coffeeの香り

第十三話 IZUMI



=受け入れる現実 akiko&mana=

「いただきまぁ〜す」

 泉美は満面の笑顔を見せながら目の前におかれた芸術品と見紛うばかりのフルーツパフェにスプーンを差し込むそこは、松風町の交差点近くにあるとある喫茶店、そこには太一と泉、暁子と真菜というメンバーが言葉少なに顔をそろえる。

「……何となく見えてきたような気がしました、つまり泉美ちゃんは太一さんの実の子供で、たまたま暁子係長はママの役だったって言う事ですよね?」

 まさか二人が本当にそんな関係だとは思わなかったけれど、でもちょっと安心したかも……。

 真菜の表情は徐々にだが落ち着いたものになる。

「当たり前じゃないか……暁子にこんな大きな子供がいるわけがないよ」

 太一は苦笑いを浮かべながら真菜の顔を見る。さっきまでは作り笑いしか出来なかったが、太一もやっと落ち着いてきたみたいね?

「それもそうですよね?」

 真菜も微笑む、しかし、真菜の隣に座っている暁子だけはちょっと浮かない顔をしていた。

 さっきまで泉美ちゃんはあたしの事を『ママ』と呼んでくれていた、それがなんだか心地が良かったのはどうしてなのかしら? ぜんぜん嫌な気がしない、むしろ今になって『暁子さん』と呼ばれる方がちょっと寂しい気がする。

「暁子? どうかしたのか?」

 三人の前には水滴を垂らしているグラスに注がれたアイスコーヒーが置かれている。

「エッ? ウウン、なんでもないよ……良かった真菜ちゃんの誤解が解けて」

 本当によかったのかしら? ちょっと複雑な気持ちがするのは一体なんでなの?

 暁子は笑顔を浮かべながらもしきりに心の中で首をかしげている。

「ハイ、誤解でした、でも太一課長にこんな大きなお子さんがいるなんて思っていませんでしたよ、この子が片山課長とのお子さんなんですか?」

 以前に哀と弥生の話題に出てきた噂は本当だったんだと痛感する。ちょっと寂しいけれど、目前にそれが現実としてあるのならそれを受け入れるしかないだろうな……。

「美奈と俺の子ぉ?」

 素っ頓狂な声をあげたのは太一、そして鬼のような形相になったは暁子だった。

「太一? それ本当の事なの?」

 今にも胸倉をつかみかかるような勢いで暁子は太一に詰め寄る。

「ど、どこからそんなでまかせが流れているんだよ……それも違う、この娘の母親は……」

 太一はそこまで言うと慌てて口をつむぐ。

 あっ、そうか、泉美ちゃんがいるから太一は言わないのね……ゴメン……あたしも迂闊な質問をしたわ。

「ゴメン、つい……」

 暁子は席に座りなおしゆっくりとアイスコーヒーにストローをさす。

「いや、気にするな……」

 ぶぅ、やっぱりこの二人いい感じ、なんだか二人の間に微妙な雰囲気が流れているかも……太一課長ももしかして暁子係長のことが……。

 真菜はそんな目で二人を見る、その二人は何となくそういう感じで、同僚という感じには見受けられない。

「……真菜ちゃん、この事については今度話すよ、だから今はゴメン」

 太一が頭を下げる。

「き、気にしないでください、あたしの方こそ興味半分でこんな事言ってすみませんでした」

 真菜も頭を下げる。

「でも、太一……そんな噂が本社にあったの?」

 暁子の表情が意地の悪いものになる。

 フーン、本社人事課の片山課長とねぇ……初耳だわ。

「……事実だ」

 太一は素直にその疑惑を認める。

「へ?」

 予想外の展開に暁子はちょっと戸惑う。

「美奈……片山課長とは同期でね、仲が良かったよ、同期仲間の中でもあいつともう一人……中山、本社第一営業部地域販売課課長の中山明だったな」

 暁子と真菜の視線が一瞬にして交わる。

 中山課長といったらやり手の営業マン、社長をはじめみんなから認められているエリート中のエリートと聞いている、一度函館事業部にも顔を出したことがあったわよね? 周りの娘はみんなカッコいいと言っていたけれどあまり興味なかったかな?

