第六話 函館とは……。



=おでかけ=

「とりあえず今日はどこに行こうか……やっぱり季節的に『クリスマスファンタジー』は外せないと思うけれど」

 紅茶の香りを楽しむように若菜はカップを傾けながら提案その一を打ち立てる。

「ふむ、しかしこの街の歴史を探訪するのであれば『石川啄木』や、今話題の『土方歳三』の史跡を見て回った方がいいと思うぞ?」

 奈穂の事をチラチラ見ながら直斗はそう言い提案その二の立案。

「でもやっぱり行って見たい所があるのは端野君たちだから端野君たちの意見を尊重した方がいいと思う……」

 危うく声をかき消されそうになりながらも芽衣は提案その三を呼人たちに振ると、呼人の隣で難しそうな顔をしていた奈穂がぽんと手を叩く。

「それではこうしよう、まずはこの街のおしゃれな場所に行きたい……洋服なども買いたいのだがなかなか苦慮していてな? これは芽衣ちゃんが得意そうだからお願いしたい」

 奈穂は芽衣の着ている服装を見ながらそういうと、芽衣は少し動揺しながらも、まんざらではないのであろう、はにかんだような笑顔を浮かべながら奈穂の顔を上目遣いで見る。

「はぁ、奈穂さんの趣味に合うか分かりませんが、洋服選びはあたしも好きですから……あたしでよければお付き合いします」

 そういえば初めてこのメンバーの私服姿を見たけれど、それぞれ個性が出ているというのかな? 普段大人しい芽衣は服装もおとなしめだが、だからといってそれは地味なわけじゃなくって、この中では結構いいセンスをしているような気がするし、若菜はクラス委員というイメージを制服と一緒に家に置いて来た様に快活な格好をしている。

