coffeeの香り

第七話 go to return




=一路北へ。 mana=

「疲れたぁ……」

 羽田空港に到着した一行は異口同音の言葉をみんな吐いている。

「お疲れ様、これで研修は終わり、皆立派な社会人になって、たまには本社にも顔を出してくださいね?」

 出発ロビーでみんなを見送るのは美奈だった。

「片山課長もお元気で」

 哀がそう美奈に声を掛けると美奈も微笑みながらそれに応える。

「太一も元気でね?」

 美奈はそう言いながら太一の顔を少し寂しそうな表情で見る。

「あぁ、美奈もな……」

 ぶぅ、やっぱりいい感じぃ……。

 真菜はその様子を見ながら頬を膨らませているが、その隣でもう一人頬を膨らませている娘がいた事に真菜は気がついていなかった。

「さて、函館班、帰るぞ!」

 太一はそう言いながら搭乗口に足を向ける。

「は〜い」

 五人は口をそろえるように太一の後について歩いてゆく。その後姿を美奈はやはり寂しそうな笑顔を浮かべながら手を振っていた。

 片山課長、もしかしたらまだ太一課長のことが……。

 真菜はちらりとその姿を見るとそんな疑念がわきあがってくる。



「のど渇いたなぁ……北山ぁ……ビール買ってきてくれ」

 太一はネクタイを緩めながら出発ロビーの喫煙所でタバコに火をつける。

「はぁ、良いんですか? まだ勤務中になるんじゃないですかね?」

 大輔はそう言いながらも嬉しそうな顔をしている。

「ばぁろい、函館空港から直帰だろ? 構わんよ、この時間に飲むビールはまた格別だぁ」

 太一はそう言いながら大輔にお金を渡す。

「みんなに聞いてから行けよ」

 太一がそう言うと大輔は御用聞きのようにみんなに声をかけ嬉しそうに売店に走る。

「函館には十九時……七時になりますかね?」

 真菜がそう言うと太一はうなずく。

「あぁ、もうその時間は会社に誰もいないだろうよ、みんなは空港から直帰だよ」

 そう言う太一の隣にちゃっかりと哀が立っている。

「太一課長はどこに住んでいるんですか?」

 ちょっと、なにちゃっかりと寄り添って太一課長なんて呼んでいるのよ……。

 真菜はむくれた顔をして哀の事を見る。

「俺か? 俺は新川町の方だ、『ハセガワストア』の高砂通り店の近く」

 う〜ん、まだあたしにはどの辺りなのか分らないかも……。

「そうなんですか? あたしは中道なんですよ『ハセスト』の中道店の近くです、気があいますねぇ」

 どんな気だか良くわからないけれど……ダメ、あたしには会話についていけない、函館の地図が頭の中に渦巻くよ……。

 真菜はギブアップするようにその場から離れる。

「どうしたんだい?」

 離れる真菜に声を掛けてきたのは竜一だ。

「ううん、なんでもないよ、ちょっと座ろうと思って……エヘヘ」

 ちょっと嘘かな? なんだか哀ちゃんと太一課長が話しているのを見ているのが嫌だっただけかも……もしかしたら嫉妬なのかな? 哀ちゃんがあんな事言うから……。

 真菜は軽井沢での哀の一言を思い出す。



「真島課長ってカッコ良いかも……」

