第四話 宿命とは……。



=困らせるもの=

「……親父……か?」

 収縮してゆく光の中に浮かび上がってゆくのが人物であると言うことが分かりはじめた時、呼人はその見覚えのある風貌に思わず呟く。

「お父さん?」

 奈穂も呼人のその言葉にその人物像を目を細めながら見ながら事実を確認すると、フッと小さなため息をつく。

「ホロスコープか?」

 立体的に見える姉弟の父親である隆二の姿が、少しノイズが入りながらもその姿をみんなの前に現すと、慎吾が感嘆の声を上げる。

『……よぉ〜……これでいいのかな?』

 昔のテレビ番組で出てきたとあるグループのリーダーのように右手をズイッと挙げるその姿はなんとなく照れくさそうにしている。そんな親父の姿に、呼人と奈穂は一気に脱力する。

 なんなんだ……まるで初めてビデオカメラの前に立った子供みたいな、その照れくさそうにはにかんだ顔は……少なくとも自分の子供に見せる顔ではないと思うが……。

 隣で固唾を呑んでいた奈穂の顔を見ると、その顔にも苦笑いが浮かんでいた。

『ん、んんん……ゴホン! 奈穂、呼人……』

 ムニュムニュっと口を引き締めながら、真剣な顔を作る隆二であるが、それまでの姿を見てしまった三人は互いに顔を見合わせながら苦笑いを浮かべ無言で続く台詞を待つ。

『いつも親らしい事ができなくって申し訳ないと思っている、特に多感な年頃になった二人には、色々な悩みもあるだろう、しかし、二人の近くについていてあげられない俺たちもやはりつらいと言う事を覚えておいて欲しい……』

 さっきまでのおどけた表情を取り消すように言う隆二の一言一言に、次第に姉弟の身体は前に乗り出すようになってくる。

『――そうして、これからも辛い思いをさせる事に対しても、頭を下げる……しかし、お前たちは生憎なのであろう……選ばれてしまったのだ、そうしてこれから……を守っていかなければいけないのだ……が、お前たちには…………がある……によって……なんだ……』

 徐々にノイズが激しくなり、隆二の言っている言葉が不明瞭になってゆき、その姿自体もゆがみ始めると、奈穂はさらに身を乗り出しながら必死にその言葉を聞き取ろうと形振り構わないでいる。

 な、奈穂?

 その姿に呼人は首をかしげているものの、その耳も同じように必死に隆二のその言葉の一句一句を聞き漏らさないように欹てている。

『……奈穂、呼人……お前たちは強いと俺は思っている、だから……』

 一瞬であったがその画像の片隅に母親である女性の姿が見えた、その瞬間その滲んだような画像が消え、静寂が居間に横たわる。

「…………」

 重苦しい静寂、どこからなく聞こえる時計の秒針が時間を次げる音がさらにその静寂に輪をかけ、それを破るような深いため息が姉弟の二人から同時につかれる。

「――一体なんだったんだ?」

 始めに言葉らしい言葉を吐いたのは奈穂だった。

「分からん……重要なところが欠落しているとしか言いようがないな……」

 呼人も今までの経緯が、まるで夢の中で起こったような気がしてらむねの胸の中で幸せそうな顔をしているふぉっくすの顔を睨みつける。

「な、何だよ……オレは純粋にそのプログラムを実施しただけだぜ? 感謝される事はあっても怨まれる筋合いはないぜ?」

 ちょっと動揺するような仕草をするふぉっくすに、二人の姉弟の視線が冷たく突き刺さり、それに対して明らかに慌てたようにらむねの胸に顔をうずめる。

 と言うよりも、さっきまでのアナウンサーのような饒舌さはどこにいったんだ? まるで今のお前のその姿はシドロモドロになっている被告人みたいではないか?

