coffeeの香り

第二話 職場の仲間


=ニューフェイス taichi=

「……というわけだ、以上」

 簡素な挨拶だよなぁ、いつもながら……。

 入社式までは行かないものの新人を紹介し、今年の目標を話す森山所長の話は五分もかかっていないのではないかと思う。

「では続いて私のほうから君たち新入社員の仮配属を発表する」

 森山と違い尖った印象を受ける金山次長が話しはじめる、その声はキンキンしているというのか二日酔いの日には聞きたくない声だ。

「そもそもこの函館という町は観光都市であり、世界三大夜景である函館山を中心に、観光資源が豊富で……」

 今度は長い……所長と次長好対照な二人だよなぁ……。

 太一は苦笑いを浮かべながらうつむき今日の予定を考える。

「……では、各課の所属長を紹介する」

 所属長以外は通常業務に戻っているにもかかわらず、金山は十分以上は話していたであろう。それでも、いまいち話足りないといった表情を浮かべている。

「……営業三課、真島課長」

 金山が太一の名前を呼ぶ。

「はい」

 太一は一歩前に出る。

「……営業三課には吉村真菜君が配属される、営業職志望だ」

 金山に促される彼女は今朝と違い真新しいワインレッドの制服を着ているものの、まだ制服を着せられているといったイメージで初々しさを感じる。

「アッ!」

 真菜は太一の顔を見て小さく驚嘆の声を上げる。

「ん? どうかしたのか?」

 ギョロッとした目が印象的な金山はその目で真菜の事を見る。

「ハッ、いえ……」

 真菜はうつむく。

「真島課長が新人担当として教育してやってくれ」

「ハイ……」

 ギョロッとした目で太一を見る金山に対し少しウンザリした表情で太一は答える。

 新人担当かぁ。



「ハハ、うちに仮配属になるとは、運命かな?」

 真菜を連れ添い部屋に案内する太一は愉快そうに笑う。

「ハァ、課長さんだなんて知らなかったから失礼なことを……」

 真菜はさっきから恐縮したようにうつむいている。

「アハハ、関係ないだろうって、俺だって課長なんて呼ばれるとお尻がムズムズするから気にすることないよ、これからは太一でかまわんよ、真菜ちゃん」

 太一はにっこりと微笑み真菜を見る。

「太一……課長」

 真菜は復唱するようにそう言い照れくさそうな顔で太一を見上げる。



「さて、ここが君の今日からの職場だ、みんなを紹介するけど、緊張することはないよ、肩の力を抜いて、リラックスリラックス!」

 広い営業部の部室の隅に区切られている場所に案内する太一はウィンクを真菜に送る。

「ハァ……」

 そう言いながらも真菜の表情は緊張していた。

 ハハ、そう言ってもやっぱり無理なのかな? 緊張はするよね。

「うぉ〜い、ちょっと集まってくれ、我が三課のニューフェイスだ……といっても仮配属だからこの先どうなるか分らんが……とりあえず三ヶ月はうちにいる事になる」

 太一が声をかけると四人の視線が真菜に注がれる。

「あら? あなたは……」

 真菜とは違いすっかりその制服姿がなじんでいる暁子はきょとんとした表情で見つめる。

「仮配属になりました吉村真菜です! よろしくご教授お願いします」

 そんな暁子の視線に気がつかないのかペコリというより、ブンという音が聞こえてきそうな勢いで頭をさげる真菜に対し、四人の視線は苦笑いを浮かべていた。

「堅いなぁ……まぁ仕方がないか、じゃあみんなを紹介するよ」

 太一も苦笑いを浮かべながら真菜の肩をぽんと叩く。

「まずは営業担当だな、金城直也君、真菜ちゃんのちょうど一年先輩になるな」

 今風の格好をしている直也はにっこりと微笑みながら真菜の顔を見る。

