隣では、慣れていないのか、穂波が真っ赤な顔をしてうつむいている。

「はぁ……」

 直也のその隣では女の子が首をかしげている。

「金城主任、違うんでしょうか?」

「違う! 勇斗さんと穂波さんは……」

 そこまで言うと直也は、少し悩んだ顔をして、やがて助けを請うよう様な目で勇斗の顔を覗き込む。

「兄妹だよ……義理の兄妹だ……義理の」

 義理のという所にちょっと力を込めてしまったのは、愛嬌という事で……。

 勇斗の一言に少し寂しそうな表情を浮かべている穂波だが、恐縮するように頭を下げる直也と、受付の女の子に対応するので精一杯の勇斗はそれに気が付かないでいた。

「義理の……かぁ」



『お待たせいたしました、当機はただいまより東京国際空港に向け離陸いたします、もう一度シートベルトを確認してください』

 流暢なキャビンアテンダントのアナウンスが機内に流れると、一種緊張に似た雰囲気が、周囲に広がる。

 飛行機が落ちる確立というのは、自宅で眠っていてトラックが家に突っ込んでくるぐらいの確率らしいが、やはり、気にはなるかな?

 勇斗も手元のシートベルトを確認するように手をやるが、不意にその視線に飛び込んできたのは小刻みに震える手があった。

「どうした穂波、寒いのか?」

 その一言に過剰なまでに穂波の身体は反応する。

「いいえぇ、そんなこと無いです、とても快適です……多分……」

 穂波のその顔は、蒼ざめているといっても過言ではないような顔色をしている。

「本当か? なんだか顔色が優れないようにも見えるが……」

 勇斗の一言に穂波の顔が一気にゆがむ。そうして今にも泣き出しそうな目で勇斗の顔を見つめると……、

「……あたし」

 あたし?

 通路に視線を落としながら、穂波はキュッと目をつぶりながら意を決したように口を開き勇斗からするとある程度予想の付いた一言を放つ。

「……あたし飛行機って生まれて初めてなんです」

 すがりつくように穂波は勇斗に身体を寄せると、手と同じようにその身体も小刻みに震え、顔を見るとその表情は恐怖に怯えているようだった。

「おいおい、いまさらになって『こんな鉄の馬が空を飛ぶなんて信じられない』なんて言わないでくれよ?」

 冗談交じりに勇斗はそう言うと、その視線の先には真剣な目をした穂波がいた。

「あっ、あたしだってそんなこと言いません! でも、こんな鉄の塊が飛ぶというのはちょっと考え物です……もしかしたら騙されていませんか?」

 真剣な表情で穂波はそう言いながら目を閉じる。

 ……鉄の塊って……君は確か俺より年下だと思ったが……いつの時代の人間なんだか。

「……その話になるとアインシュタイン博士に登場願わなければいけないが、ご希望かな?」

 穂波はうつむいたまま首をフルフルと力なく振るが、時間に正確なその鉄の塊は、ノッタリクッタリと滑走路を動き出したかと思うと、その動きを止め、まるで自分を奮い立てるかのように爆音を立てる。

「ヒッ!」

 小さく悲鳴を上げる穂波は、周りの視線など気にしないかのように勇斗の胸に顔を埋める。



=東京の地=

「はひぃ〜……」

 劈くような爆音に対し、どこから声を出しているのか分からないように顔をあげた穂波の外に見えるのは、勇斗からすればおおよそ一年ぶりの東京の景色だった。

「もう大丈夫だよ、地面に足はついた……」

 フライト中、穂波はずっと目をつむり勇斗の腕にしがみついたままで、その景色を楽しんでいるようには見えなかった。

「フヘェ〜……良かったですぅ〜、何とか生きているみたいですね?」

 生きているって素晴しいという表情はこのことを言うのであろう、穂波は心底ホッとした様子で勇斗の顔を見つめてくる。

 そんなに簡単に飛行機が落ちたら、俺は既にこの世の人間でなくなっているだろうに。

「……なんらかあったら、今頃俺と君の名前は全国規模のニュースに載っていると思うけれどね? そうして俺はそれを望まないよ……」

勇斗の苦笑いに対しても穂波は我を取り戻したように嬉しそうな表情を浮かべながら手荷物受け場所に歩みを進めてゆく。

「まぁまぁ、そんなことを言わないで、生きているという事に喜びを感じましょうよ」

 穂波はまるでスキップを踏むように、到着ロビーに向かう通路を歩いてゆく。

 生きている喜びって……帰りは一体どうなるんだろう。

 苦笑いを浮かべながら勇斗はその後ろを歩いてゆく。



「勇斗さん、荷物を見失わないようにしてくださいね?」

 回転寿司よろしく、クルクルと回るそのターンテービルの上にはブランド物のカバンを優先的に回しているのではないかと思うほど、目的のものは回ってこない、回って出てくるのは、徐々に肥大化する荷物ばかりだった。

