雪の石畳の路……
Summer Edition
第十話 男と女
=直子の憧れ=
「こっちに」
函館山に向かう途中にある中規模な病院の外観は、今にも朽ち果てるのではないかというぐらいに古く、勇斗の脳裏に一抹の不安を覚えさせるが、中身はさほど古さを感じさせるほどではなく、むしろ整然としており勇斗はホッと胸をなでおろす。
「ハイ、どうしましたか?」
救急受付と書かれているカウンターに勇斗が息を切りながら穂波を抱きながら走りこむと、ギョッとしたような表情を浮かべながら女性看護師が、メガネ越しに勇斗を見る。
「実は……」
事の経緯を知っている直子が、看護師に告げると看護師は勇斗の腕の中で意識のない穂波の顔を覗き込んでくる。
「すごい熱ね? 風邪でもひいていたの?」
看護師はそう言いながら、近くに置かれていたストレッチャーを勇斗の前に持って来て、そこに降ろすよう勇斗に向けて目で促す。
「さぁ、昨日までは元気だったんですけれど……ねぇ」
直子が助けを請うような目で勇斗を見つめると、それに応えるように勇斗は看護師に向かってうなずく。
確かに昨日は元気だったよな? 風邪っぽいという話は聞いていなかったし、そんな素振りもなかったと思う。
勇斗は必死にここ数日の穂波の様子を思い出すが、そんな様子にヒットすることはなかった。
「フーン……ちょっとここで待っていてね?」
ストレッチャーに横になっている穂波の首筋をさわったり、脈をとったりしながらやがて診察室の中に看護師が引きこもる。
「勇斗、もしかして、昨日雨の中傘もささないで出て行ったでしょ? それが原因じゃないのかしら?」
直子が声を潜めながら言うその言葉に勇斗もうなずく。
思い当たる節はそれしかないよな……、昨日あれだけずぶ濡れだったんだ、風邪をひいてもおかしくない、それに俺が家に着いた時には穂波の姿はなかったし……その後ちゃんと風呂とかで身体を温めたようではなかったよな……また、俺か!
勇斗は、忌々しげな表情を浮かべながら、少し眉間にしわを寄せ、目をつぶっている穂波の顔を見つめる。
「お待たせいたしました、診察しますのでこの場でお待ちください」
次に診察室から顔を出した女性看護師は新人なのであろう、初々しい感じが残っており、まだ慣れない手つきで穂波が横たわっているストレッチャーを押して診察室に入り込む。
「穂波……」
周囲に静けさが広がり、まるで自分の鼓動が聞こえてきそうだ。
「勇斗……昨日何があったの?」
静けさを破るかのように待合椅子に座った直子が、まるで敵を見るような表情で勇斗の顔を睨みつける。
「何って……」
どこからともなく聞こえてくる電子音よりも小さな声で勇斗が答えると、直子はその場に一気に立ち上がり、勇斗の胸倉をつかむ。
「まぁ、何があったっていいわよ、あなたが穂波ちゃんを泣かせたということは事実みたいだし、理由はともあれ、こんな事になったのもあなたのせい、それだけは覚えておきなさいよね!」
いつに無く感情を剥き出しにした直子に対し、勇斗は言い返すことができなかった。
そうだ……理由なんて何が起因しているかなんて俺には分からない、その理由が多すぎるからな……いつもニコニコしている穂波だからきっと俺はそれに甘えていたのであろう、考えてみれば最低男だよな……謝らなければ……。
勇斗は唇が白くなるほどの力でかみ締める。
そんな勇斗の様子を見ていた直子が、再び待合椅子に腰掛け呟くように口を開く。
「……勇斗、あたしね、あなたに憧れていたのよ……ウウン、もしかしたら今も憧れているのかもしれない」
いきなりの直子の台詞に対し勇斗はうつむいていた顔を上げ、照れくさそうな表情を浮かべる直子の事を見る。
「誤解の無いように言っておくけれど、あくまでも『憧れていた』だけであって、あなたに『惚れて』いた訳ではないのよ? そこの所間違いなく」
意地の悪い顔をしながら、直子は勇斗の鼻先に向け人差し指を突きつける。
「わかっているよ、お前の態度を見ていれば……」
少なくとも直子の態度は好きな男に対するそれではないのはよくわかっている。
