第五話 メイドとは……。



=十二月=

「いってらっしゃいませ、ご主人様!」

 冷え切っている玄関先で三つ指をつきながらまるで主婦の鏡といったように呼人の事を送り出すのは、幼顔を満面の笑顔で覆っているらむね。

「だぁ〜寝坊したぜぇ〜! 行って来るよ」

 ちょっと悦に入っている呼人の隣を、ギュンという音と共に疾風の如く走り去って行く慎吾。

 相変わらず朝は弱いようだな? 慎吾さんって……。

 慎吾が作り出したのか、それとも吹き上げてくる海風のせいなのか、そのつむじ風に長めの髪の毛を揺らす奈穂は、まるで何も無かったかのような顔をして呼人の肩に手を置きながらローファーの靴に足を滑り込ませる。

「らむね行ってくる、留守はよろしく頼んだぞ」

 奈穂が顔をキリリとしながら玄関先を見つめると、その視線の先にあるであろう函館湾の穏やかな波がその切れ長な瞳に写ったような気がする。

「はい行ってらっしゃいませ、奈穂さん!」

 らむねの声に後押しされるように玄関を一歩出ると、足元の新雪がギュッと音を鳴らし、それと同時に刺すような冷気が二人の事を包み込む。

「さみ!」

 その冷気にいち早く反応したのは呼人で、らむねの監視下から離れた途端に着ていた学校指定のダッフルコートの襟を立てる。

 校則では禁じられているけれど、やっぱり寒いものは寒いから仕方が無いであろう、わが身を暖めることを誰が禁じえる事ができるか……しかし、寒くないのか? 奈穂の奴は……自分では『意地だ』とか言っていたくせに、相変わらず生足で鳥肌立てているじゃないか。

 呼人がチラリと見る奈穂のその太ももにはストッキングなどの人工的なものは着けられていないで、見ているだけでも痛々しいように赤くなってゆく。

「……奈穂、いい加減諦めたらどうなんだ? 見ているこっちの方が……」

「だったら見るなと言っただろう……これはあたしの意地だ」

 キッと呼人の事を見る奈穂の表情は、寒さに歯の根があっていない様にガチガチと鳴らし顔は凍えたようになっている。

「――わかったよ、女の意地って言うやつなんだろ? でも、あまり冷やすと身体に毒だよ、風邪でも引かれたら俺は……」

 家政婦のように扱われてしまうではないか……、中一の時に奈穂が酷い風邪を引いたときの俺の扱いといったら、まるで奴隷のようだった気がするよ……。

 しかし、そんな苦笑いを浮かべる呼人とは違い奈穂の顔は寒さとは違う赤みが頬を染める。

「わ、わかったよ……少しはましな格好をするように努力するよ……」

 いつに無く素直な反応を示す素直に対して嬉しい反面、心の中で首をかしげる呼人。

 何だ? いつもとはちょと違うリアクションではないか? なんとなくしおらしい感じもするし、うかつにも可愛いと思ってしまったではないか。

 奈穂のその頬の赤さが伝染したように呼人の顔が赤らむ。

「端野君!」

 周囲に呼人の通う綾南高校の制服が目立ち始めた頃、不意に背後から聞き覚えのある声が二人の歩みを止めさせる。

 この声は……委員長か?