 暁子はモヤの中で以前一度だけであろう、見た事のある中山の顔を思い出そうとするが、いまいちピントが合わない。

「中山課長?」

 真菜はきょとんとした顔で太一の顔を眺める。そのまねをするように泉美も首をかしげる。

「ハハ、真菜ちゃんは知らないかな? 俺たち同期の中では一番の出世頭だよ、俺なんかと違ってやり手だし、何よりも市場をよく見ているよ……あいつには敵わない」

 太一は大げさに両手を上げる。

 太一がそこまで言うなんてよほどのようね……。

 暁子は太一のことを見つめる。

 負けず嫌いな太一がそうも簡単に負けを認めるなんてよほどやり手なのね?

「……あいつはやり手だ……俺の行動の先をあいつはいつも行っているよ……俺とは住む次元が違うよ……いろいろな点でね」

 自嘲したようなその太一の表情はどことなく陰りを持っている。

「太一?」

「でも太一課長は片山課長と付き合っていたんですよね? 研修のときに片山課長に聞きました、でも今はただの同僚とも……」

 真菜はそう言いながら顔をうつむける。

 変なこと言っちゃったかも……。

「ハハ、美奈がそういっていたか? それは幸いだ……もう知っているだろ? 俺が函館に転勤になった理由を」

 太一はそう言いながら真菜の顔を見つめる。

「……はぁ、なんとなくですけれど……」

 真菜はうつむきながら申し訳なさそうに言う。

「……半分は当たっているかも知れないなぁ……俺と美奈に子供がいて、使い物にならない俺を函館に飛ばしたとかだろ?」

 その言葉に真菜と暁子はうつむく。

「そんな……太一課長は……」

 真菜はそういうが、その後の台詞が出てこないように口をパクパクさせている。

 そんな噂があったの? 太一に?

 暁子はうつむき加減に太一の事を見る。

 あぁ、あたしってばやっぱり馬鹿かも……でも、弥生の噂は一部あたっていたんだぁ。

 口をつぐみながらも上目遣いで真菜は太一の事を見る。

「アハ……そうかも……知れないですね?」

 真菜は言い難そうに言いながら太一の顔を見るとその顔はニッコリと微笑む、その微笑みはちょっとさわやかさえ感じさせるほどのものだった。

「まぁ、噂なんていうものはそんなもんだよ、まぁ、子供がいるということ自体噂でなく事実なんだけれどね、ただ、美奈にまでそんな噂の対象にされるのは辛かった、だからかな?」

太一の微笑はちょっと自嘲的なものを感じるほどだった。

 太一課長……だから今ではただの同僚と同じように片山課長に接しているんだ、それに子供と離れるのが辛いのに本社から離れて函館まで来た……でも、それって……。

 真菜の瞳が潤む。

「太一……あなたもしかして今でも……」

 片山さんに対しての感情があるの?

 暁子は唇を噛みながらうつむき太一の返答を待つ。

「……いや、彼女は彼女だ……俺なんかにはもったいない女性だよ……噂によれば近い内に結婚するんじゃないか?」

「へ?」

「結婚?」

 暁子と真菜の両方から疑問符が投げかけられる。

「うん、中山と結婚するって話を聞いたよ、多分今年の秋ぐらいだと思うよ」

 片山課長が結婚? あの時の片山課長の目はまだ太一課長を想っている目だと思ったのに?