 携帯片手に話をする太一に向ける哀の表情は憧れと言うよりも、それ以上のものではないかと思うような顔だった。

 ちょっと、なにその恋する乙女のようなキラキラした目は……。

「……哀ちゃん?」

 哀の目の前で真菜は手をひらつかせるが反応が無い。

「……あぁ、そうだ、明日には返信するから……じゃぁ」

太一が携帯を切るとみんなの視線が太一に向いていた。

「ん? どうかしたのかい?」

 太一の表情はそれまでの厳しいものから、再び優しいものに変わっていた。

「何かトラブルでもあったんですか?」

 真菜は心配げに太一の顔を見ると、太一は首を横に振りながら優しい笑顔を浮かべる。

「違うよ、新しい仕事が舞い込んできたみたいだ……真菜ちゃん! 函館に帰ってからも忙しくなると思うからよろしくね?」

 太一はそう言いながら真菜にウィンクを飛ばすが、そのウィンクを横取りするように隣にいた哀が元気一杯に手をあげる。

「はぁい、太一課長の為に、あたしもガンバリマス!」

 ちょっとぉ……。

「はは、心強いなぁ、でも長谷川さんは一課で頑張ってくれよ」

 太一は苦笑いを浮かべて哀を見る、その哀は照れたように舌を出し嬉しそうな顔をしている。

「ぶぅ、あたし太一課長のために頑張りたいですぅ」

 頑張りたいですぅだぁ? あんたのどの口からそんなかわいこブリッコした言葉が出てくるのかな? あたしは驚きだよ……。

 真菜は心の中で激しく突っ込みながら、哀の事を睨みつけるが哀はお構い無しに太一のことを仰ぎ見上げている。



『お待たせいたしました、日本航空函館行き……』

 ロビーに放送が鳴り、周りの人々が椅子から立ち上がる。

「太一課長、そろそろ……」

 真菜の隣では太一がノートブックに向いながらビールを飲んでいる。

「ん? そんな時間かぁ」

 太一は気がついたようにノートパソコンの電源を切り、席から立ち上がるが、そのとき不意によろめく。

「た、太一課長?」

 とっさに真菜は太一の身体を支える。

「アハハ、ゴメン、酔いがまわったのかなぁ……」

 太一はそう言いながら頭を掻くが、きっと疲れがたまっているのであろう、ちょっと顔色がよくないようにも見える。

「大丈夫ですか? 顔色良くないようですけれど……」

 心配そうな顔で真菜が太一の事を見ると、太一は微笑みながら手を振る。

「大丈夫だよ、疲れもあると思うし……飛行機の中で一眠りするよ」

 太一はそう言うと真菜の肩をぽんとたたき搭乗口に足を向ける。



「あぁ、いいなぁ真菜、席変わってよ」

 狭い機内に入り太一と共に席につくと、哀がヒソヒソと真菜に話しかけてくる。

「……ヘヘェ、嫌だよ」

 真菜がそう言いながら舌を出すと哀は地団駄を踏むように悔しがる。

「もぉ〜、真菜の意地悪ぅあたしの気持ちわかってよ……ってもしかして真菜も?」

 哀はそう言いながら通路を挟んで真菜に話しかける。

「そ、そんなんじゃないよぉ……多分」

 そう、太一課長に対する気持ちはきっと憧れなんだと思っている……でも……本当に? 本当にそう思っているの? だったらなんで素直に哀を応援してあげられないの?