 らむねに抱かれながらもビクビクしているそのぬいぐるみの頭をむんずと掴み持ち上げたのは奈穂の手だった。

「あぁ、乱暴に扱わないでください、一応こう見えても精密機械なんですからぁ」

 ――一応って、自分で言うなよ……。

「だったらさっきの傷だらけのレコードみたいな再生は一体なんだ? このデジタル時代にあんなアナログチックな物を見せられたら誰だって怒るだろう? しかも肝心な所がまったく分からない、分かった事はお父さんとお母さんが、この世のどこかに生存しているということだけではないか!」

 奈穂の言う通りだ、親父とお袋が元気でいるという事しかわからない、まるで田舎の親が都会にいる子供に宛てたビデオレターのような物にしか見えなかった。

「おいらのせいじゃないよ! 元のデータを忠実に再生しただけで、おいらの回路がイカレているとかじゃないんだよぉ」

 助けを請うような目をしてふぉっくすは奈穂の顔を見るが、その怒りは収まらないようで、持ち上げている奈穂の腕はフルフルと震えている。

 泣いているのか?

 腕の震えはふぉっくすに対する怒りだけではないようで、うつむき加減の奈穂の頬に何か光るものが見え、よく見れば、その光るものの源流は潤みきっているその切れ長な瞳であった。

「奈穂……」

「うるさい、話しかけるな……」

 奈穂はそう言い、涙を流している事を呼人に悟られまいとそっぽを向くが、その震えた声は隠すことができなかった。

「――ご両親は元気にしているのは今のでよくわかったと思うが、この街に二人を引越しさせたのには理由がある……どうやらジャミングが入ってしまったようでうまく伝える事ができなかったようだが」

 今まで黙り込んでいた慎吾が口を開き、不思議そうに虚空を見つめていたらむねの頭をポンと叩く。

「ジャミングですか? データチェックの中にはそんなものはなかったのですが」

 らむねは慎吾の顔を怪訝な顔をして見上げる。

「それはそうだろう、データーでのジャミングでは無くって、直接映像に対してのジャミングなのだからな?」

 慎吾は真剣な顔をして周囲を見渡し、その視線が一点を見据える。

 なんだ?

 呼人がその視線を追うようにするが、そこに何かがあるわけではなく、ただ普通に染みのある天井であった。

「呼人君……」

 慎吾が呼人に対して耳打ちをする。

 なっ?

「何でそんな事を……」

 ヒソッと耳打ちされた呼人は頬を赤らめ戸惑ったような表情を浮かべながら慎吾の顔を睨みつけるが、対する慎吾の表情は真剣なままだ。

「これから必要になる事なんだ……君がオーナーなのであれば君のコマンドにしか反応しないはずなんだ」

 何で俺がそんな事をしなければいけないんだ……まるでどこにでもあるような三流のSFアニメみたいじゃないか。

 なおの事拒否の姿勢を貫く呼人に、慎吾は真剣な顔をしながらさっき見上げた染み付きの天井を見上げる。

「ご主人様、何か変な感じがします、警戒したほうがいいと思います」

 さっきまでニコニコしていたらむねの顔から笑顔が消え、慎吾が見つめている空間と同じ場所を毅然とした表情を浮かべている。普通ではないその様子に、呼人と奈穂は顔を見合わせ、息を合わせたように注目を浴びているその空間を見上げる。



=敵……?=

「警告します、ランクCの物が接近しています、警戒態勢を引いてください」

 奈穂にぶら下げられたままのふぉっくすが、再びアナウンサー声に変わる。

 警戒態勢? ランクC?

 呼人は首をかしげているが、らむねと慎吾の視線はその呼人の事をじっと見つめている。

「呼人君……」

「ご主人様……」

 一体なんだと言うんだ? これではまるで本当にその三流SFアニメの主人公みたいではないか……かなり恥ずかしいぞ?

 困ったようにうつむき、二人の顔を見るが、やがてその真剣な眼差しに気合負けしたようにため息を一つ付きながら顔を上げる。

「――分かったよ……やればいいんだろ?」

 呼人のその一言に慎吾はニヤリとし、奈穂は事の経緯がわからないように首をかしげ、らむねはニッコリと微笑む。

「何だったっけ? エッと確か『防御コマンドsoraを実行……』後なんだったっけ?」

 呼人が助けを請うように慎吾を見ると、苦笑いを浮かべる慎吾が呼人に耳打ちする。

「そっか、エッと『認識コマンドはすべてフリーにし、最優先事項プログラムを起動させろ』これで良かったっけ?」

 呼人は照れくさそうに慎吾の顔をみると、音に出さないで拍手をする素振りを見せ、視線をらむねに向ける、その視線の先のらむねはさっきまでと様子が違っていた。

 一瞬忘れていたけれどらむねはアンドロイドだったんだよな? どんなに珍しい人間でも、こんな音を立てながら動くやつはいないはずだ。

 そんな思いを呼人に思い出させるような機械的な音を立てながららむねの瞳は、今までの濃緑色から、まさに『空』色に変化し、それまでニコニコしていた幼さをもった表情とはまったく違う顔つきになり、臨戦態勢である事がわかるような凛々しい顔をしていた。