 真菜はしきりに首をかしげ、あのときの美奈の表情を思い浮かべる。

その横で暁子が声を上げる。

「そうかぁ……それは残念だったわね?」

 暁子はほっとしたような表情で太一の事を見ると、太一も微笑みながら暁子の顔を見る。

 思い過ごしだったのかしら……あたしの。

「……でも、誰がそんな根も葉もない噂を立てたんですかね?」

 真菜は首をかしげながら太一を見る、そんな真菜に太一は苦笑いを浮かべる。

「まぁ、一人しかいないよ……わかっているんだけれどね」

 太一はそう言い真菜の耳にひそひそと呟く。

「エェ〜、なんで? 何でそんな事を?」

 真菜はその人物の名前を聞いて、お店の中ということも忘れ大きな声を出す、そんな真菜に暁子と泉美、そうして店内のお客さんから一気に視線を浴びてしまう。

 恥ずかしいなぁ、今日は太一課長のせいで大きな声を出す事が多いかも……。

 真菜は顔を真っ赤にしながらうつむく。

「ハハハ、彼は美奈の事がお気に入りだったからね、それに俺のことを嫌っていた、ちょうど良い位に思ったんじゃないかな?」

「ちょうど良いって……それだけで太一課長は……自分の子供さんと離れ離れになっちゃうんですか? そんな……そんなの不条理です」

 真菜は怒りの形相で太一の事を見る。

「まぁね、不条理かもしれないけれど、現実は覆すわけにはいかないし、事実、美奈とそんな噂が流れるような事をしたのも事実だ、結論で反省しても仕方がない、行程を反省しなければいけないよね? だから俺はここに来た、結果的によかったのかもしれないけれどね」

 太一はそう言いながら二人を見る。

 結論を反省するのではなく、それにたどりつく行程を反省しろかぁ、よく太一が言うことよね……そしてあたしもよく言われた、やっぱり彼に対する気持ちは憧れなのかしら?

 真菜と楽しそうに話している太一を見て暁子はため息をつく。



=お買い物 Part2 taichi=

「太一君、つぎ行こうよぉ」

 パフェを食べきり満足げな表情で泉美は太一の顔を見る、さすがにパパと呼ぶのは恥ずかしくなったのか再び『太一君』に戻った。

「そうだな」

 太一が席を立つと、暁子と真菜もあわせるように席を立つ。

「どこに行く?」

 太一が泉美の顔を覗き込むと泉美は首をかしげる。

「どこって……どこに行こう……」

 考えておけよ……。

 太一は心の中で突っ込んでいるとき暁子が提案を出す。

「ねぇ、波止場に行かない? ちょっと見たい小物があるんだ」

 暁子はそう言いながら太一と泉美の顔を見る。

「波止場?」

 泉美は首をかしげる。

「あぁ、ベイエリアにある『西波止場』がそうだよ、お土産物店などが多くあるし、函館湾クルージングなども出来る、函館の観光名所のひとつだ」

 金森倉庫などが並ぶ函館ベイエリアは函館の観光名所のひとつで、様々なお土産物店だけではなく、雑貨を扱うお店があったりホールがあったりする。

「へぇ、いってみようよ、面白そう、真菜さんも一緒に行きませんか? 暁子さんと一緒に、みんなで行きましょうよ」

 泉美の意見に真菜はちょっと困惑したような表情を浮かべるものの、すぐに笑顔に変わる。

「ハイ、あたしでよければご一緒します」

 ニッコリと微笑む真菜に泉美も微笑む。

「大勢で行ったほうがきっと楽しいよ、ね、太一君」

 泉美はそう言いながら太一の腕にしがみつく。

「太一、いいわねぇ、こんな美女三人に囲まれるなんて一生に一度あるかないかよ」

 意地の悪い笑顔を向ける暁子に対して太一も苦笑いを浮かべるだけだった。



「ここは?」

 函館を象徴する景色、正面に函館山、右手には函館湾に函館どっく、左手には赤レンガ倉庫郡、ここから見る景色は函館そのものかもしれない。

「ここは『七財橋』といって映画などで有名な橋だよ、まぁ、映画の舞台になるのもわかるよね、これだけの景色がここから眺められるんだから」

 辺りを見回す太一につられ、泉美と真菜も周囲を見渡す。

「あたしその映画見たことがあります、確か古い映画で、主人公が居酒屋さんの店主をやっているやつ」

 意外な映画を見ている娘だな。

「正解、高倉健主演の『居酒屋兆治』もこの函館が舞台になっていて、その映画のラストだったかな? 雨の中を兆治がこの橋を渡っているシーンがあったと思ったよ」

 うろ覚えだけれど、確かそんなシーンだと思ったな。

「へぇ、でも、函館って結構映画に登場しているよね?」

 泉美はそう言いながら太一の顔を見上げる。

「そうだな、その他にも『キッチン』や『パコダテ人』『海猫』も函館が舞台になった、それに『寅さん』で有名な男はつらいよシリーズでも寅さんは、この函館を三回も舞台にしているらしい、それだけ函館という街のロケーションはすばらしいんじゃないかな?」

