領家 仲尭(りょうけ なかたか) ?〜? 


領家氏最後の向横田11代城主、1468年には幕府へ懇願し向横田城を吉見頼弘から返還してくれるよう言って、返還して貰う条件として吉見傘下へ入る、1471年、益田貞兼に向横田城を攻略され、1478年・向横田城を益田家臣・城市正雄(勘助さま)に譲渡する条件で益田傘下へ入る、その後も城市氏へ反乱を起こす事もなく、出城「虫追大嶽城(むそうおおたけ)」へ住んだ。
 
敵対した城主が近くに住んでいるのに合戦になっていない所を見ると城市正雄(じょういちまさたか)の配慮が行渡っていたのだろう、もし正雄が暴政を振るうようなら、農民は領家氏を担ぎ上げ一揆(いっき)を起こすのは当時(戦国時代)では当然だから(例:加賀・一向一揆)それだけにいかに「正雄=勘助さま」が善政を行なって民に人気があったかが認識できる。

領家氏
始祖 橘公長 ・・・・ 初代 領家公恒 ・・・・ 九代 領家仲尭 10代 領家仲之

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