第十一話 神とは……。
=戦慄=
「我等は神に仕えし者、すべてを創造しうる者なり……」
神に仕えし者? と言うことはやはりPHSと言うのは神が創ったものというのか?
「では聞く、なぜこの場に姿を現したのか?」
奈緒を抱えながら未里がいつもと違い厳しい口調でその少女の事を見つめると、その少女はゆっくりとした動作で未里に顔を向かせる。
「この世にて世俗にまみれし者は、我等を裏切ったものと見なし消去す。我カレンはその者を消去するためにここに立つ」
カレンの一言で彼女が少なくとも俺たちに対して友好的な存在ではないことがはっきりとする、いや、少なくとも敵であることだけは確かだ。
四人全員の好戦的な視線が、キツネの耳を持つ少女に注がれるが、カレンはそんな視線を見返すように一人一人の顔を見つめ、最後に見つめた少女でその動きが止まる。そこには同じように頭の上に獣耳を持つ少女で、遠めにもニヤリとカレンの口が歪んだ様に見える。
「ヌシがこの世に迷い込んだ者なのだな?」
カレンはゆっくりその足の向きを変え、今にもその場に座り込んでしまいそうな萌に向かい歩きはじめる。
「萌! 逃げろ!」
奈緒はそれまで聞いたことのないような大きな声で叫ぶが、その声は萌に届いていないのか、足がすくんで動けなくなっているのか、一向にそこから動く気配がない。
「ちぃっ!」
未里に抱きしめられていた奈穂は、それを振りほどくと一心不乱に萌の元に走り出し、それを止めるように未里が手を伸ばすが虚しくそれは空を切る。
「奈穂さん!」
呼人の背後かららむねの声が聞こえると同時にそれまでその身体を支えていたらむねの温もりが離れてゆく。
「我の思惑を邪魔する奴らは、同類……消去の対象」
らむねよりも先を走っている奈穂を、冷めたような表情で見るカレンの瞳が怪しく光り、その光りに応じたようにこれから行く奈穂の足元が土煙を上げる。
「キャァ〜!」
足元の土が盛り上がったかと思うと、叫び声をあげながら奈穂のその細い体が宙に舞う。
「奈穂!」
奈穂が落下すると思われる地点に呼人は先回りしてその身体をズッシリと受け止めるが、そのままカレンのその技に翻弄されたのはらむねだった。
「クッ!」
眉根を歪めながららむねはそのカレンの衝撃を受け、身体をキリモミさせながら宙に舞い上がりその身体を地表に叩きつけられる。
「らむね!」
呼人のその声も無意味にらむねは反応する事無くその地べたに身体を横たえる。
「消去……」
カレンはそう言いながら横たわっているらむねの事を冷ややかな目で見下ろす。その顔に対して、呼人の全身の毛が立ち上がるようなそんな気持ちにとらわれる。
「――消して済むのなら消してしまえ……しかし、俺はそんな事は許さない、消される前に俺はお前の事を消す!」
奈穂の事を抱きしめながら呼人は敵意をカレンに対して瞳で訴える。
「……ならば主も我を邪魔するものとして消去す」
「上等だ! やれるものならやってみろ! 毒を食らわば穴二つ! 消去されるのであればお前も一緒に道連れにしてやる!」
吼える呼人の事をその腕の中で聞いていた奈穂が、嬉しそうな顔をしてその顔を見つめる、その顔はやけに穏やかな表情だった。
「主らの存在は、我等を否定するものなり……故に消去する」
カレンから発せられる『気』が今までのものとは変わり、まるで切れ味のいいナイフのような張り詰めた空気が周囲に流れる。
「呼人、コマンドを……一つのコマンドが違っていれば違うのを使えばいい、ここには無敵の『あいあんれでぃ〜』が二人もいるんだから」
未里はそう言いながらも視線をカレンから外さずに、ジリジリとその間合いを詰めてゆく。
「でも……」
「悩んでいる暇があると思っているの? 既に彼女は臨戦態勢に入っているわよ? コマンド待ちのままじゃ十分に彼女に太刀打ちなんて出来ない」
張り詰めた空気の中で未里はそう言いながらチラリと呼人の事を見て、ニヤリと笑みをこぼしながらも間合いを詰めてゆく。
「――未里……防御……いや、攻撃コマンド……だ」
そんなコマンドが在るかわからないが、少なくともこの状況は防御で太刀打ちできる相手ではない事はわかっている、しかし今の状況では……。
「了解、攻撃コマンドを実行します……今後はオーナーからのコマンドから切り離されます」
未里の目の色だけではなく、髪の毛の色までまるで燃え盛るような紅色に変わる。
「み、未里?」
その瞬間未里は宙に舞い上がると、その身体を大きく大の字に広げる。
「オプション装着、攻撃コマンド実行、第一種戦闘隊形と判断する」
大の字になった未里の身体に光が走ったかと思うと、次の瞬間その体には物々しい武装をした未里の姿があった。
まるで戦場に赴くような格好だな? その肩に付いているのはひょっとしてロケットランチャーとかそういう類のものなのか?