「きた! 俺の荷物だ」

 似たような形のバッグに何回か手を伸ばしながら、違いに気が付き引っ込めるという動作を何回か繰り返した所で、見覚えのあるバッグが流れてきた。

「良かったです、あたしのも来ました」

 穂波のカバンも勇斗のスポーツバッグの少し後ろから流れてきて、無事に二人の手元に帰ってきた。

 なんだか回転寿司を思い出す光景だよな? 持ち主がいないのか、何回も同じ荷物が回ってきてみたり、自分のものかと思ったバッグを前の人に取られちゃったりして……。

「これから、こっちの営業所の人と合流して本社に行くんですね? セミナーか……」

 自分のカバンを持ってホッとした表情を一瞬で、スケジュール表で今後の予定を確認した穂波はセミナーの文字にウンザリしたような顔をする。

「まぁそんな顔をしないで、俺だってその類の話は得意じゃないんだ」

 二人してウンザリ顔をしながらガラス張りの到着ゲートを出ると、そこには出迎えの人ごみなのであろう、色々な人間の視線が二人に注がれる。

 なんだか注目されているみたいで恥ずかしいなぁ。

「すごい人ですねぇ……」

 穂波はその人混みに目を丸くしており、周囲をキョロキョロと見回している。

「ハハ、そんなキョロキョロするなよ、田舎モンだと思われるだろ?」

「田舎モンですよ、立派に……勇斗さんは慣れているかも知れませんが、こんなに大勢の人混みを見るのはなかなか無いですよ?」

 プクッと頬を膨らませながら穂波は勇斗のことを睨みつける。

「勇斗さん!」

 穂波の視線に苦笑いで答えている勇斗に男性の声がかけられる。

「ん? おぉ、太一さんじゃないですか」

 その声に振り返る勇斗の顔は、その男性を見るなり笑顔が膨れ上がり、遅れて振り向いた穂波の顔も満面の笑顔が浮かぶ。

「久しぶり、元気していた?」

 その男性はかけているメガネの奥から優しい視線を二人に向け、再会を喜ぶように右手を差し出すと、勇斗は躊躇せずにその手を握る。

「おかげさまで、太一さんも元気そうじゃない?」

 以前は函館でお店の担当営業だった真島太一は、微笑みながらウンウンとうなずく。

「あぁ、元気だよ……穂波ちゃんも元気そうでなにより」

 太一はそう言いながら今度は穂波に右手を差し出す。

「ハイ、おかげさまで、暁子さんも元気ですか?」

 穂波のその一言に太一の顔は一瞬赤らみ、その隣で勇斗も冷やかすようにニヤニヤしている。

 太一さんの奥さんの暁子さん、俺がお店に入った時の担当営業で、女だてらの営業だなと思ったけれど、親父の評価は高かったし、細やかな所に気が利くのは、今うちを担当している真菜ちゃんにきちんと引き継がれている。

