第十三話 守りたい者とは……。



=神……=

「まぁま……」

 抱き上げられたカレンは嬉しそうな微笑を浮かべながら、奈穂の胸にその顔を埋める。

 なんなんだこの感覚は……まるでカレンが本当の奈穂の子供のようではないか? しかしそんな事があるはずあるわけが無い、奈穂はずっと俺と一緒だった、俺以外の男と一緒に歩いているのを見たのは親父と一緒の時ぐらいだった。

 呼人の心の奥底に嫉妬に似たような感情が芽生え、思い浮かんだ想像を首を振って力いっぱいに否定するが、目の前でカレンを抱いている奈穂の事を見ると再びモヤモヤした気持ちが浮かび上がってくる。

「ククク、ママときたか……本当にそのこの母親になってしまったらどうだ? 俺が父親になってやってもいいぞ?」

 慎吾のその一言に、呼人の頭の中で何かが弾け飛んだ。

「ふざけろぉ〜!」

 自分でもわからない。気がついたら足は砂を蹴り、その身体を一直線に慎吾に向けていた。敵う筈が無いと言うのはわかっている、しかし気持ちの中で浮かんだその感情は自然と俺の身体を動かしているようだ。

「呼人! ダメ!」

 既にかなりの後ろから奈穂の声が聞こえてくるが時既に遅く、その数メートル先には既に慎吾が構えている。

 ダメと言われて止まることが出来れば止まるさ、でも止まるわけには行かないんだ、俺は男なんだから!

「面白い、やはり君は普通の人間だったようだ……感情で突っ走る、原始的な人間、奈穂と『血』が繋がっていないというのは本当の事らしいな?」

 慎吾のそんな言葉が聞こえたと思うと、呼人は身体を止めようとするシグナルを脳から発するがそのシグナルを受け取った身体がすぐに止まるはずも無く、姿を消した慎吾のいた場所でやっと止まる事ができた。

 俺と奈穂の血が繋がっていない? 姉弟なのに?

 呼人は姿を消した慎吾の事を考えるよりも、消える瞬間に言われた台詞の方に気が回っており、一瞬隙が出来る。

「がぁ〜っ!」

 一瞬にして天地がひっくり返ったかと思うと、激痛が呼人の全身を覆い、思わず悲鳴じみた声を上げてしまう。

「呼人!」

「ご主人様!」

 奈穂とらむねの声が意識を遠のかせている呼人の意識に働きかけ、その意識を失う事をすんでの所で踏みとどまるが、それに応じて全身の激痛は現実のものとして呼人の事を襲う。

 イテェ〜、体中を引き裂かれそうな痛みと言うのがこれの事なんだろうか? さっさと失神した方が楽なのに、何で俺は起きているんだろう。

 思わず自分の左手を見るとそれは血まみれになっており、昔の刑事ドラマに出てきた刑事のような台詞が浮かんでくる。

「なんじゃコレは……」

 全身を見ると、それまで着ていた学校の制服はボロボロになり、いたる所から血が流れ落ちており、気のせいか自由が利かないと思っていた右手は通常では考えられない方を向いている。

「ご主人様、痛くありませんか?」

 らむねがすぐに近くに寄り添ってきて呼人の怪我の具合を見るが、その顔には涙が溢れ出しており、その傷を愛おしそうに撫ぜると、その優しい顔が一気に般若のような顔に変化し、その傷を負わせた相手を睨みつける。

「よくも……よくも……ご主人様をぉ〜!」

 らむねは身体を小刻みに震わせていたかと思うとその身体からは陽炎のようなものが立ち上がり、髪の毛の色がさっきの未里と同じ紅色に変化する。

「面白い、かかって来いらむね、貴様のデータは既に所得済みだ」

 不敵な笑みを浮かべる慎吾に対してらむねは足元の砂浜をけり砂煙をあげたかと思うと高々と宙を舞う。

「でぃやぁぁぁ〜!」

 慎吾に対しらむねのキックが炸裂したかと思ったら、その足はその砂に埋まるだけで、慎吾の姿はそこに無く、反射的に見たらむねの視線の先に高く舞い上がった慎吾のキツネ尻尾が見え、体勢を変えて再びその後を追う。

