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1999年6〜8月の 雲竹斎日誌


Wed. 99/08/18

 私は雲竹斎。
 またまた御無沙汰してしまっておる。間で女将は体調を崩したが、私はというと、時々高所から墜ちたりしては いるものの、すこぶる好調。やはり、日頃の鍛錬の賜物であろう。
 ところで、昨日初めて、公園以外の場所を巡回した。此の辺りは、危ない雰囲気はないのだが、 一週間ほど前の回覧板に「不審者が出没」との記事があった。 昨日女将は「ご近所を散歩してみようねぇぇ」等と言いながら私を連れ出していたが、きっと、最も信頼のおける 私に、パトロールをして欲しかったに違いない。もちろん、察しのよい私は、女将が外出をほのめかす前から、 玄関に降り立ち、ドアノブをチェックして、外出に備えていた。その際、暑さのため、Tシャツにおむつだけという恰好であった のは失策であったが、当然、女将によりパトロールにぴったりの黄色いパンツを着用するに至った。
 私は巡回コースの全ての住宅の全ての塀やゲートや門柱を触り、また、ある時は揺らしてみたりして、 防犯機能を調査し、また、ついでにガレージに停めてある車のタイヤ圧のチェックをした。不審者により、 パンクさせられていたりする可能性も否定できないからである。 タイヤが無事であることが確認できると、思わず笑みがこぼれてしまう。さらには、庭への通路や、 集合住宅のゴミ置き場、工事中の現場、はたまた自動販売機の商品取り出し口といった所まで入念な 調査を怠らなかった。
 もちろん、すれ違う人物の観察にも余念がない。途中、一軒の住宅から熟年のカップルが 現れ、車を出そうとしていたが、眼光鋭い私の態度に、車を出すのをためらっていた。怪しい人物ではないことが 判明したので、「どうぞお出かけ下さい」という意味で「お〜っ」と声をかけると、男性の方が「おお、元気に お散歩か。いいなぁ」といい、私に手を振っていた。私は「遊んでいるわけではないんだ!」と抗議したい気持 であったが、市民の平和を守るのが最大の目的であるということを思い出し、笑顔を返した。また、住宅建設中の 現場の前では、年齢不詳、やせ形、脇までの長い髪にサングラス、ブルーのTシャツに黒のストレッチジーンズという 姿の女性を発見した。特に怪しい風情ではない、しかも女性・・・・・・・だが!女性であるからと言って安心できないことは、プロのパトロール士であれば常識である。 私は、現場にはってある黄色と黒のロープを点検中であったが、その女性がこちらへ向かって歩いて来るのを 見付けてから、私の前を通り過ぎ、そして、二つ先の角を曲がるのを確認するまで、じっと目を凝らして 観察していた。あまりに熟視していたので、女将は「そんなにじろじろ人を見るのは、やめようねぇえ」と 相変わらず呑気なことを言い、「なんのためのパトロールだ!なんのための巡回だ!」と 私を少々苛立たせた。しかし、これも、私と一緒にいることで安心しているが故の言葉であろうとの思いから、 叱責は思いとどまった。
 彼の女性が、角を曲がった後で何かをする可能性も考えたが、まだ巡回していない区域は広い。街の安全が、 市民の安心を願う思いが、私に重くのしかかっている。 私は、東を向いたり、西へ戻ったりしながら、どちらへ進むべきか迷いに迷いった。 あまりの苦悩に、何度も何度も同じ場所を行ったり来たりしていたが、 女将のたっての願いで東側の道路へ向かうことにした。
 もちろん、目標の道路に辿り着くまでの間も、防犯設備等々のチェックを怠らなかったことは言うまでもない。

