coffeeの香り
第五話 高原での……
=講師太一 mana=
「なんだ、ずいぶんと疲れているようだが……俺も疲れたぞ」
何で? 何で?
真菜の頭にはクエスチョンマークが大量に浮かび上がる。
「真島課長!」
隣にいた弥生が笑顔で太一の顔を見る。
「ハハァン……だいぶこき使われているみたいだな……」
太一はこの疲れの原因がわかっているようで意地の悪い笑顔を真菜たちに向ける。
「太一課長?」
やっと口を開く事の出来た真菜はそう言いながらも目の前にいる太一の顔をまじまじと眺めていた。
何で太一課長がここにいるの?
「太一、やっと到着したの?」
背後から美奈の声が聞こえる。
「よう、美奈も来ていたのか……まぁ当たり前だよな、人事課長だものな?」
太一はそう言いながらネクタイを緩めながら美奈の顔を見る、その視線の先にいる美奈はちょっとむくれた顔をしながらも嬉しそうな表情を浮かべている。
「生憎とそうなのよ……そして遅れてくる講師がいるから心労がたまるわぁ」
意地の悪い顔をしながら美奈は太一の顔を睨む、しかしその表情にはやはり嬉しそうなものも含まれている。
「悪かったな、業務優先が俺のモットーなんでな……飯は残っているか?」
太一はそう言いながら食堂に向って歩いてゆく、その後姿を真菜はきょとんとした顔で見送るだけだった。
「……な? 真菜!」
弥生に呼ばれ、フッと我に返る真菜。
「なに?」
自分でもよくわからなかった……ただ太一が目の前にいるという現実に自分の感性がついていかなかった。
「何で真島課長がここにいるの?」
それはあたしが聞きたいわよ……。
「太一課長は今日から出張って……一週間……アッ!」
出かけに暁子がいっていた意味と意味深な笑顔が今真菜の頭に思い出される。
「そういう意味だったのかぁ……」
真菜はそう呟き太一の消えた方を見つめる。
その気持ちの中になんだか嬉しいという無意識が働いているようで顔が少しにやけている。
「なによ、気持ち悪いわね?」
弥生はそう言いながら真奈の顔を覗き込む。
「ううん、なんでもないよ……お風呂に行こう!」
なんとなく元気になる真菜に対し今度は弥生が頭にクエスチョンマークを浮かべる番だった。
「何よ、急に元気になったみたいに……ちょっと真菜、まってよぉ」
足取りが急に軽くなったような気がするあたしって、結構お気楽な性格なのかな?
「はぁぁ~、さっぱりしたかも……」
女湯ののれんをくぐる真菜は心身ともにリラックスしたような表情でいる。
「ホント……のんびり出来たかも」
弥生はその隣でタオルを片手にちょっと色っぽい表情でいる。
色っぽいなぁ……確か同じ年だったわよね? 弥生とあたし……この差は一体……。
真菜の格好は近所の店でお安く買ったロングTシャツにさっきまで来ていたジャージの上着、対する弥生は可愛いイラストのプリントされたパジャマ姿、こんな所を男共が見たらきっとこういうだろう……。
「おぉ~、弥生ちゃん可愛いねぇ……」
って。あれ?
「うん、可愛いね?」
太一課長?
