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過去の雲竹斎日誌を読んでみる



(2000.1.13〜)

雲竹斎日誌



Fri.2001/6/1

 私は雲竹斎。
 私が最近はまっている遊びは「HEROごっこ」。私位の年頃の男児が「HERO」というと、ウルトラマンとか仮面ライダーとか、ともかくそういうものを想像なさるだろうが、私の「HERO」は検事。正確には、某テレビ局でこの春まで放映されていた木村拓哉主演のドラマの主人公の検事のことである。より正確に伝えるとすると、私と女将が複数の役を演じ、最終回を再現するというものである。何故そんなことができるかというと、女将が最終回の後半だけ、ビデオに撮っているからである。
 

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Fri.2001/5/18

 私は雲竹斎。
 この二日ばかり、女将が一日中パソコンに向かい、いつになく眉間にしわを寄せて何やらやっていた。どうも、今回は「本当のお仕事」らしい。女将がパソコンに向かって何かしているときに、声をかけたり、用事を言いつけたりすると、いつも「ママ、お仕事だから後でね」と言うのだが、実はホームページの更新やら、ネットサーフィンやらをしているのを私は知っている。だから、そういう時はできるだけしつこくあれこれ言い付ける。すると、女将もさすがに気が引けるらしく、パソコンを落として私のもとにやってくる。が、今回は雰囲気が違う。オーラが違う。顔が違う。いつにない殺気を感じた私は、一人プラレールをいじったり、ミニモニのビデオを見たり、本を見て一人で解説をしたりして過ごしたのであった。
 とはいえ、女将もずっと仕事をしてるわけではない。私がネコの額ほどの庭に出たいというと、仕方なくという感じではあるが、つきあってくれる。時々私が我が家の居間の雨戸を閉めるので、庭続きに隣の家の雨戸までしめるかもしれないと思っているらしい。いかに私でも、そんな馬鹿げたことはしない。せいぜい、除菌アルコールの空き容器に水を入れ、干してある洗濯物にシュッシュッと霧吹きをするくらいだ。最近は天気もよく、結構乾燥しているようで、午後になると洗濯物が乾いている。乾いたバスタオルなどにシュッシッををやると「砂漠に水がはいったって感じ」って感じ。昨日も、女将が洗った私のプーさんタオルケットがすっかり乾いて風になびいていたので、しっかりシュッシュッと水分補給をしてやった。女将はなにやら慌てていたが、私は気にせず、そこらの草や葉っぱや土にシュッシュッをし続けた。乾燥肌の私としては、できるだけ湿気を確保したいので、家の中でもシュッシュッは欠かせない。水入り容器を携え、ドアにシュッシュッ、窓にシュッシュッ、床にもシュッシュッ、壁にもシュッシュッ。でも、家の中ではのびのびとシュッシュッができる場所が限られており、時折女将に怒鳴られてしまう。
 私の今の夢は、シュッシュッを持ってバスに乗り、そこら中でシュッシュッをすることだ。出かける時にはいつも女将にシュッシュッ容器の携帯を申請するのだが、まだ許可をされたことはない。ちなみに、最近の私の外出はいつも長靴。雨上がりはもちろん、曇りでも晴れていても、いつも黄色い長靴を履いている。女将はスニーカーを履かせようとするが、しばらくは長靴人生を続けるつもりである。

