<ブラボー、クラシック音楽!-曲目解説#4>
サン=サーンス「組曲「動物の謝肉祭」」
(Suite 'Animal Carnival', Saint-Saens)

-- 2005.12.24 エルニーニョ深沢(ElNino Fukazawa)

 ■はじめに - 親しみ易い曲の一つ
 04年10月1日から始めたクラシック音楽を楽しむ会【ブラボー、クラシック音楽!】第1回例会では<親しみ易い曲>をテーマに掲げましたが、カミーユ・サン=サーンス(※1)の『動物の謝肉祭』もその一つとして掛けました。しかし、この解説をお読み戴ければ解ると思いますが、この曲は本当は”奥が深い”曲なのです。

 ■作曲された背景 - 友人の夜会の為の”遊び心”
 全14曲から成る組曲で正式名称は『組曲「動物の謝肉祭」』ですが、作曲者自身は「動物学的大幻想曲」と名付けて居ます。オーケストラで演奏される場合と室内楽で演奏される場合が有りますが、この曲はサン=サーンスの友人のシャルル・ルブークの為に作曲され、1886年3月9日のルブーク邸での謝肉祭の内輪のソワレ(夜会)で、ルブークがチェロを、サン=サーンスとパリ音楽院の教師ディエメがピアノを受け持って初演されました。従って「室内楽と2台のピアノ」が元に近い演奏形態です。
 曲の内容は、謝肉祭に擬(なぞら)え色々な動物を登場させ、作曲者が皮肉と”遊び心”を込めて様々な曲の断片を寄せ集めた「素材」に編曲を施し変幻自在に”料理”して饗するという趣向のパロディー曲です。その中で依頼主のルブーク氏が弾くチェロの為の第13曲「白鳥」だけは新規に作られたオリジナル曲で、この曲の美しさが組曲全体を名曲たらしめて居る、と言っても過言では有りません。

 ■曲の構成とデータ
 曲の構成は以下の通りです。
   第1曲:「序奏と獅子王の行進」  ハ長調 4/4
       百獣の王・ライオンが欠伸(あくび)をし乍ら起きる序奏の後、ピアノでファンファーレを模倣し、続いてピアノと弦楽器で行進曲を奏でます。
   第2曲:「雌鶏と雄鶏」      ハ長調 4/4
       ピアノ(雌鶏)と弦楽器(雄鶏)で鶏の鳴き声を模倣しますが、ラモーの『クラヴサン曲「牝鶏」』を巧に料理して居ます。
   第3曲:「騾馬(ラバ)」     ハ短調 4/4
       ピアノの上下音で俊敏な騾馬(※2)を表現します。
   第4曲:「亀」          変ロ長調 4/4
       オッフェンバックの『オペレッタ「天国と地獄」』序曲のカンカン(※3)の旋律 -テンポが速く非常に有名な旋律です- をコントラバスで超減速して奏でるパロディーが聴き所です。
   第5曲:「象」          変ホ長調 3/8
       コントラバスが象を表現しますが、ベルリオーズの『劇的物語「ファウストの劫罰」』の「妖精の踊り」メンデルスゾーンの『劇音楽「夏の夜の夢」』の「スケルツォ」を借用して居ます。
   第6曲:「カンガルー」      ハ短調 4/4
       ピアノで不規則に飛び跳ねるカンガルーを模倣します。
   第7曲:「水族館」        イ短調 4/4
       グラス・ハーモニカ(※4)(無い場合は鉄琴かピアノで代用)で幻想的な水の揺らめきを、弦とフルートで水中を泳ぐ魚たちを表現して居ます。
   第8曲:「耳の長い紳士」     ハ長調 3/4
       「耳の長い紳士」とは辛辣な批評をする音楽評論家のことで、ヴァイオリンが「キューイッ」という上昇音で”長い耳”(=嫌な耳)を皮肉ります。
   第9曲:「森の奥に棲むカッコウ」 ホ長調 3/4
       クラリネットがカッコウの鳴き声を模倣します。
  第10曲:「大きな鳥籠」      ヘ長調 3/4
       フルートが鳥の鳴き声を、ピアノと弦が籠の中の鳥の足の動きや羽搏きを模倣します。
  第11曲:「ピアニスト」      ハ長調 4/4
       ツェルニー(※5)の『ピアノ教則本』の練習曲を擬した曲で、ピアノ練習の退屈さを皮肉ります。初心者の様にわざと下手に弾く様指示されて居ます。
  第12曲:「化石」         ト短調 2/2
       作曲者自身の『交響詩「死の舞踏」』の「骸骨の踊り」を木琴で骨と骨がぶつかり合う音を表します。やがて童謡『きらきら星』ロッシーニの『セビリアの理髪師』の「ロジーナのアリア」の一節が登場。これらの音楽は過去の遺物、”化石の様な音楽”という訳です。
  第13曲:「白鳥」         ト長調 6/4
       組曲中唯一のオリジナル曲で、ピアノ伴奏とチェロの独奏曲として余りにも有名。白鳥が優雅に泳いで居る姿が目に浮かぶ様です。
  第14曲:「終曲」         ハ長調 4/4
       今迄の各曲の中のモチーフが少しずつ登場してフィナーレを構成します。ここでもオッフェンバックの『オペレッタ「天国と地獄」』の終幕の旋律を料理して盛り沢山です。
  ●データ
   作曲年 :1886年(51歳)
   演奏時間:約20~35分(解説の有無・長短で異なる)

