第三話 彼女は……。
=とりあえず=
「――以上で登録を終了しました」
女の子の質問は一時間近くかかっていたであろう、気が付けば明るかった玄関は電気をつけないと周囲の様子がわからないほど暗くなっている。
「はいお疲れ様でした……」
さすがに疲れたぜ……いくら暖房が効いているといってもこの玄関先じゃあ身体も冷えてきたし、温かいところに行きたいよ。
身震いをする呼人の対してその女の子は首を傾げるが、やがてその足元にある箱に気がつく。
「あら? これは……HALCの箱?」
その一言に気がついた呼人は、未里の家で預かられていたその箱に気がつき持ち上げる。
「あぁ、これも今日届いた物だったよな……」
「そうでしたか、オプションまでご購入いただけるとは、重ねて御礼申し上げます、ありがとうございます」
深々と頭を下げると女の子はその箱を呼人から受け取ると、嬉しそうな表情でその箱を開封し始める。
なんだかまるで小さな女の子がプレゼントを貰ってその箱を開けているような感じだな? そういえば……。
「あのさ……君は一体誰なんだ?」
やっと聞きたかった事を口に出して聞くことができ、その満足感で呼人は一杯になった。
「あたしですか?」
箱を広げながら呼人の質問に首をかしげる女の子は、あごに人差し指を当てながら少し考えたような様子を見せる。
「そう、君の名前は? 一体何者なんだ?」
聞きたかったことを聞いた事によってそれが雪解けの水のように一気に沸きあがってきては口を突く。
「あたしの名前……『RUMNE』です」
「らむね?」
本当の発音は違うのかもしれないけれど、呼人にはそう聞こえそれを声にして口に出すと、その女の子は嬉しそうな顔をして呼人の顔をジッと見つめる。
「はい、あたしの名前は『らむね』です」
「そうしておいらが『ふぉっくす』だ、よろしくな」
らむねの持っていた箱がいつの間にか開かれ、その中からそんな声が聞こえてくる。
「それで?」
冷え切った体を温めるため呼人は居間に場所を移すが、そこにはさっきからずっとそれを持続させていたのであろう奈穂が、ソファーにどっかりと座り込みながら不機嫌そうな顔をして呼人とらむねの顔を交互に見る。
「よくわからん……これが親父からのメッセージらしい」
呼人は箱に同封されていた奈穂宛(らしい)封筒を渡し、赤々と点いているストーブの前にその冷えた身体を置く。
だぁ〜、生き返るぜぇ……凍っていた細胞が一つ一つ溶けてゆくみたいだ。
幸せそうな顔をする呼人の事を見守るらむねの胸にはキタキツネのぬいぐるみのようなものが抱かれており、見た目だけだと小さな女の子がキツネのぬいぐるみを抱いている図といった感じであるが……。
「ようよう、このお姉ちゃんは一体誰なんだ?」
まるでガラの悪いオヤジのような言い回しで口を開くそのキツネ……、それを現実として認めなければいけないということは俺の真意に反するような気がする。
らむねの胸でうごめく見た目だけは可愛らしいそのぬいぐるみは、らむねの説明によると、らむねのオプション品であり、いわゆる『インターフェイス』と言われるものになるらしいが、パソコンにはまったく縁のない呼人はその意味すらも良くわからない。
簡単に言えば、らむねの力を最大限に高めるための装置らしいが、ずいぶんと偉そうな態度にエロ親父のような言い回しは自分の親父を思い出すぜ。
「うるさいよ『ふぉっくす』今はコマンド待ちの状態の筈でしょ?」
ペシッとらむねはそのキツネの頭を叩くと、そのキツネは抗議の目をらむねに向ける。
「なんだよぉ〜、だってみんなに紹介するって言うのがオーナーの宿命だろ? それをこんなところで待たせるなんてオーナーの風上にも置けないぜ」