「よろしくね」

 直也が差し出す手に動揺しながらも握る真菜。

「よろしくお願いします!」

 引きつりながらも笑顔を見せる真菜に対し直也は満面の笑顔を見せている……プロの営業らしくなってきたな。

「次は茅島暁子係長、真菜ちゃんのだいぶ先輩になるかな」

 意地の悪い顔で太一が暁子を見ると暁子はプクッと頬を膨らませる。

「だいぶっていうのはどういう意味よ、大して変わらないわよ……気持ちは」

 太一を睨みつけながらも真菜を見る顔は優しいものに変わっている。

「よろしくね、真菜ちゃん」

 暁子の顔を見て真奈は安堵の表情を浮かべる。

「あっ、あなたは……さっきはありがとうございました、よろしくお願いします」

 真菜はやっと暁子の存在に気がついたようでニッコリと微笑み握手を交わす。

「次に事務関係をやってもらっている、田口みゆき主任」

 三課で唯一所帯を持っている彼女は所帯持ちらしく一番落ち着いているかもしれない。

「よろしくね」

 にっこり微笑むみゆきの表情は母親のように優しいものだ。

「よそしくお願いします」

 真菜の表情が和らぐ……みゆきに癒されたようだな?

「それに松島絵里香さん、三課のアイドルだよ」

 ベビーフェイスというか、幼い顔をした彼女も太一が転勤してきた年の新人だ、既に三年経っているというのにいまだに新人より幼く見えるのはなぜなんだろうか。

「よろしくお願いしまぁす」

 鼻にかかった声は、お客からの受けがよく、彼女と話したいがために電話をかけてくるお客もいるほどだ。

「よろしくお願いします」

 真菜は呆気にとられたように握手を交わす。

「そして俺がこの三課を仕切っている真嶋太一だ、ここだけに関しては堅苦しい事は言いっこなし、お互いがお互いの仕事をフォローするようにしている、上下関係も最小限だけだから、課長だの係長だのは関係ない、みんな同じ仕事をする仲間ということだ」

 太一はそう言いながら真菜に笑顔を送る。

 そう、誰が偉いわけではない、みんな同じ仕事をしている仲間なんだと俺は思っている。

「まぁ、詳細については先輩方から聞くといい、暁子、細かい事を教えてあげてくれ、真菜ちゃん、これからよろしく頼んだよ」

 太一のその台詞に暁子がうなずき真菜を見ると、その視線の先の彼女は全員の顔を再度眺めながら頭をさげる。

「こちらこそよろしくお願いします!」

 ぱさっと髪の毛が顔にかかりながらも次に顔を上げた真菜の顔からは緊張の色は薄くなり微笑を浮かべていた。

「よろしくぅ!」

 四人がほぼ同時に口を開く、その顔はみんな笑顔だった。



=OLとは akiko=

「まずは、こっちに来て」

 一通りの挨拶を終え、職場が通常の雰囲気に戻った頃暁子が真菜をつれて席を立つ。

「はい」

 真菜もいくらか緊張が和らいだのであろう、暁子の後ろをついてゆく。

「いい? とりあえず社会人一年生となるとまずお茶くみが必須になるのよ」

 真菜をつれてきた場所は給湯室、OLの園といっても過言ではないこの場所は、さまざまな情報交換をOL同士で行ったり、こっそりとタバコを吸ったりする場所でもある。ちなみにあたしはタバコを吸わない。

「ハイ、お茶くみは基本ですね?」

 真菜も心得たようにうなずく。

「太一なんかは自分で入れるから良いなんていうけれど、やっぱり……ね?」

 太一はその人柄のせいなのか来客が多い、そのつどお茶をもっていくのだが、太一は自分で入れるから良いといつも言う。

「ハイ、男の人の入れたお茶よりも女の子の入れたほうが美味しく感じますよね?」

 はは、その通り、男尊女卑ではないが、やっぱり気の持ちようというやつね?