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Tue.2001/5/15

 私は雲竹斎。
 更新が続くと、反動が恐ろしいが、更新出来るときにはしておこう。
 かねてから、女将が待ち望んでいた「スターバックスコーヒー」が、ついに、私達の町にも登場した。「私達の町」などという持って回った言い方をしなくても、既に女将と私が住んでいる町をご存じの方も多いかとは思うが、匿名性を重視するネットの世界(ほんとかよ)。ここはもってまわった言い方でお許し願いたい。
 かつては、新店舗開店と聞けば、数ヶ月とあけずにチェックを入れ、最盛期には既に常連と・・・まではいかないが、たいがいの店はチェック済というミーハー女将であったが、スターバックスは女将が結婚し、お出かけ頻度が激減してから日本に上陸したせいで、そうした機会を得られないまま今日に至っている。そのため、複雑怪奇なメニュウ一覧を理解することはおろか、解読することもままならぬ状態で、銀座や横浜の店舗では、飲みたい物を頼むどころか、飲みたい物があるのかどうかすらわかっておらず、寂しくふつーーにコーヒーを頼んだ女将であった。わからなければ聞けばよいのであるが、そこはそれ、見栄はりかっこつけ女将。若いバイト風社員のねえちゃんに「なぁぁにぃぃ、このおばさん、わかんないわけぇぇ?どぅっわっさぁぁぁ(ださーー)」と思われるのがイヤで、「ふふん、私は全部わかっているけど、今日はこーひーが飲みたいのよ」みたいなフリをし、その度に「一度でいいから、ミルク入りの冷たいコーヒーで上に生クリームがどっかりのっかっていて、おまけにキャラメルソースみたいのがたら〜りってのを飲みたいわ〜」と云う気持を募らせていた。
 そのチャンスが、今巡って来たわけである。女将のねらい通り、我が町の駅ビル入口付近に位置するスターバックスは、造りこそ他の”おたれ”な町の店舗と同じ雰囲気を醸し出しているが、平日の昼間ということもあるのか、客層は中高年の主婦がメイン。ちらほらと若そうな女性もいたりするが、ほとんどは子連れの主婦。ともかく、女将のような普段着主婦も、へっちゃらぷーである。にもかかわらず、やはり、複雑怪奇なメニューを解読できず、上述の冷たいキャラメルかけコーヒーを飲みたかったにも関わらず、出てきたのは温かいキャラメルがけコーヒーであった。がははは、だっさーー>女将。
 私には、「マンゴー・シトラス・フランベチーノ」とかなんとかいう得体の知れない雰囲気の飲み物をオーダーしたが、それはマンゴー・シトラス味で紅茶ベースのフローソンタイプの生クリームのっけフランペ風飲み物で、黄色いどろんとした液体は、とても魅力的であった。さすが母の愛。わからないなりに、選びに選んだだけのことはある。
 さて、ご承知の通りスター・バックスには、ファーストフード的店舗には珍しくソファー席がある。スターバックスをファーストフードと言っていいのかどうか、私にはわからんが、いいことにしよう。女将と私がこれまで見たスターバックスでは、福岡は天神にある店舗がもっとも大きく、そこでしかソファー席を見たことがなかった。それは、女将と私が足を踏み入れた彼の店は、どれも店舗面積が小さく、どうもソファーを置くスペースが確保できていなかったようなのである。単なる見落としだったら許して欲しい。ともかく、我が町の店舗も、以前そこにあった店を考えても、きっとソファーを置く場所の確保は難しいだろうと思っていたのであるが、なんと、裏口に通じる通路のような場所に、しっかり2席4人分のソファーが設置してあった。以前の店でも、確かに客席があった場所であるが、インテリアのせいか、通路に椅子が置いてあるという印象で、ちっとも落ち着かない雰囲気であったのが、ソファーのせいか、周辺のしつらえのせいか、面積が丁度よいのか、妙に落ち着いた空間となっており、店舗設計者の才に脱帽する限りである。
 が、平日昼間とはいえ、開店して間もない人気の店。ソファー席をゲットするなんて至難の業・・・・・・・と思いきや、丁度前のお客が席を立ったばかりか、それとも私の為の特別席か、その2組4名分のソファーが、全て空いているではないか!
「ラッキー♪」
 女将でなくとも、そう叫ぶだろう幸運に打ち震えながら、いそいそと席を確保する女将に続き、私も、思わずニヤついてしまった。そうして、女将は冷たい生クリーム付きキャラメルがけカファラテを手にすることができなかった無念も忘れ、私は、立ったままでも飲みたいマンゴーシトラスを手に、しばし、優雅なティータイムとなったわけである。
 ふかふかソファーは、思いの外快適で、最初は普通に座っていた私であるが、あまりの快適さにリラックスし、靴下を脱いでソファーの上に上がると「ちょっと寝る」と宣言して、ふかふかのクッションに顔を埋めて、ヨコになった。なんとも快適。時々起きあがってマンゴシトラスを飲んではごろごろし、また、飲む。死角になっているので、あまり人目も気にならない。私は、今度は思い立って女将が座っているソファーに移り、女将と一緒に座ってお茶を飲むという、ラブラブなカップルも顔負けのラブラブぶりを披露した。
 女将は、もう少し若い時で、独身時代にこういう店が出来ていて、誰かと待ち合わせをしてみたいわ,うふ♪などと、不埒なこと・・・かどうか知らないが、そんなかなわぬ夢を思い描いていたようであるが、いかんせん、子持ちの主婦。私と女将がすっぽりはまっているソファとは別のもう一つのソファにある袋には、明日は南蛮漬けになるであろう小鰺といつかは弁当のおかずにあるであろう甘塩鮭が入っているという、なんとも色気のない状況なのである。かなわぬ夢を追うよりも、まずはメニューを理解しろよ>女将。