まるで変形ロボットのように箱を積み上げたような格好になった未里に対して、呼人はただ目を丸くしてその経緯を見つめているしかなかった。
「ふむ、面白い、我に立ち向かってくるとは恐れを知らない奴だ……」
どことなく楽しそうな顔をしているカレンは舌なめずりしながら未里と相対する。
「へらず口と言うのは、負け犬が言う事なんだよ、キツネ娘がぁ〜!」
未里の肩に付いたミサイルランチャーが全弾掃射され、周囲にその煙が立ち込めると同時に爆音が響きわたる。
「やったか?」
えてしてそう言って実際にやった験しがないのは昔からの常であり、これについても例外ではなかったようで、濛々と垂れ込めた煙の中からその小柄な体が浮かび上がっていく。
「なっ?」
未里が一瞬怯んだ隙に、カレンのその身体はその武装した身体に突進し、閃光とともに体当たりを食らわせるとその衝撃に未里の身体はふぉっくすに守られた結界の見えない壁に打ちつけられる。
「ぐはぁ」
未里は耳にしたくない音を立てながらその場にうずくまり、その動きを完全に沈黙させると、それに満足したような顔をしながらカレンは再び萌に近づこうとするが、その動線上に立ち塞がる影にその歩みを止める。
「悪いな……他を当たってもらえねぇかな?」
呼人でさえ見たことのないような冷めた笑みを浮かべながら、奈穂が萌とカレンの間に立ち塞がると、意外にもカレンが動揺したような表情を浮かべる。
「主との力関係は見てわかっているはずだ……なぜ主は我の進行を妨げる? 主には何も力がないのだぞ? この世に生きる主のような者が我に刃向かえると思っているのか?」
僅かながらだが、カレンの表情には動揺が見える。
「関係ないね、あたしは自分の思ったように行動しているだけだ、無理と思ったらやらないよ、そこまであたしは善人では無いからな」
ニヤリと笑う奈穂の表情にカレンの動揺が徐々に目に見えてくる。
「であれば主も消去の対象になるのだぞ?」
「だから上等だと言っただろ? やれるものならやってみろ、俺はこの世にまだまだ未練があるんだ、そう簡単にはやられるつもりはないし、それに男というのは女の子を守らなければいけないと昔から相場は決まっているんだ、結構善戦すると自分では思っているぜ」
奈穂とカレンの間に呼人の体が割り込む、それはちょうど呼人が奈穂をかばう様な形で、奈穂はその背中を驚いたような表情を浮かべながら見上げている。
「呼人?」
カレンと睨み合いを続けている呼人から答えがなく、視線を下に向けると、呼人の手がヒラヒラとカレンから見えない位置で動いていることに気が付く。
萌の所に言ってくれ、何とか俺がここで時間を稼ぐ、だから奈穂は萌の所に言って守ってやってくれ。
「つまらん感情だな? 世俗に汚れし者はそのようなつまらない感情に押し流されているのか? 自信を傷つける事ができると言うのか?」
カレンは呆れ顔を浮かべながらも、その表情の中から余裕が消え始めている。
「生憎とな……俺は損得勘定が出来るほど頭が良い訳じゃないので、思ったとおりにしか動けない下等生物なんだよなっ!」
カレンの隙を付いて呼人は体当たりを食らわすと、意表を付かれたカレンの体が呆気なくその場に倒れこむ。それを合図に奈穂は全力で萌の元につき、その身体を抱き上げ再び走り出すとカレンの射程範囲から離れてゆく。
よし! 何とか離すことが出来たぞ?