 無意識に振り返ると、そこには奈穂とワッペンの色が違うだけのブレザーの制服を着た若菜がニコニコとメガネの奥で微笑みながら呼人の事を見つめていた。

「よぉ、委員長、今日はいつもより遅いのか?」

 小走りに呼人の駆け寄ってくる若菜に対して、奈穂は明らかに作ったような笑みでその笑顔を見つめている。

「うん! いつも乗っている電車に乗り遅れちゃって……エヘヘ、お姉さんもおはようございます!」

 にっこりと微笑む若菜のその表情に気圧されしたように奈穂が怯みながらも体制を整えるように答える。

「おはよう……汐見さん……だっけ?」

 それが最大の反撃であったのだろう奈穂は、頬を引きつかせながら必死にその作り笑顔を持続させ若菜の顔を見つめている。

「ハイ! 汐見若菜です! よろしくお願いします!」

 ピョコンといった擬音が適正なほどにペコリと頭を下げる若菜を見ながら、奈穂は同情したような顔で呼人の顔を見て、フッとため息をつく。

「ねぇ呼人君、試験どうだった? 転校してきてすぐはキツイよね?」

 若菜はそんな奈穂のことなど関係ないようにすぐ隣に寄り添いながら、その袖をクイクイッと引き、上目遣いに呼人の事を見る。

「ま、まぁキツかったけれど何とかなったよ……先生もこの試験はあまり関係ないような事言ってくれたし、結構気楽にやったから、何とかなったでしょ?」

 それは事実だった、まったく試験勉強などやらずに挑んだが、東京の時に教わった事がほとんどだったので、まぁまぁできたと思うよ?

「――呼人君ってもしかして頭が良かったりする?」

 若菜は口をアヒルのように尖らせながら頬を膨らませながら恨めしそうな瞳のまま呼人の事を見上げると、その様子に呼人は怯んだように一歩ひく。

「アハハ! 若菜ちゃん、それはこいつを買いかぶりすぎだよ、こいつは昔からそうなんだけれど『ミスターまぁまぁ』なんだ」

 堪えきれないように奈穂がふきだし、意地の悪い顔をして若菜の事を見るが、当の若菜はキョトンとした顔をして奈穂に視線を向ける。

「エッと……『ミスターまぁまぁ』ですか?」

 嫌そうな顔をしている呼人の顔をチラッと見ながら奈穂の言った言葉がいまいち理解できないようにそれを復唱すると、クククと含み笑いをしながら奈穂は若菜の顔を見る、その瞳は笑いすぎなのだろうか涙が光っている。

「そうだ、こいつの成績はずば抜けていい訳でもなく、だからといって悲しくなるぐらい悪いわけでもない……見事としか言えないほどにクラスのど真ん中なんだ」

 奈穂の一言に驚いたような若菜の瞳は呼人の顔を見上げている。

「別に狙っているわけじゃないよ……たまたまさ」

 一応人並みに遊ぶし、試験勉強も血眼と言うほどではないが少しは焦ってやる、しかし蓋を開けてみればクラス順位は見事なまで真ん中……自分でもよくわからないよ。

 呼人は苦笑いを浮かべながら若菜を見るが、その瞳はまるで尊敬してるような眼差しで呼人の事を見上げ、ほんのりとその頬は寒さによるものとは違う赤みが差していた。

 な、何ですかその眼差しは……。

 その瞳に気圧されるように少し後退りするが、その腕を若菜につかまれそれ以上の後退ができなくなる。

「それって頭が良いじゃん? すっごいねぇ……呼人君って頭が良かったんだぁ」

 自己完結をしている若菜を呆気にとられたような顔をしてみる呼人、しかし、奈穂に関しては少し機嫌が悪そうな顔をしている。

「端野……君!」

 たまたま周囲の雑音が消えたときだったから聞こえたのか、さっきからずっと呼んでいたのか、気が付く呼人と奈穂の背後にはおかっぱ頭の背の低い女の子が顔を赤くして立っていた。

「ん? アァ、芽衣!おはよぉ〜」

 なんて言う事ないというように若菜は右手を上げながらモジモジしている芽衣の事を見てニコッと微笑むが、その相手でもある芽衣の口は真一文字に閉ざされ、明らかに不満を訴えるように頬を少し膨らませている。

「――おはよ……」

 不満げな表情が芽衣の表情から取れることなく、その恨めしそうな顔は若菜の顔を見て外そうとはしていなかった。

「な、なによ芽衣、なにそんな変な顔をしているの?」

 芽衣の念動が若菜に伝わったのか、それともその空気に気が付いたのか躊躇する若菜。

「別に変な顔なんてしていないもん……」

 変と言う言葉に過敏な反応を示す芽衣は、手袋をした両手で自分の頬をさすり、まるでマッサージするようにそれを揉み解す。

「ほら、こんなところで油を売っていると遅刻しちゃうぞ?」

 そんな様子を、苦笑いを浮かべながら奈穂はその新雪を再び踏みしめるが、そこに作られる足跡は気のせいなのかさっきより深く刻まれているようにも見える。



「と言う事で、高校生と言う自覚を持って行動するように……」

 頬骨の張った担任教師はそう言いながら細いレンズのメガネをクイッと上げながらクラス中を見渡すと、心当たりのある物はその視線を避けるように、心当たりのないものは目前に迫っている休みを心待ちにしているようにソワソワとしている。