「……あのね、なんであなたにあたしが憧れたかわかる?」
大きくため息をつき、直子は真剣な表情で立っている勇斗の顔を見上げる。
「……わからん」
首をかしげる勇斗に対し直子はやっぱりといわんばかりにため息をつく
「でしょうね?」
苦笑いを浮かべる勇斗に対し、直子の視線は厳しくなり、思わず勇斗の背筋はピンと伸びる。
「……おかしいかも知れないけれど、あたしね、男の人に対して今まで特別な感情を抱いた事がないの……それは一晩中同じ部屋にいてもね」
穏やかな表情を浮かべる直子に対し、勇斗は驚きの表情を浮かべる。
一晩同じ部屋にいてって……それは……。
勇斗の視線がちらりと直子の顔を見たとき、その視線はお互いに交わる。
「勇斗の考えている事は間違いないと思うわ……あたしだって一応女なんだからそんなシチュエーションになった事だってある……でも、やっぱり変わらなかった……男の人に対して、恋愛感情とか、そういうものを感じた事はなかった……」
寂しそうな表情を浮かべながら直子はうつむく。
「……穂波ちゃんとはじめて会った時、生まれてはじめて今までとは違う感情があたしの中にあったの……それはおそらく、男の子が女の子をはじめて好きになる気持ちと同じだと思うわ」
それって……もしかしたら……。
「直子……お前」
勇斗の表情を受け取った直子は、照れ笑いのような表情を作り勇斗の顔を見る。
「エヘ、そうだったみたいなのよね? あたしは穂波ちゃんの事を好きになっていたの……気がついたときには……穂波ちゃんの事だけしか見ていなかった、その感情は間違いなく恋愛感情だったよ」
頬を染めながら直子は勇斗に向かって話すが、その表情は本当に恋する女の子であった。
「だからあなたに対して憧れたのは……悪いけれど、あなたに対してそう言う気持ちになった訳ではないの、穂波ちゃんに気にかけてもらいたかっただけ……、悔しいけれどあなたと一緒にいる穂波ちゃんはどんな時にも一番の顔をしていたわ」
意地の悪い顔をする直子の表情に、勇斗は曖昧な笑顔を向けるしかなかった。
「あなたの事を好きな穂波ちゃん、だったらどうすればあなたのようになるのか、一生懸命考えたりしたし、あなたにちょっかいを出して、穂波ちゃんの気を引こうと思ったりもした、でも、彼女はあなたの事しか見ていない……そう、あなた以外の人は、ただの友達としか見ていなかった」
今、目の前で直子の言っている事が、まるでドラマの中のように感じるが、それは、間違いなく事実であり、恥を忍んで言っているような表情の直子に対し、茶化すような事は言える雰囲気ではなかった。
「……だから、あなたの事は憧れだったの……『穂波ちゃんに好かれている』という事がね?」
諦めたような表情を浮かべる直子の顔は、どことなくさばさばしたようなもので、勇斗の顔を覗き込んでいる。
「ここではっきりさせておくけれど、あたしは性同一性症候群なんかじゃないわよ? あたしは純粋に女なの……ただ、好きになったのが、同性だったという事、それだけ」
少しホッとしたような表情の直子に対し、勇斗は優しい微笑を浮かべる。
「……と言う事は、俺と直子は、恋敵という事になるのかな?」
その一言に、直子の瞳が潤み、今にも泣き出しそうな顔になる。
「……勇斗、なんで……そんなに平気な顔であたしの事が見られるの? 変な女だと思ったりしないの?」
直子は、勇斗の事を泣き笑いの表情で見つめる。
「変な事あるかよ、人を好きになることなんて理由は無い、直子の場合は、たまたま好きになったのが同性の穂波だったというだけの事じゃないか」
意地の悪い顔をして勇斗が直子の顔を見ると、その顔には笑顔が膨れ上がっていくのがよくわかった。
「……あは、ありがとう、なんだか今まで思っていた胸のつまりが取れたみたい……あ〜ぁ、すっきりしちゃった、ちょっと穂波ちゃんの気持ちが分かったような気がしたよ」
直子は目尻に浮かんでいた涙を指で拭うと、次の瞬間本当にサバサバした表情を浮かべ、勇斗の顔をまっすぐに見つめその瞳は、いつもと同じ自信に溢れた顔だった。
穂波の気持ちがわかった?