「次に、若菜ちゃんにはこの街の美味しい所を教えて欲しいな? 好きでしょ?」

 意地の悪い奈穂の顔に若菜はニィ〜ッと笑顔を浮かべる。

「エヘヘ、お任せください生まれも育ちも函館っ娘のあたしに聞いていただければ、ガイドブックにも載っていないような美味しいお店をチョイスして差し上げましょう」

 Vサインを奈穂に向ける若菜は、今にも舌なめずりをしそうな顔をしながら微笑んでいるところを見ると、よほどそれに自信があるようだ。

「俺はどうすれば……」

 一人取り残されたようになった直斗はたまらずに奈穂に声をかけると、奈穂はにっこりと微笑み、その笑顔に直斗の顔は真っ赤に変化する。

「君には、あたしたちの行きたい所の案内をお願いする……場所は『五稜郭』だ」

 嬉しそうにしている直斗とは裏腹に、五稜郭の名前に呼人と奈穂の顔は思わず引き締まる。

「であればらむねちゃんも一緒に行ったらどうかな?」

 居間の入り口から声がし、全員がそちらに視線を向けると、いつの間にか起きてきた慎吾が寝癖のついた頭を掻きながら立っており、その姿に若菜と芽衣のため息が漏れる。

「よ、呼人君、このハンサムなお兄さんは一体どちらさまなの?」

 頬を赤らめる若菜は呼人の腕を突っつきながらちょっと上ずったような声で聞いてくる。

「アァ、この家の居候で有馬慎吾さん、五稜大学の三年生」

「呼人君、せめて下宿人とかもう少し優しい言い方をしてくれないかなぁ」

 慎吾は苦笑いを浮かべながらこそっと呼人の隣に来て耳打ちをするが、奈穂が冷たい表情のまま慎吾を睨みつける。

「であれば下宿代を支払え」

「……居候で十分です」

 トホホと言った体で慎吾は諦めたように、居間にいるメンバーを見渡しながら、なんとか体裁を作り直す。

「コホン! それにしても呼人君のクラスメイトは友達思いなんだね? しかもこんな可愛らしい娘さんたちと一緒に街を見て回れるなんて羨ましい限りだ」

 慎吾はそう言いながら若菜と芽衣にウィンクをすると、若菜は頬を真っ赤にし、芽衣は困ったような顔をしてそれぞれうつむく。

「なんだ、一緒に行きたいのならそういえばいいではないか?」

 奈穂の台詞に対して慎吾はわざとらしく人差し指を奈穂の目の前に差し出しその指を左右に振りながら『チチチ』と舌を鳴らす。

「大学生はそんなに暇じゃないんだよ、今日だってこれから行かなければいけないんだ」

 残念そうに首を振る慎吾に対して、奈穂は慎吾に聞こえるような大きなため息を吐きジッと慎吾の事を見つめる。

「――なるほど……単位が足りないのだな?」

 奈穂の一言に動きが固まり、見る見るうちに額に汗を浮かべる慎吾に対して追い討ちをかけるような台詞が意外にも芽衣の口から発せられる。

「あのぉ、あたしのお兄ちゃんも五稜大学ですけれど、年内学校に行く用事は無いと言ってずっとアルバイトに行っていますけれど……」

「はぁう……」

 見えない凶器によって胸を刺されたのか、致命傷にまで至っていないものの、かなりの重症のようで、目がうつろになって、まるで酸欠の金魚のように口をパクつかせている。

「ま、まぁその話は大人の話だから……アハハ……」

 どうやら呼人に対して話しかけているようだが、慎吾の視線は焦点が合っておらず虚空を見つめているようで、その相手を特定するのが難しい。

「ふむ、らむねも一緒にかぁ……」

 そんな慎吾の様子など関係ないといった様子で奈穂はいそいそと片付けをしているらむねの事を見て思案顔を浮かべる。

「いいかも、らむねちゃん一緒にお買い物行かない?」

 既に若菜の中ではそれが確定したようにらむねの腕を引く。

「エッと、あたしがお買い物ですか? まだ今夜のおかずのシミュレートが済んでいませんから何を買うかまでの……」

「うぁ〜った、違う! 洋服を買いに行くんだよ、夕飯の支度の買い物はその後だ」

 放って置くと何を言い出すか分からないぜぇ……。

 慌ててらむねの言う言葉を遮る呼人の姿にクラスメイト三人は同時に首をかしげる。

「どうしたの呼人君、そんなに慌てて……ははぁん、夕食の準備のことが心配なのね? 大丈夫! ここには華麗な女の子が二人もいるのよ? もし夕食の支度が間に合わなくなりそうだったらあたしたちが手伝うわよ」

 若菜はそう言いながら胸をポンッと叩くが、その隣の芽衣はなぜか顔を真っ赤にしながらコクコクとうなずいている。

「決まりのようだな、だとするとその格好で出かけるのは何かと目立つから……らむね、ちょっとこっちに来て、あたしの洋服を貸してあげるよ」

 奈穂はそう言いながら腰をあげて、らむねと共に二階にある自分の部屋に上がってゆく。



「はぁ……」

 再び二人が今に顔を見せたのはそれから三十分ぐらい経ってからだろうか、遅いと文句を言う呼人に対して、若菜に『色々と時間がかかる』促されたのだったが、少なくともその呼人の目の前に再び姿を見せたらむねの格好はその『色々』が見受けられるところはなく、普段奈穂が着ているダブダブのコットンシャツにジーパンと言う格好だ、唯一違うのは奈穂が着るとダブダブの筈のコットンシャツが、なんとなく窮屈そうに見え、ジーパンは逆にダブダブに見える点ぐらいである。

「あは、らむねちゃん可愛い、そういうボーイッシュな格好も似合うね?」

 若菜の一言に奈穂のこめかみが一瞬引きつる。

「でもちょっとサイズが合っていないかな?」

 芽衣の一言に奈穂の顔がうなだれる。

「バストが合っていないんだバストが! 胸が窮屈そうじゃないか」

 慎吾の一言に、奈穂のけりが炸裂する。

「悪かったな……」

 キュゥ、と白目を向いている慎吾に合掌しつつ、一同は家を後にするべく席を立ち上がるが、らむねは何かを探しているようだった。

「どうしたんだ?」

 呼人が声をかけると、ちょっと困ったような顔をするらむねはコソッと呼人に耳打ちする。

「あのぉ〜、ふぉっくすも一緒の方がいいと思いまして……家の中なら多少離れていてもアプリケーションを使用することができますが、あまり離れると使えなくなってしまいます」

 かといってあのキツネのぬいぐるみを持って歩くというのはあまり、頭のつよい娘のすることではないような気がするが……そうだ!