 そう思いながら心の中で首をかしげていると隣から心地良さそうな寝息が聞こえてくる。

「太一課長?」

 隣を見ると幸せそうな表情を浮かべて太一が寝息を立てている。

 疲れているのね? まだ、離陸前なのにぐっすり寝ているみたい……なんだか子供みたいかも知れないなぁ……。

「しぃ〜」

 真菜は唇に指を当てて哀をたしなめる。その肩には心地よい太一の重みがかかっている。



=帰ってきたぞ、函館へ。 taighi=

『まもなく当機は函館空港に到着いたします……』

 ん? いつの間にか着いたのかぁ……。

 太一はその放送で目を覚ます、するとほんのりとシャンプーの香りが太一の鼻腔をくすぐる。

「ん?」

 目を開け、頭を上げようとするが、それを固持するような重みが太一の頭にのしかかる。その重さの根源は……。

「真菜ちゃん?」

 太一の頭にもたれかかるような形で真菜は寝息を立てながら眠っている。

「ウウン? あれ?」

 真菜は太一が起きた事に気がついたのか目をゆっくりと開ける。

「ん……うぅん……って、ハッ! すみません、つい……」

 真菜は慌てて体を起こしながら申し訳なさそうな顔をして太一の事を見る。

「いや……気にしないでいいよ、俺こそ悪かったな、重かっただろう」

 羽田を出発した記憶が無い……席に付いた途端に寝てしまったのだろう、ということは一時間以上真菜に寄りかかって寝ていたのかもしれない。

「いいえ、気にしないでください」

 真菜の頬はどことなく上気しており、ちょっと色っぽくさえ思える。

「太一課長、ぐっすりでしたね?」

 通路の向かい側から哀が笑顔を見せる。

「はは……疲れていたみたいだな」

 照れる、まさか真菜ちゃんの肩にもたれかかって寝るとは思ってもいなかったよ。

 太一は照れくさそうな表情で周りを見渡すと、同じ様に照れたような顔をした真菜に、意地の悪い顔をした哀の顔があった。

「疲れているんですよ、今日はゆっくり休んでくださいね?」

 真菜はそう言いながら優しい顔を太一に向ける。

 ハハハ……年下にたしなめられるとは思っていなかったよ……。

 飛行機はそんな一行を乗せたまま湯の川温泉をかすめるように函館空港に着陸する。



「着いた着いた……我が家にやっとついた♪」

 大輔は嬉しそうに到着ロビーに駆け出す。

「そんな事で喜ばないでよぉ〜」

 そう言う哀の表情もなにやら嬉しそうだった。

「……太一課長はこれから真っ直ぐ家に帰るんですか?」

 太一の後ろを歩いている竜一はそう言いながら太一の顔を見る。

「あぁ、そのつもりだ……若いつもりでいても疲れているみたいだしな?」

 本当にそうだな……、数年前ならこんなに疲れていなかっただろうよ……ちょっと年を痛感するかも。

 太一は苦笑いを浮かべながら喫煙所に直行する。

「じゃぁ、途中まで一緒に……」

 帰る方向が一緒になる哀が嬉しそうに話しかけると、電源を入れたばかりの太一の携帯が待っていたかのように鳴り出す。

「ん?」

 太一はタバコをくわえながら携帯を見て微笑む。

「出なくて良いんですか?」

 哀が不思議そうな顔をして太一を見る。

「あぁ、メールだ……長谷川さん、ちょっと俺は寄り道してから帰るから」

 太一はそう言い灰皿にタバコを押し付けみんなに手をあげる。

「じゃぁ、お疲れさん、明日も仕事だからな、休むなよ!」

「ハイ、お疲れ様でした」

 太一が振り向くと同時にみんなから声が上がる。

 さてと、家に帰って一杯やろうと思ったけれど……責任感の強い部下を持つと本当に上司は困るんだよね? 少しは手を抜いてくれないかなぁ……。

 カバンを担ぎ直し太一はタクシー乗り場に足を向ける。



「やれやれ、やっぱりか……」

 タクシーを降り、一週間ぶりに見上げるオフィスビル、ちょうど見える窓にはまだ明かりがついている。

 責任感強いねぇ。

 苦笑いを浮かべながらエレベーターを降りるとそのフロアーは既に薄暗くなり、太一の目指す部屋からだけ明かりが漏れている。

 まだやっているのかよ……だったらこんなメール送っていないで早く終わらせれば良いのに。

 太一は携帯を見ながら微笑む。その視線の先にはさっき空港に着いたときに入ったメール。

[おかえりぃ!! 明日からはあたしの仕事も手伝ってもらうんだから今日はゆっくり休んでくださいね? −PS− 飲みすぎるなよ!]

 もしかしたらと思って来てみればやっぱりだ……まったく責任感の強い部下を持って俺は幸せもんだよ。

 太一はそっと扉を開き、その席を見るとその部下は長い髪の毛をたらしながら案の定パソコンに向かって難しい顔をしている。

 はは、苦手なくせに頑張っているな?