しかし、らむねはそんなふぉっくすの意見など無視し、呼人たちをニコニコと見つめている。
「ちぇ! 何だよ……」
可愛らしいその姿とはまったく違った口の利き方をするふぉくすは、舌打ちをしながらその口を沈黙させる。
「なるほど……」
便箋を折りたたみ、ため息交じりで奈穂がらむねの事を見ると、らむねは無意識に背筋を伸ばし、ちょっと緊張した表情を浮かべる。
「あの……よろしくお願いします」
恐る恐る奈穂の顔を見ながら言うらむねの視線をスルーし、呼人の事をみる奈穂の顔は、諦めにも似たような表情が浮かぶ。
「な、何だよ……俺は何も悪い事していないぞ?」
完全に奈穂のその気迫にビビッている呼人に、大きなため息をつきながら立ち上がり、らむねに近づく。
「エッと……」
らむねもその様子に戸惑っているが、表情のあるキツネのぬいぐるみはなにやら嬉しそうな表情をしており、今にもその尻尾を振るのではないかと思う。
「ようは、あたしたちのお目付け役兼家政婦ということのようだな……」
奈穂の視線は厳しいがままらむねのことを見つめているが、その先にいるらむねはなにやらホッとしたような表情に変わり、にっこりと微笑む。
「はい! あたしの役目は皆さんの安全確保と、生活の補助を役目としております、あたしの言語認識メモリーではそれを『メイド』と認識しております」
奈穂と呼人は息を合わせたようにがっくりとその場にヘタリ込む。
メイドって……イメージがまったく違うような気がするんですけれど……それに安全の確保って一体なんなんだ? まるで正義の味方のようではないか?
「あのなぁ……一つだけ確認していいか?」
奈穂は、眉間にできたしわを確認するように指でそれをなぞりながららむねの顔を見上げるが、その表情はさっきまでの険しい顔はない。
「はい? どうぞ……一部には企業秘密があってプロテクトされているところもありますからお答えできない部分もありますが……」
なんだか本当にSFチックになってきたな……。
そんな二人のやり取りを呼人はドキドキしながら見つめるが、その二人の表情はなにやら分かち合ったようなそんな表情を浮かべあっている。
「あんた……らむねはロボットなのか?」
呼人の力が一気に抜け、危うく目の前に置かれていた茶碗をひっくり返すところだった。
さっきの経緯を考えればらむねが通常の人間ではないということは一目瞭然ではないか、しかもロボットときたか……奈穂は一体いくつなんだ?
らむねは意外にもその質問に対してちょっとムッとしたように頬を膨らませている。
「ロボットじゃありません、あたしはアンドロイドです……あんな無骨なものと一緒にしないでください」
力一杯に否定するそのらむねの勢いにちょっと気圧されしたような表情を奈穂は浮かべたが、やがて楽しそうに笑い出す。
「ウフフ……アハハハ! 面白い娘だ、本当に良くできている、恐れ入ったよ……」
奈穂のそんな姿にらむねと呼人は驚いた顔をして顔を見合わせる。
「気に入った……これで美味くもない呼人の飯を食わないですむと思うとそれだけで万々歳だ、料理は大丈夫なんだろうな?」
奈穂は意地の悪い顔をしながららむねの顔を見るが、そのらむねは一瞬躊躇しながらも満面の笑みを浮かべながら大きく首を縦に振る。
「難しい料理はちょっとですけれど、簡単なものであれば大丈夫です!」
自信に満ちたらむねに対して奈穂は再び嬉しそうな顔をして笑い出す。
「よぉよぉ、自己紹介わぁ」
存在自体を忘れ去られそうになったことに気がついたのか、らむねの腕の中のキツネのぬいぐるみは不満げに声をあげる。
いや、本当に存在を忘れたかったんだけれど……。
奈穂と呼人の視線がそのぬいぐるみに向く。
「なんなんだ、その不細工なぬいぐるみは……出来損ないの犬か?」
