ニフェーデービルウチナー(沖縄本島)
・『ニフェーデービル』とは、沖縄方言で「ありがとう」という意味です。
私の詩集『ニフェーデービルウチナー』は、「沖縄さんありがとう」と
いう意味になり、私の沖縄への感謝の気持ちをまとめた詩集です。
下記は、詩集の『ニフェーデービルウチナー』という詩です。
♪ウチナーの丘にのぼれば いつもピカピカに光る海見えるよ
心につもったほこり強い海風 吹き飛ばしてくれたよ
ニフェーデービルウチナー
−生きていれば、心にほこりがつもり「心の目」が曇る時が、
誰にでもあると思います。私は、それを沖縄の強い海風に
吹き飛ばしもらった事が何度もあります。
♪ウチナーの町を歩けば ニコニコおばーが話しかけてくるよ
とまどいながら答える 心が少しずつ 開くのがわかるよ
ニフェーデービルウチナー
−私の場合「ニコニコおばーが話しかけてくる」だけでなく、何故
かよく食べ物をもらいます。「沖縄そば」、「トーフ」、「スーチカー
(豚肉の塩漬け)」‥‥。もらう量も半端でない為、全部は食べ
きれませんでした。ごめんネ、おばー。
♪ウチナーの唄を聞けば どこまでも人を愛する心伝わるよ
「生きてりゃいいさ」軽く肩をたたく そんなあたたかさだよ
ニフェーデービルウチナー
−沖縄の唄の素晴らしさは、どの曲にも「どこまでも人を愛する心」
が込められているからではないかと、私は思います。
私は沖縄の唄に「生きてりゃいいさ」と肩をたたかれた事が、何度
もあります。
・沖縄は、私の『心のふるさと』であり『人生の恩人』です。
沖縄を知ってから「人生観」、「価値観」、「音楽観」のすべてがガラリ
と変わりました。それは、私の場合『何かあっても私には沖縄がある』
という「心のバックボーン」の様な物となっております。
・普通、「心のバックボーン」=「ふるさと」の場合が多いかと思いますが、
私は父の仕事の関係で三歳の頃から、転々と引越しをしたせいで、
心から「ふるさと」と呼べる土地がありませんでした。
十八歳で沖縄と出会い、沖縄の人々や文化(特に音楽)や自然を知れば
知るほど好きになっていきました。そして、いつしか沖縄は、私の「心の
バックボーン」となっていたのです。
・私のホームページ『ニフェーデービルウチナー』は、「私というフィルター
を通して沖縄を表現する」事により「沖縄への感謝の心」を表そうと立ち
上げました。
詩や朗読を聞いて「涙が出てきた。」という、ありがたい感想をいただいた事
もあります。一部の作品では、私の心を伝える事ができているのかとも思います。
「これからも、私の心が伝わり素晴らしい感想をいただける様に、このホーム
ページを細々ながら続けていこう。!」と心を新たにしている所であります。
アクセスしてくださる方々、今後とも応援よろしくお願いいたします。

◎サバニ(くり船)のある風景です。

◎大変お世話になった仲吉 史子さんです。
(050-2004/11/27記)