coffeeの香り
第八話 誤解と……風邪
=モーニングcoffee taichi=
「ん……うぅん……」
はっきりと意識が覚醒しない。
昨日は軽井沢から帰って来て……あれ? 確か暁子の家に寄って飯をご馳走になって……それからどうしたっけ?
記憶をたどっていくことにより徐々に記憶が覚醒しはじめる。
そんな飲んだわけじゃないよな? だったらその記憶の空白は……まさか!
太一の意識は一気に覚醒すると共に目を開ける、その視界に広がったのは、暁子の寝顔。
「うぁぁ~」
ガバッと起き上がるとその振動で暁子の目が開かれる。
「ん……んぅん」
そんな色っぽい声を出すなよ……まさか、俺……。
太一は自分の格好と暁子の格好を見る。
とりあえずは何もなかったようだな……。
暁子はパジャマを着ているが太一は昨日着ていた背広のままだった。
「暁子……さん?」
寝ぼけ眼の暁子に対して太一はそっと顔を覗き込む。
起きているのかな? 目は開いているものの、さっきから動きがまったくないけれど。
「ん~……」
ようやく暁子の瞳がゆっくりと太一のほうに動く。
「……起きた……かな?」
太一はそっと暁子の顔を見ると、その表情で徐々に意識が回復していることが分かる。
「た……いち……」
暁子はそう呟き、いきなり太一に抱きつく。
「わぁ~ん、良かった、太一なんともない? 痛い所とか無い?」
次に顔を上げた暁子の頬には涙に濡れていた。
「エッ? なにが?」
太一は訳が分からずに首をかしげているが、そんなことはお構いなく暁子は太一にしがみついている。
「いきなり、倒れるように横になるから心配したんだよ?」
アヒルのように口を広げ抗議の顔を太一に向ける暁子、しかしその目は真剣に太一のことを心配している表情だ。
「そんなだったの?」
太一はそう言いながら暁子の頭を一撫でする。
「うん……死んじゃったのかと思ったよ、洗い物して振り返ったらいきなりあなたがソファーに伏せているから……近くに行けば寝息が聞こえるからちょっと安心したけれど……どこか具合でも悪いんじゃないの?」
暁子はまくし立てるように太一に言う。
死んじゃったって、勝手に殺さないで頂きたいのだが……でも、心配してくれたんだな。
「ゴメン、心配かけたかな? ちょっと風邪っぽい位だから心配いらないよ」
ここ数日ちょっと体が重く感じるのは恐らく風邪のせいだろうと思われる。
「本当に? だったら良いけれど、今日休んだら?」
暁子はそう言いながら太一のおでこに手を当てる。
「やだ、ちょっと熱があるじゃない」
暁子の顔が険しくなり、太一の顔をキッと見つめる。
「大丈夫だよ、微熱だ……それに今日は休むわけには行かないだろ? 部内ミーティングやらなければいけないし、昨日の資料の説明もしなければいけない」
やる事が目白押しだな……そう言いながらもちょっと憂鬱になってしまった。
「そうかもしれないけれど……でもあなたの身体の事があたしは心配」
暁子はそう言いながらも涙を瞳にたたえている。
ドキ! 今の暁子の表情に胸が高鳴ったよ……まさかね。
「分かった、じゃぁ、今日ミーティングにだけ出席するよ、それで早退する、これでどうだ? いい案だと俺には思うが」
太一はそう言いながら暁子の顔から視線をそらす。
「う~ん、いい案というよりは妥協案かもしれないわね? 許可します」
暁子はそう言いながら渋々といった様子で太一の顔を見る。
「よし、そうと決まったらコーヒーでも入れようか?」
太一は身体を一伸ばししながら立ち上がる。