「まぁ、年明けにはみんな元気な顔を見せるようにしてもらいたい……日直」

 頬骨教師に促されながら日直である若菜が隣の席で元気に立ち上がり声をあげる。

「キリ〜ツ! 礼! みんな良いお年を!」

 若菜の声にクラス中から歓声があがり、頬骨教師もそんな様子に苦笑いを浮かべている。



「ねねっ、呼人君は休みに何かするの?」

 若菜は日直帳簿をトントンと机の上に立てると、かばんの中に教科書などを詰め込んでいる呼人の顔を覗き込む。

「いや、別に……強いて言うのならこの街の事をよく知らないからゆっくりと見て回ってみようかなとも思っているぐらい」

 やっとの思いでカバンの金具をとめる事の出来た呼人はホッとしたような表情を浮かべながら若菜の質問に対して答える。

 考えてみればこの街に引っ越してきてからと言うもの、学校と自宅を往復するだけで他の場所にあまり行ったことがない、函館といえば夜景とかが有名だし、なによりも俺たちを悩ませてくれている元凶である五稜郭を実際にこの目で見たことがない。

「そっか、じゃああたしが案内してあげようか?」

 若菜はそう言いながらも嬉しそうな表情を浮かべながら呼人の顔を覗き込んでくる。

「でも……色々と予定があるんじゃ……」

「気にしないで、どうせ暇なんだしお姉さんと一緒にこの街を案内してあげるわよ、ねっ、芽衣あなたも一緒にどう?」

 呼人の言葉を遮りながら若菜は近くの席で帰り支度をしていた芽衣に声をかけると、その経緯がわからない芽衣はキョトンとした顔をしながら若菜と呼人の顔を交互に見るが、すぐにその意見に謙虚に賛成するように頷く。

「決まりね? 後は呼人君とお姉さんのスケジュールを調整してもらって日程を確定しないといけないわね?」

 既に若菜の頭の中には確定の青ランプが点灯したようで、あごに人差し指を当てながらプランニングに入ったようだった。

「おいおい、そういうことには僕も参加させていただきたいなぁ、遥か遠くから来た級友に我が街を紹介すると言う事は僕の役目でもあるからね?」

 どこでこの話を聞いていたのか直斗が食いついてくる。

「嘘ばっかり、直斗はお姉さんが目当てなんでしょ?」

 意地悪く言う若菜に対して直斗は慌てふためいたように手をばたつかせる。

「そんな邪な物の見方をしないでくれたまえ、僕は純粋にだなぁ……」

 へぇ、奈穂の事をねぇ……可哀想に……。

 呼人の視線は哀れむように明らかに動揺している直斗の事を見るが、その視線に気が付いた人物はいなかった。



「それで?」

 らむねの入れたコーヒーを一飲みしながら私服姿の奈穂はギロリと呼人を睨みつけると、対する呼人はまるでヘビに睨まれたカエルのように身じろぎ一つしなくなる。

「うっ……っとそういうことだよ」

 視線をなるべく奈穂に合わせないように虚空を見つめる呼人に対して奈穂の大きく深くそうして重たいため息が部屋の中に響き渡る。

「わかった……町内見物は付き合ってやろう、五稜郭も見てみたい気はするし……」

 奈穂の妥協案に呼人はホッと胸をなでおろし、ようやく奈穂の顔を見ることができるようになるが、呼人の視線に気が付いた奈穂の視線は再び険しくなる。

「しかし、優柔不断はよくないぞ、いずれ自分が一番痛い目にあう」

「な、何で俺が優柔不断なんだよ!」

「だって例の女の子二人がエスコートしてくれるんだろ? どっちが本命なんだ? メガネの若菜っていう娘か? それともおかっぱの芽衣という娘か?」

 奈穂の意外な一言に無意識に顔を赤らめる呼人に対し奈穂は容赦なく言葉を続ける。

「どっちも可愛いけれど、二兎を追うものは一兎も得ずだぞ?」

 何か勘違いしているぞ?