真菜の視線の先には大輔と竜一……そして太一の姿。
「真島課長?」
弥生の視線の先には背広を脱ぎノーネクタイの太一の姿、その姿ははじめて真菜と出合った時と同じ姿だった。
「う~ん、よく『風呂上りの女性は色っぽい』と言うけれど、弥生ちゃんは可愛らしいのかな?」
大輔はそう言いながら弥生の事をシゲシゲと見つめる。
「やだ、大輔君、恥ずかしいよ……」
クネクネとするその弥生の仕草は女のあたしから見ても可愛らしいかも。
「そんな事無いよ……ねぇ、真島課長」
大輔はそう言いながら頬を赤らめながら弥生の事を見る。
「うん、可愛い、自信持って良いよ」
太一課長、そんなぁ……。
函館男子三人組の視線は弥生に向けられ真菜の存在はまるで忘れ去られたようだった。
「ウフ、でも真菜ちゃんも可愛いですよ? 色々な意味で」
その一言の三人の視線が真菜に集中する。
「な、なんですか?」
ボッ! きっとそんな音がしたのではないかというぐらいの勢いで顔が赤くなるのがわかる、別にぶりっこをするわけではないのだがつい手で胸元を隠してしまう。
「う~ん、もう少し頑張りましょうかな?」
大輔は視線を足元から上に向け走らせる。途中胸の辺りで一瞬止まったような気もするが。
「大輔、なんだって!」
真菜がそう言いながら大輔に向け手を振り上げるとその当人は一目散に男湯ののれんをくぐり逃げてゆく。
「もう!」
怒り顔の真菜は腰に手をやり忌々しそうにそののれんを睨みつける。
「はは、まぁそう言いなさんなって、真菜ちゃんも十分可愛いよ」
ボッ! 再び自分の顔がそんな音を立てているような気がする。
「太一課長までそんな事……」
真菜は上目遣いでその台詞を言った太一を見る、その顔は優しくなんとなくほっとするような表情だった。
「ホント、そのジャージがちょっとかなとも思うけれど、でも可愛いよ」
その隣で竜一も真菜の事を見ている。
「……照れる事言わないでよぉ」
真菜はそう言いながら身体をくねらせる。
本当に恥ずかしいなぁ……。
「仮にお客さんが不条理な事を言ってきたとして……」
制服を身にまといながら講習を聞く、まさか大学を卒業してからこんな眠たくなるような講習を聞くなんて思ってもいなかった……本当に眠いかも。
教壇に立つ太一の姿がぼやけてくる、懐かしい感覚が真菜を襲っていた。
「まぁ、そんな事はどうでもいい、ようは臨機応変に対応するということだ、教科書やマニュアル通りに仕事が進むはずが無い、重要なのはお客が何を求めているか、今自分が出来る事は何かを瞬時に判断し、それを正確に把握し、お客に希望に近い形にすると言うのが最優先項目という事だ、そして今の最優先事項は……いかにみんなのその眠気を取り除く事かという事らしいが……」
太一の視線が眠たそうにしている真菜の顔を見て、フッとため息をつく。
「さてと……」
「ちょっ、ちょっと、た、太一?」
部屋の片隅で様子を見ていた美奈が驚きの声を上げると太一はおもむろに教壇から降りて、教室に使っている部屋の扉を開く。
「とりあえず、玄関先に全員集合」
太一がそう言いながら玄関先に向って歩いてゆくと部屋にはキョトンとした研修生と美奈が残っている。
「……フフ、さて、みんなどうしたの? 先生は先に行ってしまったわよ?」
美奈はそう言いながら部屋を見回す。
「いいのかなぁ……」
部屋からはそんな声が聞かれるが……。
「先生が言うんだからいいでしょ?」
哀はそう言いながら席を立つ。
「そうかもしれないな……営業はフットワークだよ」
竜一もそう言いながら立ち上がる。
うん、太一課長のことだから何か考えがあるんでしょ?
真菜もその場から立ち上がる、するとそれにつられた様にみんなが席を立ちだす。
「……困った講師ね?」
諦めたような表情の美奈は誰もいなくなった部屋を見渡しため息をつく。
「まさかあそこで散歩なんてするとは思わなかったなぁ、でも目も覚めたし、リフレッシュできたような気がするかも……面白い人だよね? 真島課長って」
食堂では昨日一緒にぐったりしていた弥生がにっこりと微笑みながら夕食をついばんでいる。確かに昨日と違い疲れが心地よいのは気のせいなのかな?