「ウン、まぁ元気かな?」

 太一は顔を赤らめながらもごもごと口ごもる。

「あれ? もしかしてうまくいっていないとか」

 勇斗の一言に太一はブンブンと首を横に振り、慌てて勇斗の台詞に否定の行動をとる。

「そんなこと無いよ、うまくいっているさ」

「暁子さんにも会いたいけれど、会社辞めちゃったんでしょ?」

 穂波の一言に太一の顔に再び笑顔が戻る。

「ハハ、だったら今日セミナーが終わった後みんなで行こうか、久しぶりに」

 太一はそう言いながら杯を傾ける仕草を勇斗に見せると、勇斗も嬉しそうな表情を浮かべながらその意見に首を縦に振る。

「決まりだ、暁子と……泉美もいいかなぁ」

 泉美ちゃんって確か中学生になる太一さんの娘さんだったよな? 色々とあったらしいけれど、その事は以前に聞いた事がある。

「当たり前じゃないですか、一度会ってみたかったんですよ、泉美ちゃんに」

 勇斗の一言に太一はホッとしたような顔をしながら笑顔を浮かべ、穂波の持っていたカバンを持つと、タクシー乗り場に向かって歩き始める。

「案内するよ、穂波ちゃんは東京初めてだっけ? 最終日に時間があるから、勇斗さんに色々と連れて行ってもらったらどうだい?」

 太一はそう言いながら穂波にウィンクを飛ばすと、穂波もそれに嬉しそうな表情で答える。

「ハイ、そのつもりです、むしろそっちの方が楽しみだったりして……アッ」

 穂波の発言に、勇斗と太一は苦笑いを浮かべ、当の穂波はしまったという顔をしてうつむく。

 穂波ぃ、一応仕事でもあるんだから……。

「あはは、穂波ちゃんの役に立って良かったよ、本当は俺もお手伝いできればいいんだけれど生憎仕事が入っていて……青海のとらべるわーくす本社まで」

 太一は助手席に乗り込みながら運転手に行き先を告げると、ごちゃごちゃとした空港内の連絡道路を慣れた様に走りだす。



「すごいビルですねぇ」

 首がもぎれるほど穂波はそのビルを見上げると、深いため息を吐き出す。

「これ全部なんですか?」

 勇斗もそれを見上げながらため息を付く。

「ハハ、そんなにうちの会社は儲かっていないよ、このビルの十八階から二十階までの三フロアーを借りているんだよ、ちなみに俺の部署は二十階にあって、結構眺望がいいんだ、セミナーが終わったら来てみなよ、コーヒーぐらいだったら出せるよ」

 そう言いながら太一は大きなガラス張りの自動ドアの中に入り込む、そこは吹き抜けになっており、ドラマとかの中でみたような理想的なオフィスビルといった感じだ。

「勇斗さん、穂波ちゃんこっちだよ」

 平日という事もあるのであろう、背広姿のサラリーマンが歩くロビーで太一がついて来ない二人に手招きしている。

 俺も本当はこんな会社に勤めたかったよな?

 勇斗の横顔が少し曇った事に気が付いたのは穂波だけだったようだ。



=再開の杯=

「いらっしゃいませ」

 眠たくなるセミナーが終わり、約束どおり太一のいる二十階のフロアーに足を踏み入れると、可愛らしい制服を着た女性が笑顔をたたえながら二人を迎え入れる。

「あの、真島さんは……」

 恐る恐ると勇斗はその女性に対し太一の名前を告げると、その女性が振り向き、その視線の先には机に座り、部下らしい若い男性となにやら話をしている太一の姿があった。

「真島課長、お客様がお見えですが」

 その女の子は身体の割に大きな声で太一の事を呼ぶ。

「ん? おぉ、勇斗さんちょっと待っていてもらっていいかな?」

 大きな声で太一は言うそうしないと声が互いに聞き取る事ができない為なのだが。

 広いオフィスだな……まだ新しいせいなのか、綺麗に整頓されているし……羨ましい環境ではあるな……。

 素直に驚いた視線をそのオフィスの中に飛ばしている勇斗の前に、先ほどのOLが立ちふさがり、優しく勇斗たちの行く先に誘ってくれる。

「申し訳ありません、こちらでお待ちいただいてもよろしいでしょうか」

 物腰柔らかくそのOLが案内してくれたのは太一がさっき自慢をしていた眺望の応接室。

「わぁ、すごい眺め……」

 穂波は周りの目を忘れたかのように、その応接室の窓にかじりつくと、そこから見える景色は、日が傾きかけ、茜色の陽光がビル郡を照らし出している。

「ウフ、ここからの眺めは少し自慢なんですよ」

 OLは微笑みながら二人に席を勧めてくれるが、穂波は自分の取った行動を恥ずかしがって顔を真っ赤にしている。

「は、恥ずかしいです……」

「気にしないでください、ここにお見えになるお客様のほとんどは同じように真っ先に窓際に行かれます」

 OLはそう言いながら穂波の隣にいき、そこから見える夕暮れの景色を指で指しながら案内を開始する、その様子は確かに手馴れているようだ。

「あそこに見える観覧車がパレットタウンにあるやつで、日本でも三本の指に入る大きさなんですよ、それに、あのビルの間に玉の付いているのがフジテレビで……」

背中まである髪の毛を揺らしながら彼女は親切に穂波に向けて解説をしており、隣にいる穂波もウンウンと頷いては感嘆の声を上げたりしている。

まるでガイドさんみたいだな、きちんとここから見える景色とその建物の特徴を分かりやすく説明しているよ。

勇斗が感心しながらその様子を見ていると、部屋に太一が入ってくる。

「勇斗さんゴメン、待たせちゃったみたいだな」

 太一の一言に、窓際にいた穂波とOLが振り向く。

「さつきちゃんのガイド中だったか……どうだいここからの眺めは穂波ちゃん」

 太一のその優しい顔に穂波は満面の笑顔で答える。

「最高です! 東京タワーやレインボーブリッジ、お台場や浦安の方まで丸見えで、東京を満喫したみたいです!」

 穂波を除く三人は苦笑いを浮かべながら、穂波と視線を合わせないようにすると、自分の発言に気が付いた穂波は顔を真っ赤にしている。

「ハハ、穂波ちゃんにお墨付きをいただけたのなら心強いよ、なぁさつきちゃん」

 太一はそう言いながらさつきと呼ばれたOLの肩をポンと叩くと、そのさつきの顔は本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「はい! 同じ北海道民の人に喜んでもらえるというのは嬉しいですよね?」