「呼人君よく見ておくんだな、これから君たちを悩ませる相手だ」

 慎吾に促されながららむねの視線を向けている宙を見ると、それまで何もなかった空間が、変な色……例えて言うならば蛍光グリーンと言うのだろうか、半透明な色の付いた霧が渦を巻くように広がっていく。

「な、なんなんだ?」

 呼人が腰を抜かさんばかりに後退りをすると、奈穂にぶつかる。

「これが……これが……PHS……なのか?」

 怯えたように呼人の肩を握り締めるその指先から、奈穂の呟きが聞こえてくる。

 PHS? ピッチ?

 呼人が振り向くと、奈穂は険しい顔をしているものの、小刻みに震えていることがその毛先の揺れでよくわかる。

「そうだ、これがプロトタイプホモサピエンス……通称PHSだ」

 その変な色をした霧を慎吾は腕組みをしながら見つめる。

「……何なんですか? そのPHSって……」

 どうやら奈穂はこの霧の正体を知っているようだし、慎吾はその理由を知っているようだ、しかし、俺にはただの変な霧にしか見えない。

「Prototype Homo Sapiens……人間にもなれない、かといって霊体でも無い、まるで『出来損ない』みたいな存在がそれだ……あたしも見るのは初めてだがな?」

 意外に回答は慎吾から出なく奈穂からだった。

「何で奈穂が知っているんだ? 俺たちを悩ませる相手って一体なんなんだ?」

 周囲が次第に騒がしくなり始める、気のせいではない空気の流れ……風が部屋の中に吹き始め、視線を向けるらむねの甘栗色の髪の毛は騒々しそうにはためいている。

「この街に『五稜郭』と言うのがあるのは知っているよな?」

 慎吾は視線をそのままに呼人に質問を投げかける。

「函館一の歓楽街……後は、箱館戦争の舞台と言うぐらいなら……」

 呼人が持っている知識を振り絞ってその質問に答える。

「そうだ、日本で初めての西洋式城郭で榎本武揚や土方歳三ら旧幕府軍が最後の砦とした五稜郭は星の形をしている事で有名だよな? まぁ、その形を見ることの出来ないためにタワーを高くして見えるようにするようだが……まぁそんなことはどうでもいい、その五陵の形と言うのは、占星術で、結界を意味するものであり、魔を取り入れないようにするものを表す、しかし、不完全な形になってしまったため逆に魔を寄せるものになってしまったらしい」