「うん、良い気持ちだったなぁ……久しぶりにのんびり出来たかもしれない」
真菜はそう言いながら目の前にあるカラアゲに箸を向ける。
「そうかも……でも真島課長あの後、野口部長に呼ばれていたわよ……怒られたんじゃないかしら? 野口部長怒っていたもん」
心配そうな顔で弥生は男子と楽しそうに夕食をとっている太一を見る。
「ウフ、怒られていたわよぉ」
隣から美奈が楽しそうに笑いながら二人の会話に混じってくる。
そんな楽しそうに言わないで下さいよぉ。
「やっぱり……真島課長かわいそう」
弥生はそう言いながら同情するような目で太一の顔を見る。
「ウフフ、あの男にはそんな事通用しないわよ、説教も右から左に通り抜けちゃっているわよ、あの表情が良い証拠よ」
美奈はそう言いながら太一の顔を見るとその顔には優しさのようなものが浮かんでいた。
「片山課長は真島課長と仲がいいんですか?」
哀はカラアゲを頬張りながら真菜が聞きたかった質問をさらっと言う。
哀ナイス! よく聞いてくれた。
真菜は心の中で小さくガッツポーズを作る。
「うん、そうね……昔は付き合っていたわ」
エッ!?
真菜は危なく口に含んでいたお味噌汁をふきだしそうになる。
「片山課長と真島課長が付き合っていたんですか?」
横では目を真ん丸く見開いた弥生と好奇心旺盛な顔をした哀が美奈を見つめている。
「そう、一緒に飲みに行ったり、デートみたいな事もしたけれど、今ではただの同僚ね?」
その時はじめて美菜の表情が曇る。
「まぁ、昔の事よ、気にしないで……明日は研修休みだから楽しんできなさい」
話をはぐらかすように美奈はそう言い席を立つ。
片山課長と太一課長が付き合っていた……かぁ、なんとなくその光景が浮かぶようだな。
=高原の朝 taichi=
「がぁぁぁ……」
ベッドから起き上がるとそこは高原のさわやかな青空……は無い。
「……えらいもやだなぁ」
朝霧というのであろう、窓の外には周りの風景を遮断するように真っ白くなっている。
「何で休みの日までこんな早く起きなきゃいけないんだろうなぁ……」
太一は恨めしそうに時計を見つめると、その針は六時を廻った所だった。
早起きがすっかり日課になっているって、やっぱり年のせいなのかな?
ベッドの上で太一はタバコに火をつけ、大きくその紫煙を吐き出す。
「これだけのもやが出るんだから、天気は良くなりそうだな……」
太一はタバコを灰皿に押し付け火を消し部屋を出る。
「……早いな」
食堂にいくとそこには野口が既にきちっとした格好でお茶をすすっている。
「おはようございます」
さすが年寄り、朝が早いな?
「おはよう……真島課長、今日はどうするんだ? 君は確かここが地元だったよな?」
つまらなそうに言う野口は太一と視線を合わせようとしない。
「はぁ、でも親も既にいませんし、知り合いもほとんどいませんから……ちょっとぶらつくだけですかね?」
太一はそう言いながら、近くにあった朝刊を開く。
特に読みたいわけではないのだが、なんとなく間が持たないために使用するアイテムとしては良いかもしれないな。
「フム……そうか」
会話終了かぁ?