呼人の視界が一気に空を向き、口の中に鉄錆のような味が広がりそれが血の味であり、溢れ出したそれが顔を生暖かく流れる感じがすると、遠くから奈穂の悲鳴のようなものが聞こえる。
「呼人!」
どうやら殴られたらしいな? 可愛い顔をしている割には腕力あるんじゃねぇか? やっぱり敵わないのかな?
体な宙を舞い、地表を舐めたかと思うと再び体が宙を舞い地表を舐める。まるでサッカ−ボールのように呼人の身体を弄ぶのは小柄な女の子。
「やめて! 呼人にそんな事をしないで!」
ハハ、奈穂からそんな台詞が出るなんて思っていなかったな? と言うことは俺はダメなのかなぁ……死ぬ前にそんな夢を神様は見せてくれると言うのは本当の事だったらしいな?
何度目か地表を舐めた呼人の視界にカレンの姿が見える、その顔は地表に転がっている呼人の事を見ずに、他を向いており、さっきまで人を蹴りこんでいた足も止まっている。
何を見ているんだ?
痛みすぎマヒしているその身体をカレンが向いている方に向けるとそこにはいつの間にか見覚えのあるメイド服姿になっているらむねの姿。
「ご主人様にそんな事をしないでください……らむねは本気になってしまいます」
らむねの表情からはいつもの幼さや笑顔は一切消え、凛々しささえ感じるようなそんな顔をしてカレンを睨みつけている。
「面白い、たかが機械人形に何ができると言うのだ? 主らは我らのなりそこないを殲滅するためだけに作られし者、それ以上のものを持っているはずがないであろう」
冷めた微笑を浮かべるカレンの顔は素直に怖さを感じさせるが、らむねはそれに怯む事無くさらにその間合いを詰める。
「確かにそうかもしれませんが、ご主人様を痛みつけるあなたをあたしは許す事ができない」
らむねの瞳の色が空色に変わり、それと同じくして髪の毛の色も空色に変わる。
「ご主人様、コマンドを……」
らむねの背中を見ながら呼人は身を起こし、うまく話せないながらもらむねに対してコマンドを送る。
「らむね、攻撃コマンド発動……目の前の敵を殲滅せよ」
呼人の消え入るような台詞にらむねは振り返りニッコリと微笑む。
「了解ですご主人様、早く終わらせてお風呂の支度をしないといけませんね?」
らむねはそう言いながらカレンに向かって歩み始める。
「でぇあぁ〜」
らむねの歩みが徐々に速くなりダッシュするように走り出すと、カレンの体が宙に浮く。
「主に出来る筈がないではないかぁ〜!」
カレンの瞳が光ると、その光が土煙と共にらむねに命中する……いや、寸前の所でらむねはその攻撃をかわし、カレンの浮かんでいる宙よりもさらに高い空に身体を移動させている。
「出来る出来ないは、やってみないとわかりません!」
慣性の法則にしたがってその身体を落下させるらむねと地表の間にはカレンの小さな体があるり、カレンはらむねの姿を見失っているように辺りをキョロキョロしている。
やった! 完全に死角に入っている、いくらPHSと言ってもあの一撃には敵わないだろう。
らむねの体とカレンの体の距離が縮まると、呼人の心の中に勝利を描くが、その打算はカレンの姿が消えた事によって崩れ去る。
「なに?」
らむねは落下速度を落とす事無く誰もいなくなった宙からその地表に降り立ち、消えたその姿を探すと、背後にいた小さな影が助走もつけずにダンプカーに轢かれたように弾き飛ばし、そのらむねの身体はまるで人形のように数メートル先に何回も地表に叩きつけられる。
「らむね!」
全身の痛みを忘れたように呼人は身を起こしてらむねの姿を見る。
「クッ……イタタタ……不意打ちなんて卑怯ね」