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Mon. 99/08/02

 私は雲竹斎。
 この一週間ばかり、女将の旦那が家にずっといたので、ついにリストラか・・・・・と 暗澹たる思いにさいなまれ、子供モデルで稼ぐか、さもなければ最近修得したお辞儀と”いい顔”の芸で 営業でもしなくてはならないかと思案していたが、実は昨日まで、旦那が夏休みとやらだったらしい。 毎日家にいなくてはならない私には考えられないことであるが、旦那は家にいるのが相当好きらしい。 この一週間・・・・・正確には9日間も、ほとんどを家の中で過ごしていて飽きるということが全くないようであった。 私と違い、家にいてもいろいろと仕事があるようなので、それが飽きない秘訣かもしれない。私も早く、洗濯物を 干してみたり、洗い物をしてみたり、掃除機を操ってみたりしてみたいものである。しかし、やはり、 私としては、できるだけ散策や探検や調査のために外出を試みたいのであるが、此の点に関して旦那はなかなかの 強者で、外に出ないと決めたら、けして出ようとはしないのであった。そのぶん、家の中で相手をしてくれるのは ありがたいと思っている。
 そんな旦那が先日、私を伊豆というところへ連れていってくれた。もちろん女将も一緒。
 車で行ったのだが、私は、女将の隣の特製シートに縛り付けられ、少々窮屈、然し、極めて安全。かつ、 意外に快適なのは、お腹が空けば女将が食べ物を差し出してくれ、のどが渇けば女将がお茶を飲ませてくれ、 けして日が当たることもなく、景色に飽きることもなく、なんといっても、女将がずっと隣にいて、 私にちょっかいを出すので、なかなか楽しいのである。しかも、 女将は車で長距離のときには、おやつをたんまり用意してくれている・・・・大半は女将の胃に おさまるのであるが・・・。いずれにしろ、快適には違いなく、私は必ず居眠りをしてしまう。
 先日の伊豆もしかりで、車に乗って、起きたら既に目的地に到着していた。
 私はそこで、断崖絶壁のある海というものを初めて見た。私は時々家の近所の海に行っているが、 切り立った崖に打ち寄せ、砕ける波を見ていると、同じ海とは言っても、こうも違うのか・・・と 深い思いにとらわれえた。でも、どこへ行っても、うろうろと歩き回り、そこらのものを触りたいのは 同じ。遊歩道の終着地で下におろしてもらうと、早速断崖の方へ行ってみたゥゥゥゥのも束の間、 もう少しで海が臨めるゥ・酪謔濶氓轤黷Bじつにおしいことをした。
 女将と旦那は私を抱きながら、崖の上から下をのぞき込み、盛んに潜りたいだの、飛び込みたいだのと 言っていたが、伊豆に行こうという企画にも関わらず、全く泳ぐ準備をしていないというていたらく。 しかも、カメラもビデオも車の中に置いたままで歩き回り、私の勇姿を残しておくことすらできなかった。
 全く・・・・弁当もいいけど、最近少ないぞぉ〜、私の写真〜〜っ!
 伊豆の海に向かって叫んでみたが、「おおお、興奮してるなぁぁ。やっぱりいつもと違う雰囲気がわかるんやなぁぁ」と、 言われ、私の心の叫びは海の藻屑と化したのであった。  

