初公開講師の受験体験記
 今は教壇で受験対策を講義する講師にも、かつて一受験生として行政書
士国家試験をめざした日々があった。「初公開」と書いたが、実は以下の
文章は『行政書士Success』という専門誌の2005年5月号に掲載された青木
和史講師(当時は一受験経験者)の体験記である。この雑誌はそのころ、
Wセミナーから発行されていた月刊誌だが、すでに廃刊となってしまった。
古い話で、現行の制度や試験科目とは違いもあるので、転載に際し読者の
理解のため、ところどころに[]を加えた。


 60歳、自学自習。5か月で一発合格    

     平成16年度行政書士試験合格〜
                 青木 和史(61歳=退職者


負けん気が頭をもたげて
 平成16年春、会社勤めをやめた。予期していたよりちょっと早かった
ので、これといったあてもない。しばらくは近くの区立図書館に通って好
きな読書に明け暮れたが、すぐに物足りなくなった。まだ60歳、隠居生
活には早すぎる。何か当面の目標となり、できれば開業に結びつく資格
を取得したいというのが、私の受験準備の動機であった。
 そう考えたのは6月初めだったので、同年10月に試験のある行政書士
に目標を定め、某資格予備校の窓口を訪れた。ところが、そこで私は
意外なことを知らされた。一般の勤め人や退職者は教育訓練給付制度
を利用して授業料のほとんどを給付金でまかなえるのに、なまじ役員
だったばかりに、私には雇用保険の適用がなく、教育訓練給付金も受
けられないという事実である[注1]。なんだかばかばかしくなって、持
ち前の負けん気が頭をもたげ、「それなら自学自習で合格して見せる
わい!」と決意した。
 [注1]雇用保険の被保険者や離職者が国の指定する教育訓練講座を自費で受講
   した場合、経費の一部が支給される制度。現在は支払額の20%が基本だが、
   当時はほぼ全額が支給された。

母校の図書館通い
 『行政書士Success』を頼りに基本書(テキスト)と過去問集を購入し、
自宅や区立図書館で勉強を始めてみたが、どうも周りが気になって勉
強に集中できない。そこで、自宅からはやや距離があったが、母校
(出身大学)の図書館を訪れてみた。「卒業証明書があれば入館証を
発行しますよ」とのことで、38年ぶりに学部事務所を訪ねて卒業証明
書をもらい、図書館の入館証を手に入れた。
 これはまことに“正解”であった。なにしろ、大学図書館と区立図書館
では集まる人たちの真剣さの度合いが違う。朝早くいけば快適な一人
用の机が確保できる。さらに大学図書館は開館時間が長く、ほぼ年中
無休なのも都合がよかった。昼食はなつかしの学食である。6月から4
カ月あまり、私は母校の図書館に通って受験勉強に集中した。

入門書と六法
 行政書士試験は法令科目だけでも10科目もある[注2]が、私は自分
なりに考えて「民法と行政法がポイントだな」と判断した。テキストを熟
読し、過去問を繰り返して解くのは誰でもやることであろう。私の場合、
他の科目はそれでよさそうだったが、それまで一度も勉強したことの
なかった民法と行政法は、このやりかたでは不十分だと考え、この2科
目についてはまず有斐閣の入門書を熟読して基本的な概念や体系を
頭に入れることにした。
 民法は最初、順番通り「総則」から入ったが、なかなか荷が重い。
「物権」「債権」はもっとややこしい。そこで順番を変え、「親族」
「相続」から読んでみると、これは家族関係など生活体験に関係する
法律だから、スラスラと頭に入る。次に「総則」に戻り、「物権」
「債権」という順に勉強すると、今度はそれなりに理解できた。
 法律の勉強には六法が不可欠である。しかし、行政書士試験対策
に分厚い六法全書を用意しても意味がない。合格体験記などで『行政
書士試験六法』(早稲田経営出版)を勧める人が多かったので、それ
を購入した。これはまことに“優れもの”であった。まず、普通の六法と
違って、行政書士試験に必要な法律だけが過不足なく収録されている。
そして、各条文の間に、その条文を根拠とする重要過去問が肢別にし
て赤色で掲載されているから、数多い法律・条文の中でどの部分が出
題されたか一目瞭然だった(条文ごとに重要度を★から★★★で表示)。
さらに民法、商法など原文がカタカナ・文語文で読みにくい法律[注3]
ひらがなで表記してくれているのもありがたかった。
 同書を購入して以降、私はテキストを読む時、過去問をやった後の答
え合わせの時などに必ず条文を参照し、声を出して読んでマーカーでチ
ェックすることにした。この作業の繰り返しで、頻出重要条文は自然に
ほぼ暗記することができた。
 [注2]行政書士試験は2006(平成18)年度から現行の法令5科目と「一般知識等」に
  移行した。それ以前は行政書士法、同施行規則、戸籍法、住民基本台帳法、
   労働法、税法を含む法令10科目と「一般教養」だった。