「でも、太一課長の入れたコーヒーは美味しかったですよ」

 その一言に暁子の顔が一瞬険しくなる。

「太一の入れたコーヒーって……あなた」

「ハイ? 今朝入れてくれました……インスタントとは思えなかったですよ」

 太一の入れたコーヒーかぁ……あたしは飲んだことがないなぁ。

 暁子の心の中になんだか嫉妬に近い感情が一瞬生まれる、それと同時に羨ましさも浮かび上がる。

 あたしも飲みたいなぁ……太一のコーヒー、ちょっと羨ましかったりして。

「暁子係長?」

 動きの止まった暁子に対して真菜は怪訝な表情で顔を覗き込む。

「アァ、ゴメン……えぇっと、なんだったっけ?」

 暁子は苦笑いを浮かべ真菜の顔を見る。



「真嶋課長、三番にお電話です」

 暁子と真菜の二人が席に戻った頃、既に業務は通常の状態に戻っており、デスクに置かれている電話が忙しさを象徴するように鳴り続いている。

「なんだか凄い状態ですねぇ」

 驚きの表情を浮かべている真菜に対し暁子は苦笑いを浮かべる。

「でしょ? ちょうどお店の始まる直前というのはオーダーが入ってくるの、今ではインターネットやFAXを使ってのオーダーも増えてきたけれど、まだ電話で注文を入れてくるお客さんも多いわね」

 見渡すとみゆきと絵里香は電話の応対に忙しそうにしているし、太一と直也は受話器を肩にはさみながらメモを取っている。

「忙しそうです……」

 不安そうな顔をして真菜は周囲を見渡す。

 ウフ、まあ素直な第一印象よね? でもこれに慣れてもらわなければこれからの観光シーズンに耐えられなくなってやめてしまうわね……そうか、それで森山部長は。

 暁子はそう思うと真菜の顔を見つめる。

「さぁ、席について、はじめは電話での応対のマナーからよ」

 呆然と立ちすくむ真菜の肩を暁子は優しく後押し席につかせながら、その隣の席に自分も座る。

「ここはこう……そう」

 パソコンに向かいながら暁子は真菜に操作方法を手ほどきする。

 あたしも正直苦手な分類ではあるんだけれど、これだけはできないと営業はやってられないのよね……太一に教わったおかげもあるけれど。

「なるほどですねぇ……わかりました、だとするとこうすれば……できました」

 手馴れた様子で真菜はキーボードをたたき、さっき教えた結果をすぐに出してくる。

「……ハイ、正解、真菜ちゃん呑み込みが早いわね、この手の類は得意なのかな?」

 暁子は苦笑いを浮かべ真菜の顔を覗き込む。

 あたしはいまいち理解しきっていないのだけれど……若いせいか吸収が早いというか、手馴れているというのか……いまどきの娘なのね?

「ハイ、パソコンは大学で情報処理の専攻をとっていましたし、自宅のパソコンで遊んだりもしていますから慣れていますよ……あれ?」

 真菜がきょとんとした表情になる、その視線の先には暁子が今までに見た事のない文字が並んでいる。

 な、なに、この文字の群衆は……壊れちゃったの?

「おかしいですねぇ……なんだろう」

 真菜はそう言いながらキーボードをたたくもののパソコンはまったくといっていいほど動いてくれない。

「困りましたねぇ……」

 何食わぬ顔をしながら真菜はモニターを睨み続ける。

「どうかしたの?」

 あぁ、天の助けだわ!

 暁子は動揺を隠すようにその声の主を見上げる。その視線の先にいたのは電話の応対から切り抜けた太一だった。

「ウン、ちょっちね……」

 そう言いながらもモニターの中に浮かび上がっている文字の意味が理解できずに動揺しているあたし……だからぁ、本当に苦手なんだってば!

 太一は、暁子の肩に手を置きながらモニターを見つめる。

「……あぁ、これはデバッグが上手くいかなかったみたいだな……どれ……」

 真菜と暁子の間から手を伸ばすように太一はキーボードを操作するが上手くいかないようでモニターに変化はない、むしろ動きが悪くなりやがて動かなくなる。

「……暁子、今度は何をやったんだ……完全にハングアップしているよ」

 モニターはまるで白旗を上げるように身動き一つしなくなっている。

「あたし何もしていないもん……」

 暁子は頬を膨らませながら太一の抗議の視線を送るが、太一はアゴに手をやり難しい顔をして考え込んでいる。

 そんなにひどい状況なの? でも、まさか真菜ちゃんがやったなんていえないし……。

「まぁいい、これでデータの変換とかやっていなかったよな?」

 ため息を一つつきながら太一は暁子の顔を見る。

「……ウン、照会しかしていない」

 暁子は口をアヒルのように尖らせながら太一に言う。

「それは幸いだ……再起動するよ、編集していたデータな全部無くなるけれどいいかな?」

 太一はそう言いながら暁子の頭をぽんとたたく。

 だからぁ、あたしじゃないって!

