雪の石畳の路……

Autumn Edition

第六話 イベント



=モーニング=

「クハァ〜……眠……」

 昨日の夜の記憶が曖昧だ……ラーメンを食べてからの記憶が特に……ラーメンを食べながら飲んだビールがよくなかったのか、それともこのシチュエーションに酔ったのか……。

ベッドの上で大きく伸びをしながら何気なく隣のベッドを見ると、そこにはすやすやと幸せそうな顔をしながら寝息を立てている穂波の姿。

「何だってこんなに幸せそうに眠る事が出来るんだろうねぇ、この娘は……」

 勇斗はため息を吐きながら頬杖をつきながら、その穂波の顔をジッと見つめるが、その行為によって、さらに変な気持ちになりそうになった為に中断し、顔を洗ってその煩悩を洗い流そうとベッドから立ち上がる。

「……先輩ぃ〜……ムニャ……」

 少し酔いの残っている勇斗はスリッパをはくのに苦労しているとその袖口を、恐らく無意識(寝ているのだから当たり前)に穂波が握り締め、その力に不意をつかれた勇斗はバランスを崩し、その場にしゃがみこむ。

 こ、これは……非常にやばい状況ではないか?

 今にも息のかかりそうな距離に穂波の寝顔があり、その周囲からはまるで勇斗のことを取り込むかのように、得も言えぬ香りが漂っている。

「お、おい穂波何を寝ぼけているんだ……」

 もう少しこうしていたいという気持ちを抑えながら、勇斗はそんな穂波の肩を揺するが、なかなか一筋縄にいかなく、本人は目覚める気配が無い。

「おい、穂波ぃ〜」

 すがりつくような目で穂波を見るが、その顔からはその意識が覚醒する気を感じず、むしろさらに深い所に入っているようなそんな感じすらある。

 そういえば、さっきの寝言で穂波は先輩と言ったよな? それは俺の事なのか?

 クークーと寝息を立てている穂波の顔を見つめながら勇斗はそんな事を考えていると、その穂波の両手が勇斗の肩に回り、ギュッとその勇斗の事を抱きしめる。しかしその力は嫌味のある力ではなく、フワッとした感じでまるで小さい頃母親に抱かれていた事を思い出すような優しい力だった。

「……勇斗さん……」

 穂波はそう言いながら勇斗の耳元で呟くと、その吐いた息が勇斗の耳にダイレクトに伝わり、全身の毛が逆立つような感覚に捕らわれる。

 いかん……理性だ……理性よちゃんと機能してくれ。

 かろうじて残っている一寸の理性に対して勇斗は呼びかける。

「……ウッ……ウウン……」

 不意に目の前にあった穂波の瞳が開かれると、その目は一気に見開かれ、その目はまるで犯罪者を見るような目になる。



「……だから誤解だっていったべ」

 駅前にある牛丼店でモーニング(というよりも朝定食?)を無言で二人はついばみながら、言い訳を言うように勇斗は穂波の顔を見上げる……が、その顔にはきれいに付いた小さな手形が残っている。

「……それはわかっています……わかっているんですけれど……でも、やっぱりねぇ……」

 鮭の身をほぐしながら穂波は顔を赤らめ、ほぐした鮭の身を箸先でつんつんと突く。

「まぁ確かに女の子の寝顔を見るというのは悪趣味だと自分でも思っているけれど、だけどいきなりひっぱたく事ねぇべ?」

 朝っぱらから豚丼の大盛に、豚汁という食欲で勇斗はその丼に顔を突っ込む。

「だって、目が覚めたらいきなり勇斗さんの顔が目の前にあって……無意識というか……嫌じゃないんですけれど、やっぱりちゃんと……」

 顔を真っ赤にしながら穂波はその場にうずくまるように小さく身体を折りたたむ。

 君は何を口走っているのかな? 周囲の人の視線も考えてもらいたいのだが……この突き刺さる視線はかなり痛いかも……。

 背広姿のサラリーマン氏たちは、知らん顔をしながら黙々と自分の目の前のものを消化するように箸を動かしているが、その耳は全て二人の会話を聞いているように感じられる……というよりも間違いなく会話に耳を欹てている。

「まぁ、いい……とりあえず食え」

 勇斗はトホホな顔をしながら穂波がさっきから弄くって、完全の鮭のフレークになりつつある『朝定食A』を箸先で指し示す。

「あっ、ハイ……」

 細々と箸を進める穂波だが、心ここにあらずといった雰囲気は十分過ぎるほど勇斗に伝わってくる。

 すごく気まずいんですけれど、この雰囲気をどうすれば払拭する事ができるのでしょうか?