 そう言いながら海を見つめる太一、その視線の先にはお世辞にもあまり綺麗ではない海面にさざなみがたっている。

「そうね、あたしも函館に生まれてよかったと思うわ、あたしはこの街が好き」

 暁子はそう言いながら太一の顔を見る、その顔は気のせいかちょっと紅潮しているようにも見える。

「太一君、こっちに赤レンガ倉庫があるよ、ここでいいの?」

 いつの間にか泉美は太一の腕から離れ、橋のたもとまで駆け出してゆく。

「泉美、転んで怪我するぞ」

 まったく、体だけはでかくなっても、頭の中は子供なんだから。

 そういう太一を見て暁子と真菜は顔を見合わせながら微笑む。

「ん? なに、なんか変だった?」

 太一はそんな二人を見て首をかしげる。

「ウウン、その言い方……やっぱりお父さんなんだなぁって」

 暁子はそう言いながら忙しそうに手招きしている泉美を見る。

「クス、ハイ、今の太一課長の言い方、昔お父さんに言われたのと同じです、お父さんに一瞬言われたような気になってしまいました」

 おいおい、真菜ちゃんのお父さんって言うことは、俺はいったいいくつになるんだよ……。

「アハハ、やっぱり太一はお父さんなんだね? 泉美ちゃんの事が可愛くって仕方がないということが良くわかるよ……太一は泉美ちゃんのお父さんなの」

 暁子はそう言いながら海を眺めてため息をつく。

「ん? 暁子どうかしたのか」

 太一が声をかけると暁子は慌てたように手を振りながら作り笑いを作る。

「ウウン、なんでもないよ、ほら、早くしないと泉美ちゃんが膨れるぞ!」

 そういう暁子に太一は首をかしげながらも、肩を押されながら歩き出す。

 なんだかいつもと暁子の様子が違うようだけれど……気のせいかな?



「あっ!」

 泉美が歩きながら息を呑む。

「どうしたの泉美ちゃん……ハッ!」

 続いて真菜も息を呑む。

「二人ともどうかしたの? ウッ!」

 太一と共に遅れて歩いてきた暁子が二人の顔を見て、そうして道路上に置かれた看板を見て目の色を変える。

「ん? なんだぁ?」

 太一がそういうよりも早く、三人の娘達は金森ホールに吸い込まれる、その前に掲げられていた看板には、

「ハハ……『水着大バーゲン』ねぇ……」

 水着……困ったねぇ、俺は一体どこで待っていればいいのだろうか。

 太一が鼻先をかきながら入口付近でその佇まいを見ていると腕を引かれる。

「太一君、早くこないと……」

 泉美が太一の腕を引きながらホールの中に引きずり込む。

「こ、これは……華やかだねぇ」

 いけね、鼻の下が伸びているかも……。

 そのホールの中には所狭しと色とりどりな水着が吊るされており、地元の娘なのだろうか、様々な女の子がキャーキャー言いながらそれを物色している。

「ねぇ、このビキニ可愛くない?」

「そう? こっちの方が悩殺できるかもしれない……わぁ、これ露出度高過ぎかも!」

 健康な男ならば、この情景は嬉しい事なのだが、こうも開けっぴろげだとこっちの方が恥ずかしくなってくる。

「太一君、これなんてどうかな……可愛いよ」

 泉美はトロピカルな花の絵がプリントされているビキニを持ちニコニコしている。

「おっ、お前、ビキニなんて……ダメ! 絶対にダメ! 他に男の目だってあるんだ、普通のやつにしなさい……ウム、これなんていいんじゃないか?」

 太一の持つ水着は、単色のワンピース、ちょっと見間違えるとスクール水着に見えるようなものかもしれない。

「……太一君、それじゃあ普通過ぎ……むしろそれのほうがエッチっぽいよ」

 いとも簡単にダメ出しをくらってしまったなぁ……。

 太一は苦笑いを浮かべているその最中も暁子と真菜は歓声を上げている。

「暁子係長は胸大きいんだからこういうやつのほうがいいんじゃないですか? これならみんなの視線釘付けですよ」

 真菜が暁子に渡している水着は大きく花柄がプリントされているビキニ、太一はそれを着ている暁子を想像して頬を赤らめる。

「ダメ! この歳になるとお腹の肉が重力に逆らえなくなってきて、ポッコリと……ビキニはちょっとだめかも、こっちの方がいいかな……あぁ、これ真菜ちゃんに似合いそう、可愛いよ」