勇斗が首をかしげていると同時に診察室の扉が開き、先ほどの看護師が顔を出す。
「えぇ〜っと、患者さんのお知り合いですよね?」
少し頼りがいの無い看護師は二人の顔を見つめながらそう言うと、緊張した面持ちの二人は、コクリとうなずく。
「それではですね、まず保険証と、着替えをお持ちになっていただけますでしょうか、ただの風邪だと思いますけれど、二、三日入院して様子を見てみるとのことなので……」
看護師はそう言いながらニッコリと微笑む。
「わかりました、あたしが行って来るから、勇斗は穂波ちゃんに付いていてあげて」
直子はそう言いながら待合椅子から立ち上がる。
「頼む、保険証なんかは一葉さんがわかると思うから」
勇斗のその一言に、直子は振り向かずに手だけを上げて了解の意思を示していた。
=病室=
「……あのぉ……先輩」
窓の外を眺めている勇斗の背中に、ついさっき気が付いた穂波の声が掛かる。その声はだいぶか細く、まだ調子がよくなったわけではないというのは容易に想像が付くが、勇斗はその問いに対し、どんな顔をして振り向けば良いか、必死になって考えていた。
昨日の事もあるし、何よりも、いい加減だったのは俺なんだ、俺は一体どんな顔を穂波に見せれば良いんだというのだろう。
六人部屋で埋まっているベッドは、今声をかけてきた彼女が横になっているひとつだけ、他の患者はお盆で一時退院しているのか何かなのであろう、そんな病室に時計の音がやけに大きく聞こえ長い沈黙が流れる。
エエイ、嫌われて当然だ、しかし、謝らなければ俺の気持ちが治まらない!
「穂波!」
「先輩ゴメンなさい……昨日はあんなことして……それにこんな事になっちゃって、あたし、先輩に迷惑ばかりかけていますね?」
意を決し振り向いた勇斗に対し、穂波は横になりながら、頭まで布団をかけ、おそらく泣いているのであろう、わずかに見える髪の毛の毛先がわずかに震えている。
先を越されちゃったよ……間が悪いなぁ。
意表を付かれた様な格好になった勇斗に対し、穂波はお構いなく言葉を続ける。
「あたし自分でも良くわからないんです、先輩になんであんな事を言ってしまったのか……ただ、千草さんの部屋を見てすごく寂しそうに思えて、先輩を慕ってわざわざ函館まで来て、その二人の間にあたしが割り込んじゃって、余計に千草さんに寂しい思いをさせているようなそんな気がして……」
布団にもぐりながらも、精一杯話す穂波に対し、勇斗の心のモヤが晴れていくような感覚にとらわれる。
穂波は、俺がはっきりしない事に怒ったわけじゃなかったのか? でも、それでホッとしたらいけないよな、事実、俺がはっきりしないのもいけないわけだし。
「穂波、顔を見せてくれるかな……」
勇斗は優しい声を、穂波に対しかける。
「だ、ダメです……今はこんな顔見られたくないから……ゴメンなさい」
毛先が勇斗の声にピクリと反応すると、よりいっそうか弱い声で穂波が答えてくる。
「……それだったらそのまま訊いてくれ」
勇斗はそういいながら大きく深呼吸をして、ベッドに横たわっている穂波の姿を見る。その布団の盛り上がりがかなり大きく反応し、見えている毛先は先ほどよりも大きく震えているようにも見える。
「……穂波は悪くないよ、悪いのは俺だ、俺が穂波や千草の気持ちにあぐらを掻いているから、みんなにそんな辛い思いをさせているんだよ……俺がだらしないだけだ」
そう、すべて俺がいけない、はっきりとしない態度を取り続けている俺が……。
「だから……」
「なに言っているのよ!」
勇斗はそのさえぎった声を確認しようと病室の入り口を見ると、そこには長い髪の毛をまるで振り乱したようにグシャグシャにして、腰に手を当て、憤然とした顔をしている千草の姿と、その隣でボストンバッグを持った直子の姿があった。
「千草、なんで?」