「ちょっと、何でおいらがそんな中に入らなければいけないんだよ、ダメなんだって暗所恐怖症の閉所恐怖症なんだから……」

 じたばたするキツネのぬいぐるみは呼人の持ってきたウエストポーチの中にまるでしつらえられたように収納される。

「ふぉっくす、マナーモード」

 らむねの一言にそれまでうごめいていたウエストポーチが沈黙する。

「どうしたの?」

 玄関先で待っていた若菜が階段を下りてくる呼人とらむねを見ながら少し頬を膨らませて抗議の色を見せている。

「ごめん、らむねの持ち物をこれに入れ替えるのを忘れていたから、メガネとか持って歩かないといけなかったんだよ、なっ? らむね」

 われながら嘘をつくのに慣れてきたようで良心が痛むぜぇ。

「ハイ、メガネが無いと見えなくなってしまいますから、ご主人様にこれを貰いました」

 らむねは嬉しそうに腰につけたふぉっくす入りのそのウエストポーチをぽんと叩く。

「らむねちゃんはメガネが必要なの?」

 若菜は同士を見るような嬉そうな顔をしてらむねの顔を覗きこむと、らむねはちょっと困ったような顔をして呼人を見るが、やがてその顔を笑顔に変える。

「明るいうちはいいんですけれど暗くなるとちょっと……普段はあまりかけないですね?」

 ナイスフォロー!

「ダメよ? メガネはかけたりかけなかったりするのが一番良くないの、気をつけないとどんどん目が悪くなるわよ、あたしみたいに……」

 諦めたような顔をしながら若菜がメガネを外し、そのレンズをらむねに見せる。そのレンズはかなり度が強い様でレンズ越しに見える風景が歪んで見えるほどだ。

 てか、若菜ちゃんってメガネ外すとかなり可愛くない?

 呼人の視線がメガネ無しの若菜に釘付けになる。普段からメガネ装着が当たり前の人物の意外な一面と言う贔屓目を差し引いても、かなりの美少女であることは間違いない。

「乱視も入っているみたいですね? レンズから見ると若菜さんの視力は右が……」

 だぁ〜、らむねは何を言い出すんだ!

「さっ! 早く行こうよ、店が混んじゃうね?」

 レンズの屈折率から若菜の視力を言い当てようとするらむねの言葉を遮る様に呼人が玄関を出ると、そこには青い空が……。

「……呼人、そんなところで寝ていると風邪をひくぞ、ひくのなら一人でひいてくれ」

 見事に転びました、勢いあまってというか、雪が積もっていることを忘れていたというか、かっこ悪すぎて打った腰の痛みなんて感じません。

「――はい……」

 目の前に小さな手が差し出される。

「さんきゅ……っと……あれ?」

 その小さな手の持ち主は、若菜でも芽衣でもらむねでも、あまつさえ直斗でもなければ絶対的に奈穂でもない。

「あれ? 新川さん?」

 芽衣の声に、呼人の手のつながっているその小さな手の持ち主は眠たそうな目をしたままコクリと頷き、その動きに比例して綺麗なその黒髪が顔にかかる。

「エッ? 新川さん? あ、あれ?」

 クラス委員である若菜がその存在を知らないわけがないが、その顔はもしかしたらという疑惑が持ち上がってくる。

「新川?」

 本当にうちのクラスの人間なのかという疑問すら湧き上がってくるほどみんなからの疑問符の嵐を投げかけられる姿はちょっと同情するかな?

 未里は呼人から手を離し、長い髪の毛を後ろ手にまとめ、持っていたリボンで結わき上げると、それまで眠たそうな目はキリリとつりあがり、その目尻にある泣きボクロに呼人の記憶が教室の一番前に座って、色々な女子の悩み事を聞いている女子と一致する。

「何よ、いつもと違いすぎるから気がつかなかったのかしら?」

 顔付きが変わっただけじゃないぞ? 言葉遣いも変わった?