 太一はそっと扉を閉め、気づかれないようにその席に近寄る。

「……アァ、やっぱり違った……やり直しだわ……」

 その席の主は頭を掻きながらため息をついている。

「……そこに関数を当てはめれば良いんだよ」

 太一はわざと声を潜め、そっとつぶやく。

「キッ!?」

 その台詞に主は飛び上がる。

「キャァ〜」

 久しぶりに聞いたな、この声……耳が痛いぜ。

 無人の営業部の部屋の中にまるでこだまするかのように大きな悲鳴声が響きわたる。

「おいおい、そんな大きな声をあげるなよ、鼓膜が破けちまうよ」

 太一は耳をほじりながら主の顔を見る。

「た、太一? なんで? 直帰じゃないの?」

「はは、仕事熱心な部下をおいて帰れるわけ無かろうに……ただいま、暁子」

 太一はニッコリと微笑み暁子の顔を見るが、暁子はきょとんとした顔をして太一を見つめているが、その顔はクエスチョンで一杯だった。

「何だ? お帰りぐらい言ってくれても良いだろう」

 そう言う太一を見て徐々に暁子の顔に笑顔が戻ってくる。

「う……うん、お帰り、太一」

 ちょっと照れくさそうに頬を紅潮させながら暁子は太一の顔を見上げる。

「ハイただいま……それが例のやつかい?」

 太一はネクタイを緩め、暁子の肩越しにパソコンの画面を見る。そこには取引先のデータが網羅され、住所も一緒に記載されている。

「うん、住所から検索かけようと思ったんだけれどうまくいかなくって……」

 暁子は再び困り顔になりパソコンを眺める。

「ここまでできていれば十分だ、二人でやっつけちゃおう、なに、一時間もあればできるさ、さてと……暁子、今までの資料はあるかな? それと売れ筋の商品群を……後は……そうだな、暁子の入れたお茶なんてあると、きっとはかどるかも知れないなぁ」

 太一がそう言いながら暁子の顔を覗き込むとそこには真っ赤な顔をした暁子がいた。

「うん……わかった、今入れるね? それと……ありがと」

 半べそをかいている暁子に対し太一は優しく頭をたたく。

「大丈夫だ、一人で背負い込むなよ、俺がいるからさ、な?」

 そういう太一に暁子はニッコリと微笑みながらうなずく。



=やっぱり…… akiko=

「遅くなったなぁ……思ったより時間がかかったよ」

 太一がため息をついたのは予定の時間を大幅に過ぎていた。

「うん、でもきっとあたし一人だったら明日の朝になっても終わらなかったかも……」

 暁子もぐったりした表情を浮かべる。

「ハハ、そんなことは無いだろ……今日は着替える必要ないだろ? 帰るべ」

 今日は外勤だったので制服を着ないですんだ、もしこれが制服だったら……クス。

 暁子は以前にあった光景をふと思い出し微笑む。

「うん、このまま帰れる」

 笑顔の暁子に太一は少しほっとしたような表情を浮かべる。

「うん、お疲れ様でした……アパートまで送っていくよ、外回りから帰ってきてからの作業じゃあ疲れただろう、ありがとう」

 太一のその一言に胸が高鳴る。

 ちょっとぉ、そんな優しい事を言わないでよ……正直メールを送りながらあなたが来てくれるんじゃないかとちょっと期待していた、そして本当に来てくれた……。やっぱりあたしはあなたがいないと駄目なのかもしれない……。

 不意に暁子の目頭が熱くなることを覚える。

 なに、どうしたのよ?

 それは暁子の瞳に止め処も無く涙が湧き上がり、そして堪えきれないようにこぼれ落ちる。

 なんで? なんで涙が出てくるの?