 睨みつける暁子の顔を見る太一の表情は優しく、暁子を攻める感じではなかった。

 太一……?

「こういう場合は、もうシステムが完全にフリーズしているから再起動をかけなければ駄目、再起動かけないと違うセッションとして開かれてしまうから……こうやって……そう普通にOSの再起動をかけるようにすれば……ほら、立ち上がった」

 太一は真奈の肩越しに説明するが、あたしには何の事やら……カタカナが多すぎて、あたしの頭の方がついていかないかも……。

「ハァ……なるほど……太一課長は良く知っていますね?」

 感心した顔で真奈は太一の顔を見る、その頬はちょっと赤らんでおり、なんだかいい雰囲気にも見える。暁子の頬はそんな二人を見つめプックリと頬が膨らんでいる。

 なんだかいい感じぃ……。



=暁子の思い? mana=

「さてと……お昼にする?」

 ようやくパソコンに慣れはじめてきた頃、隣の席に座っていた暁子が声をかけてくる。

「はい!」

 正直言ってさっきからお腹が空いて仕方がなかった……朝ご飯もあんな早い時間だったからろくに食べていなかったし。

「ウフ、いい返事ね? 太一はどうするの?」

 その一言に太一はまどろんだような表情を浮かべる。

「俺はいいよ……ちょっと寝るわ」

 そう言いながら太一は机に伏せる。

 よほど眠いのね? かけているメガネを外して本気で寝るモードに入っているみたい。

「まったく……帰りに何か買ってくるよ……」

 暁子は諦めたような顔をして太一を一瞥する。

「暁子係長同行させてくださいよ」

 直也が元気よく手を上げて立候補を宣言する。

「あたしも行きまぁ〜す」

 続いて絵里香も立候補を打ち立てる。

「いってらっしゃい」

 みゆきは小さな弁当箱を取り出しながらみんなに微笑みかける。



「どこに行こうか」

 オフィスを出て暁子はそう言いながら辺りを見回す。

「ラッピにしませんか? 本町のラッキーピエロ、俺あそこのトンカツカレー好きなんですよ、それにチャイニーズチキンバーガーをつければばっちり」

 直也は嬉しそうな顔をしている。

 それって食べ過ぎじゃない? きっと太るわよ……。

 暁子は呆れた顔をして直也のお腹の辺りを見るが、それはその意見を否定するかのように引き締まっている。

「暁子係長? どうかしました?」

 その視線を感じ取ったのか直也は暁子の顔を見つめる。

「な、なんでもないわよ……太るわよ、そんなに食べると」

「あぁ、大丈夫ですよ、俺って太らない体質らしくって、いくら食べてもまったくOKなんですよ、アハハハ……」

 日本全国の女性を敵にしたわよ、きっと今の一言。

「ラッピがいいですねぇ」

 その意見に絵里香も同調する。

「どうやら決まったみたいね? 真菜ちゃんもいい?」

 きょとんとしている真菜に暁子は諦めに似た顔を向ける。

「ハァ……」

「あれ? 真菜ちゃんは知らない? ラッキーピエロ、函館では有名なハンバーガーショップだよ、その美味さといったら病み付きになるぞ」

 直也は今にもよだれをたらしそうな勢いで言う。

「ハイ、ごめんなさい」

 真菜は素直に謝る。

「別に謝る必要は無いけれど、真菜ちゃんは函館出身じゃないの?」

 直也と絵里香が二人で話し出すと、必然的に真菜がポツンとしてしまう、そんな真菜に暁子が苦笑いを浮かべつつも顔を覗き込んでくる。

「ハイ、先週こっちに引っ越してきたばかりなものでまだ良くわからないです」

 引っ越してくる前に観光ガイドみたいなものは読んでいたが、実際にその場に着くとよくわからないものなのよね? 位置関係とか……今だって、五稜郭の近くにいるという事は分るのだが、どこに五稜郭があるのかがわからないでいる。