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Mon.2001/5/14

 私は雲竹斎。
 昨日は「母の日」だったらしい。女将は、朝から「ねぇ、母の日だから、『ママ、いつもありがとう、ちゅ♪』っってしよ〜」と、私に抱きつき、嫌がって暴れる私を追いかけながら一日中言っていた。お礼などというものは、強要されていうものではない。私が心からありがたいと思い、思わず言葉になるからこそ価値があるのだ。少しはありがたいと思っていたが、あまりにしつこいので、意地でも言うもんかと固く決意し、女将の攻撃をかわす一日であった。
 さて、連休の私はというと、いたって元気。どこに言っても「雲ちゃん,雲ちゃん」と人気者なので、世界で一番偉いのだと勘違いしてしまうこともしばしば。女将や旦那では食べさせてくれない見たこともないお菓子なども朝から食べさせてもらい、実家天国を満喫した。え?意味が違う?いいのだ、私はまだ3歳だから。
 特に、テラスで催された曇天のバーベキューは最高で、私は、「もういいよ〜」という女将の静止も聞かずに骨付きカルビを網に並べ続け、「もういいよ〜」という旦那の静止も聞かずに、ビールのお酌を続け、「もういいよ〜」という女将父の静止も聞かずに、更に焼けたソーセージを乗せつづけ、「お腹いっぱい」と言いながらデザートを食べようとする女将母と共に台所でスイカを食べるという、楽しい一時を過ごした。おかげで、私は「焼き肉」が大好きになり、ここに戻って来ても、毎日毎日毎日毎日「焼き肉食べよっか〜」と女将に提案している。