そういえば、奈穂はこういうぬいぐるみ系にはまったくと言ってもいいほど興味を示さないということに気がつく。
「ぶ、ぶ、ぶ」
らむねの腕の中で自分がキツネの格好をしていることを忘れたかのようにブブブと呻いているが、そんなこと関係ないと言う様な顔で奈穂はそのキツネに視線を向ける。
「これは失礼、豚だったのかな?」
キツネの表情はまさに血管が切れる寸前(そんな物があるかどうかは知らないけれど)のようで、バイブレーション機能を持っているぬいぐるみのようにブルブル震えている。
「馬鹿にすな! こうみえてもHALインターフェースの中でも最上位モデルである、このおいらを馬鹿にするとは上等だ、HALインターフェース七一一型寒冷地仕様タイプKKの実力を見せてあげよう!」
ふぉっくすのガラス玉の瞳がキラリと光る。
「だから言っているだろ? あれはキツネなんだよ……俺的には結構可愛いと思うけれど」
「お前は昔からそういうものが好きだったからなぁ……」
「でも呼人様が言うとおりですよ、一応これでも周囲にわからないようにカモフラージュしているんですから……あまりそんな事を言うとこの子も報われないと思います」
「その呼人様と呼ぶのはやめてくれないかな?」
「だったらなんて呼んだらいいですかね?」
「ご主人様なんてどうだ? 呼人も好きなんじゃないか?」
ふぉっくすがブルブルとバイブレーションを始めるが、その周囲にいる人たちはまるっきり無視したような格好で違う話に講じている。
「無視かよぉ〜!」
ふぉっくすの叫び声が古い洋館の中に響き渡る……それでも無視されているけれど……。
=再びの来訪者=
「お待たせいたしましたぁ〜、冷蔵庫の中に残っていたもので作ったものなのでご満足いただけるかわかりませんけれど……」
二人の目の前に置かれたものは暖かそうに湯気を立て、いい香りを放っている煮物に、海鮮のおいしいこの街に似合っている焼き魚というもので、忘れていた数年前の食卓を思い出させるには十分なものだった。
「これはすごいねぇ……」
呼人は思わず目を見開き、その腕に舌を巻く。
「あぁ、ロボットがここまでやるとは思っていなかった」
奈穂は、箸をカチカチと鳴らしながら、目の前に広がるそのおかず群に目を輝かせている。
「ロボットじゃありませんよぉ、アンドロイドと言ってくださいませ……さっ、ご主人様食べてください、冷めてしまうと美味しくありませんから」
らむねはそう言いながら、どこから持って来たのかわからないが割烹着の裾で手を拭く。
一体そのコスチュームはどこから持ってきたんだ?
らむねのその様相に呼人は苦笑いしながら、目の前にあったその焼き魚に箸を進めていると、この家に引っ越してきて初めてかも知れない呼び鈴の音がする。
「お客さんのようですね?」
らむねはそう言いながら割烹着のリボンを解きながらそれに対応しようと席を立つが、呼人と奈穂は慌ててそれを制止する。
「うぁった……ちょっと待て!」
そんな二人に対してらむねは小首をかしげながら疑問符を投げかける。
「どうしたんですか? ご主人様」
それだ……それが何よりも問題のような気がする……もし知っている人間が玄関先にいて、俺の事を『ご主人さまぁ〜』などと呼ぶ女の子がいたとしたらどうだ、翌日の学校の話題は俺独り占めの状態になることは目に見えている。
呼人は勤めて優しくらむねを席に着くように促す。
「ここはいい、俺が出るから、お前は大人しくしていろ……いいな?」
幼子に言うように呼人に対して、らむねは嬉しそうに大きく頭を縦に振る。
「はい! らむねはここで待っています! だから何かあったらすぐに呼んでくださいね、すぐに助けに行きますから、ご主人様!」
助けに行くって、一体何をなんだ?