 勇斗の食欲も衰えるように、その箸の進むスピードが落ち始める。

「ん? 有川か?」

 隣の席に座った背広がおおよそ似合わない体格の男性が、驚いた顔をしながら勇斗の顔を覗き込むようにその顔を覗き込む。

「ん?」

 勇斗が、厳ついその顔を睨み返すと、その周囲にピンと張り詰めたような緊張した雰囲気が流れる。

「やっぱりかぁ〜、お前確か北海道に帰ったんじゃなかったのか?」

 厳つい顔を器用に微笑ませるその男性の顔は本当に嬉しそうだ。

「うるさい、出張だ」

 そう言う勇斗の顔もどこと無く嬉しそうな顔をしているのだが、相変わらず周囲の緊張感は変わらない

「お前が出張だぁ? どんなコネを使ったというのだ」

 ガハハと笑うその男性は勇斗の肩をパンパンといい音を立てながら叩くが、当の勇斗は気にした様子も見せずに黙々と豚汁をすする。

「コネというよりも縁故といった方が正しいかも知れんな、実家の家業を継いだという事だ、そして今日は仕事でここに戻ってきた」

 空になった丼を見つめながら湯飲みに入ったお茶をすする勇斗は、決して若く見ええる事はないかもしれない。

「縁故だぁ? お前にそんな手段があるだなんて聞いた事がないぞ?」

 男性は遠慮なく勇斗のその台詞を投げかけるが、気にした様子も無くその男性は相変わらずガハハと笑う。

「本当に喧しいなぁ光明は……みんなびっくりしているぞ?」

 周囲を見渡す勇斗の視線から逃れるようにサラリーマン氏たちはうつむく。

「そうかぁ? 気にするな!」

 まったく、お前に絡んでロクな事なった事は無いぜぇ。

 再びパンパンと豪快に勇斗の肩を叩くのは、勇斗の大学時代の同級生であり、いつまでも職につけない仲間であった大山光明である。

「痛いってば……久しぶりだな光明」

 勇斗のその視線に、本気に嬉しそうな顔をして光明は勇斗の顔を眺める。

「おう、半年振りぐらいか?」

 二人の男は笑顔を浮かべながらがっちりと握手する、その隣で穂波はキョトンとした顔をしてその様子を無言で見守っていた。

「光明もやっと職を見つけたのか?」

 背広姿のその格好は、サラリーマンといっても過言ではないであろう。

「……痛い事を言うなぁ……」

 光明の厳つい顔が曇る。

「もしかして、まだなのか? わりぃ……」

 勇斗は驚いた顔をして光明の顔を見て、素直に申し訳なさそうに頭を下げる。

「気にするな、これから面接だし、うまくすれば中途採用で入る事もできるかもしれん……経験からするとあまり望みは無いが」

 気にした様子を見せる光明の視線が初めて穂波の事に気が付く。

「有川、この人は?」

 厳つい顔で見つめられ、ちょっとおじけた様子の穂波に勇斗は微笑みかけながら穂波の肩をポンと叩く。

「彼女はうちの店で働いてもらっている穂波だ」

「はじめまして、有川穂波です」

 勇斗に肩を叩かれホッとしたのか、穂波は微笑みながら光明の顔を見ると、気のせいか光明の厳つい頬が赤らんだように見える。

「ん? 有川穂波って、お前の妹かなにかなのか?」

 不思議そうな顔をする光明の目の前では、複雑な笑顔を浮かべる勇斗と、なんとなく寂しそうな表情の穂波の顔がある。

「うむ、間違いではないのだが……間違いのような……」

 どうやって説明すればいいのか、いつもの事ながら困るぜぇ……。



「それで、今日はこれからどうするんですか?」

 ホテルに戻ってフロントで鍵を受け取り部屋に入ると、穂波が今日のスケジュールを確認するように聞いてくる。

「今日は、会場に行って太一さんたちと一緒に見て回るだけだな、その後はほぼ自由行動だ」

 ネクタイを締めながら勇斗がそう言うと、そこには穂波の赤らんだ顔があった。

「ヘェ、勇斗さんのそんな姿を見るの初めて……ちょっと新鮮かも」

 穂波はマジマジと勇斗の姿を見つめる。

 そんなことを言われると照れるじゃないか……でも、穂波の前でネクタイをするのは初めてかもしれないな? 高校時代は詰襟だったし。

 照れくさくなり、勇斗はそのネクタイの結び目に手をやる。

「穂波も早く着替えろよ?」

 勇斗はそう言いながら後ろを向くのは、二人の間にある暗黙の取り決め事項だった。

「はい、ちゃんと向こうを向いていてくださいね?」

 穂波はそう言いながら着替えを開始したのであろう、布のすれる音が勇斗の耳に入ってきて、それだけで今の穂波の姿を想像してしまう。



=ビックサイト=

「あたしにはこんな生活耐えることが出来ませんよぉ」