「ほぉ、俺のスピードについてこられると言うのは面白い、それならば相手をしたくなるのが俺の心情でね」

 相変わらず余裕の笑みを浮かべる慎吾に対してらむねは必死な形相で追ってゆくと、慎吾は急に進路を変更し、らむねと相対する形になる。

「お前に勝ち目は無い、なぜなら俺は……」

 慎吾が口を開いたと同時にその首が今まで見ていたところとは違う方向を向き、さすがにその顔は驚いたものに変わる。

「な……に?」

 相対していたはずのらむねの姿はそこにはなくなっている。



「らむね……なのか?」

 激痛に顔をゆがめながら、その様子を見るが呼人の目にらむねのその姿が見える筈も無く、気配を感じるだけだ。

「なぜだ? 奴のデータは全て読み取ったはずなのに、なぜこんな動きが出来るんだ? 俺が知っているスピードの三倍の動きでは無いのか?」

 顔の形が徐々に変わり始め、動揺が隠せなくなってきている慎吾は改めてその見えないらむねの事を、目を凝らすと、その口に不敵な笑みを浮かべる。

「なるほど……」

 慎吾はその身体を今まで向いていた方と変え、近くにあった流木を手にする。

「ここだぁ!」

 慎吾はメジャーリーガーよろしく、その流木を思いっきり振りぬくと、あまり耳にしたくない音と共に、そこにらむねの姿が横たわる。

「がはぁっ!」

 らむねはその場に倒れこみ苦痛に顔をゆがめる。

「所詮は機械人形……いくつかのパターンがあるのだろうが、パターンさえわかれば次にくる場所は予想が付く……足を出して転ぶメイドと同じようにね?」

 形勢逆転なのか?

 慎吾の足元には動きを沈黙させたらむねの姿、その慎吾はゆらっと立ち上がりながららむねに向かって歩き出す、その顔は呼人の背筋が凍るような冷徹な顔をしている。

 らむねが殺される……。

 呼人の身体がそう思った瞬間、動く事が不思議なその身体を持ち上げ、らむねの元に向かおうとする。

 やらせない……らむねは我が家の大切な仲間なんだ、だから俺は彼女を助けるんだ。

 呼人の脳裏にらむねがはじめてやって来た時の姿や、高校の制服を着て恥ずかしそうに微笑む顔が浮かび上がる。

「くどい!」

 慎吾の目が呼人に向いたかと思うと、止めを刺すような勢いで慎吾の姿が一気に呼人に向かってくる。

 これを食らったら俺はひとたまりも無いだろうな? きっとこの世とはおさらばになるだろう、でも、らむねや奈穂にもう指一本触れさせない、一蓮托生お前と一緒にこの場から消えてやるよ!