驚いた表情を浮かべる勇斗に対し、千草はズンズンといった風に病室内に足を踏み入れる。
「何でもかんでもないわよ! お店を開く前に昨日のお詫びに行こうと思ったら、一葉さんと和也君が心配そうな顔でいるし、直子さんがいきなりやって来て保険証なんて騒いでいるしで、本当に驚いたんだから……」
憤然極まりないという顔で千草は勇斗の顔を睨みつける。
「いや、その……時間が無くってと言うか……」
シドロモドロになる勇斗に対し、直子は意地の悪い顔をしながら、ベッドの布団に包まっている穂波に声をかける。
「穂波ちゃん、お着替え持ってきたから着替えよ、ネ?」
「で、でも……」
「勇斗なら大丈夫、千草さんに任せておけば……それよりもあたしと」
直子は一体何を言っているんだ。
「勇斗あたしの事をちゃんと見て!」
視線を穂波たちに向ける勇斗の首が、千草の手によりほぼ強引な形で捻じ曲げられる。
今、首がすごい音をした気がするんですけれど……痛いじゃないか。
「なんだよ」
不満げな顔をして勇斗が千草を見ると、その顔はさっきまでの険しいものではなく、むしろ穏やかな雰囲気さえその表情は浮かべている。
「穂波ちゃんもそのままで良いから訊いて」
千草はそう言いながら近くに有ったお見舞い客用のものであろう丸椅子に腰かけながら話し出し、病室内が一瞬にして静まり返った。
「悪いとは思ったけれど、二人の話を聞かせてもらっちゃった、でも、二人がものすごい勘違いをしているみたいだから話すけれど、誰が悪いなんていうのは無いと思うの、あたしが勇斗の事を好きなのも、穂波ちゃんも同じという事も悪い事ではないし、それに勇斗の気持ちだってわかっているよ……わかっていてちょっかい出しているんだから、別に辛いなんていうことないし、それに、あたし今のこの生活が好きなのかもしれないな?」
とくとくと話す千草の表情は穏やかで、いつものような雰囲気は微塵も感じさせられない。
「それに、函館に来て寂しいなんていう気持ちは一度も思った事ないよ、むしろ東京にいた時の方が寂しかったかもしれないわね? それは勇斗に会えないとかそういうのじゃなくって、この函館には色々なお友達がいるのにという、そう言う寂しさだったな? だからあたしはこっちに来たの、勇斗に会いたかったのがその大部分を占めていたけれど、でも穂波ちゃんや、一葉さん、和也君と同じ街に暮らしてみたいと思ったからなの」
千草のその台詞に、布団に包まっていた穂波の顔が徐々に這い上がってくる、その顔は、驚いたようなそんな表情だった。
「だから、あたしは今この生活がものすごく満足なの……まぁ、同じベッドの中に勇斗がいてくれればもっと満足なんだろうけれど」
意地の悪い顔で千草が半分だけ顔を覗かせている穂波にウィンクを飛ばすと、その顔は一気に慌てたようになる。
「だ、ダメです……先輩は……」
ガバッと布団を捲り上げる穂波は、病院で貸してくれた検査着のような物しかまとっておらず、決して大きくない胸の谷間が勇斗の視界に飛び込んでくる。
ほ、穂波さん、またえらく色っぽい格好で……。
勇斗の目が垂れるのと同時に直子のきつい目がよりいっそう険しくなる。
「勇斗見ちゃダメ! 穂波ちゃんお着替えしようネ?」
直子はそう言いながら勇斗たちをベッドサイドから離し、カーテンを閉める。
「黒川先輩、あたし一人でも大丈夫ですからぁ」
困ったような声を上げる穂波の声に加え、どことなく嬉しそうな直子の声が聞こえてくる。
「なに言っているのよ、病人はおとなしくしていないと……あら、穂波ちゃんてば、結構いい形のおっぱいをしているわね、触りたくなっちゃうかも」
「いや、黒川先輩、そんなところ触らないで、いやぁん」
……なんだか聞いているとえらく卑猥な感じなんですけれど……このカーテンの向こうでは一体どんな世界が繰り広げられているのかな?
