坂の街の小さな恋……

〜♪〜 はじまりの春 〜♪〜

第七話 Basketball



=VS?=

「麻里萌ちゃん、早く着替えにいこ」

 三時間目の終了を告げるチャイムがなった後、初音が袋を持ちながら楽しそうに麻里萌の腕を引く。それと同じように他の女子も行動に入っている。

「女子はバスケだって! 麻里萌ちゃんやっていたんでしょ? あたしと同じチームだし、楽しみだなぁ……期待しているよ」

 体育の時間になると俄然と張り切る初音は、元バスケ部の麻里萌という強力な戦力を取得して、意気揚々と言った感じだろうか。

「あっ!」

 初音のその一言で、麻里萌は小さな声を上げる。が、初音はそんな事もお構いなしに麻里萌を引きずるように更衣室に向かってゆく。

「幸作、男は柔道だ……」

 嫌そうに言っているが、幸作に声をかけてきた亮の顔はなんとなく嬉しそうにも見える。

 今、お前の笑顔は素敵なものがあったよ、とても邪な心があることが分かってよろしい。

 もう一人、柔道の時間になって俄然と張り切る男がいた……なぜ亮はこの時間になるとこうも危機とするのだかが良く分からない。

「……わかっているよ、はぁ、女子と一緒にバスケットなんていうのもちょっと憧れているんだけれどなぁ」

 汗臭い柔道部の道場に男だけが集まり抱き合う姿というのは、あまり見てくれのいいものではないなぁ。

 うなだれながら幸作も汗臭い柔道着を持ち更衣室へ向かい歩き出す。

「そうか? 俺は好きだぞ、男同士の身体のぶつかり合い、男同士の真剣勝負、これが武道というものじゃないかね」

 訳の分からない理論を、拳を握り締めながら展開している亮はとりあえず無視しておいたほうが良さそうだ……仲間に思われたくない。

「俺もそうだな、女子と一緒にバスケットをする、ショートパンツ姿の太ももと、大小取り混ぜた胸のふくらみが揺れる様、しかも今日は絵里子先生が代理らしい、きっと体育館はパラダイスであろう」

 幸作の隣にいる啓太は、恍惚の表情を浮かべている。

 こいつとも仲間に思われたくないから早い所更衣室に逃げ込んだほうがいいかもしれないな。

 幸作は足早に二人の間から抜け出す。

「幸作、どうしたんだ? 一緒に着替えようよぉ」

 イヤだ……。

「幸作一緒に体育館に行かないか? ムレムレの太ももを見に……」

 ちょっと良いかも……いや、あいつと一緒だと犯罪者になりそうだからやっぱりイヤだ。

 幸作はまるっきり無視しながら歩調を速める。



「どぉりゃぁぁ〜」

 道場に幸作の声が響き渡り、その直後に気持ちのいいほどの畳を叩く音が続く。

「いっ、いっぽん……です」

 控えめに主審の右手が上がる。シンと静まる道場に立っているのは幸作で、仁王立ちするその足元に仰向けに大の字に横たわっているのは、次期柔道部部長の呼び声の高い土屋元則(つちやもとのり)、立っている男の帯は綺麗な白色で、横たわっている男の帯は年季の入ったような風合いを醸し出しているグレー掛かった黒。

「土屋ぁ、素人相手だからって、そこまで手を抜くな!」

 柔道部顧問でもある体育教師の唐沢(からさわ)先生が土屋の顔を険しい表情で見る。

 おぉ、体育会系の典型だねぇ……負けは認めないということか?