 呼人が否定をしようとしていると、洗濯を終わらせたらむねが居間に入ってくる。

「お帰りなさいませ! お出迎えが遅くなってスミマセンでした」

 申し訳なさそうに言うらむねの声に呼人が振り向きそのらむねの姿を見た途端にその思考が一瞬にして停止した。

 な、なんていう格好をしているんだ?

 らむねは膝丈の濃紺のワンピースに純白のフリフリのエプロン、胸元には赤いリボンタイがアクセントのように巻かれ、頭にはこれぞ正しく『メイド』の象徴であろうカチューシャがつけられている。

「……奈穂」

 呼人の一言に奈穂は慌てて両手を振り、まだ言葉にしていない呼人の疑問に全身を使って否定している。

「あたしじゃない! あたしだって帰ってきて驚いた口なんだ」

 息を切らせながら頭を振る奈穂の言葉に嘘は無いようだし、奈穂にそんな趣味があるとは思えない……もしあったのなら俺はずっと騙されていた事になる。

「だったら……一体誰が……」

 呼人と奈穂の視線がメイド姿のらむねの事を見ると、その視線に頬を赤らめながら自分の姿を確認するようにスカートを手で広げてみると、ニーソックスを履いた足が露になり、白い太ももまでもが呼人の視界に飛び込んでくる。

 だぁ〜! それ以上わぁっ?

 瞬間に呼人の視界は暗転、闇に包まれその闇の中で奈穂の声が聞こえてくる。

「らむね、なにやっているんだパンツが見えちゃうぞ!」

 心の中で舌打ちをしながら再びメイド服姿のらむねを見る。

「似合っていませんか? ご主人さまぁ」

 目を潤ませながら呼人を見つめてくるらむねに対し、呼人はフルフルと首を振り似合っていると言う意思表示をらむねに対して見せると、その表情ははじけたように明るくなる。

「よかったですぅ、ご主人様の部屋にあった本を見てそれをコピーしました」

 俺の部屋にあった本って……がぁ〜、もしかしてあの本か?

 呼人の脳裏に浮かんだのはメイド喫茶が数多く紹介されている秋葉原のタウン誌だった。別にアキバ系とか言うわけではないのだが、東京の友人が餞別にくれたものだ。

「よぉびぃとぉ〜、あんたにそんな趣味があったとは姉さん初めて知ったわ……」

 明らかに軽蔑する目で呼人の事を見る奈穂の視線を真正面に受けながらも呼人はさらに気になる点があった。

「らむね、ということは俺の部屋に入ったのか?」

 あの本がこの家の目立つところに置かれているわけが無く、むしろ見つかり難い所に置かれていた事実を知っている呼人の脳裏にその他の存在もらむねに見られたのではないかと言う仮定を成り立たせる。