 呼人はその姿を受け止めるように全身を開き、力を込めるとその間に人影が邪魔をする。

「なに?」

 長い髪の毛をひとつにまとめた女の子が呼人の正面に立ちふさがる。

「呼人だけにカッコいい思いはさせないよ? あたしだってらむねと同じあいあんれでぃ〜なんだ、この街を守りたいの!」

 未里はそう言いながら真正面から慎吾の体当たりを食らうとまるで人形のようにその身体を砂浜に転がしてゆく。

「未里ぉ〜!」

 呼人の声に、ピクリと横たえた身体を反応させるのは未里だった。

「呼人……呼人?」

 身体を起こす未里の顔が凍りつき、間をおいて同じく起き上がったらむねや、離れていた奈穂の顔もそれぞれ凍りつく。

「ククク、お前らのご主人は完全に俺が制圧した……」

 力ない顔をしている呼人、その首元にはナイフのような鋭利な物があてられ、それを横に引けば呼人の命は間違いなくジ・エンドになるであろう。

「クッ!」

 唇をギュッと噛む未里の横に、よろめきながららむねが近寄り、その様子を悲しそうな表情で見つめる。

「ご主人様……」

 よろよろっと歩き出すらむねの身体を未里が制する。

「結構、まずはカレンと萌をこっちに渡してもらおうか……彼女たちは我々にとってはあまり都合のいい存在では無い……」

「であればどうするんだ、お前は萌の存在を研究所に送りたいと言っていたでは無いか! なぜ都合の悪いものを……!」

 呼人は自分の質問に自らの答えを出す。

 そうか、奴の言っていた研究所というのは……奴らの世界なのか……そうして慎吾が萌をここに残したのは他の『出来損ない』を呼び寄せるため……。

 呼人の顔を舐め回すように覗き込んでくる慎吾の顔は、それまで知っているその顔ではなく、完全に常軌を逸した『物の怪』の顔をしている。

「さっきカレンが説明したであろう、我々は神に一番近い存在だと、その我々の失敗作が貴様らの言っている『出来損ない』なのだ、そいつらを一箇所に集結させれば掃討する方が楽だからな? ごみを集めるのと同じ事だよ、呼人くん」

 ようは俺たちのポジションと言うのはそのごみと同じ『出来損ない』を集めるための『餌』と言うことなのか? そうしてそれを集める『箒』の役目をするのが慎吾や萌、カレンのような『神に近いもの』たちの事を言うのか? だとしたらなぜ慎吾はそこまで萌たちの事をそんなに煙たがるのだ……。

「俺たちは『塵取』と言うことですか?」

 呼人の一言に慎吾は愉快そうに笑い出す。

「アハハ! そうだな、君たちはそいつらを掃討する塵取の役目を果たしてくれた、君たちの世界のお偉いさんたちは都合よく『この世の敵』と判断してこのような機械人形を作成して、我々の失敗作を消去してくれた、その事に対しては礼を言うよ、しかし……」

 慎吾は呆気に取られている萌や、訳がわからないのだろう奈穂にすがり付いているカレンの事を見つめる、その瞳は冷たく、慎吾に彼女たちを渡した後のその姿を想像させるには十分なのもだった。

「しかし……なんだって言うんだ! 都合の悪いものが、俺たちに懐いてきたと言う事が気に食わないんじゃないのか? 俺たちの仲間になろうとしている彼女たちをお前は危険分子という風に見たんじゃないのか!」

 そうに違いない、奴らはこの世で暮らしたいと思っている彼女らの存在に恐れをなしたんだ、彼女たちだけではない、同じようにこの世に馴染みたいと思っていた者たちを彼らは、神と言う大義名分で消していたのだ。

「その通りだ、彼女たちの感情はこの世に我々の存在を知らしめてしまう恐れがある、それに彼女たちの感情はあってはいけない事だ」

 あってはいけない事だぁ!

 呼人の身体が無意識に動くと、喉に突きつけられていた刃物のような物がその肉に食い込み、生暖かい血の流れる感覚が喉から首筋に垂れるが、そんな事関係ないように呼人はその場で慎吾の事を睨みつける。

「お前らは感情と言うものが無くなっているのか?」

 その様子にらむねと未里はハッと目を見張り、吼える呼人の顔を見る。

 そうだ、あの世ではわからないが、少なくともこの世では、人を思う気持ちが何よりも多く働いている筈だ。人はその感情をなによりも大切にしている、だから人が生きていると言う意味合いがある筈なんだ、それが欠落したらそれは人じゃない……本能で生きている獣と同じだ。

「感情はあるよ? 神に対しての感情はね?」

 慎吾は悪びれた様子もなくはっきりとそう答える。

「――それは本当に神なのかな? もしそれが神だと言うのであれば、俺たちの持っている神様のイメージを覆さなければいけない……名前も神ではなく『悪神』と改めさせてもらうよ」

 ため息交じりのそういう呼人の首筋にはさらに深く食い込む鋭利なもの。

 後は彼女たちをいかにここから無事に逃がすかなんだけれど……そんな代案はもうないのかな? ゴメン、俺はやっぱりダメダメだな?