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Fri.2001/4/27

 私は雲竹斎。
 久々の日誌である。私は、現在3歳であるが、この年にしてついに一国一城の主となった。女将は弁当だけでなく、家を造ることもでき、本日午後、私の発注に応じ、ワンルームながら一戸建てを造ったのだった。さすが住居学科で建築計画を学んでいただけのことはあり、短時間に造ったにしては、頑丈で素材の選び方もなかなかのもの。そう言えば、この素材は、時々通る地下街内にある住宅にも採用されているようだ。
 切妻造りの三角屋根には通気のための開口部があり、窓も四方につき、しかも、それらの窓の形は、○△□とバラエティーに富んでいる。入口はアーチ型の扉。室内は少々狭いが、現在の首都圏、特に東京神奈川あたりの住宅価格を考えれば、まぁしかたあるまい。がしかし、天井からは幼い頃お祝いにいただいた熊ちゃんのモビールが下がり、なかなか快適。床にはエスニック調のクッションが敷かれていたが、これは私が却下した。中に入る度に、端っこによるので、あまり具合がよくなかったのだ。しかし、この住宅の最大の特徴は、なんといっても可動式であること。非常に軽量なので方位が自在に変えられ、どんな土地にあっても最高の風水が実現できるという画期的な造り。外からしかドアがしめられないというのが欠点と言えば欠点であるが、これは女将に「しめて〜」と言えばすむことなので、全く問題なし。
 この新居に、友人達を招いて”リプトン”を飲みながら語り合う一時は、あわただしく過ごすことが多かった昨今にあって、たいへん貴重なやすらぎの時間である。私と、友人のピカチュー、北海道から来たこんこんちゃん、女将は犬だと言い張るくまちゃん、そして、女将の友人でもあったピンクのコスチュームのプリンちゃんなどが入ると、いっぱいになってしまうのだが、仲のよい友人というのはありがたいもので、みな、窮屈そうに重なりつつも、楽しげに過ごしてくれる。また、私は、太っ腹なので、留守宅に友人がいることも許している。この新居に、窓からピカチューなどを入らせ、外から覗いて「こんにちは〜」とやるのも、また一興。さらには、家の中で立ち上がりジャンプをすると、家ごと進めるという新工法を採用しているため、家にいながらにして、移動ができるというすばらしさ。調子にのって、遠くに行くと、女将にずずずっと引き戻されたりもするが、そんなことにめげる私でないことはご承知の通り。家ごとジャンプで、テレビ前やテーブル付近や女将のパソコン付近を行き来し、中から、「みてみて〜。こんにちは〜」を繰り返しては、こらえきれずに爆笑するのであった。
 ところで、この家、もともとは、明後日からの女将の実家ツアーの為、私達の生活用品(主に衣類)をつめて宅急便に出すための箱だったらしい。「荷物が送れない〜」と、しばらくはモンクを言っていた女将であったが、窓付きの箱は九州までの長旅には不向きと悟ったのか、宅急便屋に電話をし、新しい箱を購入していた。新しい家とまではいかなくても、一部屋くらい増やしてもらえるかと期待をし、要求もしてみたが、女将の決意は強固。段ボールを挟んでのしばしの攻防の末、ついに宅急便用箱は宅急便となり、はるか彼方へと旅立ったのであった。
 が、大丈夫。明後日には、私も同じところに行くことになっている。あちらで別荘というのも悪くないわな。

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Tue.2001/3/27

 私は雲竹斎。
 前回の日誌で、私が女将の友人N嬢に電話をするようせがんでいることを書いたが、あれから約二ヶ月になるが、その習慣は変わらない。あえて、変わった点を上げるとすれば、そのあと、たしか3月2日に出かけた静岡のY嬢宅に連れられていったので、N嬢電話が却下された時には、Y嬢電話を要請することくらいであろうか。
 さて、あまりに久々なので、私の近況などを少々。
 いたって元気!以上・・・・・・・・・・がはははは・・・・・・っは、これは女将であった。失礼・・・・・・失礼と言えば、最近私は、オナラやゲップの後に「失礼」というようになった。厳密には「しっちゅれ〜い」と言った感じであるが、オナラやゲップを我慢すると体に良くないと言う旦那の方針によるかどうかは知らないが、女将宅では、あまりそういったものを控える習慣がないため、せめてもの礼儀として、直後に「失礼」というのをルールとしているのである。が、しかし、そのルールを完璧に守っているのは私だけ。旦那も女将もほっておくと、「うげ〜・・・だははは」と笑ってごまかすだけになるので、最近では私が、「ママ、しっつれ〜いは?」と注意を喚起している。全く、自ら作ったルールを自ら破るとは、とんでもない輩である。ま、検事や刑事が犯罪まがいのことを犯す現代日本においては、かわいいもんではあるが・・・。
 と、途中みたいで恐縮であるが、ここまで書いてこの日(3/27)は中断してしまったし、2回分まとめての更新なので、一応ここで終わらせていただくことにする。かたじけない・・・じゃなくて、恐縮至極でござる・・・ござるって・・・。