 暁子が真菜に手渡しているのはピンクの縞々模様のタンクトップビキニ、可愛らしい真菜に似合いそうなものだ。

「ハイ、可愛いですねぇ……買っちゃおうかなぁ」

 真菜はそれが気に入ったのか、真剣に悩んでいる様子だ。

 なんだか俺って場違いなところにいるような気がするよ、水着を見てキャアキャア言っている女の子を見ているだけなんて変態っぽいかも。

 太一はため息をつきながら喫煙所と書かれている場所に向かう。



「ふぅ〜」

 疲れた……そもそも女の買い物に付き合うなんて何年ぶりだろう、以前は泉美と二人ですぐに終わったものだが、やっぱり年頃になってきたのかな、泉美も。

 タバコの煙を吐き出しながら壁に貼ってあるポスターを無意味に眺める。

 泉美も来年は中学かぁ……、やっぱり近くにいてあげたほうがいいだろうし、姉さんにもいつまでも迷惑かけるわけにもいかないしな。

 ポスターを三枚ぐらい見たところで太一の腕が引っ張られる。

「太一君こんな所にいたの? ちゃんと選ぶの手伝ってよ」

 泉美が頬を膨らませながら講義の目を太一に向けている。

「だってよぉ、水着なんて俺がいたら余計選びづらいべ?」

 太一がそういうと泉美はきょとんとした顔をする。

「そうかなぁ? でも、暁子さんも真菜さんも太一君のことを気にしているみたいだけれど」

 二人が? なんで。

「いいから、ほら、行こうよ!」

 太一は泉美に押されるように再び華やかな売り場に足を踏み入れる。



=函館TOWN akiko&mana=

「ハァ〜満足したぁ……ネネ、後でファッションショーやりませんか?」

 泉美は満足そうな顔をして真菜と暁子の顔を見る。

「ウフ、面白いかもしれないなぁ、あたしも早く着てみたいのあるし」

 真菜もその意見に同意する。

「でもどこで?」

 そう、それが問題よね? あたしの所でもいいけれど、ちょっと狭いし、真菜ちゃんのところは少し離れているものね、すると残された候補地は……。

「うちでいいんじゃない? お部屋二つあるし、太一君もいるし……きまりぃ〜」

 泉美はパチンと指を鳴らすものの、太一はさっきから話がわからないようできょとんとしている。

「何のことだ? ファッションショーとかなんとかって……」

 そうよ、太一がいるところで買った洋服を披露するなんてちょっと恥ずかしいし……心の準備が出来ていないよ。

 暁子は顔を赤らめる。

 太一課長の家での品評会……ちょっと恥ずかしいけれど、ちょっと嬉しいかも……。

 真菜もちょっと頬を赤らめる。

「なんだぁ?」

 太一はわけわからずに三人の顔を見回す。

「いいからいいから、さて、買い物もすんだし、お昼にしようよ……泉美お腹が空いたよぉ」

 泉美ちゃんてば、さっきあれだけ大きなパフェを食べておきながら……。

 真菜は驚いた様子で泉美の事を見ると、その泉美はあっけらかんとした顔で太一の腕に抱きついている。

「……泉美、そんなに食べると肥えるぞ」

 太一は意地の悪い顔をして泉美を見る。

「ぶぅ、食べ盛りなの! それに信也君はぽっちゃり系のほうが良いって、言っていたもん」

 その一言に太一の表情が強張る。

「信也君って……」

 うぁ、太一ちょっと迫力あるかも。

 太一の目が見る見るうちにつりあがってゆく。

「ん? 信也君? 同級生だよ」

「それはわかっている、どういう関係なのかを聞いている」

 どういう関係って、小学生ですよ、泉美ちゃんは……。

 真菜は苦笑いを浮かべながら太一を見るが、その太一の表情は真剣そのものだった。

「どういう関係って……一緒に帰ったり、休みの日に一緒に遊びにいったりするけれど」

 泉美は太一のその反応に戸惑いながらもちょっと頬を赤らめている。

「そうか……そういう関係なんだな……今度ちゃんと紹介しなさい!」

 そういう関係って……ウフ、太一完全にお父さんの顔をしているかも。