 それまでおっとりとしたしゃべり方だった未里の口調が今では姉御の様なそんなサバサバしたものに変わり、クラスメイトである四人は呆気にとられたように口を開けたままになる。

「ほら、そんなところで浜に打ち上げられたサバみたいな顔をしていないで買い物に行くんだろ? 早く行こうよ!」

「名前は?」

「新川未里です、よろしくお姉さん!」

 機嫌悪そうに未里の顔を見る奈穂に対してニッコリと挑発的な笑顔を浮かべる未里。既にこの時点で未里にも何かあることに俺は気が付くべきだったのかもしれない。



=お買い物=

「まずはらむねちゃんの洋服からよね?」

 悪気は無いのであろうが、若菜と芽衣は真っ先に婦人服売り場に足を向け、渋々と奈穂がそれについてゆく構図が出来上がる。

「じゃぁ俺たちはゲーセンにでも行って待っていようか」

 直斗の顔を見ながら呼人が言うが、それは満場一致で否決される。

 ん? 満場一致?

「何で直斗までここにいるんだよ、男のお前が見ていたって面白いものじゃないだろ?」

 函館での繁華街である本町地区、函館一の繁華街で大型のデパートがあったり、歓楽街があったりして確かに繁華街なのだろうが、地方都市というのは否めないかもしれない。その繁華街の一角にある北海道内で有名なデパートの婦人服売り場に呼人たちはいる。

 右を見ても左を見ても婦人服ばかり、女装趣味の人間ならいざ知らず、俺にはそんな趣味は微塵も無い、ゆえにつまらない場所である。

「何を言っているんだ、お前はらむねちゃんがどんな洋服を着るのか気にならないのか?」

「気にならん」

 きっぱりと言い切る呼人に対して直斗は手で顔を覆い、深いため息をつく。

「馬鹿だなぁ、お前はあのばでぃーを見ていないのか? その目玉はガラス玉か?」

 ガラス玉の目はふぉっくすだ。

「あんな幼い顔をしながらも、彼女の身体は完全に出来上がっている、いや、まだまだ発展途上なのかも知れんが、あの顔と身体のギャップの違いの女の子は見たことが無い、そんな女の子の洋服選びに付き合えるなんていうことはこんな名誉は無い!」

 なんだか一人で熱くなっている奴がいるな……他人の振りしよ。

 呼人はソォッと握りこぶしを作りながら語っている直斗の近くから離れ、遠めに洋服選びをしているらむねたちの姿を視界から消し去ろうとする。

「ダメよ!」

 背後からいきなり声をかけられ、数センチぐらいは飛び上がったであろう。

「な、新川さんかぁ……驚かさないでくれよ」

 振り返ると、ポニーテール姿の未里の姿、そうしてついつい呼人の視線は少し薄めのさくらんぼ色の唇にいってしまい、顔を赤らめる。

「未里でいいわよ、その代わりあたしも呼人って呼ばせてもらうから」

 奈穂以外に呼び捨てにされちょっと戸惑いながらも同意してしまう。

「せっかくらむねちゃんが洋服を選んでいるんだから付き合ってあげないと悲しむわよ? あれぐらいの女の子は男の子に選んでもらうのが嬉しいものなんだから」

 未里は意地の悪い顔をしながらそのさくらんぼ色の口から舌を出す。

「でも、女の子の洋服なんて俺知らないし……」

「あら? そんなのは経験よ、そうでしょ? 何事にも初体験はあるもの……キスだってそうだったでしょ?」

 その台詞に呼人の顔に一気に血液が流れ込む。

「そ……それは……そうだけれど、何で新川さ……未里は俺なんかに……」

 呼人は気になっていた事をそのまま未里に向ける。

 そう、初対面と言っても過言でないほどの認知しかない俺にいきなりあんな事をしたんだ? まさかそういう女とは思えないし……。

「それは『俺』だからでしょ? ちなみにあたしだって初めてだったんだからお互い様……呼人はもしかして初めてじゃなかったとか?」

 ちょっと意外そうな顔を呼人に向ける未里の頬は、暖房のせいなのか紅潮しているようにも見える。

「は、初めてに決まっているだろ! 彼女だっていないのに……」

 思わず大きな声になってしまい慌てて周囲を窺うが、それに気が付いた人物はいなかったようでみんなそれぞれの買い物を続けている。

「それは良かったわ、ほら、お呼びみたいよ?」

 未里が視線をらむね体に向けるとちょうど若菜たちが呼人の事を手招きする。



「これなんて似合っていない?」

 若菜がチョイスした服は七分丈のパンツに、ボーダーカラーのタートルネックシャツ、白いニットのパーカー。

「ふむ……」

 若菜が選んだらしく、どちらかと言うと快活なイメージなチョイスだな?