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Sun. 99/07/25

 私は雲竹斎。
 またもや、二週間程さぼってしまった。申し訳ない(いったい誰が誰に謝罪しているのか・・)。
 この間、私が考えていたことは、私は前世がフランス人ではなかったのかということである。 それは、私が食事の度に”フィンガーボール”を使うからである。しかし思うに、毎食フィンガーボールを 用意してくれている女将も、もしかしたら前世がフランス人だったのかもしれない。 そういえば女将は昔、マレーシアからの留学生に「おかみさんは留学生ですか?」と 言われ「いえ、違いますよぉぉ」と大笑いしていたら、ソバにいた中国人の留学生が 「そうそう、私はおかみさんはフランス人かと思っていた」と言い、その友人の韓国人の留学生が、 「そうそう、おかみさん、エキゾチックぅぅ」と絶賛し、更に別の中国人の留学生から 「是非、おかみさんを絵に描きたい」と言われ、いい気になっていたらしい。 それにしてもアジア人ばっかり。女将はアジアに行けば、ミリオンセラーの大スターに なれるかもしれない・・等とほざいている。
 ま、そんなことはどうでもいい。
 そう、問題はフィンガーボールである。
 私の知識の範囲では、日本人の家庭で、食事のためにフィンガーボールを用意するというのを見たことも 聞いたこともない。仏蘭西料理屋に行っても、フィンガーボールが出て来るのはほとんどない。メニューに よるのであろうし、基本的にカトラリーを使用する場合には出さないということがあるのかもしれない。 しかるに、毎食毎食フィンガーボールを使う私は、正真正銘、中世期か近世か知らないが、ともかく、 かつての仏蘭西に生きていた貴族あたりに違いないのだ。
 今日も、朝からフィンガーボールを使いながらパンを食べた。今日のフィンガーボールには、 冷たい水の塊が入っていた。冷たくて気持がよいので、私はさっそく手を突っ込み、洗ったが、 それを見た旦那が「ああああああ、パパのお茶で手を洗うなぁぁぁぁぁあ」と叫んだ。
 なんだ。いつもと同じようにしているだけなのに。たまに一緒に食事をとってやると、 こうやって私のやることにケチをつけるとは・・・。女将も最初は、「飲み物に手を突っ込まないのっ!」と、 眉間にしわを寄せていたが、最近は「はい、雲竹斎先生のフィンガーボールね」と言いながら、 いつもの茶色くて香ばしい香りがする液体入り透明容器を持ってくるようになった。

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Tues. 99/07/13

 私は雲竹斎。
 随分と書いていないものだ。というより、女将に代筆を頼んでいるのだが、女将がなかなかやろうと しないので、いつもじりじりしながら見ている。この一週間には七夕祭りで紫色のイブニングドレスを着た 本場の金髪のおねえちゃん達(女将と旦那の話によると七夕見物の客を店に呼び込むために外にいるの だろうとのことであった)を見たり、旦那がビールを買いに行くのに、初めて歩いてついていってやったり、 女将に髪を切られてしまったり、いろいろなことがあったにも関わらずである。
 ところで、女将は最近私に、「こんにちは」と頭を下げることと、「ばいばい」と言いながら手を振るというのを 仕込もうとしている。私としては既にどちらもマスターしているつもりなのであるが、どうも、女将は 不満のようなのだ。
 昨日も、私に惚れているのか、いつも行くとにこにこと声をかけてくる店員がいるパン屋で、 女将は、「ほら、”こ・ん・に・ち・は”」と言いながら、私にお辞儀付きの「こんにちは」を強要してきた。 私は眠くもあったし、女将の次に並んでいる客もいたので、「さっさと帰ろうぜ」と、 半ば抗議の意味もあって女将に目で合図していたのだが、女将も店員の女性も、 「今は気分じゃないのかしらねぇぇ」等と、呑気なことを言い合っていた。そして、帰りには帰りで 「じゃあ、”ばいばい”はぁ?」と、半分懇願の面もちで私に”ばいばい”を強要した。
 こうなってくると、私も意地だ。レジの前では不機嫌を装い、女将が諦めて店を出たその瞬間に、「ぼーぼー」と 一応「ばいばい」のつもりで言いながら、外の景色に向かって手を振ってやった。