 呼人の視線は、心配そうにして見ている奈穂をはじめらむねや未里、萌の顔が見えるが、それに対して打開策がない事を素直に詫びる。



=殲滅=

「やはりここで消去しておいた方がいいな……カレンや萌と同じ不穏分子だ」

 ツゥーっと首筋に暖かいものが滴り流れる事を感じるが、不思議と痛みは感じない。

「ご主人様!」

 悲鳴に似たらむねの声が遠く聞こえてくるが、もうどうになるものでもない、ゴメン、俺お前たちの役に立つ事ができなかった……。

 呼人は諦めたように目をギュッと瞑り、その時を待つが、いつになってもその時は訪れず、呼人はそっと瞳を開け周囲の様子を見る。

「!」

 思いもしなかった光景に呼人は息を呑み、言葉にならない声を上げる。

「未里!」

 ようやく声にすることが出来たのはその光景を自分で理解してから数秒経ってからであろう、今までわずかしかなかった慎吾との空間には綺麗な黒髪がなびき、呼人に向かっている背中からは鋭利な刃物のようなものが飛び出している。

「ガハッ……」

 咳き込む未里はその口から血を吐き、着ていたブラウスの胸を汚す。

「何で……そんな無茶を……」

 力なくもたれかかる呼人の制服にも未里の血が付着し、その染みはとどまる事無くひろがってゆくのと同時に未里の身体の重みが増してゆく。

「――エヘヘ……呼人の役に立つ事ができたかな? あたし……」

 力ない瞳の光を放ちながら未里はニコッと呼人の顔を見つめる。

「役に立つって……お前はいつだって俺の事を救ってくれたじゃないか! 何でこんな事をするんだよぉ!」

 呼人の声に未里は力ない笑みを浮かべながら呼人の手をそっと握り締める。

「あたしはね、ずっとこの温もりが欲しかったのかもしれない……正直らむねの事が羨ましかったなぁ……あなたと一緒に暮らしていられると言う事が、あなたの温もりをいつでも感じる事ができる、それが羨ましかったの……呼人とらむねのコンビネーションが羨ましかったの、だからあたしもあなたの役に立ちたかったの……」

 どう見てもこの出血量では助かるはずがない、そんな事はわかっているだけれど俺に未里を助ける手立てはないのか? そんなの嫌だよ……俺のために……俺のために……。

 肩を震わせている呼人の身体が突然ポォッと光出し、その様子に未里は安らかな表情を浮かべるが、相対する慎吾の顔が恐怖に引きつっている。

「やっぱり呼人は……」

 未里は呼人の耳に届くのがやっとの声でそう呟きその瞳をそっと閉じる。

「未里ぉ――――っ!」

 まるで呼人が爆発したかのように、その身体の周囲が真っ白に光、その光の強さのため、離れていたらむねや奈穂たちは反射的に顔を背ける。

「呼人?」

「ご主人様?」

「呼人さん!」

 光が収縮すると、そこにいたはずの呼人と未里の姿や、それまで優勢に立っていた慎吾の姿が消え去っており、誰もいないそこに三人がそれぞれ声をかけるが、それまでの喧騒が嘘のように静まり返り、気がつくとPHSもそこから消えている。

「ふぉっくす! ご主人様を探して!」

 らむねはそう言いながら横たわっているふぉっくすを抱き上げると、奈穂がまるで横取りするような勢いでそれを掲げあげる。

「なにやっているんだ! 早く! 早く呼人を探すんだ! 見つからないなんて言ったらすぐさまこの海に沈めてタコの餌にするぞ!」

 そんな奈穂の勢いにらむねと萌は気圧されされるように口をつむぐが、思いは一緒であろう。

「――生体反応はありません……PHSの反応が僅かに残っておりますが、いかがしますか?」

 アナウンサー声のふぉっくすは仕事に忠実なのであろう、その言葉通りふぉっくすの向いている先には誰もいない……、いや、正確には砂に埋もれた何かが蠢いているが、それはふぉっくすの言ったPHSの反応なのであろう。

「そんなものはとっとと蹴散らしてしまえ! そんなのよりも呼人だ!」

 奈穂はふぉっくすを砂浜に投げ捨て、それまで呼人のいた場所、ふぉっくすがPHSの反応があるといった場所に駆けてゆく。

「奈穂さん、危ないです! まだなにがいるかわかりません!」

 らむねはそう言いながら奈穂の後を追うと、それに同調した萌も走り出す。

「呼人……呼人……呼人……」

 奈穂はうわごとのように呼人の名を呼ぶが、当然それに反応する事はなく、それまでいた砂浜は近づくにつれ大きくえぐられていることに気が付く。

「これが……彼の力なの?」

 奈穂は立ち止まり、呆気に取られたような表情でその大きく開いた穴を見る。その穴は直径が数十メートルはあるであろうし、深さも落ちたら這い上がる事が不可能と思わせるほど深い。