「……いや、そんな手を抜いたつもりは……あれ?」

 土屋は自分のおかれている立場がよくわからないような表情で起き上がる。その視線の先には友達達とハイタッチをかわしている幸作の姿。

あぁ、ストレス溜まっていたしちょっとすきっとしたかもしれないなぁ。

「イエェ〜、かっこよかったよ、幸作!」

 抱きついてくる亮をスルーして、幸作は、周囲にいる友達に笑顔を振りまく。

「おまかせ! いやぁ、どぉもぉ」

 幸作は親指をぐっと立て、周りで歓声を上げている仲間に答える。

「幸作ぅ〜、かっこよかったよぉ〜」

 開けたままになっている道場の入り口から黄色い歓声が上がる。その声の主は初音や留美からだった、その横にはちょっとモジモジした体操服姿の麻里萌の顔も見える。

「女子はどうしたんだ?」

 幸作は近くにあったタオルで額の汗をぬぐいながら、まだ授業中にもかかわらずそこにいる女子に声をかける。そしてどこからともなく鼻息を荒くした啓太がその姿をすぐに見つけ、そそっと近づく。

いつの間に来たんだ? 乱取の時は姿を見なかったが……さすがにすばやい奴。

「ウン、先生が疲れたからってもう終わり、更衣室に向う最中よ」

 初音はそう言いながらちょっと興奮しているのか頬を赤らめている。

 疲れたからって……さすが絵里子先生、それだけの理由で終わらせるって……。

 幸作は苦笑いが浮かぶが、その笑顔にも少し満足げな笑顔も含まれていた。麻里萌も見ていたのかにこりと微笑みながら幸作を見ている。つい顔がにやける幸作。

「幸作、もう一本だ!」

 その状況がよほど気に入らなかったのであろう、土屋は真剣な表情で道場の中心に立ち、仁王のような表情で幸作を睨みつけている。

「……わかったよぉ……お手柔らかにお願いしますよ」

 幸作がそういうと、場内に歓声に似たざわめきが沸き起こる……。

「キャァ〜幸作がんばってぇ〜」

 黄色い歓声に幸作は張り切る……これが青春かぁ?

 しかし、その歓声に土屋の頭からは湯気が出そうな勢いで顔を真っ赤にしてゆく。



「痛い……」

 教室に戻った幸作を待っていたのは昼休みに何も食べられなかった幸作の腹の虫と、思いっきり投げ飛ばされた時に痛めた左足だった。

「大丈夫?」

 隣の席で麻里萌が心配そうな表情で幸作の事を見る。

 格好の悪い所を見せたなぁ。完膚なくたたみに仰向けに倒されただけではなく、足をひねって、そのまま保健室に直行とは、情けないかも。

「カッコ悪かったなぁ……」

 バツの悪そうな顔をして幸作は麻里萌の顔を見ると、それに対して麻里萌は慌てたように手を振りそれを否定する。

「そんなことないよ、幸作君カッコよかったよ、でも、足は大丈夫?」

 頬を赤らめながら麻里萌は幸作の顔を覗き込む。

「足も痛いけれどそれ以上に、腹が減った……」

 秋でもないのに幸作の腹の虫は輪唱をはじめている様だ。

「これ食べる? お昼食べ切れなかった奴……ゴメンね?」

 麻里萌はそう言いながら学食で買ったであろうアンパンを幸作に差し向ける。

「おぉ〜、麻里萌様、今あなたの背中に天使の羽が見えたよ」

 幸作はそう言い、まるで奪い取るようにそのアンパンを貰いそれを口に頬張る。

「それはほめ過ぎだよ……照れるよ」

 麻里萌は頬を赤らめながら、その様子を嬉しそうな顔で眺める。

「そうだ! ねぇ、幸作君、今日放課後付き合ってくれない? バイト休みだったよね?」

 麻里萌は思い出したように手をぽんと叩き、パンで頬の膨らんでいる幸作の事を見る。

「喜んで!」

 そう言ったつもりだったが、どうやらその台詞はフガフガとしか聞こえていなかったようで、麻里萌は困ったような笑顔を見せながら幸作の事を見ている。

「ング……ハァ、いいけれど、どこに行くの?」

 ゴクンと喉を鳴らしながら口の中の物を胃袋に収納する。

「ウン、ちょっと教えて欲しいんだけど『明和大学付属中学校』って知っている?」

 麻里萌の口から千鶴の通っている高校の中等部の名前が挙がり、幸作の顔から血の気が引く気配がする。

……ヤバイ、そういえば今日千鶴の対抗戦を見に行く約束をしていたような……非常にまずいかも……しかし快諾した以上は麻里萌に付き合わないわけにはいかないし……。

「どうかした?」

 どんどんと顔が蒼ざめてくるのが自分でも良くわかる。非常に困った状況に陥ってしまった、どうやってこれを打破すればいいのか。

 幸作の頭の中では必死にこれから発生するであろう状態をシミュレートするが、なかなか良い案に出会うことが出来ない。そんな幸作のことを麻里萌がキョトンとした顔で覗き込んでくる。

