高橋 頼恭(たかはし よりたか) ?〜? 


頼恭は頼之の夜叉孫にあたり主君が元祥になった時、戦巧者と評され側近に抜擢される、1578年には播磨上月城で尼子勝久を1579年には伯耆羽衣石城の南条元続を1586年には九州征伐でも益田軍の切り込み隊長をしている、朝鮮や関ケ原の戦いでも出陣し活躍した。

高橋氏
初代 高橋頼之 二代 高橋頼尭 三代 高橋頼永 四代 高橋頼忠 元祥の軍師 高橋頼恭

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