「PHSの反応があります、奈穂さんは離れていてください……ふぉっくす」

 らむねが奈穂の正面に立ち砂の中で蠢いているものに視線を向けると、その山のように盛り上がっている砂山の一箇所が崩れ落ちると人間の腕が見える。

「グ……ァ……ダッ……グッ……」

 砂の中から身体を起こすのは、さっきまでの悠然とした姿が嘘のようにボロボロになっている慎吾だった。さっきまで綺麗なキツネ色だった耳や尻尾は見る影もなく今では汚れ果てた野良犬のようになっている。

「――何で……なんであんたがここにいるんだ……」

 奈穂の一言に気がついた慎吾は、まるで負け犬のようにだらしがなくその尻尾を下げ、耳を小刻みに震わせ、その瞳は恐怖に怯えている。

「ヒッ!」

 慎吾は逃げ出そうと身体を動かすものの、砂に足を取られうまく動く事ができず、近くに寄って来た奈穂にその首根っこを掴まれる。

「――お前はこの世にいてはいけないものなのにこの世にいる……そしてこの世にいなければいけない人が……いなくなってしまった」

 奈穂は慎吾を掴んだ腕一本でその身体を持ち上げると、慎吾は苦しさからなのか、それとも奈穂から発せられる憎悪の気配からなのか怯えていたその表情をさらに引きつらせ、恐怖のせいなのか、目だけではなくあらゆる所から色々なものを流している。

「アグ……ヒッ……」

 助けを請うような瞳を奈穂に向ける慎吾に対し、奈穂は嫌気がさし、その腕一本で慎吾の身体を投げ飛ばす。

「呼人が言っていた、もし……ダメなら一蓮托生お前と共に消えてやるとな……少し時間が掛かってしまったようだが、お前の姿をここから消してやる……」

 砂の上に転がっている慎吾の事を奈穂は冷めた眼で見下し、その瞳の色はそれまでの濃茶色から浅黄色へと変化し、その顔を見た慎吾は口をパクつかせる。

「な……ぜ……あなたが……」

 絞り出すように声を出す慎吾に対して、奈穂はニヤリと微笑む。その笑みは周囲にいるらむねや萌の背筋を凍らせるには十分なものだった。

「気がついていたのではないのか? 私の血筋『ハンター』という事に……」

 奈穂はそう言いながら転がっている慎吾の額に人差し指を当てると、その指先がポォッと光り出し、身動きが取れなくなった慎吾はその顔を恐怖に歪める。

「冥土の土産に聞かせてあげる、私たち『ハンター』と言うのはあんたらのような『勘違い』した『出来損ない』を消去するもの、そう、あんたもPHSでしかないんだよ……ちょっと勘違いしていたみたいだけれどね、その勘違いのせいで……」

 光が徐々に強くなり、やがてピストルを打つような反動を奈穂が受けると同時に慎吾のその姿は断末魔をあげながらその場から消えてゆく。

「そんな勘違いのせいで……呼人は……」



=失ったもの=

「呼人……」

 砂浜に膝から崩れ落ちる奈穂の身体をかろうじてらむねが抱きかかえる、その姿はさっきまでの攻撃態勢ではなく、いつもの格好をしたらむねだった。

「奈穂さん……」

「らむね……あんた元に戻ったのね? 呼人のコマンドが消えたの?」

 力ない笑みを浮かべる奈穂の事をらむねが心配そうに覗きこむ。

「――ハイ……オーナーの存在が……わからなくなってしまいました……」

 辛そうに言うらむねの瞳には涙が浮かんでおり、そのそばでは萌がまるで何かを探すように地べたを這うようにしている。

「そっか……やっぱり呼人はいなくなっちゃったのか……」

 奈穂の瞳には不思議と涙は無く、ただ唖然としたように辺りを見回すが、そこには今まで近くにいるのが当たり前だった呼人の姿は無く、シンと静まり返った浜辺に打ち寄せる潮騒の音が聞こえるだけで、視線を上げれば既に夜の帳が下りている空には星が瞬いている。