……だからそんな顔で俺を見ないでくれ。

「なんでもない……多分」

 曖昧な笑顔で麻里萌に微笑む。

 約束を破ったということになると、きっと明日から千鶴は口を聞いてくれないであろう……悪ければ郁子に言い付けられるかも知れない、そうすると我が家の夕食がお茶漬けになってしまうかも。

「そう? それでねそこの学校に行きたいの、でも場所がよくわからなくって……」

 良かった……本当に良かったぁ。これで今日の夕飯はゲットすることができた。

麻里萌の出してきた話に幸作はほっと胸をなでおろす……。

「そこならわかる……ウン大丈夫だぁ」

 幸作はほっとした顔をして麻里萌に笑顔を向けたが、その様子を麻里萌はキョトンとした表情で眺めていた。

「良かったぁ……操に『来い』って言われたのはいいけれど、どう行っていいのかわからなくって……幸作君ならわかるかなって思っていていたの」

 麻里萌は安心しきったような表情を幸作に向ける。

「だいじょぉ〜ぶ、任せなさい!」

 あからさまに元気になった幸作に、麻里萌は訳が分からないといった表情で微笑んでいた。

「ハァ〜い、午後の授業始めるわよぉ〜」

 アニメ声で、絵里香先生が教室に入ってくる。

 長い午後の授業の始まりではあるが、今日は学校が終わったあと麻里萌に付き合うという、ちょっと楽しみがあり、幸作の顔は午後の授業中ずっとにやけていたかもしれない。



=明和大付属=

「……ずいぶんと山中なのね?」

 バスの終点に降り立ち幸作と麻里萌はふっとため息をつく。周囲は市内の喧騒がウソのように静まり返り、そろそろ新緑の季節を迎える山並みが間近に迫っている。

「学生用には送迎バスがあるようだが、ここに通う父兄はきっとえらい思いをしている事と思うよ……だから俺は来たくないんだよ」

 バス停には『明和大学』はこっちみたいな看板が立ち、それに従い歩き始めるが、すれ違う人間がまったくといっていいほど無く、この田舎道を麻里萌と二人で歩くのはちょっと不思議な感覚にさえ陥る。さっきから前から来るのは車だけ、すれ違った人といえば農具を持ったおばあさんぐらいかな……きっと指折り数えても片手で足りるだろう。すずめだろうか、野鳥の鳴く声が大きく感じる。

 歩いて数分経ったであろう、この風景とは全く異なる物といった感じでいきなり目の前に近代的な建物が見えてくる。

「あれがそうなの?」

 麻里萌が目を輝かせながら言う。その視線の先にはまるで卵を輪切りにしたような格好をした、おおよそ学校という観点を無視したような姿が見えてくる。

「あぁ、あれが『明和大学』だ……まるで何かの研究所のような感じだよな?」

 麻里萌はその学校の姿を、目を丸くしてみている。

「ハハ……なんだか改造人間にされそう……」

 それはないでしょ? 

心の中で激しく突っ込む幸作は苦笑いを浮かべるだけだった。

「ハハ……さて、体育館はどこなんだろう」

 守衛に体育館の場所を聞き、そこへ二人向かって歩き出すが、その風景はさっきの牧歌的なものから、なんだかいきなり研究所に迷い込んでしまったようだ。

「幸作君、なんだか本当に迷子になっちゃいそうね?」

 心配げな表情を浮かべながら麻里萌は早足で幸作について歩く。

「本当だね? 学校の中で迷子になるなんて考えられないけれど、この学校ならありえるなぁ、ここまで大きな学校に入ったのは初めてだよ」

 幸作も周囲を見渡しながらそう言う。

 中学から大学まで同じ敷地内にあるせいでここまで大きいのだろうけれど、学校で迷子になったなんて、洒落にならないよな?