「おはようございます」
見たくもない朝刊に目を通しながらなんとなく時間を潰していると美奈が食堂に入ってくる。
「おはよう、片山課長」
明らかに俺のときとは違う声のトーンだな、このオヤジは……。
顔を上げるとさっきまでのぶっきらぼうな顔ではなくちょっと笑顔を浮かべている野口は美奈を見ている。
「おはようございます、野口部長」
美奈は微笑みながらペコリと野口に頭をさげると太一の座っているテーブルにつく。
「おはよ、太一」
「おはよう」
チラッと見ると野口はつまらなそうな視線を太一に向けている。
「おい、美奈……いいのかお宅の上司を相手しなくって」
相手は総務部長様だ、美奈の上司になる事は間違いない、その上司の相手をせずに一事業部の課長と同席しているというのはきっとつまらない事だろう。
「かまわないでしょ? あたし達の事彼はよく知っているはずよ」
本社時代に二人が付き合っていたことは野口も知っている。
「そんなもんかい?」
「そんなもんでしょ」
美奈はそう言いながら嬉しそうに太一の顔を見る。
「太一は今日の休みどうするの?」
美奈はニコニコしながら太一の顔を見る。
「……あぁ、久しぶりだから知り合いの所にでも行ってくるよ」
太一はそう言いながら手元にあったコーヒーをすする。
うん、ここのコーヒーは美味しいな。
「残念ね? せっかく久しぶりにデートしようかななんて思っていたのに」
美奈はそう言いながら舌を出す。
「ハハ、そういうことはもっと早く言ってくれると助かるんだが?」
苦笑いを浮かべながら太一は新聞を置きカップに残っていたコーヒーを飲み干す。
「早く提案したら受理されたかしら?」
美奈は意地の悪い表情を浮かべながら太一の顔を見つめる。
「う~む、きっと姿をくらますと思う」
おどけるように言う太一に対して美奈は怒ったような表情で太一を見る。
「ちょぉっとぉ~どういう意味よぉ!」
頬を膨らませながら美奈は太一の顔を睨む。
「真島課長」
玄関先で靴に履き替えていると背後から呼ばれる。
「やぁ、長谷川さんに宮口さん」
見上げるとそこには函館事業部新人の女の子が二人……って、あれ? 二人?
いつも連れ添っているはずのもう一人が見当たらない。
「課長もお出かけですか?」
高原にコーディネートしたのか長袖のTシャツに赤いタンクトップ、デニム生地のミニスカートといった格好の哀はにこやかに太一の顔を見る。
「あぁ、ちょっと知り合いの所に行こうかなと思ってね……」
太一はキョロキョロと周りを見回すが、なじみの顔はない。
「お知り合いがいらっしゃるんですか?」
ピンクのキャミソールにフリフリのスカートは高原のお嬢さんといった感じか、弥生は手に持っていたミュールを玄関先に置く。
「あぁ、この街は俺の生まれ故郷だからな」
太一はそう言いながら腰を上げる。
「えぇ~? そうなんですか? 真島課長はここの生まれなんですか?」
哀はそう言いながら遠慮なく太一の顔を見上げる。
「あぁ、いい所だから楽しんできなよ? それはともかくとしてだ、もう一人はどうしたんだ? 一人欠けているようだが」
さっきから足りない一人の事が気になる。
「真菜は疲れたからちょっと休むって言っていました……ほらぁ弥生早くぅ」
哀は待ちきれないといった様子で弥生をせかせる。
「そうか……」
大丈夫かな……かなり疲れていたみたいだし、まだ後四日もあるんだからな。今日はゆっくりしておいた方がいいだろう。
太一は二階のその部屋のあるほうをちらりと見て、転がるように出て行った哀たちの後に続いて歩き出していった。
「寒いかも」
その格好ではまだ寒かろうに……二人とも腕を出している、北海道ではそんな格好はまだしないだろうが、きっと内地イコール春のイメージがこの二人にはあったのだろうな。
「函館とあまり変わらないかもしれないわね?」
哀と弥生は寒そうに腕を取り合っている。
「そうだな、ここの気候は北海道のそれとあまり変わらないかもしれない、まぁ降雪量は比較にならんが、こっちの気候も勉強しておいた方が良かったな?」
意地の悪い顔で太一が哀の顔を見ると、哀は頬を膨らませながら太一を見る。
「そうかもしれないですね? これも勉強ですか?」
弥生も微笑みながら太一の事を見る。
「まぁ、自分の勤めている場所だけのお土産を知っていれば良いという事はないからね? 何事も勉強かな? 俺もしかりだけれどね」