「ホント大丈夫?」
相変わらず暁子は心配そうな顔で太一の事を見つめている。
「大丈夫だよ……ほら!」
太一はそう言いながら飛び起きる。
正直まだちょっとふらつくかな? でもそんなこと言っていたら暁子がまた心配しちゃうし、さっきみたいな暁子の顔は見たくないよ。
「やっぱり朝はコーヒーでしょ、インスタントコーヒーあるかな?」
太一はそう言いながらキッチンに向かう。
「う、うん、ここにあるよ」
暁子はちょっと顔を赤らめながらインスタントコーヒーを出し太一に渡す。
「ホイ、完成」
太一はカップに注いだコーヒーを暁子の目の前に置く。
「ヘェ~、これが噂の太一のコーヒーかぁ」
暁子は満面の笑顔を浮かべてそのコーヒーを見つめる。
「噂?」
太一はその意味が理解できないように首をかしげる。
「ウウン、なんでもない……でも、いい香り、インスタントでもこんな香りがするのね? 今までじっくりと嗅いだ事無かったからなぁ」
暁子はそのカップを大事そうに持ち上げそっとそのカップに口をつける」
「どう? ちょっとミルク多めにしてみたけれど……」
太一は暁子の反応が待ち遠しくて仕方がなかった。
「うん、美味しい! インスタントコーヒーの感が変わったわ、インスタントでもこんなに美味しくできるんだ、ちょっと感動かも」
暁子の表情に笑顔が溢れる。
「それはよかった、うん、美味しくできたかな?」
コーヒーを一口含むが味がしない……これは本格的にやばいかな? 味がしないよ。
太一の表情がちょっと曇る。
「どうかしたの?」
暁子がそんな太一の顔を覗き込む。
「いや、なんでもないよ……さて、この時間じゃ一旦家に帰ってという訳にはいかないな、このまま会社に直行だ、ご一緒頂けますかな、お嬢さん?」
太一はごまかす様に暁子の視線から顔をそらす。
「あたしは別にかまわないけれど、まずくない? 昨日と同じ服でなんて……どこかに泊まりましたって誤解されるんじゃない?」
暁子はそう言いながら顔を赤らめている。
「はは、別に大丈夫でしょ? 泊まった事は事実だし、気にすることないでしょ」
太一はなんていうことないといった表情で暁子を見るが、暁子はそれでも不安が拭いきれない様子だ。
「でも……」
「大丈夫だよ、暁子には迷惑かけないよ」
太一はそう言いながらカップに残ったコーヒーを一気に飲み干す。
「さぁ、モーニングコーヒーを飲んだ仲だ、一緒に仲良く会社に行こうか」
太一のその一言に暁子は顔を赤らめながらも嬉しそうにうなずく。
=誤解? mana=
「ウ~ン……朝ぁ……」
ベッドの上でまどろむ真菜は、窓からの朝日を浴びながら意識がはっきりする事を体感している。
なかなか目が覚めないのは、やっぱり研修で疲れているせいかも知れないわね?
「よし! 気合だぁ」
真菜はそう言いながらおもむろに着替え始める。
「ウダウダいっていても仕方がない、今日もお仕事、しかも朝から部内ミーティングと太一課長も言っていたし、早めに行ってお掃除しないと、新人の使命よ、これは!」
真菜は、通勤着に着替えてキッチンに向う。
『今日の渡島地方の天気は晴れ、洗濯物がよく乾くでしょう』
トーストにかじりついている真菜の耳にテレビの天気予報の声が飛び込んでくる。
「いい天気なのか……ウ~ン、やる気になってきたぞぉ~、でもお洗濯もしたいかも、研修で持っていった洗濯物も洗いたいし」
真菜は呟きながらお風呂場近くに置かれている洗濯物の山を睨みつける。
これじゃあ今度の休みは一日これとの戦いになりそうね?