「引っ越してきたってどこから?」

 暁子は同情するような目で真菜を見る。

「ハァ、東京からです」

 その一言に先行していた直也と絵里香の視線が真菜に注がれる。

「東京?」

 直也は声をひっくり返しながら言う。

「ハイ?」

 きょとんとしている真菜に容赦なく次の言葉が発せられる。

「真菜ちゃんは東京の女だったの?」

「はいぃ……そうです、江戸っ子ともよく言われます」

 なに? 何かあたしいけないことでも言ったのかしら?

「東京からって……就職でわざわざ函館に来たの?」

 直也は目をまん丸にして真菜を見る。

「ハァ、東京で函館事業部の二次募集をやっていてダメモトで受けたら受かったんです」

 ワラにもすがる気持ちで受けてやっと就職の二文字をもらったときはここに来ることなんていうことは苦痛にならなかった。

「物好きというか……本社勤務の方が良かったんじゃない?」

 暁子はそう言いながら真菜の肩をぽんと叩く。

「あたしは東京に行きたいですぅ」

 隣では尊敬の眼差しで絵里香が真菜の顔を眺める。

 あたしは、就職の一言が欲しかったんですよ。

「まぁいいわ、詳しい話は食べながらにしましょう」

 暁子はそう言いながら派手な看板のかかったお店『ラッキーピエロ』に入り込んでゆく、そこは白黒をモチーフにした店内でどことなくシックな印象を受ける。



「あたしチャイニーズチキンバーガーにラッキーシェイク!」

 混雑した店内ではあるものの、席は空いており直也が席取りに向かうと絵里香はメニューを見て元気に言う。

「俺はトンカツカレーにラキポテ注文しといて」

 直也はメニューも見ずにオーダーする。

「あたしは、土方歳三バーガーにしようかしら、真菜ちゃんは?」

 ファーストフードと思っていたけれど写真に写っているハンバーガーはどれもボリューム満点で、ハンバーガーだけではなくカレーライスなども置いてある。

「土方歳三……?」

 真菜は首をかしげながら暁子の顔を眺める。

「ウン、ホタテのフライのハンバーガーなの、さっぱりしていて美味しいわよ」

 ほ、ホタテフライの……ハンバーガー?

「あたしのお勧めはこのスノーバーガーかな? チャイニーズチキンバーガーも美味しいし、ここのは全部美味しいわよ」

 暁子はまどろっこしそうにそう言いながら一つのハンバーガーを指差す。

 そんな大雑把な……。

「じゃぁ、スノーバーガーで」

 その勢いに押し切られたように真菜はオーダーする。



「お待たせいたしましたぁ」

 テーブルについて今までの経緯を話していると徐々にみんなの元にオーダーしたものがそろってゆく。

「すごいですねぇ……大手のハンバーガーショップなんかとは大違いです」

 置かれるハンバーガーはどれも大きく、いい匂いがする。

「でしょ? 以前大手のハンバーガーショップが進展してきたけれど、あまりにもこのハンバーガーが美味しくって止む無く退散したって言う逸話が残っているほどなのよ」

 暁子は自慢げに鼻を引きつかせながらそういう。

 でも、確かにそうかもしれない、今まで食べた事のあるファーストフードというより、立派に一食をまかなっていると思う。

「ここのハンバーガーは作り置きしないから待たされるけれど、でも待つだけの価値は絶対にあると思うわよ、残念なのはこの函館でしか食べられないということかしらね?」

 暁子はそう言いながら手元にあるハンバーガーにかぶりつく。

「ハイ、本当に美味しそうです」

 真菜もチーズがとろけだしているそのハンバーガーに手を伸ばしかぶりつく。

「美味しい」

 口に含んだ途端に真菜の顔に笑顔が溢れる。

 本当に美味しい! パンズはもちもちしているし、中のパテもジューシーでこんなに美味しいとは思ってもいなかった、又このポテトも最高! ホント癖になりそう。

 ニコニコしている真菜に対し暁子も微笑む。

「函館というとみんな海産物に目がいくでしょ? でも、この函館という街は横浜や長崎と同じ初めて西洋文化の入ってきた街でもあるの、だから洋食も美味しいお店がいっぱいあるわよ、ラーメンも美味しいし」