 [注3]当時は民法、商法の主要部分は明治時代に制定されたカタカナ文語体のまま
   だった。両法が現行のひらがな口語体に改められたのは平成18(2006)年のこと。


模擬試験で愕然
 自学自習者の不安は、全体の中で自分の位置が確認できないことで
ある。そこで9月になって、Wセミナーの全国模擬試験を受けることにし
た。この模試は形式、時間とも本試験とまったく同じように行うため、試
験慣れという意味では大いに収穫があったが、返送された結果を見て
私は愕然となった。「一般教養」[注4]はなんとか5割を確保したが、法
令問題は択一、記述とも半分もとれず、ボーダーライン割れだったの
である。
 問題が難しすぎるようにも思ったが、受験者の中にはそれなりの得
点を確保している者もいる。私の場合、択一では5肢のうち2肢までは
絞ることができたが、最後の決め手に自信がなかった。記述問題[注5]
では「ああ、あのことが問われているんだな」というところまでは分かる
のだが、専門用語や正しい用語を書くことができなかった。つまり、記
憶が確実でないため、迅速で的確なアウトプットができないのだ、と反
省した。欠点が分かれば対策が立てられる。それからの1カ月余り、
私は知識の正確・確実なインプットに集中した。
 [注4]現行の「一般知識等」に相当。20問出題で10問(5割)以上できないと足切り。
 [注5]当時の記述式は問題文中に空欄があり、そこに例えば「債権者代位権」
  「物権的妨害排除請求権」などの法律専門用語を記入させる方式だった。


重要語句筆写とカード記憶法
 記憶を確実にするため、私は二つの方法を実践した。一つは「重要
語句ノート筆写法」である。これは専門用語等を練習する専用のノート
を一冊用意し、「瑕疵担保責任」「科料と過料」など法令上のキーワード
を完全に覚えるまで10回、20回とかくことである。第一段階は記述式の
過去問で問われた語句、次は択一式の過去問の各肢に出てきた重要
語句、最後は憲法、民法、行政法、地方自治法、行政書士法の各条
[注6]を読みながら、ノートが真っ黒になるまで重要語句を書き続けて、
徹底暗記した(ただし民法、地方自治法は前述の六法の★以上のつい
た条文のみ)。
 [注6]現行の記述問題より出題範囲が広く、憲法、行政書士法からも出題された。

 二つ目は「カード暗記法」である。基本書や過去問の中から、記憶し
なければならない重要論点・重要事項を市販の大型(B6)カードに書
き写し(表に見出しや項目、裏に覚えるべき内容)、そのカードをいつ
もカバンにいれて、電車の中やちょっとした空き時間に読み直した。
特に毎晩就寝前の30分間はこのカードを使って記憶に努めた。ある
大脳生理学者の本に「寝る前の暗記作業は特に記憶に効果がある」
と書れていたからだ。
 重要事項をまとめた直前対策本はいろいろあるし、専門雑誌の中
には暗記事項カードを付録につけているものもあるが、私は自分で
カードを作った。自ら項目を選び、カードに写すという作業そのものが
記憶の一環なのだ。また、新しいカードを覚える前には必ず前日まで
に覚えた項目を復習し、記憶を確実にした。この年齢になると、新し
いことを覚えるたびに、前に覚えたことを忘れてしまいがちだからだ。
試験までに作成・記憶したカードは約100枚になったが、最終段階で
はすべてのカードのオモテの見出しを見ただけでその内容をアウトプ
ットすることが30分でできるようになった。こうした作業のおかげで本
試験では記述式(30点満点)で27点を確保することができたのだった。

役立った新聞切り抜き
 平成16年度の本試験では「一般教養」に泣いた人が多かった[注7]
という。しかし、私は若いころから今日まで古今東西の本を読み漁り、
新聞は朝晩熟読するだけでなく、スクラップブックをずっと作り続けて
いる。A4用紙に切り抜き記事を張り、穴をあけて項目別のカラーファ
イルに綴じるだけの自前のデータバンクである。一般教養対策として
は、過去問をやったほかはこのスクラップの「環境」「情報」「社会
保障」といった項目の主な記事を読み返しただけだったが、それで
十分に合格ラインに達した。ワイフからは以前、「役に立ちそうもない
ものを、いつも楽しそうに作っているわね」と冷やかされたが、それが
思わぬところで役に立った。
 [注7]20問のうち3問は理数問題だった。足切りラインは10問で、現行「一般知識等」
   の14問中6問よりもハードルが高かった。


 資格試験対策は、できれば若い時に資格予備校に通うか、通信教
育を受けるなどして準備をするに越したことはないだろう。しかし、
中高年でも女性でも、自分の環境に合った方法で知恵を絞れば、お金
を使わなくてもある程度まではできるのではないかと思う。
                      (平成17年3月記)


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