 ■聴き方 - フランスのエスプリを”在るが儘”に味わう
 この曲はしばしば子供向け、或いは入門者向けの音楽会として変に迎合した解説入りで演奏されることが多い -レコードやCDも同様- のですが、前述の様に各楽曲の「素材抽出の妙」「編曲の妙」を、料理を楽しむ様に聴くと大人も充分楽しめます。と言うより「作曲された背景」の章に記した様に、この曲は元来は高度に洗練された「大人の遊び」の曲なので、変に子供向けの解説など無しに大人の人は”在るが儘”に味わうことをお薦めします。そこが元々子供向きに書かれたプロコフィエフの『ピーターと狼』と大いに異なる点です。
 「素材」と成っている原曲の”料理”の仕方は寧ろ「辛口」です。随所に隠されて居るフランス人特有のエスプリ(※6)は料理の”隠し味”に相当します(△1のp98~100)。ワインでも飲み乍ら小粋で”奥深い”味わいを堪能して下さい。

 ■初演後のエピソード
 この曲は初演後、2度だけ私的な集まりで演奏されましたが、サン=サーンスはオリジナルの「白鳥」以外の曲は自分が生きている間は楽譜の出版と演奏を禁止しました。それは他の作曲家の曲の一部を無断借用して居るからです。
 ところでこの優雅な「白鳥」の曲に対し、後日「これは自分の美しさを音楽にして居るのよ!」と自惚れるご婦人方が大勢出現したそうです、いやはや!!

 ■結び - 「動物の為の謝肉祭」を提唱
 さて、謝肉祭では結局動物の肉をたらふく食べて仕舞いますが、私は「人に食われる動物」の痛みを知る為に、「動物の為の謝肉祭」を提唱して居ますので、この論考も一度お読み下さい。

-- 完 --

【脚注】
※1:Charles Camille Saint-Saens。フランスの作曲家(1835.10.9~1921.12.16)。ピアノ・オルガン奏者。1871年、国民音楽協会を組織。歌劇「サムソンとデリラ」組曲「動物の謝肉祭」、交響詩「死の舞踏」の他、宗教音楽・室内楽などを作曲。

※2:らば(mule)。雄ロバと雌馬との間の雑種繁殖不能。馬より小形で、性質や声はロバに似、強健で耐久力が強く粗食に堪え、労役に使われる。雌ロバと雄馬との雑種を駃騠(けつてい)と言うが、ラバ程役に立たない。

※3:cancan[仏]。カドリールの一。主として20世紀初めキャバレーで踊った速いテンポの踊り。ムーラン・ルージュ劇場で盛行。フレンチ・カンカン。

※4:グラス・ハーモニカ(glass harmonica)は、ミュージカル・グラスの一種。B.フランクリンが考案。一連のガラスの器をペダル装置で回転させ、ピアノを弾く様な姿勢で奏する。
※4-1:B.フランクリン(Benjamin Franklin)は、アメリカの政治家・科学者(1706~1790)。印刷事業を営み、公共事業に尽した。理化学に興味を持ち、雷と電気とが同一であることを立証し、避雷針を発明。又、独立宣言起草委員の一人で、合衆国憲法制定会議にも参与。自叙伝は有名。

※5:Carl Czerny、チェルニーとも表記。オーストリアのピアノ奏者・教師・作曲家(1791~1857)。ベートーヴェンに師事し、その教則本は、今日も広く用いられる。その門からリストが出た。

※6:esprit[仏]。[1].精神。[2].機知。才知。

    (以上、出典は主に広辞苑です)

【参考文献】
△1:『エスプリとユーモア』(河盛好蔵著、岩波新書)。

●関連リンク
「人に食われる動物」の痛みを知る▼
「動物の為の謝肉祭」の提唱(Carnival for Animals)
この曲の初登場日▼
ブラボー、クラシック音楽!-活動履歴(Log of 'Bravo, CLASSIC MUSIC !')


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