 前髪を揺らしながらその霧を見つめ慎吾が言う言葉が、呼人の頭の中をすり抜けて行く。

「ようは『五稜郭』も出来損ないなんだよ……結界を張るつもりで作った城が、逆に魔を呼び寄せるものになってしまったと言うことだ」

 奈穂が慎吾の言葉を補完するように言うが、呼人はその台詞がテレビの向こうで話されているような気になって仕方が無かった。

「ふぉっくす! 結界を張って」

 らむねがふぉっくすに声をかけるとほぼ同時に霧の密度が濃くなり、やがてそれが物体になってゆくことがやけにスローに感じる。

「イエスマスター」

 相変わらずアナウンサー声のふぉっくすがそう言うとそのガラス玉で出来た瞳から鮮やかな色の光が放たれ、その光が見る見るうちに帯状になるとみんなを含めた居間を覆う。

「ふぉっくす! 何でみんな一緒なのよぉ〜」

 らむねはそれまでの凛々しい表情から一変して情けない顔になり、床に転がっているフォックスの事を睨みつける。

「マスターのコマンド通りですが?」

 確かにそうだな? らむねは『結界を張れ』と言っただけで、みんなを保護しろと言う命令は下していない……それにしても融通の利かないキツネだなぁ。

 呼人はうなだれるようにしてらむねを見るが、その顔は凛々しい顔に再び変わり、浮かび上がり始めた物を睨んでいる。

「な、なんなんだ……あれは一体……」

 呼人の肩につかまりながら奈穂が声を絞り出すようにいうことは、呼人も同じ考えだった。

 一体なんなんだ? 鳥とも違うし、人でもない……昔ギリシャ神話に出てきたような形状ではあるが、そんなに格好の良いものでなく、むしろそれはオカルトチックと言って過言ではないと思う……だって、人間の足に鳥の体、人の顔をしているが鳥の頭部……飛ぶ事ができるであろうその翼の内側にはご丁寧に手まである。

「あれがPHS……我々は『出来損ない』と呼んでいるものだ」

 鳥の頭についた顔はその目でらむねの事を見ると、敵と言う事に気が付いたのか、全身を覆っている毛を膨らませる。

「鳥なのか? 人間なのか?」

 呼人の台詞に慎吾はため息をつきながらその気持ちの悪い物体を見る。

「わからん……生物学上でも解明できないし、このPHSの存在自体を説明できる根拠などこの世には存在しない……乱暴に根拠をつけるのなら神の悪戯としておくしかないだろう、そうでもしなければ、この目の前にある事実を理解する事ができない」

 俺は神様がこんな物を創るとは思えないが、でも人工的に作られたものではないと言う事だけは確かだな……美的感覚ゼロだ。

 呼人がそのものから視線をそらした瞬間、目の前がまばゆく光に包まれ、続いて轟音と共に家が揺れると、その見上げた先で、らむねとその訳の分からない物体が交錯し、その都度スパークしたかのように眩い閃光をあげている。

「らむねを造ったハルク社……Hyper Android Lady Company、HALC社は、見ての通り対PHS迎撃用のアンドロイドを作っている会社、まぁ表向きはコンピューターを造っている事になっているがね? 最近日本だけではなく、世界各地でこのPHSが様々な事件を引起していると言われている。たとえば飛行機の墜落事故や、大規模な山火事など、自然災害と言われているうちの八割近くがこのPHSが関係していると言われている、それを事前に察知し、迎撃する為に造られたのがらむねを初めとするアンドロイド『あいあんれでぃー』という事だ」

「迎撃……アンドロイド……あいあんれでぃー」

 まるで映画の中でしか聞く事が無い言葉をポンポンと慎吾は並べるが、呼人はその一つ一つを理解するのにかなり苦労している。

「でも、何で我が家がその渦中にあるんだ? 我が家は普通の公務員の両親の元で暮らしていて、別に正義の味方でもなんでもないんだよ? 関係ないじゃないか……」

 そうだ、我が家の知り合いには正義の味方なんていない、親父もお袋も一般の公務員で、俺と奈穂も普通の高校生だ、奈穂が変なステッキを振り回して変身でもするならわかるかもしれないが、奈穂にそんな特技があるとは聞いた事がないし、想像できないし、そんな姿を思い浮かべたくない……いや思い浮かべた途端に半殺しにあうだろう。

「まぁ、その辺りについては一部機密事項があるようなので俺にも分からんがな? しかし、君たち二人が対象になったという事だけは間違いないだろう」

 慎吾はそう言いながら、今まであった天井の高さを無視したような高さまで舞い上がっているジャージ姿の女の子と鳥の形をした変な物を見上げる。

 だからその機密事項というのは一体なんなんだ? 当事者が知ると言うのは当たり前の権利だと思うけれど……。

「呼人君、そろそろフィニッシュだ」

 慎吾の声に見上げると、鳥もどきは息絶え絶えになっているのか飛び回る速度が落ち、らむねからの攻撃を避けるのが精一杯になっているようだ。

「フィニッシュ?」

 首をかしげる呼人に慎吾が耳打ちし、それを聞いている呼人の顔が再び赤みを帯びてゆく。

「な、何でそんな事を言わなければいけないんだよ! だったら最初からそうすれば済む事なんじゃないのか?」

 真っ赤な顔をしている呼人に、慎吾はまじめな顔をしてその鼻先で人差し指を左右に振る。

「チチチ、相手が弱ってもいないのにいきなり必殺技を使ってどうする? 相手の体力を奪っておいてから最後の必殺技を決める……アニメでもゲームでも、それこそ御老候さまの出てくる時代劇だってそうだろ? いわゆるこれがセオリーだ」