 その一言に、今度は勇斗と穂波の二人がキョトンとした顔をしてさつきの顔を見る。

「同じ道民?」

 勇斗の一言にさつきの顔に笑顔が膨らむ。

「あぁ、彼女は札幌の出身でね、施山さつき(せやまさつき)ちゃん、今年で三年目だったっけ? 勇斗さんより一つ上だよね?」

 その一言に、さつきは頬を染めながら言葉無くうなずく。



「穂波ちゃぁ〜ん、久しぶり! 勇斗君も元気そうで!」

 強いビル風に長い髪の毛をはためかせ、待ち合わせ場所に現れた女性は、二人に気がつくと満面の笑顔を浮かべる。

「暁子さんもお久しぶりです!」

 穂波もその女性に満面の笑顔を浮かべ、差し出された手を握りブンブンと振るが、勇斗にはその女性のちょっと変わった感覚に心の中で首をかしげる。

 なんだろう……見た目が変わったわけじゃないし、強いて言えば大分カジュアルな服装というぐらいなんだけれど、以前の感じとちょっと違う。

「勇斗君、ようこそ東京に……どう、久しぶりの東京は」

 勇斗に微笑みかけるのは太一の奥さんの暁子さん……以前はとらべるわーくす函館支店で太一と一緒に仕事をして、お店の担当でもあった人。

「ウン、やっぱり騒々しい街ですね?」

 勇斗の一言に暁子は微笑み、その隣で太一も笑っていた。

「パパ、紹介してよ」

 太一の隣に立っている少女がそのわき腹を突っつきながら勇斗の顔を見る。

「おぉ、そうだ、勇斗さん、このこが俺の娘で泉美ですよ」

「はじめまして! 真島泉美です、よろしくお願いします!」

 泉美はそう言いながらペコリと頭を下げる。

「こちらこそはじめまして、有川勇斗です」

「はじめまして、有川穂波です」

 二人は微笑みながらペコッとおじぎをすると、泉美の頬がちょっと赤らむ。

「大分大人っぽいよね? 確か今年中一って言っていたけれど、高校生でも通用するんじゃないかな? 誰かさんとは正反対だな」

 勇斗の一言に穂波が吹きだす。

「そうかも知れませんね? 夏穂と泉美ちゃんが同い年というのはにわかに信じられません」

「夏穂?」

 泉美が首をかしげる。

「うちの一番下の妹……今年中一なんだけれど、泉美ちゃんとは正反対の体型だよ」

 勇斗がそう言うと、泉美は意地の悪い顔をして暁子の顔を見上げる。

「……ママも初めて会った時に、ものすごい誤解をしたものね?」

 泉美の一言に暁子は顔を赤らめて、恥ずかしそうに両手を振る。

「そ、それは言わないでよ……本当にその時はそう思ったんだもん」

 勇斗は照れ笑いを浮かべる暁子の事を、やはり照れ笑いを浮かべている太一の事を見る。

「ものすごい誤解って?」

 勇斗の質問に、泉美は楽しそうに声をかけてくる。

「エヘへ……ママったら、パパが援助交際しているって思ったみたいなの、その相手があたしで、パパのアパートにママが来たときものすごい顔をしていたんだよ?」

 自分の娘が援助交際の相手……えらい誤解をかけられたものだな……。

 同情の目で見る勇斗の目の前で暁子はまるで踊るかのようにそれを否定しようとしているが、その様子に穂波たちみんなも大笑いしはじめる。

「もぉ〜、笑わないでよ! あの時は本当にそう思っちゃったんだからぁ〜」

「わかったわかった、そう見てくれたのは嬉しいよ、さて、勇斗さん行こうか? 気の利いたお店になんて連れて行って上げられないけれど……」

 太一はその場を取り繕うかのように、両手で暁子を制しながら勇斗の顔を見る。

「割り勘でよければ……ネ」

 勇斗の一言に太一もニヤリと微笑む。

第五話へ