「な、なんだ? どうしたんだ?」

 その様子を見ていた太一は驚いた表情を浮かべながら暁子を見る。

 あたしだって分からない……。

「ウウン、なんでもない……きっと疲れているからだよ」

 涙を流しながらも暁子の表情は微笑んでいた。泣き笑いといった表情だった。

 嘘、なんでもなくない……あなたがこうやってあたしの目の前にいてくれること、そして一緒に仕事をやってくれる事が何よりも嬉しい、嬉し涙だよ……それに……。

「太一……本当にありがとう」

 たかが一週間かもしれないけれど、長く感じた……そう、あたしはあなたに会いたかった。

「……暁子、頑張ったな?」

 太一はそう言いながら優しく暁子の頭をぽんぽんとたたく。

「……エヘ、うん!」

 暁子は涙を拭いながら大きくうなずく。



「一人で大丈夫だよ?」

 会社を出ると既に人通りがまばらになった街並み。いくら桜が散ったとはいえもやはり夜の冷え込みがきついのは北海道特有なのかもしれない。

「いや、何かあったら心配だから……暁子だって一応女だろ?」

 太一は寒さのためなのか肩をすくめ歩き出す。

「ちょっとぉ、一応ってどういう意味よ!」

 暁子はそう言いながら頬を膨らませるが、ちょっと嬉しい気持ちが入りちょっと頬が赤らむ。

「ハハ、言葉のあやだ……気にするな……どうする、タクシー拾おうか?」

 笑顔で太一は周囲を見渡す。

「気にするなってあなたは……もぉ、仕方が無いわね……仕方が無いから送らせてあげるわよ、仕事手伝ってもらったし、ご褒美にね? タクシーなんて勿体無いから歩きましょ! ほらぁ、早く、行くわよ!」

 何気なく元気に歩きながらそういう暁子に対し太一は苦笑いを浮かべる。

「……仕方がないからって……はぁ、へいへい、かしこまりましたお嬢さん」

 二人は寄り添うようにして酔っ払いを避けるように歩き出す。



「そういえば太一は夕食どうするの?」

 歩いて十分、既にアパート近くなり目印のコンビニが見えはじめ不意に暁子の頭にその疑問が浮んできた。

 もう夕食という時間ではないかな……夜食よね? やっぱり。

「あぁ、アパートに帰っても何もないし……『ハセガワストア』のとり弁かな? 飽きないし」

 太一はそう言いながら頭を掻く。

「もぉ、相変わらず偏った食事しているのね? 確かにとり弁は美味しいけれど、加減というものもあるのよ? たまには自分で作ったら?」

 何度となくこんな会話を太一としているような気がするし、事実この前にも言った気がする。

「……面倒くさいし、目の前に『ハセスト』があるから……つい」

 まるで怒られている子供のような顔をする太一に怒りながらもちょっと胸が高鳴ってしまう。

「そんな事言って……もぉ」

 怒るというよりも呆れちゃうわよ……本当に男はって。

「仕方がないわねぇ……家に寄って行って……昨日の残り物でよければあるから……その、よかったら食べていかない……かな」

 ちょっと、今あたしすごく大胆な事を言っていない? 確かに知った人だけれども、会社の上司を自分の部屋に招き入れるって……ちょっと大胆?

 頬を赤らめる暁子のその提案に太一は驚いた表情浮かべる。

「でも……こんな時間に悪いだろ? それに、近所の手前もあるだろうし……」

 あら? 一応そういうところは紳士的なのね?

「アハハ、そんな噂が立ったらうちの両親が両手を挙げて喜ぶわよ、さてビールを買っていこうかな?」

 苦笑いで暁子はそういいながら、コンビニに吸い込まれてゆく。

「ちょっと……暁子、いいのか? それで」

 背後から太一のそんな声が聞こえるが、気にしない気にしない。



「ビールと、あと……牛乳が無かったな、それに……」

 夜のコンビニ、周囲にいるのは学生ぐらいの男性と、カップルなど、数えるほどしかいない。その大半は雑誌を立ち読みしたり、弁当を物色している。

 そういえば、あたしたちを周りはどう見ているんだろうなぁ……アハ、案外と不倫カップルに見えたりして……やだなぁ、不倫も何も、共に独身じゃあ不倫にならないわよね? って、あたしなんだかはしゃいでいるみたい……単純。