 当然と言う顔をする慎吾に対し、呼人はがっくりと肩を落とす。

 確かにそうかもしれないよ、対戦ゲームなんかでは確かにそうかもしれないけれど、目の前に相手のダメージゲージがあるわけでもなく、何よりも目の前で起きている事は事実だ、ゲームなんかじゃない。

 一瞬その鳥もどきの動きが早くなったかと思うと、らむねに突進する。

「キャァ〜ッ!」

 呼人が躊躇していると、不意を付かれたらむねの脇腹付近を鳥もどきがすり抜けてゆき、その瞬間らむねのジャージの裾が切り裂かれ白い肌が露になる。

「呼人君、早く!」

 床に倒れ込むように下りてきたらむねを見て、呼人は意を決したようにギュッと目をつぶりながら声をあげる。

「らむね! 最終コマンド実行!」

 その声に反応するようにらむねの体が再び宙に飛び上がり、その体を一回転させながら指からビームのような物を放射させるとその光が鳥もどきに命中し、十字架のように広がる。

「ふぉっくす! フォロー!」

 らむねの声に、床に転がっているふぉっくすの口から帯状の光が照射され、その帯が奇声をあげながらもがく鳥もどきを包み込むと、その帯が徐々に収縮してゆき、その中からはまさに断末魔と言うのであろう声が聞こえたかと思うと光は点になりそうして消滅する。

「――デリート完了、ふぉっくす他に反応無いかチェック」

 肩で息をしながららむねは床に下り立ち、ふぉっくすに指示を与えると、力絶えるように片ひざを付く。

「らむね、大丈夫か? 怪我をしたんじゃないのか?」

 呼人はそう言いながら切り裂かれたジャージと、そこから覗く白い肌を見るが、すぐにその行為が恥ずかしいものだと思いだして目を逸らす。

「有難うございますご主人様! 怪我なんてしていません、ちょっとおなかがすいちゃいましたけれど」

 らむねはさっきまでの凛々しい顔から再び幼子のような表情に戻り、ペロッと舌を出しておどける仕草を見せる。

 おなかがすいた? アンドロイドの食べ物? と言うと俺のキャパシティーの中で考えられるのは電気なんだけれど、それでいいのかな?

「らむねのエネルギー源は人間と同じ物、特に炭水化物は燃焼効率がいいみたいだが、特に気にすることは無いようだ……」

 慎吾はさっきまで放り投げられていたらむねの取扱説明書を見ながら、感心したように言う。

 炭水化物をエネルギー源にするアンドロイド? ようは普通にご飯やおかずを食べるって言うことなのか?

 呼人は一瞬食卓でみんなと仲良くご飯を食べるらむねを想像し、それもいいかなと思うが、しかし、彼女がアンドロイドであると言う意味を理解しようという常識がそれを邪魔する。

「ちょっと待って……と言う事はらむねの燃料はご飯と言うことなのかな?」

 呆けた顔をしている呼人に対し、元に戻ったらむねはその一言に嬉しそうに大きく頷き、満面の笑顔を呼人にプレゼントする。

「はい! あたしご飯大好きです! だから美味しいご飯をいっぱい作りますね、ご主人様!」

 ――驚いたよ、ご飯を食べるアンドロイド……か……庶民的なのかな?



「ご馳走様でした」

 満足そうな顔をしてらむねは、空の茶碗を目の前にしながら合掌する。

「お粗末さまでした……」

 呆気にとられたような表情を浮かべる奈穂と呼人、らむねの横ではガツガツと言った形容詞が似合うように食い散らかしている慎吾。

「美味しかったです、呼人さんの料理の腕がこれほどとは思っていませんでした、あたしももっと勉強しなければいけませんね?」

 らむねはちょっと困ったように眉毛を八の字にしながらその食卓を見回す。

 驚いたぜ……本当にご飯を食って味噌汁飲んで、焼き魚食って、煮物を食べたよ……しかも作った人間を幸せにするような笑顔を浮かべながら美味しそうに……。

 決して大食いと言うわけでもなく、普通の基準的な女の子のように小さな茶碗に申し訳程度のご飯を盛り、おかずをついばむその姿は普通の女の子として世間に出してもまったく問題ない、むしろ奈穂の方が大食らいかもしれないぜ?