 幸作は守衛に聞いた場所を従順に従いながら歩いてゆくと、正面に公民館ほどの大きさの建物が見えてくる。

「これがそうみたいだ……」

 幸作が見上げるのと同じく麻里萌のその建物を見上げる。

「大きいね? これは体育館とは言わないかも」

 確かに、俺が想像していた体育館とはレベルが違いすぎる。



「幸作ぅ〜、こっちだよ」

 対抗戦が行われる体育館に足を踏み入れるといきなり声をかけられる。

「おぉ、ちゃんと約束は守ったからな」

 長い髪の毛を一つに束ね、快活な格好をしている女の子が幸作に声をかける、その娘はまぎれもなく千鶴だった。

 いつものイメージとはちょっと違うなぁ。

 ちょっと頬が赤らむ幸作に千鶴は意地の悪い表情を浮かべるものの、その視線は嬉しさを隠しきれていなかった。

「エヘ、本当に来るとは思わなかったなぁ……あんたのことだからあんまり期待はしていなかったけれど、ちょっと嬉しい……」

 千鶴はそう言いながら視線を幸作の隣にいる麻里萌の姿を見て顔色が一気に変わる。

「……って、何で?」

 数秒前まで笑顔だった千鶴の表情が一瞬にして険しいものに変わる。

「千鶴さん、こんにちは、千鶴さんも今日試合なんですか?」

 悪びれる様子も無く麻里萌は千鶴に微笑む。

「ウン、そう……ちょっと、幸作」

千鶴はちょっと引きつった笑顔を浮かべ、そしてバスケのユニフォームを着たまま幸作の腕を引き体育館のロビーに幸作を連れ出す。

「何で、あの娘と一緒に来るの?」

 ロビーには他の学校の生徒なのか、千鶴とは違うユニフォームを着た男女が談笑している。そんな中で険しい顔をしながら千鶴は幸作の顔を見つめる。

「何でって言われても……なんでなんでしょう?」

 幸作は苦笑いを浮かべながら千鶴の顔を見る。

「まぁ、あなたの事だから、行き当たりばったりなんでしょうけれど……」

 ため息をつきながらそう言う千鶴の表情は諦めにも似た表情を浮かべる。

「いや、麻里萌の弟が、ここで試合があるとかで……」

 幸作はいい訳じみたことを言い出すが、その顔を見る千鶴の表情は冷たかった。

「別に言い訳すること無いじゃない」

 千鶴は幸作に聞こえないようにそう呟く。

「宝城、はじめるよぉ!」

 背後からちょうど先輩格になるのか女の子が千鶴に声をかける。

「アッ、ハァ〜イ」

 千鶴はその声に慌てたように走ってゆく、ちらりと寂しそうな視線を幸作に向けて。



「パ〜ァス……こっちぃ!」

 フィールドを千鶴たちが駆け巡る。

「駄目、パスはこっちにぃ……うまい! こっちに廻して、そう、そして、こっちにパスを廻す……そう、あぁ、ディフェンスなにやっているの! オフェンスにボールを廻さないでどうするのよぉ」

 麻里萌は力をこめたように握りこぶしを突き上げる。

「そう、うまい! まだ駄目、そこの四番前に出て……そうそう、よし抜けたぁ!」

「はは、えらく気合が入っているなぁ」

 麻里萌の横顔は真剣そのもので、今までにみた事のない表情だった。フィールドでの動きは、まるで麻里萌の指示に従って動いているようで、その動き一つ一つに麻里萌は歓声と罵声を送る。