寸前に防御したのだろうか、派手に飛ばされた割にはダメージが少なそうに見え、呼人はホッと胸をなでおろすが、すぐにカレンの第二派攻撃がらむねに向けられる。
「消去!」
カレンはそう言いながら数メートル浮き上がりながらその身体をまっすぐらむねに向かって突進する、そのスピードはまるでリニアモーターカーのように速く、呼人のその目では姿が追う事ができないほどだ。
「呼人、大丈夫?」
気が付くと隣には心配顔の奈穂が呼人の顔を覗きこんでおり、その目には涙が光っている。
「何とか……生きているようだよ……情けないよな? あれだけ大見得を切っておきながらあんな小さな、しかも女の子にボロボロに蹴飛ばされるなんて……かっこ悪いよな?」
口を開けるたびに鈍痛が襲い、呼人はその顔をゆがめる。
「そんな事ないよ……」
ハンカチで呼人の顔に付いた血を拭う奈穂は涙をたたえた瞳で見つめ、その胸にすがりつく。
「奈穂?」
その行動に呼人は驚いた顔をして小刻みに震える奈穂の小さな肩を見つめる。
「呼人はかっこよかったよ……あたしを助けようとしてくれた……」
顔を上げる奈穂の顔は、涙やら色々なものでグシャグシャになっていた。
「な、奈穂?」
「やっぱりダメだよ……そんなカッコいい所を見せられたら……」
熱い瞳で見つめてくる奈穂に、呼人の心が高鳴り、心臓がそれまでとは違った鼓動を始める。
何を言っているんだ奈穂は……まるで告白でもする様なそんな目では無いか? 俺と奈穂は姉弟なんだぞ、そんな感情が在る筈がない……でも……。
「あたし……呼人の事が……」
奈穂の顔が呼人に近づいてくる。
「キャァ〜!」
遠くかららむねの悲鳴が聞こえてきて、二人の顔が離れると同時にその悲鳴の元に視線を向ける、そこには宙に舞い上がったらむねの姿が。
「らむね!」
奈穂と呼人の二人から声が上がるとらむねのその姿は地表に叩きつけられ土煙がそこに立ち上り、その姿は再び立ち上がる気配がない。
やられちまったのか? らむねが負けたのか?
呼人の頭の中に嫌な思いが浮かび上がり、それを打ち消すように首を振る呼人だが、隣にいた奈穂は息を呑んだままその視線を動かさないでいる。
=カレン=
「主の力はそれが限界だ……」
カレンは肩で息をしているものの再び呼人と奈穂に向かって歩いてくる。
「やられると思っていてもやらなければいけないのが男なんだよね? 悲しいかな……」
全身の痛みをこらえるように呼人が立ち上がると、奈穂は驚いた顔をしてその姿を見上げてくる。
「奈穂は萌についてやっていてくれ、何とか俺が時間を稼ぐ、その間に逃げられる所まで逃げてくれ、そんなに時間は稼げないかもしれないけれど頼む」
呼人はまっすぐに向かってくるカレンを見る。
もって十分ぐらいだろう、今から逃げ出さないとそんなに遠くにはいけないはずだ。
その瞬間呼人の頬に暖かくも柔らかいものを感じ、それを見ると頬を赤く染めた奈穂の顔が間近にあり、それが奈穂の唇だったことに気が付く。
「わかった……ただ、早く帰ってこないと夕飯抜きだからな?」
涙をこぼしながら奈穂はそういいその場から離れてゆく。
へへ、だったら早い所終わらせて帰らないといけないよな? 夕飯抜きはきついぜぇ。
「さて、どこまでやれるかな? 男呼人、花を咲かせましょうか!」
フッとため息を付きながらカレンを見つめると、隣に誰かが立つ。
「かっこよすぎるよ、呼人は……あたしだって花を咲かせたいじゃない」
隣には紅の髪の毛の女の子……未里がニヤリと微笑みながら立つ。