「まぁまぁ、とりあえず食事をしましょうよ、あたしもお腹すいたかも……」

 暁子はその場を取り繕うように泉美と太一の間に割り込む。

 暁子係長……。

 真菜は、そんな暁子の様子を見てはっとする。

 なんだか今一瞬三人の間にわからない空気が流れていたような気がする……、まるで三人だけの世界があったような気がする……まるで親子三人、まるで家族のような、そんな雰囲気があったような気がする。

真菜は自分でも気がつかないうちに一歩三人から引いていた。

 

「さて、ここなんてどうかしら? あたしのお奨め」

 暁子に連れられて来たのは『はこだて明治館』の近くにあるピンク色の外壁が印象的なお店。

「可愛い感じ、でもちょっとレトロチックなのかな?」

 泉美はそのたたずまいを見上げながらにっこりと微笑む。

「本当に……何のお店なんですか? 喫茶店のようでもあるし」

 真菜もそのお店を見上げる、恐らく歴史的建造物なのだろう、外壁に絡まるつたに歴史を感じるたたずまいだった。

「ウフ、函館に限らず、北海道と言うと海鮮のイメージが強いでしょ? でも、この函館という街は横浜や長崎などと同じく異国文化がいち早く入って来た場所でもあるの、そのせいで洋食も美味しいのよ、有名なのは『五島軒』よね? 明治時代にできた老舗だけれど、あたしのお勧めはここ『白鳳館』! ここのハンバーグは美味しいのよ」

 暁子はそう言いながらお店の中に入り込んでゆく。

「洋食だぁ〜い好き!」

 泉美も万歳をするようにお店に入り込んでゆく。

「なんだかなぁ……真菜ちゃん、行こうか」

 太一は真菜をエスコートするようにお店に入り込んでゆく。

「素敵な雰囲気ですね?」

 落ち着いた雰囲気って言うのかな、籐家具を使っており、ちょっと暗めの照明がなんとなくいい雰囲気を作っているかも……ちょっと狭いけれど、でも良い感じ。

 真菜は太一の隣で店内を見渡す。

「でしょ? でもここは料理も最高よ」

 暁子と泉美はかろうじて空いていた席をチョイスして座る。

「ハハ、食いしんぼの暁子らしい意見だな、雰囲気よりも味で勝負! だろ?」

 太一はそう言いながら泉美の隣に座ると意地の悪い顔で正面に座る暁子の顔を見る。

「へへぇ、ピンポン! でも太一に言われるほど食いしんぼじゃないぞ」

 暁子はちょっと頬を膨らませながらそういう。

「でも暁子係長は美味しいお店をよく知っていますよね? この間連れて行ってもらったお店も美味しかったです」

 暁子の隣に座りながら真菜も微笑む。

「ウン、あそこのラーメンもお勧めよ、あまり他には知られていないけれど、地元の人は良く通うわよ」

「ラーメン! あたしもラーメン食べたい! 今度連れて行って」

 食べ盛りとはいえ、食べるのが好きなのね? 泉美ちゃんって……。

 暁子は苦笑いを浮かべながら泉美を見るが、泉美はニコニコしている。



「はぁ〜、美味しかったぁ……あたしこのまま函館に住みたいかも」

 お店を出ると泉美は恍惚の表情を浮かべながら太一の顔を見る。

「確かに美味しかったけれど、何でお前がここに暮らすんだ」

 太一はそう言いながら泉美の頭を小突く。

 親子には見えないわよね、こうやって見ると本当に兄妹みたいかも。

 真菜はそんな二人のやり取りを見ていると、優しい顔をした暁子の顔が横にあることに気がつく、まるで、母親のような優しい視線は太一と泉美に向けられている。

「でも、裕美ねぇちゃんは来年から海外に赴任するって言っていたし……」

 泉美は小突かれた頭をさすりながら太一の顔を見上げる、その相手である太一の表情には驚きが浮かび上がっている。

「そ、そんな事聞いていないぞ? 裕美姉が言っていたのか?」

「ウン、だから、あたしも中学入学を機にこっちに引越ししようかな?」

 泉美はそう言いながら楽しそうに笑うが、太一はそれどころではないみたい、顔から笑顔が消えたみたいね?