作り笑いを浮かべながら呼人は玄関先に向かって歩いてゆくと、待ちきれないかのように再び呼び鈴が鳴るが、この古い家にインターフォンのように家の中にいながら外の様子がわかるものはなく、呼人は唯一それを確認するためのドアについている小窓に顔を近づける。
「……ど、どちら様ですか?」
恐る恐るその小窓を覗き込むが、その先に人影は見えないが、何者かがいる気配だけは呼人の感覚に訴えかけている。
一体誰なんだ? こんな時間に、しかもこの家に訪れるなんて……。
相手がわからない以上、さらに大きな確認点が必要になってくる……それは、この扉を開く必要性があるということ……。
呼人はゴクッと息を呑みながら鍵を開け、その重い扉をゆっくりと開く。
「――あの……どちら様……で……」
ゆっくりと光の漏れるその先にいたのは、おそらく呼人より背が低いであろう男性がちょこんという感じに立っており、その顔はまるで今にも凍えて遭難しそうな顔をしている。
「ここは端野家で間違いないか?」
キャップを後ろ向きにかぶっているその男性は、まるで少年のようだが、その整った顔の造形からは呼人よりも年輪を重ねているように見える。
「は? はぁ、そうですが……一体あなたは……」
呼人が『一体』と言った所でその男性は身体をその家の中に強引といっても過言で無いように入れ込んでくる。
「良かったぜぇ、やっと見つけたぁ」
呼人が抗議しようとしているときには既に玄関先で、履いていたブーツを脱ぎ、ホッとしたような表情を浮かべていた。
「ちょ、ちょっと、一体あなたは誰なんですか?」
その呼人の声に奈穂が居間から面倒臭そうに顔を出すと、今まで遭難しそうな顔をしていたその男性の顔が一気に生気が戻る。
「お嬢さんもこの端野家のご関係者ですか?」
シュタッという音が聞こえそうなほどにその男性は体制を整え、目にも止まらぬ速さで奈穂の隣に立っている。
な、何だ? この人は、どうやらうちを訪ねてきたようだけれど……。
呼人の視線の先で、奈穂の表情はいつもと同じでまるで怯んだような様子は見えない。
「――間違いなく関係者だ、そういう部外者には出て行ってもらいたいのだが?」
さりげなく奈穂の肩に回ろうとしている手を、うるさそうに奈穂は払い除けながら軽くその顔を睨みつけるが、その男性は怯むことなく、むしろ楽しそうな笑みを浮かべる。
「部外者……今はそうかもしれないけれど、でも関係者なんだよねぇ……それとももっと親密になるかい?」
ニヒルに微笑んだつもりであろうが、その言葉の途中で奈穂に足を思いっきり踏まれ、その出来あがった綺麗な顔を面白いほど歪める。
「いっ!」
「痛いとか言う前に自己紹介をしたほうがいいと思うよ? そうしないと不法侵入で鎖付きのブレスレットを両手につけることになるかも……」
「エスコートをしてくれるのは地方公務員の方で、車は白黒の赤灯のオプション付き?」
奈穂の嫌味にしっかりと話しを合わせる男性はニヤリとしながら、周囲を見渡すと奈穂はちょっと意表をつかれたというような顔をする。
「しかしこんなに可愛らしい女性の目の前で名乗らないというのは確かにマナー違反だな? 失礼した……コホン」
男性は後ろ向きにかぶっていたキャップを脱ぎ、背筋を伸ばしながら咳払いを一つする。
「はじめましてになるだろうな? 俺は有馬慎吾、二十一歳、五稜大学三年生だ……休学していたから来年も三年のままだが……」
ニッと笑いながら慎吾は呼人の顔を見る、その顔ははじめて会ったと言うよりも、再会できたと言うような表情にも見える。
「端野の親父さんに借りがあってな、その借りを返すために二人の面倒を頼まれたということなんだが……お前ら親父さんから何も聞いていないのか?」
あの親父が人に貸しを作る? それだけでも結構な衝撃の事実なのだが、それ以上に、この人が俺たちの面倒を見る? どういう意味だ?