「ではどうぞと言うわけにはいかないだろ? らむねがやられて指を咥えていられるわけがないじゃないか、少しぐらいは役に立ちたいぜ」
呼人の一言に未里はフンと鼻で笑いながら視線をカレンに向ける。
「足を引っ張らないようにしてね?」
未里はそう言いながら呼人の前に拳を差し出し、呼人はその拳に拳を当ててそれに応える。
「努力するよ」
呼人の一言に未里はニヤリと笑みを浮かべるが、やがて射程距離に入ってきたカレンに対して表情を引き締める。
「十分よ……くる!」
未里の一言に反応するかのようにカレンはさっきらむねに見せたのと同じように数メートル身体を浮き上がらせながら、突進してくる。
「馬鹿の一つ覚え!」
未里は身を翻らせながら、目にも止まらないスピードで迫ってくるカレンをかわすと、持っていた鉄の棒のようなもので、その動線を振りぬく。
「ギィヤァ〜」
既に通り抜けていた筈のカレンの姿が未里の足元に横たわっている。
「残像に惑わされて、実はすぐに戻ってくる、相手の不意を付く結構卑怯な手よね」
未里はそう言いながら第二派攻撃をカレンに向けようとするとその身体が消える。
「何?」
無意識にその姿を追うように宙に向けると、いくらか動きが鈍ったのか、カレンはその姿をそこに現している。
「やるな機械人形……しかし、所詮は機械人形」
カレンの姿がそこから消えたかと思うと呼人の身体がいきなり羽交い絞めにされる。
「呼人!」
体の自由が利かなくなった呼人は動揺した表情を浮かべた未里と相対する。
「ククク、主らの主人に対して攻撃が出来るのか? 主らには無理であろう……甘い主らの最大の弱点だ……さて、消去対象を一緒に追う事にしようか……ククク」
本当に卑怯だなこいつ……これが本当に神の使いなのか? そんな疑問が浮かび上がってくるぜぇ……それにしても情けないのは俺だよな?
「呼人……」
カレンを背負うような格好ではあるが、その首元には綺麗にとがれたような爪が当てられ、それが横に引かれれば、首と胴体がさよならする状況だった。
「さぁ、主らが守る者に案内してもらおうか」
カレンは呼人にしがみついているため、自分で動く事はできない、そのため呼人に対して動くような指示を出すが、その呼人の身体はいつまで経っても動かないと、イラついた様子をカレンは浮かべる。
「何をしている、早く動かないと主のためにはならんぞ!」
「だったら自分で動けばいいじゃないか、俺はお前の指示に従うつもりはない」
呼人の一言にカレンの眉がピクッと引きつる。
「――主は自分の置かれている立場がわかっていないのか? 主の命は我が握っているのだぞ? なぜそのような態度がとれる」
呼人の喉にチクリとした刺痛がはしり、呼人はしかめ面を作る。
「お前こそわかっていないな……俺はさっき言ったはずだ、お前と刺し違えても萌の元にはやらないと、死んでも俺は奴らを守る」
きっぱりと言う呼人の顔を、見守っていた未里は優しい顔をして見つめ、呼人の背中にいるカレンは苦虫を噛み締めたような表情を作る。
「な、ならば、この場でその息の根を止める」
カレンの尖った爪が呼人の首に刺さろうと動き始めると、呼人は観念したように目をギュッと瞑るが、いつまでたってもその痛みがその首にはしる事はなかった。
「……」
そっと目を開ける呼人の視界にはなにやら躊躇しているように身をくねらせているカレンの姿があり、未里もその様子を驚いたような顔をしてみている。
「グッ……ハァァ〜……そんな……キッ……」
カレンの力が一気に抜けた所で呼人はその身体を振りほどくと、思った以上に簡単にその束縛から離れる事が出来た。
一体何が起きたんだ?