「そこ! よし通った! 千鶴さんシュート!」

 相手のディフェンスをうまくすり抜け千鶴がゴール下につくと、そこにパスが回ってきて、千鶴が見事なレイアップシュートを放つ。

「よし! いいぞ! 千鶴」

 幸作も思わず声をあげる。

「ナイッシュ!」

 麻里萌もそのゴールに思わず歓声を上げ、幸作の手を取って喜ぶ。

 麻里萌がここまで熱くなるとは、好きなんだなバスケが……。

 幸作の表情はどことなく優しい顔で麻里萌のことを見つめる。

「ほらぁ〜、すぐに戻って! 駄目よそれで安心していたら!」

 ハハ、まるで女監督だな。



「千鶴さんナイスシュートでした」

 試合が終わり、幸作たちの前にユニフォームのまま戻ってくる千鶴。

「ありがとう、麻里萌ちゃんのおかげで勝てたよ、試合中もよく聞こえたわよ、うちのキャプテンなんかよりも的確な指示が出ていた、途中から、麻里萌ちゃんの指示でみんな動いていたぐらいなんだから」

 千鶴がにっこりと微笑むと麻里萌は顔を赤らめながらうつむく。

「いえ、あたしなんて……」

 麻里萌は小さい身体をさらに縮めながら恐縮したようにしている。

「ウフフ、それと、幸作もありがと応援してくれて、幸作の声もよく聞こえたよ、嬉しかった」

 千鶴は頬を赤らめながら幸作の顔を見る。

「おにいちゃぁ〜ん」

 どこかで聞いた事のある声が体育館の中に響き渡る、そこに無意識に視線を移すと、ジャージ姿の郁子が駆け寄ってくる。

「郁子? なんでお前こんなところにいるんだ?」

 キョトンとした顔をしている幸作に向けて郁子は意地の悪い笑顔を見せる。

「アハハ……うちの中学の対抗戦もここだったの、黙っていてゴメンね、おにいちゃん」

 なぜか郁子は顔の前で手を合わせ申し訳なさそうに詫びるが、そんなに誤るほどの事ではないと思うが……。

「別に千鶴さんとの邪魔をしようとしたわけじゃないのよ?」

 ペロッと舌を出す郁子のその一言に幸作と千鶴の顔が赤くなる。

「郁子ぉ!」

 幸作の声が体育館に響きわたり、その隣ではなぜだかモジモジしている千鶴の姿、その幸作のたちの姿を見ている麻里萌はちょっと寂しそうな表情を浮かべていた。

「戸田ぁ、先輩が呼んでいたぞ」

 郁子と同じジャージ姿の操が郁子のことを呼びに来る。

「あ、ウン、今行くよ……おにいちゃん、今度はうちの学校も応援してよね? 麻里萌さんもお願いします」

 郁子はぺこりと頭を下げながらそう言い、同じように先輩に呼ばれた千鶴と一緒に駆け出して行く……バスケをやらしてよかったな? あんなに生き生きしている郁子を見るのは久しぶりだ、いつも学校と家との往復で遊びに行くこともできなかっただろう、ちょっと反省かな? 幸作はしんみりした表情で郁子の後姿を見る。

「幸作君、なんだか郁子ちゃんを見る幸作君の顔って、お兄さんというよりお父さんみたいな顔をしているね? すごく優しい顔をしている」

 麻里萌がその幸作を見て言う。

「そうかな? ただ、あいつも年頃になるんだから、少しは学校と家以外のことをやらせたいなと思って最近見ているよ」

 そうだ、あいつもいずれは人を好きになったりするんだろう……それを温かく俺は見守ってやりたいし、あいつの負担にはなりたくない。

「いいお兄さんね?」

 麻里萌はそう言いながら幸作の顔を見上げる、その見上げた幸作の顔は同年代の男の子には見た事のない逞しさがあった。

「そうかね?」

 幸作は、自分の言った台詞がちょっとくさかったことに気がつき、ちょっと照れたような表情を浮かべ麻里萌を見る。

「ウン、頼りになるお兄さんという感じだった」

 麻里萌は正直に幸作をほめる。

「お褒めいただき感謝するよ……さて、試合がはじまるみたいだ、ちゃんと応援しないとまた郁子にどやされるからな?」

 幸作はそう言い顔をフィールドに向ける。その横顔を麻里萌はまぶしそうに眺めていた。

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