 暁子は太一のその顔を見てちょっと気になる。

「さて、早く帰ってファッションショー始めようよ」

 泉美はそんな事はお構いなく太一と真菜の手を引く。

「ちょっと、泉美ちゃん、本当にやるの?」

 心の準備が出来ていないよぉ……。

 一行は最寄となる市電『十字街』の電停まで移動をする。

「太一君、函館って今でもちんちん電車が走っているんだね?」

 函館市電はここで『函館どっく』方面の五系統と『谷地頭』方面の二系統に別れる、そのためここで市電は左右から来るようになる。

「あぁ、雪の多い街だからな、冬になるとバスよりも時間通りに来るこの市電の方が便利だ、それに、日中でも五分から十分間隔で来るから待たずに乗れると言ういのはポイント高いよ、何よりもバスに比べるとエコロジーだし、現在この路面電車が各自治体でも注目されているようだ」

 太一って結構雑学があるのよね? 以前この市電のことで話をして、この函館市電が北海道で一番古い電車と言う事を知った。

 暁子はそんな二人のやり取りを聞いて微笑む。

 そうなのよねぇ、市電って便利だからこの路線近くにアパート探したけれど、函館ってバス停近くよりも市電近くの方が家賃高いのよねぇ……。

 真菜は信号待ちしている電車を見ながら苦笑いを浮かべる。

「ねぇ、太一君、あの塔みたいなのは何なの?」

 交差点の角にはちょうど赤ちゃんのガラガラをつき立てたような格好をした古い塔の様な物が立っている。

 そう! あたしもこの前太一課長と来たときなんだか知りたかったのよね? 感じ的にはすごく古いもので、歴史的建造物に見えるけれど……といってもこの街の建物って皆レトロチックだからみんなそう見えるのかもしれないけれど……。

 真菜は太一の回答を待つ。

「あれは操車塔といって、ここのポイントを動かしていた所なの」

 予想外の人からの回答に真菜と泉美はその人物を見る。

「暁子係長?」

 真菜の視線に暁子は微笑み続きを話し出す。

「今では自動的に『この電車はあっち』ってやっているけれど、昔はあの塔の中に人がいてここのポイントを手動で動かしていたの、今ではあそこは使っていないけれど、歴史的な物という理由で保存されているのよ、他にもこの近くに日本で一番古い『電柱』も立っていたと思ったなぁ、この街は古いものを良く取っておくみたい」

 ヘェ、と泉美は感嘆の声を上げる。

「暁子さんはよく知っていますねぇ」

 感心した目で泉美が暁子の事を見ると、暁子は照れくさそうに泉美の目線まで腰をかがめて微笑む。

「ウフ、こう見えても函館育ちだからね……今度は泉美ちゃんに東京の事を教わろうかしら? あたし東京って行った事ないし……ね」

 暁子はそう言いながらチラッと太一の顔を見る。

「ん?」

 その視線に太一は首を傾げるが、暁子は慌てたように手を振る。

「なっ、なんでもないよ、あたしだって行ってみたいんだ……東京」

 暁子はそう言いながら空を見つめる、その空にはカモメが気持ちよさそうに飛び去って行く。

「……そうか? つまらない街だぞ、東京なんて」

 太一は吐き捨てるようにそう言いながら入ってきた市電に乗り込む。

 太一……違うよ、あたしが東京に行きたい理由は……。

 暁子はワクワクした表情で市電に乗り込む泉美の背中を見ながらふっとため息をつく。

「暁子係長?」

 真菜の声に暁子は振り向く、その顔はまるで熱があるかのように真っ赤な顔をしていた。

「ゴ、ゴメンね」

 ……暁子係長、なんだか今すごく可愛い顔をしていたなぁ……その視線の先にいたのは、やっぱり泉美ちゃん。

 真菜はそんな暁子の顔を見て、自分と比べていた。

 あたしは……どうなんだろう……受け入れることができるのかしら……。

第十四話へ