呼人の体から離れたカレンはその場にうずくまる様になり、呼人たちに対して攻撃を仕掛けてくるようなそんな勢いがなくなっている。
「大丈夫?」
呼人に駆け寄ってくる未里であるが、その視線はカレンに向いている。
「ぐぅ〜アァ〜……!」
カレンが叫び声をあげたかと思うとその身体の至る所から見慣れた『出来損ない』が飛び出してくる。
「何? なんなんだ?」
その量に対して呼人と未里は目を見開く、その出てくる『出来損ない』たちは行き場を失ったように様々な方向に動き出し、その一部が逃げている奈穂と萌にも向かっている。
やばい! これは予想外だ、これだけの数のPHSに囲まれたらいくら奈穂や萌でも太刀打ちできない。
「未里、奈穂たちを、彼女たちを防御するんだ!」
呼人の一言に、それまで紅色をした未里の髪の毛がいつもと同じ漆黒色に変わり、心配そうな顔をしながらもその命令に従ったように奈穂たちの元に飛んでゆく。
さて、俺はどうしたものか……こんなシュールな奴らに囲まれると言うのはあまり気味のいいものでもない。
「いや……そんなのいや……」
それまでの気高さをどこかに忘れてきたかのようにカレンは怯えたようにその場にしゃがみこみ、身体を震わせている。
彼女の身に何が起きているんだ? 今のその姿はただ何かに怯えている小さな女の子のようじゃないか……今までの見下したような様子はまったく見られない。
呼人が腰を浮かし、今ではただ小さな女の子と化したカレンに近寄ろうとすると、周囲にいた『出来損ない』が一斉に呼人に対して飛び掛ってくる。
「クッ!」
まるで覆いかぶさっているようにそのPHSは呼人に飛び掛ってくるが、それを払いのけると、涙をたたえた少女が目の前でうずくまっている。
「カレン?」
幼子の様になってしまったカレンはその涙を湛えた顔で呼人の事を見上げてくる。
キシャァ〜!
足元から人の顔をした猫が呼人に対して牙をむいてくる、その速度に対して呼人は避けきる事ができず、痛みと共にその頬を切り裂いてゆく。
「くっ!」
頬から血が流れ落ちる感覚があるが、痛みを感じる暇もなく次の攻撃がカレンに対して向けられる。
なんだ? 奴らはカレンの手下であったのではないのか?
怯えるカレンに対して元々手下であったPHSが襲い掛かってゆき、呼人がそれを払うが、その数は徐々に増えてゆき、呼人にこなし切れなくなってゆく。
「らむね!」
呼人は無意識にらむねの名を呼ぶが、それに何かが反応するわけもなく、シュールな顔をしたPHSが呼人の顔を掠め飛んでゆく。
「クッ!」
「……おにいちゃん……怖いよぉ……カレン怖いよぉ」
カレンはそう言いながら呼人の胸にすがり付いてくる。その顔は涙に濡れ、本当の自分の妹が怖さに泣き濡れているようで身体を震わせている。
本当に何も出来ない男なんだな? 俺って……情けなくなってくるぜ!
呼人はその小さな頭を抱え込みながら諦めたようにため息を付くと、その身体にPHSの気配が近づいてくる。
終わりか?
息を呑んだ呼人の身体からそのPHSの気配が消える。
「ご主人様、これは一体何が起きているんですか? 何でご主人様がその娘を抱きしめているんですか?」
明らかに不満げな顔を浮かべているのはらむねだった。
「らむね、無事だったのか?」
あちらこちらが切れているそのメイド服が呼人たちとPHSを切り離してくれ、その存在だけでホッと安心できる。
「何とか、一瞬頭(ハードディスク)が揺らされてフリーズ状態になりましたが自己復旧する事が出来ました……じゃなくって、何でその娘の事をご主人様が守っているんですか!」
ぷっくりと頬を膨らませているらむねに対して呼人はゆっくりとそれまでの経緯を説明するが、時たま襲ってくるPHSをかわしながらの為なかなか先に進まない。