太一は微笑み二人を見る。
「さぁ、ここが旧軽井沢、通称旧軽銀座だ、ここのロータリーの位置を覚えておけば迷う事はない、足を伸ばして碓氷峠に行くもよし、ゆっくりとショッピングするも良し、駅前のアウトレットに行くも良し、楽しんでくるといいよ」
六本辻と呼ばれる旧軽井沢の玄関先となるロータリー、そこには早い時間にもかかわらず観光客らしい人影があちらこちらに見える。
「ハイ! さぁ、弥生、買い物にレッツゴーよ!」
哀は、そう言いながら嬉々とした表情を浮かべる。
「あまり買い物し過ぎるなよ? 給料日に泣くぞ!」
そうは言ってもきっと聞かないだろうな? この娘達は……既に臨戦態勢に入った目をしているよ。
苦笑いを浮かべながら、近くにあったアクセサリー店のショーウィンドウにかじりついている二人を見つめる。
「じゃあ俺はこっちだから……気をつけろよ」
太一はそう言いながら二人に手を上げる。
「はぁ~い、真島課長、ありがとうございます」
背後からはそんな嬉しそうな二人の声が聞こえてきた。
何に気をつけるんだかわからんがな……、このあたりでは色々あったし、なんとなく口をついてしまったよ……ハハハ。
太一は頭を掻きながら目的地に足を向ける。
=一軒の喫茶店 mana=
「……あんまりだ」
ベッドの上で真奈は力いっぱい頬を膨らませる。
「普通おいて行くかしら……」
プリプリと怒りながらも、今日を楽しみにしていた真奈はお気に入りのライトグリーンのワンピースを着込む。
「確かに疲れたかもしれないけれど、でも普通は誘ってくれるわよね?」
相変わらず真菜の頬は何か入っているのではないかというぐらいに膨らんでいる。
「あら?」
部屋を出て玄関に向かうと美奈がTシャツにショートパンツといった研修のときとは違った印象の格好をして玄関先に水をまいている。
「片山課長はお仕事ですか?」
真菜の背筋が伸びる。
なんだか管理人さんのような事をしているけれど、この人は人事課長なのよねぇ。
「ウフフ、違うわ、こうやって打ち水すると風がひんやりして気持ちがいいの、だからやっているだけ……吉村さんは置いていかれたの? あの三人組に」
美奈はそう言いながらホースをおろし、水を止める。まるでこの寮の管理人さんみたい。
「三人組?」
おかしいわね? 函館三人組って、哀と弥生とあたしだけれど……。
「そう、長谷川さんと宮口さん、太一の引率で出かけて行ったわよ」
エェ、太一課長と一緒?
真菜の頬が再び膨らむ。
「そんなぁ~」
今にも泣き出しそうな声を上げる真菜に対し美奈は優しい笑顔を浮かべる。
「アハハ、心配しないでも大丈夫、太一ならきっとあのお店だから」
美奈のその一言に真菜は目を光らせる。
「わかりますか?」
美奈はうなずきながら、メモに地図を書き出す。
「彼はここの生まれだから知り合いがいるのよ、たぶんあのお店に行っているはずだから……ここに来ると必ず寄るのよあのお店は」
美奈はそう言いながら真菜にそのメモを渡す。
「ここから歩いて十分ぐらいかしら? 旧軽銀座からちょっといったところにある喫茶店、隣がお土産物やだからすぐにわかると思うわよ」
にっこりとそのメモを受け取り真菜は美奈に頭をさげる。
「ありがとうございます、いってみます」
そう言い真菜はまるで駆け出すように白樺並木に姿を消した。
「さて……彼女はどう受け止めるかしら?」
そんな真菜の後姿を美奈は見送る。
「エェっと……ここがロータリーだから……」
車通りが多いにもかかわらず信号がないその交差点は徐々に観光客の姿が増えだしている。
様々な方から車が来てちょっと怖いかも……でもここを渡っていかないと。
ロータリーで車が途切れた瞬間を見計らい真菜は反対側の歩道に渡る。そこは色々なおみやげ物店が軒を連ね、様々なグッズを売っている。
「軽井沢駅がこっちだから……」
真菜はメモを頼りに軽井沢駅方向に向って歩き出すと不意に真菜の視線に一軒の喫茶店が入り込んでくる。
「うん、ここみたい……隣のお土産屋さんもあっているし」
真菜はメモと目の前に広がっている光景を見合わせ合致した事を確認する。
「……いるかな?」
窓から店内の様子を見るが薄暗い店内はよく見えない。
うーん、どおしようかな、いなかったらコーヒー一杯飲んで帰ってもいいかな?