 不意に目に留まったウィンドーに写る暁子の表情はどことなくウキウキしているように微笑んでいる。

 本当に単純、なにこんなに喜んでいるんだろう、あたし……。

 暁子はそう思いながらも、ウキウキした自分の気持ちが抑えられないでいるその気持ちに気がついている。

 嬉しいの? もしかしたら……。

「これで良いかな? 太一他に何かある?」

 暁子は照れくさくなり、太一に声をかけるがその太一も照れくさいのか雑誌をぱらぱらとめくりながら暁子の問いに振り向く。

「特に無いかな? そうだ、タバコ買っておこう、自動販売機でもう買えないから」

 太一はそう言いながら暁子の横にあったタバコに手を伸ばすと一瞬、太一の腕が暁子の胸に触れる。

「あっ! ゴメン!」

 太一は赤い顔をして暁子に頭を下げる。

「……太一のえっち」

 暁子は意地の悪い顔をして太一を睨むが、それは嫌悪を持った表情ではなかった。

 ウフフ、高校生みたいに顔を赤くしちゃって、ちょっと可愛いかも……あまりすれていないみたいね? 太一って。

 頭を掻きながら暁子に頭を下げる太一を微笑みながら暁子は見ていた。

「そうかぁ、太一はタバコ吸う人だものね? 灰皿って売っているのかなぁ」

 暁子はそう言いながら再び店内をさまよいはじめる。

「別にいいよ、女の子の部屋でそんなに吸わないし、携帯灰皿も持っているから」

 太一は遠慮するようにそう言うが、その時、暁子の目の前にちょっと可愛らしいキャラクターの入った灰皿が目に留まる。

「エヘ、これ可愛いかも……買っていこ、別にあなたのために買うわけじゃないわよ? 誤解しないでね?」

 暁子がそう言いながら太一の顔を見ると、その顔には苦笑いを浮かべていた。



「どうぞ、ちょっと散らかっているけれど」

 ちょっと照れるかもしれないなぁ……男の人を部屋に招きいれるのなんてはじめてかも。

 暁子は扉を開きながら部屋の電気をつける。

「ほぉ〜これは……」

 太一は部屋を見た途端に声をあげる。

「な、なに? 何か変?」

 暁子はその声に慌てて部屋の中を見渡す。

最近帰りが遅かったせいであまりきちんと片付けをしていないけれど、その部屋はそれでもまだ綺麗なほうだと思うけど……。

「いや……ビックリしたよ、普通の女の子の部屋だな……」

 太一はそう言いながらウィンクを暁子にする。

 あのねぇ……引っ叩いてもいいかしら?

「あのね……あたしこう見えても綺麗好きなの……あなた今の自分の立場分かっているわよね? 今すぐにでもここから追い出されたい?」

 暁子は頬を膨らませながら太一の顔を睨みつけると、太一は苦笑いを浮かべながら力なく首を横に振り再び部屋を見渡す。

 そんなに見回さないでよ……照れるじゃない。

 暁子の膨らんでいた頬はやがて赤く色づいていった。

「ちょっと着替えてくるから……覗くなよ!」

 暁子はそう言いながら太一を睨む。

「わかっているよ、覗かない……多分」

 太一はそう言いながら暁子の顔を見るが、なんだかその顔は紅潮していたようにも見える。

「あぁ、今多分っていった! 覗くんだぁ〜、太一のえっちぃ」

 暁子はそう言いながら太一を笑顔で睨み舌を出す。

 わかっているよ、あなたがそんな事をする訳が無いじゃないのよ。

 

=暁子 taichi=

「とりあえずビールでも飲んで待っていて、すぐに支度するから」

 暁子はそう言いながらコンビニで買ったビールを太一に手渡すと、着替えに奥にあった部屋に消えてゆく。

「わりぃ……」

 太一はネクタイをはずし、近くにあったソファーに座る。

「ほんとにちょっと意外だったな……」

 太一は部屋を見渡す、ダイニングキッチンの他に一部屋あるその間取りは華やかなOLらしからぬこぢんまりとした間取りだが、いたるところに可愛らしいキャラクターの入った小物がおいてあったりして、今太一の座っているソファーにも可愛いクッションが置かれている。