真菜はそう言いながら山の片隅からこぼれ落ちていた白い小さな布……を山の中に隠すように足で蹴る。
堕落しちゃいそうよ……、女捨てないようにしないと。
真菜は苦笑いを浮かべながら玄関を開ける。
「いってきます」
部屋の中を確認しながら真菜は扉を閉め、鍵をかける部屋を出る。
「おや? 真菜ちゃん、早いね」
鍵を掛けるとちょうど隣の部屋のおばさんがごみ袋を持ちながら出てくる。
「おばさん、おはようございます」
真菜はにっこりとおばさんに挨拶をする。
「はい、おはよう、研修だったんでしょ? 大変だねぇ、新人さんは、うちの旦那なんてのんびりしているよ、もう二十年近く会社にいるとこうも違うのかねぇ、フレッシュな感じって言うのは真菜ちゃんみたいな娘の事を言うんだろうね」
おばさんのその一言に真菜は頬を赤らめる。
「はは、そんな事ないですよ、なかなか目が覚めないで大変なんですよ」
真菜はそう言いながら苦笑いを浮かべておばさんの顔を見つめる。
『五稜郭経由函館駅行きです、整理券をお取りください』
真菜はいつもより一本早いバスに間に合い、ほっと胸をなでおろす。
このバス逃したらしばらく待たなければいけないから……そう考えると不便よね? 東京時代は来たバスに乗ればよかったし、電車も後からどんどん来たし……、もう少し便の良い所にすればよかったなぁ。
朝早い時間とはいえ車内は結構混雑している、皆サラリーマンやOLなのであろう、新聞を読んだり小説を読んだりしている。
はじめて函館に来て驚いたのがこのバスだった。何が驚いたって、あたしの住んでいた街を走っていたバスと同じバスがここを走っていたということ、正確にはなじみのカラーリング、銀色に赤い線の東急バスが、この函館の市内を走っているということに驚いた。
「このバスのほとんどが東急バスからの譲渡車らしいよ、もともとこの函館バスは元々東急の子会社だったからね」
そう教えてくれたのは太一課長、一緒にお客さんの所に行くときに不意に質問をした時に太一課長がそう教えてくれた。
「俺もはじめてきたときは驚いたよ『東急バスが走っている』ってね、それにしても真菜ちゃんの街には東急バスが走っていたんだ……良い所にすんでいるんだね?」
あたしの住んでいたのは横浜……でも北のほう、よく田園都市といわれる新興住宅街の一区画に小さいながらお父さんの汗の結晶が建っている。
『つきは、五稜郭公園、五稜郭公園です……』
バスは路面電車の線路と共に走り、感情のこもっていないテープの放送が会社に近づいた事を知らせる。
暁子係長元気かな? 太一課長がいなかったからきっと忙しい思いをしていただろうし、疲れているかもしれない、お土産買ってきたから帰りにでも渡そうかな?
「あら?」
真菜がふと外を見た瞬間、薄いピンク色のジャケットにタイトスカートをはいた暁子の姿が目に留まる。
「暁子係長だ……早いなぁ……あれ?」
その暁子は誰かと楽しそうに話をしている、その顔は生き生きしており、まるで恋人と一緒に歩いているようだった。
「誰だろう、相手は……」
真菜の気持ちの中にその相手が気になったが、その相手の顔は人ごみに見え隠れし、なかなかその相手を特定する事ができず、いずれ、バスは暁子を抜き去っていった。
「誰だったんだろうな……」
バス停に降りて、これから来るであろう暁子の姿を人ごみの中に探す。
確かピンク色のジャケットを着ていたわよね? 暁子係長……アッ、き……た。
真菜の表情から笑顔が消える。
何で? 何で暁子係長と一緒に太一課長がいるの? 家はまったく違う方角だって以前言っていたのに、何で……しかも、太一課長の格好は昨日空港で分れた時と同じ格好……会社に行くのにあんな大きな荷物を持つ必要ないし……なんで?
真菜の頭の中は疑問符ばかりになり思考能力が止まる。太一の格好は昨日空港でわかれたときと同じ格好、荷物も大荷物で出張から帰ってきたサラリーマンといったその格好は、昨日の太一となんら変化が無い。
「あれ? 真菜ちゃんおはよー、早いね?」
暁子の声はどこか遠くから聞こえるような気がする。
「真菜ちゃんおはよう、早いじゃないか……疲れは取れたかい?」
続けて太一の優しい声が真菜の耳に響く。
「ハァ……おはようございます」