呼人は助けを請うような顔で奈穂に視線を向けるが、奈穂も同じ気持ちであったのであろう、同じような目線で呼人の事を見ている。
「呼人の手紙にそんな事は書いてあったのか?」
奈穂の恨むような顔に、呼人は全身全霊を込めて否定を意味するように首を横に振る。
「奈穂の方には?」
呼人の言葉に奈穂も力なく首を横に振る。
まぁ、親父らしいといえばそうかもしれないな……重要な事柄はいつも後回しにする。ここに引っ越す時がそうだった。学校に行っていきなり転校の事実を先生から言われた時は、一瞬意識が無くなったし、家に帰れば荷物が綺麗に無くなり、代わりにこの家の住所と二人分の航空チケットが入っていた封筒が置かれていた。
「あのぉ〜、お取り込み中とは思いますが……」
居間からオズオズと言った感じでらむねが顔を出した瞬間、呼人と奈穂は思わず顔を見合わせ、互いを罵る様な表情を浮かべる。
しまったぁ――――! 親父に頼まれたからこの家に来たということは、間違いなく我が家の家族構成をこの男は知っているはずで、それ以外に登場人物がいる、しかも女の子があんな割烹着姿でいるということは、間違いなく誤解されてもおかしくないシチュエーションであり、しかもその登場人物が女の子という事は役所としては……。
うなだれる呼人を押しのけるように慎吾はらむね顔を興味津々な顔で覗き込むが、その視線に、らむねはうろたえた様にオドオドしている。
「ほぉ〜、ハルク社製かぁ……親父さんもだいぶ奮発したようだな」
傍目から見ると怪しい男が、女の子をつま先から頭のてっぺんまで眺めているようなそんな構図が出来上がりそうな様子である。
えっ? はるく? って……何?
呼人の頭の上にはさっきからクエスチョンマークで一杯になっており、既にそれはこぼれ落ちているのではないかと言わんばかりになっている。
「エッと……」
意外だったのは、最初にその疑問に声をかけたのが奈穂だったという事だ。
「はい! 端野奈穂さん!」
慎吾は、シュタッと『Boys Be Ambitious』風に人差し指を奈穂に向けると、その指先の奈穂は燻しげな顔をしながら慎吾の顔を見つめてため息をつく。
「――あんたはらむねの事を知っているのか? 以前に……あんたは一体何者なんだ?」
奈穂の顔は、いつになく真剣な表情で、冗談が通用するような感じではなくまっすぐに慎吾の顔を見据えている。
そうだ、らむねの事を見てすぐにその存在を受け入れることができるという事は、少なからずともこのカラクリについて知っているという事になるはず……ということは、この事態に精通しているという事になる。
「俺か? 俺は……」
慎吾の次の言葉に期待と不安を込めて、呼人と奈穂は目を瞑っている慎吾に視線を集中させ息を呑む。
「俺は……ただの居候という事になるのかな? しかも、メイドさん付きと言う恵まれた環境の元で……」
おどけた様に慎吾は言うものの、奈穂の真剣な表情はそんな事で緩む事は無く、むしろ厳しさを増したその視線に対して、慎吾はそのにやけた表情を真剣に戻す。
「……わかったよ、話すから、そんな敵を見るような目で見ないでくれよ……」
慎吾は諦めたように両手を方の高さまで手をあげてわざとらしく首を振り厳しいその視線にちょっと怖気た様な表情を浮かべる。
「だったら早く言うんだな……」
奈穂の視線はまるでピストルを突きつけるように慎吾を見ながら、どこと無く勝ち誇ったような顔をする。
「――わかったよ……親父さんには俺が言ったなんて言わないでくれよ? こう見えたって結構ナーバスな問題なんだから……」
ため息混じりに慎吾が肩を落としながら首をクキクキと鳴らす様子を、息を呑みながら呼人と奈穂は見つめている。
「エッと、承っている伝言はいかがいたしましょうか?」
今はそれどころではない! と言いたいところであったが、あまりにも悲しそうな顔をしてらむねが俺の事を見るため、仕方がなしに相手だけ聞いておく事にする。いわゆる留守番電話の内容を聞くのと同じ事だ。
「だれから聞いているんだ?」
呼人が反応を返した事が嬉しかったのか、らむねは笑顔を浮かべる。
「はい! エッと『端野隆二』様です」