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Tues. 99/07/06

 私は雲竹斎。
 一月(ひとつき)・・・いや、二月ほど前になるか、私は宇宙人にさらわれたようだ。「触られた」のではなく、 「さらわ」れた・・・・である。
 夜中に目を覚ました女将が、私の姿が見あたらないのに驚き、寝ぼけながら探したところ、 寝たときの向きと90度の角度を成し、しかも、足元に、布団に埋もれながら寝ている私を発見したことがあった。 突然、大胆な寝相の悪さを発揮した私に、女将は驚くと同時に忍び笑いをしていたものであるが、 きっと、そのときがあのときだったと確信している。
 というのも、このところ夜中の3時半位になると、決まって大声で叫びたくなるのだ。近所迷惑でもあり、 女将と旦那を寝不足で苦しめ、昼間女将が眠さのせいで機嫌が悪くなり、 ひいては私雲竹斎や旦那にも被害が及ぶのはわかっているのであるが、理性で押さえることができない衝動にかられ、 叫ぶのだ。
 私が思うに、宇宙人にさらわれたときに、おそらく右耳の後ろあたりにデータ転送用のチップか何かを 埋められたのではないか。昼間、私が見聞きしたものがチップに保存され、そのチップにアクセスすることで 奴らは情報を収集しているのでないか、そして、その時間が毎晩3:30・・・・・。そのおりに、 微量の電流か電磁波が私の脳を刺激し、痛みか痒みか、ともかく不快な感触を知らないうちに感じ、 泣き叫ぶという行動に出ているに違いない。
 昼間でも右耳の後ろあたりに痒みを感じることも多く、また、 新しいものを見るとすっころんででも触ってみたくなることといい、 知らない人に出会うと穴があくほど見つめてしまうことといい、雑誌や新聞があると読めないはずなのに ペラペラめくり、全てに目を通さないと気が済まない習慣と言い、 更にはキャスターがアップになる”ニュース”をはじめとする報道番組や 代議士、政治評論家、学識経験者と言われている輩が出る政治討論番組などを にやにやしながら見てしまう習性といい、 『私の行動は全て情報収集のために利用されている』というということを前提にしてみると、 不可解な行動の説明がつくではないか。正に相対性理論的前提ではないか。しかも、あのNHKの育児番組さえ「原因不明」と公言してはばからない、 私と同程度の成長過程にある人間の”夜泣き”という行動の説明がつくではないか!
 しかし、この緊急事態に、女将と旦那は世の親たち同様に「ついに本格的夜泣きが始まった・・・・」などと、ほざいているのである。 「我々は宇宙人に狙われいる、地球の危機だ!人類の破滅だ!七の月・・・・・恐怖の大王だ!」と 説明を試みるのだが、「どちたの〜、お話上手になったねぇぇ、えらいねぇぇ」などと間延びした声と 骨抜きの表情で喜ぶ始末。そんなとき、私、雲竹斎は地球と人類の先行きに不安を覚え、暗澹たる思いで 「あーーあ」と露骨に女将と旦那のふがいなさを表するのだが、この二人は 「あ、女将のまねちてるの〜? あ〜〜あ あ〜〜あ、じょうじゅねぇぇ」と相変わらず脳天気なのである。
 ああ、こんなとき、フォックス・モルダーがいれば・・・・・と、”X-FILE”の録画ビデオに食らいついてみる私である。
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Fri. 99/07/02

 私は雲竹斎。
 私は女将を気に入っている。惚れていると言ってもいいくらいである。 女将の声が聞こえると嬉しくなり、女将が手を差し伸べてくると応えずにはいられない。 夜、寝る前などは女将がいなくては、にっちもさっきもどうにもブルドックである。 どういう意味かはよく知らないが、女将がよく言っているので、きっと私の様子を的確に 表しているものと思われる。
 女将の連れ合いも、私によく愛想を振りまいて来る。かなりいい奴であり、私に対する 態度もよいので、他の連中に比べれば、気に入ってはいるが、女将の比ではない。
 しかし、時々女将も、私の気に入らないことをする。今日も、せっかく、 テーブルによじ登り、手に入れた戦利品を「これは駄目でしょ〜」とかなんとか言いながら 取り上げてしまった。もちろん、私は権利を守るため、必死に抵抗を試みた。 「やめろ〜、私は自由人だぁぁ、新しい発見をしたいのだ〜」と訴えてみたのだが、 女将には「ひぃ〜」とか「うわぁぁ」とかにしか聞こえないらしい。全く知性が 欠如してる輩は困りものである。
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