力ない声で真菜が挨拶をすると、太一と暁子が顔を見合わせる。
「ずいぶんと疲れているみたいだな……大丈夫かい」
太一が真菜の顔を覗き込む。
「ハァ……大丈夫だと思います……」
その様子に暁子はハッとした表情を浮かべ真菜の肩を抱きしめ、太一の視線を遮る。
「ちょっ、ちょっと、真菜ちゃん、何かものすごい勘違いしていない?」
暁子は真菜の耳にそっと呟く。
「勘違い?」
真菜はそう言い暁子の顔を見上げる。
「そう、確かに太一はうちに泊まったけれど、変な意味じゃないのよ……誤解よ、ご・か・い」
やっぱり暁子係長の家に泊まったんだ……だったら誤解じゃないじゃない。
真菜の瞳が徐々に潤んでくる。
「だぁから、泊まったと言っても、太一が具合悪くなっちゃって、気がついたら寝込んじゃっていたのよ、別にやましい事があったわけじゃないわ」
暁子はそう言いながらもちょっとモジモジしながら顔を真っ赤にしている。
具合が悪くなったって……そういえばあの時も。
真菜は羽田空港でふらついた時の太一の様子を思い出す。
「・・・・・・太一課長、ちょっと大丈夫なんですか?」
慌てた様子の真菜は暁子の肩越しに太一の顔を見つめると太一はわけがわからんといったようにキョトンとした表情で暁子と真菜を見ていた。
=風邪には敵わない taichi=
「フィ~、疲れたかも……」
一週間ぶりに開く扉の奥からは、まるでどんよりとした空気が待っていたかのように太一のみにまとわりつく。
洗濯しなきゃいけないな……良いかぁ、調子がよくなってからで……。
太一はとりあえず背広を脱ぎ、パジャマ代わりのスエットに着替えると万年床状態の布団に倒れこむ。
薬……電車降りてすぐの薬局に寄って買えばよかったかも……今さらかぁ……頭が痛いな、きっと熱があると思うよ、まるで脳みそがパンパンに腫れ上がっているようだ……何もしたくない……。
横になると途端に太一の意識はそこでぷっつりと途切れる。
「ん……」
次に太一が目覚めたのは既に日が傾き始めた頃だった。
「携帯は……」
太一の目を覚まさせた物はサラリーマンの必需品、携帯電話の着信メロディーだった。
「……誰だ?」
意識が朦朧としている太一は放り出してあった携帯を手繰り寄せ開き見ると、そこには暁子の名前が浮かび上がっていた。
「暁子か……」
普段であれば元気に出る太一もさすがに今日ばかりは元気が出せない。
『ちょっと、大丈夫? 朝より元気ないみたいだけれど』
電話の向こうからは暁子の心配そうな声が聞こえてくる。
「ん……ちょっと辛いかも」
今朝はミーティングだけを行い、各担当に仕事を分担してから太一は早退した。
『……薬は飲んだ? 医者には行ったの?』
質問だらけだな……。
太一は苦笑いを浮かべるもののそれに噛み付くほど力がない。
「薬はない……今まで寝ていた」
太一は再び布団に横になると天井がぐるぐると回っているように見える。
これは本格的にやばいかな……。
『寝ていたって……食事は?』
相変わらず暁子の口からは質問だらけだった。
「食べていないでしょ? 寝ていたんだもん……」
徐々に太一の意識が遠くなる。
『わかった、会社終わったら行ってあげるから……』
暁子がそう言ったところで太一の意識が再び途切れた。
最後に何か言っていたようだったけれど……まぁいいかぁ。
「ん……」
次に太一の意識を覚醒させたのはめったにならない玄関の呼び鈴の音だった。
「誰だ……こんな時間に」
太一は手元に置いてあった時計を見る、その時間は夜の八時を過ぎていた。
「ふぁ~い……」
太一はふらつきながら玄関の扉を開く。
「……大丈夫? じゃないわね?」
開きかけた扉をこじ開けるように開いたのは暁子だった。
「暁子? どうしたんだ?」
太一はそう言いながら暁子の姿を見る。
「どうしたって……さっき電話で言ったじゃないのよ、お見舞いに行ってあげるって、それよりも横になっていたほうが良いよ……ほら」
暁子はそう言いながら太一の背中を押すように部屋に押し込む。
誰の部屋だかわからんな……。
「まったく、ホントこの年の独身男性の部屋なんて入りたくないものね? 男やもめになんとやらって言うけれど本当かも……真菜ちゃん、とりあえず何か作るから台所片付けてくれる?」
真菜ちゃん?