勇斗が頬を赤らめながら部屋の入り口を見ると、若い男性看護師が、こちらの様子を見ていることに気がつく。
「……何か?」
勇斗がその看護師に声をかけると、看護師はハッとした表情を浮かべる。
「もしかして、有川先輩じゃないですか?」
看護師は笑顔を浮かべ、勇斗に近づいてくるが、勇斗は作り笑いを浮かべながら、その人物の顔を見て必死に知っている人物の顔との照合を始めるが、思いのほかその作業には時間が掛かり、曖昧な笑顔でいるしかなかった。
「はぁ、そうですが……」
曖昧な笑顔を貼り付けながら勇斗が答えると同時に、さっきまで隠微な雰囲気を振りまいていたカーテンが開けられ、その中からは、満足そうな顔をした直子と、少し恍惚の表情を浮かべている穂波が現れた。
「ん?」
なんだか直子の顔はえらく満足そうな顔をしているようにも見えるし、穂波においてはやけに色っぽく頬を赤らめているようにも見えるが……。
穂波の呼吸は少し乱れ気味であったが、勇斗の方をそっと見るとニッコリと微笑む、その顔は今までのものと同じで少しホッとする。
「あれぇ、飯島! 飯島じゃないか!」
勇斗の隣に立っていた男性看護師は、ベッドで少し息を切らせながら頬を染めている穂波の事を見て、素直に驚きの表情を浮かべていたが、徐々にその顔は笑顔に変化してゆく。
「えっ?」
声をかけられた穂波は、久しぶりに呼ばれた飯島姓に目を白黒させながらその看護師の顔を見上げながら首をかしげている。
「……あぁ〜! 整(せい)君!」
ジャスト三秒の間をおいて穂波は懐かしさの笑顔を浮かべる。
整? 整……あぁ〜。
勇斗はさらにその三秒後にその人物を思い出し、懐かしそうに穂波と談笑するその看護師の顔を見た。
「勇斗、彼は?」
意表をつかれた形になった千草は、穂波と談笑している看護師を見比べながら勇斗の脇を突っつく。
「あぁ、俺の高校時代の後輩、柔道部の部員で穂波と同じクラスだと思ったな、面倒見がよくって、怪我をしたりするとよく具合を見てくれたよ、部員というよりも男子マネージャーみたいな感じだったよな」
勇斗がそう言うと、満面の笑顔が勇斗に向けられる。
「有川先輩もお加減良さそうで、さっきこの病室の前を通ったら飯島の声がしたような気がしてのぞいて見たんですよ……あれ?」
整は、そう言いながら穂波の枕元に掛かっている名前を見て、再び満面の笑みを浮かべる。
なんだか、こいつの微笑みは女の子みたいで一瞬でもドキッとしてしまう自分が怖かったりするんだよなぁ。
苦笑いを浮かべる勇斗に対し、整は勇斗に対し直立不動の体制になったかと思うと、見事に四十五度腰を曲げて深々と頭を下げる。
「おめでとうございます、有川先輩は飯島……いや、穂波さんと結婚されたんですね?」
その一言に、勇斗と穂波は顔を真っ赤にし、それ以外にいる女性二人は、それぞれの思いもあるのであろうが、共通していえることは憤慨していた。
「あれ?」
整は、そんなことを知ってか知らずか、首をひねりながら、周囲の雰囲気を必死に読もうとしていた。
気にするな……お前は悪くないよ……。