真菜は店の前で右往左往している。
「あのぉ~」
背後からいきなり声をかけられ真菜は飛び上がる。
「ヒ、ヒャイ?」
驚きのあまり口がうまくまわらない。
「クス、ごめんなさい、驚かせてしまったみたいね……うちのお店に何か?」
綺麗なウェーブヘアーにエプロン姿、このお店の関係者である事は間違いないであろう。
「ご、ごめんなさい、ちょっと知り合いがこのお店によく来るって言っていたから来ているかなぁなんて思って……アハ、アハハ……」
なに言っているんだろう、挙動不審もいいところだわね。
真菜のその姿はどう見ても挙動不審だった、どことなく落ち着かない動きなどは十分不審者の域であろう。
「フーン……だったら中に入ったら? 無理にお茶を飲んで行けなんていわないから」
女性はそう言い真菜の腕を引く。
カラン……。
カウベルが心地よくお店の中に響き渡ると、その音にカウンターの中からマスターらしき人が真菜たちを見つめる。
「ただいま」
にっこりと微笑みマスターを見るその女性の横顔に一瞬ドキッとする。
フワァ~、今気がついたけれど、綺麗な人……、同性のあたしでもちょっとドキッとしてしまうかもしれない。
真菜は気が付けばその女性をぼやっと見つめていた。
「お帰り……そちらは?」
マスターは真菜の顔を見るなり微笑む。
「そうねぇ……お客さん候補生といったところかしら?」
お客さん候補生って……一体。
女性はにっこりと微笑みながら真菜の顔を見る。
「ほう、可愛らしい候補生だ、できればそのままお客さんになってくれると有難いのだが」
マスターも面白い人……いい雰囲気のお店、嫌いじゃないな、この雰囲気。
「ハイ、じゃあお客さんになっちゃいます!」
真菜はそう言いながら女性とマスターの顔を見る。
「真菜ちゃん?」
カウンターに座ってゆっくりとコーヒーを飲んでいる男性が振り向きながら真菜の顔を見つめ驚いた表情を浮かべる。
「た、太一課長?」
カウンターで驚いた顔をしているのは間違いない太一だった。
「良かった、太一課長やっぱりここにいらっしゃっていたんですね?」
真菜は満面の笑顔を浮かべながら太一の隣の席に座る。
「どうしてここに?」
太一はいまいち真菜がここにいる事が理解できていないようだった。
「ハイ、片山課長が教えてくれました」
にっこりと微笑む真菜に気押されしたような表情で太一は苦笑いを浮かべる。
「美奈が……ねぇ」
照れたような笑顔を向ける太一に真菜は満面の笑顔を向ける。
「ハイ、教えてくれました」
元気一杯に答える真菜の姿を太一はなんとなくまぶしそうに見つめていた。
「そうか……コーヒー飲んで行きなよ、ここのコーヒーは美味しいから!」
太一はそう言いながら自分の隣の席に真菜を招く。
「ハイ! ありがとうございます」