 りんかい線の『国際展示場』駅に降り立った穂波はうんざりした顔をして、ため息をつきながら勇斗の顔を見上げる。

「あはは、確かにそうかもしれないな? 俺だって久しぶりだけれど、ここに来るだけで疲れちゃったよ」

 勇斗も苦笑いを浮かべ、これから上るべくエスカレーターを見上げる。

「きっとあたしなら東京で遭難しちゃうかもしれませんよ……勇斗さんはよく四年もいることが出来ましたね?」

 東京のエスカレーターでは右側を開けておくというのが原則になっており、二人もそれに従うように左側に立ち、話を進める。

「慣れなのかな? でも、こんな街に憧れを持っている人だっているんだろ?」

 以前穂波がそんなことを言っていた事を思い出し、勇斗は意地の悪い顔をしながら穂波の顔を見下ろすと、その顔は頬を膨らませる。

「ぶぅ、だってテレビとかではこんな事やっていなかったし……通勤電車は大変なのは知っていたけれど、ここまで酷いとは思っていませんでしたよ」

 口を尖らせながら勇斗を見上げる穂波は、本気になって怒っているようだった。

「まぁ、住めば分かるという事だよ。函館だってそうだ、ロマンチックな街なんていわれているけれど、住んでみれば不都合な所がいくらでもあるだろ? それと同じだ」

 苦笑いのまま勇斗が話しているとちょうどエスカレーターは終点につき、その改札口の先には見慣れた顔が二人に向かって手を振っている。

「勇斗さん、穂波さん!」

 小柄な女性は手がはちきれそうな勢いでその手を振り、背の高い男性は恥ずかしそうに顔をうつむかせている。

「真菜ちゃんに太一さん、わざわざ出迎えに来てくれたんですか?」

 改札を抜けながら勇斗は太一と真菜の顔を見る。

「ハイ! 大切なお客様をお出迎えするのもあたしたちの仕事なんです! そうですよね? 太一課長!」

 心底嬉しそうな顔をして真菜は太一の顔を見上げると、その笑顔に気おされたかのように太一も微笑む。

「そうだな、勇斗さんこの先案内しますよ」

 太一はそう言いながら勇斗と一緒に歩き出し、穂波も真菜と一緒になって話をしている。

「穂波さん、東京は初めてでしたっけ?」

「ハイ、すごい街ですね? あたしにはちょっと向いていないかも」

「そうですか? あたしは生まれも育ちもこっちだからそんなに気にならないけれど、久しぶりに上京したらやっぱり疲れますかね?」

「真菜さんって東京の人だったんですか?」

「ハイ、東京から函館に行った人なんです、ちょっと珍しいでしょ?」

 背後から聞こえる女性陣二人の会話に対して勇斗は太一と顔を見合わせながら共に苦笑いを浮かべる。

「……田舎モン丸出しだね?」

 呆れ顔の太一に対して、勇斗も苦笑いを浮かべる。

「本当にそうですね? まあ事実田舎モンなんですけれど」

 俺だって、函館生まれの函館育ち、東京にいたのはそんな人生のほんの一部だけでしかない、そう考えると穂波の事を笑っていられない。

「勇斗さん、田舎モンなんて言わないで下さいよぉ」

 背後から穂波の苦言が聞こえてきて、勇斗は思わず笑い出す。

「いいじゃないか、お互い田舎モンなんだから気にするな」

 勇斗の一言にも穂波は納得いかない様に頬をプックリと膨らませている。

「まぁまぁお二人さん、そんなところで言い合いしていないで」

 地下からのエスカレーターを上りきり、視界が一気に開けると、そこにはチラシと同じ風景が広がる。

「これがビックサイトなんですね?」

 ゆりかもめの高架にそって歩くと、右側に独特の格好をした建物が見えてくる。

「そう、日本最大級のコンベンションホールで、その広さは約二十三万平方メートル、といっても俺もどれだけ広いかよく分からないんだけれどね?」

 太一は勇斗の隣でそう言いながら頭を掻くが、正面に見えるそのランドマークは大きい事に違いない。

「なんでこんな格好なんですかね? 普通に三角の方が安定良さそうなのに」

 穂波の一言に勇斗は苦笑いを浮かべる。

 なんでって、デザインだろうよ……。

「あはは、このデザインはね、展示等でもある東側は大海原を、そうしてこのランドマーク的な会議棟は海上に浮かぶ都市をイメージしているらしいよ」

 太一も苦笑いを浮かべてその逆三角形を見上げる。

 言われて見ればそんな感じはしないでもないけれど……。

「まぁ、確かに安定はよくなさそうではあるけれどね?」

 柱に貫かれたような逆三角形の建物が四つ連なっているそれは、確かに見た目は安定が悪そうではある。

 恐らく芸術家の考えるデザインは、おれのような凡人とはきっと違う所を見つめているんだろうなぁ?