「呼人さん? 呼人さん……ねぇ、どこに行ったの?」

 萌は諦めきれないのか、それともその事実を受け入れる事ができないのか、呟きながら周囲に出来ている砂山を掘っているが、その爪は割れはじめているのであろう細い指先には血が滲んでいる。

「萌……もうやめろ……」

 萌の小さな肩を奈穂はソッと掴むが、萌はその手を力いっぱいに払い再び砂を掘り出す。

「呼人さんはいなくなったりしない……あたしたちを守ってくれたの、これからも守ってくれるの……だからいなくなったら……いや!」

「やめるんだ! 呼人は……呼人は……」

 叫ぶように言う萌の言葉を遮る奈穂の声は萌のそれより大きく、涙を流していた萌はその声に驚いたように目を見開き奈穂の事を見て息を呑む。

「な……奈穂……さん?」

 萌の見た奈穂のその顔は涙で顔中が歪み、今までの毅然とした雰囲気は微塵も無く、ただ、抱いているカレンをギュッと抱きしめているが、耐え切れなくなったのであろうかその顔はまるでその姿は幼子が泣きじゃくっているようにも見える。

「呼人は……呼人わぁ〜!」

 カレンを庇いながらも泣き崩れる奈穂の事を誰も助け起こす事ができないでいる。

「奈穂さん……ん?」

 やっとらむねが奈穂の肩を抱きかかえる事ができた頃、今まで静かだった海辺がにわかに騒がしくなる、その根源は三人の頭上からだった。

「なに?」

 鋭い金属音がまるで耳をつんざく様な音がしはじめたかと思うと、まばゆい光が三人を照らし出すと同時に、すさまじい風が周囲の砂を撒き散らす。

「な、なんなのよ?」

 さすがの奈穂も涙を拭いながらそれを見上げると、ジュラルミンのボディーに日の丸が描かれているVTOL戦闘機がその頭上数十メートル上にホバリングしていると思うと、その機体は降下を開始する。

「コレは、安全対策室の機体ですね?」

 らむねの一言の中に聞き覚えのある単語があり、奈穂はすぐさまその機体のコックピットに駆け寄ると、パイロット席から顔を出す人物は奈穂のよく知っている人物、そうしてそのナビシートから顔を出す人物も同じよく知っている人物。

「――お父さん? お母さん?」

 奈穂の呟く言葉に萌は驚いたような顔をし、らむねはその表情を引き締めるが、奈穂に抱き上げられているカレンだけは事の経緯など関係ないように幸せそうにスヤスヤと寝息を立て、奈穂はその姿をまぶしそうに見ている。

「――奈穂……少し遅くなってしまったようだな」

 辛そうに言う男性は奈穂と呼人の父親である隆二がコックピットから降りる。

「お父さん……」

 奈穂はそれまで溜めていた涙を一気に溢れさせるとその厚い胸に抱きつく。

「らむね……よくやったわね?」

 ナビシートから降りた人物は、ヘルメットを取ると同時にその頭を振り、腰まである長い髪の毛をその束縛から解放し、らむねの事を優しい瞳で見つめるが、らむねは首を傾げてその長い髪の女性を見るだけだった。

「お母さん……」

 涙をたたえながら奈穂がその長い髪の毛の女性を見ると、らむねを見つめていた瞳はさらに優しくなり、そっとその髪の毛を撫ぜる。

「お、母さん?」

 らむねの表情が一気に引き締まり、直立不動になると、隆二はポンとその肩を叩く。

「そんなに緊張する事はない、お前のオーナーは呼人であろう? マスターに違いは無いが、そこまで緊張する事はない」

「そうよ、らむねちゃんはあたしたちの家族と同じなんだから……」

 奈穂と呼人の母親である紫乃はその長い髪の毛をかき上げながら、緊張しているらむねの顔を見る。

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