 呼人の悪意の視線が奈穂に通じたのか、厳しい視線にそれは跳ね返される。

「さて、風呂でも入って明日への英気を養うか」

 これまた満足そうに食い散らかした慎吾が腹をさすりながら意見を述べるとさらに厳しい奈穂の視線が慎吾を突き刺す。

「――あんたはこの家に住むつもりでいるのか?」

 奈穂の意見に慎吾は大袈裟なまでによろめき跪く。

「あの……違ったらごめんなさいなんですけれど、もしかして僕はこの場にいることを拒否されているのかな?」

 上目遣いに奈穂の事を見る慎吾の目はどこと無く潤んでいるようだ。

「うむ、そういうことなら誤る必要は無いな?」

 わが姉ながら、かなり酷い事を仰る……肉親でよかったと痛感するよ。

 奈穂の一言に慎吾は震え上がるような仕草を見せ、怯えた子犬のような顔で奈穂を見つめるが、そんなことは眼中に無いように奈穂はさらに言葉を続ける。

「この家は端野家だ! 得体の知れない人間をおいておくスペースなど無い、そもそも三部屋しかないこの家に貴様を収納する余力は無い、これ以上の正当な理由として他に何があると言うのだ!」

 厳しい奈穂の一言に肩をすくめる慎吾だが、天下の宝刀を抜いたような不敵な笑みを浮かべながら立ち上がる。

「フフフ、であれば簡単な事だ、らむねとふぉっくすで一部屋、呼人君で一部屋、俺と奈穂君で一部屋、これ以上ない完璧な部屋割りがどこにあるか!」

 げし!

 あまりにも惨い音が慎吾から聞こえたかと思うと、そこには慎吾の変わり果てた姿……いや、それでは奈穂がまるで犯罪者のようなので割愛する。

「冗談は顔だけにしろ、この戯け者が!」

 床に横たわる慎吾に対し、奈穂は肩で息をしながら罵詈雑言を投げかけるが、身内の俺からすると、それ以上言わない方がいいんじゃないかとも思う……一応女の子なんだからね?

「あの、差し出がましいようですが、あたしから提案させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 らむねの意見とやらに、奈穂が反応する……よかった、これで身内が犯罪者にならないで済んだ、助かったよらむね。

 もじもじとしながららむねは上目遣いに呼人の顔を見て、その奈穂の表情は徐々に興奮のあまりに紅潮してゆく。

「あたしと呼人さんが一緒……」

「却下だ! 却下に決まっているだろう、血に飢えた狼にネズミを与えるようなものだ!」

 ネズミって……それを言うならウサギとかもう少し可愛いものを与えてあげていただけませんでしょうか奈穂さん……。

 口を開いた瞬間にダメ出しされたらむねはシュンとうなだれるが、隣にいた(置かれた)ふぉっくすは意気揚々と口を開く。

「だったららむねと奈穂とおいらの三人で一緒と言うのはどうだ?」

 瞬時に奈穂に首根っこをつかまれ壁に投げつけられるふぉっくすは、言葉では無い何か変な音を立てながら転がる。

 壊れていなければいいけれど……。

 壁にぶつかり、転げるふぉっくすは息の根が止まったように身動きする気配が無い……が、みんなそんなこと気もしないように意見を交わす。

「やっぱりここは折衷案ということで、ご主人様と慎吾さん、あたしとふぉっくす、奈穂さんというのが妥当だと思いますが」

「う、うむ……不本意ではあるがそれが妥当なような気がする」

「いや、ご不満であるのなら……」

「これ以上言うと本当に表に放り出すぞ?」

「すみません……」

 慎吾が頭を下げると、大体円、みんなが息を合わせたように首をたてに振るが、さっきから動く気配の無いフォックスだけは再びバイブレーションをおこしている。

「みんな鬼や! おいらの事なんて何も考えてくれていないんや!」

 関西弁なのか、ふぉっくすが叫ぶものの、みんなの話題は次に風呂に入る順番に変わり、その声は誰も聞いていないようだった。

第五話へ