 ため息をつきながら勇斗はその外観を見上げる。



「さて、それでは案内しますよ」

 吹き抜けのようになっている通路を通り、会場に入り込むと、そこは高い天井に、色々な企業の看板がぶら下がっており、予想以上に人が入っているようだった。

「人がいっぱい……」

 それだけで穂波の顔が曇るが、その隣にいる勇斗の顔には笑顔が浮かんでくる。

「……さん? 勇斗さん」

 袖口を穂波に引っ張られて勇斗は我に返る。そんな勇斗を見上げて穂波は呆れたような表情を浮かべている。

「そんな生き生きした顔をしないで下さいよ、なんだか一人ぼっちになっちゃいそうな気がしてちょっと寂しいですよ」

 拗ねた様にそう言う穂波に向けて勇斗は笑顔を浮かべる。

「いや、血が騒ぐというのかな? さぁ、太一さんが待っているぞ、早く行こう!」

 勇斗はそんな穂波の手を握り、太一たちの待つブースに向かって歩き出す。

「ゆ、勇斗さん……は、恥ずかしいですねぇ」

 顔を赤らめながら穂波は言うが、その手はギュッと握り返してくる。

「迷子になったら大変だろ? 一緒に歩こう」

 優しく微笑む勇斗に、小さくうなずく穂波。



「この商品は、道内各店で販売する予定でいますから……知名度は抜群のはずです」

 勇斗の目の前には、まだ試作品なのであろう、キャラクターを象ったストラップやボールペンが置かれている。

「いつぐらいに発売になるんですか?」

 勇斗の目はそれまでのものと違い真剣なものに変わり、付き添っている太一もそんなやり取りを真剣な眼差しで見つめている。

「……穂波はどう思う?」

 勇斗はそれを手に持ちながら鼻を鳴らしている穂波に質問をぶつける。

「ハイ、イラストとかで見ると可愛いんですけれど、こうやって立体的になるとちょっとイメージが違うような……ヌイグルミみたいな方が可愛いかもしれないですね?」

 穂波はそう言いながらストラップを机の上に置く。

「確かにそうかもしれないな? まぁ、製品が出来たらまた見させてもらいますよ」

 二人はそう言いながらそのブースから離れる。

「穂波ちゃんも大分物を見るようになって来たね? 勇斗さんが二人いるのかと思ったよ」

 太一は感心したような表情でそう言いながら穂波を見ると、さっきまでの真剣な表情だった穂波の顔が一気に緩む。

「そ、そんなことないですよ」

「ウウン、あたしも最近そう思っていたの」

 真菜が穂波の顔を見つめる。

「そうなのかい?」

 太一はそう言いながら真菜の顔を見つめると、ちょっと困ったような顔をしながら真菜は鼻先を掻く。

「ハイ、たまに新製品とか持ってお邪魔すると、勇斗さんよりも穂波さんの方が厳しい指摘をされるんですよね?」

 真菜は太一の表情をうかがうようにその顔をちらちらと見ながら言葉を選んでいる。

「そんなこと無いですよ……いつも真菜さんはいい物もって来てくれるなぁって思っているぐらいなんですからぁ」

 顔を真っ赤にしている穂波をみながら勇斗もウンウンと相槌を打つ。

「俺なんかよりも着眼点がお客さん寄りなんだよ、穂波の場合」

 勇斗の一言に、真菜と太一の顔が穂波を見る。

「俺なんかの場合、どうしても売れそうな商品を探してしまうけれど、穂波の場合は自分が買いたい商品を探すみたいだよな? ということは、購買意欲を駆り立てる商品を見ているということなんだ、ダメだな、俺も見習わなければいけないと思うよ」