「そうかなぁ、らむねちゃんは小柄だからこっちの方が似合うような気がするけれど……」

 言葉は控えめなのだが、あまり譲りたくないという感じが芽衣の言葉に隠されているような気がする。

 芽衣のチョイスしたのはミントグリーンのAラインワンピースでスカートのプリーツは今流行のしわ加工が施されており、上に羽織るピンクのカットソーはスクエアネックで襟にはライトブルーのラインが入っている。

「ふぅ〜む」

 個人的にはこちらの方が似合っているような気がするのだが、中々服の形を見ただけで果たしてらむねに似合っているかを判断するのは難しい。

「あたしはこっちの方がいいと思うがな?」

 最後のコーディネーターは奈穂だった……か。

 奈穂のチョイスした服装は……ジャージって言わないか? 世間一般的に、確かに俺も部屋の中ではその格好だよ、奈穂もそうかもしれないけれどその姿でコンビニに行ったりしたくはないし、少なくってもお出かけ着では無いような気がするが……。

「とりあえず二着とも試着してみたら? 似合う以前に着難かったりしたら意味が無いだろう、それから決めても遅くない」

 無言で奈穂のコーディネートを却下し、二人に試着室まで付き添うようお願いをする。

「却下か?」

 不満げな顔をして奈穂は呼人の顔を見上げてくる。

「本気になって探さなかっただろう……でなければあんな格好を進めるわけが無い」

「だって、あいつのコピーを使え……ぶっ」

 言葉の途中で呼人は奈穂の口を手でふさぐ。

「うかつなことを言わないほうがいいよ、どこで誰が見ているか分からないし……ひゃぁ?」

 呼人の掌に生暖かい感触と共にザラッとして物がはいずった感覚に襲われ思わず手を離す。それは奈穂の舌だった。

「な、何するんだよ、キタネェなぁ!」

 思わずその掌をズボンにこすりつける。

「汚いとは失礼だな、お前の方こそいきなり人の口を塞ぐというのはあまり趣味がよろしくないと思うので今後注意するように」

 奈穂はそう言いながら試着室の方に向かって歩いて行くが、その時チラリと見えた耳が赤くなっていたようにも見えた。



「ちょっとこれは……ここよりも先に行かなければいけないわよね?」

「ウン、奈穂さん何でなんですか?」

「いや……そのぉ、嫌いなの……かな?」

試着室から若菜、芽衣、奈穂の順で困ったような声が聞こえてくる。

「なんだ、どうかしたのか?」

 やや遅れて呼人と未里が試着室に到着すると、その呼人の視線からその場所を隠すように三人はバリケードを築き上げる。

 何だ? やけに物々しい警戒の仕方だなぁ。

 首をかしげる呼人に対し、許しを得たのか未里がその現場を覗き込み、クスリと微笑みながら呼人の顔を意地悪い表情で見つめる。

「確かにそうかも……先に下着を買わないと、せっかく形のいいバストが崩れちゃうわよ」

 呼人の鼻筋に何か強い衝撃を受けたような気がする。

「呼人、こんなところで鼻血なんか出さないように、恥ずかしいだろう」

 奈穂の一言に呼人は思わず眉間を押さえながら上を向く。

「下着ですか!」

 今の今までどこにいたのか良くわからないが、直斗がその言葉に引き寄せられたように飛びついてくるが、奈穂をはじめとするらむね防衛隊によってその姿は無残にも……。

「呼人! この男を放置しておくな! この男の粗相は飼い主の責任だからな!」

 鼻息の荒い奈穂を芽衣が優しくたしなめ、若菜と未里は楽しそうに微笑んでいるが、俺はこの男の飼い主なんでしょうか? だとしたらチェンジしたいんですけれど……こんな野生児を飼い慣らすのは俺には無理です。