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Fri.2001/2/9

 私は雲竹斎。
 先日、私は女将に連れられ、片道2時間半かかって、女将の学生時代からの友人Nちゃん宅にお邪魔した。行きの電車は、20分で乗り飽き、ずっと「もうすぐ降りるね」を連発していたが、女将の決意は固く、その後約30時間電車に乗り、さらに乗り換え、その上バスの乗るという修行のような道中であった。おまけに雨が降っており、さすがの私も、少々うんざり。
 が、到着してからは極めて快適。友人Nちゃんは女将の百倍優しく、また、体型もスレンダーで、とても二児の母とは思えない。そうそう、Nちゃん宅には、T氏とR氏という私の人生の先輩がおられるのだ。
 到着時、T氏は小学校へ、R氏は幼稚園に行っておられ、不在であった。が、流石2人の先輩が生活なさっている家だけあって、私好みの素晴らしい玩具がそりゃぁぁぁもぉぉぉ気が遠くなるくらいたくさんあるのだ。「お茶でも飲んでまずはゆっくり・・・・」というNちゃんの言葉にも耳をかさず、私は他人様のお宅ということも忘れて、ダイニング脇にある、元サンルームの玩具スペースの車や電車の玩具研究に没頭した。
 が、本当に楽しかったのは、その後である。私達が到着して約30分後にNちゃんはR氏を迎えに出かけ、そして、私が尊敬するR氏が帰っていらしたのである。
 「ただいま〜」と、ハスキーな声の持ち主のR氏は、居間に入ってこられ、私達の姿を見ると、幼稚園の帽子が落ちそうな程最敬礼なさりながら、「こんにちは」と御挨拶。私は、その見事なお姿に、思わず立ちつくし、とっくにマスターしているはずの「こんちわ」という言葉すら出なかった。
 しかし、R氏の素晴らしさは、それだけではなかった。Nちゃんの「ほら、早く着替えなさい!」という、女将が私に、「早くお片づけしてっ!」というのに似たトーンの言葉を聞くや、幼稚園の制服を脱ぎ、パンツ姿で、踊りを披露してくださった。「ほら、お尻だよ〜ん」とかいうセリフに乗せて、お尻をぺちぺち打ちながらのダンスの見事さに、私は賞賛の言葉も忘れ、「きゃ〜っはははははは」と笑い狂った。
 その後、R氏は、「じゃあ、5歳児ってところ見せてやるか」と言いながら、幼稚園の制服をハンガーにかけるという、ウルトラ級の技を披露してくださり、更には、食事の後、「何かお手伝いはないですかぁ〜」と言いながら、三枚重ねたパスタの皿とフォークを持ち、流しに向かうという女殺しの技まで見せてくださった。が、これは、「落とさないでよ〜、こわいよ〜」という女将・・・・ではなく、Nちゃんの言葉で皿だけを運ぶという結果に終わった。が、いずれにしろ、せいぜい皿一枚、しかも先日大皿を運んで割ったばかりの私には、見事としか言い様のない、素晴らしい秘技であった。
 そんなR氏は、サービス精神旺盛で、私に気を使い、あれこれ技を披露し、楽しませてくださった。時折、あまりの迫力に面白恐いこともあったが、それは女将にちょっと似た処でもあり、私としてはたいしたダメージではない。そういうわけで、私はすっかりR氏の魅力に参り、女将とNちゃんが過去の秘密の話しなどをしている間、R氏について回っていたのであった。氏から教わったお猿の真似や、オレオの食べ方、出窓からソファーに向かってジャンプする技などは、即取り入れ、日々精進している。
 小学生のT氏は、帰宅時間も遅く、私より、むしろ女将と話があったようで、あまり私との接点はなかったのだが、とても楽しいNちゃん宅。私は、すっかり気に入り、あれから毎日「Nちゃん(に)電話する」と女将に頼んでいるのであった。