らむねの告げたその名前に呼人はもちろんの事、奈穂と慎吾も顔色を変えてらむねの顔を覗き込む。
「お父さんからか?」
余談ではあるが、普段は言葉遣いがあまりよろしくない奈穂だが、親の呼び方だけは『お父さん』と『お母さん』で、その言い方がちょっと可愛いかなと思ったりもするが、それを口に出せば恐らく『可愛くない事』を三倍ぐらいにして返してきそうなので本人には伝えていない。
「はい、伝言を再生いたしますか?」
――やはり留守番電話のようだ……。
「ほぉ、インターフェイスは犬型か?」
呼人と奈穂、慎吾の三人はらむねに誘われるように居間に戻ると、偉そうな態度で座っているキツネ型のヌイグルミがその中心にいる。
「オレのどこを見れば犬に見えるんだ! キツネに決まっているだろう、キ・ツ・ネ!」
俺的にはキツネと思うのだが、徐々に心配になってきたぜ? しかしふぉっくすと名乗る以上はやはりキツネだと思うが……。
「冗談だ……ハルインターフェイス、タイプ七一一型だろ?」
慎吾は楽しそうにふぉっくすの事を抱き上げる。
「よせ、オレは男の抱かれる趣味はない、そんなゴツゴツした手で抱き上げないでくれ」
心底嫌そうに動かす事のできる前足後足を使いバタバタと動かすが、生憎自力走行まではできないため、言葉と態度でしか拒否する事ができないでいた。
「お茶をどうぞ」
いつの間にからむねは台所に行って慎吾用にお茶を入れてきたようだ。本当に良く出来ていると言うか、どっかの誰かさんとは大違いだな……。
呼人はあぐらを掻きながらドッカリと腰を据え、敵を見るような目で慎吾の事を睨みつけている奈穂の事をチラッと見て、気が付かれない様にため息をつく。
「これはわざわざご丁寧に……君の名前はなんて言うんだい?」
慎吾はお茶を差し出すらむねの顔を優しく微笑みながら見上げると、それにつられたようにらむねは微笑み返す。
名前? 知っているような事をさっき言っていたじゃないか?
呼人はそんな事を言う慎吾を不思議そうな顔をして見ると慎吾と視線がかち合い、それに対して慎吾は呼人にウィンクして答える。
「はい、らむねです」
戸惑い無くきちんと答えるらむねは、嬉しそうな顔をして呼人の事を見る。
「そうか、呼人君が名付け親か」
「はいご主人様が付けてくれました」
ニッコリと微笑みながららむねが言うと、慎吾も微笑み返し、再び呼人にウィンクを飛ばす。
おそらくこの人は、俺がらむねのオーナーだという事を知りたかったのであろう、それでらむねに対してそんな質問をしたに違いない……一体この人は何者なんだ? さっきから話をしていてもこの人の目的がまったくわからない。
「らむね、さっさとさっき言っていた伝言とやらを聞かせてくれ」
苛立った様子の奈穂は視線をらむねに向けると、当のらむねはその表情にちょっと怯えた様子を見せるが、コクリと首を立てに振り、足元に転がっていたふぉっくすを腕に抱く。
「ん? 仕事か?」
ふぉっくすはそう言いながららむねの目を見ると、らむねは真剣な顔をしてそのガラス球の目を見つめる。傍目から見るとなにやら怪しげな儀式のようにも見えるその様子に、三人は息を殺して見守る。
「――認識しました、コードを実行します……バックアップファイルは作成されません」
いきなりふぉっくすの声質が変わり、さっきまでの声とは違って、まるでアナウンサーのような声で話し出すが、呼人にはその言葉の意味は良くわからないせいか、首をかしげている。
「実行してよろしいでしょうか? このプログラムは一度実行されると再度実行する事はできません」
アナウンサー声のふぉっくすを抱いたらむねは、呼人の顔をじっと見つめる、その様子は思わず頷かなければいけないと言う衝動を呼人に与えるようなものだった。
「かしこまりました、実施して良いと認識させていただきます、それでは再生いたします」
らむねはそう言いながら目を瞑り、腕に抱いたふぉっくすをギュッと抱きしめると、人並より大きいであろうその胸が包み込むように形を歪め、その瞬間ふぉっくすの目がキラリと光ると、三人の目の前にオーロラのような滲んだ光のカーテンが出来上がり、その光が収縮するとなにやら物体が浮かび上がってくる。