 呼人はため息をつきながら、直斗(だった物?)を引きずるように、他人に危害の加わらない場所に移動する。



「よぉ〜びぃ〜とぉ〜」

 地の底から響きわたるような声が直斗の亡骸から聞こえてくる。

「あっ、生き返った」

「何が『あっ生き返った』だ! 何をお前はそんな平和な顔をして缶コーヒーをすすっていることができるのだ、今のこの千載一遇のチャンスを物にしようとなぜしないのだぁ〜!」

 再び熱く復活した直斗はこぶしを振り上げたかと思うと、ビシッと遥か遠くに見えるピンクや黒いフリフリの下着がぶら下がっている場所を指差す。

 何をこの男は熱くなっているんだ? 暖房の効きすぎで脳みそが茹ったのではないのか?

「美少女が下着を選ぶ姿をこの目に焼き付けると言うこのチャンス、その同じ場にいないというのは男としてのその機能が麻痺しているのではないかと疑ってしまうぞ? 特にあれだけのばでぃーを持っている少女の下着を選ぶ姿……個人的には黒が好きだが、しかし、フェイス的にいけばやはり順当に白でいくか、いや、やはりここは赤とか情熱的な色もいいし……む、紫など……グフ……グフフ」

 ――直斗に何か取り憑いているんじゃないか? 目つきが怪しくなってきたぜぇ?

一歩二歩と直斗から離れていく呼人だが、そんな呼人を呼ぶ声が遠くから聞こえ、その声に周囲の視線が呼人に対して集中する。

「ご主人さまぁ、これなんてどうですかね? 若菜さんが選んでくれました、こっちは芽衣さんが選んでくれた奴です、奈穂さんはどこかに行ってしまいました」

 その声に渋々呼人が振り向くと、その視線の先にいるらむねは片手にピンク色のフリルがあしらわれた、そうしてもう片方には紫色の大きな花柄のビラジャーが持たれている。

「がぁ!」

 呼人の隣ではまるで断末魔のような直斗の声がしたかと思うと、綺麗に噴出する血柱が。



「まぁ、何とかなったわね?」

 店を出るとき、らむねの格好はそれまでと違っていた。さっきチョイスされた中でらむねは芽衣コーディネートを選び、ミントグリーンのワンピースにピンクのカットソー、さすがにそれだけでは寒いということで、これは奈穂から借りたファー付きのコートを羽織っている。

「ちなみに下着は……」

 未里が呼人に言おうとするが、それを若菜と芽衣によって阻止される。

 一体どっちになったのであろう……ピンクと紫。

 呼人はなんとなく胸をときめかせるが、その答えは誰も教えてくれなかった……当然ながら。

「次は食べ物担当のあたしの出番よね?」

 若菜がフフンと小鼻を膨らませながら自身を親指で指し示す。

「ん?」

 なんとなく呼人の五感が嫌な雰囲気を察知する。

「ご主人様?」

 当然の事ながららむねも察知したようで呼人の顔を見上げてくる。

「……呼人のソロデビューかな?」

 奈穂も察知したのであろう、諦めたような表情を浮かべながら呼人を見るが、当の呼人はどうしていいのか分からないでいるようで、少しパニックをおこしているようだ。

「そんなことを言ったって、前みたいに慎吾さんがフォローしてくれるわけじゃないんだよ? それにここにはいっぱい人がいるんだ、どうすればいいんだよ!」

<だったら如何したいかを考えればいいじゃないか、たとえばみんなを巻き添えにしたくないとかそう考えればいいだけだ>

 ちょっ、ちょっと? 信吾さん?

 呼人の意識とは明らかに違うところから慎吾の声が聞こえる。これは気のせいではない、明らかに音声としてそこに聞こえるのだ。

「信吾さん? どこにいるんです?」

 キョロキョロと周囲を見渡すが、慎吾の姿が見えるわけでもなく、その周りは普段と同じ雑踏が流れているだけだ。

<どこって、五稜大学の、その……ある教室の中だ、今君に話しかけているのはいわゆるテレパシーみたいなものだ、と言っても実感は無いだろうな?>

「当たり前じゃないですか!」

 思わず声を荒げる呼人に対して若菜と芽衣は驚いたような顔をして顔を覗きこんでくる。

「呼人君? どうしたの?」

「端野君?」

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