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Tue.2001/1/23

 私は雲竹斎。
 記念すべき新世紀を迎えながら、新年の挨拶すらできないまま今日に至っており、たいへん恐縮である。
 この年末年始は、例によって女将の実家ツアー、旦那の実家ツアーをし、疲れもしたが、楽しく過ごすことができた。飛行機の不調により、1時間半のフライト予定が、機内に3時間拉致状態に陥ったり、飛行場のセキュリティーチェックの際、セキュリティー破りを発見したり、東名の某サービスエリアの自販機の前で、ズボンとおむつを脱ぎ、女将と旦那を大慌てさせたり、初詣に行った神社の賽銭箱によじ登ろうとし女将に大目玉を食らったり、正月でがらがらのスーパー内を走り回って運動してみたりと、いろいろと事件はあったが、体調は完璧、気分は上々で、新世紀は順調なすべり出しであった。
 最近の私は、以前からのパトロール士の仕事に加え、車体安全点検、公共交通機関運行調査という仕事を始め、毎日忙しく過ごしている。車体安全点検の方は、以前からも多少携わっていたが、最近はタイヤ圧の点検に加え、車のメーカー(ちなみにHONDAは「え〜いち」、ワーゲンは「だぶりゅぅぅ」、NISSANは「えんぬ」である)、車種(大きいか小さいか)、色のチェックまで行い、犯罪防止にも貢献している。公共交通機関とは、もちろん、電車、バスのこと。この年末の移動で飛行機にも乗ったので、その折には飛行場の点検と機体内のチェックも行ったが、これは日常的には行なえないので、特殊任務と言えよう。
 で、この調査であるが、多くの場合、女将や旦那を伴って、基本的には地域の公共交通機関を利用し、例えばバスなら、車窓を眺めるフリをしながら、運転手の動きをチェックしたり、乗降客の動作を監視し、怪しい人物の特定につとめる。また、乗降時に必ずステップに立ち、その蹴上げ寸法などを点検するのであるが、これは時に、女将の「邪魔になるから、早く降り(乗り)なさい」という声に続く実力行使によって中断されることしばしば。全く失敬だ。本来なら、車内を動き回り、揺れ具合や椅子の下の点検なども行いたいのだが、これも、失敬女将によって、阻止されることが多く、まだまだ仕事を終われそうもない。
 昨日は、路線バスに50分、私鉄に30分、更に路線バスに乗り、JRに乗ってまたバスに乗り、合計約4時間の調査を行った。JRにおいては、緊急停止レバーの点検をした。お気づきの方も多いかと思うが、車両のドア脇の椅子下にある。私は、席の横にある小さい扉を開け、女将に「ママ〜、ママ〜」と声をかけ、緊急停止のテストをするので注意を喚起していた、まさにその時、それまでのんびり座って疲れを癒していた女将が、目にも止まらぬ早業で私の手を扉からはなし、かなり強引に抱き上げ、鬼のような形相で、「ダメでしょ!」と車内に轟く声を上げた。任務を妨害された私が、不機嫌になったのは言うまでもない。その後も、駅で停車した電車の車体点検をしようとすると「あぶないから白線の後ろにお下がりください」と駅員のように丁寧に言うはずもなく、厳しい乱暴な口調で私の任務を阻止し、家に辿り着くまでずっとぷりぷりしていた女将であった。
 ところで、これだけの任務を遂行するには、かなりの距離を乗らなくてはならないのだが、心配無用。何しろ、私はパトロール士。いくら長く乗っても、運賃は無料なのである。

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