「ハイ、申し訳ないと思いながらも部屋の扉が開いていたので中を見たら、その、あまりにも散らかっていたので清掃プログラムが勝手に起動してしまい片付けてしまいました」

 申し訳なさそうな顔をして呼人の顔を見上げるらむねの顔に、呼人は愕然としながらその部屋に置かれていた雑誌の内容を思い出す。

「この格好じゃない方がよかったでしょうか? もしなんでしたら、もう一つの本に載っていた格好もコピーしておきましたのでそっちに……」

 そっちもいいけれど……じゃない! そんな格好をされたら俺は奈穂に殺される。

「……結構です」

 力なく言う呼人に対し、奈穂は心なしか頬を染めながらボソッと呟く。

「まぁ年頃だからねぇ……」

 どんな創造をしたのかその格好に相違はあるだろうけれど、高校生が読んではいけない雑誌に載っているようなコスチュームであることだけは確かなようだ。



「それで、さっきの続きなんだが……」

 昨日とは違った食卓のメニューは寒い冬にもってこいのシチューだった。

「ん?」

「だから、町内見物の事だ! いつ行くんだ?」

 奈穂は少しイラついたように言いながら、幸せそうにスプーンを咥えている呼人の事を睨みつける。

「アァ、明日だよ? 言わなかったっけ?」

 シレッと言う呼人に対して、諦めたようにうなだれる奈穂。

「……そうか、それで何処で何時に待ち合わせなんだ?」

 文句を言う気にもならないのか、こめかみを抑えながら奈穂は手元のシチューにスプーンを差し込む。

「ん? 九時に迎えに来るって言っていたよ?」

 ガタンと言う音と共に、奈穂は体制を崩す。

「奈穂さんどうしたんですか? 食事の時は静かにしないといけないとメモリーに記憶されていますが……」

 そんな様子に食後のコーヒーを運んできたらむねが言うと、奈穂は深いため息をつく。

「らむね、それは時と場合によると変更しておいた方がいい、今の状況は静かにしている場合ではないからだ」

 奈穂の一言にらむねはムニュムニュと口を動かしながらすぐに笑顔に戻る。

「ハイ書き換え完了しました。それで何のお話だったんですか?」

「そこにいる馬鹿に聞いてくれ! あたしは風呂に入って寝る!」

 奈穂はそう言いながら風呂場に姿を消し、その後姿を呼人とらむねは見送る。



=秘密=

「……じんさま、ご主人様ぁ」

 布団の温もりをむさぼるように身を動かすと、その温もりよりもさらに暖かな温もりに触れ、その弾力に顔を埋める。

 何だったっけこの温かい感覚、なんとなく落ち着くこの柔らかさは……昔味わった事のある感覚だよな?

 呼人はその感覚に意識が覚醒してゆき、ゆっくりと目を開くとそこには恥ずかしそうに頬を赤らめるらむねの顔があった。

「うぁぁ〜、らむね」

 一気に意識が覚醒し、ベッドから転がり落ちる呼人。

「もぉ、ご主人様が早く起きないと今日のお出かけができないじゃないですか」

 ぷっくりと頬を膨らませながらベッドメイクを始めるらむねに対して、呼人は首を傾げるだけだった。

 ちょっと待て? お出かけができないって、俺と奈穂が出かけるんだろ? 何だってらむねが関係あるんだ?

「まったくだ、時間を見ろよ……」

 部屋の扉のところには呆れ顔を浮かべている奈穂の姿、その格好は既に出かける準備は万端整っており、後はお迎えが来るのを待つばかりといった感じである。

 というよりもやけに気合が入っていないか? いつものような格好ではなくワンピースにニットのカーディガン、手に持っているコートは奈穂のお気に入りのコートのようだが。

 まだはっきりとした時間の感覚がつかないまま呼人は奈穂に促された通り時計を見る。

「時間?」

 時計の針は八時を半周以上周り、まもなくみんなが迎えに来るという時間を告げようとしており、その瞬間呼人の頭の中で時間がけたたましく動き出す。

「やっべぇ〜、何だってこんな時間なんだ?」

 呼人はそう言いながら慌てて着替えを始める……。

「ちょっと着替えてもいいですか?」

 ちょうどパジャマのズボンに手をかけた辺りで、視線に気がつきその視線の主二名に対して優しく退室をお願いする。

「はわぁ、ごめんなさいつい……」

 らむねは慌てて呼人に背を向け、

「ちっ」

 気のせいなのか奈穂は舌打ちをしたように聞こえたんですけれど……。



「呼人くぅ〜ん」

 呼人が洗面所を出たところでちょうど呼び鈴が鳴り、玄関先からは明るい若菜の声が聞こえてくる。

 さて、ここで問題です、俺は洗面所にいます、奈穂が呼び鈴に合わせて玄関に行くわけがありません、慎吾さんは昨日夜遅く帰ってきたみたいで起きてくる気配がありません、だとすると俺のクラスメイトを出迎えるべき人物は……。