「あっ、はぁい」
暁子のその一言に太一は振り返ると、そこには照れたような表情を浮かべた真菜が玄関先でたたずんでいる。
「何だ暁子、真菜ちゃんまで連れてきたのか?」
ぼやける意識の中で太一は必死に現状を理解しようとしている。
「ヘヘ、真菜ちゃんもお手伝いだよね? 研修の時にお世話になったからって」
暁子はそう言いながら太一の置き去りにしていた乾いた洗濯物を片付ける。
「だからって……何もうちにまでこなくっても」
「いえ、太一課長にはお世話になりっぱなしですし、やっぱりこういう時は女の子がやったほうが良いと思います……甘えちゃってください」
真菜はそう言いながら腕まくりをしながら微笑を太一に向け、ゴチャゴチャと食器の置かれている台所に立ち向かう。
「そうそう、甘えちゃえ!」
暁子はそう言いながら、次に洗濯機の前に置かれていた洗濯物予備軍を片付けはじめる。
「そうは言っても……」
めまいがしてきた……なんでこんな状況になったのかが理解しきれない。
「ほら、太一課長、ちゃんと横になっていないと駄目ですよ?」
真菜が優しく太一の肩を押して布団に体を向けさせる。
「いや……しかし」
太一はそう言いながらも布団に横たわる。
「ご飯出来たら呼びますから、それまで横になっていてください」
真菜は優しく言い、太一に布団をかける。
「熱は測ったの?」
材料は二人で買ってきてくれたらしく、我が家には珍しく華やかな食卓になったな? お粥だけれど……。
「いや」
フーフーしながら太一はそれを頬張るものの味がしない、元から味が無いのかそれとも舌がおかしくなっているのか、太一はちょっとしかめ面を浮かべる。
「いやって……熱測っていないの?」
呆れた表情で暁子は太一の顔を見る、その隣では真菜も苦笑いを浮かべている。
「だって、体温計無いもん……アチ」
事実だ、我が家で今まで熱を出した事が無い、いや、熱が出てもここまでひどくはなった事が無い、こんなにひどいのは高校以来ではないかと思うぐらいだ。
「体温計が……無いの?」
暁子と真菜の表情は呆然と言うよりも呆気にとられたような表情だ。
「うん……熱なんて出した事無いし、風邪だって十年ぶりぐらいじゃないか?」
太一は、味はともかくお腹が満たされ満足げな表情になる。
「ハァ……ということは当然薬も無いわね?」
暁子は顔に手をやり力なく首を振る。
「あぁ、無い」
暁子に加えて、真菜も呆れ顔で太一の顔を見る。
「太一課長、一応薬は用意しておいたほうが良いと思います……念の為とも言いますし」
「あんたには自分の体の危機管理というものができていないでしょ!」
暁子は怒ったように太一に言う、その瞳には涙のようなものが光っているようにも見える。
暁子?
太一は、ぼやけている意識の中で暁子の顔を見る。
なんだか昨日からやけに暁子が可愛く見えるのは……熱のせいかな?
「太一課長、自分自身の体は自分しかわからないんですから……えぇーと」
「無理をせずにゆっくりと休みなさい、それが今君に課された君の最優先事項だ」
必死になり次の言葉が出てこない真菜に代わって暁子がその続きを話す。
きっとあの人の台詞だろうな。
太一はふっとため息をつく。
「……森山部長だな」
太一はタバコに火をつけその煙を吸い込むが、想いの外それが不味く、すぐに火を消す。
「ご名答……完全に治してから出社するようにとの御命よ、それと、課長の世話を三課で面倒見るようにとも言っていたわ……迷惑な話だけれど」
そう言いながらも暁子の顔は微笑んでいた。
「なんなんだ? そんな事いいのに……」
「よくないです、太一課長がいなかったらあたしどうして良いかわかりません、せっかく太一課長に紹介してもらったお客さんのお話も聞きたいですし、早く良くなってもらわないとあたし困ります」
プックリと頬を膨らませた真菜が太一の顔を睨みつける。
ははは……有難いんだか……。
太一は苦笑いを浮かべながら、布団に横になる。
「わかったよ……部長に言っておいてくれ、万全の状態で出社しますって」
太一がそう言うと暁子と真菜は互いの顔を見合わせてにっこりと微笑む。
「ウフ、やっとわかったみたいね? 三課は、太一がいて初めての三課なのよ、だから……は・や・く・良くなれ」
暁子はまるで幼子にするように太一の鼻先を指で突っつきながらおどけたように言う。
「アッ……」
その様子を見て真菜は小さく声を上げる。
「ばっ、ばぁろい、子供じゃねぇんだから、そんな事言われなくたって早く良くなるわい」
太一は照れたようにその鼻先を指でかく。
照れるじゃないか……というより、意識しちゃうだろ?
元々赤い顔をしていた太一の顔はさらに赤くなり、熱も上がってきたようだった。
「あらら、熱が上がってきたみたいね? 風邪をうつされないうちに退散しようか、真菜ちゃん、……それと、明日から三課の全員で当番決めてあなたの面倒見に来るからよろしく!」
当番って……うぉい!