 こうやって見るとやっぱり女の子なんだよな……意識しちゃうよ。

 太一の頬はビールのせいなのか火照ってくる。

「お待たせ……」

 着替えを終えた暁子は太一の前に再び姿を現す。

「おぉ……おっ?」

 太一はその声に振り向き、驚いた表情を浮かべる。Tシャツに短パンといったその格好は会社にいるときの暁子とは違ったイメージで、快活なイメージさえ感じるほどだった。

「なに? 何か変?」

 暁子はその太一の表情に自分の身の回りをチェックし、首をかしげる。

「いや、変ではない……でもちょっといつものイメージと違うから戸惑った」

 太一は素直な感想を言うと、暁子は照れたような微笑を浮かべる。

「そ、そうかなぁ……いつも家にいるときはこの格好だよ、楽で良いし……もぉ、変な事言わないでよ、照れるじゃない」

 暁子の顔は耳まで真っ赤になっていた。

「ゴメン、でもいつも会社のイメージしかないからちょっと新鮮だよね? 真菜ちゃんにしても宮口さんにしても、仕事をしているとその人の普段着って滅多に見ないからなぁ」

 軽井沢研修の時の真菜や哀の姿を思い出しながら太一は呟く。

「確かにそうかもね? あたしだって太一の普段着なんてあまり見たことないし、他の人のだってあまり見ないなぁ……真菜ちゃんかわいい格好していた?」

 意地の悪い顔で暁子は太一の顔を見る。

「あぁ、可愛い格好だったよ」

 そういう太一の顔を、ちょっと膨れた顔で暁子は見る。

「……それはよかったわね? 滅多にそんな娘を見ることもないでしょ?」

 少し嫌味っぽく聞こえるのは俺のせいなのかな?

「まぁ、事実若いから出来るのよね、あたしにはもう駄目でしょ」

「そんなことないぞ、暁子だって十分若いよ、可愛い格好だってすればいいじゃないか」

 太一はその台詞をきっぱりと否定する、その顔はちょっと紅潮していた。

「ウフ、ありがとう……太一に言ってもらうと嬉しいよ」

 暁子はニッコリと微笑みながら近くに掛けてあったエプロンをしてキッチンに向かう。



「ハイおまちどうさま……味は保障しないわよ」

 しばらくすると太一の目の前には美味しそうな野菜炒めに、中華スープにチャーハンが盛り付けられ置かれる。

「凄いな、中華料理屋みたいだ……いただきます」

 太一は渡されたスプーンを握り締め、チャーハンにそれを向ける。

「野菜炒めは昨日作って残っちゃったの、だからそれに中華スープとチャーハンを作ってみました、ちなみにチャーハンの具は本格的なチャーシューよ……どう?」

 暁子はエプロンをはずし、興味津々な目で太一の次の反応を待つ。

「……うん……」

 太一はうなりながらスプーンを咥えて目を閉じる。

「……失敗? かなぁ……」

 暁子の目が徐々に潤み始める。

「……美味い! 何だ暁子料理できるじゃないか……コリャ美味いよ」

 笑顔を浮かべながらチャーハンをがっつく太一に対して暁子は微笑む。

「なんだって何よ、あたしは料理好きなのよ? いつも作っているんだから」

 暁子は微笑みながら自分に作ったチャーハンをぱくつく。

「見直したよ暁子の事を、これだったらいつでもお嫁にいけるな!」

 太一はそう言いながら野菜炒めに箸を入れる。

「う〜ん、でも、相手がいなければいけないでしょ?」

 暁子はそう言いながらうつむき加減に太一の顔を見る。

「ハハ、大丈夫暁子ならいつだって相手が出来るだろう、選り好みでもしているんじゃないのか? 意外に面食いとか、ヘヘヘ」

 ビールを飲み野菜炒めを食べと、忙しそうに口を動かす。

「エヘ、案外とそうだったりして……」

 照れくさそうにいっている暁子の顔が徐々に暗転していく。

「ちょっと……太一? 太一ぃ〜」

 意識の奥で、慌てたような暁子の声が聞こえるが、今はゆっくりと……。

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