 暁子は満足そうにオーダーしたハンバーガーをパクつく。



「お待たせしました、チャイニーズチキン二段ノリ弁です」

 暁子の元に袋に入れられたものが持ってこられる。

「それは?」

 真菜はその包みを見て暁子に質問する。

「ウフ、さっき机に突っ伏していた男の昼飯よ」

 その一言で真菜はピンとくる。

「太一課長の……」

 真菜はその暁子の笑顔にちょっと心の引っ掛かりを感じる。

「暁子係長は人がいいよな? 太一課長ももっとしっかりすればいいのに」

 早々とカレーを平らげた直也はコーヒーをすすりながら意地の悪い顔を浮かべる。

「ハハ、あれでもしっかりしているのよ」

 暁子はそう言いながらにっこりと微笑む。その笑顔に真菜の心は得も言えない気持ちが首を持ち上げる。

 なんだろう、この気持ち。

「ほら、真菜ちゃん、早く食べないとハイエナに残り物全部食べられちゃうぞ?」

 暁子の一言に我にかえると真菜の食べかけているハンバーガーに今にでも喰らい付きそうな直也の顔があった。

「駄目です、お昼はゆっくり食べるものなんです、これはあたしのお昼なんですから」

 真菜がそれをかばうようにすると暁子をはじめ絵里香も笑い出す。

「アハハ、直也君の食いしんぼ」

「そりゃ無いよ、俺だって人のを取らないよ……でも……もう一つ頼んでこよっと」

 直也は残念そうな表情を浮かべながら席を立ちカウンターに向かってゆく。



「あ〜ぁ、本気になって寝ているよ……」

 いびきこそ掻いていないものの太一は幸せそうな顔をしながら眠っている。

「みんなが出て行ってから一度も起きないのよ……」

 みゆきは文庫本を片手に優しい表情で太一の事を見ている。

 ハァ、本当に疲れきったサラリーマンといった感じね? でも……。

 真菜はその寝顔を見ながら胸の高鳴りを感じる。

 さっきから変よね? なんなんだろう、この感覚……まさかねぇ、相手は会社の上司だしさっき出会ったばかりよ? そんなわけないよ。

「本当に課長は……」

 直也はそう言いながら苦笑いを浮かべている。

「まぁ、昨日も遅くまで仕事だったんだし、休憩が終わるまでゆっくり寝かせてあげましょうよ、まだ休み時間はあるんだし」

 暁子はそう言いながら自分の席に着く。

 あれ? さっき課長のために買ってきたお弁当が無駄になっちゃうんじゃない?

 真菜はそう思いながら暁子の顔を見るとその顔は優しく太一を見ている、その表情に真菜の気持ちにチクリとしたものをプレゼントする。

 ひょっとして暁子さんは、課長のことが?

「ん……がぁぁ……寝た」

 休憩の終わる五分前に不意に太一が起きる。

「熟睡していたわね……」

 呆れ顔をして暁子は太一のことを見る、それはさっきまでの視線とは違っていた。

 もしかしたらあたしの勘違いなのかしら?

「あぁ、夢まで見たよ……顔洗ってこよ」

 太一はそう言いながらあくびをして席を立つ。

「早く帰ってきなさいよ? 次長が来たらまた嫌みを言われるんだから」

 ウンザリした顔をしながら暁子は太一を見送る。

 さっきの暁子さんの表情とはまったく違う……さっきの表情は一体なんだったのかしら?

 真菜も手をヒラヒラと振る太一のことを見送りながら自分の気持ちに生まれた訳の分らない感覚を探っていた。

第三話へ