 頭をポリッと掻く勇斗に対して穂波は真っ赤な顔をしてうつむく。

「勇斗さんにそんなことを言われると照れますねぇ……」

「でも、俺たちもそうでなければいけないよな?」

 太一は感心した顔をしながらそういい、真菜の肩をポンと叩く。

「ハイ! あたしもがんばります、穂波さんがウンといってくれる商品を仕入れてどんどんお持ちしますね?」

 嬉しそうに真菜は叩かれた肩に手をやり、ニッコリと微笑む。

「その意気だ、さて、勇斗さん、次はどこに行く?」

 太一はそう言いながら次のブースを目指す。



「色々ありがとうございました」

 勇斗と穂波は見送りに着ている太一と真菜に頭を下げると、太一たちも同じように頭を下げてくる。

「いいえ、こちらこそ遠い所にわざわざ足を運んでもらってすみませんでした、今度はビジネス抜きで来て下さい、その時は、また一緒に飲みましょう」

 太一はそう言いながら手を差し出してくると、勇斗はその手を握る。

「そうですね? でも俺の場合太一さんの顔を見ると、どうしてもビジネスモードになっちゃいそうですよ」

 意地の悪い顔をしてその手を離す。

「ハハ、穂波ちゃんもまた来てね? 暁子も楽しみにしているだろうから」

 今度は穂波に向けてその手を差し出す。

「ハイ、今度来るときは赤ちゃんと一緒ですよね?」

 穂波の一言に、隣にいた真菜の顔が一気に強張る。

「それって……太一課長、暁子係長……じゃない奥さんが妊娠したって言う事なんですか?」

 真菜はそう言いながら太一の顔を見上げる。

「ま、まぁそう言うことにもなるかな? まだ会社の連中にも話していないけれど……」

 照れくさそうにしている太一の顔は、どことなく顔を赤らめているようだ。

「太一課長……」

 ちょっと寂しそうな顔をしている真菜だったが、やがて意を決したような表情を浮かべながら顔をあげる。

「真菜ちゃん?」

 何かを決心したような表情の真菜に対し、太一は躊躇する。

「……赤ちゃんが生まれたら教えてくださいよね? みんなでお祝いに来ますから!」

 そう言う真菜の瞳には涙が光っているようにも見える。

 真菜ちゃん、もしかしたら太一さんの事を? って、まさかかな?



「……真菜ちゃんは、きっと太一さんの事が好きだったんですね? 太一さんが結婚していても」

 帰り道、それまで黙っていた穂波が口を開く。

「そうみたいだな……」

 勇斗もそう言いながらも正面を見据えて歩く。

 真菜ちゃんのあの台詞が全てを物語っているだろう、恐らく赤ちゃんができたということで諦めが付いたのかもしれない。

「可哀想……」

 その一言に勇斗は穂波の顔を見つめると、その頬には涙が光っていた。

「穂波、どうしたんだ?」

 その涙に勇斗は動揺する。

「ご、ゴメンなさい、あたし真菜ちゃんの気持ちを考えたら、なんだか堪える事がなくなってきちゃって……それに比べればあたしは恵まれているなぁ、大好きな人と一緒にいられるだけでなんて思っちゃって……」

 嗚咽をこぼす穂波に対して、勇斗はオロオロするしかできないでいたが、やがてそんな穂波の顔を周囲から隠すように、穂波の肩をそっと寄せる。

「……勇斗さん? ハイ……そうですね……」

 穂波はピクッとその肩を震わせるが、すぐにその力に従う。

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