「エェ〜〜〜〜ッ」

 若菜と直斗の声が響きわたった事で、今玄関先でのみんなの顔がどんな事になっているか容易に想像がつく……うかつだった。

 呼人は洗面所にある鏡に映る自分に対して今後の対応をどうするか自答するが、それで簡単に回答が浮かぶわけでもなく、徐々に大きくなる玄関先のざわめきに意を決したように頬を叩き洗面所の扉を開く。

「あっ、呼人君これは一体」

 玄関先では相乗以上の事態になっており、その渦中には昨日と同じコスチュームをしたらむねがアウアウ言いながらその対応に追われていた。

 やっぱりらむねが出たのか……というよりもなんでその格好なんだよ……。

 うなだれながらも必死に作り笑いを浮かべる呼人。

「端野君、この女子は一体誰なんだい? 見た所によるとメイドさんのように見えるんだが、確か君はお姉さんと二人きりと言っていた気がするんだが」

 鼻息荒くらむねの事を見ているのは直斗で、フガフガ言いながら呼人の事を睨みつけている、その表情はどこか羨ましそうにも見える。

「アウアウ……」

 まるで生まれたてのアザラシのような声を上げているのは芽衣で、今にも気を失ってしまうのではないかとこちらが心配するほどだった。

「呼人、そんなところで立ち話もなんだろう、こっちに来てゆっくり話をした方がいいんじゃないのか?」

 居間からまるで事を楽しむような顔をして奈穂が顔を出す。

 いまさらになって何を言っているんだ……それよりもどこをどう話せばこいつらが納得すると思っているんだ? 事実を話して納得する訳がない。

 イラついたような顔をしている呼人に奈穂は気が付き、視線が合ったと同時にその顔に対して任せろというようなウィンクする。

 奈穂?

 呼人は奈穂に任せるしかないと判断し、みんなを居間に招き入れる。

 

「さて、らむね、みんなに飲み物を出してもらえるかな? あたしと呼人はコーヒーだけれど、汐見さんと仁山さんは紅茶の方がいいかな?」

 いつもと違ってしおらしい奈穂に呼人は首をかしげるが、一通りのオーダーを聞きらむねがキッチンに姿を消したところで奈穂は静かに口を開く。

「さて、みんなの疑問はよくわかっている……学校には姉弟の二人暮らしという事にしてあるから当然だ、だがここにいるメンバーは信頼が置けると思ってあえてらむねの存在を明らかにすることにした」

 まじめな顔をして話す奈穂に対してクラスメイトの三人は真剣な表情でその様子に聞き入っている。

 もしかして本当に奈穂はらむねの事を話すつもりなのか?

「実はらむねは……」

 どこからともなくゴクッという息を呑む声が聞こえる。

「……ただのメイドだ、まぁ、お父さんがあたしたちのことを心配してくれて派遣してくれたみたいで、あたしたちからすれば助かっている。呼人お前も助かっているだろ? 食事は作ってくれるし、それに部屋も片付けてくれるしねぇ」

 別にそんなにもったいぶって話すような事ではないではないですか? お姉さま?

 呼人のクエスチョンは恐らくそこにいたクラスメイト三人との同じだったようで、呆気にとられた表情がそれを物語っている。

「だったらなんでそんな思わせぶりな言い方をするんですか?」

 若菜がそう言いながら奈穂の顔を睨みつける。

 どうやらこの娘は怖いもの知らずの様だな? 奈穂に対してそこまで言う女の子はあまり見たことが無いぞ? 大抵は危険を本能的に感じるのか、文句を言う前にその勢いに負けてしまうものなのだが。

 呼人はそんな若菜を珍しそうに見るその視線に気が付いたのか若菜の隣で芽衣が寂しそうにうつむく。

「いや、そんなに思わせぶりな言い方をしたつもりではなかったのだがね? まぁ、お父さんの旧友の娘さんでもあるから、そんな目では見ていないよ」

「お待たせいたしましたぁ〜」

 間がよくらむねがみんなに飲み物を持ってくると、奈穂は少しホッとしたような表情を浮かべながらため息をつく。

 どうやら奈穂も一応考えていてくれたみたいだな?

 そんなホッとした顔をしている奈穂を見て呼人はなんとなく嬉しくなり、らむねからコーヒーを受け取る時に笑顔を浮かべる。

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